嵐の余波／燐花
最終更新：
g_a3b2c3o12 2021年06月10日(木) 19:10:18履歴
裏側に居た人達 
テオフィルスはこの時程リハビリをサボっていた現実を悔いた事は無い。
リハビリにまともに出ていたら、少なくとももう少し早く歩ける様になっていたかも。或いは、そうして歩く事に義肢なりの楽しさを見出し、もう少し良い義肢を買おうとか、そう言う方にお金を回す事を考えられていたのかも。
とにかくそれら全てがこの場をスムーズに逃げ出せる事に繋がるのでは無かったのか？とは思った。
「うふふふふ…」
特徴的な笑い声しか上げないロードが目の前にいる。さっきからその笑い声しか上げていないので、テオフィルスはその都度背筋に悪寒を走らせながら目線だけは遠くへ逃がしていた。
「な、何だよ…？」
「うふふふ…ねぇ、メドラーさん」
「…あぁ？」
「私が『男もイケなくは無い』って事は…過去に貴方に話しましたっけねぇ…？」
冗談なのか本気なのか、そんな言葉を口走りながら距離を詰めるロード。テオフィルスは最早バランスを保って立っているが精一杯で、後は彼から視線を逸らしまくる以外現実的では無かった。
「そ、そう…だったかなー…？」
「おやおや、忘れてしまったんですか？それは困りましたねぇ…」
ところで。
この一言でロードの纏う空気がスッと変わってしまった事にテオフィルスは気付く。そして少し前の己の「うっかり」を恨んだ。
「誰の何が現役だと誰に言ってしまったんでしたっけ…？」
「えーっと…」
ロードの乳揉みが多分現役だろうとあろうことかミア・フローレスに言ってしまいました。
「全く人を遊び人みたいに…ミアさんにはこれでも紳士で格好良いお兄さんで通ってるんですよ？人事部でも見抜いてしまわれたナシェリさん以外からは人畜無害な男で通っていると言うのに…」
「そこは事実だろ…むしろお前結構派手な女と遊んでる割によく噂にならねぇよな…」
「ホテル行く時もありますが何故か私の自室、あまり人と行き合わない様なところにありますからね。全く、貴方一人がファウストさんに目を付けられて終わる筈が…死なば諸共で私まで巻き込まれかけてるんですよ？今」
「え？ホテル行くのか？じゃあ部屋に呼ぶ時って？金が無ぇ時か？まあ、良いだろ。これでミアちゃんの憂いが晴れりゃあさ」
「いいえ、部屋ならあるだけ用意しといたゴム使えるじゃないですか。ホテルに置いてあるのは数が少ないし品質が信用なりませんよ、サイズ合わない時もありますし。良くないでしょう、アレは。憂い晴れるどころか一悶着ありますよきっと」
テオフィルスはうーんと一つ声を上げて唸ると特に何も考えず返事をした。
「まあ、その後あの場に来たセリカちゃんに話が漏れなかっただけ良しだと思えばさ」
「漏らしていたら貴方の『後ろの純潔』を散らしていたところですが」
「やめろガチに聞こえる」
とは言え、ミアのあの泣きそうな顔を見てしまったら誰だって慌てる。誰だって口を滑らす。テオフィルスにはそんな自信があった。きっとロードもミアのあの顔を見てしまったら余計な事を言うだろう。彼女の涙にはそんな魔力が込められている気がしてならない。
「ま…良いでしょう…ミアさんの涙に溺れる気持ちは分かります」
「お前ってそう言うとこ優しーよな」
「その代わりファウストさんに追求されたら洗いざらい貴方の情報を売ります」
「…でもお前憎いとこあるよな」
「うふふ、共倒れは御免です」
一人で魔王の餌食になって下さい。ロードは爽やかな笑顔でそう言った。殴りたいとテオフィルスは正直に思った。
リハビリにまともに出ていたら、少なくとももう少し早く歩ける様になっていたかも。或いは、そうして歩く事に義肢なりの楽しさを見出し、もう少し良い義肢を買おうとか、そう言う方にお金を回す事を考えられていたのかも。
とにかくそれら全てがこの場をスムーズに逃げ出せる事に繋がるのでは無かったのか？とは思った。
「うふふふふ…」
特徴的な笑い声しか上げないロードが目の前にいる。さっきからその笑い声しか上げていないので、テオフィルスはその都度背筋に悪寒を走らせながら目線だけは遠くへ逃がしていた。
「な、何だよ…？」
「うふふふ…ねぇ、メドラーさん」
「…あぁ？」
「私が『男もイケなくは無い』って事は…過去に貴方に話しましたっけねぇ…？」
冗談なのか本気なのか、そんな言葉を口走りながら距離を詰めるロード。テオフィルスは最早バランスを保って立っているが精一杯で、後は彼から視線を逸らしまくる以外現実的では無かった。
「そ、そう…だったかなー…？」
「おやおや、忘れてしまったんですか？それは困りましたねぇ…」
ところで。
この一言でロードの纏う空気がスッと変わってしまった事にテオフィルスは気付く。そして少し前の己の「うっかり」を恨んだ。
「誰の何が現役だと誰に言ってしまったんでしたっけ…？」
「えーっと…」
ロードの乳揉みが多分現役だろうとあろうことかミア・フローレスに言ってしまいました。
「全く人を遊び人みたいに…ミアさんにはこれでも紳士で格好良いお兄さんで通ってるんですよ？人事部でも見抜いてしまわれたナシェリさん以外からは人畜無害な男で通っていると言うのに…」
「そこは事実だろ…むしろお前結構派手な女と遊んでる割によく噂にならねぇよな…」
「ホテル行く時もありますが何故か私の自室、あまり人と行き合わない様なところにありますからね。全く、貴方一人がファウストさんに目を付けられて終わる筈が…死なば諸共で私まで巻き込まれかけてるんですよ？今」
「え？ホテル行くのか？じゃあ部屋に呼ぶ時って？金が無ぇ時か？まあ、良いだろ。これでミアちゃんの憂いが晴れりゃあさ」
「いいえ、部屋ならあるだけ用意しといたゴム使えるじゃないですか。ホテルに置いてあるのは数が少ないし品質が信用なりませんよ、サイズ合わない時もありますし。良くないでしょう、アレは。憂い晴れるどころか一悶着ありますよきっと」
テオフィルスはうーんと一つ声を上げて唸ると特に何も考えず返事をした。
「まあ、その後あの場に来たセリカちゃんに話が漏れなかっただけ良しだと思えばさ」
「漏らしていたら貴方の『後ろの純潔』を散らしていたところですが」
「やめろガチに聞こえる」
とは言え、ミアのあの泣きそうな顔を見てしまったら誰だって慌てる。誰だって口を滑らす。テオフィルスにはそんな自信があった。きっとロードもミアのあの顔を見てしまったら余計な事を言うだろう。彼女の涙にはそんな魔力が込められている気がしてならない。
「ま…良いでしょう…ミアさんの涙に溺れる気持ちは分かります」
「お前ってそう言うとこ優しーよな」
「その代わりファウストさんに追求されたら洗いざらい貴方の情報を売ります」
「…でもお前憎いとこあるよな」
「うふふ、共倒れは御免です」
一人で魔王の餌食になって下さい。ロードは爽やかな笑顔でそう言った。殴りたいとテオフィルスは正直に思った。
うっかり漏らした人
「はぁ…」
ギャリーは本日何度目かの溜め息を吐く。いかんいかん、先日から頭の中はあのたゆんたゆんのカヌル山一色だ。これは宜しくない。実にけしからんカヌル山が頭の中に居座り仕事にも集中出来ないなんて。
「(だってさぁ…すっごい大っきかったんだもん！柔らかそうだったし…！！)」
あの日、正直ウルリッカのあの手付きに目を奪われていたのは確かだった。一体いつ修得したのだろう？と思うくらいには彼女の腕前は熟練のそれであり、彼女が曰くふにふにふにふにしたらもにもにもにもにするそれを呆気に取られてただ見ているしか無かったが、白状するとそのたぷたぷでふんよふんよするそれをむにゅむにゅもにゅもにゅ(←NEW！)したかったが駄目だ語彙までウルリッカと足並みを揃え始めたしそれを実行したら社会的に死ぬ。
「おい、ギャリー。おい」
至極呆れた顔で自分を見てくるギルバートなんてお呼びではないんだ。百歩譲ってみよう、薄目で見ればちょっと胸の無い女の子に見えやしないだろうか駄目だ脳内で余計なフィルターが掛かって化粧をしたゴリラにしか見えなくなった。
「おい。確実に失礼な事を考えている顔で人を見るな」
「人の顔見て『失礼な事考えてる顔』とか言うお前こそ失礼じゃない？」
「何…？どう見てもそれは失礼な事を考えている顔だろう？それが真面目な顔な訳あるか。どうせ碌でもない事を考えていたんだろう？」
「しゃらうるせぇな、『化粧したゴリラみたいな印象だな』って思っただけだでせ」
「おい待て、予想以上に僕が聞いたあらゆる悪言の中でぶっちぎりの一位だったが」
この日はアルヴィが居なかったのでギルバートとギャリーはいつも以上に険悪になるのが早かった。しかしそこは一応年上、ギャリーは少しだけ心にブレーキを掛けるとギルバートにこれ以上噛み付かない様努めた。
が、心の疲労は油断すると口から飛び出てしまうもので。
「……唸る程おっぱい触りたい…」
「君は顔でも洗って来い、この不埒な大人め」
「この際触れるならちっぱいでも良い…もう全然触ってないのにあんなん見せられて…！！誰か…！！俺に乳をくれ…！！！」
「おい、誰かこの兎頭国人部屋から追い出すの手伝ってくれないか？」
珍しくギルバートの同意のもと早々に休憩に入ったギャリーはボーッとする頭を携えながら休憩所に足を運ぶ。お茶を飲むと少しだけ落ち着いた。
いかん、あれはいかん。
そもそも常日頃から扇情的なヴォイドをそう言う目で見ない様に努めていたのにあんなあられもない姿を晒されたらその意思は揺らいでしまうもの。今度医療班行って彼女が目に入った時に追うのが胸だったらどうしよう。そんな余裕無さそうな姿を晒して良いのだろうか。
「ファンさん？」
鈴を転がす様な声。ギャリーは勢いよく首を動かすと声の主を探す。ギラついた目で捉えられたセリカは一瞬びくりと体を揺らすとギャリーの顔色を見て驚いてしまった。あまりにも具合が悪そうな彼の顔は青かった。
「だ、大丈夫…ですかぁ…？」
「セリカちゃん…」
「顔色が何だか悪いですよぅ…医療 班、行きますかぁ…？」
医療 班。その名を聞いてギャリーの脳裏にあのたゆんたゆんが深海魚の目のウルリッカと共に思い出される。今会ったら絶対顔から下に目線が行く気がする。それだけはいけない。如何にぼんやりした彼女とは言えガッツリ胸を凝視されて気が付かない筈がない。
そう言えば、今目の前にはセリカがいる。彼女はいつも着物を着ているが着物と言うのは実に体型の分かりにくい服装である。それは兎頭国で初めて見た時から思っていた事ではあるが、身近な人を見ると尚更そう思った。そもそも自分はそこまで女性の胸のカップ数に詳しくないし、そんな自分が熟考したところで大きさを把握できる訳ではないのに、ヴォイドみたく分かりやすく見える訳でも無いのに目線がセリカの胸元から離れてくれないのは何故だろう。
「ファ、ファンさん…？本当に大丈夫ですかぁ…？」
「……」
「あ、あの…？」
その時、とうとうギャリーから言葉が飛び出す。セリカはそれを聞くと頭の中が真っ白になった気がした。
「んー…『C』…いや、もしかして『B』…？」
「は…」
その言葉の意味するところにセリカは覚えがあった。女性なら皆大まかに把握している「自分が持ち得るアルファベット」だ。しかしその手の話は大っぴらに聞くのは大変失礼であり、酒の席で聞いたものなら嫌われる事は必至。しかも聞き間違いで無ければ、ギャリーは一度発したアルファベットから一段下げて再確認した様な素振りを見せた。確かに着物だと分かりにくいとは言え、そこそこの大きさを持つセリカである。別に大きく見られなかったのが腹が立つわけでは無い。「ああ、このくらいかな？」と言わんばかりに言い放たれた気がしたのが何だか癪に触りまくるのだ。
「…ファンさん？」
「ん…？」
「私、少なくとも『C』以上ありますぅ。ファンさんのその「とりあえず」と言わんばかりのC判定、私男性にされる決め付けの中で一、二を争う程嫌いなんですよぉ…！」
「……あ！？」
その瞬間、ギャリーの意識は中途半端とは言えやっと帰ってきたのだった。
「うわ、ごめんセリカちゃん！俺何言って…！？」
「ふふふ、とりあえずファンさんが女性の胸に夢を見過ぎていると言う事は分かりましたぁ」
「ぜ、全然目ぇ笑ってねぇ…！？ごめん俺そう言うの詳しく無くてさ！」
「詳しい詳しく無い関係なくそもそもとして口に出して本人に聞くと言うのがいかがなものかと、ですぅ」
「ごめん！本当ごめんっ！こ、この間ヴォイドちゃんのおっぱいめちゃ揺れてんの見ちゃってちょっとばかし…！！」
「へぇー、じゃあ尚更医療 班に行きたいんじゃ無いですかぁ？ホロウさんの手荒い治療でも受けたら良いと思いますぅ、一人で」
「そ、そんな見捨てないで…！ん？待てよ、セリカちゃんC以上？その着物の下どうなってんの？」
こればかりは流石に失言が過ぎていた。
セリカの心の中で何かがビシッと音を立てて亀裂を立てたのは言うまでも無い。
「貴方は何を口走ってます…？」
「え？あ、ちょ、ごめん！今のノーカン！ノーカン！」
「一度口から出た言葉は引っ込められません。触らないでください、ギャリー・ファンさん」
「フルネーム！？すげぇ壁感じる！せ、せめてセリカちゃんのカップ数をもののついでに教えていただけると…！後学の為に…！」
「何の後学ですかぁ？そんな事絶っっっ対に教えません」
「頼みます…この哀れな男の為にどうか…！」
「哀れな方はそのまま哀れ街道爆進されたら良いと思いますぅ」
「お願い俺を爆進させなんでくれ…！」
「ファンさんの思い描いてるCカップって少なくとも実際のD以上ですよね、そうやって妙な勘違いで他の方からも顰蹙買ったら良いと思いますぅ。私は止めません」
「お、お願い一人にしないでぇえ」
そこをたまたま通り掛かったバーティゴ。彼女はこの二人の最初こそよく分からない話を耳にし、ちょっと聞き耳を立てた結果何だか気付いてしまい、腹が捩れる程笑った。
ギャリーは本日何度目かの溜め息を吐く。いかんいかん、先日から頭の中はあのたゆんたゆんのカヌル山一色だ。これは宜しくない。実にけしからんカヌル山が頭の中に居座り仕事にも集中出来ないなんて。
「(だってさぁ…すっごい大っきかったんだもん！柔らかそうだったし…！！)」
あの日、正直ウルリッカのあの手付きに目を奪われていたのは確かだった。一体いつ修得したのだろう？と思うくらいには彼女の腕前は熟練のそれであり、彼女が曰くふにふにふにふにしたらもにもにもにもにするそれを呆気に取られてただ見ているしか無かったが、白状するとそのたぷたぷでふんよふんよするそれをむにゅむにゅもにゅもにゅ(←NEW！)したかったが駄目だ語彙までウルリッカと足並みを揃え始めたしそれを実行したら社会的に死ぬ。
「おい、ギャリー。おい」
至極呆れた顔で自分を見てくるギルバートなんてお呼びではないんだ。百歩譲ってみよう、薄目で見ればちょっと胸の無い女の子に見えやしないだろうか駄目だ脳内で余計なフィルターが掛かって化粧をしたゴリラにしか見えなくなった。
「おい。確実に失礼な事を考えている顔で人を見るな」
「人の顔見て『失礼な事考えてる顔』とか言うお前こそ失礼じゃない？」
「何…？どう見てもそれは失礼な事を考えている顔だろう？それが真面目な顔な訳あるか。どうせ碌でもない事を考えていたんだろう？」
「しゃらうるせぇな、『化粧したゴリラみたいな印象だな』って思っただけだでせ」
「おい待て、予想以上に僕が聞いたあらゆる悪言の中でぶっちぎりの一位だったが」
この日はアルヴィが居なかったのでギルバートとギャリーはいつも以上に険悪になるのが早かった。しかしそこは一応年上、ギャリーは少しだけ心にブレーキを掛けるとギルバートにこれ以上噛み付かない様努めた。
が、心の疲労は油断すると口から飛び出てしまうもので。
「……唸る程おっぱい触りたい…」
「君は顔でも洗って来い、この不埒な大人め」
「この際触れるならちっぱいでも良い…もう全然触ってないのにあんなん見せられて…！！誰か…！！俺に乳をくれ…！！！」
「おい、誰かこの兎頭国人部屋から追い出すの手伝ってくれないか？」
珍しくギルバートの同意のもと早々に休憩に入ったギャリーはボーッとする頭を携えながら休憩所に足を運ぶ。お茶を飲むと少しだけ落ち着いた。
いかん、あれはいかん。
そもそも常日頃から扇情的なヴォイドをそう言う目で見ない様に努めていたのにあんなあられもない姿を晒されたらその意思は揺らいでしまうもの。今度医療班行って彼女が目に入った時に追うのが胸だったらどうしよう。そんな余裕無さそうな姿を晒して良いのだろうか。
「ファンさん？」
鈴を転がす様な声。ギャリーは勢いよく首を動かすと声の主を探す。ギラついた目で捉えられたセリカは一瞬びくりと体を揺らすとギャリーの顔色を見て驚いてしまった。あまりにも具合が悪そうな彼の顔は青かった。
「だ、大丈夫…ですかぁ…？」
「セリカちゃん…」
「顔色が何だか悪いですよぅ…
そう言えば、今目の前にはセリカがいる。彼女はいつも着物を着ているが着物と言うのは実に体型の分かりにくい服装である。それは兎頭国で初めて見た時から思っていた事ではあるが、身近な人を見ると尚更そう思った。そもそも自分はそこまで女性の胸のカップ数に詳しくないし、そんな自分が熟考したところで大きさを把握できる訳ではないのに、ヴォイドみたく分かりやすく見える訳でも無いのに目線がセリカの胸元から離れてくれないのは何故だろう。
「ファ、ファンさん…？本当に大丈夫ですかぁ…？」
「……」
「あ、あの…？」
その時、とうとうギャリーから言葉が飛び出す。セリカはそれを聞くと頭の中が真っ白になった気がした。
「んー…『C』…いや、もしかして『B』…？」
「は…」
その言葉の意味するところにセリカは覚えがあった。女性なら皆大まかに把握している「自分が持ち得るアルファベット」だ。しかしその手の話は大っぴらに聞くのは大変失礼であり、酒の席で聞いたものなら嫌われる事は必至。しかも聞き間違いで無ければ、ギャリーは一度発したアルファベットから一段下げて再確認した様な素振りを見せた。確かに着物だと分かりにくいとは言え、そこそこの大きさを持つセリカである。別に大きく見られなかったのが腹が立つわけでは無い。「ああ、このくらいかな？」と言わんばかりに言い放たれた気がしたのが何だか癪に触りまくるのだ。
「…ファンさん？」
「ん…？」
「私、少なくとも『C』以上ありますぅ。ファンさんのその「とりあえず」と言わんばかりのC判定、私男性にされる決め付けの中で一、二を争う程嫌いなんですよぉ…！」
「……あ！？」
その瞬間、ギャリーの意識は中途半端とは言えやっと帰ってきたのだった。
「うわ、ごめんセリカちゃん！俺何言って…！？」
「ふふふ、とりあえずファンさんが女性の胸に夢を見過ぎていると言う事は分かりましたぁ」
「ぜ、全然目ぇ笑ってねぇ…！？ごめん俺そう言うの詳しく無くてさ！」
「詳しい詳しく無い関係なくそもそもとして口に出して本人に聞くと言うのがいかがなものかと、ですぅ」
「ごめん！本当ごめんっ！こ、この間ヴォイドちゃんのおっぱいめちゃ揺れてんの見ちゃってちょっとばかし…！！」
「へぇー、じゃあ尚更
「そ、そんな見捨てないで…！ん？待てよ、セリカちゃんC以上？その着物の下どうなってんの？」
こればかりは流石に失言が過ぎていた。
セリカの心の中で何かがビシッと音を立てて亀裂を立てたのは言うまでも無い。
「貴方は何を口走ってます…？」
「え？あ、ちょ、ごめん！今のノーカン！ノーカン！」
「一度口から出た言葉は引っ込められません。触らないでください、ギャリー・ファンさん」
「フルネーム！？すげぇ壁感じる！せ、せめてセリカちゃんのカップ数をもののついでに教えていただけると…！後学の為に…！」
「何の後学ですかぁ？そんな事絶っっっ対に教えません」
「頼みます…この哀れな男の為にどうか…！」
「哀れな方はそのまま哀れ街道爆進されたら良いと思いますぅ」
「お願い俺を爆進させなんでくれ…！」
「ファンさんの思い描いてるCカップって少なくとも実際のD以上ですよね、そうやって妙な勘違いで他の方からも顰蹙買ったら良いと思いますぅ。私は止めません」
「お、お願い一人にしないでぇえ」
そこをたまたま通り掛かったバーティゴ。彼女はこの二人の最初こそよく分からない話を耳にし、ちょっと聞き耳を立てた結果何だか気付いてしまい、腹が捩れる程笑った。
不安の消し方
そう言う目で一度も彼女を見ていない。そう言ったら嘘になる。
ネビロスが初めてヴォイドに会ったのは自分の体調が安定し、協議の結果医療班配属が決まって部屋に向かった時。曲がり角で出くわしたヴォイドにぶつかった。あまりにも互いにぼーっとしていた為彼女を弾き飛ばさん勢いで体当たりしてしまった。なのでネビロスはその時、咄嗟に強く腕を掴んでしまったのだ。
「痛っ…！」
ヴォイドの痛がる顔を見てネビロスはすぐに手を離し平謝りする。ヴォイドの細い腕に自分の手の跡が残り、思い切りぶつかった上痣を付けてしまうなんて二重の意味で申し訳無かった。
「すみません…二度も痛い思いをさせてしまって…」
「…全くもう…」
痛んだのか腕を振り払う様にぶるぶる振るうヴォイド。その時、腕の筋肉に引っ張られてか、衝撃でなのか、彼女の胸も一緒に揺れた。
「…っ……」
つい無言になり一瞬それに目を奪われた自分に気付いた時のヴォイドの目。彼女に気付いて慌てたネビロスにヴォイドは一瞬微笑んだ。
「ふーん…意外。興味あんだ、そう言うの」
今にして思えば、何の含みもない何気ない言い方と目線だった筈。なのに、その瞬間自分にはそれが馬鹿にした様な蔑んだ様な言い方に聞こえた。
その日からヴォイドが苦手になった。
ただ単純に目を引かれていた自分を馬鹿にされた気がして恥ずかしかっただけかもしれない。誤魔化す様に彼女に冷たく当たっておきながら、ふとした時に揺れる胸に目が行き、そしてまた彼女とも目が合って一方的に少し気恥ずかしい空気を出してしまう。
そんな空気が変わったのはミアを意識してからだった。
彼女の元気な姿が心の中で目立つ様になって来て、他のものが気にならないくらい目で追う様になってしまった時、気付いたらもうある種のマイナスな目線でヴォイドを追わなくなっていた。
単純にヴォイドの様子に慣れたとも言えるかもしれない。とにかくヴォイドをマイナスな目で見なくなってから、気付けば彼女への当たりの強さも無くなっていた。
「何か最近ネビロス、優しい」
以前ならその言葉にすら何か含みを感じて余計な考えを巡らせて噛み付いていた気がするが、そう言われて発した言葉は「そうですか」の一言だけ。
この日からネビロスとヴォイドは良き同僚になれた。
「はぁ…」
ネビロスは少し女子寮の近くをうろつきながら携帯端末を取り出しミアに連絡をするか決めあぐねていた。どうにも今日、途中から彼女の様子がおかしくなり何だか避けられていた気がする。いつからだろう？確か、テオフィルスがリハビリにやって来た時だっただろうか。そう、ミアの休憩時間を挟んでだった筈だ。
しかし、それに気付いたからと言って自分は何をし、どう声を掛けてあげたら良いのか。なにぶんここまで年が離れているのでどう動くのが一番良いのか少し掴みづらい。ともあれ恋人同士なのだからこう言う時の一番の円満な解決法は年齢関係無く「話し合う事」なのだろう。
そうは思いつつ後一歩が踏み出せず女子寮近くをうろつくネビロス。後十分悩んだら、後五分悩んだら。そんな事を考えていたネビロスの端末にメッセージが入る。差出人はミアからであり、ネビロスは無意識の内に顔を綻ばせた。
が、予想に反したメッセージと添付された写真を見、ネビロスは慌てて小走りにミアの部屋へ向かった。
──ピンポーン
ガタンと音が鳴り、少し間が空いて中から出て来たのはクロエだった。
「お早い到着ですね」
そう言うクロエから視線を部屋の奥に移すとそこには真っ赤な顔で伸びているミア。ネビロスは状況全てを把握した訳ではないが、何となくミアがクロエを巻き込んだ事だけは悟った。
「ミアがご迷惑お掛けしました」
「迷惑ではないです。お土産もいただきましたし」
そう言って手にしたビニール袋を見せる。中は牛乳パックだらけで、なるほどクロエにとっても良い取引だったのではないかと言う事を伺わせた。ロードは彼女が結社に入った際、最初に迎えに行った人間だったからと言うのもあって保護者になったと誰かから聞いた気がしていたが、なるほど確かにこの確りした感じと抜け目無さはロード好みの「イイ性格」の持ち主だと思った。
クロエはネビロスの脇をするりと抜けると、「後お願いします」と呟いた。彼女なりに心配して付き合ってくれたのだと思うとミアと友達になってくれた事に少し安心する。クロエの見送りもそこそこに部屋へと入ると、見慣れた部屋のふわふわのラグの上で冬眠する小動物の様にミアは丸まっていた。
「ミア、此処で寝たらいけませんよ」
「嫌ですー。ここで寝るんですー」
「ほら、立って」
「立てませーん」
珍しく変な酔い方をしているミア。面倒臭い酔っ払いと化した彼女に少し驚きつつネビロスは困っていた。あまり友人と言うものがおらず所謂酒飲み仲間が居なかった為、こう言う時どうしたら良いのか分からない。医療班なので何となく介抱の仕方は分かるが、どう声を掛けたら良いのか。
が、ミアとネビロスの体格差は彼が実力行使に出て差し支えないものだったので、ミアの脇に手を差し入れると力技で彼女の体を起こした。
「あれぇ…？」
気が付いたのかミアはふにゃけた声をあげる。クロエなら帰りましたよ、と声を掛けて初めてミアは目の前の人物がネビロスであると認識したらしい。途端にへにゃりと眉が下がり、ミアの口から「ごめんなさい」と言う言葉が飛び出す。酔っ払って、が頭に付くものだと思っていたネビロスは「全く、こんな酔い方したら心配しますよ」と言い掛けたが続くミアの言葉は本当に予想外のものだった。
「ヴォイドさんやエル先生みたいな胸がなくてごめんなさい」
「……はい？」
胸…？
一瞬呆けたネビロスだが、彼女を起こそうと脇に手を差し入れた時の感触を思い出し飲んでもいないのにブワッと顔を赤らめた。
「テオさんかロードさんに胸揉んで貰って大きくするから、ちょっと待っててください」
今度はサッと顔を青ざめさせる。何だ？今の聞き流し難い言葉は。誰に何をどう揉んでもらうって？
一瞬パニックになりかけたネビロスだが、理性で冷静さを保つと努めて落ち着いて声を発した。
「今日、ずっと様子がおかしかった理由はそれですか？」
ミアは首を縦に振る。肯定された事に溜息を吐くと、彼女は続けた。
「だってネビロスさん、ヴォイドさんの立派なメロンみたいなふわふわと柔らかそうな胸をじっくりしっかり眺めてたって……」
飛び出した発言に眉を顰めるネビロス。脳裏に過ったのは、あまり思い出したくないヴォイドとまだ出会ったばかりの妙にギクシャクとした彼女との思い出。まるで思春期の学生の様に慣れない姿を晒してしまった。そしてそれを覆い隠そうと彼女に対して嫌な態度を取ってしまった、少し忘れたい思い出。確かに過去に一度も疚しい目で彼女を見た事はなかった、と言えば嘘にはなってしまうかもしれない。だけど、今現在心配する事なんて何一つ無いのに。
「そんなことを誰に聞いたんですか？」
「テオさん」
その名前を聞いてネビロスはすぐ最近にあった衝撃的な事を思い出した。
彼に見られていたのか。しかし、見られていただけならまだ許せるのだがその話をミアに横流ししていたなんて。
…そして剰え今日の彼女のこの混乱の元を生み出した張本人で尚且つそのネタで強請り、ミアに「サイズを大きくしてやるから胸を揉ませろ」と強要するとは。
尚、これらは全て瞬時にネビロスが頭の中で出した結論であり、テオフィルスの名誉の為にも言っておくが事実とは異なる。
「それは……後で彼とは語り合わないといけないですね」
冷静さを欠いて少しドスの効いた声を発したネビロスにミアはびくりと肩を揺らした。
「ミアに怒っている訳ではありませんよ」
「本当？」
「本当です。それよりミアに心配かけて申し訳なかったですね」
「申し訳ないって本当に思ってる？」
酒の影響か、丁寧語の取れたミアは珍しい。いつもの感じではなく、年相応な話し方に感じたネビロスはつい顔を綻ばせた。
「思ってますよ」
「じゃあ、ぎゅーしてちゅーして」
いつもと違う、遠慮せずに甘えてくるミア。両手を広げてねだる彼女を抱き締めて背中をポンポン叩くとテロで失った我が子を一瞬思い出した。
が、重なる胸元に当たる健康的な膨らみが彼女が子供ではなく立派な大人である事をネビロスに思い起こさせる。
誰にも触れられていない、自分すら触れていない彼女の体。それを先に他の男に触れさせるなどそんな話が罷り通ってたまるものか。
「ミア。他の人に揉んでもらう、なんて恐ろしい事言わないで下さい」
そう言いながら抱き締める力を強める。より強く重なった胸を感じて少しだけぐらぐらした。
「それにミアは私が彼女達を目で追ってたと言いますが、私が一番追っているのは貴女なんですよ」
安心させようと思って発したのに、ミアから聞こえるのは返事では無く無防備で規則正しい寝息だけ。
全く、恋人の男の胸に抱かれて居る状況だと言うのにそう言う危機感は無いのだろうか。恋人の男だからこそ、誰よりも警戒しなければいけない面もあるだろうに。例えばこう言う状況で理性がどれだけ持つか、とか。このまま襲われても文句は言えなそうだとついつい思ってしまうが。
「全く。仕方ない子ですね」
ならば、寝ている間に自分なりの「不安の消し方」を彼女に実践させてもらおう。
ネビロスはミアの服のボタンをゆっくり下まで外していくと、一度じっと眺めてから最初に目に付いたその細く白い首筋に噛み付く様に唇を寄せた。チッと小さな音はネビロスの耳にだけ届く。その微かな痛みに眠りながらもぴくりと反応し、少しだけ眉を顰めるミアを彼はとても満足そうに見つめた。
ネビロスが初めてヴォイドに会ったのは自分の体調が安定し、協議の結果医療班配属が決まって部屋に向かった時。曲がり角で出くわしたヴォイドにぶつかった。あまりにも互いにぼーっとしていた為彼女を弾き飛ばさん勢いで体当たりしてしまった。なのでネビロスはその時、咄嗟に強く腕を掴んでしまったのだ。
「痛っ…！」
ヴォイドの痛がる顔を見てネビロスはすぐに手を離し平謝りする。ヴォイドの細い腕に自分の手の跡が残り、思い切りぶつかった上痣を付けてしまうなんて二重の意味で申し訳無かった。
「すみません…二度も痛い思いをさせてしまって…」
「…全くもう…」
痛んだのか腕を振り払う様にぶるぶる振るうヴォイド。その時、腕の筋肉に引っ張られてか、衝撃でなのか、彼女の胸も一緒に揺れた。
「…っ……」
つい無言になり一瞬それに目を奪われた自分に気付いた時のヴォイドの目。彼女に気付いて慌てたネビロスにヴォイドは一瞬微笑んだ。
「ふーん…意外。興味あんだ、そう言うの」
今にして思えば、何の含みもない何気ない言い方と目線だった筈。なのに、その瞬間自分にはそれが馬鹿にした様な蔑んだ様な言い方に聞こえた。
その日からヴォイドが苦手になった。
ただ単純に目を引かれていた自分を馬鹿にされた気がして恥ずかしかっただけかもしれない。誤魔化す様に彼女に冷たく当たっておきながら、ふとした時に揺れる胸に目が行き、そしてまた彼女とも目が合って一方的に少し気恥ずかしい空気を出してしまう。
そんな空気が変わったのはミアを意識してからだった。
彼女の元気な姿が心の中で目立つ様になって来て、他のものが気にならないくらい目で追う様になってしまった時、気付いたらもうある種のマイナスな目線でヴォイドを追わなくなっていた。
単純にヴォイドの様子に慣れたとも言えるかもしれない。とにかくヴォイドをマイナスな目で見なくなってから、気付けば彼女への当たりの強さも無くなっていた。
「何か最近ネビロス、優しい」
以前ならその言葉にすら何か含みを感じて余計な考えを巡らせて噛み付いていた気がするが、そう言われて発した言葉は「そうですか」の一言だけ。
この日からネビロスとヴォイドは良き同僚になれた。
「はぁ…」
ネビロスは少し女子寮の近くをうろつきながら携帯端末を取り出しミアに連絡をするか決めあぐねていた。どうにも今日、途中から彼女の様子がおかしくなり何だか避けられていた気がする。いつからだろう？確か、テオフィルスがリハビリにやって来た時だっただろうか。そう、ミアの休憩時間を挟んでだった筈だ。
しかし、それに気付いたからと言って自分は何をし、どう声を掛けてあげたら良いのか。なにぶんここまで年が離れているのでどう動くのが一番良いのか少し掴みづらい。ともあれ恋人同士なのだからこう言う時の一番の円満な解決法は年齢関係無く「話し合う事」なのだろう。
そうは思いつつ後一歩が踏み出せず女子寮近くをうろつくネビロス。後十分悩んだら、後五分悩んだら。そんな事を考えていたネビロスの端末にメッセージが入る。差出人はミアからであり、ネビロスは無意識の内に顔を綻ばせた。
が、予想に反したメッセージと添付された写真を見、ネビロスは慌てて小走りにミアの部屋へ向かった。
──ピンポーン
ガタンと音が鳴り、少し間が空いて中から出て来たのはクロエだった。
「お早い到着ですね」
そう言うクロエから視線を部屋の奥に移すとそこには真っ赤な顔で伸びているミア。ネビロスは状況全てを把握した訳ではないが、何となくミアがクロエを巻き込んだ事だけは悟った。
「ミアがご迷惑お掛けしました」
「迷惑ではないです。お土産もいただきましたし」
そう言って手にしたビニール袋を見せる。中は牛乳パックだらけで、なるほどクロエにとっても良い取引だったのではないかと言う事を伺わせた。ロードは彼女が結社に入った際、最初に迎えに行った人間だったからと言うのもあって保護者になったと誰かから聞いた気がしていたが、なるほど確かにこの確りした感じと抜け目無さはロード好みの「イイ性格」の持ち主だと思った。
クロエはネビロスの脇をするりと抜けると、「後お願いします」と呟いた。彼女なりに心配して付き合ってくれたのだと思うとミアと友達になってくれた事に少し安心する。クロエの見送りもそこそこに部屋へと入ると、見慣れた部屋のふわふわのラグの上で冬眠する小動物の様にミアは丸まっていた。
「ミア、此処で寝たらいけませんよ」
「嫌ですー。ここで寝るんですー」
「ほら、立って」
「立てませーん」
珍しく変な酔い方をしているミア。面倒臭い酔っ払いと化した彼女に少し驚きつつネビロスは困っていた。あまり友人と言うものがおらず所謂酒飲み仲間が居なかった為、こう言う時どうしたら良いのか分からない。医療班なので何となく介抱の仕方は分かるが、どう声を掛けたら良いのか。
が、ミアとネビロスの体格差は彼が実力行使に出て差し支えないものだったので、ミアの脇に手を差し入れると力技で彼女の体を起こした。
「あれぇ…？」
気が付いたのかミアはふにゃけた声をあげる。クロエなら帰りましたよ、と声を掛けて初めてミアは目の前の人物がネビロスであると認識したらしい。途端にへにゃりと眉が下がり、ミアの口から「ごめんなさい」と言う言葉が飛び出す。酔っ払って、が頭に付くものだと思っていたネビロスは「全く、こんな酔い方したら心配しますよ」と言い掛けたが続くミアの言葉は本当に予想外のものだった。
「ヴォイドさんやエル先生みたいな胸がなくてごめんなさい」
「……はい？」
胸…？
一瞬呆けたネビロスだが、彼女を起こそうと脇に手を差し入れた時の感触を思い出し飲んでもいないのにブワッと顔を赤らめた。
「テオさんかロードさんに胸揉んで貰って大きくするから、ちょっと待っててください」
今度はサッと顔を青ざめさせる。何だ？今の聞き流し難い言葉は。誰に何をどう揉んでもらうって？
一瞬パニックになりかけたネビロスだが、理性で冷静さを保つと努めて落ち着いて声を発した。
「今日、ずっと様子がおかしかった理由はそれですか？」
ミアは首を縦に振る。肯定された事に溜息を吐くと、彼女は続けた。
「だってネビロスさん、ヴォイドさんの立派なメロンみたいなふわふわと柔らかそうな胸をじっくりしっかり眺めてたって……」
飛び出した発言に眉を顰めるネビロス。脳裏に過ったのは、あまり思い出したくないヴォイドとまだ出会ったばかりの妙にギクシャクとした彼女との思い出。まるで思春期の学生の様に慣れない姿を晒してしまった。そしてそれを覆い隠そうと彼女に対して嫌な態度を取ってしまった、少し忘れたい思い出。確かに過去に一度も疚しい目で彼女を見た事はなかった、と言えば嘘にはなってしまうかもしれない。だけど、今現在心配する事なんて何一つ無いのに。
「そんなことを誰に聞いたんですか？」
「テオさん」
その名前を聞いてネビロスはすぐ最近にあった衝撃的な事を思い出した。
彼に見られていたのか。しかし、見られていただけならまだ許せるのだがその話をミアに横流ししていたなんて。
…そして剰え今日の彼女のこの混乱の元を生み出した張本人で尚且つそのネタで強請り、ミアに「サイズを大きくしてやるから胸を揉ませろ」と強要するとは。
尚、これらは全て瞬時にネビロスが頭の中で出した結論であり、テオフィルスの名誉の為にも言っておくが事実とは異なる。
「それは……後で彼とは語り合わないといけないですね」
冷静さを欠いて少しドスの効いた声を発したネビロスにミアはびくりと肩を揺らした。
「ミアに怒っている訳ではありませんよ」
「本当？」
「本当です。それよりミアに心配かけて申し訳なかったですね」
「申し訳ないって本当に思ってる？」
酒の影響か、丁寧語の取れたミアは珍しい。いつもの感じではなく、年相応な話し方に感じたネビロスはつい顔を綻ばせた。
「思ってますよ」
「じゃあ、ぎゅーしてちゅーして」
いつもと違う、遠慮せずに甘えてくるミア。両手を広げてねだる彼女を抱き締めて背中をポンポン叩くとテロで失った我が子を一瞬思い出した。
が、重なる胸元に当たる健康的な膨らみが彼女が子供ではなく立派な大人である事をネビロスに思い起こさせる。
誰にも触れられていない、自分すら触れていない彼女の体。それを先に他の男に触れさせるなどそんな話が罷り通ってたまるものか。
「ミア。他の人に揉んでもらう、なんて恐ろしい事言わないで下さい」
そう言いながら抱き締める力を強める。より強く重なった胸を感じて少しだけぐらぐらした。
「それにミアは私が彼女達を目で追ってたと言いますが、私が一番追っているのは貴女なんですよ」
安心させようと思って発したのに、ミアから聞こえるのは返事では無く無防備で規則正しい寝息だけ。
全く、恋人の男の胸に抱かれて居る状況だと言うのにそう言う危機感は無いのだろうか。恋人の男だからこそ、誰よりも警戒しなければいけない面もあるだろうに。例えばこう言う状況で理性がどれだけ持つか、とか。このまま襲われても文句は言えなそうだとついつい思ってしまうが。
「全く。仕方ない子ですね」
ならば、寝ている間に自分なりの「不安の消し方」を彼女に実践させてもらおう。
ネビロスはミアの服のボタンをゆっくり下まで外していくと、一度じっと眺めてから最初に目に付いたその細く白い首筋に噛み付く様に唇を寄せた。チッと小さな音はネビロスの耳にだけ届く。その微かな痛みに眠りながらもぴくりと反応し、少しだけ眉を顰めるミアを彼はとても満足そうに見つめた。
素直に一言、ごめんなさい
「馬鹿じゃない？」
あっはっはとひとしきり大笑いした後、すぐにすんっとした顔で目の前の赤茶色を見つめるバーティゴ。縮こまる赤茶色ことギャリーは濁り気味の白い目と視線が合うと少しだけ「うっ」と喉を鳴らした。
「全く…何をやったかと思いきや…」
「あ、後に引けないと思ったから…」
「嫌われた、後に引けない、それでバストサイズ聞くとかどんなクソみたいな連想ゲームでも無いわよそんな展開」
「だって…最後かと思ったから…」
「今生の別れに女のバストサイズ聞く男なんて戦場でも見た事ないわ」
とても大きな溜息を吐いてバーティゴはチラリとギャリーを見る。目の前で小綺麗な顔の男に頭を抱えられると小馬鹿にして笑った事に罪悪感すら覚えそうだ。
本気でセリカにフラれたと思っているギャリーの顔の青ざめっぷりと言ったら、冬の澄んだ空気に映えるミクリカ湾より青ざめている。
「…それでも、セリカとどうにかして仲直りしたいんでしょ？」
「仲直りってそんな…ガキみたいな…」
「このまま土壇場でバストサイズ聞いた男のまま居たいのか機嫌直して欲しいのかどっちかって聞いてんのよガキ」
「ごめんなさい機嫌直して貰いたいです」
「じゃあ素直に謝りなさいな」
ギャリーを焚き付けたのは彼を揶揄いたかったのもあったがセリカの反応も同じだけ気になって居た。
彼女の亡くなった夫は、大変横柄だったと聞いている。
おそらく自分の様な性格じゃ一日として結婚生活が保たないだろうタイプの夫だと少し話を聞いただけで思った。そんなセリカだからこそ、こんな風に素直に頭を下げる男にどんな反応をするだろうか。
* * *
セリカは固まった。目の前ではギャリーが背中を約七十度くらいは曲げているのではなかろうかと言う程に深々と折り畳んでおり、どう言う意図があるのか真っ直ぐ自分の方に手を差し伸べている。男性のこんな姿を見た事がなかったセリカは大層慌てた。
「あの…？」
「こ、この間は…ごめんなさい！」
「はぁ…えっと…？」
「ごめん、セリカちゃん…俺この間もう何か、男女関係なく凄ぇ失礼な事言っちゃったから…！！」
確かに白昼堂々下ネタまじりに色々話した結果、イメージだけで話を膨らませて余計な事を言ったとは記憶しているが。まあ、それが彼らしい話し方ではあるからセリカも容認はしている。不躾に自分の胸の品定めをしたから怒ったのであって。でも、離れて数時間もすれば怒りもおさまってはいたのだが。
それ以上に男性がこんなに頭を下げて、こんなに素直に謝る姿を初めて見たセリカはどう声を掛けたら良いのか分からず固まってしまった。
元夫は、ベンジーはそんな事決してしなかったから。いつだって妻は自分を立てるもの。主人である自分が家内に頭を下げて謝る等もってのほか。彼の男としてのプライドは妻を服従させる事だったのでは無いかと今にして思ってしまうくらい目の前に広がるそれは見た事のない無縁な姿の男性だった。
「あの…」
「もし許してくれるならいつもみたいに呼んでください！後それから、お詫びの印では無いけど…ご馳走するんで、今夜どうですか！一緒にご飯行ってくれませんか！！」
ああ、手を伸ばしていた理由はそれか。
怒りに任せてついつい壁を作らんばかりにフルネームで呼んだのが相当堪えてしまった様で、ギャリーの言葉の中にそれを撤廃する要求が入っているのも面白い。それにしても変な感じだ。ここに来て男性に頭を下げられる事があるなんて。
「ファンさん、頭を上げて下さいな」
耳まで真っ赤にしたギャリーは頭を下げたまま上げてくれないので、セリカは少し身を屈めると下からちらりと彼の顔を覗き見た。彼はギュッと強く目を瞑っているので、セリカは気付いてもらおうと少し声を出す。何故下から聞こえるんだ？と疑問を浮かべたギャリーがおずおず目蓋を開けると下から覗き込んでいたセリカと目があった。
「あ、やっと目が見えましたぁ」
「きゃぁあっ！セリカちゃん何で下から覗いてんの！？俺絶対ブサイクな顔してたって…！深海魚みたいな…！！」
「だって…顔見えなかったんですよぅ…」
「だからってそれで自分から覗きに来るって…！！」
「んー、だって…もう許してますもん…」
「…へぇその反応何だや！？可愛いなっ！」
耳まで赤く染め、壁にもたれたギャリーは手で顔を覆うと言葉にならない言葉を唸り始める。そして大きく溜息を吐くとずるずると床にしゃがみ込み「良かったぁ…」と小さく呟いた。
「俺…嫌われたかと思った…セリカちゃんに…」
「あらまぁ」
「だってさ…デリカシー無くガンガン突っ込んじゃったし…」
「ええ、そうですねぇ、確かに」
「……ん？デリカシー無くガンガン突っ込むって何かエロい意味に聞こえない？」
「そう言うとこですよぉ、ファンさん」
この助平ったれ。
心の中でやれやれと呟いたセリカは投げ出された彼の手を優しく握った。
「…でもそんなに一所懸命頼み込むなんて狡いですぅ…申し訳なくて断れないですもん…」
「え…？」
「今日は書類の纏めをしなければならないので難しいですが、明日なら行けますよぉ」
「本当！？」
「はい」
こんなにも真摯に頭を下げられ頼み込まれずとも最初から断るつもりは無かったけれど。
でもそれは口に出さずに飲み込んで、何故ならギャリーを変に舞い上がらせてしまうから、そうして努めていつも通りに振る舞う。油断をしたら誘われた嬉しさで自分も少し舞い上がってしまいそうだったから。
ギャリーの口癖の如く飛び出す「今夜どうだろう？」が成就した瞬間でもあった。
「ねぇー…その書類整理って今日じゃなきゃ駄目なの？」
ほら、もう舞い上がって予定を巻こうと不服そうにギャリーが声を上げる。
「ふふふ…駄目ですよぉ、経理部に出す書類なんです。期日までに纏めないとベネットさんがお怒りになりますよぉ？」
「…良いじゃん…ギルバートが怒ってるなんていつもの事だし」
「駄目ですぅ。ファンさんも少しはベネットさんを見習ってちゃんとサボらずお仕事なさって下さい」
一瞬口を尖らせたギャリーだが、セリカと手を重ねたままだと言う事に気が付くと嬉しそうに微笑む。そして跪くと本当に軽く彼女の指先に口付ける様な素振りを見せた。
「…俺、頑張って楽しんでもらえるようエスコートするからね」
そう言ってにっこりと微笑む。元々端正な顔立ちをしているものだからふとした時の破壊力たるや。普段から真面目な顔していれば良いのに、と悪態をつく間もなく先程まで赤らめた顔をして居たギャリーに代わり、今度はセリカが顔を真っ赤にしたのだった。
あっはっはとひとしきり大笑いした後、すぐにすんっとした顔で目の前の赤茶色を見つめるバーティゴ。縮こまる赤茶色ことギャリーは濁り気味の白い目と視線が合うと少しだけ「うっ」と喉を鳴らした。
「全く…何をやったかと思いきや…」
「あ、後に引けないと思ったから…」
「嫌われた、後に引けない、それでバストサイズ聞くとかどんなクソみたいな連想ゲームでも無いわよそんな展開」
「だって…最後かと思ったから…」
「今生の別れに女のバストサイズ聞く男なんて戦場でも見た事ないわ」
とても大きな溜息を吐いてバーティゴはチラリとギャリーを見る。目の前で小綺麗な顔の男に頭を抱えられると小馬鹿にして笑った事に罪悪感すら覚えそうだ。
本気でセリカにフラれたと思っているギャリーの顔の青ざめっぷりと言ったら、冬の澄んだ空気に映えるミクリカ湾より青ざめている。
「…それでも、セリカとどうにかして仲直りしたいんでしょ？」
「仲直りってそんな…ガキみたいな…」
「このまま土壇場でバストサイズ聞いた男のまま居たいのか機嫌直して欲しいのかどっちかって聞いてんのよガキ」
「ごめんなさい機嫌直して貰いたいです」
「じゃあ素直に謝りなさいな」
ギャリーを焚き付けたのは彼を揶揄いたかったのもあったがセリカの反応も同じだけ気になって居た。
彼女の亡くなった夫は、大変横柄だったと聞いている。
おそらく自分の様な性格じゃ一日として結婚生活が保たないだろうタイプの夫だと少し話を聞いただけで思った。そんなセリカだからこそ、こんな風に素直に頭を下げる男にどんな反応をするだろうか。
* * *
セリカは固まった。目の前ではギャリーが背中を約七十度くらいは曲げているのではなかろうかと言う程に深々と折り畳んでおり、どう言う意図があるのか真っ直ぐ自分の方に手を差し伸べている。男性のこんな姿を見た事がなかったセリカは大層慌てた。
「あの…？」
「こ、この間は…ごめんなさい！」
「はぁ…えっと…？」
「ごめん、セリカちゃん…俺この間もう何か、男女関係なく凄ぇ失礼な事言っちゃったから…！！」
確かに白昼堂々下ネタまじりに色々話した結果、イメージだけで話を膨らませて余計な事を言ったとは記憶しているが。まあ、それが彼らしい話し方ではあるからセリカも容認はしている。不躾に自分の胸の品定めをしたから怒ったのであって。でも、離れて数時間もすれば怒りもおさまってはいたのだが。
それ以上に男性がこんなに頭を下げて、こんなに素直に謝る姿を初めて見たセリカはどう声を掛けたら良いのか分からず固まってしまった。
元夫は、ベンジーはそんな事決してしなかったから。いつだって妻は自分を立てるもの。主人である自分が家内に頭を下げて謝る等もってのほか。彼の男としてのプライドは妻を服従させる事だったのでは無いかと今にして思ってしまうくらい目の前に広がるそれは見た事のない無縁な姿の男性だった。
「あの…」
「もし許してくれるならいつもみたいに呼んでください！後それから、お詫びの印では無いけど…ご馳走するんで、今夜どうですか！一緒にご飯行ってくれませんか！！」
ああ、手を伸ばしていた理由はそれか。
怒りに任せてついつい壁を作らんばかりにフルネームで呼んだのが相当堪えてしまった様で、ギャリーの言葉の中にそれを撤廃する要求が入っているのも面白い。それにしても変な感じだ。ここに来て男性に頭を下げられる事があるなんて。
「ファンさん、頭を上げて下さいな」
耳まで真っ赤にしたギャリーは頭を下げたまま上げてくれないので、セリカは少し身を屈めると下からちらりと彼の顔を覗き見た。彼はギュッと強く目を瞑っているので、セリカは気付いてもらおうと少し声を出す。何故下から聞こえるんだ？と疑問を浮かべたギャリーがおずおず目蓋を開けると下から覗き込んでいたセリカと目があった。
「あ、やっと目が見えましたぁ」
「きゃぁあっ！セリカちゃん何で下から覗いてんの！？俺絶対ブサイクな顔してたって…！深海魚みたいな…！！」
「だって…顔見えなかったんですよぅ…」
「だからってそれで自分から覗きに来るって…！！」
「んー、だって…もう許してますもん…」
「…へぇその反応何だや！？可愛いなっ！」
耳まで赤く染め、壁にもたれたギャリーは手で顔を覆うと言葉にならない言葉を唸り始める。そして大きく溜息を吐くとずるずると床にしゃがみ込み「良かったぁ…」と小さく呟いた。
「俺…嫌われたかと思った…セリカちゃんに…」
「あらまぁ」
「だってさ…デリカシー無くガンガン突っ込んじゃったし…」
「ええ、そうですねぇ、確かに」
「……ん？デリカシー無くガンガン突っ込むって何かエロい意味に聞こえない？」
「そう言うとこですよぉ、ファンさん」
この助平ったれ。
心の中でやれやれと呟いたセリカは投げ出された彼の手を優しく握った。
「…でもそんなに一所懸命頼み込むなんて狡いですぅ…申し訳なくて断れないですもん…」
「え…？」
「今日は書類の纏めをしなければならないので難しいですが、明日なら行けますよぉ」
「本当！？」
「はい」
こんなにも真摯に頭を下げられ頼み込まれずとも最初から断るつもりは無かったけれど。
でもそれは口に出さずに飲み込んで、何故ならギャリーを変に舞い上がらせてしまうから、そうして努めていつも通りに振る舞う。油断をしたら誘われた嬉しさで自分も少し舞い上がってしまいそうだったから。
ギャリーの口癖の如く飛び出す「今夜どうだろう？」が成就した瞬間でもあった。
「ねぇー…その書類整理って今日じゃなきゃ駄目なの？」
ほら、もう舞い上がって予定を巻こうと不服そうにギャリーが声を上げる。
「ふふふ…駄目ですよぉ、経理部に出す書類なんです。期日までに纏めないとベネットさんがお怒りになりますよぉ？」
「…良いじゃん…ギルバートが怒ってるなんていつもの事だし」
「駄目ですぅ。ファンさんも少しはベネットさんを見習ってちゃんとサボらずお仕事なさって下さい」
一瞬口を尖らせたギャリーだが、セリカと手を重ねたままだと言う事に気が付くと嬉しそうに微笑む。そして跪くと本当に軽く彼女の指先に口付ける様な素振りを見せた。
「…俺、頑張って楽しんでもらえるようエスコートするからね」
そう言ってにっこりと微笑む。元々端正な顔立ちをしているものだからふとした時の破壊力たるや。普段から真面目な顔していれば良いのに、と悪態をつく間もなく先程まで赤らめた顔をして居たギャリーに代わり、今度はセリカが顔を真っ赤にしたのだった。
裏側に行き着くまで
テオフィルスが情報の出所と掴み、ロードが彼を追求するまでにはこんな流れがあった。
休憩所で珍しく温かい飲み物を購入すると、ロードは額に触れたり体を触ったりした。目立って熱がある、と言う感じはしないのだが、別に何かのアレルギーと言うわけでもないのにやたらくしゃみが出たのだ。様子を見ていたエーデル、ヴィーラ、シーリアからだと何故か本人達ではなくタイガがのど飴やらジョニー・ヘルスケアの風邪薬やらを渡してくれたので少し早めに休憩を取って飲む事にした。
シキが仕事で少し遠くまで行くと言うので弁当作りをした今日は食堂まで行かなくて良い日だ。だからゆっくり弁当を食べて薬を飲んで戻ろう。
そう思っていたロードの背後に人の気配が近付く。彼の背中に触れるか触れないかギリギリまで近付かれたのだが、今日に限ってそんな急接近を彼は許してしまった。
「なっ…！？」
反射的に伸びた手が相手の肩を掴む。
驚いた様にきゃあ、と声を上げたその人は普段から想像が出来ないくらい顔色を悪くしたミアだった。
「え！？あ、ミアさん…」
「ロードさん…？」
「ああ、すみません…近くに居るのに気付かず驚いて強く掴んでしまいました…痛くなかったですか？お怪我は？」
「だ、大丈夫です…私こそごめんなさい…気配無くてごめんなさい…」
見るからに大丈夫じゃない様子のミアは、ロードの手をまじまじと眺める。余程痛かったのだろうか…そんな恨めしい目で見るなんて…。ロードがどう謝ろうかと考えているとミアは眉をへにゃりと下げて元気なさげに口を開いた。
「ロードさんって…やっぱりそうなんですか…？」
「は、はい…？」
やっぱりとは？そう、とは？余程掴む手が痛かったのかそれとも余程乱暴気味に動いて見られてしまったのか。ミアの納得の理由が分からず疑問符を浮かべていると、ミアがとんでもない事を口走る。
「聞きました。ロードさんが胸を大きくする揉み方の上手い、現役でやってる方だって」
──絶句。絶句 。絶句。
待て待て待て、とロードは己を落ち着かせる。ミアの前では良いお兄さんの面を見せていたと言うかそう言う卑猥な話題も淫猥な面も断じて隠していた筈だったのに、何がどうして今何を聞かれている？
「色んな人の相談に乗ってるって…相談すれば大きくしてくれるって聞きました…」
誰だそんな噂 を垂れ流しているのは！？いや、出来ない事も無くはないがミアの口から飛び出る言葉ではないし「色んな人の相談に乗ってる」とかまあまあ語弊がある。それに揉んですぐ大きくなるでも無かろうに、つまり現実問題大きくしようと思ったら相手との長期的な関係が大前提なわけでヴォイド以外ならその状況は自分にとって好ましくない。
その話、やはりせめてミアの口で留めておかなければ己の沽券に関わると判断したロードはなるべく優しい笑顔を作ると彼女に向けた。
「ミアさん、申し訳ないのですがそれはもしかしたら誤解かもしれません…」
「え！？誤解！？」
「ええ、残念ながら私にそんな技能があるか試した事は無いんですよねぇ…いや、過去に二年程お付き合いしていた方は…そんな事もあった様な気もしなくも無いですが」
一応念の為、サラッとヴォイドとの事もバレない言い方で捩じ込んでおく事を忘れない。
「そ、そうなんですか…」
「だからその話はあまりにも不確定過ぎるので他の方に吹聴しないでいただけると助かります。下手をしたら周りに嘘をつく事になってしまいますからね、本気で悩んでいる方が居たらがっかりさせてしまいます。……ちなみにそのお話、出所はどなたです？その方、何か勘違いしてしまっているみたいなので、ちゃんと『私に出来る事では無いかもしれないんですよ』とお伝えしなければなりませんねぇ」
ミアは純粋な子なので、「周りを傷付けたらいけない」と言う言い方をするとすぐに頷き納得しながら聞いてくれた。勘違いした噂の出所に教えてあげねば、と言う言い方にもすぐに納得し反応した。
「あ、はい！テオさんから聞きました！」
「なるほど…メドラーさん…」
「テオさんから『俺は大きくする為に揉むの上手いから何かあったら相談に来いよ』って言ってもらえて…その時にロードさんの方が現役で上手いって聞きました！」
「ほう…」
ロードは心の中でテオフィルスを標的に銃口を向ける。あくまで心の中で。心の中で。
「でも…もし本当なら今ロードさんに相談しようかと思ってたんです、私」
「相談…？ミアさんが…？え？それはまさか…」
「はい…大きくしてもらえないかな？って思って…」
ロードは心の中で早々に『誤解だ』と言って自分とミアの中のイメージを切り離した事をほんの少しだけ後悔した。いや、勿論そんな事するつもりはそんなに無いが、療養していた時に自分のベッドに乗り上げて来たミアに全く魅力を感じなかったなんて事も無く。好むのはカヌル山、しかしアポリフ山やエルプリフ山を目の前にこんな請う様な目線を向けられ剰え合法的に触っても良いと言われて結論を出す前に一度理性と据え膳秤に掛けない男など居るだろうか？いや居ないだろう。
「あの…」
「はい？」
「そ、それこそメドラーさんにお願いされると良いかもしれませんよ？私の方が上手いだなんてそんなそんな…彼の技巧には負けますから」
しかし色々考えた結果、ロードは耐えた。その代わり上擦った声でテオフィルスにカウンターを食らわした。何より自分には想い続けるヴォイドが居る。それに結社内ではトラブルになりかねないから同じ敷地内の女性に手を出さないと決めていたじゃないか。
これで良い。魔王に命 を狙われるのは彼一人で良い。
ミアと別れ、ロードは一人休憩時間を確認する。まだ少し余裕がある。では、早速メドラーさんと話 付けに行きましょうか…。
久方ぶりに鬼の形相を携えたロードはテオフィルスに会いに向かう。ちょうどこの時、テオフィルスはテオフィルスでうっかり目線をそちらに向けアペルピシアの胸を覗き見てしまったが為にスレイマンから手痛いリハビリを受けたところだった。
かくして踏んだり蹴ったりの『蹴ったり』ことロードはそんな彼の下へと重そうに足を進めて行ったのだ。
休憩所で珍しく温かい飲み物を購入すると、ロードは額に触れたり体を触ったりした。目立って熱がある、と言う感じはしないのだが、別に何かのアレルギーと言うわけでもないのにやたらくしゃみが出たのだ。様子を見ていたエーデル、ヴィーラ、シーリアからだと何故か本人達ではなくタイガがのど飴やらジョニー・ヘルスケアの風邪薬やらを渡してくれたので少し早めに休憩を取って飲む事にした。
シキが仕事で少し遠くまで行くと言うので弁当作りをした今日は食堂まで行かなくて良い日だ。だからゆっくり弁当を食べて薬を飲んで戻ろう。
そう思っていたロードの背後に人の気配が近付く。彼の背中に触れるか触れないかギリギリまで近付かれたのだが、今日に限ってそんな急接近を彼は許してしまった。
「なっ…！？」
反射的に伸びた手が相手の肩を掴む。
驚いた様にきゃあ、と声を上げたその人は普段から想像が出来ないくらい顔色を悪くしたミアだった。
「え！？あ、ミアさん…」
「ロードさん…？」
「ああ、すみません…近くに居るのに気付かず驚いて強く掴んでしまいました…痛くなかったですか？お怪我は？」
「だ、大丈夫です…私こそごめんなさい…気配無くてごめんなさい…」
見るからに大丈夫じゃない様子のミアは、ロードの手をまじまじと眺める。余程痛かったのだろうか…そんな恨めしい目で見るなんて…。ロードがどう謝ろうかと考えているとミアは眉をへにゃりと下げて元気なさげに口を開いた。
「ロードさんって…やっぱりそうなんですか…？」
「は、はい…？」
やっぱりとは？そう、とは？余程掴む手が痛かったのかそれとも余程乱暴気味に動いて見られてしまったのか。ミアの納得の理由が分からず疑問符を浮かべていると、ミアがとんでもない事を口走る。
「聞きました。ロードさんが胸を大きくする揉み方の上手い、現役でやってる方だって」
──絶句。
待て待て待て、とロードは己を落ち着かせる。ミアの前では良いお兄さんの面を見せていたと言うかそう言う卑猥な話題も淫猥な面も断じて隠していた筈だったのに、何がどうして今何を聞かれている？
「色んな人の相談に乗ってるって…相談すれば大きくしてくれるって聞きました…」
誰だそんな
その話、やはりせめてミアの口で留めておかなければ己の沽券に関わると判断したロードはなるべく優しい笑顔を作ると彼女に向けた。
「ミアさん、申し訳ないのですがそれはもしかしたら誤解かもしれません…」
「え！？誤解！？」
「ええ、残念ながら私にそんな技能があるか試した事は無いんですよねぇ…いや、過去に二年程お付き合いしていた方は…そんな事もあった様な気もしなくも無いですが」
一応念の為、サラッとヴォイドとの事もバレない言い方で捩じ込んでおく事を忘れない。
「そ、そうなんですか…」
「だからその話はあまりにも不確定過ぎるので他の方に吹聴しないでいただけると助かります。下手をしたら周りに嘘をつく事になってしまいますからね、本気で悩んでいる方が居たらがっかりさせてしまいます。……ちなみにそのお話、出所はどなたです？その方、何か勘違いしてしまっているみたいなので、ちゃんと『私に出来る事では無いかもしれないんですよ』とお伝えしなければなりませんねぇ」
ミアは純粋な子なので、「周りを傷付けたらいけない」と言う言い方をするとすぐに頷き納得しながら聞いてくれた。勘違いした噂の出所に教えてあげねば、と言う言い方にもすぐに納得し反応した。
「あ、はい！テオさんから聞きました！」
「なるほど…メドラーさん…」
「テオさんから『俺は大きくする為に揉むの上手いから何かあったら相談に来いよ』って言ってもらえて…その時にロードさんの方が現役で上手いって聞きました！」
「ほう…」
ロードは心の中でテオフィルスを標的に銃口を向ける。あくまで心の中で。心の中で。
「でも…もし本当なら今ロードさんに相談しようかと思ってたんです、私」
「相談…？ミアさんが…？え？それはまさか…」
「はい…大きくしてもらえないかな？って思って…」
ロードは心の中で早々に『誤解だ』と言って自分とミアの中のイメージを切り離した事をほんの少しだけ後悔した。いや、勿論そんな事するつもりはそんなに無いが、療養していた時に自分のベッドに乗り上げて来たミアに全く魅力を感じなかったなんて事も無く。好むのはカヌル山、しかしアポリフ山やエルプリフ山を目の前にこんな請う様な目線を向けられ剰え合法的に触っても良いと言われて結論を出す前に一度理性と据え膳秤に掛けない男など居るだろうか？いや居ないだろう。
「あの…」
「はい？」
「そ、それこそメドラーさんにお願いされると良いかもしれませんよ？私の方が上手いだなんてそんなそんな…彼の技巧には負けますから」
しかし色々考えた結果、ロードは耐えた。その代わり上擦った声でテオフィルスにカウンターを食らわした。何より自分には想い続けるヴォイドが居る。それに結社内ではトラブルになりかねないから同じ敷地内の女性に手を出さないと決めていたじゃないか。
これで良い。魔王に
ミアと別れ、ロードは一人休憩時間を確認する。まだ少し余裕がある。では、早速メドラーさんと
久方ぶりに鬼の形相を携えたロードはテオフィルスに会いに向かう。ちょうどこの時、テオフィルスはテオフィルスでうっかり目線をそちらに向けアペルピシアの胸を覗き見てしまったが為にスレイマンから手痛いリハビリを受けたところだった。
かくして踏んだり蹴ったりの『蹴ったり』ことロードはそんな彼の下へと重そうに足を進めて行ったのだ。
虫刺され？いいえ、虫除けです
すやすやと寝息を立てる可愛い恋人。ネビロスはベッドで眠るミアの寝顔をじっくり眺めた。長い睫毛。ふわふわした髪。そしてぷっくり膨らんだ唇。
この子のか細い白鳥の様な喉はその時 どんな声をあげるのだろう？この子はその時 どんな目で自分を見つめてくるのだろう？どんな風に、自分を求めてくれるだろう？
首に目線をやったネビロスは、先程付けた鬱血痕がちらりと服から覗いている事に少しだけ笑みを見せる。確かに自分の行動でミアに心配を掛けた。心配を掛けたが、彼女は彼女で色々と無防備過ぎだ。しかし、彼女が嘘を吐く筈も無いし、話の前後はどうあれ「自分が揉んで大きくしてやる」等と宣った不埒者が居るのは間違い無い。なのでここは一つ、明確な“虫除け”が必要だとネビロスは思った。
キスマーク。俗な言い方をすると所有印とも言う。あまりスピードを早めると何もかも初めてなミアには刺激が強過ぎるのでは無いかとも思うが、ネビロスも自覚してしまう程独占欲と言うのは根深いもので。それでこの日、付ける事を決めた。ミアが名前を挙げたテオフィルス、ロードがこのキスマークの存在に気付かない筈がない。この二人への牽制の意味もあったが、単に彼女に触れたかっただけかもしれない。
キスマークにも、付ける場所に意味がある。
首筋に付けるキスマークは執着心が。
喉に付けるキスマークには性的欲求が。
胸に付けるキスマークには秘めた独占欲が。
さて、どうだろうか。
「…ピンク…」
思わず口にしてしまいネビロスはハッと顔を赤らめた。ミアの首筋に唇を寄せ痕を付けたは良いのだが、それだけで終わらせたくなくなってしまった。人と言うのはどんどん強欲になるものだ。ネビロスはボタンを外した衣服から見える下着を見つめる。ミアらしい、可愛らしいものだ。今すぐに深く手を伸ばしてしまいたいそんな気持ちを抑え込み、ネビロスはミアの胸元に顔を埋める。ほんの少し遠慮がちに下着をずらすと唇を当て易い場所を確保し、ネビロスはそのまま少しだけ強く胸に吸い付いた。
「んっ…」
ミアの声が喉から漏れるが、ネビロスは止めずにキスマーク付けに勤しんだ。もし彼女が目を覚ましてしまっても、それはそれで彼女の恥じらう姿も見れて良いと思ったのだ。
しかし同時に、「恋人が自分の寝ている間に自分の体にキスを施している」等と認識した瞬間また気絶しそうだなとも思った。
「起きませんね…」
安心した様な少し残念な様などっち付かずな気持ちが交錯する。ネビロスはミアの背中を露わにさせると、そこにもキスマークをこっそり付けた。
首筋に付けるキスマークは執着心。
胸に付けるキスマークには秘めた独占欲。
背中に付けるキスマークは愛情確認の意味を持つ。
* * *
「ネ、ネビロスさん！！」
ミアは真っ赤な顔で珍しくネビロスに詰め寄る。反してネビロスは涼しい顔でミアを見てにっこり笑った。その笑顔に一瞬言葉を詰まらせるミアだが、つい数分前のことを思い出すと意を決して指を差しながら言葉を発した。
「あ、あの…！こことここの赤いの…そのっ…！！」
「ああ、キスマークですか？」
虫刺されだと最初思っていたのに。いつ付けたのだろう？いや、むしろ本当にネビロスが犯人なのだろうか？覚悟を決めてぼかしながら聞いたのにサラッと言い放つネビロスにミアは真っ赤になって抗議した。
「ネビロスさん…もしかして全部私が寝てる間に付けたんですか…？」
「ええ」
「私、変な顔して寝てませんでした…？」
身の危険より寝顔の心配。そんなミアにネビロスはぷっと噴き出して笑った。
「ええ、可愛い寝顔でしたよ」
「で、でも…こんなところにいつ…？服の上からじゃ無理ですよね…？」
心配そうにそう聞いてくるミア。あんまりにも心配そうなその様子が可愛くて、ネビロスは微笑みながらミアの頭を撫でた。
「ええ。なので、ボタンは外しましたよ？」
「へ…？」
「ボタンは、外しましたよ？」
ミアは今度こそ真っ赤な顔になる。それはまるで煙を噴きそうな勢いであり、尚も涼しい笑顔を浮かべるネビロスにミアはただただ恥ずかしさを剥き出しにした。
「見たんですか…！？」
「さぁ…？何の事でしょう？」
「み、見たんですよね！？」
真っ赤になって震えるミアを見て悪戯心がくすぐられるのか、いつもより些か悪い笑みを浮かべ少し意地悪く言うネビロス。それより何より、見られた以上に適当な下着を着けていなかったかだけが目下気になってしまうミアだった。
「あの…」
「はい？」
「わ、私…変な下着とか…着けてませんでしたよね…？」
見られた事を怒るより、変だったかどうかを気にする恋人を愛おしむ様に笑うとネビロスはそんなミアの頭を優しく撫でたのだが、流石に恥ずかしくなったのかその顔は彼女に負けず劣らず真っ赤だった。
「とっても可愛いデザインでした…」
「良かった…！」
「ミア、私は大きさがどうであれ、貴女だから見たいと思うし貴女だから触れたいんです。私の前に他の男に触らせたら駄目ですよ？」
「じゃあ…テオさんには…」
「…彼とは今後なるべくそう言う話はしない様にお願いします」
とは言え、嫉妬しても禁じる事を言わない辺りがネビロスらしいと言うか何と言うのか。未だ誤解の解けないテオフィルスに対してメラメラと怒りの炎は燃やすが、不意に彼女がまだ一つ気付いていない事を思い出し再び悪戯心の方に火が点いた。ネビロスは、抱き締める様にミアの背中に手を回すと指ですぅっと撫でる。ひゃあっと言う声がミアから上がると、ネビロスはまたしても嬉しそうに笑った。
「そうそう、背中にも付けてたんですが…気付いてました？」
着替えの時ヴォイドがやたらチラチラ見て来た理由をそこで知り、ミアはまた真っ赤になった。やたら彼女の視線を感じたが、まさかネビロスが付けたキスマークが原因だったとは。
「だからヴォイドさん、私の事あんなに見て…！」
「──そのヴォイドですが」
割って入る様に話を始めるネビロス。ミアはきょとんとした顔で彼を見つめた。
「私は…ヴォイドに対して何の感情もありませんよ。その…先日の事は…驚いたんです、普通に。目の前でいきなりウルが凄いことをし始めたので」
「う、うーん…」
確かに自分もその場に居たら見てしまうかも。自分だってなかなかお目にかかれないそう言うのは観察したくなるし触ってもみたくなる。
「まぁ、私も男なのでつい…と言うのは確かにありますが…」
「え！？」
でもやっぱり、彼女としてはそれとこれとは別にしたい。
「でも…でもー…！！」
「そうですよね、ミアとしては面白くないし嫌ですよね」
「はい…ちょっと嫌です…でも気持ちも分かるから困っちゃいます…」
「どうしたら許してくれますか？」
今日のネビロスは意地悪だ。この目は聞く目では無い、ミアに何て言って欲しいか訴えている時の目だ。そしてミアも分かっていてつい彼のそんな空気に乗せられてしまう。少なくとも今日は何だか乗ってしまいたくなった。
「…昨日出来なかったので、キスして欲しいです…」
「ええ勿論、何回でも…」
ネビロスはミアの顎をくいっと持ち上げると、彼女の唇に自分のそれを重ねる。触れる様な軽いキスの筈だったのだが、ネビロスは顔の角度を変えると深い深いものに変えていった。
キスを交わしながら、首筋に付けた痕に触れる。そしてその手を胸元に下ろし、反対の手を背中に回す。自分の付けたキスマークをなぞる様に手を這わすと、ネビロスはまた満足気に笑った。
この子のか細い白鳥の様な喉は
首に目線をやったネビロスは、先程付けた鬱血痕がちらりと服から覗いている事に少しだけ笑みを見せる。確かに自分の行動でミアに心配を掛けた。心配を掛けたが、彼女は彼女で色々と無防備過ぎだ。しかし、彼女が嘘を吐く筈も無いし、話の前後はどうあれ「自分が揉んで大きくしてやる」等と宣った不埒者が居るのは間違い無い。なのでここは一つ、明確な“虫除け”が必要だとネビロスは思った。
キスマーク。俗な言い方をすると所有印とも言う。あまりスピードを早めると何もかも初めてなミアには刺激が強過ぎるのでは無いかとも思うが、ネビロスも自覚してしまう程独占欲と言うのは根深いもので。それでこの日、付ける事を決めた。ミアが名前を挙げたテオフィルス、ロードがこのキスマークの存在に気付かない筈がない。この二人への牽制の意味もあったが、単に彼女に触れたかっただけかもしれない。
キスマークにも、付ける場所に意味がある。
首筋に付けるキスマークは執着心が。
喉に付けるキスマークには性的欲求が。
胸に付けるキスマークには秘めた独占欲が。
さて、どうだろうか。
「…ピンク…」
思わず口にしてしまいネビロスはハッと顔を赤らめた。ミアの首筋に唇を寄せ痕を付けたは良いのだが、それだけで終わらせたくなくなってしまった。人と言うのはどんどん強欲になるものだ。ネビロスはボタンを外した衣服から見える下着を見つめる。ミアらしい、可愛らしいものだ。今すぐに深く手を伸ばしてしまいたいそんな気持ちを抑え込み、ネビロスはミアの胸元に顔を埋める。ほんの少し遠慮がちに下着をずらすと唇を当て易い場所を確保し、ネビロスはそのまま少しだけ強く胸に吸い付いた。
「んっ…」
ミアの声が喉から漏れるが、ネビロスは止めずにキスマーク付けに勤しんだ。もし彼女が目を覚ましてしまっても、それはそれで彼女の恥じらう姿も見れて良いと思ったのだ。
しかし同時に、「恋人が自分の寝ている間に自分の体にキスを施している」等と認識した瞬間また気絶しそうだなとも思った。
「起きませんね…」
安心した様な少し残念な様などっち付かずな気持ちが交錯する。ネビロスはミアの背中を露わにさせると、そこにもキスマークをこっそり付けた。
首筋に付けるキスマークは執着心。
胸に付けるキスマークには秘めた独占欲。
背中に付けるキスマークは愛情確認の意味を持つ。
* * *
「ネ、ネビロスさん！！」
ミアは真っ赤な顔で珍しくネビロスに詰め寄る。反してネビロスは涼しい顔でミアを見てにっこり笑った。その笑顔に一瞬言葉を詰まらせるミアだが、つい数分前のことを思い出すと意を決して指を差しながら言葉を発した。
「あ、あの…！こことここの赤いの…そのっ…！！」
「ああ、キスマークですか？」
虫刺されだと最初思っていたのに。いつ付けたのだろう？いや、むしろ本当にネビロスが犯人なのだろうか？覚悟を決めてぼかしながら聞いたのにサラッと言い放つネビロスにミアは真っ赤になって抗議した。
「ネビロスさん…もしかして全部私が寝てる間に付けたんですか…？」
「ええ」
「私、変な顔して寝てませんでした…？」
身の危険より寝顔の心配。そんなミアにネビロスはぷっと噴き出して笑った。
「ええ、可愛い寝顔でしたよ」
「で、でも…こんなところにいつ…？服の上からじゃ無理ですよね…？」
心配そうにそう聞いてくるミア。あんまりにも心配そうなその様子が可愛くて、ネビロスは微笑みながらミアの頭を撫でた。
「ええ。なので、ボタンは外しましたよ？」
「へ…？」
「ボタンは、外しましたよ？」
ミアは今度こそ真っ赤な顔になる。それはまるで煙を噴きそうな勢いであり、尚も涼しい笑顔を浮かべるネビロスにミアはただただ恥ずかしさを剥き出しにした。
「見たんですか…！？」
「さぁ…？何の事でしょう？」
「み、見たんですよね！？」
真っ赤になって震えるミアを見て悪戯心がくすぐられるのか、いつもより些か悪い笑みを浮かべ少し意地悪く言うネビロス。それより何より、見られた以上に適当な下着を着けていなかったかだけが目下気になってしまうミアだった。
「あの…」
「はい？」
「わ、私…変な下着とか…着けてませんでしたよね…？」
見られた事を怒るより、変だったかどうかを気にする恋人を愛おしむ様に笑うとネビロスはそんなミアの頭を優しく撫でたのだが、流石に恥ずかしくなったのかその顔は彼女に負けず劣らず真っ赤だった。
「とっても可愛いデザインでした…」
「良かった…！」
「ミア、私は大きさがどうであれ、貴女だから見たいと思うし貴女だから触れたいんです。私の前に他の男に触らせたら駄目ですよ？」
「じゃあ…テオさんには…」
「…彼とは今後なるべくそう言う話はしない様にお願いします」
とは言え、嫉妬しても禁じる事を言わない辺りがネビロスらしいと言うか何と言うのか。未だ誤解の解けないテオフィルスに対してメラメラと怒りの炎は燃やすが、不意に彼女がまだ一つ気付いていない事を思い出し再び悪戯心の方に火が点いた。ネビロスは、抱き締める様にミアの背中に手を回すと指ですぅっと撫でる。ひゃあっと言う声がミアから上がると、ネビロスはまたしても嬉しそうに笑った。
「そうそう、背中にも付けてたんですが…気付いてました？」
着替えの時ヴォイドがやたらチラチラ見て来た理由をそこで知り、ミアはまた真っ赤になった。やたら彼女の視線を感じたが、まさかネビロスが付けたキスマークが原因だったとは。
「だからヴォイドさん、私の事あんなに見て…！」
「──そのヴォイドですが」
割って入る様に話を始めるネビロス。ミアはきょとんとした顔で彼を見つめた。
「私は…ヴォイドに対して何の感情もありませんよ。その…先日の事は…驚いたんです、普通に。目の前でいきなりウルが凄いことをし始めたので」
「う、うーん…」
確かに自分もその場に居たら見てしまうかも。自分だってなかなかお目にかかれないそう言うのは観察したくなるし触ってもみたくなる。
「まぁ、私も男なのでつい…と言うのは確かにありますが…」
「え！？」
でもやっぱり、彼女としてはそれとこれとは別にしたい。
「でも…でもー…！！」
「そうですよね、ミアとしては面白くないし嫌ですよね」
「はい…ちょっと嫌です…でも気持ちも分かるから困っちゃいます…」
「どうしたら許してくれますか？」
今日のネビロスは意地悪だ。この目は聞く目では無い、ミアに何て言って欲しいか訴えている時の目だ。そしてミアも分かっていてつい彼のそんな空気に乗せられてしまう。少なくとも今日は何だか乗ってしまいたくなった。
「…昨日出来なかったので、キスして欲しいです…」
「ええ勿論、何回でも…」
ネビロスはミアの顎をくいっと持ち上げると、彼女の唇に自分のそれを重ねる。触れる様な軽いキスの筈だったのだが、ネビロスは顔の角度を変えると深い深いものに変えていった。
キスを交わしながら、首筋に付けた痕に触れる。そしてその手を胸元に下ろし、反対の手を背中に回す。自分の付けたキスマークをなぞる様に手を這わすと、ネビロスはまた満足気に笑った。
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