カンテ30題
最終更新：
g_a3b2c3o12 2023年08月11日(金) 23:22:22履歴
#カンテ30題のまとめ��
Day.1 雲
ロナの場合――作・涼風
入道雲、何に見える？ーー作・燐花
雲ーー作・燐花
みかん入道雲パフェ――作・べに
Day.2 海
ユーシンの場合――作・涼風
海・ザ・ハイテンションーー作・燐花
Day.3 のろし
Day.4 ロープ
運命の赤い縄――作・べに
Day.5 夕焼け
言い合いーー作・燐花
ゆうぐれーー作・べに
Day.6 流れ星
ユーシン――作・涼風
凶星――作・べに
ながれぼし――作・べに
Day.7 戦闘��
戦闘ーー作・燐花
毎日が攻防ーー作・燐花
Day.8 照れ笑い
ミア――作・べに
食堂の絵画――作・べに
Day.9 りんご
りんごーー作・燐花
アプフェルシュトゥルーデルーー作・べに
Day.10 ハイヒール
シンデレラ死球ーー作・燐花
Day.1 雲 
入道雲、綿雲、雷雲、雲に見立てた綿菓子などなど
ロナの場合――作・涼風
入道雲か…思い出すなぁ、去年だっけ、みかん入道雲パフェがどうしても食べたくて炎天下の中並んだだったな。
ミオリと交代しながらね。
あの味が忘れられなくて家で作れないかってミオリに相談して材料的にも時間的にも無理って突っぱねられたっけね…
(Twitter)
ミオリと交代しながらね。
あの味が忘れられなくて家で作れないかってミオリに相談して材料的にも時間的にも無理って突っぱねられたっけね…
(Twitter)
入道雲、何に見える？ーー作・燐花
暴力的な日差しが肌をチクチクと責め立てる。風すらも気持ち良いと言うよりかはまるで熱波とも言える時があり、こう言う日は外で食べるアイスが美味しい。
異常気象だ。これは。
カンテ国はどちらかと言うと寒い日なのに。最近はこう言う災害めいた気候が多いなと思う。
「こんなところで暮らして行ける人間、凄いね」
シキがアイスキャンディーを齧りながらそう言った。
「東國の人はこのくらいの暑さ、毎年らしいよ」
ウルリッカもソフトクリームを舐めながらそう呟く。シキはウルリッカが必死で舐め取る様をじーっと眺めていたが、その内ごくりと喉を鳴らすと「美味そう」と呟いた。
「は？美味そうって…シキもアイスキャンディー買って…あれ？アイスキャンディーは？」
「落とした」
「何故に？」
「暑さで溶けて…落ちた」
哀れ、アイスキャンディー。溶け掛かった所を早めに食べて処理しなかったからか、ひび割れたそれは自重で下に落ちたらしい。
ウルリッカはぺろりとソフトクリームを舐めながらどう答えて良いか思案する。流石にこんなに舐め回したソフトクリームをお裾分けは出来ない。
「見て、ウル。落ちた」
「今見たよ…」
「殆ど残ってたのに…落ちた」
余程ショックだったらしい。シキの落ちたアピールがさっきから凄い。うわごとの様に「落ちた」と連呼していたシキだが、諦めたのか顔を上げ空を見上げる。
そして「あ」と呟いた。
「ウル、見てみて。雲」
「え？あ、夏の雲だね…」
「うん。夏だけ見られる雲ってやつだよね。でっけー…」
「…一年中見れるシキも人の中では「でっけー」って部類だよ」
「はは、俺も雲も、でっけー」
目の前に広がるのは、夏特有の青の濃い空。絵の具を垂らした様に濃い色の空だ。そしてそこに、存在感を放つ白い雲。
夏の空は、キャンパスで書くならば厚塗りがよく似合う。ウルリッカはそんな事を考えながら雲によく似たソフトクリームをぺろりと舐めた。
シキも雲に既視感を感じたのか、空を見ながら嬉しそうに微笑む。そして一言、こう言った。
「あの雲、形がうんこみてぇ」
「………」
たった今同じ雲を見てソフトクリームみたいだと思った私に謝って欲しい。
そうは言いたくなったものの、暑い時に怒ると余計暑くなるのが夏と言うものだ。ウルリッカは肘で軽くシキの脇腹を小突くと日陰に向かった。
(Twitter)
異常気象だ。これは。
カンテ国はどちらかと言うと寒い日なのに。最近はこう言う災害めいた気候が多いなと思う。
「こんなところで暮らして行ける人間、凄いね」
シキがアイスキャンディーを齧りながらそう言った。
「東國の人はこのくらいの暑さ、毎年らしいよ」
ウルリッカもソフトクリームを舐めながらそう呟く。シキはウルリッカが必死で舐め取る様をじーっと眺めていたが、その内ごくりと喉を鳴らすと「美味そう」と呟いた。
「は？美味そうって…シキもアイスキャンディー買って…あれ？アイスキャンディーは？」
「落とした」
「何故に？」
「暑さで溶けて…落ちた」
哀れ、アイスキャンディー。溶け掛かった所を早めに食べて処理しなかったからか、ひび割れたそれは自重で下に落ちたらしい。
ウルリッカはぺろりとソフトクリームを舐めながらどう答えて良いか思案する。流石にこんなに舐め回したソフトクリームをお裾分けは出来ない。
「見て、ウル。落ちた」
「今見たよ…」
「殆ど残ってたのに…落ちた」
余程ショックだったらしい。シキの落ちたアピールがさっきから凄い。うわごとの様に「落ちた」と連呼していたシキだが、諦めたのか顔を上げ空を見上げる。
そして「あ」と呟いた。
「ウル、見てみて。雲」
「え？あ、夏の雲だね…」
「うん。夏だけ見られる雲ってやつだよね。でっけー…」
「…一年中見れるシキも人の中では「でっけー」って部類だよ」
「はは、俺も雲も、でっけー」
目の前に広がるのは、夏特有の青の濃い空。絵の具を垂らした様に濃い色の空だ。そしてそこに、存在感を放つ白い雲。
夏の空は、キャンパスで書くならば厚塗りがよく似合う。ウルリッカはそんな事を考えながら雲によく似たソフトクリームをぺろりと舐めた。
シキも雲に既視感を感じたのか、空を見ながら嬉しそうに微笑む。そして一言、こう言った。
「あの雲、形がうんこみてぇ」
「………」
たった今同じ雲を見てソフトクリームみたいだと思った私に謝って欲しい。
そうは言いたくなったものの、暑い時に怒ると余計暑くなるのが夏と言うものだ。ウルリッカは肘で軽くシキの脇腹を小突くと日陰に向かった。
(Twitter)
雲ーー作・燐花
(イラスト)
みかん入道雲パフェ――作・べに
「先生！ サオトメ先生早く！」
その日、お昼のピークを過ぎた食堂にタイガに引き摺られるようにしてロナがやって来ていた。その後ろをアサギも付いて来ているが、彼もどうしてロナが食堂に引っ張られていくのか理解出来ていない。
「あ、タイガ君！ エミールさん、ロナさん来ましたっ」
ヒギリが２人と一体を見て厨房へ声をかける。途端に厨房のエミールが指示を出しノエとネリネが動き出した。
「先生、座ってください。アサギ君も！」
状況が飲み込めないままであってもタイガの言うことを聞いてロナは大人しく席についた。そんなロナの元へヒギリがそれを運んで来る。
「ロナさん！どうぞ！」
テーブルに置かれたパフェ。
それを見たロナは空色の目を丸くして、そのまま自分の正面に座ってニコニコと自分の反応を見ているタイガの顔を見た。
「オレの記憶によると、かなり再現率高いと思うんですけどどうですか？」
「……完璧だ」
ロナの言葉に給食部の面子は各々小さなガッツポーズを決める。
テーブルに置かれたパフェは、ロナの記憶の中にあるものと殆ど変わりのない「みかん入道雲パフェ」だった。それは、かつてロナが自身の機械人形のミオリと店に並んで食べた思い出のパフェだ。
「どうして……」
「先生とミオリちゃんが食べに行ったって聞いた時に『来年、一緒に行こう』って約束したじゃないですか。だけど行けなかったから皆に頼んで再現して貰ったんです」
ギロク博士のテロによって果たされなくなった約束を、そのまま終わりにするのは何だか癪だったから。タイガは心の中で付け足す。
自分だけでは再現なんて出来なかっただろうけども、今のタイガには結社の優秀な料理人の仲間達がいた。彼等の努力がなければこの夢は叶うことなんてなかったが、彼等は見事にやり遂げてくれた。
一口食べたロナが口に広がる味を噛み締めるように目を瞑り、開いた時には満足そうに微笑んで一言。
「旨いな」
「良かったです」
タイガにとって、そんな柔らかい表情をするロナを見るのは久し振りだった。ロナはミオリを喪って明るさも喪ったように見えていたからだ。
「さぁ、他の皆様の分もありますよ」
ノエの声にタイガだけでなくヒギリとエミールも席に着く。
こうして結社の食堂で皆と食べたみかん入道雲パフェは格別に美味しく感じられて、ロナは更に表情を柔らかくするのであった。
その日、お昼のピークを過ぎた食堂にタイガに引き摺られるようにしてロナがやって来ていた。その後ろをアサギも付いて来ているが、彼もどうしてロナが食堂に引っ張られていくのか理解出来ていない。
「あ、タイガ君！ エミールさん、ロナさん来ましたっ」
ヒギリが２人と一体を見て厨房へ声をかける。途端に厨房のエミールが指示を出しノエとネリネが動き出した。
「先生、座ってください。アサギ君も！」
状況が飲み込めないままであってもタイガの言うことを聞いてロナは大人しく席についた。そんなロナの元へヒギリがそれを運んで来る。
「ロナさん！どうぞ！」
テーブルに置かれたパフェ。
それを見たロナは空色の目を丸くして、そのまま自分の正面に座ってニコニコと自分の反応を見ているタイガの顔を見た。
「オレの記憶によると、かなり再現率高いと思うんですけどどうですか？」
「……完璧だ」
ロナの言葉に給食部の面子は各々小さなガッツポーズを決める。
テーブルに置かれたパフェは、ロナの記憶の中にあるものと殆ど変わりのない「みかん入道雲パフェ」だった。それは、かつてロナが自身の機械人形のミオリと店に並んで食べた思い出のパフェだ。
「どうして……」
「先生とミオリちゃんが食べに行ったって聞いた時に『来年、一緒に行こう』って約束したじゃないですか。だけど行けなかったから皆に頼んで再現して貰ったんです」
ギロク博士のテロによって果たされなくなった約束を、そのまま終わりにするのは何だか癪だったから。タイガは心の中で付け足す。
自分だけでは再現なんて出来なかっただろうけども、今のタイガには結社の優秀な料理人の仲間達がいた。彼等の努力がなければこの夢は叶うことなんてなかったが、彼等は見事にやり遂げてくれた。
一口食べたロナが口に広がる味を噛み締めるように目を瞑り、開いた時には満足そうに微笑んで一言。
「旨いな」
「良かったです」
タイガにとって、そんな柔らかい表情をするロナを見るのは久し振りだった。ロナはミオリを喪って明るさも喪ったように見えていたからだ。
「さぁ、他の皆様の分もありますよ」
ノエの声にタイガだけでなくヒギリとエミールも席に着く。
こうして結社の食堂で皆と食べたみかん入道雲パフェは格別に美味しく感じられて、ロナは更に表情を柔らかくするのであった。
Day.2 海
夏といえば海。海水浴、スイカ割り、月が昇るし陽が沈む…
ユーシンの場合――作・涼風
最後に海に行ったのは…冬だったかな。
鉛色の空と白っぽい海でくすんでた。ミーファがむくれたな。
運転しながら朗らかに笑う父さんもミーファをむにむにする母さんも困り顔のシュオニも楽しそうだった。
どこに行く時だったか忘れたけど、楽しかったなぁ…
(Twitter)
鉛色の空と白っぽい海でくすんでた。ミーファがむくれたな。
運転しながら朗らかに笑う父さんもミーファをむにむにする母さんも困り顔のシュオニも楽しそうだった。
どこに行く時だったか忘れたけど、楽しかったなぁ…
(Twitter)
海・ザ・ハイテンションーー作・燐花
「う、海に行きませんか…？」
目線を泳がせながらそう言うギャリーにセリカは目を丸くする。
「海、ですかぁ？」
「海、デスヨ……」
「あ…波打ち際をお散歩するとか、良いですねぇ」
「は？波打ち際…？」
素っ頓狂なギャリーの態度にまたも目を丸くする。そして「あ！」と声を上げると守る様に自分の体を抱きしめた。
「絶っっっっっ対見せません！！」
「チィっ…！もう目的に気付かれたか…！！そんなん言わないで頼むよ見せてよ！！俺に！！」
「嫌ですぅ！！」
「良いじゃん！！ささやかだけどでっけぇロマンなんだよ！！」
目鼻立ちの良い顔をまるで悪人の様に歪めて本性を露わにするギャリー。彼の言う『でっけぇロマン』とは偏に好きな女性の水着姿を拝むに他ならぬ。しかしセリカもセリカで譲れない。
まず第一にセリカは胸が大きい。故に少しだけ彼女の理想の女性像から考えるとはしたなく思えてしまう。
普段着物で体型をカバーする様な格好をしているので水着の様に体のラインが分かってしまう物を着るのは少し抵抗があったのだ。
しかし、そんな事を言ってしまえばこの男は気にしないだの何だの言って余計に見たがるだろう。
問答の末珍しくセリカが折れた。
ギャリーは、それだけ本気だったのだ。
「セリカちゃん見て！綺麗な貝があるよ！」
「あ！本当ですねぇ、桜色で綺麗ですぅ」
海水浴当日。最初はどうなる事かと思ったが、想像よりセリカも楽しめていた。
更衣室で水着に着替えてギャリーとの待ち合わせに向かったところギャリーは顔を真っ赤にしながらセリカの水着姿を大袈裟に拝み倒し「尊い…！！」と呟いたと思ったら一時しゃがんだきり動かなくなった。セリカが心配そうに覗き込むと、どこから用意したのかラッシュガードをセリカに掛ける。
「せっかくだから楽しもうぜ。もしまだ人の目とか気になるならこれ着ててよ」
俺は満足したしとそう言って渡してくれた、セリカから見たらぶかぶかのラッシュガードを羽織って二人で海辺を散策した。
「あ、また貝」
「大小と大きさの違う貝が並んでいて可愛らしいですぅ」
「ははっ。何かこの貝、夫婦みたいだね」
そう言って貝を取ろうとしゃがんだ姿でそのまま顔を上げるギャリー。覗き込んだセリカの姿と相俟ってまるで跪いている様で、その様子に少しだけ胸が高鳴る。
海の所為だ。
珍しいところに来ているから、いつもより彼が魅力的な様なそんな気がするんだ。
「…セリカちゃん…俺」
「はい…」
「俺、セリカちゃんの事…」
──その時、ピンポイントでギャリーの身を高波が襲った。
「きゃぁぁぁあ！ギャリーさん！！」
見事に頭から波に飲まれたギャリー。ざっぱぁぁぁあん！と叩きつける様に押し寄せた波が大きく沖へ引いていく。
そこにギャリーの姿は無かった。
「ギャリーさん！！」
セリカはパニックになった。
慌てて辺りを見回すとざばっと音を立てて海から立ち上がり、体中にワカメを巻き付けながらギャリーは帰還した。
「……びっくりしたぁぁぁぁ！」
「セリカもですぅ！！」
「びっくりし過ぎて俺今アドレナリン全開なんだけど！！？」
「セリカもですぅ！！」
こうして予想外のアクシデントに変にテンションの上がってしまった二人はその勢いのまま充分に海を満喫して帰ったと言う。
後日セリカは年甲斐もなくはしゃいでしまった己を振り返り少し落ち込んだ。
これも夏の所為だ。海の所為だ。
彼の所為だ。
(Twitter)
目線を泳がせながらそう言うギャリーにセリカは目を丸くする。
「海、ですかぁ？」
「海、デスヨ……」
「あ…波打ち際をお散歩するとか、良いですねぇ」
「は？波打ち際…？」
素っ頓狂なギャリーの態度にまたも目を丸くする。そして「あ！」と声を上げると守る様に自分の体を抱きしめた。
「絶っっっっっ対見せません！！」
「チィっ…！もう目的に気付かれたか…！！そんなん言わないで頼むよ見せてよ！！俺に！！」
「嫌ですぅ！！」
「良いじゃん！！ささやかだけどでっけぇロマンなんだよ！！」
目鼻立ちの良い顔をまるで悪人の様に歪めて本性を露わにするギャリー。彼の言う『でっけぇロマン』とは偏に好きな女性の水着姿を拝むに他ならぬ。しかしセリカもセリカで譲れない。
まず第一にセリカは胸が大きい。故に少しだけ彼女の理想の女性像から考えるとはしたなく思えてしまう。
普段着物で体型をカバーする様な格好をしているので水着の様に体のラインが分かってしまう物を着るのは少し抵抗があったのだ。
しかし、そんな事を言ってしまえばこの男は気にしないだの何だの言って余計に見たがるだろう。
問答の末珍しくセリカが折れた。
ギャリーは、それだけ本気だったのだ。
「セリカちゃん見て！綺麗な貝があるよ！」
「あ！本当ですねぇ、桜色で綺麗ですぅ」
海水浴当日。最初はどうなる事かと思ったが、想像よりセリカも楽しめていた。
更衣室で水着に着替えてギャリーとの待ち合わせに向かったところギャリーは顔を真っ赤にしながらセリカの水着姿を大袈裟に拝み倒し「尊い…！！」と呟いたと思ったら一時しゃがんだきり動かなくなった。セリカが心配そうに覗き込むと、どこから用意したのかラッシュガードをセリカに掛ける。
「せっかくだから楽しもうぜ。もしまだ人の目とか気になるならこれ着ててよ」
俺は満足したしとそう言って渡してくれた、セリカから見たらぶかぶかのラッシュガードを羽織って二人で海辺を散策した。
「あ、また貝」
「大小と大きさの違う貝が並んでいて可愛らしいですぅ」
「ははっ。何かこの貝、夫婦みたいだね」
そう言って貝を取ろうとしゃがんだ姿でそのまま顔を上げるギャリー。覗き込んだセリカの姿と相俟ってまるで跪いている様で、その様子に少しだけ胸が高鳴る。
海の所為だ。
珍しいところに来ているから、いつもより彼が魅力的な様なそんな気がするんだ。
「…セリカちゃん…俺」
「はい…」
「俺、セリカちゃんの事…」
──その時、ピンポイントでギャリーの身を高波が襲った。
「きゃぁぁぁあ！ギャリーさん！！」
見事に頭から波に飲まれたギャリー。ざっぱぁぁぁあん！と叩きつける様に押し寄せた波が大きく沖へ引いていく。
そこにギャリーの姿は無かった。
「ギャリーさん！！」
セリカはパニックになった。
慌てて辺りを見回すとざばっと音を立てて海から立ち上がり、体中にワカメを巻き付けながらギャリーは帰還した。
「……びっくりしたぁぁぁぁ！」
「セリカもですぅ！！」
「びっくりし過ぎて俺今アドレナリン全開なんだけど！！？」
「セリカもですぅ！！」
こうして予想外のアクシデントに変にテンションの上がってしまった二人はその勢いのまま充分に海を満喫して帰ったと言う。
後日セリカは年甲斐もなくはしゃいでしまった己を振り返り少し落ち込んだ。
これも夏の所為だ。海の所為だ。
彼の所為だ。
(Twitter)
Day.3 のろし
漢字で書くと「狼煙」。
その昔情報伝達の手段として使われていたもの。
戦が始まる前に上がるものとしても有名。
その昔情報伝達の手段として使われていたもの。
戦が始まる前に上がるものとしても有名。
Day.4 ロープ
結ぶもの、縛るもの、繋ぐもの、張るもの、殺すもの。
良きも悪きも紙一重。
良きも悪きも紙一重。
運命の赤い縄――作・べに
「運命の赤い糸」は兎頭国の伝説発祥なのだという。
どことなく自慢気な顔で言い放っているギャリーの目には郷愁の色もあって、セリカは「そうなんですかぁ」と呟くに留める。
「でもね、セリカちゃん。本当の伝説だと赤い縄で足首に巻かれるものなんだよ」
「赤い縄ですか」
「糸よりも強そうで良いよね」
ニコニコと笑うギャリーに、セリカはニコリと笑いかけた。
「そうですねぇ。ギャリーさんのそのお首には糸より縄でも掛けておいた方が宜しいかもしれませんねぇ」
ニコニコと微笑むセリカの笑みの裏に何かを感じ取ったギャリーの笑みが強ばる。
「セリカちゃん？」
「先日の総務部の女の子達との飲み会は如何でしたかぁ？」
内緒にしていた筈の情報がどこから漏洩したというのか。
「え、あれ……？」
「ベルさんが御丁寧に教えて下さったんですよぅ。ギャリーさんが『それはそれは楽しそうでしたぁ』って」
もはやセリカの目は笑っていなかった。冬のミクリカの海よりも冷たい目だ。
――翌日。首に赤い縄を巻かれ『浮気者』と書かれた札を下げたギャリーの姿がマルフィ結社で見られたとか見られてないとか。
(Twitter)
どことなく自慢気な顔で言い放っているギャリーの目には郷愁の色もあって、セリカは「そうなんですかぁ」と呟くに留める。
「でもね、セリカちゃん。本当の伝説だと赤い縄で足首に巻かれるものなんだよ」
「赤い縄ですか」
「糸よりも強そうで良いよね」
ニコニコと笑うギャリーに、セリカはニコリと笑いかけた。
「そうですねぇ。ギャリーさんのそのお首には糸より縄でも掛けておいた方が宜しいかもしれませんねぇ」
ニコニコと微笑むセリカの笑みの裏に何かを感じ取ったギャリーの笑みが強ばる。
「セリカちゃん？」
「先日の総務部の女の子達との飲み会は如何でしたかぁ？」
内緒にしていた筈の情報がどこから漏洩したというのか。
「え、あれ……？」
「ベルさんが御丁寧に教えて下さったんですよぅ。ギャリーさんが『それはそれは楽しそうでしたぁ』って」
もはやセリカの目は笑っていなかった。冬のミクリカの海よりも冷たい目だ。
――翌日。首に赤い縄を巻かれ『浮気者』と書かれた札を下げたギャリーの姿がマルフィ結社で見られたとか見られてないとか。
(Twitter)
Day.5 夕焼け
1日の終わりか、夜の始まりか。赤の美しさか、闇の訪れか。
言い合いーー作・燐花
「あん？」
「あら？」
何となく空が綺麗だったから屋上にでも行って黄昏ようとそう思い足を運んだゼン。しかし、そんな発想をしていたのは自分だけではなかった様で、おそらく彼が一番会いたく無いであろう女性も同じ様に屋上に来ていた。
「……久しぶりじゃないか…」
「ええ、お久しぶり」
「…げ、元気かな？」
「ええ、それなりに」
気まずい。今は苦手の筆頭とは言えゼンにとっては一度惚れた女性だったので尚更。しかしこの片想いは偏に相手が悪かった。彼女は恋愛的な観点で近寄られると逃げたくなるタイプであり、尚且つ攻撃的にもなるタイプであった。
「あー…さ、最近は何してるんだ？」
「医療班でカウンセリングしてるわよ。知ってるでしょ？」
「いや、仕事じゃなくてだね…」
「……何？貴方未だに私のプライベートな事聞き出したいの？…気持ち悪」
「………」
夕日が目に染みる。何故か泣きたくなって来たのはこの美しいオレンジの空のせいか、それとも横の女の暴言か。
間違いなく後者である。
ゼンは居た堪れなくなって夕日を見ながら黙ってしまうがそれも長くは続かず。彼は「嫌な事を言われたら無視をする」が出来る程大人ではなかった。
売られた暴言は、買って倍返しが彼だった。
「…気持ち悪いとは何だよ！？言い方気を付けろよなこの『眠た目おさげ』！！」
「貴方って何も変わらないのね、この『ハゲ予備軍』」
「は、ハゲ予備…！？馬鹿なのかお前は！？俺のこの島の血が入った強靭なストレートヘアを捕まえて『ハゲ予備軍』とはお笑い草だな『万年寝坊助』！！」
「…人の噂も七十五日、驚きが続くのは九日まで、貴方の毛根保って三日…帽子の中は開けてはならないパンドラの箱…」
「どさくさに紛れて諺みたくするな！全く、君みたくただただ上手い事言った気で悦に入る女は好かんのだよあれ以来な！」
「本当煩いこの『時計狂』」
「ふん！君は相変わらず時計の良さに気付く事の出来ない哀れな女のままの様だな！」
「貴方は自分の好きなものに靡かない女をそうやって下げる事しかできないクソ男のままの様で何よりよ、本当毎日無駄にお元気そうね」
「あーあー元気だよ！時計のおかげで今日も俺の人生一分一秒たりとも無駄にならないパーフェクツ！！な人生だね！！」
「なら時計と結婚して時計ばっか愛でてなさいな。その方が世の為人の為貴方の価値観に振り回される哀れな女を出さない為だわ」
「君こそいっそサンドバックと結婚したらどうだ！？その方が世の為人の為君の暴言にプライドも何もかも折られる哀れな男を出さない為だな！！」
大の大人が夕日をバックに何と見苦しい争いをしている事か。今時若い子でもこんな喧嘩しないだろう言い合いをかました二人だが、太陽が今まさに沈まんとしてもうじき辺りは夜の闇に覆われるだろうそんな神秘的な時間に自分は一体何をやっているのだろうとゼンはやっと我に返り、落ち着きを取り戻した。
「ま、まあ…色々言ったが…君が元気そうで本当に…」
良かった、と言おうとした瞬間クインが首をぐりんと向け「まだ居たの？」と口にした。
「そもそも私は夕日を見に来ていたのだから貴方と話す義理も何も無かったわ。貴方みたく暇でもないのよ。ピーチクパーチク世間話をしたいなら他当たってくださる？」
完全に自分を見下し「時間の無駄」と言わんばかりに呟くクインにゼンは一瞬で掌をひっくり返した。先程の反省はどこへやら、「俺だって君と好きで話してるわけ無いだろ！！」と声を響かせた。
結局夕日を見に来た筈のゼンはその夕日が沈むまでの時間をクインとの言い合いに費やしてしまったのだった。
(Twitter)
「あら？」
何となく空が綺麗だったから屋上にでも行って黄昏ようとそう思い足を運んだゼン。しかし、そんな発想をしていたのは自分だけではなかった様で、おそらく彼が一番会いたく無いであろう女性も同じ様に屋上に来ていた。
「……久しぶりじゃないか…」
「ええ、お久しぶり」
「…げ、元気かな？」
「ええ、それなりに」
気まずい。今は苦手の筆頭とは言えゼンにとっては一度惚れた女性だったので尚更。しかしこの片想いは偏に相手が悪かった。彼女は恋愛的な観点で近寄られると逃げたくなるタイプであり、尚且つ攻撃的にもなるタイプであった。
「あー…さ、最近は何してるんだ？」
「医療班でカウンセリングしてるわよ。知ってるでしょ？」
「いや、仕事じゃなくてだね…」
「……何？貴方未だに私のプライベートな事聞き出したいの？…気持ち悪」
「………」
夕日が目に染みる。何故か泣きたくなって来たのはこの美しいオレンジの空のせいか、それとも横の女の暴言か。
間違いなく後者である。
ゼンは居た堪れなくなって夕日を見ながら黙ってしまうがそれも長くは続かず。彼は「嫌な事を言われたら無視をする」が出来る程大人ではなかった。
売られた暴言は、買って倍返しが彼だった。
「…気持ち悪いとは何だよ！？言い方気を付けろよなこの『眠た目おさげ』！！」
「貴方って何も変わらないのね、この『ハゲ予備軍』」
「は、ハゲ予備…！？馬鹿なのかお前は！？俺のこの島の血が入った強靭なストレートヘアを捕まえて『ハゲ予備軍』とはお笑い草だな『万年寝坊助』！！」
「…人の噂も七十五日、驚きが続くのは九日まで、貴方の毛根保って三日…帽子の中は開けてはならないパンドラの箱…」
「どさくさに紛れて諺みたくするな！全く、君みたくただただ上手い事言った気で悦に入る女は好かんのだよあれ以来な！」
「本当煩いこの『時計狂』」
「ふん！君は相変わらず時計の良さに気付く事の出来ない哀れな女のままの様だな！」
「貴方は自分の好きなものに靡かない女をそうやって下げる事しかできないクソ男のままの様で何よりよ、本当毎日無駄にお元気そうね」
「あーあー元気だよ！時計のおかげで今日も俺の人生一分一秒たりとも無駄にならないパーフェクツ！！な人生だね！！」
「なら時計と結婚して時計ばっか愛でてなさいな。その方が世の為人の為貴方の価値観に振り回される哀れな女を出さない為だわ」
「君こそいっそサンドバックと結婚したらどうだ！？その方が世の為人の為君の暴言にプライドも何もかも折られる哀れな男を出さない為だな！！」
大の大人が夕日をバックに何と見苦しい争いをしている事か。今時若い子でもこんな喧嘩しないだろう言い合いをかました二人だが、太陽が今まさに沈まんとしてもうじき辺りは夜の闇に覆われるだろうそんな神秘的な時間に自分は一体何をやっているのだろうとゼンはやっと我に返り、落ち着きを取り戻した。
「ま、まあ…色々言ったが…君が元気そうで本当に…」
良かった、と言おうとした瞬間クインが首をぐりんと向け「まだ居たの？」と口にした。
「そもそも私は夕日を見に来ていたのだから貴方と話す義理も何も無かったわ。貴方みたく暇でもないのよ。ピーチクパーチク世間話をしたいなら他当たってくださる？」
完全に自分を見下し「時間の無駄」と言わんばかりに呟くクインにゼンは一瞬で掌をひっくり返した。先程の反省はどこへやら、「俺だって君と好きで話してるわけ無いだろ！！」と声を響かせた。
結局夕日を見に来た筈のゼンはその夕日が沈むまでの時間をクインとの言い合いに費やしてしまったのだった。
(Twitter)
ゆうぐれーー作・べに
夕日というものは何故、こんなに人を惹きつけるものだろうか。
やはり山神様の色とされているからだろうかとアルヴィは思いかけるが、世の中には山神を信仰していない人間が大多数なのだから「そんな訳ないか」と自嘲めいた笑みを浮かべる。
「なぁ、マルムフェ。何故夕日が綺麗なのか知っているか？」
アルヴィと一緒に屋上で夕日を眺めていたリアムが問い掛けてきた。
山神様の……と言おうと思うが、それは違うと先程考えたばかりである。代わりにアルヴィの口から出るのは違う言葉だ。
「えっと、太陽光が大気層を通過して人の眼に届くまでの距離が長く……」
真面目に答えているとくつくつとリアムが笑い出すものだから、さすがのアルヴィもムッとする。
「シュミットさん、人の言葉に笑うのは失礼では？」
「いや、すまん。予想通りの解答だったものでな……良いか？ その答えでは女心は掴めないらしい」
「……リリアナちゃんのお母さんに言われたの？」
「まぁな」
苦笑いのような、それでいて過去に想いを馳せるような目を見せてリアムは夕日を見つめる。アルヴィも再び夕日に目を向けた。
「あら」
女の声に２人揃って振り向くと、そこには茶色の髪を夕日で赤く染めた医療班のクイン・エリーズが立っていた。
「夕日が綺麗だから見に来たのだけど……お邪魔だったかしら？」
「いっ、いえっ。ぼぼぼ僕達こそお邪魔しています！」
女性に免疫の無いアルヴィが吃るのをリアムが呆れた目で見ているのをアルヴィは察していたが、察したところで言葉がスムーズに出てくる訳では無い。
「良いのよ。夕日は誰のものでもないもの」
クインは「お邪魔するわね」と言って夕日を見つめる。
彼女のとろんとした、人によっては眠そうにも見える瞳に映る夕日に思わずアルヴィもリアムも見惚れた。
その瞬間だった。
「夕日はこっちじゃないわよ？」
「あっ、す、すみ……」
「いいの。いいのよ、喋らないで。地球上の貴重な酸素が勿体無いから」
時が止まった。
優しそうに見えていたクインから、恐ろしい言葉が聞こえたような気がしたからだ。
「今日の屋上もダメね。残念だわ」
屋上から立ち去る最後までクインの目は眠たそうな目だったのに出てくる言葉は氷点下級だった。クインの姿が見えなくなって、アルヴィはポツリと呟く。
「どうしよう、シュミットさん。僕、ちょっとエリーズさんの言葉にドキッとしちゃった」
アルヴィとしては諌めるリアムの言葉を求めての発言だった。
しかし、リアムから帰ってきたのは。
「不本意ながら、私もだ」
(Twitter)
やはり山神様の色とされているからだろうかとアルヴィは思いかけるが、世の中には山神を信仰していない人間が大多数なのだから「そんな訳ないか」と自嘲めいた笑みを浮かべる。
「なぁ、マルムフェ。何故夕日が綺麗なのか知っているか？」
アルヴィと一緒に屋上で夕日を眺めていたリアムが問い掛けてきた。
山神様の……と言おうと思うが、それは違うと先程考えたばかりである。代わりにアルヴィの口から出るのは違う言葉だ。
「えっと、太陽光が大気層を通過して人の眼に届くまでの距離が長く……」
真面目に答えているとくつくつとリアムが笑い出すものだから、さすがのアルヴィもムッとする。
「シュミットさん、人の言葉に笑うのは失礼では？」
「いや、すまん。予想通りの解答だったものでな……良いか？ その答えでは女心は掴めないらしい」
「……リリアナちゃんのお母さんに言われたの？」
「まぁな」
苦笑いのような、それでいて過去に想いを馳せるような目を見せてリアムは夕日を見つめる。アルヴィも再び夕日に目を向けた。
「あら」
女の声に２人揃って振り向くと、そこには茶色の髪を夕日で赤く染めた医療班のクイン・エリーズが立っていた。
「夕日が綺麗だから見に来たのだけど……お邪魔だったかしら？」
「いっ、いえっ。ぼぼぼ僕達こそお邪魔しています！」
女性に免疫の無いアルヴィが吃るのをリアムが呆れた目で見ているのをアルヴィは察していたが、察したところで言葉がスムーズに出てくる訳では無い。
「良いのよ。夕日は誰のものでもないもの」
クインは「お邪魔するわね」と言って夕日を見つめる。
彼女のとろんとした、人によっては眠そうにも見える瞳に映る夕日に思わずアルヴィもリアムも見惚れた。
その瞬間だった。
「夕日はこっちじゃないわよ？」
「あっ、す、すみ……」
「いいの。いいのよ、喋らないで。地球上の貴重な酸素が勿体無いから」
時が止まった。
優しそうに見えていたクインから、恐ろしい言葉が聞こえたような気がしたからだ。
「今日の屋上もダメね。残念だわ」
屋上から立ち去る最後までクインの目は眠たそうな目だったのに出てくる言葉は氷点下級だった。クインの姿が見えなくなって、アルヴィはポツリと呟く。
「どうしよう、シュミットさん。僕、ちょっとエリーズさんの言葉にドキッとしちゃった」
アルヴィとしては諌めるリアムの言葉を求めての発言だった。
しかし、リアムから帰ってきたのは。
「不本意ながら、私もだ」
(Twitter)
Day.6 流れ星
人は吉兆を求め、願いを託す。
降り注げば害になるものだろうに。
降り注げば害になるものだろうに。
ユーシン――作・涼風
凶星――作・べに
2173年7月16日。
この日もニコリネにとっては何の変化もない1日の筈だった。リビングのソファに寝転がり携帯端末でROM専のSNSアカウントを眺めていれば、流れ星が逆さに昇った瞬間を撮った動画がバズっていたり、自称写真家の彩度をバキバキに弄り倒した加工感満載の星の画像が話題を集めていた。
時刻は夜の８時前。弟のクルトは友達と遊んでいてまだ帰っておらず、父親も仕事が長引いているらしい。家にいるのはヒキコモリのニコリネと母親、そしてエークルンド家の家事用機械人形のオスカーだけだ。
オスカーと母が夕食で使用した食器を棚にしまっている姿を横目にニコリネはダラダラとし続ける。その時だった。
「ん？」
画面に小さな乱れが起きたと思うと、数秒で砂嵐に変わる。
かつてのテレビがアナログ放送であった時代にならばスノーノイズが起こってもおかしくないが、今の時代に携帯端末にそんなことが起こるなんて。
スノーノイズに作為的なものを感じたニコリネは手早く携帯端末の通信を全てオフにした。ついでに端末の電源も落としておく。
その時、耳に飛び込んできたのはガシャンッという陶器の割れる音と母親の「きゃっ」という悲鳴だった。
「お母さん？」
「あらやだ。オスカーったら、故障かしら？」
何と皿を落としてしまったのは母ではなくオスカーだったらしく、母が心配そうにオスカーの顔を覗き込むが彼はピクリと動くことも無く、皿を落とした体制で固まっている。
「何か今、携帯端末おかしかったからオスカーの通信にも影響出て……ひいっ!?」
ニコリネは情けない悲鳴を上げた。
オスカーの瞳は灰色のはずであるのに奥から危険を知らせるような赤い光が放たれ真っ赤に光る目に変わっていたからだ。
無論、オスカーの顔を覗き込んでいた母も異変には気付いており、驚いて彼から後ずさって距離をとる。
機械人形が、こんな故障をするなんて聞いたことがないし暇潰しに読んだ説明書にだって書いてなかったような気がした。何が起きたのか。
状況が呑み込めないでいる人間達を尻目にオスカーが動き出す。
身を翻すとリビングキッチンを飛び出して行き、やがて玄関のドアをぶち破ったのだろうか凄まじい音がエークルンド母子の耳に届いて２人は抱き合って震えあがるしか出来ない。
「どっ、どうしようっお母さんっ」
ニコリネが問いかけるが母も唇を青くして震えているだけだ。
外から車の急ブレーキの音、何処かに何かがぶつかる破壊音、誰かの悲鳴と聞きたくない音が聞こえる。
「て、て、テレビ付けましょっ。ねっ、ニコちゃん。テレビよテレビ！」
「う、うんっ！」
母親に促されてテレビをつける。
異常事態ならば国営放送を見るべきかとチャンネルを合わせてみるが、映ったのは『この時間は予定を変更してこちらの動画を放送しております』というテロップと時間繋ぎのような自然の映像が、ゆったりした音楽と共に流れているだけであった。
今、何か非常事態が起きている。
それを人間に認識させるのはそれだけで十分だった。
「だ、誰か流れ星に変なこと祈っちゃったのかなー……？」
場を和まそうと言ってみたのだが母は欠片も笑ってくれなかった。
やがて映像がスタジオへと切り替わり硬い表情の男性アナウンサーが口を開く。
ーーニュース速報です。電子世界で何者かにより強力な汚染物質が撒かれました。ーー
(Twitter)
この日もニコリネにとっては何の変化もない1日の筈だった。リビングのソファに寝転がり携帯端末でROM専のSNSアカウントを眺めていれば、流れ星が逆さに昇った瞬間を撮った動画がバズっていたり、自称写真家の彩度をバキバキに弄り倒した加工感満載の星の画像が話題を集めていた。
時刻は夜の８時前。弟のクルトは友達と遊んでいてまだ帰っておらず、父親も仕事が長引いているらしい。家にいるのはヒキコモリのニコリネと母親、そしてエークルンド家の家事用機械人形のオスカーだけだ。
オスカーと母が夕食で使用した食器を棚にしまっている姿を横目にニコリネはダラダラとし続ける。その時だった。
「ん？」
画面に小さな乱れが起きたと思うと、数秒で砂嵐に変わる。
かつてのテレビがアナログ放送であった時代にならばスノーノイズが起こってもおかしくないが、今の時代に携帯端末にそんなことが起こるなんて。
スノーノイズに作為的なものを感じたニコリネは手早く携帯端末の通信を全てオフにした。ついでに端末の電源も落としておく。
その時、耳に飛び込んできたのはガシャンッという陶器の割れる音と母親の「きゃっ」という悲鳴だった。
「お母さん？」
「あらやだ。オスカーったら、故障かしら？」
何と皿を落としてしまったのは母ではなくオスカーだったらしく、母が心配そうにオスカーの顔を覗き込むが彼はピクリと動くことも無く、皿を落とした体制で固まっている。
「何か今、携帯端末おかしかったからオスカーの通信にも影響出て……ひいっ!?」
ニコリネは情けない悲鳴を上げた。
オスカーの瞳は灰色のはずであるのに奥から危険を知らせるような赤い光が放たれ真っ赤に光る目に変わっていたからだ。
無論、オスカーの顔を覗き込んでいた母も異変には気付いており、驚いて彼から後ずさって距離をとる。
機械人形が、こんな故障をするなんて聞いたことがないし暇潰しに読んだ説明書にだって書いてなかったような気がした。何が起きたのか。
状況が呑み込めないでいる人間達を尻目にオスカーが動き出す。
身を翻すとリビングキッチンを飛び出して行き、やがて玄関のドアをぶち破ったのだろうか凄まじい音がエークルンド母子の耳に届いて２人は抱き合って震えあがるしか出来ない。
「どっ、どうしようっお母さんっ」
ニコリネが問いかけるが母も唇を青くして震えているだけだ。
外から車の急ブレーキの音、何処かに何かがぶつかる破壊音、誰かの悲鳴と聞きたくない音が聞こえる。
「て、て、テレビ付けましょっ。ねっ、ニコちゃん。テレビよテレビ！」
「う、うんっ！」
母親に促されてテレビをつける。
異常事態ならば国営放送を見るべきかとチャンネルを合わせてみるが、映ったのは『この時間は予定を変更してこちらの動画を放送しております』というテロップと時間繋ぎのような自然の映像が、ゆったりした音楽と共に流れているだけであった。
今、何か非常事態が起きている。
それを人間に認識させるのはそれだけで十分だった。
「だ、誰か流れ星に変なこと祈っちゃったのかなー……？」
場を和まそうと言ってみたのだが母は欠片も笑ってくれなかった。
やがて映像がスタジオへと切り替わり硬い表情の男性アナウンサーが口を開く。
ーーニュース速報です。電子世界で何者かにより強力な汚染物質が撒かれました。ーー
(Twitter)
ながれぼし――作・べに
Day.7 戦闘��
街へ出没し、住民を襲う機械人形。
人間と機械の間で戦闘の火花が散る。
人間と機械の間で戦闘の火花が散る。
戦闘ーー作・燐花
「ギギギ…ギロ…さ…ま…」
ゆっくりと停止する機械人形の姿をじっと見たアサギは踵を返すと次に狙いを定めて刀を振るう。躊躇いもなく機械人形を壊すその姿に、近くで見ていた人間は異様な目を向けた。
「なぁ、なぁ！アンタ！」
「はい！？」
声を掛けられたエリックは思わず大き目の返事を返す。今まさにアサギに助けられたばかりのその男性は、しかし感謝とは別の表情を浮かべていた。
「おい、アレは野放しにして良いのか！？」
「え？アレ…って」
「アレだよ！あの一つ結びの変な服の機械人形だ！」
アサギを指差すとそう声を荒げる男性。
マルフィ結社の機械人形は安全です。そう言ったところで分からない人には本当に分からない理屈だと思う。結社の機械人形と暴走した機械人形、何が違うか分からないし何故暴走しないと言い切れるか分からないと言う人間が多数だろう。そして中には、ただ文句を言いたいだけの人間もいる。
「いくら暴走してるからってあんな風に無慈悲に斬り付けられるもんか！？血も涙も良心もないじゃないか！」
「それは…まぁ、機械人形ですから…人間と同じ意味での個性や性格と言うのは技術的には…」
「そんな風に俺達も油断してたらあいつに切られるんじゃ無いか！？」
「い、いいえ！それはありません！」
「何故言い切れる！？」
「あの、結社の機械人形はですね…」
「もう良い！こんなに言ってもお前達はいつ暴走するか分からない機械人形を使い続けるんだろう！？」
反論したい気持ちをグッと堪えて「機械人形にはこれからも助けてもらいます…そして結社の機械人形達は絶対に暴走しません」とだけ言い切ってそれ以降男性の顔は見れなかった。
ギロクがどう言う方法でウイルスをばら撒いたか。どう言う理屈で機械人形が感染したか。それをしっかり説明出来る人間がどれくらい居るだろうか。
「おい。置いてくぞエリック」
「ま、待ってアサギ！」
無慈悲にも自分を捨て置いていこうとするアサギをエリックは追い掛けた。何となしに先程の男性との会話を聞いていたのかと尋ねると「ああ、聞いていた」と返される。聞いていたのなら嫌な思いはしなかったか？と尋ねると彼は一言こう言った。
「嫌？俺は自分の任務を全うするだけだ。周りにいる人間の視線が関係あるか？」
「えっと…でも、嫌な事言われたらさ、助けてあげたのになって思って悩んだりしない？」
「別に。俺は仕事でそう言われたから助けてるだけだしな。そこに余計な思考プログラムは入る余地がないから、特に他の感想はない」
「あ…そ、そう…？」
機械人形への心無い言葉と、特に意に介さない機械人形との間に挟まれて生まれたやり場の無い想い。
戦地で極限の中、この感情に振り回されたエリックは状況に慣れるのにしばらくかかったと言う。
(Twitter)
ゆっくりと停止する機械人形の姿をじっと見たアサギは踵を返すと次に狙いを定めて刀を振るう。躊躇いもなく機械人形を壊すその姿に、近くで見ていた人間は異様な目を向けた。
「なぁ、なぁ！アンタ！」
「はい！？」
声を掛けられたエリックは思わず大き目の返事を返す。今まさにアサギに助けられたばかりのその男性は、しかし感謝とは別の表情を浮かべていた。
「おい、アレは野放しにして良いのか！？」
「え？アレ…って」
「アレだよ！あの一つ結びの変な服の機械人形だ！」
アサギを指差すとそう声を荒げる男性。
マルフィ結社の機械人形は安全です。そう言ったところで分からない人には本当に分からない理屈だと思う。結社の機械人形と暴走した機械人形、何が違うか分からないし何故暴走しないと言い切れるか分からないと言う人間が多数だろう。そして中には、ただ文句を言いたいだけの人間もいる。
「いくら暴走してるからってあんな風に無慈悲に斬り付けられるもんか！？血も涙も良心もないじゃないか！」
「それは…まぁ、機械人形ですから…人間と同じ意味での個性や性格と言うのは技術的には…」
「そんな風に俺達も油断してたらあいつに切られるんじゃ無いか！？」
「い、いいえ！それはありません！」
「何故言い切れる！？」
「あの、結社の機械人形はですね…」
「もう良い！こんなに言ってもお前達はいつ暴走するか分からない機械人形を使い続けるんだろう！？」
反論したい気持ちをグッと堪えて「機械人形にはこれからも助けてもらいます…そして結社の機械人形達は絶対に暴走しません」とだけ言い切ってそれ以降男性の顔は見れなかった。
ギロクがどう言う方法でウイルスをばら撒いたか。どう言う理屈で機械人形が感染したか。それをしっかり説明出来る人間がどれくらい居るだろうか。
「おい。置いてくぞエリック」
「ま、待ってアサギ！」
無慈悲にも自分を捨て置いていこうとするアサギをエリックは追い掛けた。何となしに先程の男性との会話を聞いていたのかと尋ねると「ああ、聞いていた」と返される。聞いていたのなら嫌な思いはしなかったか？と尋ねると彼は一言こう言った。
「嫌？俺は自分の任務を全うするだけだ。周りにいる人間の視線が関係あるか？」
「えっと…でも、嫌な事言われたらさ、助けてあげたのになって思って悩んだりしない？」
「別に。俺は仕事でそう言われたから助けてるだけだしな。そこに余計な思考プログラムは入る余地がないから、特に他の感想はない」
「あ…そ、そう…？」
機械人形への心無い言葉と、特に意に介さない機械人形との間に挟まれて生まれたやり場の無い想い。
戦地で極限の中、この感情に振り回されたエリックは状況に慣れるのにしばらくかかったと言う。
(Twitter)
毎日が攻防ーー作・燐花
「ヴォイドおねーちゃーん！がんばってー！」
自転車に跨ると子供達の声援に応える様に力強くハンドルを握り締めたヴォイドはグッと足に力を入れて前に進んだ。しかし、人生の殆どを岸壁街の中で過ごし、外に出て初めてこんな便利な乗り物と邂逅した彼女だ。当然乗れる筈も無く、彼女らしからぬか弱い女の様な悲鳴を一つ二つ上げるとすぐに転倒してしまう。それを上手く支えたオルヴォは心配そうな目でヴォイドを見た。
「……やっぱり、補助輪付けましょうよ。それかバランスバイクみたいなのから始めません？」
「い、嫌だ…！！」
ヴォイドの奴、相変わらず変なところ意固地なのな。
そんな二人を見ていたテオフィルスはコーヒーを飲みながらそんな事を思っていた。
保育部の子達を連れて中庭に遊びに来たオルヴォ。そこに合流し子供達を一緒に見ながら少し世間話(と言う名のオタトーク)に花を咲かせていたテオフィルス。するとフランソワとカヤが急に嬉しそうにはしゃぎ出した為何事かと目を凝らしたところ、人知れず自転車の練習をしているヴォイドがそこに居た。
フランソワとカヤ。日頃から関わりの深いエルナー家の子と、同僚であるアキヒロの姪。そう言う繋がりがあるからか二人ともヴォイドには懐いている様で彼女の姿を見るなり飛んでいった。ヴォイドもヴォイドで二人の事は特に可愛く思っている様であり、そんな二人のキラキラした目で見られたからか余計に後に引けなくなっていた。
「……ヴォイドさん、ドジっ娘属性あったんだね」
「ああ、そう呼んで良いか分からねぇけど俺も今知ったよ」
会えていない空白の時間に何があったか。やはりまだ知ることは出来ない。けれど彼女にとって外の世界とは良い刺激になっている様で、おそらく自転車も買い物にでも行って誰かが乗っている様子を見て便利さに気付いたのだろう。
「おねーちゃーん！がんばってー！」
「あ、あり、フラ、ソワ」
自転車に乗りながら言葉を発すると言うのが彼女にとって高度なマルチタスクらしく、フランソワの名前すら覚束ない。テオフィルスはしばらくそんな彼女の新たな面を微笑ましげに眺めていたが、ふと彼の目に大きな石の姿が止まった。先程オルヴォが子供達の安全を考えて少しどけていた中でも一際大きな石ころ。何故かそこに向かってヴォイドは突き進んで行く。
「もしかして…！？」
──自転車の運転に気を取られていて障害物に気付いていないのか？
テオフィルスは気付けば走り出していた。そして自分も、片足が慣れない義足である事に気付く。いけない、一つの事に気を取られて足元を見れていなかった。ヴォイドの事を笑えないなと思いながら転びそうなもたつく足取りで進む。
ヴォイドは正に今バランスを崩し自転車ごと薙ぎ倒す様に転倒し掛けているところで、そしてやっぱり気付かず投げ出してしまった体は石に向かっていた。
それ、ぶつかったら痛ぇだろヴォイド。気を付けろよ、危ねぇな。
そう悪態つく心と裏腹にテオフィルスは石とヴォイドの間に自分の体を滑り込ませていた。尤も、彼自身義足をもたつかせて転んだ結果ではあるので怪我の功名とも言える。
「きゃーーー！」
リリアナの悲鳴が庭に響き渡る。彼女はカヤともマジュとも違う、女の子らしい高い声をこう言う時に上げるタイプだ。
「……テオ？」
「痛ててて…お前、自転車初めてなんだろ？意固地にならず経験者の言う事は聞くもんだぜ？」
「ごめん…」
「ったく、いくつになってもやんちゃだなぁヴォイドは…」
そう言って起き上がった瞬間、背中に鋭い痛みが走る。そんなに大きく無く尖ってもいないのは幸いだったが、それでも石を打ち付けてしまったので少しだけ背中が痛んだ。思わず痛みに顔を歪めていると背後からオルヴォがテオフィルスを呼んだ。
「テ、テオ大丈夫！？怪我は！？」
「テオおにーさん怪我してたら大変なのよ！」
「ああ、平気平気。俺もヴォイドも少し転んだだけだから」
そう言って彼女の腕を取ろうとテオフィルスは手を伸ばした、筈だった。
「ん？」
むにっ。
テオフィルスは予想外に柔らかいものに手が触れた事に気付いて一瞬頭が真っ白になる。ここまで一センチ秒。
何が何やら分からずとりあえずそれを掴む様に手や指を動かしてみるとまるでそれが山の様な緩やかな円の様な、カーブを描いている柔らかく大きいものだと気付く。ここまで二秒。
そして状況をよくよく理解しおそるおそる振り返ると真っ赤な顔にガラスの様な青と緑の瞳のコントラストと言う、一人信号機の様な色合いになって眉間にこれでもかと皺を寄せたヴォイドがこちらを睨み、そんな彼女の片胸を思い切り手の平に収めていたと気が付いた。「夢じゃなかった」と納得する。ここまで一秒。
「テオ…ど、どこ触ってんの…！？」
泣きそうな目で睨まれ絞る様な声でそう言われ、テオフィルスから理性が飛んで行くまではわずか一ミリ秒。
ぐっと触れていた手に力を込める。ヴォイドの豊満な胸に自分の指が食い込む様は大変官能的で、例えば人の心が読めるタイプの超能力者に頭の中を覗かれたらむしろ覗いてきた相手にトラウマを与えるのではないだろうかと思うくらいにはテオフィルスの頭の中は何と言うかどぎついピンクだった。
「テオおにーさーん！ヴォイドおねーさーん！」
しかし、リリアナの声が耳に届き理性と本能の数秒の攻防は理性に軍配が上がる。マルフィ結社に来てテオフィルスは少しだけ我慢を覚えた。
名残惜しそうに胸から手を離し何食わぬ顔でヴォイドの体を抱き起こしてやると、彼女は先程までと同じ顔でテオフィルスを睨んだ。
「……覚えてろ、スケベ」
そんなやられた悪役みたいな事言うなよ。
ムードもクソもない彼女はそのままフランソワ達の元へと走って行ってしまう。テオフィルスは手に残った感触を何となく思い返しながら溜息を吐いた。
「……巨乳やべぇ…」
「ねえテオ、見間違いじゃなければラッキースケベが起きてた気がするんだけど」
いつの間に背後にいたのか現れたオルヴォに心臓が止まりそうになりながらテオフィルスは振り返る。オルヴォはそんなテオフィルスの胸中を察してか否か、にこやかに笑いながら口を開いた。
「『イエスロリータ、ノータッチ、ラッキースケベは許さない』」
「標語みたく言うんじゃねぇよ」
「ぼく等オタクは二次元を愛でてこそ人権が生まれるって忘れてない…！？」
「…あのな、俺は普通にヤるなら生身の女が良いの…！」
「え…？テオってそっちの人なの…？」
オルヴォの言う「そっちの人」が何を指すかはわからないが、少なくともテオフィルスとオルヴォとの間にオタクとして超えられない壁があるのかもしれないと自覚してしまったテオフィルス。
自転車との攻防に疲弊して彼女の顔を見て理性との闘いに疲弊して戦友(オルヴォ)との意見の違いに疲弊して。
やっぱ俺、喧嘩って向かねえや。一方的じゃねぇと。
前職を少し歪んだ倫理観で思い出しながらテオフィルスは少しだけ難しい顔をした。
まあ、楽しいから良いけども。
自転車に跨ると子供達の声援に応える様に力強くハンドルを握り締めたヴォイドはグッと足に力を入れて前に進んだ。しかし、人生の殆どを岸壁街の中で過ごし、外に出て初めてこんな便利な乗り物と邂逅した彼女だ。当然乗れる筈も無く、彼女らしからぬか弱い女の様な悲鳴を一つ二つ上げるとすぐに転倒してしまう。それを上手く支えたオルヴォは心配そうな目でヴォイドを見た。
「……やっぱり、補助輪付けましょうよ。それかバランスバイクみたいなのから始めません？」
「い、嫌だ…！！」
ヴォイドの奴、相変わらず変なところ意固地なのな。
そんな二人を見ていたテオフィルスはコーヒーを飲みながらそんな事を思っていた。
保育部の子達を連れて中庭に遊びに来たオルヴォ。そこに合流し子供達を一緒に見ながら少し世間話(と言う名のオタトーク)に花を咲かせていたテオフィルス。するとフランソワとカヤが急に嬉しそうにはしゃぎ出した為何事かと目を凝らしたところ、人知れず自転車の練習をしているヴォイドがそこに居た。
フランソワとカヤ。日頃から関わりの深いエルナー家の子と、同僚であるアキヒロの姪。そう言う繋がりがあるからか二人ともヴォイドには懐いている様で彼女の姿を見るなり飛んでいった。ヴォイドもヴォイドで二人の事は特に可愛く思っている様であり、そんな二人のキラキラした目で見られたからか余計に後に引けなくなっていた。
「……ヴォイドさん、ドジっ娘属性あったんだね」
「ああ、そう呼んで良いか分からねぇけど俺も今知ったよ」
会えていない空白の時間に何があったか。やはりまだ知ることは出来ない。けれど彼女にとって外の世界とは良い刺激になっている様で、おそらく自転車も買い物にでも行って誰かが乗っている様子を見て便利さに気付いたのだろう。
「おねーちゃーん！がんばってー！」
「あ、あり、フラ、ソワ」
自転車に乗りながら言葉を発すると言うのが彼女にとって高度なマルチタスクらしく、フランソワの名前すら覚束ない。テオフィルスはしばらくそんな彼女の新たな面を微笑ましげに眺めていたが、ふと彼の目に大きな石の姿が止まった。先程オルヴォが子供達の安全を考えて少しどけていた中でも一際大きな石ころ。何故かそこに向かってヴォイドは突き進んで行く。
「もしかして…！？」
──自転車の運転に気を取られていて障害物に気付いていないのか？
テオフィルスは気付けば走り出していた。そして自分も、片足が慣れない義足である事に気付く。いけない、一つの事に気を取られて足元を見れていなかった。ヴォイドの事を笑えないなと思いながら転びそうなもたつく足取りで進む。
ヴォイドは正に今バランスを崩し自転車ごと薙ぎ倒す様に転倒し掛けているところで、そしてやっぱり気付かず投げ出してしまった体は石に向かっていた。
それ、ぶつかったら痛ぇだろヴォイド。気を付けろよ、危ねぇな。
そう悪態つく心と裏腹にテオフィルスは石とヴォイドの間に自分の体を滑り込ませていた。尤も、彼自身義足をもたつかせて転んだ結果ではあるので怪我の功名とも言える。
「きゃーーー！」
リリアナの悲鳴が庭に響き渡る。彼女はカヤともマジュとも違う、女の子らしい高い声をこう言う時に上げるタイプだ。
「……テオ？」
「痛ててて…お前、自転車初めてなんだろ？意固地にならず経験者の言う事は聞くもんだぜ？」
「ごめん…」
「ったく、いくつになってもやんちゃだなぁヴォイドは…」
そう言って起き上がった瞬間、背中に鋭い痛みが走る。そんなに大きく無く尖ってもいないのは幸いだったが、それでも石を打ち付けてしまったので少しだけ背中が痛んだ。思わず痛みに顔を歪めていると背後からオルヴォがテオフィルスを呼んだ。
「テ、テオ大丈夫！？怪我は！？」
「テオおにーさん怪我してたら大変なのよ！」
「ああ、平気平気。俺もヴォイドも少し転んだだけだから」
そう言って彼女の腕を取ろうとテオフィルスは手を伸ばした、筈だった。
「ん？」
むにっ。
テオフィルスは予想外に柔らかいものに手が触れた事に気付いて一瞬頭が真っ白になる。ここまで一センチ秒。
何が何やら分からずとりあえずそれを掴む様に手や指を動かしてみるとまるでそれが山の様な緩やかな円の様な、カーブを描いている柔らかく大きいものだと気付く。ここまで二秒。
そして状況をよくよく理解しおそるおそる振り返ると真っ赤な顔にガラスの様な青と緑の瞳のコントラストと言う、一人信号機の様な色合いになって眉間にこれでもかと皺を寄せたヴォイドがこちらを睨み、そんな彼女の片胸を思い切り手の平に収めていたと気が付いた。「夢じゃなかった」と納得する。ここまで一秒。
「テオ…ど、どこ触ってんの…！？」
泣きそうな目で睨まれ絞る様な声でそう言われ、テオフィルスから理性が飛んで行くまではわずか一ミリ秒。
ぐっと触れていた手に力を込める。ヴォイドの豊満な胸に自分の指が食い込む様は大変官能的で、例えば人の心が読めるタイプの超能力者に頭の中を覗かれたらむしろ覗いてきた相手にトラウマを与えるのではないだろうかと思うくらいにはテオフィルスの頭の中は何と言うかどぎついピンクだった。
「テオおにーさーん！ヴォイドおねーさーん！」
しかし、リリアナの声が耳に届き理性と本能の数秒の攻防は理性に軍配が上がる。マルフィ結社に来てテオフィルスは少しだけ我慢を覚えた。
名残惜しそうに胸から手を離し何食わぬ顔でヴォイドの体を抱き起こしてやると、彼女は先程までと同じ顔でテオフィルスを睨んだ。
「……覚えてろ、スケベ」
そんなやられた悪役みたいな事言うなよ。
ムードもクソもない彼女はそのままフランソワ達の元へと走って行ってしまう。テオフィルスは手に残った感触を何となく思い返しながら溜息を吐いた。
「……巨乳やべぇ…」
「ねえテオ、見間違いじゃなければラッキースケベが起きてた気がするんだけど」
いつの間に背後にいたのか現れたオルヴォに心臓が止まりそうになりながらテオフィルスは振り返る。オルヴォはそんなテオフィルスの胸中を察してか否か、にこやかに笑いながら口を開いた。
「『イエスロリータ、ノータッチ、ラッキースケベは許さない』」
「標語みたく言うんじゃねぇよ」
「ぼく等オタクは二次元を愛でてこそ人権が生まれるって忘れてない…！？」
「…あのな、俺は普通にヤるなら生身の女が良いの…！」
「え…？テオってそっちの人なの…？」
オルヴォの言う「そっちの人」が何を指すかはわからないが、少なくともテオフィルスとオルヴォとの間にオタクとして超えられない壁があるのかもしれないと自覚してしまったテオフィルス。
自転車との攻防に疲弊して彼女の顔を見て理性との闘いに疲弊して戦友(オルヴォ)との意見の違いに疲弊して。
やっぱ俺、喧嘩って向かねえや。一方的じゃねぇと。
前職を少し歪んだ倫理観で思い出しながらテオフィルスは少しだけ難しい顔をした。
まあ、楽しいから良いけども。
Day.8 照れ笑い
嬉しいのか恥ずかしいのか。
甘酸っぱい味の平和の音色は記憶に刻まれる。
甘酸っぱい味の平和の音色は記憶に刻まれる。
ミア――作・べに
食堂の絵画――作・べに
昼食の繁忙時の過ぎた人の疎らな食堂に一枚の絵画があった。
否、正確には絵画のような光景と言うべきだろうと食堂の空いたテーブルと椅子を布巾で拭いて回っていたモリー・リーシェールは自身の考えを訂正する。
それ程までに陽の光に当たれば銀色に輝く髪を背中に流し瑠璃色のスクラブを着た彼が、髪と良く似た色の目に睫毛の影を落として読書に勤しんでいる姿は絵画のような美しさがあったのだ。
彼の名前はネビロス・ファウスト。医療班所属の人間だ。
確か医師免許は無いという事であるが彼が読書に耽っているのは「ケースで分類 精神科治療ガイドライン戦略」という本であった。異様にページを捲る手が早く見えるのは彼が余程の速読だからだろう。
羨ましいわねぇ。私なんてもう文字が小さくて本なんて読めないわよ。
そんな事を思いながらもリーシェール夫人はウットリとネビロスを見つめる。
「リーシェール夫人？」
思わず仕事の手を止めてしまっていたモリーに声をかけてきたのは、服装だけは愛らしいメイド服の機械人形ネリネである。既婚の女性に対しては「苗字」に「夫人」をつけて呼ぶ設定になっているらしく、ネリネはモリーをリーシェール夫人と呼ぶ。
「ネリネちゃん、ちょっと来てちょうだい」
「はぁ、何でしょう」
呆れたような声を出しながらもネリネはしっかりと手招くリーシェール夫人の傍に寄ってきた。
「アレを見てちょうだい！」
そう言ってリーシェール夫人は人を指さす訳にもいかないため、視線だけでネリネに「アレ」を示した。しかし、それを見たネリネの表情は何も変わらない。
「ファウストさんですね」
其れは事実だがリーシェール夫人が言いたいのはそういうことではない。
やはり人間そっくりとはいえネリネは機械人形。都合よく人間の感性と同じようなことは思ってくれないらしい。
「違うわよ、ネリネちゃん」
「いえ。あれはファウストさんで間違いありません」
「そうなんだけど……いつもより美しく見える感じしない？」
「はぁ、そうですか」
リーシェール夫人とネリネは再びネビロスへと目を向けた。
美しく素敵な(リーシェール夫人視点)ネビロスはそろそろ読書も終わりそうな雰囲気だ。そんな絵画のようなネビロスの元に額縁の外から侵入者が一人。ミア・フローレスだ。
「もうっ、ネビロスさんてば、お昼休み終わっちゃってますよ！ エル先生がカンカンです！」
どうやらミアは昼休みが終わっても帰って来ないネビロスを呼びに来たらしく、体格差的に無理であるのにネビロスの腕を引いて立ち上がらせようとする。そうなれば、もう絵画のような世界はどこにも無くてリーシェール夫人はネリネに視線を向けた。
「あらー、残念だわー。素敵なファウストさんをネリネちゃんにも理解して貰いたかったのに」
「リーシェール夫人のおっしゃる『素敵なファウストさん』は理解しませんが、今のファウストさんの表情が幸せという感情を抱いているというのは理解します」
「えっ!?」
ネリネの言葉に慌ててネビロスへと目を向ける。
しかし残念ながらミアに引っ張られているネビロスの背中しか見えなかった。
「ネリネちゃん、どんな表情だったの？」
「そうですね……ああ、『照れ笑い』というやつでした」
(Twitter)
否、正確には絵画のような光景と言うべきだろうと食堂の空いたテーブルと椅子を布巾で拭いて回っていたモリー・リーシェールは自身の考えを訂正する。
それ程までに陽の光に当たれば銀色に輝く髪を背中に流し瑠璃色のスクラブを着た彼が、髪と良く似た色の目に睫毛の影を落として読書に勤しんでいる姿は絵画のような美しさがあったのだ。
彼の名前はネビロス・ファウスト。医療班所属の人間だ。
確か医師免許は無いという事であるが彼が読書に耽っているのは「ケースで分類 精神科治療ガイドライン戦略」という本であった。異様にページを捲る手が早く見えるのは彼が余程の速読だからだろう。
羨ましいわねぇ。私なんてもう文字が小さくて本なんて読めないわよ。
そんな事を思いながらもリーシェール夫人はウットリとネビロスを見つめる。
「リーシェール夫人？」
思わず仕事の手を止めてしまっていたモリーに声をかけてきたのは、服装だけは愛らしいメイド服の機械人形ネリネである。既婚の女性に対しては「苗字」に「夫人」をつけて呼ぶ設定になっているらしく、ネリネはモリーをリーシェール夫人と呼ぶ。
「ネリネちゃん、ちょっと来てちょうだい」
「はぁ、何でしょう」
呆れたような声を出しながらもネリネはしっかりと手招くリーシェール夫人の傍に寄ってきた。
「アレを見てちょうだい！」
そう言ってリーシェール夫人は人を指さす訳にもいかないため、視線だけでネリネに「アレ」を示した。しかし、それを見たネリネの表情は何も変わらない。
「ファウストさんですね」
其れは事実だがリーシェール夫人が言いたいのはそういうことではない。
やはり人間そっくりとはいえネリネは機械人形。都合よく人間の感性と同じようなことは思ってくれないらしい。
「違うわよ、ネリネちゃん」
「いえ。あれはファウストさんで間違いありません」
「そうなんだけど……いつもより美しく見える感じしない？」
「はぁ、そうですか」
リーシェール夫人とネリネは再びネビロスへと目を向けた。
美しく素敵な(リーシェール夫人視点)ネビロスはそろそろ読書も終わりそうな雰囲気だ。そんな絵画のようなネビロスの元に額縁の外から侵入者が一人。ミア・フローレスだ。
「もうっ、ネビロスさんてば、お昼休み終わっちゃってますよ！ エル先生がカンカンです！」
どうやらミアは昼休みが終わっても帰って来ないネビロスを呼びに来たらしく、体格差的に無理であるのにネビロスの腕を引いて立ち上がらせようとする。そうなれば、もう絵画のような世界はどこにも無くてリーシェール夫人はネリネに視線を向けた。
「あらー、残念だわー。素敵なファウストさんをネリネちゃんにも理解して貰いたかったのに」
「リーシェール夫人のおっしゃる『素敵なファウストさん』は理解しませんが、今のファウストさんの表情が幸せという感情を抱いているというのは理解します」
「えっ!?」
ネリネの言葉に慌ててネビロスへと目を向ける。
しかし残念ながらミアに引っ張られているネビロスの背中しか見えなかった。
「ネリネちゃん、どんな表情だったの？」
「そうですね……ああ、『照れ笑い』というやつでした」
(Twitter)
Day.9 りんご
飴、パイ、ジャム、甘酸っぱい香り。
人はそこに郷愁を感じるのか。
人はそこに郷愁を感じるのか。
りんごーー作・燐花
アップルパイ。
無性に食べたい、そんな時。
「でもパイ生地で作るのめんどいんだよ〜…！それでもあの味が食べたいんだよね〜…」
そう漏らすヒギリに悪戯っ子の様な笑みを浮かべたエミールがやってくる。
「ヒギリさん、あの味を再現したいならサボりましょう」
「サボり？」
「レンジで作りましょう」
そう言ってりんごを切ると砂糖、レモン汁、ワインを合わせた液に浸け、エミールはさっとレンジで温める。五分もすれば甘い柔らかそうなりんごのコンポートが出来上がり、エミールはそれにシナモンシュガーを振り掛けた。
そして更に薄切りにされたトースターを焼くとバターを塗り、先程作ったりんごを上に乗せる。
「ふふ、即席ですが求めている味だと思いますよ」
「わーい！エミールさんありがとう！」
「いいえ、私もちょうどアップルパイが食べたいと思っていたんです」
嬉しそうに頬張るヒギリ。嬉しそうに頬張るエミール。作った分をぺろりと平らげてしまうと二人揃って満足気に微笑んだ。
「幸せだね…！」
「甘味は幸せの味がしますね」
「お二人とも、何を食べていらっしゃるんですか？」
その時、二人のいるところにネリネが顔を出す。嬉しそうにりんごのコンポートを食べた事をヒギリが伝えると、ネリネは特に顔色を変えずに一言「ああ」と口にした。
「先程ノエが『タイガの部屋でアップルパイを作ります』って材料持って行ったんですが足りてたんですね、良かったです」
「えーー！？アップルパイ！？」
「ええ、ヴァテールさんのお部屋で作るそうですが。今行けばお裾分けもらえるかもしれませんよ？」
「本当！？行ってきます！」
ばびゅん！と飛び出すヒギリを見ながら先程食べたりんごのコンポート乗せバターパンを思い出すエミール。あれだって即席とは言えそれなりの量だったと思うのだが。
「ま、まだ食べるんですね…」
ヒギリの別腹の容量に静かに舌を巻くエミールは残ったコンポートをタッパーに詰めたのだった。
(Twitter)
無性に食べたい、そんな時。
「でもパイ生地で作るのめんどいんだよ〜…！それでもあの味が食べたいんだよね〜…」
そう漏らすヒギリに悪戯っ子の様な笑みを浮かべたエミールがやってくる。
「ヒギリさん、あの味を再現したいならサボりましょう」
「サボり？」
「レンジで作りましょう」
そう言ってりんごを切ると砂糖、レモン汁、ワインを合わせた液に浸け、エミールはさっとレンジで温める。五分もすれば甘い柔らかそうなりんごのコンポートが出来上がり、エミールはそれにシナモンシュガーを振り掛けた。
そして更に薄切りにされたトースターを焼くとバターを塗り、先程作ったりんごを上に乗せる。
「ふふ、即席ですが求めている味だと思いますよ」
「わーい！エミールさんありがとう！」
「いいえ、私もちょうどアップルパイが食べたいと思っていたんです」
嬉しそうに頬張るヒギリ。嬉しそうに頬張るエミール。作った分をぺろりと平らげてしまうと二人揃って満足気に微笑んだ。
「幸せだね…！」
「甘味は幸せの味がしますね」
「お二人とも、何を食べていらっしゃるんですか？」
その時、二人のいるところにネリネが顔を出す。嬉しそうにりんごのコンポートを食べた事をヒギリが伝えると、ネリネは特に顔色を変えずに一言「ああ」と口にした。
「先程ノエが『タイガの部屋でアップルパイを作ります』って材料持って行ったんですが足りてたんですね、良かったです」
「えーー！？アップルパイ！？」
「ええ、ヴァテールさんのお部屋で作るそうですが。今行けばお裾分けもらえるかもしれませんよ？」
「本当！？行ってきます！」
ばびゅん！と飛び出すヒギリを見ながら先程食べたりんごのコンポート乗せバターパンを思い出すエミール。あれだって即席とは言えそれなりの量だったと思うのだが。
「ま、まだ食べるんですね…」
ヒギリの別腹の容量に静かに舌を巻くエミールは残ったコンポートをタッパーに詰めたのだった。
(Twitter)
アプフェルシュトゥルーデルーー作・べに
「良いですか。下に置いた新聞紙が読めるくらい薄くですよ」
ノエは優しい性格を設定された機械人形だ。しかし、料理となると厳しくなる。おそらくは新人シェフを教育することも想定されていたからだと思うのだが、オレにはもう少し優しくても良いのでは無いかとタイガは思う。
３０分寝かせた生地を薄く伸ばしているタイガの鼻を擽るのは、さっき作ったリンゴとレーズンとパン粉を混ぜた甘い甘い香りだ。フュルンクと呼ばれる詰め物はバターの香りも芳ばしく、それだけスプーンで掬って食べたいくらいである。
「タイガ、気がそぞろになると穴が開きます」
「はい、先生！」
ノエから飛んだ注意に思わず『先生』と返すとノエから笑みが返ってきた。その表情に肩に入りかけていた余計な力が抜けて、タイガはどうにか生地を伸ばすことに成功した。
薄い生地にバターを塗ってフュルンクを包みオーブンに入れる。
「……本当は温かいうちに召し上がっていただきたいものなんですけどね」
どうにか形になったソレを見つめながらポツリとノエが呟いた。主語が抜けていても相手が誰だか分かるソレにタイガの頬が林檎に負けない色になる。
タイガは料理が苦手だ。高校卒業後、親元を離れてミクリカの人材派遣会社で人材コーディネーターとして働いていた時に一人暮らしをしていたものの、コンビニ万歳、ロナの道場に通うようになってからはミオリちゃんのご飯万歳で生きてきたからだ。
それでも今、料理を頑張るのは想い人のヒギリ・モナルダがご飯を食べるのが好きだというその一点である。邪な動機である。
今日のアップルパイだって上手く焼けたらヒギリにお裾分けをするつもりだ。大丈夫、ノエが見ているのだから絶対上手くいく。
そんな大事なアップルパイが間もなく焼き上がりそうな頃、来客を告げるインターホンが鳴った。
「誰だろ？」
「私が行きましょうか？」
「ノエはオーブン見てて！」
微かな異変も見逃さないように。
だってヒギリにも食べさせたい大事なアップルパイだから。
そんな主人の思惑を読み取ったのかノエが優しく頷く。
そうして玄関に向かったタイガが出会った来客は。
「タイガ君！ ノエさんがアップルパイ焼いているんだって!?」
目を輝かせたヒギリ張本人で、タイガは異性の部屋に抵抗なく入るヒギリに「オレって男性として見られてないのかな」と凹みつつも、アップルパイを彼女と楽しむことができて至高の時間を過ごすのであった。
(Twitter)
ノエは優しい性格を設定された機械人形だ。しかし、料理となると厳しくなる。おそらくは新人シェフを教育することも想定されていたからだと思うのだが、オレにはもう少し優しくても良いのでは無いかとタイガは思う。
３０分寝かせた生地を薄く伸ばしているタイガの鼻を擽るのは、さっき作ったリンゴとレーズンとパン粉を混ぜた甘い甘い香りだ。フュルンクと呼ばれる詰め物はバターの香りも芳ばしく、それだけスプーンで掬って食べたいくらいである。
「タイガ、気がそぞろになると穴が開きます」
「はい、先生！」
ノエから飛んだ注意に思わず『先生』と返すとノエから笑みが返ってきた。その表情に肩に入りかけていた余計な力が抜けて、タイガはどうにか生地を伸ばすことに成功した。
薄い生地にバターを塗ってフュルンクを包みオーブンに入れる。
「……本当は温かいうちに召し上がっていただきたいものなんですけどね」
どうにか形になったソレを見つめながらポツリとノエが呟いた。主語が抜けていても相手が誰だか分かるソレにタイガの頬が林檎に負けない色になる。
タイガは料理が苦手だ。高校卒業後、親元を離れてミクリカの人材派遣会社で人材コーディネーターとして働いていた時に一人暮らしをしていたものの、コンビニ万歳、ロナの道場に通うようになってからはミオリちゃんのご飯万歳で生きてきたからだ。
それでも今、料理を頑張るのは想い人のヒギリ・モナルダがご飯を食べるのが好きだというその一点である。邪な動機である。
今日のアップルパイだって上手く焼けたらヒギリにお裾分けをするつもりだ。大丈夫、ノエが見ているのだから絶対上手くいく。
そんな大事なアップルパイが間もなく焼き上がりそうな頃、来客を告げるインターホンが鳴った。
「誰だろ？」
「私が行きましょうか？」
「ノエはオーブン見てて！」
微かな異変も見逃さないように。
だってヒギリにも食べさせたい大事なアップルパイだから。
そんな主人の思惑を読み取ったのかノエが優しく頷く。
そうして玄関に向かったタイガが出会った来客は。
「タイガ君！ ノエさんがアップルパイ焼いているんだって!?」
目を輝かせたヒギリ張本人で、タイガは異性の部屋に抵抗なく入るヒギリに「オレって男性として見られてないのかな」と凹みつつも、アップルパイを彼女と楽しむことができて至高の時間を過ごすのであった。
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Day.10 ハイヒール
限りない美の追求。
元は男性が履くものだったと言われる。
元は男性が履くものだったと言われる。
シンデレラ死球ーー作・燐花
「泥棒ー！助けて！あの男泥棒よ！！」
背後から聞こえたその声に振り返ったクインは足首に嫌な衝撃が走った事に気が付いた。
今日はオフの日。久しぶりにお買い物を楽しもうと慣れないハイヒールを履いたからだろうか。急な方向転換でクインは足を痛めた。
「痛っ…！」
しかし、カンテ国も物騒になったものだ。機械人形が暴走し、衣食住ままならない人間が増えたとは聞いていたがまさかこんなに如実に犯罪と言う形で現れるとは。
真っ直ぐ声のした方を向けば、黒尽くめな格好の「いかにも」な男が通行人を薙ぎ倒す勢いで走ってくる。
「……ムカつくわ」
コイツが余計なスリさえ働かなければ足を痛めずに済んだのに。そんな理不尽な思いを抱えたクインは野球のポーズで大きく振りかぶる。
ピッチャー、足を痛めたクイン・エリーズ。投球はボールに替わりましてハイヒールでございます。
男目掛けて思い切り振りかぶって投げるクイン。しかし、次の瞬間全力疾走していた男は足をもつれさせ物凄い勢いで転倒した。そしてクインのハイヒールは、脇道から出て来た男性の後頭部に刺さる勢いで当たった。
「痛ぇっ！！！」
「あら」
脇道から出て来たのは前線駆除班のゼン・ファルクマン。どうやら普段ほぼ非戦闘員の様になっている彼だが、スリを働いた男を捕らえる為に足を伸ばし転ばせる様に動いていた様だ。その結果クインの投げたハイヒールを食らったわけだが。
「誰だこのハイヒール俺の頭に投げつけやがったの！？あ！お前か！！」
「何だ貴方だったのね、良かった。他の人に当てちゃって訴えられでもしたらどうしようかと」
「あーあー俺も今君を訴えたい気持ちでいっぱいだね！！人様の頭に靴投げるとかどう言う神経してんだよ！！しかもハイヒールなんて凶器じゃねぇか！！」
「だって、スリなんてやった男の好きにさせたくないじゃない」
そう言って頬を膨らますクインを見たゼンはハイヒールを拾うと視線を彼女の顔から下へ下へ動かし裸足の足を見る。隠す様にしているが踵が少しだけ赤くなっていた。
「…おい、それ…」
「ああ…ちょっとね、痛めちゃって」
「はぁ…ったく、お転婆ばっかしてるからだよ、眠た目の癖に、何かやる事アグレッシブなんだからなー…」
そう言って絆創膏を渡すゼンからそれを受け取ったクインはそこで初めて靴擦れを起こしてる事に気が付いた。
「あら、靴擦れだわ」
「ん？今気付いたのか？だって『痛めた』って靴擦れの事だろ？」
「ううん、挫いたの」
「嘘だろ、挫いてるにも関わらず靴投げたのかよ…」
幸いここはもう結社に程近い道。ゼンは色々考えた末に腰を落として跪くとクインに背中を向けた。
「仕方ない。今日は特別に俺の親切を君に恵んでやろう」
「何の真似？」
「おぶってやる。女子寮遠くないし。足、痛いんだろ？」
「ゼン…」
クインはゆっくりゼンに手を伸ばす。そして彼の手にあるハイヒールをぶんどるとカポっと足に嵌め直した。
「遠慮しとく。タクシー来たし」
痛めた時に呼んでいたのか、タクシーに乗り込んで目と鼻の先の女子寮まで走って行ってしまうクイン。
跪いたポーズのまま動けずにいたゼンは無慈悲なその光景を見つめていた。
「……あンの眠た目おさげ貧乳暴力女がぁぁぁぁぁぁぁあっ！！」
(Twitter)
背後から聞こえたその声に振り返ったクインは足首に嫌な衝撃が走った事に気が付いた。
今日はオフの日。久しぶりにお買い物を楽しもうと慣れないハイヒールを履いたからだろうか。急な方向転換でクインは足を痛めた。
「痛っ…！」
しかし、カンテ国も物騒になったものだ。機械人形が暴走し、衣食住ままならない人間が増えたとは聞いていたがまさかこんなに如実に犯罪と言う形で現れるとは。
真っ直ぐ声のした方を向けば、黒尽くめな格好の「いかにも」な男が通行人を薙ぎ倒す勢いで走ってくる。
「……ムカつくわ」
コイツが余計なスリさえ働かなければ足を痛めずに済んだのに。そんな理不尽な思いを抱えたクインは野球のポーズで大きく振りかぶる。
ピッチャー、足を痛めたクイン・エリーズ。投球はボールに替わりましてハイヒールでございます。
男目掛けて思い切り振りかぶって投げるクイン。しかし、次の瞬間全力疾走していた男は足をもつれさせ物凄い勢いで転倒した。そしてクインのハイヒールは、脇道から出て来た男性の後頭部に刺さる勢いで当たった。
「痛ぇっ！！！」
「あら」
脇道から出て来たのは前線駆除班のゼン・ファルクマン。どうやら普段ほぼ非戦闘員の様になっている彼だが、スリを働いた男を捕らえる為に足を伸ばし転ばせる様に動いていた様だ。その結果クインの投げたハイヒールを食らったわけだが。
「誰だこのハイヒール俺の頭に投げつけやがったの！？あ！お前か！！」
「何だ貴方だったのね、良かった。他の人に当てちゃって訴えられでもしたらどうしようかと」
「あーあー俺も今君を訴えたい気持ちでいっぱいだね！！人様の頭に靴投げるとかどう言う神経してんだよ！！しかもハイヒールなんて凶器じゃねぇか！！」
「だって、スリなんてやった男の好きにさせたくないじゃない」
そう言って頬を膨らますクインを見たゼンはハイヒールを拾うと視線を彼女の顔から下へ下へ動かし裸足の足を見る。隠す様にしているが踵が少しだけ赤くなっていた。
「…おい、それ…」
「ああ…ちょっとね、痛めちゃって」
「はぁ…ったく、お転婆ばっかしてるからだよ、眠た目の癖に、何かやる事アグレッシブなんだからなー…」
そう言って絆創膏を渡すゼンからそれを受け取ったクインはそこで初めて靴擦れを起こしてる事に気が付いた。
「あら、靴擦れだわ」
「ん？今気付いたのか？だって『痛めた』って靴擦れの事だろ？」
「ううん、挫いたの」
「嘘だろ、挫いてるにも関わらず靴投げたのかよ…」
幸いここはもう結社に程近い道。ゼンは色々考えた末に腰を落として跪くとクインに背中を向けた。
「仕方ない。今日は特別に俺の親切を君に恵んでやろう」
「何の真似？」
「おぶってやる。女子寮遠くないし。足、痛いんだろ？」
「ゼン…」
クインはゆっくりゼンに手を伸ばす。そして彼の手にあるハイヒールをぶんどるとカポっと足に嵌め直した。
「遠慮しとく。タクシー来たし」
痛めた時に呼んでいたのか、タクシーに乗り込んで目と鼻の先の女子寮まで走って行ってしまうクイン。
跪いたポーズのまま動けずにいたゼンは無慈悲なその光景を見つめていた。
「……あンの眠た目おさげ貧乳暴力女がぁぁぁぁぁぁぁあっ！！」
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