愛の日にフォラータを／べにざくろ

05:00　Ulricca

　朝。いつもウルリッカはこの時間に目を覚ます。目覚まし時計は必要なく体内時計が勝手に起床を促すのだ。
（炒蕎麦エル・デバツが食べたいなぁ）
　朝だからご飯が喉を通らないなんてことはなく、玉葱と牛挽肉を炒めて蕎麦デバツと煮込む料理を思い浮かべながら冷蔵庫を開くが、残念ながら牛挽肉がなかった。仕方がないので牛乳で蕎麦デバツの実を煮込む。
　牛乳を飲めば身長が伸びるという世の中の言葉に摂取しているものの、ウルリッカの背は大きくならなかった。集落コタンに昔から住む人間は総じて身長が小さいので、もはや一族の体質的なものなのかもしれない。
（アル兄にいだけ大きいけど）
　家族唯一の赤毛の兄を思い出し、鍋の中身を掻き混ぜる手が荒くなる。苛立ちをぶつけるように掻き混ぜていて、兄のアルヴィの料理が見た目は平凡極まりない癖に味は良かったことを思い出した。
　一応、「愛の日」だからと思ってアルヴィに用意したパウンドケーキはある。今日はシリルに奴がプロポーズする日で、その瞬間には立ち会ってやらねばならないと思っているから、会うんだったらしょうがないかな、と仕方なく用意したのだ。別にアルヴィのことが好きで用意した訳じゃない。仕方なく。仕方なくだ。
（夕飯くらい食べてやっても良いな）
　人が聞けば何様だと問い掛けそうな尊大なことを思いながらウルリッカはニヤリと笑う。彼女は何様かと聞かれたら胸を張って答えるだろう。
「妹様だけど? 」と。

07:17　Ulricca in front of the door

　日の出と共に早速ウルリッカは動き出していた。まだ結社の出勤時間には早い時間、彼女が向かったのはとある男性の部屋。
　部屋の主は本日は所用があるとかで既に留守にしていることは前日から知っていたので留守であることは特に気にしない。玄関前に座り込んで、彼女は持ってきた荷物を漁り出す。その様は充分すぎるくらい不審者だったが、例え軍警に通報されたとしてもウルリッカは気にしないだろう。
（隊長もヨダカも今日お出かけするなんて酷い）
　出来ることならば直接プレゼントを渡したかったウルリッカは誰も見ていないのを良いことに年甲斐もなく頬を膨らませる。
　部屋の主であるユウヤミ・リーシェルはウルリッカのお気に入りである。既にカヌル火山の山神を信奉しているけれど、リーシェル教があったらそちらにも入信したって良いくらいは好きである。何たってユウヤミは優しいし、頭が良い。自分が頭が良くないと自覚しているウルリッカは自分と違う頭の良い男性が好きだからだ。
　淡々とウルリッカは準備してきた一輪挿しの花瓶を二つ、ドアの前に並べる。そして鞄から今度は水筒を取り出した。中身は何の変哲もない水道水である。水道水を一輪挿しへ注ぎ入れると、持ってきた黒と白の薔薇をそれぞれに差した。
「よし」
　本人は満足そうだったが傍目から見れば、その二輪は色も相まって葬儀用の花にしか見えなかった。その部屋で不幸があったのか、はたまた、ただの虐めか。間違ってもコレを見て「ああ、愛の日のプレゼントね」と思う奇特な人はいないだろう。
　因みにウルリッカの中では黒薔薇がユウヤミ宛で白薔薇がヨダカ宛である。理由は至極単純、容姿の色だ。それ以外の意味は一切考慮されていない選択の為、彼女は黒薔薇の花言葉が「憎しみ、恨み」であることを知らなかった。尚、ヨダカ用の白薔薇の花言葉は「心からの尊敬」なのでそちらは正しい。とはいえ受け取ることになるのは優秀な頭脳を持つユウヤミ・リーシェル。彼ならばウルリッカが何も考えてないことまで予測して受け取ってくれることだろう。
（倒れませんように）
　祈ってからウルリッカはその場を離れた。花瓶が無事なまま一人の一体の元に届くかどうかは山神のみぞ知る。

??:??　Ulricca & Mia

　ユウヤミ・リーシェルの部屋の前に花を供えるという奇行の後、体力作りのランニング等を行ってからウルリッカは部屋に戻ろうと歩いていた。すると、ウルリッカが向かう方向、玄関先から出てくる人物がウルリッカを見掛けて笑うのが見えて彼女に近付いていく。
「ウルちゃん、おはようございます」
「おはよ」
　それは随分と大きな鞄を両肩に下げたミアだった。愛の日などのイベント事に並々ならぬ情熱を注ぐタイプの彼女のことだから、その鞄に詰まっているのはプレゼントの類なのだろうとウルリッカは検討をつける。
「凄いね、荷物」
「あげる人考えてたらどんどん増えちゃって。あ、ウルちゃんの分もありますよ! 」
「後で貰う。半分持つよ」
　有無を言わさず鞄を一つ奪い取ると、それなりの重さがあってこれをこの子が持っていたのかと内心で驚いた。そんなウルリッカに申し訳なさそうにしていたミアだったが荷物の重さには困っていたので「ありがとうございます」と言って持ってもらうことにした。
　荷物を肩に下げて二人並んで医療ドレイル班の部屋へ向かう。話題は当然、愛の日に誰に渡すかということだ。ミアは残念ながら出勤なので医療ドレイル班のメンバーと偶然会えた人に渡すだけに留めるらしい。
「ネビロスだっけ? その人にはあげるの? 」
「あげます。特別だから後で渡しに行こうと思って」
　そう言って笑うミアは何だか吹っ切れたような顔だったので、もしかして既にネビロスにフラれたんじゃないかとウルリッカは心配になる。その不安が顔に出ていたらしく、ミアは笑う。
「まだ振られてないです! 私、頑張るって決めただけですよ」
「頑張る? 」
「具体的にはまだ何も考えてないですけど、釣り合いのとれる大人になれるように頑張ります」
「 ……良く分かんないけど頑張れ」
「はい! 」
　丁度、医療ドレイル班の部屋に着いたので荷物をミアに渡すと受け取ったミアは早速鞄を漁りだして小袋に入ったクッキーとピンクのガーベラを一輪、ウルリッカに差し出す。
「ウルちゃんに日頃の感謝です」
「ありがとう」
　受け取ってからウルリッカは自分が手ぶらなことを思い出した。ミアにあげようと用意したチョコフィナンシェは部屋のテーブルの上だ。
「ミアの分、部屋のポストに入れとくね」
「嬉しいです。ありがとうございます! 」
「お仕事頑張って」
「はい、頑張ります! 」
　そう言うと、手を振って二人は別れた。医療ドレイル班の扉を開けて消えていくミアの後ろ姿にウルリッカは最後に心の中で声をかける。
（頑張れ、ミア! ）

10:00　Ulricca & Lord & Salianne

　一旦、部屋へ帰って再び愛の日のプレゼントの準備をしたウルリッカが訪れたのは人事部の部屋だった。
　人事部には社内人事課の麗しの貴族の華、サリアヌ・ナシェリがいる。落ち着き払っていて所作も綺麗で正に高貴な貴族の大人の女性だから、ウルリッカはサリアヌが好きだ。何故なら自分が頭が良くないと自覚しているウルリッカは自分と違う頭の良い女性が好きだからだ。うん? 前も似たようなことを思った気がするぞ? とも思ったがウルリッカは直ぐに忘れる。それは彼女がアホの娘こだからに他ならない。
　サリアヌに会える喜びから軽快に人事部の扉を叩く。叩いて、ふと思った。何だか前にもこうやって機嫌良く叩いて、兄のアルヴィが入社してきている事を知って不機嫌の底に落とされたな、と。
「おや、貴女でしたか」
「黒狐野郎!! 」
　扉を開けたのは前回と同じロード・マーシュで思わずウルリッカは彼を睨み付ける。しかし、そんな仔犬の威嚇程度の視線を受け流す事は容易いロードは微笑みを顔に貼り付けたままだ。
「その呼び名は心外ですねぇ」
「じゃあ、黒い狐さん」
「 ……何も変わってないじゃないですか」
　呆れるロードを横目にウルリッカは持っていた鞄から一輪の花束を取り出す。ちゃんと可愛らしいピンクのセロファンに包んであり、そこまでは完全なる「愛の日」仕様だ。しかし、包んである花は黒薔薇である。それをロードの前に差し出した。
「狐さんにあげる」
「戴く理由が無いように思われるのですが」
　博識なロードは黒薔薇の花言葉を正しく理解していた。目の前にいるウルリッカと会ったのは昨年、彼女の兄を結社に連れてきた日だけなのだが自分をそこまで恨んでいるのだろうか、とロードは引き攣った笑みで思う。
　ウルリッカは頬を赤く染めて目線をロードから外した。そこだけ見れば告白シーンのようだが、彼女の口から出た言葉は全く違うし持っているのは黒薔薇である。
「 ……お兄ちゃんを連れてきてくれたから、お礼」
「お礼ですか? 」
　素直に頷くウルリッカ。
「何故、黒薔薇を選ばれたのでしょう? 」
「狐さんが黒いから」
　そんな当たり前のことを聞かないで欲しいと目で言うと、ウルリッカはロードの脇をすり抜けて人事部の部屋に入って行く。ウルリッカが会いたい人は黒狐ではなく貴族の華だ。
「サリアヌ姫様! 」
　サリアヌは今日の午後には実家に帰ってしまうという情報を事前に仕入れていたウルリッカは午前中にサリアヌを訪ねなければならなかった。そしていつものように高貴な笑顔を見せてくれるサリアヌに、うっとりとするはずだった。
「ごきげんよう」
　微笑むサリアヌは相変わらず美しい。美しいけれどサリアヌオタクといっても過言ではないウルリッカは、その笑顔に違和感があった。何だか影を感じる。
「姫様、元気ない? 」
「いいえ? 何も変わりは無いですわ」
「そう? 」
　納得しないウルリッカの異論をサリアヌは微笑みで躱した。釈然としないままウルリッカは鞄から薔薇を取り出す。但しこちらは包装が透明でピンク色の綺麗な薔薇が良く見えるものだ。
「いつもお世話になってるから」
　サリアヌへお菓子を贈ろうかとも思ったが、貴族相手に庶民の選んだ菓子を贈ることは憚られたので薔薇の花にした。この薔薇に関してはミアが詳しいと胸を張っていたので貴族に相応しい薔薇は無いかと相談した結果の薔薇なので品種的にも間違いはない。……何故、その相談を黒薔薇の時にはしなかったのか疑問だが。
「ありがとうございます」
　微笑むサリアヌはやはりどこか影があって。
　やっぱり腑に落ちない気持ちを抱えたまま、ウルリッカは人事部の部屋を後にした。

11:15　Ulricca & Eduard & Gato

「あ、本当にいた」
　聞き慣れた声が聞こえて食堂で早々とお昼ご飯を食べていたウルリッカは振り向く。そこにいたのは声の主のエドゥアルトと、その彼を主人マキールとする機械人形マス・サーキュのガートだった。
「本当にいた? 」
　エドゥアルトの言葉にウルリッカは最後の一口だった口の中のものを呑み込んで問い掛ける。今、自分が食堂に来ていることは誰にも言っていない。それなのにエドゥアルトの言い方は誰かに聞いてきたかのようだったからだ。
「オレ、ユウヤミ先輩の代理人なんです」
　『どや顔』という顔はどんな顔ですか、と人に問われたら『エドゥが今している顔です』と回答出来そうな顔でエドゥアルトが胸を張る。そして彼は一枚の紙切れをウルリッカに突き出した。突き出されたので文字を目で追うと、そこには様々な人の名前に並んで『 11時マルムフェ君、食堂』と流麗なユウヤミの字で書かれている。つまり、ウルリッカはユウヤミの予測通りに食堂にいた訳だ。もっとも、食事を愛するウルリッカが早くからご飯を食べるのは珍しいことでは無いので簡単すぎる予測ではあったろうけれど。
「それで? 」
　代理人というのは何の代理人なんだろう。
　そう思いながらエドゥアルトを改めて見ると、彼は何やらトートバッグを持っていた。紙切れを大事にしまったエドゥアルトは、そのトートバッグをガサガサと漁り「あった」と呟いて一つ取り出す。
「ユウヤミ先輩からです」
「隊長から、貰えるの? 」
　淡い黄緑の包装に青緑とピンクのリボンが結ばれたそれにはタグが付いていて、そのタグに「ウルリッカ・マルムフェ」と書いてあることがウルリッカの自慢の視力で良く見えた。
「嬉しい」
　受け取って恍惚としてそれを眺める。ユウヤミ・リーシェルから貰えたプレゼント。凄く嬉しい。中身は微かに香る匂いでクッキーだと分かって、今日は食堂でデザートのプリンをとらなくて良かったと思った。
「お昼のデザートにする」
「えっ!? 」
　ウルリッカの言葉にエドゥアルトとガートが揃って驚いた顔を見せた。諺の『機械人形マス・サーキュは持ち主に似る』を体現したような一人と一体の顔に、ウルリッカは首を傾げる。
「どうしたの? 」
「自分、めっちゃ大事そうに見とったやん。もう食べるんか? 」
　ガートの言葉にウルリッカは三回程ゆっくり瞬きをした。
「だって食べ物は食べなくちゃ悪くなるよ? 」
「でも、ユウヤミ先輩がくれたものですし……勿体なくて食べられない、とか思わないんですか? 」
「食べない方が勿体ない」
　ある意味でのド正論をウルリッカに言われてエドゥアルトが黙る。
「まぁ、そうやな」
　ガートはウルリッカの意見に同調して頷く。
「エドゥ、ガート」
　そんな一人と一体にユウヤミからのプレゼントを大事に机に置いて、ウルリッカは自分からの愛の日のプレゼントを差し出す。
　エドゥアルトには市販のお菓子、ガートには花にしようかと思ったが実用性を狙って砥石にした。砥石ならばエドゥアルトも使えて便利だと思ったからだ。
「ありがとうございます。あ、これはオレからです」
「ありがと」
　エドゥアルトからもお菓子を貰ってウルリッカは内心では、ほくほく顔である。全く表情には出てこないけれど。
「ほな、ぼちぼち行こか」
　ガートに言われてエドゥアルトは再びユウヤミから貰った紙を見て次の予定を確認する。しかし、ある事に気付いてウルリッカへ視線を移した。
「ユウヤミ先輩に渡すものあったら預かりますよ? 」
「大丈夫。部屋の前に置いてきたから」
「はぁ…… 」
　部屋の前に置いてくるとはどういうことだ、とエドゥアルトは思ったがツッコミを入れることは止めた。相手はウルリッカ。良く分からない行動と言動の多い彼女の奇行にいちいちツッコミを入れていたら自分が疲れてしまう。
　それに、ユウヤミの予定を書いた紙の次の予定時間が迫っていたこともあった。エドゥアルトとガートはウルリッカに別れを告げると仲良く去っていく。
　残されたウルリッカは淡々とユウヤミから貰ったプレゼントの包装を綺麗に外すと中身を見て頬を緩ませた。中身のアイスボックスクッキーを早速、口に入れる。サクサク、ほろほろ。美味しい。
　しかし、全部食べ切る前に食堂が昼休憩に入った人達で混雑してきて申し訳なくなってきて完食を諦めて鞄に仕舞った。最後にもう一枚だけ食べる。
　やっぱり、サクサク、ほろほろだ。
　隊長って何でも出来るんだなぁ、とサクほろ食感を楽しみながらウルリッカはユウヤミへの崇拝力を上げて食堂を後にした。

??:??　Ulricca & Helena

「見つけたですの!! 」
　特徴的な話し方をする女性の声が聞こえてウルリッカは振り向く。
「ヘレナだ」
「もうっ、探したですの。朝から部屋にはいないし携帯端末は電源切ってあって出ないですし…… 」
　ヘレナに言われて携帯端末を見ると充電切れしていた。そういえば面倒で全然充電していなかったかもしれない。端末を見せながらウルリッカは謝る。
「ごめんね」
「充電切れなら仕方ないですの。それより、これをあげるですの! 」
　そう言ってヘレナが笑顔で差し出したのは手作りのお菓子だった。透明なビニールの包装を使っているから中身がチョコタルトであることはウルリッカにも分かった。
「作ったの? 」
「当然ですの! 」
　ウルリッカは世の中に『溶かして、冷やして、デコるだけ！ビターチョコタルト作成kit』という便利アイテムがあることを知らない世間知らずのため、素直に全部ヘレナが作っていると思い込んで感嘆する。そして、自分もガサガサと鞄を漁って一つのお菓子を取り出した。
「私もヘレナにあげる」
　ウルリッカが差し出したのは手作りのチョコフィナンシエの入った袋だ。味はそこそこだが見た目が悪いのは彼女の料理においてはいつもの事なので、ウルリッカは気にすることなくヘレナにそれを渡した。ヘレナも気にすることなく素直に喜んで受け取ってくれる。
　お菓子の交換を終えて、最近のオススメの狩場の情報交換などをしているとヘレナが恥ずかしそうに呟いた。
「そういえば小隊長さんはどこですの? 」
「小隊長…… 」
　一瞬、ウルリッカは誰のことを言われているか分からなかった。暫く考えてからそれがユウヤミ・リーシェルのことであることに気付く。『隊長』呼びが自分の中で定着しすぎて本来の『小隊長』呼びだと他隊の小隊長しか頭に浮かばないのだ。
「今日は隊長はお休み。ヨダカとお出掛けしてる」
「お出掛けですの!!? い、いつ戻りますの!? 」
「今日は戻らないかもって言ってた」
　ショックを受けたヘレナが床に膝をつく。
「私は隊長のお家の前に置いてきた。でも、エドゥが代理人だからエドゥに渡せば良いよ」
　まさかその代理人のエドゥアルト・ウーデットがユウヤミから直々に『相互で交換になった場合以外に貰ったお菓子は、名前を控えて現物の写真を撮ったら勝手に食べてもいいからね』と言われていることを知らないウルリッカは、渡せばユウヤミに届くと信じてそう言ってしまう。
「情報感謝ですの! 」
　そして、やはりプレゼントがエドゥの胃の中に納まることを知らないヘレナは素直にその情報を受け取ってしまった。
「では、またお休みに一緒に遊ぶですの! 」
「うん」
　一緒に遊ぶ、といっても狩猟を生業にする女子同士なので遊ぶことといえば、狩りに行くか銃のメンテナンスをするか射撃場で腕を披露し合うことになる。しかし、仕方の無いことなのだ。二人にとってはそれが楽しいことなのだから。
　手を振りあうと、二人はそれぞれまた愛の日のプレゼントを渡す相手を探しに歩き出した。

??:??　Ulricca & Gilbert

　王子の頭に花が咲いている!!!
　ウルリッカはギルバート・ホレス・ベネットが歩いている姿を見て思わずそう思った。
　大事そうにラッピングされた菓子を抱えて歩く姿は放っておけばスキップでも始めそうな雰囲気であったし、何だか理由は分からないがとっても幸せそうだった。最近、ギルバートは長期休暇（ウルリッカは兄のアルヴィからこう聞かされていた）をとっていたから、その影響だろうかと見当違いのことを思う。
「ギル王子」
　声をかけるとウルリッカが逆にビックリするくらいギルバートの肩が跳ねた。
「や、やあ」
　ギルバートは、きゅっと守るように胸に菓子を抱きしめる。食い意地が張っているウルリッカだが、さすがに人が貰ったであろう菓子を略奪して食べるような卑しい根性は無いので、ギルバートのその行動にちょこっとだけイラッとする。しかし、その行動で彼の機嫌がやたらと良い理由がその菓子にあることに気付いた。
（もしかしたら、ギル王子が好きな人から貰ったのかな）
　大正解である。
「大丈夫、盗らないよ」
　両手を広げて敵意のないことをアピールする。やりながらウルリッカは思った。あれ、これは群れから離れて脅えている仔山羊を保護する時の態度と同じだな、と。
「怖がらないで」
　そう思ったものの他に良い言葉も思い付かないので、このままの態度で行くことにしたウルリッカ。徐々に敵意のないことに気付いた仔山羊ギルバートの警戒した心が解けていく。
「それ、好きな人に貰ったんだ」
「な、何故分かった!? 」
「分からない人はいないと思う」
　淡々とウルリッカが言うと、ギルバートの顔が見る見るうちに真っ赤になった。良いのか、貴族。そんなに感情を表に出していたら貴族社会でやっていけないぞ。
「 …… そうか、そんなに分かり易いか」
「うん。あ、そうだ」
　鞄からウルリッカはサリアヌにあげた薔薇と同じものを取り出してギルバートに差し出した。
「王子に愛の日。受け取りにくいだろうから置いておくね」
　そう言って床に置いて背中を見せないように後退る。あれ、これは野生の危険動物と会った時の対処法であって人間にやるものじゃないかもしれないと思っても遅い。仕方ないのでギルバートが見えなくなるまで、そっと下がる。
（好きな人がいるって良いなぁ）
　ウルリッカらしからぬ普通の人間みたいなことを思って立ち上がると、彼女はほんのちょっぴりだけ寂しそうな顔を見せて次に渡す人間を探しに歩き出した。

17:00　Ulricca & Cyril

「あら、ウルちゃん。こんなところにいたのね」
　一日中、結社の中を歩き回って疲れたウルリッカが休憩所でカフェオレを飲んでいるとシリルが顔を覗かせた。
「メンテナンス終わったの? 」
「ええ、もうバッチリよ。今日の為にオンナを磨いてきたわ」
　そう言ってしなを作るシリルを見ると、確かに肌艶が良くなっている。ひょっとしたら肌を張り替えたのかもしれない。他にも内部構造の何処を変えたとか何とか言っていたが機械に詳しくないウルリッカには微塵も分からない。とりあえずウルリッカに言えるのは一言だけだ。
「綺麗になったね」
「うふふ、ありがとう。折角、アルが今日プロポーズしてくれるって前から宣言してくれてるのだもの。ワタシだって気合いいれなきゃね」
　髪だって、くじら繊維工芸から取り寄せた新しいものを入れたのよー、とシリルは大変に楽しそうだった。いつも楽しそうな機械人形マス・サーキュは、いつも以上に何だか浮かれているように見える。
「本当にアル兄にいで良いの? カヌル火山と山神様のことしか頭に無い火山馬鹿だし、直ぐに怯えちゃう意気地無しだし、猟もすっごく下手だし、解体した獣の血を見て倒れる位弱いし、良いところ無いよ? 」
「珍しくウルちゃんが良く喋ると思ったら随分とお兄ちゃんを貶めるのね……そんなにアルが嫌い? 」
　シリルの目が笑っていた。それは、ウルリッカがアルヴィのことを嫌いだなんてそんなことは無いと見透かすような目だった。だから「嫌い」と言いたかったのにウルリッカは言えなくて、悔しいから持っていたカフェオレを飲むしかなくなる。
「機械人形マス・サーキュのワタシがいうのも何だけど、今は機械人形マス・サーキュが機械汚染マス・ズギサされて暴走するようになった世の中よ? いつ喪うか分からないのにそんな態度で良いの? 」
　ウルリッカが住んでいた山神を信仰する集落は、集落自体に機械人形マス・サーキュが少なく、逆に猟銃を持つ猟師が多いこともあり被害が無い稀有な地域であった。だからこそ機械人形マス・サーキュに殺されるということが、どこか他人事になっていたのだ。
　お兄ちゃんが死んじゃったら嫌だな、と思ったら空になったカフェオレ缶が手の中で拉ひしゃげた。それを見たシリルが言葉を続ける。
「今日は愛の日ってわざわざ言われている特別な日なんだから……そうねぇ、お夕飯を一緒に食べるとか歩み寄ってみたらどうかしら? 」
　夕飯をアルヴィと一緒に。
　それはウルリッカも朝ご飯を作りながら思ったことだった。ただ、自分からアルヴィに「ご飯食べよう」と言い辛かったから、ありがたくシリルの提案に乗っかるような顔をすることにする。
「シリルが言うなら」
　そう。シリルが言うから仕方なく。仕方なくだ。
　やっぱり兄に関しては素直になれないウルリッカはそう思って、空き缶をゴミ箱に投げ捨てた。

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