リバーサイド／燐花
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rinka_creation 2021年02月22日(月) 11:39:00履歴
「さよなら」ではない最後の言葉 
今日の出張でケンズ、ランツを回る。スケジュールを考えたら多分、現地で泊まりだなと思いつつ、すぐ頭に浮かんだのは「あの辺何か風俗あったっけ？」だと言う朝から相変わらずなロード。大真面目な顔でソープかヘルスかどちらが良いか考えた。彼の頭の中なんて何も知らない女性メンバーがロードの見てくれに騙され少し熱っぽい視線を送る。それに会釈しつつ頭の中を元通り掻き混ぜていると、目の前に思いもよらないロード曰くご褒美な人物が居た。
「おやぁ…？ヴォイド、おはようございます」
「うわ…」
「うふふふ…朝から眼福ですねぇ」
「………」
「私は今日出張なんですよ。なので朝から貴女に会えてラッキーでした」
それを聞いたヴォイドが一瞬「え？」と呟いた。
「……出張？」
「ええ、今日はケンズとランツです」
「え？じゃあ今日帰って来ないの？」
ただ単に地図を頭に浮かべられない地理の弱いヴォイドの何気ない一言。二つもの街を周ると言う事は日帰りではないのか？と言う疑問だったのだが聞いていたロードは固まり、手をわなわなと震わせた為ヴォイドは急に身の危険を感じた。
「………何ですかその結婚したての新妻みたいな反応は…！？」
「新妻じゃないしどんな思考回路すればそうなるの」
「はぁ…良いですねぇ…敢えてそこまで裕福でない生活と言うシチュエーションで…そして敢えてしっかり服着た妙に所帯染みたヴォイドって良いですねぇ…」
「良くないし早く行けば？」
「人妻にここの様な集合住宅って合いますよね？どうです？そんな風になってみません？」
「ならないし私に同意を求めるな」
「うふふふ…今日も朝から元気に仕事に迎えそうです」
「早く行け」
「まあ、冗談はこれくらいにして」
ロードはにっこり微笑みながらヴォイドに向き合う。その笑顔には下心も何も見えなかった。
「ヴォイド、帰って来たら私とイイことしませんか？」
しかし発せられた言葉が言葉だったのでヴォイドは眉間に皺を寄せた。
「……は？」
「おやおや…何か期待しました？」
「いや、状況が飲めないだけ」
「うふふ…少し前にしたみたく、私がご飯作るので一緒に食べませんか？せっかく今日遠出しますし、そこで美味しいもの覚えて来ますよ。多分貴女は二人では嫌だと言って来てくれませんよね？なら、お部屋はタイガさんにまたお願いしましょう。そしてせっかくなんで彼も交えて一緒にご飯を食べましょう。何ならヴォイドも誰か仲良い人を呼んで、それで一緒に食べましょう。複数人で賑やかに。それなら私のお誘い乗ってくれません？…ダメ？」
少し小首を傾げつつ提案してくるのはあまりにもロードらしからぬ頷きやすい申し出。しかしそんな事よりヴォイドの頭の中にロードの作ったご飯が浮かんでは消えていく。まだ朝ご飯を食べていなかったヴォイドは想像してお腹を鳴らした。
「うふふふふ…ただ想像しただけで私が欲しいと啼いて請う貴女の体に欲情します」
「お腹減っただけなんだけど」
「…本当、貴女も大概通じませんし響きませんよねぇ…」
ロードは少しだけ寂しげに笑うとヴォイドの頭を撫でて髪にキスを一つ落とし、ドアに向かった。
「愛してますよ。私とのイイこと、帰るまで忘れないでくださいね」
話を全く知らない、たまたまその瞬間だけ目撃したただ周りにいただけの何人かが「え？」と言う顔で残されたヴォイドを見る。
「あいつ…今わざと言った…」
ドアが閉まる瞬間、ヴォイドはこの状況で一人取り残したロードを赤い顔で恨めしそうに見つめた。
行ってきますでもさよならでも無い言葉。それが最後の言葉になる事も往々にしてあるんだと言う事を、二人は後に思い知る。
「おやぁ…？ヴォイド、おはようございます」
「うわ…」
「うふふふ…朝から眼福ですねぇ」
「………」
「私は今日出張なんですよ。なので朝から貴女に会えてラッキーでした」
それを聞いたヴォイドが一瞬「え？」と呟いた。
「……出張？」
「ええ、今日はケンズとランツです」
「え？じゃあ今日帰って来ないの？」
ただ単に地図を頭に浮かべられない地理の弱いヴォイドの何気ない一言。二つもの街を周ると言う事は日帰りではないのか？と言う疑問だったのだが聞いていたロードは固まり、手をわなわなと震わせた為ヴォイドは急に身の危険を感じた。
「………何ですかその結婚したての新妻みたいな反応は…！？」
「新妻じゃないしどんな思考回路すればそうなるの」
「はぁ…良いですねぇ…敢えてそこまで裕福でない生活と言うシチュエーションで…そして敢えてしっかり服着た妙に所帯染みたヴォイドって良いですねぇ…」
「良くないし早く行けば？」
「人妻にここの様な集合住宅って合いますよね？どうです？そんな風になってみません？」
「ならないし私に同意を求めるな」
「うふふふ…今日も朝から元気に仕事に迎えそうです」
「早く行け」
「まあ、冗談はこれくらいにして」
ロードはにっこり微笑みながらヴォイドに向き合う。その笑顔には下心も何も見えなかった。
「ヴォイド、帰って来たら私とイイことしませんか？」
しかし発せられた言葉が言葉だったのでヴォイドは眉間に皺を寄せた。
「……は？」
「おやおや…何か期待しました？」
「いや、状況が飲めないだけ」
「うふふ…少し前にしたみたく、私がご飯作るので一緒に食べませんか？せっかく今日遠出しますし、そこで美味しいもの覚えて来ますよ。多分貴女は二人では嫌だと言って来てくれませんよね？なら、お部屋はタイガさんにまたお願いしましょう。そしてせっかくなんで彼も交えて一緒にご飯を食べましょう。何ならヴォイドも誰か仲良い人を呼んで、それで一緒に食べましょう。複数人で賑やかに。それなら私のお誘い乗ってくれません？…ダメ？」
少し小首を傾げつつ提案してくるのはあまりにもロードらしからぬ頷きやすい申し出。しかしそんな事よりヴォイドの頭の中にロードの作ったご飯が浮かんでは消えていく。まだ朝ご飯を食べていなかったヴォイドは想像してお腹を鳴らした。
「うふふふふ…ただ想像しただけで私が欲しいと啼いて請う貴女の体に欲情します」
「お腹減っただけなんだけど」
「…本当、貴女も大概通じませんし響きませんよねぇ…」
ロードは少しだけ寂しげに笑うとヴォイドの頭を撫でて髪にキスを一つ落とし、ドアに向かった。
「愛してますよ。私とのイイこと、帰るまで忘れないでくださいね」
話を全く知らない、たまたまその瞬間だけ目撃したただ周りにいただけの何人かが「え？」と言う顔で残されたヴォイドを見る。
「あいつ…今わざと言った…」
ドアが閉まる瞬間、ヴォイドはこの状況で一人取り残したロードを赤い顔で恨めしそうに見つめた。
行ってきますでもさよならでも無い言葉。それが最後の言葉になる事も往々にしてあるんだと言う事を、二人は後に思い知る。
彷徨う亡霊
ケンズからランツに向かったロードは、何を思ったか着いてすぐに街から離れた場所に移動する。携帯端末を気にしつつ、手に握り直したのは先程まで飲んでいた中身が半分だけ入った炭酸飲料のペットボトル。人里離れたところまで移動すると、携帯端末をポケットにしまった。仕舞い込むその瞬間、タイガからメッセージが入っていた。ピコンと音が鳴るのを聞いただけだが、何となく内容は分かっている。後は時間を稼ぐことだ。
画面には『ロードさん！今すぐ近場に居る第六小隊、前線医療班を向かわせますから！本当に、本当に無事でいて下さい！』と言う悲痛な思いが叩き込まれていた。
ぴたりと足を止めるロード。背後からガサガサと聞こえるのはもはや隠す気の無い足音。密かに溜め息を吐くのは、相手が人間では無いと言うのを分かっているからだ。人間と喧嘩をするならそこまででも無いが、恐怖心も無く感覚も違うものと真っ向から向かい合うのはあまり好きでは無かった。
「あーあ、面倒な事になりましたねぇ」
振り返ったロードの視界に入って来たのは、人工眼を赤く爛々と輝かせた機械人形達。見えるだけならば三体。しかし、先程から鳴っていた足音から察するにまだいる筈だ。
「私、何をするにも人の方が良いんです。生まれてこの方無機物を相手にした事無くてですね」
鞄を足元に置くとペットボトルの蓋をしっかり閉める。そして挑発する様な目線を向けた。機械人形の目はしっかりとロードを見据えている。
「機械人形相手は初めてなのでどうぞお手柔らかに……さて、最初に私のダッチワイフになりたいのはどなたです？」
視界に一番最初に飛び込んで来た女性型の機械人形が掴み掛かる様にこちらに向かって走り手を伸ばす。身を翻したロードは彼女から変な音が上がっているのに気が付いた。
「(ぎし、ぎし…何でしょうこの音…？)」
近くに寄ってはっきり聞こえた音。ロードに避けられ、バランスを崩しつつ機械人形はそのままの体勢で蹴りを繰り出す。ロードは足をぱしっと掴むと彼女の胸元を鷲掴み、ローブを引き裂いた。
「おや…これはなかなか…」
どうも彼女が静かなわけだ。引き裂いたローブの下、本来なら喉から胸部があった筈の場所は抉れて大きく穴が空いており、人工皮膚は焼け爛れ、本来なら見える筈の無い内部パーツを露出させたそこはコードが剥き出しになっている。先程から聴こえていたギシギシと言う音は、守る表面の無くなったそこに殺した人間の返り血を浴びたのか、錆びてやけに擦れ易くなったが故の音だった。そして、おそらくそこに入っていたであろう人工声帯が完全に無くなっている為彼女は声すら上げなかった。否、上げる事が出来なかった。
辛うじて重要なコードが切れなかったが為にテロの日からこんな惨たらしい姿で彷徨っていたのかと思うと、亡霊の様な成れの果てに流石に同情するしかなかった。
「…苦しいですか？」
ロードは尋ねる。勿論返事など無く、代わりに攻撃の手が伸びるだけ。動きも本来のものではないだろうし、おそらく彼女は一般用のただの機械人形だった筈だ。哀れには思ったが、背後にまだ機械人形が控えているし、ここで彼女の動きを封じてしまおうと思った。
「今楽にしてさしあげます」
彼女の背後に周り、後頭部に手を添える。そして思い切り髪を掴むと勢いに乗せ近くにあった岩の角目掛けて彼女の額を思い切り叩きつける。ぐしゃりと音を立てて岩に頭部がめり込む。手にすら響くその衝撃でもって機械人形はとうとう動かなくなった。
人間ならば、向かって来た一人をそんな方法で殺したならば、恐れをなして少し動きが鈍ったり逃げ出してくれたりもするだろう。だが、相手は汚染された機械人形。目の前でどんなに一緒にいた同胞が呆気なく行動不能にされたとして、例えその頭を踏み抜かれようが体を貫かれようが、鉄屑になった姿を見せつけられようがその目には畏れの色など微塵も感じさせない。
むしろ、一体を犠牲に真っ向から向かって厳しい相手だとロードに対して判断を下し、確実に仕留めんと二体同時に向かってくる。ここに居るのは亡霊の集団。生前の肉体と言葉を借りてそれらしい事を言う者も在るが、その口から出るのはもはやただの呪いの言葉。今の彼らは、本来の彼らに何かが侵食した姿であり、しかし、個性は失われていないから彼ららしく言葉を紡ぐ。死霊の様な哀れな集団。
「…だから機械人形は苦手なんです」
右方向から向かって来る機械人形の人工眼にボールペンを突き刺す。電気回路がショートしたのかバチッ！と言う音が鳴り響き、機械人形は一瞬身を離した。直ぐ様ロードはスラックスのベルトを外すと鞭のようにしならせ一歩遅く来たもう一体に叩き付ける。しかし然程効果は無いと判断し、続け様に持っていたペットボトルで殴り付けた。
水の重さと遠心力で人間相手ならば打ちどころが悪ければ非常に危険な凶器にも化す飲み掛けのペットボトル。しかし、それらもあくまで人間相手ならばと言うものらしく、機械人形からしたらそこまで脅威にはならないらしい。
痛いから嫌いなんですけどと言いながらロードは小石を掴み、その状態で機械人形に殴り掛かった。通常より殺傷力の上がった拳は一瞬機械人形の動きを止める。ロードは足払いをして転ばすと、倒れた機械人形の首を折る様に足で踏み抜いた。
「捕まえタッ…！！」
ぐいと引っ張られ羽交締めされる体。先程の人工眼にボールペンが刺さった機械人形が、眼に刺さったままの状態でロードに掴み掛かる。何となくそう来られる事も想定していたロードが体勢を立て直し反撃しようと試みたその瞬間、足に激痛が走った。
「なっ…！？」
足の甲。まるで地面に縫い付けるかの様に刺さるそれはクロスボウの矢だろうか。先端の尖った鉄の棒。咄嗟に頭を保護した為防御した腕にも刺さる。狙い撃ちされ数本が革靴ごとロードの足を貫いた。
見えない敵からの武器による攻撃。ロードの頭を一瞬焦りが過ぎる。しかし同時に浮かぶのは少し頬を染めてこちらを見る青と緑のガラスの瞳。一度それを思い出してしまえば、こんなところで死ぬ訳にはどうしてもいかなかった。
画面には『ロードさん！今すぐ近場に居る第六小隊、前線医療班を向かわせますから！本当に、本当に無事でいて下さい！』と言う悲痛な思いが叩き込まれていた。
ぴたりと足を止めるロード。背後からガサガサと聞こえるのはもはや隠す気の無い足音。密かに溜め息を吐くのは、相手が人間では無いと言うのを分かっているからだ。人間と喧嘩をするならそこまででも無いが、恐怖心も無く感覚も違うものと真っ向から向かい合うのはあまり好きでは無かった。
「あーあ、面倒な事になりましたねぇ」
振り返ったロードの視界に入って来たのは、人工眼を赤く爛々と輝かせた機械人形達。見えるだけならば三体。しかし、先程から鳴っていた足音から察するにまだいる筈だ。
「私、何をするにも人の方が良いんです。生まれてこの方無機物を相手にした事無くてですね」
鞄を足元に置くとペットボトルの蓋をしっかり閉める。そして挑発する様な目線を向けた。機械人形の目はしっかりとロードを見据えている。
「機械人形相手は初めてなのでどうぞお手柔らかに……さて、最初に私のダッチワイフになりたいのはどなたです？」
視界に一番最初に飛び込んで来た女性型の機械人形が掴み掛かる様にこちらに向かって走り手を伸ばす。身を翻したロードは彼女から変な音が上がっているのに気が付いた。
「(ぎし、ぎし…何でしょうこの音…？)」
近くに寄ってはっきり聞こえた音。ロードに避けられ、バランスを崩しつつ機械人形はそのままの体勢で蹴りを繰り出す。ロードは足をぱしっと掴むと彼女の胸元を鷲掴み、ローブを引き裂いた。
「おや…これはなかなか…」
どうも彼女が静かなわけだ。引き裂いたローブの下、本来なら喉から胸部があった筈の場所は抉れて大きく穴が空いており、人工皮膚は焼け爛れ、本来なら見える筈の無い内部パーツを露出させたそこはコードが剥き出しになっている。先程から聴こえていたギシギシと言う音は、守る表面の無くなったそこに殺した人間の返り血を浴びたのか、錆びてやけに擦れ易くなったが故の音だった。そして、おそらくそこに入っていたであろう人工声帯が完全に無くなっている為彼女は声すら上げなかった。否、上げる事が出来なかった。
辛うじて重要なコードが切れなかったが為にテロの日からこんな惨たらしい姿で彷徨っていたのかと思うと、亡霊の様な成れの果てに流石に同情するしかなかった。
「…苦しいですか？」
ロードは尋ねる。勿論返事など無く、代わりに攻撃の手が伸びるだけ。動きも本来のものではないだろうし、おそらく彼女は一般用のただの機械人形だった筈だ。哀れには思ったが、背後にまだ機械人形が控えているし、ここで彼女の動きを封じてしまおうと思った。
「今楽にしてさしあげます」
彼女の背後に周り、後頭部に手を添える。そして思い切り髪を掴むと勢いに乗せ近くにあった岩の角目掛けて彼女の額を思い切り叩きつける。ぐしゃりと音を立てて岩に頭部がめり込む。手にすら響くその衝撃でもって機械人形はとうとう動かなくなった。
人間ならば、向かって来た一人をそんな方法で殺したならば、恐れをなして少し動きが鈍ったり逃げ出してくれたりもするだろう。だが、相手は汚染された機械人形。目の前でどんなに一緒にいた同胞が呆気なく行動不能にされたとして、例えその頭を踏み抜かれようが体を貫かれようが、鉄屑になった姿を見せつけられようがその目には畏れの色など微塵も感じさせない。
むしろ、一体を犠牲に真っ向から向かって厳しい相手だとロードに対して判断を下し、確実に仕留めんと二体同時に向かってくる。ここに居るのは亡霊の集団。生前の肉体と言葉を借りてそれらしい事を言う者も在るが、その口から出るのはもはやただの呪いの言葉。今の彼らは、本来の彼らに何かが侵食した姿であり、しかし、個性は失われていないから彼ららしく言葉を紡ぐ。死霊の様な哀れな集団。
「…だから機械人形は苦手なんです」
右方向から向かって来る機械人形の人工眼にボールペンを突き刺す。電気回路がショートしたのかバチッ！と言う音が鳴り響き、機械人形は一瞬身を離した。直ぐ様ロードはスラックスのベルトを外すと鞭のようにしならせ一歩遅く来たもう一体に叩き付ける。しかし然程効果は無いと判断し、続け様に持っていたペットボトルで殴り付けた。
水の重さと遠心力で人間相手ならば打ちどころが悪ければ非常に危険な凶器にも化す飲み掛けのペットボトル。しかし、それらもあくまで人間相手ならばと言うものらしく、機械人形からしたらそこまで脅威にはならないらしい。
痛いから嫌いなんですけどと言いながらロードは小石を掴み、その状態で機械人形に殴り掛かった。通常より殺傷力の上がった拳は一瞬機械人形の動きを止める。ロードは足払いをして転ばすと、倒れた機械人形の首を折る様に足で踏み抜いた。
「捕まえタッ…！！」
ぐいと引っ張られ羽交締めされる体。先程の人工眼にボールペンが刺さった機械人形が、眼に刺さったままの状態でロードに掴み掛かる。何となくそう来られる事も想定していたロードが体勢を立て直し反撃しようと試みたその瞬間、足に激痛が走った。
「なっ…！？」
足の甲。まるで地面に縫い付けるかの様に刺さるそれはクロスボウの矢だろうか。先端の尖った鉄の棒。咄嗟に頭を保護した為防御した腕にも刺さる。狙い撃ちされ数本が革靴ごとロードの足を貫いた。
見えない敵からの武器による攻撃。ロードの頭を一瞬焦りが過ぎる。しかし同時に浮かぶのは少し頬を染めてこちらを見る青と緑のガラスの瞳。一度それを思い出してしまえば、こんなところで死ぬ訳にはどうしてもいかなかった。
饒舌な唇
「捕まえた捕まえた捕まえた捕まえた」
「うるさいですよっ…！！」
ロードは渾身の力で背後から掴んでくる機械人形を背負い投げする。踏ん張ると矢の刺さった腕と足に激痛が走るが、そんな事を気にしていられない。ここでやらなければ自分は殺されるだろうから。
地面に投げ出された機械人形が体勢を立て直す前に、自分の腕に刺さったクロスボウの矢を自力で抜き、首元を狙い突き刺した。
機械人形が動きを止めるのを確認し、前方を見据える。それは先程矢の降って来た方向だった。
「(迂闊でした…まさか武器を扱える機械人形が居たとは…)」
よくよく考えれば前線駆除班のアサギ、ガートは武器を駆使する機械人形だ。アサギに至ってはその武器は自前だった筈。汚染された機械人形の中にも戦闘に長けた機械人形が居ても何も不思議な事は無かった筈だ。
なのに、失念していた。ミクリカとケンズのテロ後、現段階で屋内での襲撃が確認されていないと言うのもある。出張と称して結社から離れても、屋内での仕事がメインとなる場合その危機的感覚は非常に緩いものになりそれが今の状況だとロードは思った。後、報告に無かったからとは言え機械人形が武器を使う事を想定していなかった事も。過激派の一部に襲われたのでは無いかと報告の上がった機械人形も回収した記録の中にあったと思ったが、おそらく全部が全部人間では無く中には武器を持った機械人形によるものもあったかもしれない。
「(これは…帰ったら非戦闘班含め武器の携帯手続きをより簡易なものにしなければなりませんね)」
前線駆除班だけでなく基本的に戦闘を想定しない他の班も、結社の外に出て携帯出来る武器の幅を広くしないと咄嗟の事態に対応出来ない。それから、武器を扱う上の定期的な訓練も通常業務とは別で視野に入れねば。逆にそれが通れば結社外に出るメンバーの安全はより確保される。
その改善点を見付けられたのは僥倖である。
その為にも、ここを切り抜けてまずは何としてでも生きねばならない。
「何を考えている…？」
姿を現した男が声を掛ける。淡い水色の髪に赤く光る瞳。汚染された機械人形だが、厄介な事に風貌から高性能なセキュリティ関係の機械人形では無いかと推測出来た。ならば遠目にも今見た他の三体と違い素体に傷が少ないのも頷けるからだ。
極めて頑丈で、極めて戦闘慣れしているであろうそれと、片手片足の自由を奪われた状態で対峙するのはリスクが大き過ぎる。
「んー？エロい事ですかね？」
何食わぬ顔でロードは答えた。機械人形は顔色を変えず何かを考えている様だった。
「おや？あなた方の辞書には載っていません？エロスって生きる事そのものですよ？」
「…そんな事はインプットされていない」
「昔からよく絵画のアレゴリーでもあるじゃないですか。強い理性に凝り固まると恋愛を蔑みがちになるが、自らの激しい恋慕の前にはその理性をも瓦解すると」
「それに対する理解は必要ないプログラムだ」
「要は、強い衝動の一つである性愛に身を任せて馬鹿になると割と楽しく生きれるって言うのが私の理念です」
ロードはチラチラ時計を気にする。
近付いてくる機械人形は、左手にクロスボウ、右手にナイフを持っていた。おそらく、先程撃ち込んだので幸いにもクロスボウの矢は切らした様だが、ナイフを手に持ち間合いに入られると太刀打ち出来ない。
「お前はどうだ？楽しく生きる馬鹿か？」
「今まさに進行形でエロい事考えてますけど？」
「では、せめて馬鹿なまま死ぬと良い」
「ところで、その様な強い衝動を人間以外も持っているって知ってます？」
機械人形はピクリと体を動かした。
「半年程前に貴方もよく知る方が宣言されていましたね、「人類というモノに幻滅した」と。背景を知っているんで彼には同情しますが同意はしかねますねぇ。人間を高ランクな存在に置き過ぎてません？」
機械人形はその台詞に進めていた足を止める。その台詞は機械人形にとって事実上の支配者であるギロク博士の言葉だった。
「野生動物の中にはもっと厄介な衝動を抑えない種も居るには居るんですよ。例えば、狩る気もない動物を遊びで半殺しにしたり時に命を奪ったり。食わないんです狩らないんです、ただただいたぶりたいだけなんです。後、幼い子を殺されたからなのか、殺した動物と同じ種の生き物を見付ける度集団で食うでもなくただ殺す生き物だっています。人間だけが生物の中でも特別かの様に思われがちですけどね、こんな宇宙規模の歴史から諸々考えれば人間の起こす事なぞたかが知れてそうな気がしませんか？野生動物が別の種を嬲り殺そうがそれを見て彼等に糾弾します？所詮些事だと思うしかないでしょう？言葉も通じませんしね。人間だって自然の一部で人間の取る行動もある意味自然の一部ですよ。結果として動物を絶滅に追い込むのだって人間だけの行動じゃありません。中にはウイルスや環境で死に絶えたものもいます。人間だけが良くも悪くも特別何かをしていると言う話に私は同意しかねるなとは思ってたんですよねぇ。私達人間はそんなに幻滅される程彼にとって高い地位に席を置いていたのですかねぇ？」
機械人形は羅列されるロードの言葉に頭を回転させた。ギロク様に間違いは無い。だが、この男の言葉はそれを間違いだと言っている気がする。
彼の言葉から答えを引き出そうとするが、「機械人形は主人であるギロク博士の命令に従わねばならない」を最優先にし思考を止めた。優先すべきは目の前の人間を虐殺する事であり、発する言葉の意味を解する事ではない。
「その言葉に対する答えは持ち合わせていない。だが、ギロク様の命令は絶対だ。殲滅せねばならない。お前は一人で武器も持たず三体もの機械人形を破壊した。その技術は称賛に値するが、やはりギロク様の言う通り、野蛮であり殲滅されるべき存在だ。お前は例えあれらが機械人形でなく人間だとしても躊躇わず同じ事の出来る恐ろしい存在なのだろう。慢心して誰にも助けを求めなかったのがお前の死の理由だ」
ナイフを手に持ち目の前まで近付く。ロードの首に刃が押し当てられた。意外にもロードが恐れでもなく笑みを浮かべた為機械人形はそれを不思議そうに眺める。
「私の何の根拠も脈絡もない口から出まかせをまともに受け止めてご丁寧に話を聞いて、殺せる時にさっさと殺さずにいたのが貴方が破壊される理由ですよ」
鳴り響く銃声。発砲された事に気付いた機械人形の頭をライフルの弾が貫いた。
「慢心じゃありません、確たる自信ですよ。彼らなら殺意よりも早くここに来て貴方を壊すと言う、ね」
「うるさいですよっ…！！」
ロードは渾身の力で背後から掴んでくる機械人形を背負い投げする。踏ん張ると矢の刺さった腕と足に激痛が走るが、そんな事を気にしていられない。ここでやらなければ自分は殺されるだろうから。
地面に投げ出された機械人形が体勢を立て直す前に、自分の腕に刺さったクロスボウの矢を自力で抜き、首元を狙い突き刺した。
機械人形が動きを止めるのを確認し、前方を見据える。それは先程矢の降って来た方向だった。
「(迂闊でした…まさか武器を扱える機械人形が居たとは…)」
よくよく考えれば前線駆除班のアサギ、ガートは武器を駆使する機械人形だ。アサギに至ってはその武器は自前だった筈。汚染された機械人形の中にも戦闘に長けた機械人形が居ても何も不思議な事は無かった筈だ。
なのに、失念していた。ミクリカとケンズのテロ後、現段階で屋内での襲撃が確認されていないと言うのもある。出張と称して結社から離れても、屋内での仕事がメインとなる場合その危機的感覚は非常に緩いものになりそれが今の状況だとロードは思った。後、報告に無かったからとは言え機械人形が武器を使う事を想定していなかった事も。過激派の一部に襲われたのでは無いかと報告の上がった機械人形も回収した記録の中にあったと思ったが、おそらく全部が全部人間では無く中には武器を持った機械人形によるものもあったかもしれない。
「(これは…帰ったら非戦闘班含め武器の携帯手続きをより簡易なものにしなければなりませんね)」
前線駆除班だけでなく基本的に戦闘を想定しない他の班も、結社の外に出て携帯出来る武器の幅を広くしないと咄嗟の事態に対応出来ない。それから、武器を扱う上の定期的な訓練も通常業務とは別で視野に入れねば。逆にそれが通れば結社外に出るメンバーの安全はより確保される。
その改善点を見付けられたのは僥倖である。
その為にも、ここを切り抜けてまずは何としてでも生きねばならない。
「何を考えている…？」
姿を現した男が声を掛ける。淡い水色の髪に赤く光る瞳。汚染された機械人形だが、厄介な事に風貌から高性能なセキュリティ関係の機械人形では無いかと推測出来た。ならば遠目にも今見た他の三体と違い素体に傷が少ないのも頷けるからだ。
極めて頑丈で、極めて戦闘慣れしているであろうそれと、片手片足の自由を奪われた状態で対峙するのはリスクが大き過ぎる。
「んー？エロい事ですかね？」
何食わぬ顔でロードは答えた。機械人形は顔色を変えず何かを考えている様だった。
「おや？あなた方の辞書には載っていません？エロスって生きる事そのものですよ？」
「…そんな事はインプットされていない」
「昔からよく絵画のアレゴリーでもあるじゃないですか。強い理性に凝り固まると恋愛を蔑みがちになるが、自らの激しい恋慕の前にはその理性をも瓦解すると」
「それに対する理解は必要ないプログラムだ」
「要は、強い衝動の一つである性愛に身を任せて馬鹿になると割と楽しく生きれるって言うのが私の理念です」
ロードはチラチラ時計を気にする。
近付いてくる機械人形は、左手にクロスボウ、右手にナイフを持っていた。おそらく、先程撃ち込んだので幸いにもクロスボウの矢は切らした様だが、ナイフを手に持ち間合いに入られると太刀打ち出来ない。
「お前はどうだ？楽しく生きる馬鹿か？」
「今まさに進行形でエロい事考えてますけど？」
「では、せめて馬鹿なまま死ぬと良い」
「ところで、その様な強い衝動を人間以外も持っているって知ってます？」
機械人形はピクリと体を動かした。
「半年程前に貴方もよく知る方が宣言されていましたね、「人類というモノに幻滅した」と。背景を知っているんで彼には同情しますが同意はしかねますねぇ。人間を高ランクな存在に置き過ぎてません？」
機械人形はその台詞に進めていた足を止める。その台詞は機械人形にとって事実上の支配者であるギロク博士の言葉だった。
「野生動物の中にはもっと厄介な衝動を抑えない種も居るには居るんですよ。例えば、狩る気もない動物を遊びで半殺しにしたり時に命を奪ったり。食わないんです狩らないんです、ただただいたぶりたいだけなんです。後、幼い子を殺されたからなのか、殺した動物と同じ種の生き物を見付ける度集団で食うでもなくただ殺す生き物だっています。人間だけが生物の中でも特別かの様に思われがちですけどね、こんな宇宙規模の歴史から諸々考えれば人間の起こす事なぞたかが知れてそうな気がしませんか？野生動物が別の種を嬲り殺そうがそれを見て彼等に糾弾します？所詮些事だと思うしかないでしょう？言葉も通じませんしね。人間だって自然の一部で人間の取る行動もある意味自然の一部ですよ。結果として動物を絶滅に追い込むのだって人間だけの行動じゃありません。中にはウイルスや環境で死に絶えたものもいます。人間だけが良くも悪くも特別何かをしていると言う話に私は同意しかねるなとは思ってたんですよねぇ。私達人間はそんなに幻滅される程彼にとって高い地位に席を置いていたのですかねぇ？」
機械人形は羅列されるロードの言葉に頭を回転させた。ギロク様に間違いは無い。だが、この男の言葉はそれを間違いだと言っている気がする。
彼の言葉から答えを引き出そうとするが、「機械人形は主人であるギロク博士の命令に従わねばならない」を最優先にし思考を止めた。優先すべきは目の前の人間を虐殺する事であり、発する言葉の意味を解する事ではない。
「その言葉に対する答えは持ち合わせていない。だが、ギロク様の命令は絶対だ。殲滅せねばならない。お前は一人で武器も持たず三体もの機械人形を破壊した。その技術は称賛に値するが、やはりギロク様の言う通り、野蛮であり殲滅されるべき存在だ。お前は例えあれらが機械人形でなく人間だとしても躊躇わず同じ事の出来る恐ろしい存在なのだろう。慢心して誰にも助けを求めなかったのがお前の死の理由だ」
ナイフを手に持ち目の前まで近付く。ロードの首に刃が押し当てられた。意外にもロードが恐れでもなく笑みを浮かべた為機械人形はそれを不思議そうに眺める。
「私の何の根拠も脈絡もない口から出まかせをまともに受け止めてご丁寧に話を聞いて、殺せる時にさっさと殺さずにいたのが貴方が破壊される理由ですよ」
鳴り響く銃声。発砲された事に気付いた機械人形の頭をライフルの弾が貫いた。
「慢心じゃありません、確たる自信ですよ。彼らなら殺意よりも早くここに来て貴方を壊すと言う、ね」
骨と傷
「狐さん、無事？」
大き目のライフルに不釣り合いの小さな体がとことことロードに近付いて来る。
「うふふ、おかげさまで。ちょっと首切れましたけど」
ウルリッカはじっとロードの顔を見、首筋へと視線を移す。白いワイシャツの襟が血で赤く染まっている事に気が付いた。
「うわぁ、痛そう」
「まあ、多少は痛いですけどね。それよりウルリッカさん、文句を言うわけじゃ無いですが…もう少し早く撃てませんでした？」
「だって、隊長からオーケー出なかったから」
「ほう…？」
さてはこの期に及んで自分で遊んでいたか？ロードは隊長ことユウヤミ・リーシェルの姿を探す。敵に転がったとしても味方で居たとしても、その頭脳と正確さを最も信頼する存在である彼を。ウルリッカはすぐにそんなロードを遮る様に口を開いた。
「ここにはいない」
「おや、いらっしゃらないので？」
「知らせを貰った第六小隊の中で距離の近かった私とガートとエドゥが向かう様に言われたの」
「なるほど…」
「あと、自分が思うより一呼吸二呼吸時間を置いて撃つんだよって言われた」
「おや？やはり聞き捨てなりませんね」
状況を把握したユウヤミが分かっていて放置したであろう様子が浮かびロードは笑顔を引き攣らせる。まあ、そこが彼の可愛いところですけどねと呟くとウルリッカはよく分かっておらず首を傾げた。
「アンタ、無謀やわ！」
ずるずると機械人形を引き摺りながらガートが現れる。人に似た形のそれを引き摺る猫娘と言う異様な光景を見てロードから変な声が漏れた。
「いやぁ…お手を煩わせまして…」
「ほんまやで…アンタなぁ、ほんま無謀や。何丸腰で時間稼ぎなんてしよんの？アホちゃうか？」
「ええーそこまで言いますー？」
「えらい装備も整えんと口だけは達者やな。たまたまやねん今回は。たまたま聞く耳持つタイプやったから時間稼ぎ出来てんで！？それかてギリギリやん！一秒遅なったら自分、首飛んでんねやで！？」
「ええー…飛んでますかね？」
「アホ！飛んどるわ！それで死んでみぃ！？自分、死んだらウチらの責任になんねんで！？機械人形も派手に首破壊しよって、機械班にはやいのやいの言われて、人事部の人間死んだなんてなったら方々に迷惑掛けるだけやで自分！格好付けんと逃げぇ！何真っ向から向かおうとしとんねん！」
「ガート、ガート」
狐さん泣いちゃう。ウルリッカのその制止に対しナンボでも泣かしたるわ！と尚ターボの掛かるガート。自覚してはいたが、やはり傍目には相当ヤバそうに見えたか。そう考えてロードは苦笑いした。そんな三人の前に倒した機械人形の数を記録し終えたエドゥアルトが現れる。ユウヤミを先輩と慕う彼に対し日頃から自分を兄貴と慕う弟分がダブって見えていたのもあって彼の登場には思わず頬が緩む。
「…駄目ですよ。丸腰なのに無茶して戦おうとしちゃ」
「ええ、今ガートさんにありったけ怒られましたよ」
「何で市街地からこんな離れたんです？お陰で間に合わないかと思いました」
「だって一般人を巻き込んでしまうでしょう？私は良いんです、囮にでも何にでもなれば。あらゆるものを駆使して足掻いてみるだけの気概はありますので」
「そんな事してたら早死にしますよ？まあ、先輩に掛かれば全部込みで先回りして読み上げる事は可能だと思いますけど」
「うふふふ…肝に銘じますね。だから愛の日以降彼がより大好きになったんですけど」
早死にすると言う単語を聞いてウルリッカが不安そうな目を向ける。え？死にたがりなの？と余計な誤解まで浮かべていたのでロードは少し語弊があるとそれを訂正した。
「死にたがりではないですが…スリルがあった方が気持ち良いでしょう？」
「…よく分かんない」
第六小隊から少し遅れてバタバタと走って来たのは医療班のスレイマンだった。スレイマンはロードを視界に捉えると、すぐに目線を足に移動させた。
「あー…足やってますね」
「そう言えばそうでした」
「靴まで貫通してるので抜かないとどうにも次の治療が出来ません。今ここで、抜きます」
医療班メンバーがキャンプで使う様な簡易的な椅子を用意する。ロードはそこに座らされ、スレイマンに足を出した。
「刺さったのは二本か…骨まで行ってるかもしれません。綺麗に入ってるのでそこまで酷くはないと思いますが…。じゃあ、抜きますね」
「ん？麻酔は打たないので？」
「ああ、抜く際は麻酔を打ってもあまり意味がないんですよ。それより、随分と矢が太いんでこれは縫合が必要です。その縫合に麻酔が要るので」
ロードが何かを考えるより早く、あまり馴染みのない工具の様なものを取り出すと刺さった矢を掴むスレイマン。そのままグッと力を入れ抜くのだが、ここで麻酔を使っても無意味だと言う言葉の意味が分かった。
少し捻りを加えるのか、抜こうと動かす度ゴリゴリと脳に直接伝わる騒音。骨伝導により足から頭までダイレクトに響き渡る嫌な音。痛み以上にこの音の不快感たるや。耳を塞いでも消えないこの騒音は矢を全部抜くまでのたった数秒の話だが、当の本人には永遠にすら感じた。ざわざわとした骨の震え。全身鳥肌が立つ様な振動が抜けて行く。
音が煩いと言うより、騒音と振動が煩わしい。大人ではあるし、そこまで処置諸々騒ぐタイプでも無い。この空気も苦手では無いので静かに受けていられる。しかし、二度目があるなら御免被りたい。人生でなかなか味わう事の無いその衝撃の妙な余韻にロードは少し白い顔をしながら笑顔を浮かべるしかなかった。
「…あはは、やっぱそうなりますよねー。あ、首も結構ざっくりいってますね」
「うふふ…すっかり忘れてました…」
「んー…首もちょっと深いし広いんで縫いましょう。それから腕も」
何故か聞いて見ているだけのエドゥアルトとウルリッカが青い顔をする。ロードはひらひらと手を振ってみるが、二人は青い顔で首を横にぶんぶん振った。
駄目になった靴を外し、靴下も脱ぐと、先程矢を抜いた箇所は穴が空いており、心臓がどくどく動く度血が噴き出した。それを見てロードはこの騒動の終わりをやっと感じる事が出来た。
大き目のライフルに不釣り合いの小さな体がとことことロードに近付いて来る。
「うふふ、おかげさまで。ちょっと首切れましたけど」
ウルリッカはじっとロードの顔を見、首筋へと視線を移す。白いワイシャツの襟が血で赤く染まっている事に気が付いた。
「うわぁ、痛そう」
「まあ、多少は痛いですけどね。それよりウルリッカさん、文句を言うわけじゃ無いですが…もう少し早く撃てませんでした？」
「だって、隊長からオーケー出なかったから」
「ほう…？」
さてはこの期に及んで自分で遊んでいたか？ロードは隊長ことユウヤミ・リーシェルの姿を探す。敵に転がったとしても味方で居たとしても、その頭脳と正確さを最も信頼する存在である彼を。ウルリッカはすぐにそんなロードを遮る様に口を開いた。
「ここにはいない」
「おや、いらっしゃらないので？」
「知らせを貰った第六小隊の中で距離の近かった私とガートとエドゥが向かう様に言われたの」
「なるほど…」
「あと、自分が思うより一呼吸二呼吸時間を置いて撃つんだよって言われた」
「おや？やはり聞き捨てなりませんね」
状況を把握したユウヤミが分かっていて放置したであろう様子が浮かびロードは笑顔を引き攣らせる。まあ、そこが彼の可愛いところですけどねと呟くとウルリッカはよく分かっておらず首を傾げた。
「アンタ、無謀やわ！」
ずるずると機械人形を引き摺りながらガートが現れる。人に似た形のそれを引き摺る猫娘と言う異様な光景を見てロードから変な声が漏れた。
「いやぁ…お手を煩わせまして…」
「ほんまやで…アンタなぁ、ほんま無謀や。何丸腰で時間稼ぎなんてしよんの？アホちゃうか？」
「ええーそこまで言いますー？」
「えらい装備も整えんと口だけは達者やな。たまたまやねん今回は。たまたま聞く耳持つタイプやったから時間稼ぎ出来てんで！？それかてギリギリやん！一秒遅なったら自分、首飛んでんねやで！？」
「ええー…飛んでますかね？」
「アホ！飛んどるわ！それで死んでみぃ！？自分、死んだらウチらの責任になんねんで！？機械人形も派手に首破壊しよって、機械班にはやいのやいの言われて、人事部の人間死んだなんてなったら方々に迷惑掛けるだけやで自分！格好付けんと逃げぇ！何真っ向から向かおうとしとんねん！」
「ガート、ガート」
狐さん泣いちゃう。ウルリッカのその制止に対しナンボでも泣かしたるわ！と尚ターボの掛かるガート。自覚してはいたが、やはり傍目には相当ヤバそうに見えたか。そう考えてロードは苦笑いした。そんな三人の前に倒した機械人形の数を記録し終えたエドゥアルトが現れる。ユウヤミを先輩と慕う彼に対し日頃から自分を兄貴と慕う弟分がダブって見えていたのもあって彼の登場には思わず頬が緩む。
「…駄目ですよ。丸腰なのに無茶して戦おうとしちゃ」
「ええ、今ガートさんにありったけ怒られましたよ」
「何で市街地からこんな離れたんです？お陰で間に合わないかと思いました」
「だって一般人を巻き込んでしまうでしょう？私は良いんです、囮にでも何にでもなれば。あらゆるものを駆使して足掻いてみるだけの気概はありますので」
「そんな事してたら早死にしますよ？まあ、先輩に掛かれば全部込みで先回りして読み上げる事は可能だと思いますけど」
「うふふふ…肝に銘じますね。だから愛の日以降彼がより大好きになったんですけど」
早死にすると言う単語を聞いてウルリッカが不安そうな目を向ける。え？死にたがりなの？と余計な誤解まで浮かべていたのでロードは少し語弊があるとそれを訂正した。
「死にたがりではないですが…スリルがあった方が気持ち良いでしょう？」
「…よく分かんない」
第六小隊から少し遅れてバタバタと走って来たのは医療班のスレイマンだった。スレイマンはロードを視界に捉えると、すぐに目線を足に移動させた。
「あー…足やってますね」
「そう言えばそうでした」
「靴まで貫通してるので抜かないとどうにも次の治療が出来ません。今ここで、抜きます」
医療班メンバーがキャンプで使う様な簡易的な椅子を用意する。ロードはそこに座らされ、スレイマンに足を出した。
「刺さったのは二本か…骨まで行ってるかもしれません。綺麗に入ってるのでそこまで酷くはないと思いますが…。じゃあ、抜きますね」
「ん？麻酔は打たないので？」
「ああ、抜く際は麻酔を打ってもあまり意味がないんですよ。それより、随分と矢が太いんでこれは縫合が必要です。その縫合に麻酔が要るので」
ロードが何かを考えるより早く、あまり馴染みのない工具の様なものを取り出すと刺さった矢を掴むスレイマン。そのままグッと力を入れ抜くのだが、ここで麻酔を使っても無意味だと言う言葉の意味が分かった。
少し捻りを加えるのか、抜こうと動かす度ゴリゴリと脳に直接伝わる騒音。骨伝導により足から頭までダイレクトに響き渡る嫌な音。痛み以上にこの音の不快感たるや。耳を塞いでも消えないこの騒音は矢を全部抜くまでのたった数秒の話だが、当の本人には永遠にすら感じた。ざわざわとした骨の震え。全身鳥肌が立つ様な振動が抜けて行く。
音が煩いと言うより、騒音と振動が煩わしい。大人ではあるし、そこまで処置諸々騒ぐタイプでも無い。この空気も苦手では無いので静かに受けていられる。しかし、二度目があるなら御免被りたい。人生でなかなか味わう事の無いその衝撃の妙な余韻にロードは少し白い顔をしながら笑顔を浮かべるしかなかった。
「…あはは、やっぱそうなりますよねー。あ、首も結構ざっくりいってますね」
「うふふ…すっかり忘れてました…」
「んー…首もちょっと深いし広いんで縫いましょう。それから腕も」
何故か聞いて見ているだけのエドゥアルトとウルリッカが青い顔をする。ロードはひらひらと手を振ってみるが、二人は青い顔で首を横にぶんぶん振った。
駄目になった靴を外し、靴下も脱ぐと、先程矢を抜いた箇所は穴が空いており、心臓がどくどく動く度血が噴き出した。それを見てロードはこの騒動の終わりをやっと感じる事が出来た。
病室と客
病気と言うわけではないのに一週間程医療班で安静、様子見と言うのは少し暇に思う。ベッドでぼーっと天井を眺めるロードの首と足、そして腕には痛々しい黒く硬そうな糸が見える。思いの外首の傷もざっくりと入っていた様で、抜糸まで触らない様にとの事だった。
後遺症なんて大袈裟なものではないが、どうしても縫合、抜糸後の皮膚は少し薄く突っ張る事がある。足も首も、表面に少し違和感が残るかもしれないと聞かされた。しかし、足に刺さった矢は骨にまで到達していたものの、神経にも触らず影響が無かったのは不幸中の幸いだった。
「生きてる…？」
髪をセットしていない為少し幼く見える自分の顔と鏡で睨めっこをしていると、シャッと音を立ててヴォイドはカーテンを開ける。仕事が絡めばいつもの呆れた様な顔は見せず、彼女は黙々と朝の仕事をこなして行った。
「生きてますよ。しかし…朝から愛する人の顔を眺める生活…暇だけど悪くないですねぇ…」
「そう言って触ろうとするのやめて」
「おや、失礼」
思いの外元気にニコニコしているロードに、ヴォイドは何とも言えない目を向けた。正確には彼の首に。
「首…少し変な感じするかもって」
「ああ、抜糸後に皮が薄くなって突っ張る可能性があるみたいですねぇ」
「…まあ、お前あんまりお感じが無さそうだから良いか」
鈍感そうだし。そう付け加えたヴォイドにロードはとてもわざとらしいムッとした顔を見せた。
「おやぁ…？ヴォイドとは言え聞き捨てなりませんね。私が鈍感？そうですか？」
「と言うか、あんまり気にしなさそう」
「全く、何ですかね人を不感症みたく呼ぶとは。私は割と敏感な方ですよ？なんなら今この場で貴女のその細く美しい指で全身触って確認してくださ──」
「お前それ言いたかっただけだろ」
物凄い勢いでロードの顔に枕を投げ付けるヴォイド。勿論、こんな現場をアペルピシアが見れば怒る事は必至ではあるが、当のされた本人はそれでも嬉しそうに枕をぶつけられた赤い顔で微笑んだ。
「…触るなら下半身を重点的にお願いします」
「まだ続けるか」
会話を諦める様に強制終了したヴォイドは消毒用のヨウ素液を綿に染み込ませ、縫合跡の消毒に当たる。特に痛くもなく、少し冷たく感じるくらいの消毒。結果的に処置をしてもらったから「この程度」と言えるが、いずれも傷を負った時はほんの一瞬だけ最悪に転がった未来なんて余計な考えに頭を巡らせた。その一瞬だけ、ここに戻って来れない気がしてしまった。
黙々と作業をこなすヴォイド。
愛の日を過ぎた辺りから彼女が何だか前より強く、前より人間らしく感じるのは気の所為ではないのだろう。きっと彼女の心を揺さぶる何かがあったのだろうと思うと、ロードは少しだけ嬉しい様な寂しい様な感じがした。
「ねえ、ヴォイド」
「ん？」
「もしも…」
もしも今回の件で運悪く矢が刺さったのが足では無かったら。
もしも今回首の傷がもっと深かったら。
もしも私が死んだとしたら、貴女は泣いてくれますか？
行ってきますでもさよならでも無い言葉が互いの最期に交わした言葉になって、本当に日常生活の中から突然自分が切り抜かれてしまったら。
貴女は何も変わらず生きていきますか？それとも、悲しんでくれますか？
「何…？」
アスに向かった時、一度彼女を置いて消える様に去ってしまった時の遠目に見たあの泣き顔を思い出して口をつぐむ。たらればで傷付けるのはやめよう。そんなの、結果を聞いて満足するのは自分だけ。彼女が悲しむだけで終わってしまう様な質問はしない方が良い。
…それに、もしも平気だと即答されたら今度悲しいのは自分だし立ち直れない。結局ロードはその話はしないでおこうと心に決めた。
「…イイこと、覚えてます？」
代わりにした質問。ヴォイドは少しだけ下を向いて「うん」と返事をした。
「…ちゃあんと覚えてましたか」
「ん、まあ…」
「良かった…じゃあ、私も無事帰って来れた事ですし、いっぱいシましょうか……ね？」
下を向く彼女の頬に手を添え、顔を持ち上げながらそう言うと瞬時に怪訝そうな顔に切り替えるヴォイド。
「…何か、わざと含み持たせて遠回しに言ってない…？」
「おや、バレました？」
「やっぱり…」
「主語を隠すと卑猥に聞こえません？」
「お前口閉じろ」
ぱっと手を払いぶつぶつ文句を言いながら出て行くヴォイドをロードは微笑みながら眺めていた。
午後になって真面目に人事部に打診する予定の「武器携帯の届け出簡易化」の旨を纏めていた。そこに現れた意外な客についついロードも口元を緩ませる。
「おやぁ…？これはこれはリーシェルさん」
「やあ、随分痛々しい傷が残ったねぇ」
首筋を見てユウヤミは呟く。彼に椅子を出して座る様促すと、本当は特に気にしていないロードはわざとらしくリアクションを返した。
「本当、誰かさんが悪戯に指示を遅らせたから首に傷が残る予定ですよ全く」
「え？君、気にする様な人間だっけ？」
「いいえ全然。まあ勲章とでも何とでも言えますし？誰かにキスマークでも付けられる際どんな感じ方するのか楽しみにしときますよ」
「うわぁ相変わらず。ところで、首もだったから早くソレ通りそうなんじゃないかい？」
ソレ。ユウヤミはロードが纏めていた案件を指差す。丸腰で複数体の機械人形を相手にした時、打算的な頭は一瞬保身よりもどう怪我を負うかも考えてもいた。説得力を持たせる為に程良く傷を負うにはどう動けば良いかと。
実際にはそれを考え続けるのはなかなか難しく、頭の片隅に置きつつ一か八かタイガから知らせを聞いたユウヤミが状況から気付いて指示をしてくれる事を頼る形になったのだが。
「…はて、何の事やら。必死に生き延びた人間捕まえて何を仰るかと思いきや」
「必死？そうかい？君は…弱者側に立つには説得力無いからねぇ」
「おや？そう見えます？」
「知ってるよ。君が普通の人以上に動ける事。君ならあのくらい余裕だっただろう？」
過去に何をしてたか知らないけどね。そう言ってユウヤミは何でも見透かした様な黒い瞳で笑う。
「私、貴方のその目が堪らなく好きなんですよねぇ…」
「あはは、謹んでごめんなさい」
「…食い気味にフラれましたねぇ…」
「はぐらかすのならそれ以上言う事は無い。私への薄ら寒い冗談もどうでも良いよ。私も次の仕事があるのでね」
あ、と椅子を立ったユウヤミは一瞬立ち止まり、ロードに振り返った。
「…ホロウ君への悪戯、程々にしてくれ給え」
「……おやぁ？気になります？」
「彼女は君が思うより照れ屋だよ。君に何かされると彼女の喋る声がいつもより少し大きくなって喋るスピードがいつもよりほんの少し早くなる」
私はそれ慣れないんだよ、あまり。むしろ聞くと焦ってしまうからね。
それだけ言って立ち去るユウヤミ。
その背に向かって何かを投げ掛けても、彼はもう答える事はなかった。慣れない。敢えて多くを語らずその言葉だけ残すなんて格好良い事ですねぇ…。巷でのユウヤミの人気っぷりを思い出し、ああ、そう言うところかと妙に納得して妙に腹が立った。
就業後のタイガとサリアヌも顔を出してくれ、丁度良いので彼女に書類を提出する。しばし目を通した後、サリアヌはじっとロードを見た。
特に口に出して何か言う訳ではないが、サリアヌはきっと心配して来てくれたのだろうと思うとその心配の種類が何であれ少し嬉しくなった。タイガは顔を見てから帰るまでずっと泣いていたので、この日は珍しくロードの軽口は身を潜め、彼をあやす事に尽力した。ついでにまた部屋を貸してくれるか、なんて交渉もしたりしたからか横で見ていたサリアヌは「無駄に元気そうですわね」と終始呆れた目をしていた。
不意にあの時対峙した機械人形に言われた事を思い出す。
「お前は例えあれらが機械人形でなく人間だとしても躊躇わず同じ事の出来る恐ろしい存在なのだろう」
自分は打たれ強い。興奮が強いのか痛みをあまり認識しない。恐怖も薄い。ずっと命の比重が軽い様な場所で生活していたのもあるだろう。だから、奪う罪悪感ですら皆無に等しい。
その通りだ。あれは、機械人形だから躊躇わずに出来たわけでは無い。敵対したのが人間であってもやれる。容易にやれてしまう人間だから、容易にやられる事も覚悟はしている。
アスにいた頃と今。違うとしたら組織に身を置いているか縁を切れたかなのだが、アスにいた頃他者に感じていなかった情愛を確かに今感じている。昔みたくあるのか、それとも今は自分の命が惜しいと思うか、それはまだ分からない。ただ、愛する彼女と何にもなれていないのに置いて死ぬのは嫌だし、今いる結社のメンバーを外部の危険から少しでも遠ざけられるのならまだいくらでも手を回したいとも思っている。
「……何だか弱くなりましたかね？私も…」
あまりに考え事をし過ぎて医療班のベッドの上でうっかり煙草を吸ってしまい、臭いに気付いたネビロスに怒りの形相で向かわれ珍しく素直に心から謝罪する程数日ボーッとしていたロードだが、仕事復帰後は無事いつもの彼に戻った。
本人も思わずぼやく程の心境の変化。それが強さや弱さ等のカテゴリーに分けて良いのかは分からないが、少なくとも結社に居心地の良さを見出したロードは仕事に復帰して自分の席に着くと、いつもの光景を前に少しだけ優しく笑った。
後遺症なんて大袈裟なものではないが、どうしても縫合、抜糸後の皮膚は少し薄く突っ張る事がある。足も首も、表面に少し違和感が残るかもしれないと聞かされた。しかし、足に刺さった矢は骨にまで到達していたものの、神経にも触らず影響が無かったのは不幸中の幸いだった。
「生きてる…？」
髪をセットしていない為少し幼く見える自分の顔と鏡で睨めっこをしていると、シャッと音を立ててヴォイドはカーテンを開ける。仕事が絡めばいつもの呆れた様な顔は見せず、彼女は黙々と朝の仕事をこなして行った。
「生きてますよ。しかし…朝から愛する人の顔を眺める生活…暇だけど悪くないですねぇ…」
「そう言って触ろうとするのやめて」
「おや、失礼」
思いの外元気にニコニコしているロードに、ヴォイドは何とも言えない目を向けた。正確には彼の首に。
「首…少し変な感じするかもって」
「ああ、抜糸後に皮が薄くなって突っ張る可能性があるみたいですねぇ」
「…まあ、お前あんまりお感じが無さそうだから良いか」
鈍感そうだし。そう付け加えたヴォイドにロードはとてもわざとらしいムッとした顔を見せた。
「おやぁ…？ヴォイドとは言え聞き捨てなりませんね。私が鈍感？そうですか？」
「と言うか、あんまり気にしなさそう」
「全く、何ですかね人を不感症みたく呼ぶとは。私は割と敏感な方ですよ？なんなら今この場で貴女のその細く美しい指で全身触って確認してくださ──」
「お前それ言いたかっただけだろ」
物凄い勢いでロードの顔に枕を投げ付けるヴォイド。勿論、こんな現場をアペルピシアが見れば怒る事は必至ではあるが、当のされた本人はそれでも嬉しそうに枕をぶつけられた赤い顔で微笑んだ。
「…触るなら下半身を重点的にお願いします」
「まだ続けるか」
会話を諦める様に強制終了したヴォイドは消毒用のヨウ素液を綿に染み込ませ、縫合跡の消毒に当たる。特に痛くもなく、少し冷たく感じるくらいの消毒。結果的に処置をしてもらったから「この程度」と言えるが、いずれも傷を負った時はほんの一瞬だけ最悪に転がった未来なんて余計な考えに頭を巡らせた。その一瞬だけ、ここに戻って来れない気がしてしまった。
黙々と作業をこなすヴォイド。
愛の日を過ぎた辺りから彼女が何だか前より強く、前より人間らしく感じるのは気の所為ではないのだろう。きっと彼女の心を揺さぶる何かがあったのだろうと思うと、ロードは少しだけ嬉しい様な寂しい様な感じがした。
「ねえ、ヴォイド」
「ん？」
「もしも…」
もしも今回の件で運悪く矢が刺さったのが足では無かったら。
もしも今回首の傷がもっと深かったら。
もしも私が死んだとしたら、貴女は泣いてくれますか？
行ってきますでもさよならでも無い言葉が互いの最期に交わした言葉になって、本当に日常生活の中から突然自分が切り抜かれてしまったら。
貴女は何も変わらず生きていきますか？それとも、悲しんでくれますか？
「何…？」
アスに向かった時、一度彼女を置いて消える様に去ってしまった時の遠目に見たあの泣き顔を思い出して口をつぐむ。たらればで傷付けるのはやめよう。そんなの、結果を聞いて満足するのは自分だけ。彼女が悲しむだけで終わってしまう様な質問はしない方が良い。
…それに、もしも平気だと即答されたら今度悲しいのは自分だし立ち直れない。結局ロードはその話はしないでおこうと心に決めた。
「…イイこと、覚えてます？」
代わりにした質問。ヴォイドは少しだけ下を向いて「うん」と返事をした。
「…ちゃあんと覚えてましたか」
「ん、まあ…」
「良かった…じゃあ、私も無事帰って来れた事ですし、いっぱいシましょうか……ね？」
下を向く彼女の頬に手を添え、顔を持ち上げながらそう言うと瞬時に怪訝そうな顔に切り替えるヴォイド。
「…何か、わざと含み持たせて遠回しに言ってない…？」
「おや、バレました？」
「やっぱり…」
「主語を隠すと卑猥に聞こえません？」
「お前口閉じろ」
ぱっと手を払いぶつぶつ文句を言いながら出て行くヴォイドをロードは微笑みながら眺めていた。
午後になって真面目に人事部に打診する予定の「武器携帯の届け出簡易化」の旨を纏めていた。そこに現れた意外な客についついロードも口元を緩ませる。
「おやぁ…？これはこれはリーシェルさん」
「やあ、随分痛々しい傷が残ったねぇ」
首筋を見てユウヤミは呟く。彼に椅子を出して座る様促すと、本当は特に気にしていないロードはわざとらしくリアクションを返した。
「本当、誰かさんが悪戯に指示を遅らせたから首に傷が残る予定ですよ全く」
「え？君、気にする様な人間だっけ？」
「いいえ全然。まあ勲章とでも何とでも言えますし？誰かにキスマークでも付けられる際どんな感じ方するのか楽しみにしときますよ」
「うわぁ相変わらず。ところで、首もだったから早くソレ通りそうなんじゃないかい？」
ソレ。ユウヤミはロードが纏めていた案件を指差す。丸腰で複数体の機械人形を相手にした時、打算的な頭は一瞬保身よりもどう怪我を負うかも考えてもいた。説得力を持たせる為に程良く傷を負うにはどう動けば良いかと。
実際にはそれを考え続けるのはなかなか難しく、頭の片隅に置きつつ一か八かタイガから知らせを聞いたユウヤミが状況から気付いて指示をしてくれる事を頼る形になったのだが。
「…はて、何の事やら。必死に生き延びた人間捕まえて何を仰るかと思いきや」
「必死？そうかい？君は…弱者側に立つには説得力無いからねぇ」
「おや？そう見えます？」
「知ってるよ。君が普通の人以上に動ける事。君ならあのくらい余裕だっただろう？」
過去に何をしてたか知らないけどね。そう言ってユウヤミは何でも見透かした様な黒い瞳で笑う。
「私、貴方のその目が堪らなく好きなんですよねぇ…」
「あはは、謹んでごめんなさい」
「…食い気味にフラれましたねぇ…」
「はぐらかすのならそれ以上言う事は無い。私への薄ら寒い冗談もどうでも良いよ。私も次の仕事があるのでね」
あ、と椅子を立ったユウヤミは一瞬立ち止まり、ロードに振り返った。
「…ホロウ君への悪戯、程々にしてくれ給え」
「……おやぁ？気になります？」
「彼女は君が思うより照れ屋だよ。君に何かされると彼女の喋る声がいつもより少し大きくなって喋るスピードがいつもよりほんの少し早くなる」
私はそれ慣れないんだよ、あまり。むしろ聞くと焦ってしまうからね。
それだけ言って立ち去るユウヤミ。
その背に向かって何かを投げ掛けても、彼はもう答える事はなかった。慣れない。敢えて多くを語らずその言葉だけ残すなんて格好良い事ですねぇ…。巷でのユウヤミの人気っぷりを思い出し、ああ、そう言うところかと妙に納得して妙に腹が立った。
就業後のタイガとサリアヌも顔を出してくれ、丁度良いので彼女に書類を提出する。しばし目を通した後、サリアヌはじっとロードを見た。
特に口に出して何か言う訳ではないが、サリアヌはきっと心配して来てくれたのだろうと思うとその心配の種類が何であれ少し嬉しくなった。タイガは顔を見てから帰るまでずっと泣いていたので、この日は珍しくロードの軽口は身を潜め、彼をあやす事に尽力した。ついでにまた部屋を貸してくれるか、なんて交渉もしたりしたからか横で見ていたサリアヌは「無駄に元気そうですわね」と終始呆れた目をしていた。
不意にあの時対峙した機械人形に言われた事を思い出す。
「お前は例えあれらが機械人形でなく人間だとしても躊躇わず同じ事の出来る恐ろしい存在なのだろう」
自分は打たれ強い。興奮が強いのか痛みをあまり認識しない。恐怖も薄い。ずっと命の比重が軽い様な場所で生活していたのもあるだろう。だから、奪う罪悪感ですら皆無に等しい。
その通りだ。あれは、機械人形だから躊躇わずに出来たわけでは無い。敵対したのが人間であってもやれる。容易にやれてしまう人間だから、容易にやられる事も覚悟はしている。
アスにいた頃と今。違うとしたら組織に身を置いているか縁を切れたかなのだが、アスにいた頃他者に感じていなかった情愛を確かに今感じている。昔みたくあるのか、それとも今は自分の命が惜しいと思うか、それはまだ分からない。ただ、愛する彼女と何にもなれていないのに置いて死ぬのは嫌だし、今いる結社のメンバーを外部の危険から少しでも遠ざけられるのならまだいくらでも手を回したいとも思っている。
「……何だか弱くなりましたかね？私も…」
あまりに考え事をし過ぎて医療班のベッドの上でうっかり煙草を吸ってしまい、臭いに気付いたネビロスに怒りの形相で向かわれ珍しく素直に心から謝罪する程数日ボーッとしていたロードだが、仕事復帰後は無事いつもの彼に戻った。
本人も思わずぼやく程の心境の変化。それが強さや弱さ等のカテゴリーに分けて良いのかは分からないが、少なくとも結社に居心地の良さを見出したロードは仕事に復帰して自分の席に着くと、いつもの光景を前に少しだけ優しく笑った。
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