ユキヤナギのような貴方／べにざくろ

ユキヤナギ【雪柳】
　バラ科シモツケ属の落葉低木。花は3月から5月にかけて5弁で雪白の小さなものを枝垂れるように枝一面につける。
　花言葉は「気まま」「愛らしさ」「殊勝」。

ユキヤナギとガーベラ

　その日、ミアはミカンと対峙していた。
　左手にミカン、右手には注射器という異様なスタイルのミアに、とある前線駆除リンツ・ルノース班の人間の処置を終えたヴォイドは怪訝な顔をする。しかし、あまりにもミアが真剣な顔をしているので声を掛けることは自粛しておいた。
　ミアの右手が動く。
　注射器がミカンへと向かい、プスリと刺さった。何かを採取して満足そうにミアが笑うのを見て、話し掛けても良いタイミングになったと看做したヴォイドはミアへと近付いていく。
「あ、ヴォイドさん！」
「何やってるの？」
　ヴォイドの問い掛けに何故かミアは何だか自慢気な顔を見せると、左手のミカンをビシッと突き出してヴォイドに見せ付けてきた。しかし、見せられたところでヴォイドは全く意味が分からない。
「ブツブツの採取です！」
「はぁ…… 」
　ミア本人はやたらと得意そうな顔をしているが、その行動の理由が分からないヴォイドは首を傾げるばかりだ。そして、そんなヴォイドに説明しようとするミアだが語彙力と知識が欠如していて上手く説明が出来ない。
「注射の練習ですよ」
　そこに救世主の如く現れたのはフユを伴ったアキヒロだった。フユは注射器に僅かに溜まっている液体を見てミアを誉めている。そんな一人と一体を見ながらヴォイドはアキヒロに問い掛けた。
「ミカンが？」
「はい」
　変わらずの陽だまりのような暖かで柔らかな笑みでアキヒロが頷くが、ヴォイドの疑問が解消されることはなく彼女は形の良い眉を寄せる。
「ミカンの皮には表面に小さな点々がありますよねぇ？油胞というんですが、意外と注射器の練習には丁度良い小ささなんですよ」
　医師免許もなければ看護師としての勉強もしていないミアに本物の腕で練習させる訳にいかず、代わりに思い付いたのがミカンの皮の油胞採取だったのだとアキヒロは続ける。何でも医大時代に注射が苦手すぎる同級生がおり、その人が編み出した練習方法なのだとか。
「アキ先生、結構上手に出来たと思うんです」
「そうですねぇ。後は数をこなして注射に慣れましょうか」
「はい！」
　今日も医療ドレイル班は平和だ。

　*　*　*

　アキヒロにもフユにも、更にはヴォイドにも誉められてミアはご機嫌だった。将来はお花屋さんになろうと決めていたけど、看護師も良いかもしれないなんて思うくらいには浮かれていた。
「おー、丁度良かった」
　そんな浮かれたまま聞こえた声に顔をドア方向へ向ければ、そこには経理部のギャリー・ファンの姿があった。
「ギャリーさん、こんにちは！」
　ミカンと注射器を脇に置いてミアはニッコリと彼に笑いかける。ギャリーはミアにとっては「とても面白いお兄さん」だ。大陸にある兎頭国の出身らしく、珍しい物を見せてくれたり話してくれたり食べさせてくれたりする存在であった。時々、あまりにも仕事時間中に良く会うので、この人はいつ仕事をしているのだろうかと疑問に思うのは本人には内緒だ。
　ミアに近付いてきたギャリーは小さな紙袋をミアに差し出す。
「おこひるにあがっとくれや」
「えっと……ありがとうございます」
　紙袋をミアは戸惑いながらも礼を言って受け取った。ギャリーは時々ミアには分からない言葉を使う。兎頭国の文化が好きだというアキヒロにギャリーの言葉は兎頭語なのか聞いてみたこともあるが、それは違うとアキヒロに首を横に振られてしまったので真相は闇の中だ。
　ともあれ受け取った紙袋の口を開けたミアの顔が輝く。
「わあ、かわいい！」
「桃包って言うんだよ」
「たおばお？」
「そう」
　桃の形を模した食べ物はきっと兎頭国の食文化なんだろう。ミアがウキウキと桃包を眺めていると、ギャリーは桃のような胸をお持ちのヴォイドにも同じように桃包を渡している。更に男性ではあっても兎頭国の文化を愛するアキヒロにも渡していた。和やかにアキヒロと会話をしているギャリーを見ながら、再びミアは「ギャリーさんって、いつ仕事してるんだろう？」と疑問を頭に浮かべるが、やっぱり答えは出てこない。
　そんなギャリーが一瞬、真面目な顔になった。
「あー……あばね!! 」
　そしてにこやかに女性陣へ手を振ると、軽やかに医療ドレイル班を飛び出して行く。その数十秒後。
「失礼する!! 此処にギャリー・ファンは来ていないか!? 」
　そんな声と共に現れたのは鬼気迫る表情のギルバート・ホレス・ベネットだった。いつもThe・貴族という格好をした綺麗なお兄さんだが、今日はその表情が全てを台無しにしている。
「え、えっとー…… 」
　言っていいのか、駄目なのか。ミアには判断が出来なくて助けを求めてヴォイドを振り返る。そのヴォイドは既に桃包を食べている真っ最中で、それを見逃すギルバートでは無かった。
「その奇妙な菓子……奴はいたな？」
「は、はい！ついさっきまでいました!! 」
　元々嘘をつくのが苦手なミアはギルバートの迫力にもはや涙目になりつつ答える。この時、綺麗なお兄さんの怒った顔は本当に怖いとミアは学んだ。
「後は何処だ……機械マス班か調達ナリル班か…… 」
　機械マス班の方かもしれない、と呟いたギルバートは「失礼した！」と言って部屋を足早に出て行く。
「ねぇ、ヴォイドさん」
「何？」
「ギルバートさん、何か機械マス班って言った時嬉しそうでしたよね？」
「うん」
　ギルバートの想い人であるアン・ファ・シンが機械マス班にいることを知らない二人は揃って首を傾げるが、当然答えは出る事はない。
　そんな二人に「さぁ、仕事に戻りましょうか」と優しくアキヒロが声を掛けるので、二人は疑問を忘れることにして大人しく仕事に戻っていくのであった。

ユキヤナギとグロリオサ

　今日は疲れたなぁ。
　支部から暴走する機械人形マス・サーキュの鎮圧に向かい本部に帰還してきたばかりのウルリッカは少々お疲れモードだった。ユウヤミにやれと言われた事は可能な限り実行するタイプのウルリッカだが、今日の射撃は流石に距離が遠かった。集中したからか目が痛いので揉みながら歩く。
「ウルちゃん」
　廊下で声をかけられて立ち止まる。揉んでいた手を止めて見れば、そこにはギャリー・ファンの姿があってウルリッカの目が輝く。
「ギャリーだ」
　ウルリッカにとって兄と同じ経理部で働くギャリーは「おいしい物を沢山くれる人」だ。それに焦茶色の髪にも親近感があるし、その髪をハーフアップにしてスッキリとさせているところも良い。兄のアルヴィにもそれを見習って髪を整えて貰いたいものだ。絶対、兄本人には言わないけど。
　そこはかとなく兄に似た要素をギャリーに勝手に感じているウルリッカは無言でギャリーに抱きつく。抱きつくと草のような良い匂いがするので、ついでに香りも楽しんでおいた。以前、ギャリーに聞いたところによると煙管の残り香らしい。煙草は嫌いだけど、この匂いは好きだ。
「相変わらずウルちゃんは甘えるぞぜえるね」
「だめ？」
「そんなことないよあらすけ」
　ギャリーの言葉は時々難しいが、そこは集落コタン育ちで自分も少々変わった言葉を使う自覚のあるウルリッカは何も突っ込まず、空気感とニュアンスで意味を理解していた。たまに意味を間違えることもあるが、そんなことを気にする小さい女ではない。
「今日は何くれる？」
　ひとしきりギャリーの香りを堪能した後、ウルリッカは彼に問いかける。彼女の脳内には、ギャリーに会うイコール美味しいものが食べられるという鉄の方程式が出来上がっていた。
「甜点心ティエンティエンシンの馬來糕マーラーカオたよ」
　ギャリーの言う甜点心ティエンティエンシンも馬來糕マーラーカオも初耳のウルリッカだったが、それが何であろうと美味しければ関係ない。
　近くに丁度、休憩所があったので二人揃ってそこでベンチに座る。
「たくさん食べなけんまく食べり」
　ニコニコと笑うギャリーに馬來糕マーラーカオを差し出される。始めて見る蒸しパンのようなそれの匂いを嗅ぐと、何とも甘い匂いがしてウルリッカは大きな口で齧り付く。
　感想も何も言わずに食べ続けるウルリッカを何が楽しいのか楽しそうに見つめてくるギャリー。普通ならばそんなに見つめられたら食べ辛いだろうが、ウルリッカはそんなことを気にする女ではないし、第一、美味しい物を食べる方が忙しいので黙々と噛んで咀嚼する。
「あら、ウルちゃん。こんな所にいたのねー」
　ふと聞き覚えのある声がウルリッカを呼んだ。それはウルリッカと同じ前線駆除リンツ・ルノース班第六小隊に所属する機械人形マス・サーキュのシリルだった。シリルはウルリッカの隣に座る男の正体に気付くとニコリと笑いかける。
「うちの主人マキールがアナタは今日は出勤だと言っていた筈なのだけど、ワタシの勘違いだったのかしら？」
「休憩中で…… 」
「あらぁ？ココは随分と経理部から遠い休憩所よ？不思議ねぇー」
　揶揄う口調でギャリーに問い掛けているシリルを横目にウルリッカは馬來糕マーラーカオを完食する。そこで自分の携帯端末に着信が来ていることに気付いた。ギャリーとシリルの会話をＢＧＭのように聞き流しながら携帯端末のメッセージを確認する。差出人は前線駆除リンツ・ルノース班第三小隊のセリカ・ミカナギだ。珍しい人からのメッセージだと思いながら内容を見てみることにする。

『経理部のファンさんがお菓子を持ってきてくれると思いますが、必ず「ちゃんと経理部帰ってね」と一言添えて送り出して下さい』

　メッセージ内容はそれだけだった。しかし、これはまさに今の状況で言わなきゃいけない言葉ではないだろうか。ウルリッカは端末をポケットにしまうと、クイクイとギャリーの服を引っ張る。
「ん？どした？」
「ギャリー、ごちそうさまでした」
　まずは美味しいものを食べさせて貰ったお礼を言うとギャリーは優しく笑う。
「あと……ちゃんと経理部帰ってね？」
　ウルリッカがそう言った瞬間、ギャリーの笑顔が固まった。ギャリーと会話の応酬を繰り広げつつもウルリッカが携帯端末を開いて何かを見ていたことを確認していたシリルは、それを聞いて軽やかな笑い声をたてる。
「どうやらアナタの行動はまるっとお見通しみたいね」
「それ、セリカちゃんかや？」
　困った顔になったギャリーに問い掛けられて、ウルリッカは隠しておく理由もないので素直に頷いた。それを見ると、溜息をついてギャリーは天を仰ぐ。
「少し経ったら行くのでひとっきらしだら行くで……もう少し居て良い？」
「ダメよ」
　意外にもギャリーに厳しいのはシリルだった。
「ワタシだって主人マキールから、ウルちゃんの所にアナタが来たら早く経理部に帰してくれってお願いされてるのよ。そんなワケでさっさと帰って頂戴」
「シリル、俺に冷たくない？」
「だって、さっき連絡が来たアルが本当に泣きそうだったんだもの。ギルバートがすっごい怒ってて怖いって」
　一応は主人マキールの身の安全と精神の安定を第一に考えてあげるのが機械人形マス・サーキュというものであろう。シリルとしてはギャリーがサボることでアルヴィの胃痛が進行しては困るのだ。
「お兄ちゃん、困ってる？」
「ええ、アルはとっても困ってる様子だったわ」
　アルヴィ本人の前では滅多に呼ばない『お兄ちゃん』呼びをしたウルリッカは考えた。日頃はアルヴィのことを嫌っている発言の多いウルリッカだが、それでも兄は兄。彼が困るのは嫌だ。
　ウルリッカの黒目がちな目が懇願するような色を得てギャリーを見る。
「帰ろ？」
　哀れ、ギャリー・ファン。
　彼は女性のお願いを断れる男ではなかった。
「 ……そいじゃ、一緒に行きましょうえんましょや」
　彼の言う「えんましょや」の意味は分からなかったが、ギャリーが立ち上がってウルリッカを見るので「一緒に行こう」みたいな意味と判断したウルリッカは頷いて立ち上がる。
「途中までなら」
　経理部に顔を出したりなんかしたらアルヴィがうるさいのは分かっているので、そこだけは念を押しておく。その辺の兄妹事情を察しているギャリーは苦笑いを浮かべると、そろそろ戻らなければならない時間だったのもあってウルリッカとシリルをお供に大人しく経理部への道を歩き出したのだった。

ユキヤナギとルピナス

「薄紅色が甘い蓮蓉包リエンロンバオ、黄色も甘い奶皇包ナイウォンバオで、こっちはカスタードクリーム入りらしいですぅ。でも、セリカのお姉様へのお勧めはこの一番普通の包子パオズですぅ」
　ギャリーから貰った包子パオズをバーティゴに差し出しながらセリカは悪意の一欠片も見せない笑顔を浮かべていた。そんな部下にバーティゴも微笑む。
「セリカのお勧めだけ中身を言わないのね。何が入っているのかしら？」
「其れは食べてからのお楽しみですぅ」
　微笑み合う小隊長とその部下。傍目から見れば微笑ましいお茶会の一幕だ。
　ニコニコニコニコ。
　先に笑みを引っ込めたのはセリカだった。降参とばかりに小さく両手を上げる。
「 ……セリカのお勧めはお肉と茸でしたぁ」
「そう。それじゃあ薄紅色の物を貰おうかしら」
「はい」
　負けを認めたセリカは大人しくバーティゴに蓮蓉包リエンロンバオを渡した。目の悪いバーティゴにこっそり茸入りを渡そうなんていう悪いことは決してしない。
　バーティゴは茸が嫌いである。彼女曰く「きのこが何で嫌いかって？専門家だって間違う事もある上に生食ほぼ不可、加えて食べてもカロリー少な過ぎる。山で物資無し、きのこと籠城なんてなったらそれこそ生きられないわよ。あんなんダイエットしたい奴だけが食う食いモンだわ」とのことだ。しかし、セリカにとっては大好物。愛する小隊長にも美味しさを分かってもらいたいと思うのは我儘なのだろうか。茸、美味しいのに。
「赤茶色の彼は、それは貴女にって持ってきたのではなくて？」
「その通りですぅ……さすがお姉様、見てたかのように分かってらっしゃいますね」
「貴女に気があって持ってきてたりして」
　包子パオズをちぎって口に運んでいたセリカの手が止まる。
「お姉様。ファンさんは誰にでも軟派な態度を取る方ですよぉ？」
「そうかしら？そういえば汚染駆除ズキサ・ルノース班にも似たようなのがいるわね。ほら、砂色髪の」
　同じ義肢を持つ身同士の為、バーティゴは砂色髪の――テオフィルス・メドラーと面識があった。彼もギャリーと同じくバーティゴのことを臆面も無く「エレオノーラちゃん」と呼ぶ男である。
　バーティゴの言葉に、セリカの顔が珍しいことに渋面になった。
「あちらは余計に駄目ですぅ。あの人と同じ髪色で不快なんですぅ」
　セリカが“ あの人 ”と呼ぶのは「ケンズの悲劇」で亡くなった旦那、ベンジャミン・ピンカートンに他ならず、バーティゴは意図せずセリカの地雷を踏み抜いていた事を悟る。今後、汚染駆除ズキサ・ルノース班の砂色髪の彼の話はセリカの前でするまいと誓いながらバーティゴは話を打ち切るようにお茶を啜った。
「男なんて皆同じですぅ。どうせ淑やかで三歩引いて歩いて常に男を立ててやるような女が皆好きなんですぅ…… 」
　いじけたようにセリカは包子パオズをちぎった。

　*　*　*

「セリカ!! 」
「あらぁ、ベネットさん。今日和」
　前線駆除リンツ・ルノース班の待機室に一人でいたセリカの元にギルバートがやってきた。今日もギルバートは誰かを探しているようだ。誰か、と言ってみているが就業時間にギルバートが血相変えて探している人間といえばたった一人――ギャリー・ファンしかいない。
「ギャリーは来ていないか？」
「はい。今日はお会いしてませんねぇ」
「外れか……ギャリーめ、僕から逃げられると思うなよ」
　ギルバートの言葉は聞きようによってはギャリーが以前言っていた『一々エロ同人みたく聞こえたもんでそれ指摘したら勝手に自滅した』と同じような言葉だったのだが、その『エロ同人』とやらを分かっていないセリカはその言葉を聞き流す。
「もし来たら連れ戻すように協力してくれ」
「畏まりましたぁ」
　楚々と手を振ってギルバートを見送ったセリカは扉が閉まると浮かべていた笑みを消して振り返った。振り返ると、もうそこには先程まで隠れていたはずのギャリーが堂々と座っている。
「ベネットさん、怒ってますよぅ？」
「まぁずギルバートには困ったもんだ」
「困っているのはベネットさんだと思いますけどぉ」
　呆れた顔をするセリカをギャリーは手招いた。ギャリーを害の無い男と看做しているセリカは何の抵抗もなく彼に近付く。
「今日は龍鬚糖ロンシュータン。あがっとくれや」
「有難う御座います」
　ギャリーから手渡されたのは蚕の繭のような不思議な物体だった。飴と言っていたし貰ったものを食べないのは失礼に値すると考えたセリカは特に抵抗なく口にする。
　飴と言っていたので口の中で転がすものを想像していたのだが、予想に反してサクサクとした食感に驚く。蜂蜜の甘さとナッツの香ばしさが同時に口内に広がった。
　不思議な顔をして龍鬚糖ロンシュータンを食べきったセリカの肩をさり気なくギャリーが抱いてきたので、その手をぺしぺしと叩く。
「離して下さいな。お姉様に言い付けますよぉ？」
「今日もセリカちゃんはツレないねぇ…… 」
「ツレなくなかったら困る癖に。大人を揶揄からかわないで下さーい」
　そう言って更にぺしぺしと手を叩き続けるとようやく解放された。
　解放されたセリカは何気ない顔をしているが、内心は心臓が口から出てきそうな程緊張していた。その緊張がギャリーには伝わっていないことを切に願う。
　今までセリカの周りにいた男性といえば父と祖父と旦那くらいのもので、誰もがギャリーのように簡単に「かわいい」なんて言わないし、こんな簡単にボディタッチもしてこない。人生そこそこ生きてきて、こういう男性は始めてだ。
「俺は別にセリカちゃんがツレなくない方が良いけど」
　しれっと言い放つギャリーに、セリカはあくまでも男の対応に慣れた女のような顔をして微笑む。
「どうだろう？今夜ご予定は……？」
「 ……良いですよぉ」
「え!? 」
「ふふっ、嘘ですぅ。それより、そろそろお姉様や他の皆も戻ってくると思うのでお帰りいただいて宜しいですかぁ？」
　犬でも追い払うような仕草を見せると再びギャリーから「ツレない」という言葉が帰ってくるが、セリカは何も気にしていませんとばかりの顔でギャリーを見る。取り付く島がないセリカに、肩を竦めてギャリーは「医療ドレイル班で癒されてくる」と待機部屋を出ていった。
　部屋に一人になったセリカは、少し考えて携帯端末を手に取る。打ち込むメッセージは簡潔に。
『ファンさんは医療ドレイル班に向かいました』
　宛先は当然、ギルバートだ。此処で十分休んだのだから、今日はもうギャリーにも働いてもらっていいだろう。

――数分後、医療ドレイル班でヴォイドにデレデレしていたギャリーは魔王か悪神かと見まごうような顔をしたギルバートに経理部へ連れ戻されることになるのだが、それはまだ誰も知らない。

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