生きる為に、食い倒れ／燐花
最終更新：
rinka_creation 2021年01月06日(水) 19:57:38履歴
ミクリカ食い倒れ祭のお知らせ 
買ったばかりの重たい医学書や思わず買わずにはいられなかったカレーパンとクリームシチューのパイ包みを抱えヴォイドは信号を見た。そう言えば表で仕事する様になってからこんな風に信号を待つ様になったな、外に出る時は服もちゃんと制服のスクラブをなるべく着ているし。これも生活が安定してこその心の余裕だろうか。
現在衣食住にも困っていないから結社と言う拠り所が出来て良かったし、初めてタダでは死ななそうな生命力の強い人間達に囲まれ色々と面白い発見も出来ている。だが、まだ街の様子を見ていると不安にもなってしまう。自分達の生活を潤わすには言わずもがな結社以外の世界が程々に活気付いていて且つ自分達を必要としてくれている状況が大前提だ。必要とされても対価を払えない世界ならタダ働きになるし、かと言って結社が必要ない程何事もなかった様に即座に戻ってしまっては仕事がなくなる。立場を考えればとりあえず今のバランスで問題ないが、それでもたまには何か、何かあっても良い。そんな事を考えていた。
「そこのお嬢さん、チラシもらってってくれ！」
信号が変わっても動かないでいたヴォイドに大層太った男がキリリと顔を決め、ポーズも決めながら声を掛ける。ヴォイドは瞬時に現実に引き戻され、何の事かと男を見た。
「キャッチ？」
「違う違う、そんなんじゃないよ。まあ、お嬢さんが売り子してくれるなら俺ァ大歓迎だけどな！」
「え？ウリ？私ウリはやんないよ」
「違う違う、ウチの店の看板娘みたいな…ってお嬢さん何の話をしてるんだい？」
そう言われてやっとヴォイドは彼との意思の疎通が会話の大暴投気味になっている事に気が付いた。よくよく差し出されたチラシを見ると、この周辺で祭を催す案内だとあった。
「お祭？」
「ああ、俺の店も屋台出すんだよ。名付けてミクリカ食い倒れ祭！！大変な事になったこの地で祭の日だけのメニューを出すんだ！！」
「食い倒れ…！？」
「そのメニューも普段は店が従業員に振る舞う賄いをメインにしてるから中には表に出ない幻の絶品料理や本来裏メニューだったものなんかもあるかもなァ！！」
「絶品裏メニュー…！？」
「おまけに、たくさんの人に色んな店の料理を食べてもらいたいから料理はファーストフードよろしく早い！ただし一食の量はそんなに多くない。その代わり、値段も格安と来たもんだ！！」
「え、それは普通の量にしたら一単価が高くなる計算式とか…」
「細けぇ事は良いんだって！お嬢さんなら細身だしそんなに食わんだろ？それよりも大事なのは、複数店舗で食い繋いで食の数珠つなぎをして欲しい事なのよ…！！」
何か良い事言った風の男は再度ビシッとポーズを決める。と言うか、話から察するにこの太った男は料理人なのか、確かに肉の丸焼きとか作っていそうな豪快な見た目はしているが言われなければ料理人には見えない。
「なるほど。で？おじさん何の店の人？」
「俺かい？俺は雑貨屋」
「まさかの食べ物じゃない」
「祭で出す屋台で目玉商品のアロマ付きおしぼりを配る予定だ」
「さっきまでの食への熱量何なの」
「とにかく俺は食べるのが好きなんだ…！」
「なら何故アロマの道に…」
兎にも角にも、チラシをもらったヴォイドの胸の内では沸々と食い倒れへの意欲が燃え始めていた。そんなヴォイドに更なる追い風の如く男は言った。
「条件次第で特別なデザートなんかもあってな…？」
「そこ、詳しく──」
現在衣食住にも困っていないから結社と言う拠り所が出来て良かったし、初めてタダでは死ななそうな生命力の強い人間達に囲まれ色々と面白い発見も出来ている。だが、まだ街の様子を見ていると不安にもなってしまう。自分達の生活を潤わすには言わずもがな結社以外の世界が程々に活気付いていて且つ自分達を必要としてくれている状況が大前提だ。必要とされても対価を払えない世界ならタダ働きになるし、かと言って結社が必要ない程何事もなかった様に即座に戻ってしまっては仕事がなくなる。立場を考えればとりあえず今のバランスで問題ないが、それでもたまには何か、何かあっても良い。そんな事を考えていた。
「そこのお嬢さん、チラシもらってってくれ！」
信号が変わっても動かないでいたヴォイドに大層太った男がキリリと顔を決め、ポーズも決めながら声を掛ける。ヴォイドは瞬時に現実に引き戻され、何の事かと男を見た。
「キャッチ？」
「違う違う、そんなんじゃないよ。まあ、お嬢さんが売り子してくれるなら俺ァ大歓迎だけどな！」
「え？ウリ？私ウリはやんないよ」
「違う違う、ウチの店の看板娘みたいな…ってお嬢さん何の話をしてるんだい？」
そう言われてやっとヴォイドは彼との意思の疎通が会話の大暴投気味になっている事に気が付いた。よくよく差し出されたチラシを見ると、この周辺で祭を催す案内だとあった。
「お祭？」
「ああ、俺の店も屋台出すんだよ。名付けてミクリカ食い倒れ祭！！大変な事になったこの地で祭の日だけのメニューを出すんだ！！」
「食い倒れ…！？」
「そのメニューも普段は店が従業員に振る舞う賄いをメインにしてるから中には表に出ない幻の絶品料理や本来裏メニューだったものなんかもあるかもなァ！！」
「絶品裏メニュー…！？」
「おまけに、たくさんの人に色んな店の料理を食べてもらいたいから料理はファーストフードよろしく早い！ただし一食の量はそんなに多くない。その代わり、値段も格安と来たもんだ！！」
「え、それは普通の量にしたら一単価が高くなる計算式とか…」
「細けぇ事は良いんだって！お嬢さんなら細身だしそんなに食わんだろ？それよりも大事なのは、複数店舗で食い繋いで食の数珠つなぎをして欲しい事なのよ…！！」
何か良い事言った風の男は再度ビシッとポーズを決める。と言うか、話から察するにこの太った男は料理人なのか、確かに肉の丸焼きとか作っていそうな豪快な見た目はしているが言われなければ料理人には見えない。
「なるほど。で？おじさん何の店の人？」
「俺かい？俺は雑貨屋」
「まさかの食べ物じゃない」
「祭で出す屋台で目玉商品のアロマ付きおしぼりを配る予定だ」
「さっきまでの食への熱量何なの」
「とにかく俺は食べるのが好きなんだ…！」
「なら何故アロマの道に…」
兎にも角にも、チラシをもらったヴォイドの胸の内では沸々と食い倒れへの意欲が燃え始めていた。そんなヴォイドに更なる追い風の如く男は言った。
「条件次第で特別なデザートなんかもあってな…？」
「そこ、詳しく──」
さて誰を誘おうか
ヴォイドは珍しくとんでもない大きさの溜息を吐いた。チラシにも書いてあるし、あの男はこう言っていた。
「復興は勿論の事、お祭りらしい盛り上げが不可欠なんだよ。ここで作られる料理は、人が多過ぎて足りなくなるくらいが理想なんだ。それだけミクリカのシェフの腕やケンズの農作物が必要とされてるって証明がな？だからこそお客さんには複数人やグループでご来店頂くと嬉しいんだよ。お代わりは一人一回まで。だが二人以上で来ればデザートチケットも配る。特に今回は初めてだから特別デザートは夫婦や恋人と分かるお客さんに食べてもらう予定だ。これは裏メニューの更に裏メニューみたいなシステムでな？チラシ配ってるやつから直接聞いた客だけが受けられるものなんだ」
同性でも恋人と言えば大丈夫だから友達同士でも良いと言うガバガバな規定ではあるが、盛り上がる事を前提に考えると一人でくる客より二人以上のグループで来る客をもてなしたい、有難いと思うのはまあ分かる。お一人様は今回の祭であまり恩恵は受けられない。
周りをキョロキョロ見回してヴォイドは溜息を吐いた。自分に友達なんて居ない。居なくて良かったのだが、こう言う目的が関わってくるとなると別だ。これは言わばグループミッションだ。組むにしても目的を同じとする人間が居てくれなければはじめの一歩も踏み出せない。
モヤモヤと頭の中に結社で知り合った人達を片っ端から浮かべてみる。
エルナー一家。家族水入らずで休みの日を過ごす事も多いだろうし、工具の博覧会ならまだしも食べ物で食いつくかはまた違う話な気がする。それに、夫婦にだけ適応されて特別デザートをもらったとして、それを食べたいから呼んだのだと横取りするのは流石に厚かましすぎる。今後の生活に支障を来す恐れがあるので却下。同様の理由でアペルピシアとスレイマンカップルも。
ネビロス。互いにあまり愛想が良く無いので深い仲を偽るのも無理がある。友達としてすら難しそうだし一緒にいて互いに疲れる相手を伴って食べる食事は食事に失礼だ。それに、ミアの事もあるし、ネビロス一人連れ出すのは気が引ける。ん？ならばミアを伴えば良いのか？いやいや、それこそエルナー一家達を除外した理由と被ってしまうから結局駄目(ただし、催し物がある事だけはミアにも伝えておこう)。
ジークフリート。ノエ。フユ。そもそも皆機械人形だ。飲食オプションの有無は聞いていないが付いているアサギが特殊なわけで無い可能性の方が高い。それにテロのあった地に彼らを連れて行くのはリスキーすぎるし過敏な反応をする人も中にはいる筈だ。見つかったら騒ぎになるだろう。そもそも機械人形は頭数に入れない前提だろうな、どう考えても。
テオフィルス。結社以前からの仲だし連れて行くには一番気心知れている気もするが、そこまで考えてやめた。大人数を求められる祭、人が多くなるだろう事は確定なのだ。そこに義足の彼を連れて行くのは歩くのに不便な事もあるだろう。彼が事故に遭った直後の痛々しいあの足が脳裏に蘇る。義足は痛みを伴うしそもそもまだ義足で歩くのに慣れていない可能性もある。先日書類を見たらあまりリハビリに顔も出していない様だし、流石に彼に対して医者としての目を外す事は出来なかった。
となると。
ヴォイドは立ち上がり、深い闇色をした髪の人物目掛け席を移動した。手に持つプレートを彼の向かいの席にトンと置く。彼は、髪と同じ闇色の目を特に泳がす事はなく、優雅に食事を続けている。
「やあ、どうしたんだい？ホロウ君」
「やあ、ユウヤミ。食べるのは好き？」
言いながらヴォイドはユウヤミの前にチラシを置く。ユウヤミは一瞥するとまた食事に向き直った。
「まあ、嫌いでは無いねぇ」
「ここに行きたい。ここのシステムを最大限利用して尚且つ双方に利益のある行き方をしたい」
「へぇ…」
チラシを見つめながらユウヤミは自分の頭を指でトントンと小突く。目は右へ左へ小刻みに動き、一瞬だけ大きく息をした。
「確かに、これを見るに私はホロウ君の要求に合致する率は百パーセントだねぇ。そんなお誘いをしに来てくれたんじゃ無いのかい？」
「うん。どうしても食べたいから、恋人のフリして欲しい」
「…そこまでしてこの特別デザート食べたいのかい？」
「それもあるし、ユウヤミなら妙案を思いつくんじゃないかって」
「まあ、もう浮かんでいるけどもねぇ〜…。恋人は、フリだけで良いのかい？」
「うん、どっちでも」
「…本当面白いなホロウ君は。ただのお誘いだけでも良かったんだけど…」
ユウヤミは改めてチラシに目をやる。シチュエーション、そしてロケーション、悪くない。
「…良いよ。費用は一旦全額私持ちで、行こうか？」
「良いの？」
「ん？全く狡い人だなぁ…君は。最初から断られるつもりなんてなかっただろ？」
「まあ、少しは」
「そう言うところ、面白いから嫌いじゃないよ。では私は前準備でもしようか」
ユウヤミにとって何が魅力的だったか。それは「システムを最大限利用して尚且つ双方に利益のある行き方をしたい」と言う依頼に集約されていた。ヴォイドの目的は複数人で行く事で貰えるデザートなので、ユウヤミが行くと言えば彼女の目的はほぼ達成される。しかし、あくまで取引として言ったのだ。「双方に利益ある」と。つまり彼女は遠回しに「これを使って遊んでも良い」と言ったのだ。
「さて、たまにはこんなのも面白いかもねぇ…」
「復興は勿論の事、お祭りらしい盛り上げが不可欠なんだよ。ここで作られる料理は、人が多過ぎて足りなくなるくらいが理想なんだ。それだけミクリカのシェフの腕やケンズの農作物が必要とされてるって証明がな？だからこそお客さんには複数人やグループでご来店頂くと嬉しいんだよ。お代わりは一人一回まで。だが二人以上で来ればデザートチケットも配る。特に今回は初めてだから特別デザートは夫婦や恋人と分かるお客さんに食べてもらう予定だ。これは裏メニューの更に裏メニューみたいなシステムでな？チラシ配ってるやつから直接聞いた客だけが受けられるものなんだ」
同性でも恋人と言えば大丈夫だから友達同士でも良いと言うガバガバな規定ではあるが、盛り上がる事を前提に考えると一人でくる客より二人以上のグループで来る客をもてなしたい、有難いと思うのはまあ分かる。お一人様は今回の祭であまり恩恵は受けられない。
周りをキョロキョロ見回してヴォイドは溜息を吐いた。自分に友達なんて居ない。居なくて良かったのだが、こう言う目的が関わってくるとなると別だ。これは言わばグループミッションだ。組むにしても目的を同じとする人間が居てくれなければはじめの一歩も踏み出せない。
モヤモヤと頭の中に結社で知り合った人達を片っ端から浮かべてみる。
エルナー一家。家族水入らずで休みの日を過ごす事も多いだろうし、工具の博覧会ならまだしも食べ物で食いつくかはまた違う話な気がする。それに、夫婦にだけ適応されて特別デザートをもらったとして、それを食べたいから呼んだのだと横取りするのは流石に厚かましすぎる。今後の生活に支障を来す恐れがあるので却下。同様の理由でアペルピシアとスレイマンカップルも。
ネビロス。互いにあまり愛想が良く無いので深い仲を偽るのも無理がある。友達としてすら難しそうだし一緒にいて互いに疲れる相手を伴って食べる食事は食事に失礼だ。それに、ミアの事もあるし、ネビロス一人連れ出すのは気が引ける。ん？ならばミアを伴えば良いのか？いやいや、それこそエルナー一家達を除外した理由と被ってしまうから結局駄目(ただし、催し物がある事だけはミアにも伝えておこう)。
ジークフリート。ノエ。フユ。そもそも皆機械人形だ。飲食オプションの有無は聞いていないが付いているアサギが特殊なわけで無い可能性の方が高い。それにテロのあった地に彼らを連れて行くのはリスキーすぎるし過敏な反応をする人も中にはいる筈だ。見つかったら騒ぎになるだろう。そもそも機械人形は頭数に入れない前提だろうな、どう考えても。
テオフィルス。結社以前からの仲だし連れて行くには一番気心知れている気もするが、そこまで考えてやめた。大人数を求められる祭、人が多くなるだろう事は確定なのだ。そこに義足の彼を連れて行くのは歩くのに不便な事もあるだろう。彼が事故に遭った直後の痛々しいあの足が脳裏に蘇る。義足は痛みを伴うしそもそもまだ義足で歩くのに慣れていない可能性もある。先日書類を見たらあまりリハビリに顔も出していない様だし、流石に彼に対して医者としての目を外す事は出来なかった。
となると。
ヴォイドは立ち上がり、深い闇色をした髪の人物目掛け席を移動した。手に持つプレートを彼の向かいの席にトンと置く。彼は、髪と同じ闇色の目を特に泳がす事はなく、優雅に食事を続けている。
「やあ、どうしたんだい？ホロウ君」
「やあ、ユウヤミ。食べるのは好き？」
言いながらヴォイドはユウヤミの前にチラシを置く。ユウヤミは一瞥するとまた食事に向き直った。
「まあ、嫌いでは無いねぇ」
「ここに行きたい。ここのシステムを最大限利用して尚且つ双方に利益のある行き方をしたい」
「へぇ…」
チラシを見つめながらユウヤミは自分の頭を指でトントンと小突く。目は右へ左へ小刻みに動き、一瞬だけ大きく息をした。
「確かに、これを見るに私はホロウ君の要求に合致する率は百パーセントだねぇ。そんなお誘いをしに来てくれたんじゃ無いのかい？」
「うん。どうしても食べたいから、恋人のフリして欲しい」
「…そこまでしてこの特別デザート食べたいのかい？」
「それもあるし、ユウヤミなら妙案を思いつくんじゃないかって」
「まあ、もう浮かんでいるけどもねぇ〜…。恋人は、フリだけで良いのかい？」
「うん、どっちでも」
「…本当面白いなホロウ君は。ただのお誘いだけでも良かったんだけど…」
ユウヤミは改めてチラシに目をやる。シチュエーション、そしてロケーション、悪くない。
「…良いよ。費用は一旦全額私持ちで、行こうか？」
「良いの？」
「ん？全く狡い人だなぁ…君は。最初から断られるつもりなんてなかっただろ？」
「まあ、少しは」
「そう言うところ、面白いから嫌いじゃないよ。では私は前準備でもしようか」
ユウヤミにとって何が魅力的だったか。それは「システムを最大限利用して尚且つ双方に利益のある行き方をしたい」と言う依頼に集約されていた。ヴォイドの目的は複数人で行く事で貰えるデザートなので、ユウヤミが行くと言えば彼女の目的はほぼ達成される。しかし、あくまで取引として言ったのだ。「双方に利益ある」と。つまり彼女は遠回しに「これを使って遊んでも良い」と言ったのだ。
「さて、たまにはこんなのも面白いかもねぇ…」
走れヨダカ
ヨダカは激怒した。彼が人間であったなら。
何だかいそいそと準備をしているユウヤミが気になった時、もっと警戒しておけば良かった。まさかこんな形で居なくなられるとは。時を戻そうったって戻るわけもなし、面倒な事になったなとヨダカは思考回路を巡らせた。
「…やってくれますねあの放蕩主人め……」
今日、ヨダカはユウヤミを見ていない。何かを察知し探しに動けば、総務部が書類を届けに来た。経理部もだ。受け取り、内容を確認してこれがユウヤミの大掛かりないたずらであると気付いたヨダカは、もしこれが人間ならばストレスで禿げるんじゃないかと思ったりもした。
「ミクリカの復興祭を通じてテロ後の街の復興度合い、ケンズで採れる作物の実り具合の確認、及び前線駆除班としてトラブルの早期粛清に準ずる行為があったか否か」
「先の第六小隊が鎮圧したテロに協力してくれた一般市民への感謝状授与、及び接待」
この二つに関する書類をいっぺんに持って来られたという事はつまり、今日都合良くこれらを満たせるところに一人で向かっているのか…？いや、一人でと言うのは許されるはずが無い。
だが先ずは、ユウヤミの行き先を探さなければ。
ヨダカは部屋のあらゆるものをひっくり返し証拠を探した。勿論、ひっくり返したらちゃんと元に戻すのも抜かりない。しかしどれだけ暴いてもこれと言ってヒントは得られなかった。
何となく何を目的にしているか朧げに見えて来た今、どこか或いは誰かにヒントを残している事にヨダカは確信を持っていた。とりあえず第六小隊の誰かに聞いてみようかと思い立ち部屋を出る。すると、ユウヤミに用事でもあったのかウルリッカがこちらに向かって歩いて来るのが見えた。
「ウル、ちょうど良いところに。主人を探しているんです。おそらく今外にいると思うんですが何か聞いていませんか？」
「それを言いに来た。隊長から伝言」
言うが早いかガサゴソとポケットを弄り中から紙切れを取り出す。ウルリッカは咳払いすると「では朗読」とそれを読み上げた。
「ヨダカ、マルムフェ君からこれを聞いていると言う事はとうとう私の痕跡は見付けられなかった様だね、残念だなぁ。本当に、本当に残念だ。まさかヨダカの情報収集の能力はこんなにも、さながら冬眠明けの熊の如く、のろ」
「ストップ。その侮辱はまだ続きます？」
「もう少しある。ちなみに愛のメッセージは別バージョンあって…」
「もう良いです、本題に入ってください！」
「まだ五パターンあるんだけど」
冒頭のからかいだけを変えた手紙をウルリッカは取り出す。ヨダカはそれを受け取り確認するとシュレッダーの如く粉々にした。
「はい、本題」
「うん。さて、私は今ホロウ君と行動を共にしているから心配しないでくれ。ちょっとしたデートに誘われてしまってね、行ってくるだけだよ。無論、外泊はしないので安心して欲しい。当然、彼女を連れて駆け落ちするなんて事も無いから安心して欲しい」
「逆にしつこ過ぎてやりそうな書き方しますね…」
「これを聞いて君の立場上動かない訳には行かないだろうねぇ。私はミクリカで生存者が…んん…？」
「粛々と」
「しゅく…？しゅくと日々を過ごしているのではなく、すでに現状から…ぃ…ん〜…」
「乖離」
「かい、り、して復興している事を願い…」
「ウル、悪い事は言わないのでそれ貸してください、私が読みます」
「でも、『所感を述べるのならばここはマルムフェ君に書簡を託し、文質彬彬な彼女に読み上げを任せるのが最適であると思う』って書いてある」
「あ、そこ読めるなら他もスムーズにお願いします」
要するに「ミクリカの食べ放題フェスにヴォイドと行くからね」と書かれた手紙を何やかんやあって三十分掛けて読み上げたヨダカは考えた。
まさか、相手はヴォイドだ。岸壁街出身の闇医者と二人での行動なぞ許されるはずがない。つまり自分はここで彼を見失っている場合では無いのだ。
「こうしてはいられません、主人を探しに行かなくては」
「隊長を？探しに行くの？」
「ええ。残念ながら私は機械人形なので結社の敷地から一体で出られません。なのでウル、私の責任者となってミクリカへ主人を探しに行くのに同行して下さい」
「うん、了解…！」
そう言ってウルリッカはごそごそと懐を漁る。出て来たのは帽子とコートだ。
「私、ハンチングが良い」
「…何ですか？これ」
「隊長からね、ヨダカと行動する際これを着なさいって。探偵ごっこを楽しみなさいって言われた」
この程度の先回りはユウヤミにとって朝飯前だろうが、どうも今回の件全体が彼の手の平の上の様な気がしてならない。ここで自分とウルリッカが探偵ごっこに勤しむのもきっと楽しんでいるなあの主人は。ヨダカは色々思いつつもウルリッカに促されるままキャスケットとコートを羽織る。
帽子に上品なインバネスコート。それはイメージし得る「フィクションの中の探偵」の姿だった。
「…これ逆に目立ちますね」
「つけ髭ももらったよ」
「付けなくて良いと思います」
何だかいそいそと準備をしているユウヤミが気になった時、もっと警戒しておけば良かった。まさかこんな形で居なくなられるとは。時を戻そうったって戻るわけもなし、面倒な事になったなとヨダカは思考回路を巡らせた。
「…やってくれますねあの放蕩主人め……」
今日、ヨダカはユウヤミを見ていない。何かを察知し探しに動けば、総務部が書類を届けに来た。経理部もだ。受け取り、内容を確認してこれがユウヤミの大掛かりないたずらであると気付いたヨダカは、もしこれが人間ならばストレスで禿げるんじゃないかと思ったりもした。
「ミクリカの復興祭を通じてテロ後の街の復興度合い、ケンズで採れる作物の実り具合の確認、及び前線駆除班としてトラブルの早期粛清に準ずる行為があったか否か」
「先の第六小隊が鎮圧したテロに協力してくれた一般市民への感謝状授与、及び接待」
この二つに関する書類をいっぺんに持って来られたという事はつまり、今日都合良くこれらを満たせるところに一人で向かっているのか…？いや、一人でと言うのは許されるはずが無い。
だが先ずは、ユウヤミの行き先を探さなければ。
ヨダカは部屋のあらゆるものをひっくり返し証拠を探した。勿論、ひっくり返したらちゃんと元に戻すのも抜かりない。しかしどれだけ暴いてもこれと言ってヒントは得られなかった。
何となく何を目的にしているか朧げに見えて来た今、どこか或いは誰かにヒントを残している事にヨダカは確信を持っていた。とりあえず第六小隊の誰かに聞いてみようかと思い立ち部屋を出る。すると、ユウヤミに用事でもあったのかウルリッカがこちらに向かって歩いて来るのが見えた。
「ウル、ちょうど良いところに。主人を探しているんです。おそらく今外にいると思うんですが何か聞いていませんか？」
「それを言いに来た。隊長から伝言」
言うが早いかガサゴソとポケットを弄り中から紙切れを取り出す。ウルリッカは咳払いすると「では朗読」とそれを読み上げた。
「ヨダカ、マルムフェ君からこれを聞いていると言う事はとうとう私の痕跡は見付けられなかった様だね、残念だなぁ。本当に、本当に残念だ。まさかヨダカの情報収集の能力はこんなにも、さながら冬眠明けの熊の如く、のろ」
「ストップ。その侮辱はまだ続きます？」
「もう少しある。ちなみに愛のメッセージは別バージョンあって…」
「もう良いです、本題に入ってください！」
「まだ五パターンあるんだけど」
冒頭のからかいだけを変えた手紙をウルリッカは取り出す。ヨダカはそれを受け取り確認するとシュレッダーの如く粉々にした。
「はい、本題」
「うん。さて、私は今ホロウ君と行動を共にしているから心配しないでくれ。ちょっとしたデートに誘われてしまってね、行ってくるだけだよ。無論、外泊はしないので安心して欲しい。当然、彼女を連れて駆け落ちするなんて事も無いから安心して欲しい」
「逆にしつこ過ぎてやりそうな書き方しますね…」
「これを聞いて君の立場上動かない訳には行かないだろうねぇ。私はミクリカで生存者が…んん…？」
「粛々と」
「しゅく…？しゅくと日々を過ごしているのではなく、すでに現状から…ぃ…ん〜…」
「乖離」
「かい、り、して復興している事を願い…」
「ウル、悪い事は言わないのでそれ貸してください、私が読みます」
「でも、『所感を述べるのならばここはマルムフェ君に書簡を託し、文質彬彬な彼女に読み上げを任せるのが最適であると思う』って書いてある」
「あ、そこ読めるなら他もスムーズにお願いします」
要するに「ミクリカの食べ放題フェスにヴォイドと行くからね」と書かれた手紙を何やかんやあって三十分掛けて読み上げたヨダカは考えた。
まさか、相手はヴォイドだ。岸壁街出身の闇医者と二人での行動なぞ許されるはずがない。つまり自分はここで彼を見失っている場合では無いのだ。
「こうしてはいられません、主人を探しに行かなくては」
「隊長を？探しに行くの？」
「ええ。残念ながら私は機械人形なので結社の敷地から一体で出られません。なのでウル、私の責任者となってミクリカへ主人を探しに行くのに同行して下さい」
「うん、了解…！」
そう言ってウルリッカはごそごそと懐を漁る。出て来たのは帽子とコートだ。
「私、ハンチングが良い」
「…何ですか？これ」
「隊長からね、ヨダカと行動する際これを着なさいって。探偵ごっこを楽しみなさいって言われた」
この程度の先回りはユウヤミにとって朝飯前だろうが、どうも今回の件全体が彼の手の平の上の様な気がしてならない。ここで自分とウルリッカが探偵ごっこに勤しむのもきっと楽しんでいるなあの主人は。ヨダカは色々思いつつもウルリッカに促されるままキャスケットとコートを羽織る。
帽子に上品なインバネスコート。それはイメージし得る「フィクションの中の探偵」の姿だった。
「…これ逆に目立ちますね」
「つけ髭ももらったよ」
「付けなくて良いと思います」
老人と仮面の男
カラフルな装飾で飾られたミクリカの一画。簡易的に骨組みと布をあしらい大きなサーカスのテントの様。老若男女問わず皆が幸せそうに食事をしながら笑っている。この街であんな凄惨なテロがあったなんて誰が思うだろうか。ユウヤミは出店が並ぶその景色を見ながらティーカップに口付けると一口ゆっくりと含んだ。
「これは美味しい…茶葉もさる事ながら水が良いのですかねぇ」
「海洋深層水は紅茶やコーヒーの味を引き立ててくれますから。茶葉は南部の内陸部だと国内でも美味しいものが採れるそうですよ。相性の良い掛け合わせでこう言う場だと尚美味しいですね」
「お代わりしてくる」
ユウヤミはカップを置くと鞄から表彰状を取り出し目の前の白髪の目立つ男に渡す。今談笑中の男はミクリカの外れに住んでおり一般人である。少し前にユウヤミ率いる第六小隊のミクリカでの仕事で彼の内助の功に大分救われた場面があったのだった。
「グレイシーさん、先日はマルフィ結社前線駆除班第六小隊へのご協力ありがとうございました」
ユウヤミは恭しく頭を下げる。
「そんな、リーシェル小隊長さん。堅いのはやめてくださいよ」
「一応、形式がありますし敬意を払って倣おうかと思いましてねぇ」
「こんな表彰状まで頂いてお祭りまで来られて賑やかにご飯も食べられて…これ以上ないですよ」
「お代わり」
男、グレイシーは長らく一人で生活を営んできた。妻に早くに先立たれ、仕事一筋でやって来た彼は隣近所との交流も持てず、妻の葬儀を終えた後都市部からケンズ寄りの山の方に居を構えていた。
自然に囲まれ生活をしていたからか少し丸くなったかな？と悪戯っぽく笑った彼は、近くまで足を運んだ第六小隊にあらゆる物資を提供してくれた。まるで孫達の訪問を喜ぶ祖父の様だったと言う。
「ところで、小隊長さん」
「何でしょう？」
「こちらのお方は？」
こちらのお方、と指された方に目を向ける。いつものずり下がった服ではなく、ハリ感のあるトップスに、ベルトでウエストを締めたパンツに身を包んだいつになく大人な雰囲気を醸すヴォイド。浅いVネックに少しボリュームのある袖で胸が悪目立ちせず下品に見えない。この日の為にユウヤミが誂えたコーディネートだった。と言うのも、ヴォイドはそもそも服らしい服を持っていなかったのでついでに買ってあげたとも言う。
「彼女はマルフィ結社医療班のヴォイド・ホロウです。前線医療部隊に配属される事もあるので、どこかで彼女もお世話になる事があるかもしれないと思いまして」
「ふふふ、小隊長さん。私へのご紹介の為に連れて来られた訳ではないでしょう？」
グレイシーは何だか嬉しそうに笑いながらユウヤミに尋ねた。まあ確かに、正確に言うとヨダカを程よく刺激する為にと言うのか、ユウヤミなりの「二人以上で行動しているのだから結社から外には逃げません」のメッセージになると言うのはあるのだが。この老人の嬉しそうな顔を見て、当初の目的を思い出したのもあって少し彼に話を合わせる事にした。
「バレましたか。彼女がオフでしたし、今日は形こそお礼で参りましたがグレイシーさんなら同席に許容してくださると甘えたくなりまして」
ちらりと目を向ける。グレイシーの性格的に堅苦しくなり過ぎない方が良い、そして程良く親密みを見せ甘える様な動機をチラつかせた方が彼の気持ちは掴みやすい。
「小隊長さんも隅に置けませんね。でも、その方が良い。私の若い頃は表立って妻と歩けませんでした。つまらん恥じらいがそうさせまして。人に聞かれて彼女を、愛した女性ですと言う勇気が私になかったものですから」
そう言って少し恥ずかしそうに亡き妻との思い出を話すグレイシーを見て、ユウヤミの演じる「恋人への溺愛を隠しきれずにいる青年」の顔は彼に刺さったのだと確信した。
「それはそれで、一つの愛の形に私には思えますがねぇ」
「そうかもしれません。でも、きっと尋ねたら妻は言うでしょう。もうちょっと人前でも恥ずかしがらず連れて歩いて欲しかったと。私が妻のもとに行ってからやっと答え合わせ出来ますがね、でもきっと言うでしょう。小隊長さん、仲良きことは美しきかなです。仲良く歩く二人はそれだけで世界の何にも負けません」
「そうだと良いですがねぇ…」
「勿論です。私の様な爺が言うのもなんですが。小隊長さんは、彼女のどんなところが好きなので？」
「…食べる姿ですかねぇ。彼女の美味しく食べる姿は好きです」
「それは良い、言える事は素晴らしい。確かに先程からヴォイドさんよく食べますね」
しかし、肝心のヴォイドが目的を満喫し過ぎているのでどうにもそれどころではない。
「ええ。彼女はよく食べるんですよ」
ユウヤミは笑うのを堪え相槌を打った。すると珍しく少し焦りが顔に見えたヴォイドは「何かやった方が良い？」と唐突に尋ねた。アップルキャベツのシチューを口に含んで食べる手は止めずに。
「いや、ホロウ君は食べているだけで良いよ」
「食べてて良いの？」
「良いですともヴォイドさん」
「じゃあ遠慮なく」
いつの間に買って来たのか山ブドウジャムのクロスタータと木苺のクロスタータを一切れずつ、贅沢にも交互に味わいヴォイドは見た事も無い恍惚の表情を浮かべた。
「好みのお味だったみたいですね」
グレイシーはそう言って微笑むとコーヒーを飲み干し、席を立った。
「グレイシーさん？」
「いやいや、私はそろそろお暇しようかと思います。まだ昼過ぎですが、せっかく若いお二人でいらしたんです、いつまでもこんな爺の食事に付き合わせては悪い。久しぶりに賑やかで美味しいご馳走をいただきました。たまには街に出るのも良いかもしれません」
ユウヤミに手を差し出すグレイシー。ユウヤミがその手を取ると、彼は嬉しそうに微笑んだ。
「私はいつか妻と再会する日に備えて土産話に事欠かない様にと過ごしています。でも大切な人が隣にいる貴方は、二人でいられる時間を大事にしてください」
「…ありがとうございます」
今日は気分が良いので遠回りをして帰ります、と去って行く背中を見て何とも毒気の抜かれる老人だとユウヤミは思った。彼の望む青年を演じるのは容易だったし、彼が一度世間を離れた心理も、ふとしたきっかけでまた街に戻りたくなるだろう事も読みやすかった。彼の言いそうな事も何もかも、あまりにも予測通りのことばかり。それでいてあまりにも人が良い。
「…しかし、私が何を言っても君は動じないねぇホロウ君」
「食べる以外で何かしてた方が良いかとは一瞬考えたけど…」
「失礼、良いんだよ気にしないで。一緒に行きたいと言ってくれたお祭にながらで仕事をこなそうとしたのは私なのだからねぇ」
お代わりかヴォイドはまたユウヤミの財布を持って席を立つ。よく食べるなぁとユウヤミは笑った。満足気に血色よくなるヴォイドに反し財布がどんどん痩せて行く様は下手な芸人の漫談より笑えてしまった。
性格的にはあまり何かに執着し無さそうにも思える。ただただ一点に対し貪欲なのだろう。彼女の目的の為にと連れて来られたけど、今日の収穫は黙々と面白いくらい食べる彼女を間近で見れた事くらいか。
「大変」
「おや？お代わりは？」
「特別デザート、忘れてた！」
「それ一番の目的だよね？忘れてたのかい？」
思わず喉を鳴らして笑うと、ヴォイドはがしっとユウヤミの腕に抱き付いた。ドクドクと胸の音が聞こえる。デザート一つに珍しく大分興奮気味の様だ。
「恋人らしく！」
「はいはい」
「デザートの為！」
「ふふ…はいはい」
友人同士でも可なんて言うから誰も親密度なんて気にしないだろうけどまあ良いか、このままでも。
そんな二人の後ろでガサゴソと動く影が二つ。
ユウヤミを追ってきたヨダカとウルリッカはやっと二人に追い付いた。
「ねえヨダカ、あれが逢い引きと言うものなの？」
「忍びきれてませんから…どちらかと言うとただのデートですね」
「でも、隊長はヨダカを撒こうとしたんでしょ？」
「二人で隠れて行こうとした…ではやはり逢い引きか」
「手紙とか証拠とか、謎解きまで用意してた」
「…じゃあ逢い引きとは違いますか…」
「これは美味しい…茶葉もさる事ながら水が良いのですかねぇ」
「海洋深層水は紅茶やコーヒーの味を引き立ててくれますから。茶葉は南部の内陸部だと国内でも美味しいものが採れるそうですよ。相性の良い掛け合わせでこう言う場だと尚美味しいですね」
「お代わりしてくる」
ユウヤミはカップを置くと鞄から表彰状を取り出し目の前の白髪の目立つ男に渡す。今談笑中の男はミクリカの外れに住んでおり一般人である。少し前にユウヤミ率いる第六小隊のミクリカでの仕事で彼の内助の功に大分救われた場面があったのだった。
「グレイシーさん、先日はマルフィ結社前線駆除班第六小隊へのご協力ありがとうございました」
ユウヤミは恭しく頭を下げる。
「そんな、リーシェル小隊長さん。堅いのはやめてくださいよ」
「一応、形式がありますし敬意を払って倣おうかと思いましてねぇ」
「こんな表彰状まで頂いてお祭りまで来られて賑やかにご飯も食べられて…これ以上ないですよ」
「お代わり」
男、グレイシーは長らく一人で生活を営んできた。妻に早くに先立たれ、仕事一筋でやって来た彼は隣近所との交流も持てず、妻の葬儀を終えた後都市部からケンズ寄りの山の方に居を構えていた。
自然に囲まれ生活をしていたからか少し丸くなったかな？と悪戯っぽく笑った彼は、近くまで足を運んだ第六小隊にあらゆる物資を提供してくれた。まるで孫達の訪問を喜ぶ祖父の様だったと言う。
「ところで、小隊長さん」
「何でしょう？」
「こちらのお方は？」
こちらのお方、と指された方に目を向ける。いつものずり下がった服ではなく、ハリ感のあるトップスに、ベルトでウエストを締めたパンツに身を包んだいつになく大人な雰囲気を醸すヴォイド。浅いVネックに少しボリュームのある袖で胸が悪目立ちせず下品に見えない。この日の為にユウヤミが誂えたコーディネートだった。と言うのも、ヴォイドはそもそも服らしい服を持っていなかったのでついでに買ってあげたとも言う。
「彼女はマルフィ結社医療班のヴォイド・ホロウです。前線医療部隊に配属される事もあるので、どこかで彼女もお世話になる事があるかもしれないと思いまして」
「ふふふ、小隊長さん。私へのご紹介の為に連れて来られた訳ではないでしょう？」
グレイシーは何だか嬉しそうに笑いながらユウヤミに尋ねた。まあ確かに、正確に言うとヨダカを程よく刺激する為にと言うのか、ユウヤミなりの「二人以上で行動しているのだから結社から外には逃げません」のメッセージになると言うのはあるのだが。この老人の嬉しそうな顔を見て、当初の目的を思い出したのもあって少し彼に話を合わせる事にした。
「バレましたか。彼女がオフでしたし、今日は形こそお礼で参りましたがグレイシーさんなら同席に許容してくださると甘えたくなりまして」
ちらりと目を向ける。グレイシーの性格的に堅苦しくなり過ぎない方が良い、そして程良く親密みを見せ甘える様な動機をチラつかせた方が彼の気持ちは掴みやすい。
「小隊長さんも隅に置けませんね。でも、その方が良い。私の若い頃は表立って妻と歩けませんでした。つまらん恥じらいがそうさせまして。人に聞かれて彼女を、愛した女性ですと言う勇気が私になかったものですから」
そう言って少し恥ずかしそうに亡き妻との思い出を話すグレイシーを見て、ユウヤミの演じる「恋人への溺愛を隠しきれずにいる青年」の顔は彼に刺さったのだと確信した。
「それはそれで、一つの愛の形に私には思えますがねぇ」
「そうかもしれません。でも、きっと尋ねたら妻は言うでしょう。もうちょっと人前でも恥ずかしがらず連れて歩いて欲しかったと。私が妻のもとに行ってからやっと答え合わせ出来ますがね、でもきっと言うでしょう。小隊長さん、仲良きことは美しきかなです。仲良く歩く二人はそれだけで世界の何にも負けません」
「そうだと良いですがねぇ…」
「勿論です。私の様な爺が言うのもなんですが。小隊長さんは、彼女のどんなところが好きなので？」
「…食べる姿ですかねぇ。彼女の美味しく食べる姿は好きです」
「それは良い、言える事は素晴らしい。確かに先程からヴォイドさんよく食べますね」
しかし、肝心のヴォイドが目的を満喫し過ぎているのでどうにもそれどころではない。
「ええ。彼女はよく食べるんですよ」
ユウヤミは笑うのを堪え相槌を打った。すると珍しく少し焦りが顔に見えたヴォイドは「何かやった方が良い？」と唐突に尋ねた。アップルキャベツのシチューを口に含んで食べる手は止めずに。
「いや、ホロウ君は食べているだけで良いよ」
「食べてて良いの？」
「良いですともヴォイドさん」
「じゃあ遠慮なく」
いつの間に買って来たのか山ブドウジャムのクロスタータと木苺のクロスタータを一切れずつ、贅沢にも交互に味わいヴォイドは見た事も無い恍惚の表情を浮かべた。
「好みのお味だったみたいですね」
グレイシーはそう言って微笑むとコーヒーを飲み干し、席を立った。
「グレイシーさん？」
「いやいや、私はそろそろお暇しようかと思います。まだ昼過ぎですが、せっかく若いお二人でいらしたんです、いつまでもこんな爺の食事に付き合わせては悪い。久しぶりに賑やかで美味しいご馳走をいただきました。たまには街に出るのも良いかもしれません」
ユウヤミに手を差し出すグレイシー。ユウヤミがその手を取ると、彼は嬉しそうに微笑んだ。
「私はいつか妻と再会する日に備えて土産話に事欠かない様にと過ごしています。でも大切な人が隣にいる貴方は、二人でいられる時間を大事にしてください」
「…ありがとうございます」
今日は気分が良いので遠回りをして帰ります、と去って行く背中を見て何とも毒気の抜かれる老人だとユウヤミは思った。彼の望む青年を演じるのは容易だったし、彼が一度世間を離れた心理も、ふとしたきっかけでまた街に戻りたくなるだろう事も読みやすかった。彼の言いそうな事も何もかも、あまりにも予測通りのことばかり。それでいてあまりにも人が良い。
「…しかし、私が何を言っても君は動じないねぇホロウ君」
「食べる以外で何かしてた方が良いかとは一瞬考えたけど…」
「失礼、良いんだよ気にしないで。一緒に行きたいと言ってくれたお祭にながらで仕事をこなそうとしたのは私なのだからねぇ」
お代わりかヴォイドはまたユウヤミの財布を持って席を立つ。よく食べるなぁとユウヤミは笑った。満足気に血色よくなるヴォイドに反し財布がどんどん痩せて行く様は下手な芸人の漫談より笑えてしまった。
性格的にはあまり何かに執着し無さそうにも思える。ただただ一点に対し貪欲なのだろう。彼女の目的の為にと連れて来られたけど、今日の収穫は黙々と面白いくらい食べる彼女を間近で見れた事くらいか。
「大変」
「おや？お代わりは？」
「特別デザート、忘れてた！」
「それ一番の目的だよね？忘れてたのかい？」
思わず喉を鳴らして笑うと、ヴォイドはがしっとユウヤミの腕に抱き付いた。ドクドクと胸の音が聞こえる。デザート一つに珍しく大分興奮気味の様だ。
「恋人らしく！」
「はいはい」
「デザートの為！」
「ふふ…はいはい」
友人同士でも可なんて言うから誰も親密度なんて気にしないだろうけどまあ良いか、このままでも。
そんな二人の後ろでガサゴソと動く影が二つ。
ユウヤミを追ってきたヨダカとウルリッカはやっと二人に追い付いた。
「ねえヨダカ、あれが逢い引きと言うものなの？」
「忍びきれてませんから…どちらかと言うとただのデートですね」
「でも、隊長はヨダカを撒こうとしたんでしょ？」
「二人で隠れて行こうとした…ではやはり逢い引きか」
「手紙とか証拠とか、謎解きまで用意してた」
「…じゃあ逢い引きとは違いますか…」
媚薬に酔う
ユウヤミもヴォイドにばかり食べさせていたが、自分でも多少は味わってみようかとデザートに向かう道すがら辺りを見回してみる。
これはケンズ産の野菜と肉を使った野菜カレーか。一食の量は通常の一人前のおそらく三分の一くらいととても少ないが、大ぶりに切られた具材がゴロゴロ入っていて物足りなさは少なそうだ。調合されたスパイスの良い香りが食欲をそそる。隠し味に林檎と蜂蜜を入れている様だが蜂蜜が入っても水っぽくなっておらず、ちゃんと食べ応えがあって尚且つ約束された美味しさだろう。
その隣ではリーキのグリルを出していた。こちらはカンテ国内で採れたものでは無いのか？ブース自体は小さい。だが、家庭ではなかなか着手しない、肉でも魚でもなくリーキを時間を掛けてグリルすると言うのは贅沢な料理ではないだろうか。しっかりとした、と言うより上品な焦げ目が付いたソレは味付けもシンプルに美味しいものの様で大人に密かに人気があった。
何気に人気があったのは店別挽麦の簡単アレンジ料理だろうか。レシピまで公開の大盤振る舞い。何を混ぜれば忙しい朝からお気に入りの店の味を食べれるか分かると主婦層に人気があった。
まさかの病院の食堂まで今日の為に出店している。とは言え、病院のスタッフはおらず街の有志が冷凍された粥麦を解凍し味付け調理している様だ。まだ健康な若い世代が病院の出し物と言う物珍しさから、家族と同行したお年寄りが一緒の食卓を囲む際に食べやすいものとして、それなりに人気がありそうだ。
「デザート…」
ヴォイドの一言で前を向くと、分かりやすくラスボス感の漂う屋台が立っていてユウヤミは思わず吹いてしまった。
チラシを配っているスタッフから直接聞いた客だけが食べれる…うん、隠す気ないねぇ。
特別感がほとんどない屋台に向かうとやたらと太った男が華麗な足捌きで激しい踊りを繰り広げながら近付いて来た。
「君達はぁ〜…愛し合ってるかぃっ！！？」
ビシッと指先までポーズを決めた男。ヴォイドはその姿を見て一言呟いた。
「あ、チラシのおじさん」
「あれ？あ、君この間のお嬢さんか！楽しんでるかーい？」
「うん、デザート欲しい」
「お？お隣にいるのは彼氏？何だよ〜こんなイケメン見せびらかすみたいに連れて〜！」
「はは、それはどうも」
「びっくりしたよぉ！お嬢さん随分食べるんだって？体細いのにほぼ全ての店の店員が今日見たって言うから驚いたよぉ！彼氏は？食べてるかい？」
「ええ、少しいただきました。彼女の食べる姿が見たくて来たんで私はそれが見れれば満足ですねぇ」
「はっはっは！楽しんでくれて何よりだぁ！お嬢さん、こんなイケメンな彼氏連れて羨ましいぞぉ！」
「ありがとう。でも良いから私、デザート欲しい」
応酬の後、男はデザートをもって来た。持ってこられたそのデザートを見て二人とも一瞬真顔になる。そしてそんな二人を見て一番満足そうだったのはデザートを持って来た本人だった。
「やっぱりその顔！良いね〜！」
「でも、これの何が特別なの…？」
渡されたデザート。それはティラミスだった。
正直拍子抜けな感じはする。ティラミスが嫌いとかでは決してない。ただ、妙に派手なものが来るのではないかと過度な期待をしてしまったが為にそう思ったのだ。むしろ、このティラミスがどう特別なのだろう？と言う方向に興味が湧いて来た時、ユウヤミが口を開いた。
「もしかして…お菓子言葉になぞらえて、かな…？」
「お菓子言葉？」
「そう。ホロウ君聞いた事ないかい？花言葉程メジャーでは無いが、お菓子にも言葉があるんだよ。バウムクーヘンが永遠の愛だったり、マドレーヌがもっと仲良しになりたいだったりね。ティラミスは…私を元気付けて、だったかな？」
すると、男はまた激しい足捌きで嬉しそうに踊り、ポーズを決めた。
「正解ー！！イケメン彼氏、大当たり！！すごいなぁ！！誰も追求しなかったのに！！ミクリカもケンズもまだまだこれからだ、だから今はこのケンズ産乳製品でミクリカシェフが作ったティラミスを今後も元気付けるつもりで食べてって話」
はい、と一つスプーンを渡される。何だ、特に意味は無いのか、とも思ったが、好物なのか思いの外ヴォイドは嬉しそうだった。
ティラミスのお菓子言葉と言うのは、実は少々大人な由来があったりする。ティラミス発祥の国ではこの菓子を男女が夜遊びをする前に食べたと言う。と言うのも、使われている食材は栄養豊富なものばかりで滋養強壮の面も持ち合わせているからだ。らしくないし場にそぐわないから嬉々として言う事もないけれども。
お菓子や花が特に顕著な気がする。花は命が短く、菓子も作られてから無くなるまでが短いからだろうか。何と言うか、どこまでも人は生きたがるのだなと思う。お菓子や花に付ける言葉にはそんな希望が詰まっていそうだと思う事がある。
生きる理由が分からずかと言って死ぬ事も出来ず、いつの間にか中間に立っていてふと周りを見た時皆理由も考えず生きたがっている様に見えた。他人と愛し合い次の世代に繋げたがっている様に見えた。不思議なものだ。人は何かに付けて生きる事や愛し合う事へ希望を託すが、そこに明確な理由なぞ無いのだから。
明確な理由もなしに求めると言うのは不気味では無いのだろうか。自分はとうにそんな欲求、忘れてしまっていた。
ユウヤミはそこまで思考を巡らせてヴォイドがティラミスに手を付けていない事に気が付いた。
「ホロウ君、食べないのかい？」
「一個しかないから」
「私は良いよ。ゆっくり食べな」
良いと言ったのに。ぐいと腕を引っ張られユウヤミはバランスを崩しながら前のめりにヴォイドに近付く。あ、と言った瞬間口の中にスプーンに乗せられた一口大のティラミスが入って来た。
「むぐっ…」
「せっかくだから、ね？」
口の中に広がる甘くほろ苦い味、まるで酔いそうな酒の香り。ああ、そう言えばカカオは昔媚薬扱いされていたよなぁ。なんて考えてから悪意なく無理矢理口にねじ込まれた事を察知して笑ってしまった。
大抵の人間の動きから、次自分に何をしてくるか察知することは出来る。神経を研ぎ澄ませ、相手の心理状態を読み込み次どんな動きに移行するのか二手三手先すらも読む事は不可能では無いのだが。
自分の口にティラミスを放り込んで満足気な顔をしているヴォイドを見てユウヤミはまた笑う。これはどうにも厄介だ。彼女の動きには上手く立ち回れず時にされるがままになってしまう。彼女が絡めば目先に答えがあるチープな推理劇すら厄介な難事件に変えてしまう。
酒には酔わない自信があるが、この場の空気に酔ってしまいそうだ。
ユウヤミはヴォイドが食べ終わるのを見るや彼女の手をくんっと引っ張った。今度はヴォイドがユウヤミにもたれる。
「ホロウ君、行きたいところがあるんだ。二人きりになってしまうけど付いて来てくれるかい？」
ヴォイドの耳元で彼女以外誰にも聞こえないようユウヤミはそう囁いた。
その頃ウルリッカはウルリッカでヨダカとのプチ食い倒れデートを満喫していた。テーブルに置いたジビエ料理を拝む様に堪能するとパクッと口に入れる。とても珍しい、鹿肉と猪肉のハンバーグステーキだ。
「ねえヨダカ…これが合挽きと言う物なの…！？」
「ええ…それは合挽きですね…」
これはケンズ産の野菜と肉を使った野菜カレーか。一食の量は通常の一人前のおそらく三分の一くらいととても少ないが、大ぶりに切られた具材がゴロゴロ入っていて物足りなさは少なそうだ。調合されたスパイスの良い香りが食欲をそそる。隠し味に林檎と蜂蜜を入れている様だが蜂蜜が入っても水っぽくなっておらず、ちゃんと食べ応えがあって尚且つ約束された美味しさだろう。
その隣ではリーキのグリルを出していた。こちらはカンテ国内で採れたものでは無いのか？ブース自体は小さい。だが、家庭ではなかなか着手しない、肉でも魚でもなくリーキを時間を掛けてグリルすると言うのは贅沢な料理ではないだろうか。しっかりとした、と言うより上品な焦げ目が付いたソレは味付けもシンプルに美味しいものの様で大人に密かに人気があった。
何気に人気があったのは店別挽麦の簡単アレンジ料理だろうか。レシピまで公開の大盤振る舞い。何を混ぜれば忙しい朝からお気に入りの店の味を食べれるか分かると主婦層に人気があった。
まさかの病院の食堂まで今日の為に出店している。とは言え、病院のスタッフはおらず街の有志が冷凍された粥麦を解凍し味付け調理している様だ。まだ健康な若い世代が病院の出し物と言う物珍しさから、家族と同行したお年寄りが一緒の食卓を囲む際に食べやすいものとして、それなりに人気がありそうだ。
「デザート…」
ヴォイドの一言で前を向くと、分かりやすくラスボス感の漂う屋台が立っていてユウヤミは思わず吹いてしまった。
チラシを配っているスタッフから直接聞いた客だけが食べれる…うん、隠す気ないねぇ。
特別感がほとんどない屋台に向かうとやたらと太った男が華麗な足捌きで激しい踊りを繰り広げながら近付いて来た。
「君達はぁ〜…愛し合ってるかぃっ！！？」
ビシッと指先までポーズを決めた男。ヴォイドはその姿を見て一言呟いた。
「あ、チラシのおじさん」
「あれ？あ、君この間のお嬢さんか！楽しんでるかーい？」
「うん、デザート欲しい」
「お？お隣にいるのは彼氏？何だよ〜こんなイケメン見せびらかすみたいに連れて〜！」
「はは、それはどうも」
「びっくりしたよぉ！お嬢さん随分食べるんだって？体細いのにほぼ全ての店の店員が今日見たって言うから驚いたよぉ！彼氏は？食べてるかい？」
「ええ、少しいただきました。彼女の食べる姿が見たくて来たんで私はそれが見れれば満足ですねぇ」
「はっはっは！楽しんでくれて何よりだぁ！お嬢さん、こんなイケメンな彼氏連れて羨ましいぞぉ！」
「ありがとう。でも良いから私、デザート欲しい」
応酬の後、男はデザートをもって来た。持ってこられたそのデザートを見て二人とも一瞬真顔になる。そしてそんな二人を見て一番満足そうだったのはデザートを持って来た本人だった。
「やっぱりその顔！良いね〜！」
「でも、これの何が特別なの…？」
渡されたデザート。それはティラミスだった。
正直拍子抜けな感じはする。ティラミスが嫌いとかでは決してない。ただ、妙に派手なものが来るのではないかと過度な期待をしてしまったが為にそう思ったのだ。むしろ、このティラミスがどう特別なのだろう？と言う方向に興味が湧いて来た時、ユウヤミが口を開いた。
「もしかして…お菓子言葉になぞらえて、かな…？」
「お菓子言葉？」
「そう。ホロウ君聞いた事ないかい？花言葉程メジャーでは無いが、お菓子にも言葉があるんだよ。バウムクーヘンが永遠の愛だったり、マドレーヌがもっと仲良しになりたいだったりね。ティラミスは…私を元気付けて、だったかな？」
すると、男はまた激しい足捌きで嬉しそうに踊り、ポーズを決めた。
「正解ー！！イケメン彼氏、大当たり！！すごいなぁ！！誰も追求しなかったのに！！ミクリカもケンズもまだまだこれからだ、だから今はこのケンズ産乳製品でミクリカシェフが作ったティラミスを今後も元気付けるつもりで食べてって話」
はい、と一つスプーンを渡される。何だ、特に意味は無いのか、とも思ったが、好物なのか思いの外ヴォイドは嬉しそうだった。
ティラミスのお菓子言葉と言うのは、実は少々大人な由来があったりする。ティラミス発祥の国ではこの菓子を男女が夜遊びをする前に食べたと言う。と言うのも、使われている食材は栄養豊富なものばかりで滋養強壮の面も持ち合わせているからだ。らしくないし場にそぐわないから嬉々として言う事もないけれども。
お菓子や花が特に顕著な気がする。花は命が短く、菓子も作られてから無くなるまでが短いからだろうか。何と言うか、どこまでも人は生きたがるのだなと思う。お菓子や花に付ける言葉にはそんな希望が詰まっていそうだと思う事がある。
生きる理由が分からずかと言って死ぬ事も出来ず、いつの間にか中間に立っていてふと周りを見た時皆理由も考えず生きたがっている様に見えた。他人と愛し合い次の世代に繋げたがっている様に見えた。不思議なものだ。人は何かに付けて生きる事や愛し合う事へ希望を託すが、そこに明確な理由なぞ無いのだから。
明確な理由もなしに求めると言うのは不気味では無いのだろうか。自分はとうにそんな欲求、忘れてしまっていた。
ユウヤミはそこまで思考を巡らせてヴォイドがティラミスに手を付けていない事に気が付いた。
「ホロウ君、食べないのかい？」
「一個しかないから」
「私は良いよ。ゆっくり食べな」
良いと言ったのに。ぐいと腕を引っ張られユウヤミはバランスを崩しながら前のめりにヴォイドに近付く。あ、と言った瞬間口の中にスプーンに乗せられた一口大のティラミスが入って来た。
「むぐっ…」
「せっかくだから、ね？」
口の中に広がる甘くほろ苦い味、まるで酔いそうな酒の香り。ああ、そう言えばカカオは昔媚薬扱いされていたよなぁ。なんて考えてから悪意なく無理矢理口にねじ込まれた事を察知して笑ってしまった。
大抵の人間の動きから、次自分に何をしてくるか察知することは出来る。神経を研ぎ澄ませ、相手の心理状態を読み込み次どんな動きに移行するのか二手三手先すらも読む事は不可能では無いのだが。
自分の口にティラミスを放り込んで満足気な顔をしているヴォイドを見てユウヤミはまた笑う。これはどうにも厄介だ。彼女の動きには上手く立ち回れず時にされるがままになってしまう。彼女が絡めば目先に答えがあるチープな推理劇すら厄介な難事件に変えてしまう。
酒には酔わない自信があるが、この場の空気に酔ってしまいそうだ。
ユウヤミはヴォイドが食べ終わるのを見るや彼女の手をくんっと引っ張った。今度はヴォイドがユウヤミにもたれる。
「ホロウ君、行きたいところがあるんだ。二人きりになってしまうけど付いて来てくれるかい？」
ヴォイドの耳元で彼女以外誰にも聞こえないようユウヤミはそう囁いた。
その頃ウルリッカはウルリッカでヨダカとのプチ食い倒れデートを満喫していた。テーブルに置いたジビエ料理を拝む様に堪能するとパクッと口に入れる。とても珍しい、鹿肉と猪肉のハンバーグステーキだ。
「ねえヨダカ…これが合挽きと言う物なの…！？」
「ええ…それは合挽きですね…」
「生」として
珍しくヴォイドの手を取ったまま歩くユウヤミ。会場は遥か後方に見える。市街地からどんどん離れ、人目に付かない様な場所へと進んでいた。
「ユウヤミ…どこまで行くの？」
しかし、ユウヤミは答えない。
手から伝わるひやりとした感覚は、彼の手汗が冷えたものだと感じた。どうも様子がいつもと違う。それでもヴォイドは何も言わず、ただただユウヤミに着いていった。
ユウヤミがやっと口を開いたのは、辺りが茜色に染まり始めた頃。その色を眩しがる様に目を細めながらだった。理由は分からない。でも何故かヴォイドには、それがいつものユウヤミの顔ではなく泣きそうな誰かの顔に見えた。
「ホロウ君、私はおかしくなりそうだよ」
「何が？」
「今日は何だかイレギュラーな事ばかり起こるんだ。だから君を連れてこんなところまで来てしまった」
「ここで何するの？」
「ここでは無くてまだもうちょっと歩いたところだけど、そうだねぇ…私らしくない事、かな」
「ユウヤミ…」
何か様子が違う彼に近付く。そっと胸に手を置いて、呼吸の落ち着きを確認したらしっかり脈も見る。むしろ先程より穏やかで顔色も悪くない。いつものユウヤミだ。
「らしくない事…？」
「そう、とてもらしくない」
だけど、やっぱり顔にいつもの笑顔はなかった。
「ああーー！！！」
珍しくウルリッカが声を上げる。ヨダカがウルリッカを見ると、彼女は会場にユウヤミが居ない事に慌て始めた。しまった、デザートを食べていたところまでは確認していた。まさかすぐ移動する事はないと思っていたが読み違えたか。ヨダカはすぐにウルリッカを落ち着かせた。
「少し人目に付かないところに移動しましょう。ウル、着いたら愛銃のスコープで私の指す方向を見て下さい」
「そっか、街中でフュールちゃん出してスコープ取り外したら皆ビックリするもんね」
「それもそうですが、ここはこの大人数です。貴女が人に酔ってしまっては困りますからね」
ユウヤミはおそらく分かっていた。ヨダカ達が自分を追っているのを。ヒントを出し、むしろ来いと促していたのだから知らない筈がない。直接行かず遠巻きに見ていたのは彼が結社としての仕事もそこでこなしていたから。ユウヤミは今日一日絶対に自分達から離れない距離を保ちつつ移動する筈だったに違いない。
しかし、何かがあったのだ。何かが彼の興味を逸らし、こんな浅はかな行動に移した。ヨダカの頭に処分の二文字が過ぎる。軍警に飼われた彼がその目を潜り逃げ出そうとするならば、最悪の事態も考えなくてはならないのか。
人の気配がどんどん無くなっていく。それどころか、あまり人が立ち入らないところなのか木も草も雑然と生い茂っている。茜色の向こうに群青色も見えかかった時、この草木に覆われた獣道の真ん中でユウヤミはようやくヴォイドの手を離した。
「ホロウ君、目的地はここだ。来てくれてありがとう」
「良いけど」
「君は…私とこんなところまで来て身の危険は感じないのかい？」
「…少しだけね。でも多分大丈夫だから」
「少しだけ？」
「うん、少ししか感じない」
茜色に染まるヴォイド。ユウヤミはヴォイドに近付くと彼女の顔を手で包み、自分に向けた。
「夜の恐怖は無いのかい？」
もう少しで宵だ。この瞬間、不思議と群青が空を侵食する速度が速くなる気がする。
「岸壁街はずっと暗かったから。むしろ夜戦が得意になったくらい…」
言いながらヴォイドはゆっくりユウヤミの体に手を這わす。ズボンに差し掛かった時、彼女はポケットに触れながら自分の懐にも手を伸ばした。
「そうか…ではホロウ君、もう分かっているなら頼みがあるんだ──そのまま五歩下がって」
その言葉を皮切りにヴォイドは地面を蹴って後ろに飛ぶ。ユウヤミの手が頬から離れるのとほぼ同じタイミングで真横からフードを着た誰かが突っ込んで来た。それは二人の間を掠めることなく見事に通り抜けた。
「外シタ…！！？」
しかし踵を返し近くに居たユウヤミを的に瞬時に距離を詰める。丸腰のユウヤミはそれの腕をがしっと掴み、渾身の力で動きを封じる。フードを翻し現れたのは人間にはない極彩色の髪、暗闇でも赤く光る眼。汚染された機械人形だ。
即座にヴォイドが体当たりしユウヤミから機械人形を強引に引き剥がすと崩れた体勢のままユウヤミに鉄製の編み棒を投げ渡す。それはさっきズボンのポケットから抜き取った物だった。
「全く、危ないねぇ…」
機械人形の近くにいて且つ体勢を崩しているヴォイドに目を配る。彼女も先程懐から取り出したアイスピックを使って応戦してはいるが、仕留めるのは早い方が良い。
「ホロウ君、下がって！」
ヴォイドは受け身を取りながら転がり機械人形と充分な距離を置く。入れ替わる様にユウヤミが助走を付けて前へ出、そのままの勢いで手を振りかざし編み棒を的確に首に突き刺した。ぐしゃりと言う表面が砕けた音の後に、ブチブチとコードの切れる音が続く。その断末魔の様な音は妙に大きく響いた。
「ギギギ…ギロ…さ…」
稼働音はゆっくり止まった。
「ホロウ君、無事かい？」
ユウヤミは地面に伏したヴォイドの体を起こしに行った。抱き上げると、さっきまで機敏に動いていたヴォイドの顔色が少し悪い。
「まさか…怪我を…？」
「違う…服」
「服？」
「服…泥だらけになっちゃった…」
この期に及んで。彼女の今日一番の焦りは機械人形に襲われた事でもなく、服の泥。
ユウヤミは我慢しきれず笑った。ヴォイドは静かにオロオロした。
「そんな服で良かったらまた買ってあげるよ」
「だってこれ、絶対売ったら高いやつ…！」
「おーい転売前提かい？」
何より、彼女に目立った傷が無くて良かったとユウヤミは思った。自分が采配ミスをする事は無いが、今日に限っては少し迷いがあった。
「ところで、コイツ何なの？」
ヴォイドが足元に転がる機械人形を小突く。
「それはね。今日昼過ぎからグレイシー氏を付け狙っていた機械人形だよ。テロを危惧して大きなドーム型のテントにしていた会場には入って来ず外で無差別に待ち構えていたんだ。むしろこれから楽しく食べるだろう時間帯に一人帰ろうと外に出たグレイシー氏を的にしたんだろうねぇ」
しかし、そこでも悪戯が働いた。グレイシーは「遠回りをして行く」と言って車に乗ったのだ。さしもの機械人形も車のスピードには追い付けない。しかし、顔を確認し彼がミクリカの外れ、人も居ない様な場所で一人で住む老人だと知った。
ユウヤミはグレイシーと共に席に着いたくらいから、これの存在を何となく確認していた。テントの側面に、人の様な影が入りもせずうろうろしているのが見えていたのだ。
「ここは…グレイシー氏の家へ通じる道なんだ。ここに潜んで来た人間を、グレイシー氏を影から殺すつもりだったんだろうねぇ」
別に放っておいても良かった。知らないふりをすれば彼の前途はそれまでだ。だが、「死んだ妻の元に行った時話す内容が欲しいから生きる」と彼は行った。馬鹿げてる。死んで行く先があるかどうかも分からないのに、彼はそれを信じて生きているのだ。でもだからこそ、今まで見た人以上に強烈に自信を持って生を望むものだから、何だかその想いを壊したくなくなってしまった。
「やっぱりらしくないよ、今日の私は」
少し憑き物が落ちた様に笑ったユウヤミ。その後ろからはヨダカとウルリッカが近付いてきた。
「ユウヤミ…どこまで行くの？」
しかし、ユウヤミは答えない。
手から伝わるひやりとした感覚は、彼の手汗が冷えたものだと感じた。どうも様子がいつもと違う。それでもヴォイドは何も言わず、ただただユウヤミに着いていった。
ユウヤミがやっと口を開いたのは、辺りが茜色に染まり始めた頃。その色を眩しがる様に目を細めながらだった。理由は分からない。でも何故かヴォイドには、それがいつものユウヤミの顔ではなく泣きそうな誰かの顔に見えた。
「ホロウ君、私はおかしくなりそうだよ」
「何が？」
「今日は何だかイレギュラーな事ばかり起こるんだ。だから君を連れてこんなところまで来てしまった」
「ここで何するの？」
「ここでは無くてまだもうちょっと歩いたところだけど、そうだねぇ…私らしくない事、かな」
「ユウヤミ…」
何か様子が違う彼に近付く。そっと胸に手を置いて、呼吸の落ち着きを確認したらしっかり脈も見る。むしろ先程より穏やかで顔色も悪くない。いつものユウヤミだ。
「らしくない事…？」
「そう、とてもらしくない」
だけど、やっぱり顔にいつもの笑顔はなかった。
「ああーー！！！」
珍しくウルリッカが声を上げる。ヨダカがウルリッカを見ると、彼女は会場にユウヤミが居ない事に慌て始めた。しまった、デザートを食べていたところまでは確認していた。まさかすぐ移動する事はないと思っていたが読み違えたか。ヨダカはすぐにウルリッカを落ち着かせた。
「少し人目に付かないところに移動しましょう。ウル、着いたら愛銃のスコープで私の指す方向を見て下さい」
「そっか、街中でフュールちゃん出してスコープ取り外したら皆ビックリするもんね」
「それもそうですが、ここはこの大人数です。貴女が人に酔ってしまっては困りますからね」
ユウヤミはおそらく分かっていた。ヨダカ達が自分を追っているのを。ヒントを出し、むしろ来いと促していたのだから知らない筈がない。直接行かず遠巻きに見ていたのは彼が結社としての仕事もそこでこなしていたから。ユウヤミは今日一日絶対に自分達から離れない距離を保ちつつ移動する筈だったに違いない。
しかし、何かがあったのだ。何かが彼の興味を逸らし、こんな浅はかな行動に移した。ヨダカの頭に処分の二文字が過ぎる。軍警に飼われた彼がその目を潜り逃げ出そうとするならば、最悪の事態も考えなくてはならないのか。
人の気配がどんどん無くなっていく。それどころか、あまり人が立ち入らないところなのか木も草も雑然と生い茂っている。茜色の向こうに群青色も見えかかった時、この草木に覆われた獣道の真ん中でユウヤミはようやくヴォイドの手を離した。
「ホロウ君、目的地はここだ。来てくれてありがとう」
「良いけど」
「君は…私とこんなところまで来て身の危険は感じないのかい？」
「…少しだけね。でも多分大丈夫だから」
「少しだけ？」
「うん、少ししか感じない」
茜色に染まるヴォイド。ユウヤミはヴォイドに近付くと彼女の顔を手で包み、自分に向けた。
「夜の恐怖は無いのかい？」
もう少しで宵だ。この瞬間、不思議と群青が空を侵食する速度が速くなる気がする。
「岸壁街はずっと暗かったから。むしろ夜戦が得意になったくらい…」
言いながらヴォイドはゆっくりユウヤミの体に手を這わす。ズボンに差し掛かった時、彼女はポケットに触れながら自分の懐にも手を伸ばした。
「そうか…ではホロウ君、もう分かっているなら頼みがあるんだ──そのまま五歩下がって」
その言葉を皮切りにヴォイドは地面を蹴って後ろに飛ぶ。ユウヤミの手が頬から離れるのとほぼ同じタイミングで真横からフードを着た誰かが突っ込んで来た。それは二人の間を掠めることなく見事に通り抜けた。
「外シタ…！！？」
しかし踵を返し近くに居たユウヤミを的に瞬時に距離を詰める。丸腰のユウヤミはそれの腕をがしっと掴み、渾身の力で動きを封じる。フードを翻し現れたのは人間にはない極彩色の髪、暗闇でも赤く光る眼。汚染された機械人形だ。
即座にヴォイドが体当たりしユウヤミから機械人形を強引に引き剥がすと崩れた体勢のままユウヤミに鉄製の編み棒を投げ渡す。それはさっきズボンのポケットから抜き取った物だった。
「全く、危ないねぇ…」
機械人形の近くにいて且つ体勢を崩しているヴォイドに目を配る。彼女も先程懐から取り出したアイスピックを使って応戦してはいるが、仕留めるのは早い方が良い。
「ホロウ君、下がって！」
ヴォイドは受け身を取りながら転がり機械人形と充分な距離を置く。入れ替わる様にユウヤミが助走を付けて前へ出、そのままの勢いで手を振りかざし編み棒を的確に首に突き刺した。ぐしゃりと言う表面が砕けた音の後に、ブチブチとコードの切れる音が続く。その断末魔の様な音は妙に大きく響いた。
「ギギギ…ギロ…さ…」
稼働音はゆっくり止まった。
「ホロウ君、無事かい？」
ユウヤミは地面に伏したヴォイドの体を起こしに行った。抱き上げると、さっきまで機敏に動いていたヴォイドの顔色が少し悪い。
「まさか…怪我を…？」
「違う…服」
「服？」
「服…泥だらけになっちゃった…」
この期に及んで。彼女の今日一番の焦りは機械人形に襲われた事でもなく、服の泥。
ユウヤミは我慢しきれず笑った。ヴォイドは静かにオロオロした。
「そんな服で良かったらまた買ってあげるよ」
「だってこれ、絶対売ったら高いやつ…！」
「おーい転売前提かい？」
何より、彼女に目立った傷が無くて良かったとユウヤミは思った。自分が采配ミスをする事は無いが、今日に限っては少し迷いがあった。
「ところで、コイツ何なの？」
ヴォイドが足元に転がる機械人形を小突く。
「それはね。今日昼過ぎからグレイシー氏を付け狙っていた機械人形だよ。テロを危惧して大きなドーム型のテントにしていた会場には入って来ず外で無差別に待ち構えていたんだ。むしろこれから楽しく食べるだろう時間帯に一人帰ろうと外に出たグレイシー氏を的にしたんだろうねぇ」
しかし、そこでも悪戯が働いた。グレイシーは「遠回りをして行く」と言って車に乗ったのだ。さしもの機械人形も車のスピードには追い付けない。しかし、顔を確認し彼がミクリカの外れ、人も居ない様な場所で一人で住む老人だと知った。
ユウヤミはグレイシーと共に席に着いたくらいから、これの存在を何となく確認していた。テントの側面に、人の様な影が入りもせずうろうろしているのが見えていたのだ。
「ここは…グレイシー氏の家へ通じる道なんだ。ここに潜んで来た人間を、グレイシー氏を影から殺すつもりだったんだろうねぇ」
別に放っておいても良かった。知らないふりをすれば彼の前途はそれまでだ。だが、「死んだ妻の元に行った時話す内容が欲しいから生きる」と彼は行った。馬鹿げてる。死んで行く先があるかどうかも分からないのに、彼はそれを信じて生きているのだ。でもだからこそ、今まで見た人以上に強烈に自信を持って生を望むものだから、何だかその想いを壊したくなくなってしまった。
「やっぱりらしくないよ、今日の私は」
少し憑き物が落ちた様に笑ったユウヤミ。その後ろからはヨダカとウルリッカが近付いてきた。
祭の終わり
「結果として好転したから良かったものの…主人、人生を棒に振る気ですか？」
数日後、部屋で編み物をしているユウヤミにヨダカは吠えた。
「ええー？また随分人間臭いこと言うねぇヨダカ」
「よく笑いながら呑気に編み物なんかしてられますね…私を撒いて出掛ける行動、特に夕方の会場から二人で逃げ出す行動は結果はどうあれ過程を看過は出来ません。それらの行動を一緒にしているのが常に彼女だとすれば…とにかくヴォイド・ホロウは危険だと言わざるを得ませんよ？ユウヤミ・リーシェルを刺激し、予想外な行動を取らせると思われても仕方ないと思います」
ユウヤミはあの日ヴォイドとのコンビネーションで的確に且つ損傷を最小限に抑えて機械人形の討伐に当たれた証拠たりうる書類をヨダカの前にヒラリと落とした。
「思い切りの良さ、小隊長の指示を信じて動く大胆さ。評価されて医療班より前線駆除に当てた方が良いのではないかとまで言わしめたよ彼女は。まあ、収まるところに収まったけどね」
「ほう…ヴォイドの生活を守る為の証拠もぬかりなく、ですか」
「巻き込んでしまったからねぇ」
いつもと変わらぬ顔色でユウヤミは答える。ヨダカは書類を一瞥すると目を伏せた。
「それでも、しばらくはヴォイドへの接触は控えて下さい」
「今みたく目を瞑ってくれないのかい？」
「何度でも言いますが貴方に人並みの権利、自由はありません。まあ、仕事嫌いな貴方が彼女を前にすれば身が入るなら折衷案も考えますが…」
「じゃあ今宣言しておこうかな？彼女を見てると仕事に身が入るよ」
「…ご冗談でしょう？」
ヨダカからのお叱りを終えて外に出る。この見えない網の中で随分らしくないことをしたなぁとユウヤミは思った。何だか今度こそ見える気がして、今度こそ分かる気がして、でも近付き過ぎたら消えやしないかと少し怖くなって。
機械人形を破壊してヴォイドを起こしに行った時、動きの悪い彼女を見て一瞬だけ心臓が止まる心地がした。目測は見誤らなかった筈だと自信を持っていた。でも動きの悪い彼女を見て瞬時にその自信が揺らいだ。そして全く予想外の答えが返って来て落ち着いて、本当に翻弄されているなと思う。
あの後すぐヨダカ達が来て回収も含め後始末が始まった時、何事も無くヴォイドは立ち尽くしていた。でもふと見ると、服の泥の付いた部分を悲しそうに眺めていた。
胸の中で何を思っていたかは分からない。転売目的の物が汚れてしまった、とかでもこの際良い。
ただ、普段あまり動かない彼女のそんな感情に触れた。それだけで良い、今は。
「ホロウ君…生きるって、何だろうねぇ…」
目を閉じるとすぐ目蓋に浮かぶ、彼女のよく食べる姿。遠慮しないでとは言ったが、本当に遠慮せず人の財布を使う姿。一応接待の仕事があったのに御構い無しに食べ続ける姿。
うん、それだけ言うとただのヤバイ人だ。
でも何だか生きるエネルギーの塊みたく見えるんだよ。現に彼女の行動であからさまに迷惑がって損をしている人って居ないんだもの。
ああ、彼女は彼女の網の中でいつも最大限に肥大して生きているのか…。
そう思って一瞬天啓を得た気がして、でもあまりピンとこなくて考えるのをやめてしまった。
とりあえずまた服でも見に行こうか。次の予定を立てるだけで良い、今は。
ただし、あんまり無茶をし過ぎると今度こそヨダカも目を瞑ってくれなそうだから、今回みたく揶揄い過ぎるのは少し控えておこう。
やめるとは言っていない。
この厄介な難事件、どうせ解くならじっくり紐解いて行けば良いじゃないか。
後日、領収書に目を通したギルバートはその額に卒倒した。ユウヤミの接待だけで無く、襲われた事も加味し、後方から支援すべく控えていたと言う名目のウルリッカの分まで入っていたのだから。そしてウルリッカもなかなか食べていた。
痙攣する様に震えるギルバートの横でそれを見たアルヴィから「これは…ウルならしょうがないなぁ。我慢させるとパフォーマンスが悪くなるから…」と、てこでも妹の財布を痩せさせない発言が出たのでそれはギルバートにトドメを刺したのだった。
数日後、部屋で編み物をしているユウヤミにヨダカは吠えた。
「ええー？また随分人間臭いこと言うねぇヨダカ」
「よく笑いながら呑気に編み物なんかしてられますね…私を撒いて出掛ける行動、特に夕方の会場から二人で逃げ出す行動は結果はどうあれ過程を看過は出来ません。それらの行動を一緒にしているのが常に彼女だとすれば…とにかくヴォイド・ホロウは危険だと言わざるを得ませんよ？ユウヤミ・リーシェルを刺激し、予想外な行動を取らせると思われても仕方ないと思います」
ユウヤミはあの日ヴォイドとのコンビネーションで的確に且つ損傷を最小限に抑えて機械人形の討伐に当たれた証拠たりうる書類をヨダカの前にヒラリと落とした。
「思い切りの良さ、小隊長の指示を信じて動く大胆さ。評価されて医療班より前線駆除に当てた方が良いのではないかとまで言わしめたよ彼女は。まあ、収まるところに収まったけどね」
「ほう…ヴォイドの生活を守る為の証拠もぬかりなく、ですか」
「巻き込んでしまったからねぇ」
いつもと変わらぬ顔色でユウヤミは答える。ヨダカは書類を一瞥すると目を伏せた。
「それでも、しばらくはヴォイドへの接触は控えて下さい」
「今みたく目を瞑ってくれないのかい？」
「何度でも言いますが貴方に人並みの権利、自由はありません。まあ、仕事嫌いな貴方が彼女を前にすれば身が入るなら折衷案も考えますが…」
「じゃあ今宣言しておこうかな？彼女を見てると仕事に身が入るよ」
「…ご冗談でしょう？」
ヨダカからのお叱りを終えて外に出る。この見えない網の中で随分らしくないことをしたなぁとユウヤミは思った。何だか今度こそ見える気がして、今度こそ分かる気がして、でも近付き過ぎたら消えやしないかと少し怖くなって。
機械人形を破壊してヴォイドを起こしに行った時、動きの悪い彼女を見て一瞬だけ心臓が止まる心地がした。目測は見誤らなかった筈だと自信を持っていた。でも動きの悪い彼女を見て瞬時にその自信が揺らいだ。そして全く予想外の答えが返って来て落ち着いて、本当に翻弄されているなと思う。
あの後すぐヨダカ達が来て回収も含め後始末が始まった時、何事も無くヴォイドは立ち尽くしていた。でもふと見ると、服の泥の付いた部分を悲しそうに眺めていた。
胸の中で何を思っていたかは分からない。転売目的の物が汚れてしまった、とかでもこの際良い。
ただ、普段あまり動かない彼女のそんな感情に触れた。それだけで良い、今は。
「ホロウ君…生きるって、何だろうねぇ…」
目を閉じるとすぐ目蓋に浮かぶ、彼女のよく食べる姿。遠慮しないでとは言ったが、本当に遠慮せず人の財布を使う姿。一応接待の仕事があったのに御構い無しに食べ続ける姿。
うん、それだけ言うとただのヤバイ人だ。
でも何だか生きるエネルギーの塊みたく見えるんだよ。現に彼女の行動であからさまに迷惑がって損をしている人って居ないんだもの。
ああ、彼女は彼女の網の中でいつも最大限に肥大して生きているのか…。
そう思って一瞬天啓を得た気がして、でもあまりピンとこなくて考えるのをやめてしまった。
とりあえずまた服でも見に行こうか。次の予定を立てるだけで良い、今は。
ただし、あんまり無茶をし過ぎると今度こそヨダカも目を瞑ってくれなそうだから、今回みたく揶揄い過ぎるのは少し控えておこう。
やめるとは言っていない。
この厄介な難事件、どうせ解くならじっくり紐解いて行けば良いじゃないか。
後日、領収書に目を通したギルバートはその額に卒倒した。ユウヤミの接待だけで無く、襲われた事も加味し、後方から支援すべく控えていたと言う名目のウルリッカの分まで入っていたのだから。そしてウルリッカもなかなか食べていた。
痙攣する様に震えるギルバートの横でそれを見たアルヴィから「これは…ウルならしょうがないなぁ。我慢させるとパフォーマンスが悪くなるから…」と、てこでも妹の財布を痩せさせない発言が出たのでそれはギルバートにトドメを刺したのだった。
タグ
コメントをかく