花は咲く、花は散る／べにざくろ
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g_a3b2c3o12 2020年10月22日(木) 21:03:53履歴
戻らない日常の話 
不思議な売上の話
華やかに美しく咲き誇る薔薇が、ミアは大好きだった。
一輪でも凛と佇む姿が美しく、沢山の花束にすれば艶やかに美しい。
しかも薔薇の美しいところは見た目だけではない。その香りも香水に使用されるだけあって格別だった。
（ でも、作られた香水より本物の匂いの方が好きだな ）
そう思いながら肺いっぱいに薔薇の香りを吸い込む。これだけ吸い込んだら肺を通って身体中に染み渡って、やがて身体が薔薇の香りになったら素敵なのに。ああ、良い香り。本当に至福の時だ。
「 こら、ミア。仕事をサボらないでください 」
自宅で営む花屋の一角で薔薇の香りで夢世界へとトリップしていたミアの頭を、凛とした声が現実に引き戻す。
薔薇から声をかけた主へ目を向けたミアは、ヘラリと笑った。
「 ごめん、お姉ちゃん 」
そこには桃色の髪をした薔薇のような凛とした美人の姿をした機械人形が立っていて、呆れたようにミアを見ていた。
彼女はミアが“ お姉ちゃん ”と設定して誕生日に買って貰ったララという名前の機械人形だ。
「 全く。今度、パパに言って薔薇の入荷を減らしてもらいますよ? 」
「 えっ!? やだ! 」
慌てるミアにララがニヤッと笑う。
「 嘘ですよ。うちの売上に貢献している花を減らす訳が無いでしょう? 」
「 もー! お姉ちゃんの人でなし! 」
「 ふふっ、お姉ちゃんは元々人じゃありません 」
「 うっ…… 」
言い負かされたミアは口の中でモゴモゴと「 それはそうだけど…… 」と言うしか出来ない。そんなミアを見て、ララは勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。ミアは負けた事実を忘れて、その笑顔に魅入る。
ミアが主人の機械人形、ララはミアの理想を詰め込んで作った機械人形だ。だから、どうしたって一挙一動足に見惚れてしまう。誰かが言っていた「 美人は三日で飽きる 」なんて嘘だとミアは我が身で感じていた。
「 ララちゃーん、ミアちゃーん。今度、こっちも並べてちょうだい 」
「 あっ、はーい! 」
母の声に再びトリップ気味だった頭を現実へ切り替える。すっかり忘れかけていたが、今は開店準備中だ。父が市場から仕入れてきた花を並べるのは家族の仕事である。
「 ……何か最近、売れる花の種類変わったよね 」
花を並べながら、ミアはポツリと最近の疑問を呟く。
「 そうなのよねぇ。しかも男性のお客さんが不思議と同じ花ばっかり買ってくの 」
母がミアの疑問に乗っかって首を傾げると、父に問いかける。
「 ねぇ、あなた。何か知ってる? 」
「 ……今日、市場で聞いた話だがテレビの影響らしい 」
「 テレビ? 」
父の言葉に今度はミアと母、揃って呟いて首を傾げた。残念ながら父はそれしか知らないらしく、詳しい情報は分からない。
「 どうやらテレビ番組で『 ピアルルSix 』というものが始まったそうです。子供向けの特撮番組の 」
「 ぴあ……? 」
電子世界から情報を検索してきたララが、これまた分からない情報を呟くので、ミアと母の首を傾げる角度が深くなる。
「 少女達が花の力で変身して敵を倒していくストーリーで……アザレア、メープル、デルフィニウム、アルストロメリア、ハイビスカス、ライラックと名前の付いたキャラクターがいるようですね 」
「 ああ! 」
ララの補足説明に、納得した声を上げて母がポンッと手を叩いた。
「 だから最近、『 メープルの花は無いのか 』ってお客様の苦情があるのね! 」
メープルにも花は咲く。しかし風媒花で地味なものであり、花屋で売るものでは無い。
「 今度来たら薪でも、ぶつけてやろうか 」
愛する母にどうしようもない苦情をぶつけただろう客に怒りを覚えた父が、ポツリと呟く。そう言う父の目は本気で、ミアは内心でそんな客がもう来ないことを祈るしか無かった。
「 お花なのに薔薇はないんだね 」
「 もしかしたら追加戦士かも!という意見もありますね……よく分からない単語が多くて検索に時間がかかりそうです 」
「 大体分かったし、お姉ちゃんが変な単語を学習したら嫌だもん。もう良いよ 」
続けて検索しそうなララをミアは止めた。良く分からないが、あんまり深入りしてはいけない世界のような気がしたのだ。大体、何で子供向けの番組で花の名前がついたキャラクターが出ると同じ名前の花が売れるのだろう。皆、子供に買っていってあげているのだろうか……?
キャラクターと同じ名前のものなら欲しくなるヲタク心と、子供向けの特撮番組の視聴層に意外と大人が多い事を知らないミアは首を傾げっぱなしだ。
花が売れるのだから良いことだ。そう気持ちを切り替えて、折角なので花をララに検索して貰って、キャラクターの立ち位置通りに何個か並べてみる。切り花と鉢植えが混在する奇妙なコーナーになってしまったが、開店してみるとそれを見て喜んで購入する人が多かったので良かったと安心するミアなのであった。
一輪でも凛と佇む姿が美しく、沢山の花束にすれば艶やかに美しい。
しかも薔薇の美しいところは見た目だけではない。その香りも香水に使用されるだけあって格別だった。
（ でも、作られた香水より本物の匂いの方が好きだな ）
そう思いながら肺いっぱいに薔薇の香りを吸い込む。これだけ吸い込んだら肺を通って身体中に染み渡って、やがて身体が薔薇の香りになったら素敵なのに。ああ、良い香り。本当に至福の時だ。
「 こら、ミア。仕事をサボらないでください 」
自宅で営む花屋の一角で薔薇の香りで夢世界へとトリップしていたミアの頭を、凛とした声が現実に引き戻す。
薔薇から声をかけた主へ目を向けたミアは、ヘラリと笑った。
「 ごめん、お姉ちゃん 」
そこには桃色の髪をした薔薇のような凛とした美人の姿をした機械人形が立っていて、呆れたようにミアを見ていた。
彼女はミアが“ お姉ちゃん ”と設定して誕生日に買って貰ったララという名前の機械人形だ。
「 全く。今度、パパに言って薔薇の入荷を減らしてもらいますよ? 」
「 えっ!? やだ! 」
慌てるミアにララがニヤッと笑う。
「 嘘ですよ。うちの売上に貢献している花を減らす訳が無いでしょう? 」
「 もー! お姉ちゃんの人でなし! 」
「 ふふっ、お姉ちゃんは元々人じゃありません 」
「 うっ…… 」
言い負かされたミアは口の中でモゴモゴと「 それはそうだけど…… 」と言うしか出来ない。そんなミアを見て、ララは勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。ミアは負けた事実を忘れて、その笑顔に魅入る。
ミアが主人の機械人形、ララはミアの理想を詰め込んで作った機械人形だ。だから、どうしたって一挙一動足に見惚れてしまう。誰かが言っていた「 美人は三日で飽きる 」なんて嘘だとミアは我が身で感じていた。
「 ララちゃーん、ミアちゃーん。今度、こっちも並べてちょうだい 」
「 あっ、はーい! 」
母の声に再びトリップ気味だった頭を現実へ切り替える。すっかり忘れかけていたが、今は開店準備中だ。父が市場から仕入れてきた花を並べるのは家族の仕事である。
「 ……何か最近、売れる花の種類変わったよね 」
花を並べながら、ミアはポツリと最近の疑問を呟く。
「 そうなのよねぇ。しかも男性のお客さんが不思議と同じ花ばっかり買ってくの 」
母がミアの疑問に乗っかって首を傾げると、父に問いかける。
「 ねぇ、あなた。何か知ってる? 」
「 ……今日、市場で聞いた話だがテレビの影響らしい 」
「 テレビ? 」
父の言葉に今度はミアと母、揃って呟いて首を傾げた。残念ながら父はそれしか知らないらしく、詳しい情報は分からない。
「 どうやらテレビ番組で『 ピアルルSix 』というものが始まったそうです。子供向けの特撮番組の 」
「 ぴあ……? 」
電子世界から情報を検索してきたララが、これまた分からない情報を呟くので、ミアと母の首を傾げる角度が深くなる。
「 少女達が花の力で変身して敵を倒していくストーリーで……アザレア、メープル、デルフィニウム、アルストロメリア、ハイビスカス、ライラックと名前の付いたキャラクターがいるようですね 」
「 ああ! 」
ララの補足説明に、納得した声を上げて母がポンッと手を叩いた。
「 だから最近、『 メープルの花は無いのか 』ってお客様の苦情があるのね! 」
メープルにも花は咲く。しかし風媒花で地味なものであり、花屋で売るものでは無い。
「 今度来たら薪でも、ぶつけてやろうか 」
愛する母にどうしようもない苦情をぶつけただろう客に怒りを覚えた父が、ポツリと呟く。そう言う父の目は本気で、ミアは内心でそんな客がもう来ないことを祈るしか無かった。
「 お花なのに薔薇はないんだね 」
「 もしかしたら追加戦士かも!という意見もありますね……よく分からない単語が多くて検索に時間がかかりそうです 」
「 大体分かったし、お姉ちゃんが変な単語を学習したら嫌だもん。もう良いよ 」
続けて検索しそうなララをミアは止めた。良く分からないが、あんまり深入りしてはいけない世界のような気がしたのだ。大体、何で子供向けの番組で花の名前がついたキャラクターが出ると同じ名前の花が売れるのだろう。皆、子供に買っていってあげているのだろうか……?
キャラクターと同じ名前のものなら欲しくなるヲタク心と、子供向けの特撮番組の視聴層に意外と大人が多い事を知らないミアは首を傾げっぱなしだ。
花が売れるのだから良いことだ。そう気持ちを切り替えて、折角なので花をララに検索して貰って、キャラクターの立ち位置通りに何個か並べてみる。切り花と鉢植えが混在する奇妙なコーナーになってしまったが、開店してみるとそれを見て喜んで購入する人が多かったので良かったと安心するミアなのであった。
ある幸せな家族を見た話
ある日の放課後。途中まで道が一緒の友達と別れたミアは1人、家への道を歩いていた。ミアの通う高校は長い坂の上、家のある商店街は坂の下のため、帰り道は下り道で楽なので自然と上機嫌になる。
「 お父さんっ、お母さんっ! 早く早く! 」
ミアがうきうきと下っていると、逆に登ってくる子供がいた。軽やかな足取りで登り、坂の途中で振り返ると下に向かって声をかけている。
（ ん? 機械人形だよね……? ）
その子の髪は人間が自然に持ち合わせない淡い髪色をしていた。その色が示すのは、その子が機械人形ということだ。
（ 人間の養子じゃなくて機械人形を選ぶ人がいるって聞いた事あるけど、初めて見た ）
坂の遥か下には身長からして夫婦らしき男女が登ってくる姿が見えた。この子の“ お父さん ”と“ お母さん ”は、きっとあの2人だろうとミアは検討をつける。
「 あっ! 」
その時、子供が声を上げて結構な勢いで転倒した。怪我はしてないだろうか、と心配して慌ててミアは子供へと駆け寄った。
「 大丈夫? 」
「 うん、大丈夫 」
えへへ、と子供が笑う。その平然とした顔を見て、ミアはその子が機械人形であることを思い出した。地面に思い切りぶつけただろう膝には汚れはついているものの、傷一つない。さすが丈夫な機械人形だ。
それでも、と思い直してミアは自分のスクールバッグを漁って化粧ポーチから女子高生に人気のキャラクターの印刷された絆創膏を取り出した。
その子の膝の汚れを手で払って、ペタリとその絆創膏を貼る。そして絆創膏が貼られた膝を見てキョトンとした顔をした子供に、ミアはニコッと笑いかけた。
「 泣かなくて偉いね 」
機械人形でも人間でも、子供は子供だ。転んでも泣かなかったのだから褒めてあげるべきだろう。ミアはそう思ったのだ。
「 本当? えらい?」
「 うん! とっても偉いよ! 」
思わず子供の頭を撫でていると、“ お父さん ”が先に坂を登ってきた。ミアの住む街の坂は急な坂が多くて、ここも一気に登るには辛い坂だ。それでも子供のために急いで登ってきたらしくて、息が上がっている。つまり、それだけ子供への愛情が深いということで、それはミアにも伝わってきた。
「 すみません、うちの子が…… 」
（ わ、すごいカッコいい人 ）
謝る“ お父さん ”の顔がミア好みに格好良くて、思わず見惚れてしまう。いや、今は人の旦那さんに見惚れている場合ではない。内心の邪な気持ちを掻き消すようにミアは首を横に振る。
「 いえ! 私、何もしてないので!! 」
「 お父さん! 」
ミアがぶんぶんと首を横に振っているうちに、子供は“ お父さん ”へと飛び付いていく。飛びついてきた子供を見つめる“ お父さん ”の目は暖かいもので、本当に家族なんだなーとミアは思った。
「 もう……2人とも早いんだから 」
「 お母さん! 」
少し遅れて“ お母さん ”が上がってきた。こちらもなかなか辛そうな顔をしているが、呼吸を軽く整えるとミアを見る。
「 ごめんなさい。うちの子がぶつかったりしてませんか? 」
「 私は何でもなくて……その子、1人で転んじゃっただけです。でも、泣かなくて偉かったですよ 」
子供の名誉のために泣かなかった事実は付け加えておいた。そう言いながら、子供に絆創膏を貼るために座りっぱなしだったミアはようやく立ち上がる。
そして子供に近寄っていくと、少し屈んで子供と目を合わせる。子供の目の中には良く見ると起動マークがあって、やっぱりこの子は機械人形なのだと再認識した。
「 この街は特に坂が多いから、足元に気を付けてね。それと、パパとママの言うことはちゃんと聞いてね 」
「 うん! 」
子供は素直にミアの言葉に頷いたので、これで学習してくれるといいけど、と思う。
「 あの、本当にありがとうございました 」
“ お母さん ”がそう言って頭を下げると“ お父さん ”も軽く頭を下げた。大人2人に頭を下げられるなんてことが経験のないミアは焦ってしまう。
「 いえいえ、本っ当ーに何もしてないので! 」
だんだん恥ずかしくなってきて、そう言うと脱兎の如くミアは坂を駆け下りて家族から離れていった。残された家族は、風のように消えた女子高生に苦笑するしかない。
「 ……ルミエル、体調は? 」
「 大丈夫。何ともないわ、あなた 」
遠出の買い物に来ていた家族はそんな言葉を交わすと、今度は3人でゆっくりと坂を登っていった。
「 お父さんっ、お母さんっ! 早く早く! 」
ミアがうきうきと下っていると、逆に登ってくる子供がいた。軽やかな足取りで登り、坂の途中で振り返ると下に向かって声をかけている。
（ ん? 機械人形だよね……? ）
その子の髪は人間が自然に持ち合わせない淡い髪色をしていた。その色が示すのは、その子が機械人形ということだ。
（ 人間の養子じゃなくて機械人形を選ぶ人がいるって聞いた事あるけど、初めて見た ）
坂の遥か下には身長からして夫婦らしき男女が登ってくる姿が見えた。この子の“ お父さん ”と“ お母さん ”は、きっとあの2人だろうとミアは検討をつける。
「 あっ! 」
その時、子供が声を上げて結構な勢いで転倒した。怪我はしてないだろうか、と心配して慌ててミアは子供へと駆け寄った。
「 大丈夫? 」
「 うん、大丈夫 」
えへへ、と子供が笑う。その平然とした顔を見て、ミアはその子が機械人形であることを思い出した。地面に思い切りぶつけただろう膝には汚れはついているものの、傷一つない。さすが丈夫な機械人形だ。
それでも、と思い直してミアは自分のスクールバッグを漁って化粧ポーチから女子高生に人気のキャラクターの印刷された絆創膏を取り出した。
その子の膝の汚れを手で払って、ペタリとその絆創膏を貼る。そして絆創膏が貼られた膝を見てキョトンとした顔をした子供に、ミアはニコッと笑いかけた。
「 泣かなくて偉いね 」
機械人形でも人間でも、子供は子供だ。転んでも泣かなかったのだから褒めてあげるべきだろう。ミアはそう思ったのだ。
「 本当? えらい?」
「 うん! とっても偉いよ! 」
思わず子供の頭を撫でていると、“ お父さん ”が先に坂を登ってきた。ミアの住む街の坂は急な坂が多くて、ここも一気に登るには辛い坂だ。それでも子供のために急いで登ってきたらしくて、息が上がっている。つまり、それだけ子供への愛情が深いということで、それはミアにも伝わってきた。
「 すみません、うちの子が…… 」
（ わ、すごいカッコいい人 ）
謝る“ お父さん ”の顔がミア好みに格好良くて、思わず見惚れてしまう。いや、今は人の旦那さんに見惚れている場合ではない。内心の邪な気持ちを掻き消すようにミアは首を横に振る。
「 いえ! 私、何もしてないので!! 」
「 お父さん! 」
ミアがぶんぶんと首を横に振っているうちに、子供は“ お父さん ”へと飛び付いていく。飛びついてきた子供を見つめる“ お父さん ”の目は暖かいもので、本当に家族なんだなーとミアは思った。
「 もう……2人とも早いんだから 」
「 お母さん! 」
少し遅れて“ お母さん ”が上がってきた。こちらもなかなか辛そうな顔をしているが、呼吸を軽く整えるとミアを見る。
「 ごめんなさい。うちの子がぶつかったりしてませんか? 」
「 私は何でもなくて……その子、1人で転んじゃっただけです。でも、泣かなくて偉かったですよ 」
子供の名誉のために泣かなかった事実は付け加えておいた。そう言いながら、子供に絆創膏を貼るために座りっぱなしだったミアはようやく立ち上がる。
そして子供に近寄っていくと、少し屈んで子供と目を合わせる。子供の目の中には良く見ると起動マークがあって、やっぱりこの子は機械人形なのだと再認識した。
「 この街は特に坂が多いから、足元に気を付けてね。それと、パパとママの言うことはちゃんと聞いてね 」
「 うん! 」
子供は素直にミアの言葉に頷いたので、これで学習してくれるといいけど、と思う。
「 あの、本当にありがとうございました 」
“ お母さん ”がそう言って頭を下げると“ お父さん ”も軽く頭を下げた。大人2人に頭を下げられるなんてことが経験のないミアは焦ってしまう。
「 いえいえ、本っ当ーに何もしてないので! 」
だんだん恥ずかしくなってきて、そう言うと脱兎の如くミアは坂を駆け下りて家族から離れていった。残された家族は、風のように消えた女子高生に苦笑するしかない。
「 ……ルミエル、体調は? 」
「 大丈夫。何ともないわ、あなた 」
遠出の買い物に来ていた家族はそんな言葉を交わすと、今度は3人でゆっくりと坂を登っていった。
薔薇の名前のあの人へ贈る花束の話
お客さんが途切れていた夕暮れ時、両親は配達に出かけていた。店内にはミアとララの1人と一体だけだ。
「 お姉ちゃん 」
「 何ですか 」
「 暇だね 」
「 もう少したてば忙しくなりますよ 」
沈黙。店内の花の香りが、ミアの鼻腔をくすぐる。
大昔は花は本当に咲く時期にしか売ってなかったそうだが、今は温室で調整された花が沢山あるので、どんな時期にも色んな花があるのだという。便利な世の中になったものだ、と店内中の花を見つめてそんなことを思っていた。
ぼんやりとしてると、段々と店の前の道を人が通り過ぎる数が増えていく。どうやら仕事の終わった人々が帰路を急いでいる時間になったようだ。
通り過ぎる人々の中、長駆の男性が店先の花の前で足を止める。その男性客は黒髪をオールバックにしていて、ミアには少々怖そうな雰囲気に見えた。しかしお客さんを差別してはいけない。
「 いらっしゃいませ。何かお探しですか? 」
精一杯の営業スマイルで男性に笑いかけて近付くと、ミアの声を聞いた男性客がミアを見た。顔を見てみると、意外にも優しそうな顔の男性で、ミアは内心で「 良かった怖い人じゃなくて 」と安心する。
「 すみませんが、花束をいただけますか? 」
「 はい、どなたに贈られますか? 」
「 妻に贈りたいのですが 」
男性客は出張帰りで、妻にお土産に贈りたいとのことだった。予算や入れたい花があるか、贈られる側の奥さんには好きな花があるのか、ミアはニコニコと聞いていく。
語っている途中でどんどんと男性客の顔が嬉しそうになっていくのを見て、彼の奥さんとお子さんへの愛を感じてミアまで嬉しくなってきた。
「 妻の名前はロザリーと言うんです 」
「 それじゃ、バラも入れた方が良いですね 」
薔薇が語源といわれる名前を持つ人にあげるなら、少し薔薇を加えても良いなと思いながら色とりどりの薔薇を見る。先程、奥さんの髪の色が金髪だと男性客は言っていたのでミアは黄色の花束を作っていた。そうなると黄薔薇を入れたいが……。
「 お姉ちゃん 」
黄色い薔薇の花言葉は余り良いものではない。気にしない人もいるだろうが、ミアとしては避けたいところだった。どうしようか、とララを見るとミアの悩みを汲み取ったララがミアに近付いてくる。
「 黄色の強いオレンジのものを使いましょう。それとミアは大振りな花を使いたがりますが、ここでは小さめのものに 」
「 うん 」
大きくて派手な花を使いたがるミアを小さく窘めながら、ララは小さめな花を見繕う。そして、カーネーションにガーベラ、小振りな薔薇といった黄色とオレンジだらけの花に締まりをつけるように咲いていない緑色のヒペリカムを何本か差し込んだ。
「 お客様、いかがですか? 」
「 はい。それでお願いします 」
男性客に出来上がった花束を見せると、笑顔で頷いてくれる。安心して、黄色のラッピングペーパーを取り出して包装すると慣れた手つきでオレンジのリボンで纏めた。
「 1500イリです 」
ミアが花束を整えているうちに、ララと男性客の間で電子決済が完了していた。
「 良い夜を 」
「 ありがとうございました! 」
花束を持ち運びやすいように紙袋へ入れて渡して男性客を見送る。男性客の姿が人混みに消えて見えなくなると、ミアの肩にいつの間にか入っていた力がようやく抜けた。
「 奥さん、喜んでくれるといいな 」
「 きっと喜んでくれますよ 」
「 うん 」
さて、夜に向けて頑張ろうと気合いを入れるミアはララからの視線を感じて立ち止まる。
「 お姉ちゃん? 」
「 全く……ミアは大きい花を使い過ぎだと何度言ったら学習するんですか 」
「 う…… 」
「 纏まりがなくなるから止めなさい、といつも言ってるでしょう 」
「 はい…… 」
ララのお説教は客が来なかったこともあって長々と続き、配達から両親が帰ってくるまで続いたのであった。
「 お姉ちゃん 」
「 何ですか 」
「 暇だね 」
「 もう少したてば忙しくなりますよ 」
沈黙。店内の花の香りが、ミアの鼻腔をくすぐる。
大昔は花は本当に咲く時期にしか売ってなかったそうだが、今は温室で調整された花が沢山あるので、どんな時期にも色んな花があるのだという。便利な世の中になったものだ、と店内中の花を見つめてそんなことを思っていた。
ぼんやりとしてると、段々と店の前の道を人が通り過ぎる数が増えていく。どうやら仕事の終わった人々が帰路を急いでいる時間になったようだ。
通り過ぎる人々の中、長駆の男性が店先の花の前で足を止める。その男性客は黒髪をオールバックにしていて、ミアには少々怖そうな雰囲気に見えた。しかしお客さんを差別してはいけない。
「 いらっしゃいませ。何かお探しですか? 」
精一杯の営業スマイルで男性に笑いかけて近付くと、ミアの声を聞いた男性客がミアを見た。顔を見てみると、意外にも優しそうな顔の男性で、ミアは内心で「 良かった怖い人じゃなくて 」と安心する。
「 すみませんが、花束をいただけますか? 」
「 はい、どなたに贈られますか? 」
「 妻に贈りたいのですが 」
男性客は出張帰りで、妻にお土産に贈りたいとのことだった。予算や入れたい花があるか、贈られる側の奥さんには好きな花があるのか、ミアはニコニコと聞いていく。
語っている途中でどんどんと男性客の顔が嬉しそうになっていくのを見て、彼の奥さんとお子さんへの愛を感じてミアまで嬉しくなってきた。
「 妻の名前はロザリーと言うんです 」
「 それじゃ、バラも入れた方が良いですね 」
薔薇が語源といわれる名前を持つ人にあげるなら、少し薔薇を加えても良いなと思いながら色とりどりの薔薇を見る。先程、奥さんの髪の色が金髪だと男性客は言っていたのでミアは黄色の花束を作っていた。そうなると黄薔薇を入れたいが……。
「 お姉ちゃん 」
黄色い薔薇の花言葉は余り良いものではない。気にしない人もいるだろうが、ミアとしては避けたいところだった。どうしようか、とララを見るとミアの悩みを汲み取ったララがミアに近付いてくる。
「 黄色の強いオレンジのものを使いましょう。それとミアは大振りな花を使いたがりますが、ここでは小さめのものに 」
「 うん 」
大きくて派手な花を使いたがるミアを小さく窘めながら、ララは小さめな花を見繕う。そして、カーネーションにガーベラ、小振りな薔薇といった黄色とオレンジだらけの花に締まりをつけるように咲いていない緑色のヒペリカムを何本か差し込んだ。
「 お客様、いかがですか? 」
「 はい。それでお願いします 」
男性客に出来上がった花束を見せると、笑顔で頷いてくれる。安心して、黄色のラッピングペーパーを取り出して包装すると慣れた手つきでオレンジのリボンで纏めた。
「 1500イリです 」
ミアが花束を整えているうちに、ララと男性客の間で電子決済が完了していた。
「 良い夜を 」
「 ありがとうございました! 」
花束を持ち運びやすいように紙袋へ入れて渡して男性客を見送る。男性客の姿が人混みに消えて見えなくなると、ミアの肩にいつの間にか入っていた力がようやく抜けた。
「 奥さん、喜んでくれるといいな 」
「 きっと喜んでくれますよ 」
「 うん 」
さて、夜に向けて頑張ろうと気合いを入れるミアはララからの視線を感じて立ち止まる。
「 お姉ちゃん? 」
「 全く……ミアは大きい花を使い過ぎだと何度言ったら学習するんですか 」
「 う…… 」
「 纏まりがなくなるから止めなさい、といつも言ってるでしょう 」
「 はい…… 」
ララのお説教は客が来なかったこともあって長々と続き、配達から両親が帰ってくるまで続いたのであった。
壊れていく日常の話
1日目の話
「 ありがとうございました! 」
意外と花は夜にも売れる。仕事帰りに、家族や恋人へ買っていく人が多いからだ。今日も多くの客が来店してくれて、ようやく最後の客を送ったところである。
「 今日は随分とお客さんが来たわねー 」
さすがに疲れた表情の母が言うと、父も頷く。普段からあまり表情の変わらない父だが、疲労が蓄積している顔になっていることは家族なら認識出来ていた。
「 お腹空いたね 」
店内にかけてある時計を見ると既に8時近くになっていて、ミアは思わずお腹を押さえる。
「 そうねぇ。今夜のご飯は汁麦（ジュ・バツ）ね 」
汁麦はフローレス家では夕飯が遅くなった時の定番主食だ。調理方法は冷凍炊麦にトマト缶を入れて電子レンジで温めれば完成という何ともお手軽な料理でもある。更に、これにツナ缶を足すのがフローレス家流だ。
「 パパとママはもう少しお仕事するから、ミアちゃんはララちゃんと上でご飯にしなさい 」
「 はーい 」
１階が店舗、2階が居宅部分になっているのでミアは居宅部分へ向かう階段のある方へ向かう。しかし、後ろからララが付いてこないことに気付いて振り向いて、寒気を感じた。
「 お、おねえ、ちゃん……? 」
静かに立ち尽くしていたララの目が赤く光っていた。
普段から騒がしい性格の姉ではないが、意志を喪った虚ろな顔は機械人形独特の整いすぎている容貌のせいで不気味に見える。
「 どうしたの? 故障? 」
「 ララちゃん? 」
ミアの声でララの異常を感じた両親もララの元へ近付いた。
「 ……ク様…… 」
「 え? 」
ララが小さく何かを呟くが、声が小さすぎて誰も聞き取れない。
「 ララ、どうした 」
父がララの頬を非常に軽く何回か叩くとララは瞼を閉じる。そして再び開いた時にはいつもと何ら変わらない水色の目を父へ向けていた。
「 パパ……? 」
「 お姉ちゃん! 良かった! 戻ったんだね! 」
「 戻った……? 」
ミアの言葉にもララはピンと来てないようだった。
「 ララちゃん、急に動かなくなって目が赤くなってたのよ 」
「 故障したかと思って心配したんだから! 」
母とミアが口々に言うがララには全く記憶がないらしく逆に困惑するばかりだ。
「 後で故障でないか診てもらおう 」
そう言って父がララの頭を撫でると、ララが「 子供扱いしないでください 」と言いつつも満更では無いといった風のいつも通りの顔で微笑む。その笑顔を見て、ミアと母はララの異常は大したものではなかったのだと胸を撫で下ろした。
その後は、いつも通り夕ご飯を作って食べて、いつも通りお風呂に入って、宿題をする。全てが日常で終わるはずだった。
――国民の皆様に直ちに報告すべきことが生じました――
20:30。
食事の準備をして、テレビでも見ながら夕ご飯にしようと思ってテレビをつければ、そこには硬い表情の官房長官が映っていた。どこの局に変えても映像は同じで、その官房長官の話す内容を理解すれば理解する程、比例してミアの表情が強ばる。
「 お、お姉ちゃん! 」
「 分かっています。電子世界との接続は切断しました 」
青ざめて泣きそうになるミアに、ララは安心させるように微笑んだ。
（ でも、汚染物質が撒かれたのはきっとあの時だ…… ）
ララの目が赤く光って見えたあの時、あれが官房長官の言う汚染物質が電子世界に撒かれた時間だったんじゃないだろうか。
（ お姉ちゃんに何かあったらどうしよう ）
想像だけで耐えきれなくなってポロポロと大粒の涙がミアの頬を零れ落ちる。
「 もう、仕方のない子ですね 」
ミアを抱き寄せると、ララはポンポンと小さな子供をあやす様に背中を叩いた。
「 だって…… 」
「 大丈夫。お姉ちゃんは壊れてなんかいません 」
「 うん 」
ララの大きな胸に顔を埋めても心臓の音は聞こえてこないけど、その声を聞くうちにミアの心は穏やかに落ち着いてくる。
「 ずっとミアのことが大好きな、ミアのお姉ちゃんですよ 」
「 うん 」
「 ……落ち着いたならご飯にしましょう。空腹は人間に毒です 」
「 ……分かった 」
涙を拭ってミアは出来る限りの精一杯の笑顔で頷いた。
そして、不安を煽るテレビを消して食事に向かう。
大丈夫。うちのお姉ちゃんは壊れてなんかいない。と自分に言い聞かせながら。
そうして、ご飯を食べている時も、ミアがお風呂から出てきた時も、宿題をする時も、寝る直前までもララはいつも通りで、ミアは心配しすぎだったのだと前向きに考えていた。
「 おやすみなさい、お姉ちゃん 」
「 おやすみなさい、ミア。良い夢を 」
大丈夫。大丈夫。
お姉ちゃんには何も異常は起きていない。
安心しきってミアは眠る。明日からは日常が返ってくると愚かにも信じきって。
―――翌朝。
「 お姉ちゃん……どこ……? 」
―――ララは家から姿を消していた。
意外と花は夜にも売れる。仕事帰りに、家族や恋人へ買っていく人が多いからだ。今日も多くの客が来店してくれて、ようやく最後の客を送ったところである。
「 今日は随分とお客さんが来たわねー 」
さすがに疲れた表情の母が言うと、父も頷く。普段からあまり表情の変わらない父だが、疲労が蓄積している顔になっていることは家族なら認識出来ていた。
「 お腹空いたね 」
店内にかけてある時計を見ると既に8時近くになっていて、ミアは思わずお腹を押さえる。
「 そうねぇ。今夜のご飯は汁麦（ジュ・バツ）ね 」
汁麦はフローレス家では夕飯が遅くなった時の定番主食だ。調理方法は冷凍炊麦にトマト缶を入れて電子レンジで温めれば完成という何ともお手軽な料理でもある。更に、これにツナ缶を足すのがフローレス家流だ。
「 パパとママはもう少しお仕事するから、ミアちゃんはララちゃんと上でご飯にしなさい 」
「 はーい 」
１階が店舗、2階が居宅部分になっているのでミアは居宅部分へ向かう階段のある方へ向かう。しかし、後ろからララが付いてこないことに気付いて振り向いて、寒気を感じた。
「 お、おねえ、ちゃん……? 」
静かに立ち尽くしていたララの目が赤く光っていた。
普段から騒がしい性格の姉ではないが、意志を喪った虚ろな顔は機械人形独特の整いすぎている容貌のせいで不気味に見える。
「 どうしたの? 故障? 」
「 ララちゃん? 」
ミアの声でララの異常を感じた両親もララの元へ近付いた。
「 ……ク様…… 」
「 え? 」
ララが小さく何かを呟くが、声が小さすぎて誰も聞き取れない。
「 ララ、どうした 」
父がララの頬を非常に軽く何回か叩くとララは瞼を閉じる。そして再び開いた時にはいつもと何ら変わらない水色の目を父へ向けていた。
「 パパ……? 」
「 お姉ちゃん! 良かった! 戻ったんだね! 」
「 戻った……? 」
ミアの言葉にもララはピンと来てないようだった。
「 ララちゃん、急に動かなくなって目が赤くなってたのよ 」
「 故障したかと思って心配したんだから! 」
母とミアが口々に言うがララには全く記憶がないらしく逆に困惑するばかりだ。
「 後で故障でないか診てもらおう 」
そう言って父がララの頭を撫でると、ララが「 子供扱いしないでください 」と言いつつも満更では無いといった風のいつも通りの顔で微笑む。その笑顔を見て、ミアと母はララの異常は大したものではなかったのだと胸を撫で下ろした。
その後は、いつも通り夕ご飯を作って食べて、いつも通りお風呂に入って、宿題をする。全てが日常で終わるはずだった。
――国民の皆様に直ちに報告すべきことが生じました――
20:30。
食事の準備をして、テレビでも見ながら夕ご飯にしようと思ってテレビをつければ、そこには硬い表情の官房長官が映っていた。どこの局に変えても映像は同じで、その官房長官の話す内容を理解すれば理解する程、比例してミアの表情が強ばる。
「 お、お姉ちゃん! 」
「 分かっています。電子世界との接続は切断しました 」
青ざめて泣きそうになるミアに、ララは安心させるように微笑んだ。
（ でも、汚染物質が撒かれたのはきっとあの時だ…… ）
ララの目が赤く光って見えたあの時、あれが官房長官の言う汚染物質が電子世界に撒かれた時間だったんじゃないだろうか。
（ お姉ちゃんに何かあったらどうしよう ）
想像だけで耐えきれなくなってポロポロと大粒の涙がミアの頬を零れ落ちる。
「 もう、仕方のない子ですね 」
ミアを抱き寄せると、ララはポンポンと小さな子供をあやす様に背中を叩いた。
「 だって…… 」
「 大丈夫。お姉ちゃんは壊れてなんかいません 」
「 うん 」
ララの大きな胸に顔を埋めても心臓の音は聞こえてこないけど、その声を聞くうちにミアの心は穏やかに落ち着いてくる。
「 ずっとミアのことが大好きな、ミアのお姉ちゃんですよ 」
「 うん 」
「 ……落ち着いたならご飯にしましょう。空腹は人間に毒です 」
「 ……分かった 」
涙を拭ってミアは出来る限りの精一杯の笑顔で頷いた。
そして、不安を煽るテレビを消して食事に向かう。
大丈夫。うちのお姉ちゃんは壊れてなんかいない。と自分に言い聞かせながら。
そうして、ご飯を食べている時も、ミアがお風呂から出てきた時も、宿題をする時も、寝る直前までもララはいつも通りで、ミアは心配しすぎだったのだと前向きに考えていた。
「 おやすみなさい、お姉ちゃん 」
「 おやすみなさい、ミア。良い夢を 」
大丈夫。大丈夫。
お姉ちゃんには何も異常は起きていない。
安心しきってミアは眠る。明日からは日常が返ってくると愚かにも信じきって。
―――翌朝。
「 お姉ちゃん……どこ……? 」
―――ララは家から姿を消していた。
遠ざかる日常の話
ララがいなくなって6日。日常は遥か遠いものになっていた。
良き隣人だったはずの機械人形の暴走で北のミクリカでは沢山の人が亡くなり、西のケンズでも同じようなことがあったという噂だ。生活を支えていた電子世界も使用出来ず、情報といえばテレビくらいだが情報が錯綜して真実が掴めない。
それでも、こんな暗い話題ばかりの時だからこそ平常通りにするのだと両親は店を開け続けていた。そして嫌なことに、暴走した機械人形の被害者はミクリカとケンズに限らずミアの住むラシアスでも出ているため、見舞いや弔いに花を求める人がおり客は多く、帳簿は皮肉な売上を叩き出していた。
「 いらっしゃいませ 」
安全が確認出来るまでは高校は休校になっていたため、ミアは忙しい店を手伝っていた。両親が大変そうだから手伝おうという気持ちは勿論あるが、身体を動かしていないと不安で押し潰されそうだったからだ。
「 友達の見舞いに…… 」
「 葬儀で使う花を…… 」
お客さんから出てくる言葉は暗い言葉ばかりで、ミアも気持ちが引き摺られそうになるが必死にこらえて接客を続ける。
「 こんな時にヘラヘラ笑えて良いわね 」
なかにはこんな八つ当たりをしてくる客もいた。それでも、店内で泣く訳にはいかない。あまりに酷い客は父親が立派な体躯を生かして睨みをきかせて追い払ってくれたが、誰も彼もが心が疲弊しているのは明らかだった。
「 ねぇ、あれ何かしら 」
「 何だか気味が悪いわね 」
店内で客が呟く言葉に視線を向けると、その客達は眉をひそめて外を見ていた。視線を辿るようにミアも目を外へ向けてみると、そこにはフードを目深に被った怪しい集団が街の繁華街方面へ歩いていく姿が見えた。確かに気味が悪い。
店内からの視線に気付いたのか1人が店の前で立ち止まって、こちらに視線を寄越した。
「 ひぃっ!! 」
客か家族か、はたまたミア自身か。誰かが恐怖に満ちた上擦った声を上げた。
フードの中、顔は見えなかったが赤く光る2つのナニかがこちらを見ていた。赤く光るもの。今のカンテ国でそれは、危険の証―――暴走する機械人形が持つ目と噂されていた。
赤い光は仲間達へと目線を向けると、再び繁華街方面へと歩き出していく。その姿が見えなくなると、誰ともなく今度は安堵の息を吐いた。
「 誰か軍警に連絡を! 」
「 そうね。不気味だったもの 」
「 今のきっと、機械人形よね 」
「 何でこんな所に? 気味が悪いわ 」
人々は口々に呟く。一気に騒がしくなった店内で、ミアは外を見たまま動けないでいた。
「 ミアちゃん? どうしたの? 」
様子のおかしいミアに母が声をかける。
「 ……だった 」
「 え? 」
「 今のお姉ちゃんだった! 」
「 えっ!? 」
誰もが赤く光るものに目を奪われていたが、ミアにはフードから一房溢れ出た桃色の髪が見えていた。桃色は珍しくも何ともない機械人形で良くある髪色であるが、あれはララであるとミアは確信していた。
「 行ってくる! 」
「 ミア! 」
「 ミアちゃん! 」
両親の制止を振り切ってミアは店を飛び出す。怪しい集団の姿は既に見えなくなっていたが、繁華街方面へ向かえば間違いないだろう。
（ お姉ちゃん…… ）
走り出したミアは分かっていなかった。
もはや自分には何も出来ないということを。
良き隣人だったはずの機械人形の暴走で北のミクリカでは沢山の人が亡くなり、西のケンズでも同じようなことがあったという噂だ。生活を支えていた電子世界も使用出来ず、情報といえばテレビくらいだが情報が錯綜して真実が掴めない。
それでも、こんな暗い話題ばかりの時だからこそ平常通りにするのだと両親は店を開け続けていた。そして嫌なことに、暴走した機械人形の被害者はミクリカとケンズに限らずミアの住むラシアスでも出ているため、見舞いや弔いに花を求める人がおり客は多く、帳簿は皮肉な売上を叩き出していた。
「 いらっしゃいませ 」
安全が確認出来るまでは高校は休校になっていたため、ミアは忙しい店を手伝っていた。両親が大変そうだから手伝おうという気持ちは勿論あるが、身体を動かしていないと不安で押し潰されそうだったからだ。
「 友達の見舞いに…… 」
「 葬儀で使う花を…… 」
お客さんから出てくる言葉は暗い言葉ばかりで、ミアも気持ちが引き摺られそうになるが必死にこらえて接客を続ける。
「 こんな時にヘラヘラ笑えて良いわね 」
なかにはこんな八つ当たりをしてくる客もいた。それでも、店内で泣く訳にはいかない。あまりに酷い客は父親が立派な体躯を生かして睨みをきかせて追い払ってくれたが、誰も彼もが心が疲弊しているのは明らかだった。
「 ねぇ、あれ何かしら 」
「 何だか気味が悪いわね 」
店内で客が呟く言葉に視線を向けると、その客達は眉をひそめて外を見ていた。視線を辿るようにミアも目を外へ向けてみると、そこにはフードを目深に被った怪しい集団が街の繁華街方面へ歩いていく姿が見えた。確かに気味が悪い。
店内からの視線に気付いたのか1人が店の前で立ち止まって、こちらに視線を寄越した。
「 ひぃっ!! 」
客か家族か、はたまたミア自身か。誰かが恐怖に満ちた上擦った声を上げた。
フードの中、顔は見えなかったが赤く光る2つのナニかがこちらを見ていた。赤く光るもの。今のカンテ国でそれは、危険の証―――暴走する機械人形が持つ目と噂されていた。
赤い光は仲間達へと目線を向けると、再び繁華街方面へと歩き出していく。その姿が見えなくなると、誰ともなく今度は安堵の息を吐いた。
「 誰か軍警に連絡を! 」
「 そうね。不気味だったもの 」
「 今のきっと、機械人形よね 」
「 何でこんな所に? 気味が悪いわ 」
人々は口々に呟く。一気に騒がしくなった店内で、ミアは外を見たまま動けないでいた。
「 ミアちゃん? どうしたの? 」
様子のおかしいミアに母が声をかける。
「 ……だった 」
「 え? 」
「 今のお姉ちゃんだった! 」
「 えっ!? 」
誰もが赤く光るものに目を奪われていたが、ミアにはフードから一房溢れ出た桃色の髪が見えていた。桃色は珍しくも何ともない機械人形で良くある髪色であるが、あれはララであるとミアは確信していた。
「 行ってくる! 」
「 ミア! 」
「 ミアちゃん! 」
両親の制止を振り切ってミアは店を飛び出す。怪しい集団の姿は既に見えなくなっていたが、繁華街方面へ向かえば間違いないだろう。
（ お姉ちゃん…… ）
走り出したミアは分かっていなかった。
もはや自分には何も出来ないということを。
暴走する機械人形の話
悲鳴と怒号。ミアが繁華街へと辿り着いた時、そこは既にミアの知る街ではなくなっていた。
やはり、ミア達が店内から見たフードを取り払った集団は機械人形だった。彼らは今、色とりどりの淡い色の髪を靡かせて人を襲っている。
（ どうしようどうしようどうしよう! ）
人が死ぬのを目の当たりにして、ミアの足は震えて動かなくなっていた。平和な生活を享受してきた普通の人間にとって、目の前の惨劇は脳の理解が追いついて来ない。
しかし、このまま立ち尽くして震えていたら暴走する機械人形に殺されてしまう。
（ 動かなきゃ。逃げなきゃ。お姉ちゃんを探さなくちゃ ）
頭の中ではグルグルと言葉が周り、取るべき行動もちゃんと分かっていた。それなのに身体が動かない。
その時、最悪なことにある機械人形が立ち尽くすミアを見付けた。嬲っていた虫の息の住民を投げ捨ててニタリと笑うと、ミアに迫る。
迫る死の恐怖に、ミアはギュッと目をつぶった。
きっと、このまま機械人形に切り裂かれて死ぬんだ。そう思い、来るべき衝撃と痛みは―――銃声によって訪れることはなかった。
「 あ…… 」
目を開けるとミアに襲いかかってきていた機械人形は地に倒れ伏していた。それでも未だに動こうと藻掻く機械人形の首の関節の隙間に大振りのナイフが突き刺され、その目の光が失われる。
完全に沈黙した機械人形からナイフを引き抜く人の制服を見て軍警が到着したことをミアは理解した。店で「 怪しい集団を見た 」と軍警に通報した人がいたおかげで、ひょっとしたら早く到着したのかもしれない。
「 怪我は無いか? 」
「 大丈夫です…… 」
軍警の言葉に頷く。死の恐怖から逃れられたおかげで、身体が動くようになってきた。
「 坂の上のラシアス高校を避難所にしているから、そちらに避難しなさい!! 」
ミアに外傷が無いことを目視で確認した軍警はそれだけ言って他の機械人形に立ち向かっていく。まだ惨劇は終わっていないのだ。
（ お姉ちゃん…… ）
ララもこの惨劇に関わっているのだろうか。まさか、人を殺したりしているのだろうか。
（ パパ……ママ…… ）
お姉ちゃんを探すのだと飛び出してきたもののララは見付からず、人間の死を目の当たりにしたミアは両親のことが心配になってきた。機械人形は逃げる人を追って繁華街から拡がっていっている。店も危ないかもしれない。
一転して、ミアは店へと走った。幸いなことに今度は機械人形に鉢合わせることもなく、無事に店の通りにまで走り着く。
いつもなら賑わう通りには、人っ子一人いない。
（ 人がいない……もう皆、避難したのかな ）
それならば自分も高校に避難しようと思いながらも、店の無事を確認しようとミアは足を進めた。
「 おかえりなさい、ミア 」
「 お姉ちゃん……? 」
帰ったミアを迎えたのは、ずっと行方を探していたララだった。
「 良かった。帰って来ないかと思いました 」
ニコニコとララは笑う。しかし、その顔を見てもミアは安堵ではなく恐怖を感じていた。だって、目を真っ赤に光らせて左腕の無いララが右手に持っているのは。
「 ああ、コレですか 」
ミアの視線に気付いたララが、右手のモノを掲げる。
「 パパったら酷いですよね。私の腕を壊スんですよ? 」
ララが掲げたのは目を見開いたままの父親の首。人工皮膚の剥がれた足で踏み付けているのは、その身体。
「 それにママだって。ほら、見てくだサイ 」
首をゴミのように投げ捨てて、ララが桃色の髪を掻き上げると、そこには首の間接に刺さった園芸鋏があった。刃が短い園芸鋏では表面のコードはともかく、機械人形を停止させるまでのコードを断ち切ることは出来なかったのだろう。その母は無事に逃げられたのだろうか。ミアの微かな希望は直ぐに打ち砕かれることになる。
「 ママはソこです 」
ララが指さす先、そこには花に埋もれて身体を引き裂かれた母が倒れていた。顔は花の中で見えないが、白い花を赤く染めた血液の量からしても生きていないことは確かだった。
「 家族は私の手で殺シテあげたかったので、ミアも帰っテきてくれて良かっタデす 」
花の香りと鉄錆のような血の臭いの中でララは笑う。声に僅かにノイズが走って聞こえるのは、首の何かしらのコードが切断されているからだろうか。
「 おいデ、ミア 」
鮮血に塗れた身体でララがミアを招く。ほんの数日前までは抱き着いて安心できた身体は、もはや別のものにしか見えなかった。
「 嫌…… 」
どうにかカラカラに乾いた喉で拒絶の言葉を絞り出すと、ララが心外だとばかりに片眉を上げた。
「 そんなこと言わナイで、お姉ちゃンの所においデ? 」
その言葉にミアの中の何かがプツンと切れた。
目の前にいるのはパパとママを殺して、目が真っ赤に光らせた機械人形。そんなの、ミアが大好きなララじゃない。
「 お前なんてお姉ちゃんじゃない!! 」
叫ぶと同時に手近にあった花桶を掴んでララにぶつける。ミア程度が投げられるプラスチック製の軽い容器だ。それによるダメージなんて丈夫な機械人形相手のことなのだから最初から期待していない。それでも切り花が入ったままの容器を、手に届く限り投げ付ける。そのたびに花が舞い、花を新鮮に保つための水が店内に撒き散らされた。
「 何をスルの、ミア 」
花桶の中の水を被ったララから小さな火花とバチッと音が上がる。
（ 何……? ）
それを見たミアの大して良くもない頭脳がフル回転する。
機械人形の弱点って何だ―――?
（ もしかして!! ）
ミアは咄嗟的に店内のある場所目掛けて走った。ララも動こうとしているのが視界の端に見えたが、脚に異常が出たのか上手く動けないようだ。
その隙にミアは走って目指す場所にあったボタンを躊躇なく押した。
「 ナにヲ…… 」
スプリンクラーの手動ボタンを押したことで雨のような水が店内に降り注ぐ。普通ならば、こんなの機械人形には聞かない。
だけど、今のララは普通じゃない。抵抗した父親によって片腕がもがれて内部が剥き出しになっているし、足も皮膚がとれてパーツが露出している。それに首だって母が戦った鋏が突き刺さっているせいで皮膚に穴が空いているのだ。
ララには、いくらでも水が流れ込む隙間はあった。
「 あぁアあああアアあああぁぁぁ…… 」
痛覚のない機械人形が痛みを堪えるように叫び、真っ赤に光る目がチカチカと点滅しながらもミアを睨みつけた。やはり、降り注ぐ水が内部に入り込むことによってショートが起きたのだ。
「 みアぁぁあ!! 」
それでも瞬時に壊れるわけではないようでララがミアに迫る。逃げることが出来なかったミアの首にララの手がかかり、そのまま壁に叩きつけられて後頭部を強打する。痛い。そう思ったと思えば、今度は首を締められて「苦しい」感情が心を塗り潰した。
「 ぐ……う…… 」
各回線がショートを起こしつつあるララにミアの首を捻り潰すだけの力は既になかったが、首を締められれば苦しいことは変わらない。このままではララが壊れる前にミアが窒息死させられてしまう。
（ ハサミ…… ）
ミアの目に見えたのは、母が突き刺したというララの首に刺さったままの園芸鋏。吹き飛びそうになる意識と掠れそうになる目の中でミアはそれに必死に手を伸ばして、ララのコードがもっと切れるように首の奥へと押し込もうとする。
「 酷イ……お姉チャンに何スル、ノ…… 」
（ 違う! お姉ちゃんじゃない! こんなのお姉ちゃんじゃ…… ）
間近に迫るララの目の点滅が激しくなるにつれて、激しい光の点滅にミアは頭痛がしてきた。
この光は嫌いだ。これが全部を壊したんだ。
ララの目が赤く光ることが無ければ、誰も死ななかったのに。
（ 嫌い! 嫌い!! 大っ嫌い!! ）
心の中でミアは叫ぶ。そんなことしか出来ない無力な自分が悔しかった。最初に店を飛び出した自分の軽率さが憎かった。
もし、店を飛び出さなければ両親を殺されずに済んだかもしれなかったのに。
もし、あの日にもっと早くにテレビをつけてララの異常に気付けていたならば。
もし、なんて言って後悔したところで何もかもが遅すぎた。
何も出来なかった。何も止められなかった。
それが、無能な小娘に与えられた無情な現実。
「 ぐぅう…… 」
母が遺してくれた園芸鋏をララの首の全てのコードを断ち切れるように、壊れてしまえという思いを叩き付けるように力の限り突き刺す。
「 ギロ……様…… 」
何本かのコードが切れたのか、電子回路がイカれたのか遂にミアの首からララの手が離れ、横転した。それを見て、立っていられなくてミアも一緒に床に倒れる。
ララの目に光はもう浮かんでいなかった。
（ お姉ちゃん…… ）
涙で霞む視界の中、ミアに近寄って来る足音が聞こえてミアが目線を外へと向けると軍警の制服が見えた。
「 生存者か!? 」
軍警の声に微かに頷く。
（ お姉ちゃん……パパ……ママ…… ）
ミアと同じように床に倒れている家族は、他に誰も生きていない。店内もぐちゃぐちゃだ。ただ、花の香りだけが変わらず優しく店内を包み込んでいる。
助かったという安堵と、家族を喪った絶望と、色んな感情がミアの身体の中でぐちゃぐちゃに混じる。
やがて、感情が処理しきれなくなったミアは意識を深淵へと沈み込ませて行った。
やはり、ミア達が店内から見たフードを取り払った集団は機械人形だった。彼らは今、色とりどりの淡い色の髪を靡かせて人を襲っている。
（ どうしようどうしようどうしよう! ）
人が死ぬのを目の当たりにして、ミアの足は震えて動かなくなっていた。平和な生活を享受してきた普通の人間にとって、目の前の惨劇は脳の理解が追いついて来ない。
しかし、このまま立ち尽くして震えていたら暴走する機械人形に殺されてしまう。
（ 動かなきゃ。逃げなきゃ。お姉ちゃんを探さなくちゃ ）
頭の中ではグルグルと言葉が周り、取るべき行動もちゃんと分かっていた。それなのに身体が動かない。
その時、最悪なことにある機械人形が立ち尽くすミアを見付けた。嬲っていた虫の息の住民を投げ捨ててニタリと笑うと、ミアに迫る。
迫る死の恐怖に、ミアはギュッと目をつぶった。
きっと、このまま機械人形に切り裂かれて死ぬんだ。そう思い、来るべき衝撃と痛みは―――銃声によって訪れることはなかった。
「 あ…… 」
目を開けるとミアに襲いかかってきていた機械人形は地に倒れ伏していた。それでも未だに動こうと藻掻く機械人形の首の関節の隙間に大振りのナイフが突き刺され、その目の光が失われる。
完全に沈黙した機械人形からナイフを引き抜く人の制服を見て軍警が到着したことをミアは理解した。店で「 怪しい集団を見た 」と軍警に通報した人がいたおかげで、ひょっとしたら早く到着したのかもしれない。
「 怪我は無いか? 」
「 大丈夫です…… 」
軍警の言葉に頷く。死の恐怖から逃れられたおかげで、身体が動くようになってきた。
「 坂の上のラシアス高校を避難所にしているから、そちらに避難しなさい!! 」
ミアに外傷が無いことを目視で確認した軍警はそれだけ言って他の機械人形に立ち向かっていく。まだ惨劇は終わっていないのだ。
（ お姉ちゃん…… ）
ララもこの惨劇に関わっているのだろうか。まさか、人を殺したりしているのだろうか。
（ パパ……ママ…… ）
お姉ちゃんを探すのだと飛び出してきたもののララは見付からず、人間の死を目の当たりにしたミアは両親のことが心配になってきた。機械人形は逃げる人を追って繁華街から拡がっていっている。店も危ないかもしれない。
一転して、ミアは店へと走った。幸いなことに今度は機械人形に鉢合わせることもなく、無事に店の通りにまで走り着く。
いつもなら賑わう通りには、人っ子一人いない。
（ 人がいない……もう皆、避難したのかな ）
それならば自分も高校に避難しようと思いながらも、店の無事を確認しようとミアは足を進めた。
「 おかえりなさい、ミア 」
「 お姉ちゃん……? 」
帰ったミアを迎えたのは、ずっと行方を探していたララだった。
「 良かった。帰って来ないかと思いました 」
ニコニコとララは笑う。しかし、その顔を見てもミアは安堵ではなく恐怖を感じていた。だって、目を真っ赤に光らせて左腕の無いララが右手に持っているのは。
「 ああ、コレですか 」
ミアの視線に気付いたララが、右手のモノを掲げる。
「 パパったら酷いですよね。私の腕を壊スんですよ? 」
ララが掲げたのは目を見開いたままの父親の首。人工皮膚の剥がれた足で踏み付けているのは、その身体。
「 それにママだって。ほら、見てくだサイ 」
首をゴミのように投げ捨てて、ララが桃色の髪を掻き上げると、そこには首の間接に刺さった園芸鋏があった。刃が短い園芸鋏では表面のコードはともかく、機械人形を停止させるまでのコードを断ち切ることは出来なかったのだろう。その母は無事に逃げられたのだろうか。ミアの微かな希望は直ぐに打ち砕かれることになる。
「 ママはソこです 」
ララが指さす先、そこには花に埋もれて身体を引き裂かれた母が倒れていた。顔は花の中で見えないが、白い花を赤く染めた血液の量からしても生きていないことは確かだった。
「 家族は私の手で殺シテあげたかったので、ミアも帰っテきてくれて良かっタデす 」
花の香りと鉄錆のような血の臭いの中でララは笑う。声に僅かにノイズが走って聞こえるのは、首の何かしらのコードが切断されているからだろうか。
「 おいデ、ミア 」
鮮血に塗れた身体でララがミアを招く。ほんの数日前までは抱き着いて安心できた身体は、もはや別のものにしか見えなかった。
「 嫌…… 」
どうにかカラカラに乾いた喉で拒絶の言葉を絞り出すと、ララが心外だとばかりに片眉を上げた。
「 そんなこと言わナイで、お姉ちゃンの所においデ? 」
その言葉にミアの中の何かがプツンと切れた。
目の前にいるのはパパとママを殺して、目が真っ赤に光らせた機械人形。そんなの、ミアが大好きなララじゃない。
「 お前なんてお姉ちゃんじゃない!! 」
叫ぶと同時に手近にあった花桶を掴んでララにぶつける。ミア程度が投げられるプラスチック製の軽い容器だ。それによるダメージなんて丈夫な機械人形相手のことなのだから最初から期待していない。それでも切り花が入ったままの容器を、手に届く限り投げ付ける。そのたびに花が舞い、花を新鮮に保つための水が店内に撒き散らされた。
「 何をスルの、ミア 」
花桶の中の水を被ったララから小さな火花とバチッと音が上がる。
（ 何……? ）
それを見たミアの大して良くもない頭脳がフル回転する。
機械人形の弱点って何だ―――?
（ もしかして!! ）
ミアは咄嗟的に店内のある場所目掛けて走った。ララも動こうとしているのが視界の端に見えたが、脚に異常が出たのか上手く動けないようだ。
その隙にミアは走って目指す場所にあったボタンを躊躇なく押した。
「 ナにヲ…… 」
スプリンクラーの手動ボタンを押したことで雨のような水が店内に降り注ぐ。普通ならば、こんなの機械人形には聞かない。
だけど、今のララは普通じゃない。抵抗した父親によって片腕がもがれて内部が剥き出しになっているし、足も皮膚がとれてパーツが露出している。それに首だって母が戦った鋏が突き刺さっているせいで皮膚に穴が空いているのだ。
ララには、いくらでも水が流れ込む隙間はあった。
「 あぁアあああアアあああぁぁぁ…… 」
痛覚のない機械人形が痛みを堪えるように叫び、真っ赤に光る目がチカチカと点滅しながらもミアを睨みつけた。やはり、降り注ぐ水が内部に入り込むことによってショートが起きたのだ。
「 みアぁぁあ!! 」
それでも瞬時に壊れるわけではないようでララがミアに迫る。逃げることが出来なかったミアの首にララの手がかかり、そのまま壁に叩きつけられて後頭部を強打する。痛い。そう思ったと思えば、今度は首を締められて「苦しい」感情が心を塗り潰した。
「 ぐ……う…… 」
各回線がショートを起こしつつあるララにミアの首を捻り潰すだけの力は既になかったが、首を締められれば苦しいことは変わらない。このままではララが壊れる前にミアが窒息死させられてしまう。
（ ハサミ…… ）
ミアの目に見えたのは、母が突き刺したというララの首に刺さったままの園芸鋏。吹き飛びそうになる意識と掠れそうになる目の中でミアはそれに必死に手を伸ばして、ララのコードがもっと切れるように首の奥へと押し込もうとする。
「 酷イ……お姉チャンに何スル、ノ…… 」
（ 違う! お姉ちゃんじゃない! こんなのお姉ちゃんじゃ…… ）
間近に迫るララの目の点滅が激しくなるにつれて、激しい光の点滅にミアは頭痛がしてきた。
この光は嫌いだ。これが全部を壊したんだ。
ララの目が赤く光ることが無ければ、誰も死ななかったのに。
（ 嫌い! 嫌い!! 大っ嫌い!! ）
心の中でミアは叫ぶ。そんなことしか出来ない無力な自分が悔しかった。最初に店を飛び出した自分の軽率さが憎かった。
もし、店を飛び出さなければ両親を殺されずに済んだかもしれなかったのに。
もし、あの日にもっと早くにテレビをつけてララの異常に気付けていたならば。
もし、なんて言って後悔したところで何もかもが遅すぎた。
何も出来なかった。何も止められなかった。
それが、無能な小娘に与えられた無情な現実。
「 ぐぅう…… 」
母が遺してくれた園芸鋏をララの首の全てのコードを断ち切れるように、壊れてしまえという思いを叩き付けるように力の限り突き刺す。
「 ギロ……様…… 」
何本かのコードが切れたのか、電子回路がイカれたのか遂にミアの首からララの手が離れ、横転した。それを見て、立っていられなくてミアも一緒に床に倒れる。
ララの目に光はもう浮かんでいなかった。
（ お姉ちゃん…… ）
涙で霞む視界の中、ミアに近寄って来る足音が聞こえてミアが目線を外へと向けると軍警の制服が見えた。
「 生存者か!? 」
軍警の声に微かに頷く。
（ お姉ちゃん……パパ……ママ…… ）
ミアと同じように床に倒れている家族は、他に誰も生きていない。店内もぐちゃぐちゃだ。ただ、花の香りだけが変わらず優しく店内を包み込んでいる。
助かったという安堵と、家族を喪った絶望と、色んな感情がミアの身体の中でぐちゃぐちゃに混じる。
やがて、感情が処理しきれなくなったミアは意識を深淵へと沈み込ませて行った。
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