愛の日に青春を君達へ／燐花
最終更新：
rinka_creation 2021年04月14日(水) 18:32:18履歴
けじめとお菓子 
すっかり日も暮れ、辺りは暗くなり一層寒さが厳しくなる。就業時間の少し前、調達班(或いは、「結社全員チョコ配り計画、誰もぼっちと言わせない」作戦)としての行動を終えたテディは、少しだけ難しい暗い顔で廊下を歩いていた。
「……シキ、何で着いてきてんの？」
いつになく暗い顔のテディは、いつになく冷たい口調でシキに尋ねる。廊下からひょっこり現れたシキは、頭を軽く掻くと無表情のまま呟いた。
「バレた？」
「シキ…大きいんだから見付けやすいに決まってるでしょー」
「俺も着いてって良い？」
「何で」
「…逆にテディは何でそんな冷たいんだ？」
自分が蒔いた種とは言え、テディは少し後悔していた。目を閉じれば大好きな友達であるユーシンの笑顔が浮かび、頭の中でそれは次第に色彩を失くしてモノトーンになって行く。彼の笑顔が冷たく熱を失っていく気がして、テディは冷めた目をシキに向けた。
「…さあね？」
「テディ」
「もー…何なの」
だからこんな時、普段一緒におちゃらけてくれるとは言えやっぱり年上のシキの事が何だか煩わしく見えるのだ。
「テディ、その態度良くない。お前、自分の虫の居所が悪いからって周りにあからさまに分かる態度取るな」
「…シキに関係ある？」
「俺に関係あるか関係ないかそんなのどうでも良いだろ。俺が見てて気になったから言ってんの」
テンプレートの様な子供ならではの悪態とその返しがこの年頃のテディにはあった。正に今、シキに対してそれを発揮したわけだが。
『関係ある？』
その言葉一つで大抵の大人は一瞬口籠る事をテディは良く知っていた。しかし、残念ながらシキにはそれは通用しないらしい。
「とにかく、俺も着いてく」
「は？目立つから嫌なんだけど」
「良いから。俺も行く」
いつもの調達班のデコボココンビは、この日この瞬間火の消えたようにしんと静まり返り、普段の明るさを完全に失くしていた。
「あ、テディー！」
「ユーシン…」
「遅いよー！別行動してからどこ歩いてたの！？ミアさん帰っちゃったらどうするんだよー！？」
いつもの調子で頬を赤らめ、息を少し荒げながらユーシンが向かって来たので、ほんの少しだけテディにいつもの調子が戻る。彼の後ろに居たシュオニはテディの元気の無い様子を見て不安気にシキを見たが、シキは少し目配せすると首を横に振った為シュオニも何も言わなかった。
「へへっ、ユーシンあげそびれちゃったりして？」
「怖い事言わないでくれる！？本当になったらどうするんだよ！？」
「へへへ…」
そうであって欲しい。
テディの顔にそんな風に書いてある気がして、シキは少しだけ暗い顔色になる。
「(あ…俺も…)」
何となくいつもと違う空気を察したシキは携帯端末を取り出すと、ロードに連絡を入れた。
『兄貴。ちょっとトラブったかも。いや、まだだけど。でも多分夕飯間に合わない。先食ってて』
すぐに既読が付くと、メッセージが返って来た。この返しの速さはシキを安心させた。
『了解です。トラブルは起きたんですか？まだなんですか？どっちですか？多分調達班でだと思いますが、まあ珍しくよくちゃんと連絡してきましたね。八時までは待っててあげますが、過ぎたら冷蔵庫行きにします』
『間に合ったら聞いてくれる？』
『良いですよ。過ぎたら明日以降です』
シキはそれを見ると何も言わず端末をしまった。早く兄貴の飯食いたいな。と思いつつ、でも今日は帰る時間が遅くなりそうな気がした。
医療班の文字が見えるにつれ、ユーシンの顔の赤みが増して行く。
テディがじーっとそれを眺めると、見られてる事に気付いたユーシンは更に赤くなった。
「な、何見てんの！？」
「へへっ、ユーシン真っ赤」
「だ、だって…緊張するでしょ！？」
ユーシンはカサカサ音を立て今日配った調達班の物とは違う包みを取り出す。性格に表れているのか丁寧にラッピングされたそれは、少しリボンが慣れないのかガタガタしているがそれはそれでとても可愛らしく見えた。
「どうしよう…もう行って良いかな？」
「ところでユーシン、誰に渡したいの？」
確認する様にシキが尋ねると、ユーシンは少し恥ずかしそうに「ミア・フローレスさんかな…」とはにかんだ。シキは「そう」とだけ返事をし、テディの方に目線をやる。テディはいつになく険しい顔をしていた。
「じゃあぼく、ちょっと行ってくるね！」
覚悟を決めて飛び出して行ったユーシン。反応の遅れたシキの「行ってらっしゃい」は、彼の口を出る事なく喉で止まった。テディはいつになく元気の無い声で、いつになく元気の無い手のフリでユーシンを見送る。
何だよ、皆して調子狂うなぁ。
ユーシンは努めて元気に振る舞ってはいたものの、心の奥で何となく察してはいた。でも直接事情を聞いていないからどうしても諦めが付かなくて。自分の目で確かめたかったのだ。
好きな人が、ミアが、本当にあの顔色が悪い銀髪の人の事が好きで、今日「愛の日」と言うイベントに後押しされて思いを伝えようとしているのかどうなのか。
ミアの姿を見付けたユーシンは、彼女に近付くとおずおずと声を掛けた。
「あ、あの…ミアさん…」
「ん…？はい…？」
「今日愛の日だからその…渡したいものがあって…」
「…あ！お昼にテディが来てくれて調達班の皆が配ってるって言うお菓子もらいました！ありがとうございます！」
ユーシンが調達班のメンバーだと気付いたミアは先ずは昼のお礼を彼に言った。ミアの笑顔に癒されながら返事を返すと、ユーシンは口を開く。
「あれは調達班から、で…ぼくはぼくで、同じくらいの歳の子に用意してて…」
彼女の顔が上手く見れない。俯きがちに自信無さげに話しては印象が良く無いのはわかっているのに。それでも好きになった人の顔が上手く見れず、ユーシンは顔を赤らめて俯きながらも一生懸命口を開いた。
「えっと…これ、良かったら…」
「え？良いんですか？」
「勿論！歳の近い子とか、結社はあまり多くないから…」
「嬉しい…ありがとうございます！」
そこから話が弾むのは早かった。歳が近いから価値観も近いのか昔観ていたアニメやドラマ、最近流行っている妖狐と古狸の歌が凄いだとか。その会話はいつしかユーシンに自信をくれ、互いから敬語を取り払っていた。
「え！？じゃあミアさんも観てたの！？あのドラマ！」
「うん！毎週どうなるのかやきもきしてて…」
「あ、それ観てたなら、同じ時期にやってた推理物のちょっとギャグっぽいドラマも…？」
「観てた！観てたよ！出演俳優さん格好良かったもんね！」
同年代だからこそ盛り上がる話。ユーシンは最初こそ嬉しそうに話をしていたが、その内ミアが周りを気にし出しているのに気付いてしまった。時計を見、そして帰り支度をしている彼を見る。
「では、私は約束がありますのでお先に失礼します」
ネビロス・ファウストが部屋に響き渡る低い声で淡々とそう言った。ユーシンとミアに気を遣ってか、何も言わず二人には微笑むだけ。ミアはその彼の姿を頬を染めて見つめる。
最後の確信が欲しかった。
噂話とかその場の空気から察してはいた。
けれど、ぼくは直接聞いたわけじゃ無かったから。
「や、やっぱり早く帰る人多いんだね。愛の日はあれかな？大人は皆早く好きな人と過ごしたいって思ったりするもんなのかな？」
ユーシンはネビロスの背を見つめながらそう言うと、ミアの事をチラリと見る。
「早く帰る理由…そう、だと良いな…」
ミアは頬を真っ赤に染めてそう呟いた。
「私…ネビロスさんとこの後ちょっと約束してるんだよね」
確信を持ててしまった。ネビロスの言った「約束」。さっきから時計を気にするミア。そしてこの後二人で何処かに行くと言う。
こんなの、子供だって分かってしまう気がする。きっと、少なくともミアは物凄くネビロスの事が好きだなんて今話してた少しの間で分かってしまった。もしも仮にネビロスが彼女を弄ぶ事しか考えていなかったなら、玉砕覚悟で彼女を止めたいと思っただろう。ぼくが守ろうって。でもそこまで動こうと思えないのは単に意気地がないだけと言うのもあるかもしれないが、ネビロスがミアを見る目が異様に優しくて、彼の目がもう彼女を好きだと言っていたから。
最後の確信が欲しかった。噂話や空気でしか見ていなかったから、知らぬ存ぜぬを通そうと思えば通せるだろう。直接聞いたわけではないのだから。でも、こんなの直接聞いたのと変わりないじゃないか。
ミアの目はネビロスを好きだと言っている。
ネビロスの微笑みは、ミアを特別だと言っている。
これ以上何があると言うのか。
ユーシンはぐっと拳を握るとやがてゆっくり力を抜いて手を開いた。今渡したお菓子は、ぼくの恋を伝えようとして、躊躇ってしまったお菓子。
「あ…ユーシン君、ごめんね遅くなって…私からさっきのお菓子のお返し！」
そして今もらったお菓子は、ぼくの恋にさよならを言うためのお菓子だ。
「ミアさん…ありがとう…ところで、テディ達もちゃんとお菓子配りに来てたんだって？」
だからせめて、駄目なのを分かっていて無理に告白して傷付く様な事はしない。それくらいの自由は許されるよね？ぼくの中で芽吹いて、ぼくの中で終わらせた恋。
「うん、今日テディがお菓子持って来てくれて…その時にネビロスさんの服も持ってきてくれたよ。デート服だなんて大声で言うから…だからかな？今日一日医療班の部屋にいるのがなんだか恥ずかしくなっちゃって」
せめて君は幸せに。そう願いを込めてミアを見送ろうと思った。その気持ちだけで終わらそうと思った。
「テディが…？」
これも、確信が持てなかったから触らない様にしようとしたもの。だけど無理だ。確信を持ててしまったから。
ユーシンの頭の中にどうしようもなく憤りが浮かぶ。
ぼくの気持ち知ってた癖に。ミアさんの気持ちも知ってた癖に。何なら、ネビロスさんの気持ちも知っていたかもしれない。
ぼく、ミアさんの邪魔になるって思ったらこんなに好きだって言わなかったよ。何で早く教えてくれなかったの？
どうしてどうしてお前はいつもそうやって良い加減な事しかしないんだ！？
「ごめんね、ミアさん…」
帰り道を行く彼女の背に向けて声を掛ける。
邪魔してごめんね。
そして彼の象牙色の髪の毛を思い浮かべた。今はいつもの笑顔は浮かばない。ただただ、朧げなシルエットを怒りと共に浮かべるだけ。
「……シキ、何で着いてきてんの？」
いつになく暗い顔のテディは、いつになく冷たい口調でシキに尋ねる。廊下からひょっこり現れたシキは、頭を軽く掻くと無表情のまま呟いた。
「バレた？」
「シキ…大きいんだから見付けやすいに決まってるでしょー」
「俺も着いてって良い？」
「何で」
「…逆にテディは何でそんな冷たいんだ？」
自分が蒔いた種とは言え、テディは少し後悔していた。目を閉じれば大好きな友達であるユーシンの笑顔が浮かび、頭の中でそれは次第に色彩を失くしてモノトーンになって行く。彼の笑顔が冷たく熱を失っていく気がして、テディは冷めた目をシキに向けた。
「…さあね？」
「テディ」
「もー…何なの」
だからこんな時、普段一緒におちゃらけてくれるとは言えやっぱり年上のシキの事が何だか煩わしく見えるのだ。
「テディ、その態度良くない。お前、自分の虫の居所が悪いからって周りにあからさまに分かる態度取るな」
「…シキに関係ある？」
「俺に関係あるか関係ないかそんなのどうでも良いだろ。俺が見てて気になったから言ってんの」
テンプレートの様な子供ならではの悪態とその返しがこの年頃のテディにはあった。正に今、シキに対してそれを発揮したわけだが。
『関係ある？』
その言葉一つで大抵の大人は一瞬口籠る事をテディは良く知っていた。しかし、残念ながらシキにはそれは通用しないらしい。
「とにかく、俺も着いてく」
「は？目立つから嫌なんだけど」
「良いから。俺も行く」
いつもの調達班のデコボココンビは、この日この瞬間火の消えたようにしんと静まり返り、普段の明るさを完全に失くしていた。
「あ、テディー！」
「ユーシン…」
「遅いよー！別行動してからどこ歩いてたの！？ミアさん帰っちゃったらどうするんだよー！？」
いつもの調子で頬を赤らめ、息を少し荒げながらユーシンが向かって来たので、ほんの少しだけテディにいつもの調子が戻る。彼の後ろに居たシュオニはテディの元気の無い様子を見て不安気にシキを見たが、シキは少し目配せすると首を横に振った為シュオニも何も言わなかった。
「へへっ、ユーシンあげそびれちゃったりして？」
「怖い事言わないでくれる！？本当になったらどうするんだよ！？」
「へへへ…」
そうであって欲しい。
テディの顔にそんな風に書いてある気がして、シキは少しだけ暗い顔色になる。
「(あ…俺も…)」
何となくいつもと違う空気を察したシキは携帯端末を取り出すと、ロードに連絡を入れた。
『兄貴。ちょっとトラブったかも。いや、まだだけど。でも多分夕飯間に合わない。先食ってて』
すぐに既読が付くと、メッセージが返って来た。この返しの速さはシキを安心させた。
『了解です。トラブルは起きたんですか？まだなんですか？どっちですか？多分調達班でだと思いますが、まあ珍しくよくちゃんと連絡してきましたね。八時までは待っててあげますが、過ぎたら冷蔵庫行きにします』
『間に合ったら聞いてくれる？』
『良いですよ。過ぎたら明日以降です』
シキはそれを見ると何も言わず端末をしまった。早く兄貴の飯食いたいな。と思いつつ、でも今日は帰る時間が遅くなりそうな気がした。
医療班の文字が見えるにつれ、ユーシンの顔の赤みが増して行く。
テディがじーっとそれを眺めると、見られてる事に気付いたユーシンは更に赤くなった。
「な、何見てんの！？」
「へへっ、ユーシン真っ赤」
「だ、だって…緊張するでしょ！？」
ユーシンはカサカサ音を立て今日配った調達班の物とは違う包みを取り出す。性格に表れているのか丁寧にラッピングされたそれは、少しリボンが慣れないのかガタガタしているがそれはそれでとても可愛らしく見えた。
「どうしよう…もう行って良いかな？」
「ところでユーシン、誰に渡したいの？」
確認する様にシキが尋ねると、ユーシンは少し恥ずかしそうに「ミア・フローレスさんかな…」とはにかんだ。シキは「そう」とだけ返事をし、テディの方に目線をやる。テディはいつになく険しい顔をしていた。
「じゃあぼく、ちょっと行ってくるね！」
覚悟を決めて飛び出して行ったユーシン。反応の遅れたシキの「行ってらっしゃい」は、彼の口を出る事なく喉で止まった。テディはいつになく元気の無い声で、いつになく元気の無い手のフリでユーシンを見送る。
何だよ、皆して調子狂うなぁ。
ユーシンは努めて元気に振る舞ってはいたものの、心の奥で何となく察してはいた。でも直接事情を聞いていないからどうしても諦めが付かなくて。自分の目で確かめたかったのだ。
好きな人が、ミアが、本当にあの顔色が悪い銀髪の人の事が好きで、今日「愛の日」と言うイベントに後押しされて思いを伝えようとしているのかどうなのか。
ミアの姿を見付けたユーシンは、彼女に近付くとおずおずと声を掛けた。
「あ、あの…ミアさん…」
「ん…？はい…？」
「今日愛の日だからその…渡したいものがあって…」
「…あ！お昼にテディが来てくれて調達班の皆が配ってるって言うお菓子もらいました！ありがとうございます！」
ユーシンが調達班のメンバーだと気付いたミアは先ずは昼のお礼を彼に言った。ミアの笑顔に癒されながら返事を返すと、ユーシンは口を開く。
「あれは調達班から、で…ぼくはぼくで、同じくらいの歳の子に用意してて…」
彼女の顔が上手く見れない。俯きがちに自信無さげに話しては印象が良く無いのはわかっているのに。それでも好きになった人の顔が上手く見れず、ユーシンは顔を赤らめて俯きながらも一生懸命口を開いた。
「えっと…これ、良かったら…」
「え？良いんですか？」
「勿論！歳の近い子とか、結社はあまり多くないから…」
「嬉しい…ありがとうございます！」
そこから話が弾むのは早かった。歳が近いから価値観も近いのか昔観ていたアニメやドラマ、最近流行っている妖狐と古狸の歌が凄いだとか。その会話はいつしかユーシンに自信をくれ、互いから敬語を取り払っていた。
「え！？じゃあミアさんも観てたの！？あのドラマ！」
「うん！毎週どうなるのかやきもきしてて…」
「あ、それ観てたなら、同じ時期にやってた推理物のちょっとギャグっぽいドラマも…？」
「観てた！観てたよ！出演俳優さん格好良かったもんね！」
同年代だからこそ盛り上がる話。ユーシンは最初こそ嬉しそうに話をしていたが、その内ミアが周りを気にし出しているのに気付いてしまった。時計を見、そして帰り支度をしている彼を見る。
「では、私は約束がありますのでお先に失礼します」
ネビロス・ファウストが部屋に響き渡る低い声で淡々とそう言った。ユーシンとミアに気を遣ってか、何も言わず二人には微笑むだけ。ミアはその彼の姿を頬を染めて見つめる。
最後の確信が欲しかった。
噂話とかその場の空気から察してはいた。
けれど、ぼくは直接聞いたわけじゃ無かったから。
「や、やっぱり早く帰る人多いんだね。愛の日はあれかな？大人は皆早く好きな人と過ごしたいって思ったりするもんなのかな？」
ユーシンはネビロスの背を見つめながらそう言うと、ミアの事をチラリと見る。
「早く帰る理由…そう、だと良いな…」
ミアは頬を真っ赤に染めてそう呟いた。
「私…ネビロスさんとこの後ちょっと約束してるんだよね」
確信を持ててしまった。ネビロスの言った「約束」。さっきから時計を気にするミア。そしてこの後二人で何処かに行くと言う。
こんなの、子供だって分かってしまう気がする。きっと、少なくともミアは物凄くネビロスの事が好きだなんて今話してた少しの間で分かってしまった。もしも仮にネビロスが彼女を弄ぶ事しか考えていなかったなら、玉砕覚悟で彼女を止めたいと思っただろう。ぼくが守ろうって。でもそこまで動こうと思えないのは単に意気地がないだけと言うのもあるかもしれないが、ネビロスがミアを見る目が異様に優しくて、彼の目がもう彼女を好きだと言っていたから。
最後の確信が欲しかった。噂話や空気でしか見ていなかったから、知らぬ存ぜぬを通そうと思えば通せるだろう。直接聞いたわけではないのだから。でも、こんなの直接聞いたのと変わりないじゃないか。
ミアの目はネビロスを好きだと言っている。
ネビロスの微笑みは、ミアを特別だと言っている。
これ以上何があると言うのか。
ユーシンはぐっと拳を握るとやがてゆっくり力を抜いて手を開いた。今渡したお菓子は、ぼくの恋を伝えようとして、躊躇ってしまったお菓子。
「あ…ユーシン君、ごめんね遅くなって…私からさっきのお菓子のお返し！」
そして今もらったお菓子は、ぼくの恋にさよならを言うためのお菓子だ。
「ミアさん…ありがとう…ところで、テディ達もちゃんとお菓子配りに来てたんだって？」
だからせめて、駄目なのを分かっていて無理に告白して傷付く様な事はしない。それくらいの自由は許されるよね？ぼくの中で芽吹いて、ぼくの中で終わらせた恋。
「うん、今日テディがお菓子持って来てくれて…その時にネビロスさんの服も持ってきてくれたよ。デート服だなんて大声で言うから…だからかな？今日一日医療班の部屋にいるのがなんだか恥ずかしくなっちゃって」
せめて君は幸せに。そう願いを込めてミアを見送ろうと思った。その気持ちだけで終わらそうと思った。
「テディが…？」
これも、確信が持てなかったから触らない様にしようとしたもの。だけど無理だ。確信を持ててしまったから。
ユーシンの頭の中にどうしようもなく憤りが浮かぶ。
ぼくの気持ち知ってた癖に。ミアさんの気持ちも知ってた癖に。何なら、ネビロスさんの気持ちも知っていたかもしれない。
ぼく、ミアさんの邪魔になるって思ったらこんなに好きだって言わなかったよ。何で早く教えてくれなかったの？
どうしてどうしてお前はいつもそうやって良い加減な事しかしないんだ！？
「ごめんね、ミアさん…」
帰り道を行く彼女の背に向けて声を掛ける。
邪魔してごめんね。
そして彼の象牙色の髪の毛を思い浮かべた。今はいつもの笑顔は浮かばない。ただただ、朧げなシルエットを怒りと共に浮かべるだけ。
湧き上がる怒り
沈黙が続く。シキは耐え切れないと言わんばかりに大きく深呼吸する。ぐぅとお腹が鳴った。早く兄貴の飯、食いたいな。
でも、塞ぎ込む様に抱えた膝に顔を埋めるテディを見てしまっては、お腹空いただとか帰りたくなっただとかはどうしても言えなかった。
ユーシン、どんな顔で帰ってくるだろう。シキは忙しなく手を動かし適当に端末で画像を見てその場を凌ぐ。
もしもユーシンが泣いて帰ってきたら…？俺抱き締めてあげられるかな？って言うか、それされて嬉しい？俺に？泣いた時の事ばっか考えてるけど、もし割と大丈夫だったら？逆にこっちが暗すぎたらそれはそれで駄目じゃ無いか？
マイワールドに入る直前、背後からざっざっと足音を立ててユーシンが帰って来た。
「あ、ユーシンさん」
シュオニが呟いたのでシキは振り返ってユーシンの姿を見る。シキの想像のどれとも違う、顔から怒りを滲ませているユーシンが帰って来た。
「ユ、ユーシン…」
声を掛けるシキも、手を差し出すシュオニも無視をし、二人を通り過ぎたユーシンはテディに真っ直ぐ向かうと彼の肩を強く掴んだ。
「……痛いな」
睨む様に顔を上げるテディ。しかし、怯む事なくユーシンも怒気を上げる。
「…どう言うつもりだよ！？」
「何が」
「全部分かってたんでしょ…！？ねぇ！？」
それが何を意味するのか。シキですら一瞬で理解する。良かれと思ってやった気遣いはユーシンにとって「良かれ」では無かったのだろう。テディは相も変わらず普段の彼と違う鋭い眼光でユーシンを見つめる。
しかし、ユーシンもまた一歩も引かない。
「ぼくの事…陰で笑ってたの…？」
絞り出す様にユーシンが言う。分かりやすくピクリと眉を動かし、こちらもまた引くに引けないテディは悪態をつく事をやめられない。
「…はぁ？」
「だから…全部知ってて…知らないぼくの事笑ってたのかって聞いてるんだよ！！」
「何ソレ。趣味悪っ」
「その悪趣味をやったのかってぼくは聞いてるの！！」
「ちょ、ちょっと待てって二人とも」
シキは慌てて二人を引き剥がした。テディを背に回し、ユーシンの顔を見つめる。
「シキも知ってたんでしょ…？シキも…テディとぼくのこと笑ってたの？」
「ユーシン、聞いて。俺は…俺達は知ってたけど、笑ったりなんかしてない」
ユーシンは俯き、握った拳をわなわなと震わせる。やり切れない思いをそこで抱えているかの様だ。
「……かった…のに……」
「え？」
「ミアさんの迷惑に…なりたくなかった…だけなのに……！！」
振り絞る様にユーシンが呟く。シキは頭の中で描いてシミュレートしていた事が全部飛ぶくらいには焦った。そして更に焦りを加速させたのは、それに対するテディの悪態だった。
「迷惑になりたくなかった？よく言うよ、何様？そんな殊勝な恋愛でもしてたつもり？」
「お、おいテディ」
シキはテディが自分でも止まらないところに来ているのを確信してしまった。おそらく、それを聞けばユーシンのブレーキも外れるだろう。
「ただ単に恥ずかしくて知られたく無かったって正直に言いなよ！？ミアの為とかもっともらしい理由付けて正当化しないでさぁ！迷惑になりたく無いとか何！？フラれたく無いから知られたく無かったの間違いでしょ！？」
「テディこそさっきから聞いてたら何だよ！？ぼくの事何だと思ってるの！？おもちゃかなんかだと思ってる！？テディはいつもそうだ！人で楽しく遊べればその人が何を思おうがどうだって良いんだ！だからいつだって人に迷惑掛けて平気な顔出来るんだよ！」
「迷惑なら迷惑だってその時言えば良いじゃん！言わないで溜め込んで後出しとかタチ悪いよね！？ユーシンはいつだってそう！人の顔色伺って本人居ないとこで色々文句言ってさ！卑怯だって自覚足りないんじゃないの！？」
「ああ迷惑だよ！！テディの考える事いつだって何だって迷惑だよ！！ぼくがどれだけハラハラしながら見てると思ってるの！？後先考えず突っ込んで、尻拭いしてるの誰だと思ってんだよ！？」
「拭ってくれなんて頼んで無いけど！？人の世話焼いて良い気になる為にそっちこそボクを理由にしないでくんない！？」
シキとシュオニはあまりの二人の剣幕にその場で固まってしまう。え？ユーシン、こんなに言える子だったの？テディも、こんなに言う子だったっけ？二人ともあまりのショックに立ち尽くす。
しかしこのままと言うわけにも行かず、シュオニはユーシンに声を掛けた。
「ユーシンさん！やめてください！らしく無いですよ！」
「ぼくらしいって何だよ！？大体いつもいつもテディが首突っ込みまくるのがいけないんでしょ！？ぼくは間違った事言ってない！！」
「お、おい、テディもそのくらいに…」
「この際だからもう全部言わせてもらうから！ボク間違った事言ってるつもりないし！シキは大人ぶらないでほっといてくれないかなぁ！？」
万事休す。火に油。そして飛び火。
シュオニは目に見えてフリーズしてしまうし、シキはオロオロし出すしこの場は地獄絵図と化した。
兄貴だったらどう止めるんだろ？時計を見、刻々と時間だけが過ぎていく現実を受け止めながら自分より口の上手いロードの事を思い出す。一部びっくりするくらいだらしないけど、こう言う時ちゃんと聞いて止める力は兄貴にはあるんだよな。過去に反抗期真っ只中だったシキは、自らも失言をしてロードに説教をされた事を思い出す。あまり良い思い出ではないから忘れたいところだが、それがこの二人を止める鍵なんだろうな、とも思う。
何だっけ、何だっけ。どう言うところをいけないと言われたんだっけ。
必死に考える間にも、テディとユーシンの勢いが弱まってくれるわけもなくむしろ強くなる一方でシキは言い様のない不安に襲われた。もしもこのまま二人が行くところまで行ってしまったら。決別してしまったらどうしよう。
パシンッ…と、乾いた音が響き渡る。
シュオニは驚いて人工眼をこれでもかと見開いて、しかししっかり記録しようと言うのか三人を見る。ユーシンとテディはその勢いにとうとう口を閉じた。二人の口を物理的に閉じさせた張本人は、何かに吹っ切れた表情で二人を見る。
シキは、あろう事かユーシンとテディ二人同時にビンタで止めたのだ。
「……あんま調子乗んなよお前ら」
聞いた事のない低い声でシキは二人に話し掛ける。普段ぼーっとしている彼のあまりにも冷たい目にユーシンもテディも呆気に取られた。
「テディ。お前調子乗り過ぎ。さっきから言って良いレベル超えてユーシンに色々言ってんの良い加減気付けよ。ユーシンも。自分の中だけで勝手に結論出した事、当然の様に周りも言わなくても気付けなんて無茶言うな」
冷たく鋭い言葉。テディもユーシンも黙るしかなかった。身長二メートル近いシキの怒りを纏う姿の恐ろしい事。すっかり勢いを失くし、萎縮した二人を前にシキは更に口を開く。
「いっそこれを機に班変えてもらうか？それか調達班は調達班でも別行動する様に掛け合う？俺人事部に顔利くし。…もういっそ二人とも揃って結社辞めりゃ良いんじゃない？仮に今は流したとしてこの先価値観の違いでまた誰かと同じ様にぶつかられたらね。それ、その都度周りは黙って見てなきゃいけないわけ？二人が誰かとピーチクパーチク喧嘩するのを？二人ともこんなに人と合わせられないって分かってんのに採用したの誰だよ…」
「ちょっと待ってよ！」
「シキ、流石に言い過ぎじゃない…？」
「どうして？俺、何か間違った事言った？」
シキは真っ直ぐな目で二人を見つめる。その目には一点の曇りも迷いも無い。「何か間違った事言った？」これは二人が先程勢いに任せて言った言葉に織り込んだ文句だった為、それを返された二人はぐっと言葉を詰まらせた。
「どう…？俺も思った事言った。わざと言葉は選んでないけど…」
シキは目を伏せて反抗期真っ只中でひたすらにロードに噛み付いた時期を思い出して居た。嫌だなぁ、こんな自分振り返りたく無かったのだが。
「伝えるって事は…つまり受け取る人がいるんだよ。伝えてそれで終わり、良しじゃないんだよ。受け取る人の事を最低限考えなきゃさ、伝えたいものってただの言葉でしかなくなったり逆に凶器にだってなり得るんだよ。「伝える」には責任があんだよ。受け取る人…「聞いてくれる人」がいるって当たり前じゃないって…正しい事を言えば良い、正しい事を言えば勝ちって訳じゃないって、俺らだからこそ痛い程分かってんじゃねぇの？」
ユーシンは、あの日帰らぬ人となった父を思い出した。テディは身近にテロの被害者こそ居なかったが、何の為に結社に来たかもう一度よく思い出して居た。そんな自分達だからこそ、聞いてくれる人が居る有り難みも、そんな人に伝える際の気遣いも痛い程分かって居た筈だった。
今は人がいる。その人とのコミュニケーションを取る際、ただ自分の持ってる知識や感性を「正しい事だから」と押し出すのは暴論だ。人であるからこそ伝えるのに気を遣った方が良い。相手に理解してもらいたいなら、相手の立場にも立った話し方をせねばならない。
それはテロの被害に遭った、遭わなかっただけでなく、今調達班として人と接している以上ユーシンもテディも避けて通れない話の筈だった。
「…そう言う意味じゃ…今日皆間違いだよ…今の、二人を止める時に言った俺の言葉も、ユーシンも、テディも…ううん、それより前から。テディは首突っ込み過ぎだし…勿論それを悪用しないだろうって分かってるよ？ただ、ユーシンは自分が当事者だったから「もしかして」って思ったんだろ？でもテディが何考えてたか、確認もしないで自分の想像のテディに突っ走って責めたのはダメだよ」
俺の言いたい事分かる？シキは少し不安そうにする。もういつものシキだ。さっきの、怖い雰囲気を纏ったシキじゃない。
「分かる…」
最初に口を開いたのはユーシンだった。
「分かるから…テディと二人で話させて…」
ユーシンが最初に何かに吹っ切れた顔を見せたので、シキは大丈夫だと確信を持って二人にした。
「ねぇ、テディ」
二人きりになり、ユーシンは口を開いた。
「テディはさ、本当トラブルメーカーだよね…」
「…何？何が言いたいの？」
「ぼくはね、今回ミアさんが他にちゃんと好きな人がいるなら、テディに止めて欲しかったんだよ。ぼくがお菓子を渡したり…出来なかったけど、告白したりしてミアさんに断らせる様な事もそれを感じさせる様な事もしたくなかったの。困らせたくなかったんだよ」
そう真っ直ぐ言うユーシン。テディはそんなユーシンを見てやっと口を開いた。
「…ユーシンはさ、本当変なとこ真面目だよね」
「うん…」
「ボクはね、ミアの性格知ってたから止めなかったの。ミアって鈍感だからすぐ気付く方じゃないし、ネビロスの事ばっかりになるとボクの事も思い出してくれないし……だから、逆を言えばユーシンがお菓子を渡すのだって、あの子は嫌な顔一つしないで笑顔で貰ってくれるって分かってたから…困ったりしないって分かってたから、渡せたらユーシンも心置きなく吹っ切れられるかな？って思って…」
しばらくして、ユーシンは少し誤魔化す様に、そして決まりが悪そうに鼻を擦ると「ぼくだって断られたり…見込みないって見てて分かっちゃうの辛いよ」と呟いた。
「目の前で「ああ、この人には想いは届かないな」って気付きながらそれでもお菓子渡そうなんて…思わないよ…そんなの辛いじゃんか…」
「…うん…」
「まあ、渡せて確かに嬉しかったけどね…」
「うん…ユーシンにこの話きっと今日までにしておけばさっきみたいな喧嘩にならなかったよね…変に気遣って言わないで自分の中だけでシミュレートして解決した風になってて当の本人から意見は一切聞かないで…それじゃあ歪みだって生まれちゃうもんね…」
ユーシンとテディは、互いに顔を見合わせた。さっきまでの鬼気迫る二人は今はなく、そこには同い年の少年同士でいるだけだ(片方格好は少女だが)。
「ぼくは、ダメだって分かってるんだったら渡すのはちょっとなって、テディに相談しとけば良かった」
「ボクは、あの子はそんなに気付く方じゃないしもっぱら人付き合いが上手いから、お菓子もらうのも大好きだし渡すだけ渡して吹っ切れられたらどうかな？って、ユーシンに提案しておくべきだった」
「…ぼくは、それでも渡せて良かったって素直にテディに言えば良かった」
「…ボクは、それでも笑い話にしたかったんじゃなくて、今日一番ユーシンの事心配してたってちゃんと口に出して言えば良かった」
「ごめん」
どちらからともなく口にした「ごめん」。
テディもユーシンも、少し恥ずかしそうに笑い合って、それを見たシキとシュオニは嬉しそうに微笑んだ。
「…見てもらいたかったです」
不意にシュオニが呟く。シキが不思議そうにシュオニを見ると、シュオニは「ユーシンさんのお父さん…ユーロウさんに」と口にした。シキはそれを聞き、ミクリカにいる家族にそろそろ手紙くらい出さなきゃな…と、少しだけ家が恋しくなった。
時刻は午後八時半。兄貴のご飯も恋しい時間帯だ。
でも、塞ぎ込む様に抱えた膝に顔を埋めるテディを見てしまっては、お腹空いただとか帰りたくなっただとかはどうしても言えなかった。
ユーシン、どんな顔で帰ってくるだろう。シキは忙しなく手を動かし適当に端末で画像を見てその場を凌ぐ。
もしもユーシンが泣いて帰ってきたら…？俺抱き締めてあげられるかな？って言うか、それされて嬉しい？俺に？泣いた時の事ばっか考えてるけど、もし割と大丈夫だったら？逆にこっちが暗すぎたらそれはそれで駄目じゃ無いか？
マイワールドに入る直前、背後からざっざっと足音を立ててユーシンが帰って来た。
「あ、ユーシンさん」
シュオニが呟いたのでシキは振り返ってユーシンの姿を見る。シキの想像のどれとも違う、顔から怒りを滲ませているユーシンが帰って来た。
「ユ、ユーシン…」
声を掛けるシキも、手を差し出すシュオニも無視をし、二人を通り過ぎたユーシンはテディに真っ直ぐ向かうと彼の肩を強く掴んだ。
「……痛いな」
睨む様に顔を上げるテディ。しかし、怯む事なくユーシンも怒気を上げる。
「…どう言うつもりだよ！？」
「何が」
「全部分かってたんでしょ…！？ねぇ！？」
それが何を意味するのか。シキですら一瞬で理解する。良かれと思ってやった気遣いはユーシンにとって「良かれ」では無かったのだろう。テディは相も変わらず普段の彼と違う鋭い眼光でユーシンを見つめる。
しかし、ユーシンもまた一歩も引かない。
「ぼくの事…陰で笑ってたの…？」
絞り出す様にユーシンが言う。分かりやすくピクリと眉を動かし、こちらもまた引くに引けないテディは悪態をつく事をやめられない。
「…はぁ？」
「だから…全部知ってて…知らないぼくの事笑ってたのかって聞いてるんだよ！！」
「何ソレ。趣味悪っ」
「その悪趣味をやったのかってぼくは聞いてるの！！」
「ちょ、ちょっと待てって二人とも」
シキは慌てて二人を引き剥がした。テディを背に回し、ユーシンの顔を見つめる。
「シキも知ってたんでしょ…？シキも…テディとぼくのこと笑ってたの？」
「ユーシン、聞いて。俺は…俺達は知ってたけど、笑ったりなんかしてない」
ユーシンは俯き、握った拳をわなわなと震わせる。やり切れない思いをそこで抱えているかの様だ。
「……かった…のに……」
「え？」
「ミアさんの迷惑に…なりたくなかった…だけなのに……！！」
振り絞る様にユーシンが呟く。シキは頭の中で描いてシミュレートしていた事が全部飛ぶくらいには焦った。そして更に焦りを加速させたのは、それに対するテディの悪態だった。
「迷惑になりたくなかった？よく言うよ、何様？そんな殊勝な恋愛でもしてたつもり？」
「お、おいテディ」
シキはテディが自分でも止まらないところに来ているのを確信してしまった。おそらく、それを聞けばユーシンのブレーキも外れるだろう。
「ただ単に恥ずかしくて知られたく無かったって正直に言いなよ！？ミアの為とかもっともらしい理由付けて正当化しないでさぁ！迷惑になりたく無いとか何！？フラれたく無いから知られたく無かったの間違いでしょ！？」
「テディこそさっきから聞いてたら何だよ！？ぼくの事何だと思ってるの！？おもちゃかなんかだと思ってる！？テディはいつもそうだ！人で楽しく遊べればその人が何を思おうがどうだって良いんだ！だからいつだって人に迷惑掛けて平気な顔出来るんだよ！」
「迷惑なら迷惑だってその時言えば良いじゃん！言わないで溜め込んで後出しとかタチ悪いよね！？ユーシンはいつだってそう！人の顔色伺って本人居ないとこで色々文句言ってさ！卑怯だって自覚足りないんじゃないの！？」
「ああ迷惑だよ！！テディの考える事いつだって何だって迷惑だよ！！ぼくがどれだけハラハラしながら見てると思ってるの！？後先考えず突っ込んで、尻拭いしてるの誰だと思ってんだよ！？」
「拭ってくれなんて頼んで無いけど！？人の世話焼いて良い気になる為にそっちこそボクを理由にしないでくんない！？」
シキとシュオニはあまりの二人の剣幕にその場で固まってしまう。え？ユーシン、こんなに言える子だったの？テディも、こんなに言う子だったっけ？二人ともあまりのショックに立ち尽くす。
しかしこのままと言うわけにも行かず、シュオニはユーシンに声を掛けた。
「ユーシンさん！やめてください！らしく無いですよ！」
「ぼくらしいって何だよ！？大体いつもいつもテディが首突っ込みまくるのがいけないんでしょ！？ぼくは間違った事言ってない！！」
「お、おい、テディもそのくらいに…」
「この際だからもう全部言わせてもらうから！ボク間違った事言ってるつもりないし！シキは大人ぶらないでほっといてくれないかなぁ！？」
万事休す。火に油。そして飛び火。
シュオニは目に見えてフリーズしてしまうし、シキはオロオロし出すしこの場は地獄絵図と化した。
兄貴だったらどう止めるんだろ？時計を見、刻々と時間だけが過ぎていく現実を受け止めながら自分より口の上手いロードの事を思い出す。一部びっくりするくらいだらしないけど、こう言う時ちゃんと聞いて止める力は兄貴にはあるんだよな。過去に反抗期真っ只中だったシキは、自らも失言をしてロードに説教をされた事を思い出す。あまり良い思い出ではないから忘れたいところだが、それがこの二人を止める鍵なんだろうな、とも思う。
何だっけ、何だっけ。どう言うところをいけないと言われたんだっけ。
必死に考える間にも、テディとユーシンの勢いが弱まってくれるわけもなくむしろ強くなる一方でシキは言い様のない不安に襲われた。もしもこのまま二人が行くところまで行ってしまったら。決別してしまったらどうしよう。
パシンッ…と、乾いた音が響き渡る。
シュオニは驚いて人工眼をこれでもかと見開いて、しかししっかり記録しようと言うのか三人を見る。ユーシンとテディはその勢いにとうとう口を閉じた。二人の口を物理的に閉じさせた張本人は、何かに吹っ切れた表情で二人を見る。
シキは、あろう事かユーシンとテディ二人同時にビンタで止めたのだ。
「……あんま調子乗んなよお前ら」
聞いた事のない低い声でシキは二人に話し掛ける。普段ぼーっとしている彼のあまりにも冷たい目にユーシンもテディも呆気に取られた。
「テディ。お前調子乗り過ぎ。さっきから言って良いレベル超えてユーシンに色々言ってんの良い加減気付けよ。ユーシンも。自分の中だけで勝手に結論出した事、当然の様に周りも言わなくても気付けなんて無茶言うな」
冷たく鋭い言葉。テディもユーシンも黙るしかなかった。身長二メートル近いシキの怒りを纏う姿の恐ろしい事。すっかり勢いを失くし、萎縮した二人を前にシキは更に口を開く。
「いっそこれを機に班変えてもらうか？それか調達班は調達班でも別行動する様に掛け合う？俺人事部に顔利くし。…もういっそ二人とも揃って結社辞めりゃ良いんじゃない？仮に今は流したとしてこの先価値観の違いでまた誰かと同じ様にぶつかられたらね。それ、その都度周りは黙って見てなきゃいけないわけ？二人が誰かとピーチクパーチク喧嘩するのを？二人ともこんなに人と合わせられないって分かってんのに採用したの誰だよ…」
「ちょっと待ってよ！」
「シキ、流石に言い過ぎじゃない…？」
「どうして？俺、何か間違った事言った？」
シキは真っ直ぐな目で二人を見つめる。その目には一点の曇りも迷いも無い。「何か間違った事言った？」これは二人が先程勢いに任せて言った言葉に織り込んだ文句だった為、それを返された二人はぐっと言葉を詰まらせた。
「どう…？俺も思った事言った。わざと言葉は選んでないけど…」
シキは目を伏せて反抗期真っ只中でひたすらにロードに噛み付いた時期を思い出して居た。嫌だなぁ、こんな自分振り返りたく無かったのだが。
「伝えるって事は…つまり受け取る人がいるんだよ。伝えてそれで終わり、良しじゃないんだよ。受け取る人の事を最低限考えなきゃさ、伝えたいものってただの言葉でしかなくなったり逆に凶器にだってなり得るんだよ。「伝える」には責任があんだよ。受け取る人…「聞いてくれる人」がいるって当たり前じゃないって…正しい事を言えば良い、正しい事を言えば勝ちって訳じゃないって、俺らだからこそ痛い程分かってんじゃねぇの？」
ユーシンは、あの日帰らぬ人となった父を思い出した。テディは身近にテロの被害者こそ居なかったが、何の為に結社に来たかもう一度よく思い出して居た。そんな自分達だからこそ、聞いてくれる人が居る有り難みも、そんな人に伝える際の気遣いも痛い程分かって居た筈だった。
今は人がいる。その人とのコミュニケーションを取る際、ただ自分の持ってる知識や感性を「正しい事だから」と押し出すのは暴論だ。人であるからこそ伝えるのに気を遣った方が良い。相手に理解してもらいたいなら、相手の立場にも立った話し方をせねばならない。
それはテロの被害に遭った、遭わなかっただけでなく、今調達班として人と接している以上ユーシンもテディも避けて通れない話の筈だった。
「…そう言う意味じゃ…今日皆間違いだよ…今の、二人を止める時に言った俺の言葉も、ユーシンも、テディも…ううん、それより前から。テディは首突っ込み過ぎだし…勿論それを悪用しないだろうって分かってるよ？ただ、ユーシンは自分が当事者だったから「もしかして」って思ったんだろ？でもテディが何考えてたか、確認もしないで自分の想像のテディに突っ走って責めたのはダメだよ」
俺の言いたい事分かる？シキは少し不安そうにする。もういつものシキだ。さっきの、怖い雰囲気を纏ったシキじゃない。
「分かる…」
最初に口を開いたのはユーシンだった。
「分かるから…テディと二人で話させて…」
ユーシンが最初に何かに吹っ切れた顔を見せたので、シキは大丈夫だと確信を持って二人にした。
「ねぇ、テディ」
二人きりになり、ユーシンは口を開いた。
「テディはさ、本当トラブルメーカーだよね…」
「…何？何が言いたいの？」
「ぼくはね、今回ミアさんが他にちゃんと好きな人がいるなら、テディに止めて欲しかったんだよ。ぼくがお菓子を渡したり…出来なかったけど、告白したりしてミアさんに断らせる様な事もそれを感じさせる様な事もしたくなかったの。困らせたくなかったんだよ」
そう真っ直ぐ言うユーシン。テディはそんなユーシンを見てやっと口を開いた。
「…ユーシンはさ、本当変なとこ真面目だよね」
「うん…」
「ボクはね、ミアの性格知ってたから止めなかったの。ミアって鈍感だからすぐ気付く方じゃないし、ネビロスの事ばっかりになるとボクの事も思い出してくれないし……だから、逆を言えばユーシンがお菓子を渡すのだって、あの子は嫌な顔一つしないで笑顔で貰ってくれるって分かってたから…困ったりしないって分かってたから、渡せたらユーシンも心置きなく吹っ切れられるかな？って思って…」
しばらくして、ユーシンは少し誤魔化す様に、そして決まりが悪そうに鼻を擦ると「ぼくだって断られたり…見込みないって見てて分かっちゃうの辛いよ」と呟いた。
「目の前で「ああ、この人には想いは届かないな」って気付きながらそれでもお菓子渡そうなんて…思わないよ…そんなの辛いじゃんか…」
「…うん…」
「まあ、渡せて確かに嬉しかったけどね…」
「うん…ユーシンにこの話きっと今日までにしておけばさっきみたいな喧嘩にならなかったよね…変に気遣って言わないで自分の中だけでシミュレートして解決した風になってて当の本人から意見は一切聞かないで…それじゃあ歪みだって生まれちゃうもんね…」
ユーシンとテディは、互いに顔を見合わせた。さっきまでの鬼気迫る二人は今はなく、そこには同い年の少年同士でいるだけだ(片方格好は少女だが)。
「ぼくは、ダメだって分かってるんだったら渡すのはちょっとなって、テディに相談しとけば良かった」
「ボクは、あの子はそんなに気付く方じゃないしもっぱら人付き合いが上手いから、お菓子もらうのも大好きだし渡すだけ渡して吹っ切れられたらどうかな？って、ユーシンに提案しておくべきだった」
「…ぼくは、それでも渡せて良かったって素直にテディに言えば良かった」
「…ボクは、それでも笑い話にしたかったんじゃなくて、今日一番ユーシンの事心配してたってちゃんと口に出して言えば良かった」
「ごめん」
どちらからともなく口にした「ごめん」。
テディもユーシンも、少し恥ずかしそうに笑い合って、それを見たシキとシュオニは嬉しそうに微笑んだ。
「…見てもらいたかったです」
不意にシュオニが呟く。シキが不思議そうにシュオニを見ると、シュオニは「ユーシンさんのお父さん…ユーロウさんに」と口にした。シキはそれを聞き、ミクリカにいる家族にそろそろ手紙くらい出さなきゃな…と、少しだけ家が恋しくなった。
時刻は午後八時半。兄貴のご飯も恋しい時間帯だ。
頑張りましたね。
八時過ぎたら、確か冷蔵庫行き。シキは疲れ果てた顔で部屋に戻る。ドアを開けようと鍵を探すと、先にガチャリと音を立ててロードが顔を出した。
「あ、兄貴…」
「おや、今頃ですか？連絡くらい入れれば良かったのに」
「あ…入れ忘れてた…だって、時間過ぎてたし、兄貴帰ってるかと思って…」
「…気まぐれに残ってたんですよ。早く入って手を洗いなさい。食べますよ、ちょっと遅くなりましたけど」
促され、シキは部屋に入る。部屋は暖かかったし、ご飯の良い匂いが充満していた。チラリと覗くと、鍋やフライパンの洗い物が見える。テーブルには赤スープ、ひき肉の卵包み、茸とサワークリームのグラタンが並んでいた。シキは思わずごくりと唾を飲み込む。それに気付いたロードは少し呆れる様に笑った。
「うふふふ…食べたいなら早く来なさい」
「うん…！！」
二人向き合う様に座り、食事に口付ける。寒い中外で動かずにユーシン達と過ごして居たシキの体にスープは染み込む様だった。
「美味い…」
「寒い中外に居たならより美味しく感じるでしょう？」
「うん…あ、今日クロエは…？」
「あの子はミクリカです。今日は稼ぎ時だとかで、外泊許可も出しましたしね」
「が、外泊…！？」
「おや？もう数日前からあの子はベーコンおじさんのところですよ。シフトも調整して休みも取って…結構無茶な取り方したんですけどね、フラナガンさんも人が良いものだからすぐ許可出してくれて…。おじさんのお店で連日頑張った様で、娘さんから手料理をご馳走になるついでに今日も泊まってくると。もう連泊してますよ」
「なーんだ…」
「うふふ…彼氏でもいるかと思いましたか？」
「いや？それは別に…そっか、今クロエ居ないんだなーと思って…なら良いかなーって…」
シキは少しだけ俯くと、眉間に皺を寄せロードを見た。泣き出しそうなその顔を見て「何情けない顔してるんです？」とロードは笑う。シキは泣きそうになるのを堪えて少しずつ言葉を発した。
「怖かった…俺…」
「…何がです？」
「ユーシンとテディ…本当に絶交しちゃうかと思って…」
「おやおや…」
ボソボソと今日あった事を乱雑に並べるシキ。今日の事を何も見て居ない人間からしたらシキに何があったか分からない説明だったが、流石そこは兄貴ことロード、何となく把握して話を聞いていた。
「──でね…ユーシンとテディを止めようとして、俺二人を叩いたんだ」
「おや、思い切った事しましたねぇ」
「良い事…じゃあ無かったと思う…」
「そうですね。時と場合によりけりですが…」
「俺…昔同じ様な事して兄貴に怒られたよね…？」
「ありましたねそんな事…」
「兄貴は…どうやって俺を叱ってくれたっけ？って…同じ様にしようとした…けど、浮かばなくて…」
それで、叩いた。
そこまで言い掛けて口を噤む。シキにとったら、何より叩いた事がショックだったらしい。兄貴だったらそんな事しないで出来るのに、と口にするシキをロードは制すると、少し困った様に笑った。
「何もかも、私の真似をしなくて良いじゃないですか」
「でも…少なくとも、真似出来てたら二人を叩かなかったと思う…」
「じゃあ、そんなにやって後悔してしまう事なら、次そんな事があれば言葉だけでちゃんと伝える努力をしましょう」
「次…？」
「そんな機会があろうが無かろうが、今日の反省を次に活かす復習はやって損は無いですよ。頭の中でシミュレーションするんです。ゆっくり、どう言う意図で言葉を伝えたいのか、頭で構築するんです。怒っているを伝える状況で、絶対誰も傷付けないなんて事は出来ません。何せ相手に怒りをぶつけるのが目的ですから。それ故怒ると言うのは特別なんです。どうでも良い相手なら割かなくて良い労力です」
「どうでも良くないから怒るの…？」
「そうとは限りませんけどね。少なくとも私やお前が相手に対して怒る時は、そう言う「どうでも良くない相手」に対してが大半じゃ無いですか？」
「うん…」
「なら、今日後悔するやり方をしてしまったなら、次ちゃんと言える様にすれば良いですね。何にせよ、今日は頑張りましたね。お前なりに皆と向き合って頑張ったんでしょう？」
ね？と首を傾げてこちらを見るロード。それを見て、シキは大きな体からは想像出来ないくらい縮こまり、泣き始めてしまった。
「うん…頑張ったけど…怖かった…」
やっと安心した様にその言葉を発したシキはしばらく泣いていた。ロードはそれを見て苦笑しながら彼を宥めてやった。皆の前では少しずつ、年が上だから兄の様に居ようと振る舞っているが、やはり慣れ親しんだ兄貴の前ではシキはいつだって弟分に戻ってしまう。
戻って力を抜く場所があると言う事がどんなに嬉しい事か。シキは、今日クロエが居なくて良かったとぽつりと呟いた。だってなんか格好悪いじゃんか。
「あ、今日医療班であの人会ったよ、あの…ヴォイドさん」
「ああ、会いましたか」
「うん、綺麗な人だった。兄貴と結婚したら俺の姉さんみたいなもんだし、兄貴をよろしくって言っといた」
「うふふふふ…大人を揶揄うもんじゃ無いですよふふふっ…」
「…凄ぇ満更でもなさそうな顔してる…」
あれ…？でも兄貴って俺の事好きなんだっけ？どうなんだっけ…？
愛の日、まだその疑問と言う呪縛から抜け出せて居ないシキは一気に険しい顔でロードを見た。
それでもこの日、いつもよりやり切った感がありベッドが心地良く感じられたシキ。彼はその日の夜中、けたたましく鳴るエマージェンシーコールに気付かずぐっすり眠って居た。図らずも翌日までロードからの連絡に気付かず彼への恩を仇で返す形になってしまったが、ロードはやれやれと肩を竦めたくらいで許してくれた。
あまり期待されずにでも見放される事もなさそうな居場所ってやはり有難いなと思ったシキは、自分が誰かのそんな場所になれたら良いのにと思った。
翌日、愛の日から一夜明け、ユーシンとテディに会ったシキはいつも通りの二人を見てホッとした。更に仲良くなったと思しき二人に安心しつつ今日も業務を頑張ろうとシキは腕まくりをした。
「あ、兄貴…」
「おや、今頃ですか？連絡くらい入れれば良かったのに」
「あ…入れ忘れてた…だって、時間過ぎてたし、兄貴帰ってるかと思って…」
「…気まぐれに残ってたんですよ。早く入って手を洗いなさい。食べますよ、ちょっと遅くなりましたけど」
促され、シキは部屋に入る。部屋は暖かかったし、ご飯の良い匂いが充満していた。チラリと覗くと、鍋やフライパンの洗い物が見える。テーブルには赤スープ、ひき肉の卵包み、茸とサワークリームのグラタンが並んでいた。シキは思わずごくりと唾を飲み込む。それに気付いたロードは少し呆れる様に笑った。
「うふふふ…食べたいなら早く来なさい」
「うん…！！」
二人向き合う様に座り、食事に口付ける。寒い中外で動かずにユーシン達と過ごして居たシキの体にスープは染み込む様だった。
「美味い…」
「寒い中外に居たならより美味しく感じるでしょう？」
「うん…あ、今日クロエは…？」
「あの子はミクリカです。今日は稼ぎ時だとかで、外泊許可も出しましたしね」
「が、外泊…！？」
「おや？もう数日前からあの子はベーコンおじさんのところですよ。シフトも調整して休みも取って…結構無茶な取り方したんですけどね、フラナガンさんも人が良いものだからすぐ許可出してくれて…。おじさんのお店で連日頑張った様で、娘さんから手料理をご馳走になるついでに今日も泊まってくると。もう連泊してますよ」
「なーんだ…」
「うふふ…彼氏でもいるかと思いましたか？」
「いや？それは別に…そっか、今クロエ居ないんだなーと思って…なら良いかなーって…」
シキは少しだけ俯くと、眉間に皺を寄せロードを見た。泣き出しそうなその顔を見て「何情けない顔してるんです？」とロードは笑う。シキは泣きそうになるのを堪えて少しずつ言葉を発した。
「怖かった…俺…」
「…何がです？」
「ユーシンとテディ…本当に絶交しちゃうかと思って…」
「おやおや…」
ボソボソと今日あった事を乱雑に並べるシキ。今日の事を何も見て居ない人間からしたらシキに何があったか分からない説明だったが、流石そこは兄貴ことロード、何となく把握して話を聞いていた。
「──でね…ユーシンとテディを止めようとして、俺二人を叩いたんだ」
「おや、思い切った事しましたねぇ」
「良い事…じゃあ無かったと思う…」
「そうですね。時と場合によりけりですが…」
「俺…昔同じ様な事して兄貴に怒られたよね…？」
「ありましたねそんな事…」
「兄貴は…どうやって俺を叱ってくれたっけ？って…同じ様にしようとした…けど、浮かばなくて…」
それで、叩いた。
そこまで言い掛けて口を噤む。シキにとったら、何より叩いた事がショックだったらしい。兄貴だったらそんな事しないで出来るのに、と口にするシキをロードは制すると、少し困った様に笑った。
「何もかも、私の真似をしなくて良いじゃないですか」
「でも…少なくとも、真似出来てたら二人を叩かなかったと思う…」
「じゃあ、そんなにやって後悔してしまう事なら、次そんな事があれば言葉だけでちゃんと伝える努力をしましょう」
「次…？」
「そんな機会があろうが無かろうが、今日の反省を次に活かす復習はやって損は無いですよ。頭の中でシミュレーションするんです。ゆっくり、どう言う意図で言葉を伝えたいのか、頭で構築するんです。怒っているを伝える状況で、絶対誰も傷付けないなんて事は出来ません。何せ相手に怒りをぶつけるのが目的ですから。それ故怒ると言うのは特別なんです。どうでも良い相手なら割かなくて良い労力です」
「どうでも良くないから怒るの…？」
「そうとは限りませんけどね。少なくとも私やお前が相手に対して怒る時は、そう言う「どうでも良くない相手」に対してが大半じゃ無いですか？」
「うん…」
「なら、今日後悔するやり方をしてしまったなら、次ちゃんと言える様にすれば良いですね。何にせよ、今日は頑張りましたね。お前なりに皆と向き合って頑張ったんでしょう？」
ね？と首を傾げてこちらを見るロード。それを見て、シキは大きな体からは想像出来ないくらい縮こまり、泣き始めてしまった。
「うん…頑張ったけど…怖かった…」
やっと安心した様にその言葉を発したシキはしばらく泣いていた。ロードはそれを見て苦笑しながら彼を宥めてやった。皆の前では少しずつ、年が上だから兄の様に居ようと振る舞っているが、やはり慣れ親しんだ兄貴の前ではシキはいつだって弟分に戻ってしまう。
戻って力を抜く場所があると言う事がどんなに嬉しい事か。シキは、今日クロエが居なくて良かったとぽつりと呟いた。だってなんか格好悪いじゃんか。
「あ、今日医療班であの人会ったよ、あの…ヴォイドさん」
「ああ、会いましたか」
「うん、綺麗な人だった。兄貴と結婚したら俺の姉さんみたいなもんだし、兄貴をよろしくって言っといた」
「うふふふふ…大人を揶揄うもんじゃ無いですよふふふっ…」
「…凄ぇ満更でもなさそうな顔してる…」
あれ…？でも兄貴って俺の事好きなんだっけ？どうなんだっけ…？
愛の日、まだその疑問と言う呪縛から抜け出せて居ないシキは一気に険しい顔でロードを見た。
それでもこの日、いつもよりやり切った感がありベッドが心地良く感じられたシキ。彼はその日の夜中、けたたましく鳴るエマージェンシーコールに気付かずぐっすり眠って居た。図らずも翌日までロードからの連絡に気付かず彼への恩を仇で返す形になってしまったが、ロードはやれやれと肩を竦めたくらいで許してくれた。
あまり期待されずにでも見放される事もなさそうな居場所ってやはり有難いなと思ったシキは、自分が誰かのそんな場所になれたら良いのにと思った。
翌日、愛の日から一夜明け、ユーシンとテディに会ったシキはいつも通りの二人を見てホッとした。更に仲良くなったと思しき二人に安心しつつ今日も業務を頑張ろうとシキは腕まくりをした。
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