愛の日にプロメッスを／べにざくろ

13:00　Mia & Teddy & Shiki & Nebiros

『そうですか……では、もし良かったら私と…… 』
（ネビロスさん、あの時何を言いかけたんだろう）
　お昼ご飯を終えて一息ついたミアは、ふと朝のことを思い出していた。薬品の場所を聞かれたので案内し終えてネビロスの元へ戻ろうとしたら、愛の日以降には大量に必要になるという腹痛に効く薬や胃腸薬が届いてソレの整理に追われた。ミアには何でそれらが必要になるのか分からなかったが、食べ過ぎや、食べてはいけないレベルの炭のような菓子を貰ったもののソレを（深い理由があって）食べる人間の為である。人には色々な事情というものがあるのである。
「頼もーう!!! 」
　その時、落ち着きを取り戻しつつあった医療ドレイル班の扉が元気の良い声と共に破られそうな勢いで開いた。
「テディ! 」
　扉を開けたのは調達ナリル班のセオドア・トンプソン……通称・テディでミアは顔を輝かせると彼に駆け寄っていく。するとテディの後ろ、廊下には室内なのに何故かリアカーがあって、それを大道芸人のような格好のシキが引いていた。
「え? 何でリアカー? 」
「『「結社全員チョコ配り計画、誰もぼっちと言わせない」作戦』決行中だからだよ! 」
　キラキラの笑顔で可愛らしくポーズを決めるテディが可愛くてミアは何もツッコミを入れなかった。元々、彼女がツッコミ属性ではないことも関係あるのもしれない。いや、無いか。
「それにしてもいつも可愛いけど今日のテディは特に可愛いね。メイクは愛の日だからピンク? 」
「さすがミア! 今日のメイクはね…… 」
　可愛いもの好きなテディとの会話は女の子と話しているみたいで楽しくて、ついつい盛り上がってしまう。特に今日の服装はフリルが凄く多くてフワフワしてて清楚でフェミニンでありながら、そこはかとないセクシーさも併せ持つ格好で本当に可愛い。
「今度ミアもこういう格好しようよ!! 」
「えー、テディは可愛いからいいけど無理だよー」
「酷いよ、ボク達の友情はその程度なの!? ミアも・着てくれないのー? 」
　口を尖らせるテディの言葉が引っ掛かる。
「も……? 」
「そうだよ! 折角ボクがサイズ探してきてあげたのにシキってば着てくれないんだもん!! 」
　テディの言葉には、さすがのミアも驚いた。思わずシキを見ると彼は静かに頷く。
（うーん……さすがにシキくんがテディと同じ服を着るのは…… ）
　身長が194cmもあるシキは華奢に見える体格のテディと違い、しっかりとした男らしい体付きをしている。そのシキが着れるサイズのテディと同じ服があることにそもそも驚きが隠しきれないが、人の趣味はそれぞれというし、そういう人もいるのだろう。しかし、シキはそういう人では無い。それならばシキが女の子の格好をすることに抵抗があっても何らおかしくない。
　ミアの脳内で無表情のシキがテディと同じ服を着てリアカーを引いている姿が想像されて笑いを堪えられなくなる。
「ふふっ、テディ……シキ君はさすがに、可哀想だよ…… 」
「えー! じゃあ、やっぱり今度ミアも着よう? 」
　ヒラリとスカートを翻して一回転したテディが「ね? 」と可愛く言うものだから、ミアは根負けして首を縦に振った。このままミアが首を縦に振らなかったら今度はシキに同じ調子で迫りそうだったし、それならば自分が着た方が少しはマシだろうと判断してのことだ。
「ボクと双子コーデでデートしようね! じゃあ、シキ! 配っちゃおう! 」
（あれ、着るだけじゃ済まなくなってる……? ）
　内心で冷や汗ものになっているミアを放置して、テディとシキは手早く医療ドレイル班の部屋にいるメンバーにリアカーから取り出したチョコを配っていく。既に他の班の部屋でも配った後なのだろう。手際が良い。
（あ、そうだ）
　自分もテディとシキの分のお菓子を用意してたことを思い出したミアは部屋の隅に置いてある自分の荷物の所へ行って、袋から二つスパイスクッキーの入った小袋を取り出す。一瞬悩んだが、テディは女の子みたいなものだし、と思ってピンクのガーベラも手にとった。
「はい、ミアの分! 」
「ありがとう。はい、これがテディの分だよ」
「ありがとー! 」
　そう言って笑うテディはいつも以上に可愛いなぁ、と思いながらリアカーの元に戻っているシキの所へ行く。
「これはシキ君の分ね」
　渡しながらリアカーのチョコの山と混ざらないか心配になったが、そんなミアの心配が伝わったのか「貰ったもの入れる専用の袋があるから」とリアカーの端に置いてあった青くて大きな袋にミアのお菓子を仕舞う。隣に置いてある同じ形のピンクの袋がテディの分だろうか、と思って見ていると更にその隣にまた形の違う紙袋があって気になる。入っているものがお菓子ではなく服のように見えるからだ。
（何だろう……? ）
　いけないとは思いつつもちょっとだけ覗こうとしていると、テディがリアカーの元に帰ってきた。そうだ。テディに聞こう。
「ねぇ、テディ。これって」
　何も考えないでミアが振り向くと、思っていたよりもテディの顔が近くにあってミアは目を見開く。
（間近で見てもテディってやっぱり可愛いー!! ）
　至近距離で見つめたテディのお肌は艶々でシミもソバカスも見当たらないし、これが化粧品によるカバー力だとしたら是非とも教えて貰いたいが絶対にテディのことだから素肌による実力なんだろう。ピンクのアイシャドウを使っているのに目が腫れぼったく見えないのはチョコレートを思わせるブラウンを締め色に入れているからで、でも大人過ぎたメイクにならないようにブラウンは薄め。下瞼にピンクシャドウが入ってるから潤んだ目元が演出されていて甘さが出ている。チークは最初は気付かなかったが青み系ピンクだ。アイメイクがしっかりしているからリップは薄い色付きにして抜け感を出しているのが、また可愛い―――。
「ちょっと、ミア! ストーップ!! 」
「へ!? 」
　テディに肩を掴まれて我に返ると、ミアとテディの顔が物凄く近くなっていた。距離感にして、マジでキスする三秒前。
「ごっ、ごめんね!! 」
　慌てて離れて謝る。今日の夜にネビロスに薔薇とチョコレートを贈ろうと勝手に決めているミアは、可愛いテディのメイク方法を少しでも盗んで夜のメイクの参考にしようと必死に見過ぎてしまっていた。
「ダメだよー? こういう風に迫るなら別の人にしないとね」
　必死に謝るミアに、ニコッと笑うテディが何だか格好良くてミアは思わず見惚れてしまう。メイクは可愛い。服装も可愛い。それでも何だかちゃんと男の子に見えた。
「ほらー、お返事は? 」
「う、うん」
　迫るなら別の人。
　そう言われて頭に浮かぶ人は、当然あの人しかいない訳で。
　そっと医療ドレイル班の部屋の中、ネビロスの姿を探すと目が合ったような気がして慌てて目を逸らす。
　そんなミアを微笑ましくもニヤニヤと見ていたテディだが、何かを思い出したようでリアカーからガサゴソと袋を取り出した。
（あ、さっきの袋）
　テディとシキが貰った物を入れると言っていた袋の隣にあった謎の袋をテディが持っていた。そして、彼は部屋中に響き渡る大きな声で叫ぶ。
「ネビロスー! 」
　呼ばれたネビロスがテディを見た。そんな彼に更にテディは叫んだ。
「今日のミアとデート行く時用の服持って来たよー! お食事するのにちゃんと似合う服ー!! 」
　そのテディの声に医療ドレイル班中の視線がネビロスとミアに集中した。しかし、そんなに視線を集めてもミアも初耳で顔を真っ赤にすることしか出来ない。
「あれ? もしかして秘密だった? 」
　そう言ってテヘッと笑ってペロッと舌を出すテディに、カツカツと靴音を響かせてネビロスが凄まじい速さで近付くと袋を奪い取る。
「テディ……確信犯ですね? 」
　過去、ロードに『医療ドレイル班にあるまじき顔』と称された顔のネビロスにもテディは全く動じる様子も見せなかった。さすが大胆に突っ込んでいくのがテディの持ち味なだけはある。大物である。
「えー? 何の事かな? 」
　華麗にとぼけるテディ。
「な、何言ってるの? ネビロスさんと、別にそんな約束してない……よ……? 」
　言いながら、ミアは朝のネビロスとの会話を思い出す。
『おはようございます、ミア』
『ネビロスさん! おはようございます! 』
『ミア、今日は仕事終わりに予定は入っていませんか? 』
『あ、はい! 何も無いですよ! 』
『そうですか……では、もし良かったら私と…… 』
　先程も思い浮かべたネビロスの言葉の続き。それが、もしかしたら何らかのお誘いだったとしたら。
（デートっていうのはテディの冗談だとしても、もしかしてネビロスさんが言いかけてたことって…… ）
　ミアは、より一層、顔の赤面度を上げて固まる。随分と自分に都合の良い妄想すぎやしないだろうかとも思うが、もうそれしか考えられない。
「ミア」
「ひゃい!? 」
　ネビロスに呼ばれて変な声になるが返事をする。テディに見せていた顔は微塵も見せないいつも通りの笑顔を見せたネビロスは更に口を開く。
「少々、テディと話をしてきますので……終わったらお時間いただいていいですか? 」
「ひゃい…… 」
　微笑んでテディを伴って引き摺って去っていくネビロスの後をリアカーを引いてついて行くシキというシュールな光景をミアは大人しく見送った。

　その後、帰ってきたネビロスから無事に夕食のお誘いを受け、浮かれた気持ちになったミアが、医療ドレイル班を訪れたロードが気絶するという恐怖シーンに悲鳴を上げる羽目になるまで、あと1時間―――。

終業後　Mia & Void

　仕事を終えたミアの心は浮かれていた。何と言っても、あのネビロスから食事のお誘いをいただいてしまったのだ。これで浮かれない人間がいるだろうか。いや、いない。
「お疲れ」
　浮かれつつ帰り支度をしていると、そんな彼女に声をかけて同じように帰り支度を始めたのはヴォイドだった。
「お疲れ様です! ……ロードさん、大丈夫でしょうか? 」
　日中、医療ドレイル班の部屋で急に倒れたロードを思い出して言ってみるとヴォイドの顔色が赤くなったり青くなったり忙しく変わった後に、いつものような淡々とした顔に戻る。
「別に放っておけば良い」
「え? ヴォイドさんが何となく嬉しそうな雰囲気なの、ロードさんのおかげかなーと思ってたんですけど違いました? 」
「絶対に違う」
　とんでもないミアの勘違いをヴォイドがキッパリと断言する。しかし、ヴォイドが何やら嬉しそうな雰囲気を纏い始めたのは、大体ロードが訪問して帰った後くらいだったと思うミアは納得できなくて首を傾げる。
　実際のところ、ヴォイドがミア曰く“ 嬉しそうな雰囲気 ”を纏い出したのは本日外出中のユウヤミから電話で連絡を貰ったからなのだが、ミアはその事実を知らないしヴォイドがそのことを話すことは無い。だからミアはヴォイドさんは照れているだけなのかなと思ってしまう。そして、それは誰にも訂正されることはないのでミアは勘違いしたままだ。
「それより……そんなに嬉しそう? 」
「はい! 」
　ヴォイドに問われて素直に頷く。
「あ、でも一緒にいる時間が長いから分かるだけかもしれません。何となーく嬉しそうだなって思っただけなので」
「そうなんだ」
　呟くヴォイドはいつもの淡々とした感じに少しだけ恋する乙女のような顔が覗いているように見えて、ミアは思わずニコニコ笑ってしまう。スタイルが良い美人で、難しいお医者さんの仕事も出来るヴォイドも自分と同じように普通に恋をするんだ、と何だか嬉しくなったからだ。
　だから今まで言いたかったけど言えなかったことを、ついに勇気を持って言ってみた。
「今度、良ければ一緒にお買い物とか遊びに行きませんか? 」
　ミアの言葉にヴォイドの青と緑が混じった様な綺麗な目が丸くなる。そして、そのままあんまりにも長くヴォイドが固まったまま動かなくなってしまったので、やはり8歳も年の離れた自分が誘うのは失礼だったかとミアが心配になった時だった。
「行く」
　その呟かれた二文字の言葉に喜んだミアは、思わずヴォイドの両手をとっていた。
「ありがとうございます! 絶対絶対行きましょうね!! 」
　自分とヴォイドのシフトの両方を確認しなきゃ、と浮かれ出すミア。
　そんな彼女に冷静な顔でヴォイドは言う。
「急いで帰らなくていいの? 」
「え、あ、そうだ!! 時間!! 」
　ミアの本日の夜の予定は調達班のテディによって一時頃に部屋にいた医療ドレイル班メンバー全員に知られている。その後に改めてネビロスから言われた時は周りの目が恥ずかしくて穴があったら入りたいくらいだったが、元々自分の気持ちは周囲にバレバレなことを思い出して彼女は堂々とすることにした。開き直った、ともいう。
「ヴォイドさん!! 」
　慌てて鞄を抱えて部屋を出ようとしたミアは扉の前で一度振り返る。
　そして、ニッコリと一言。
「良い愛の日を過ごしてくださいね!! 」

終業後　Mia & Siegfried

「お、ミアさん」
「ジークおじさま! 」
　部屋を出て帰路を急ごうとしたミアを呼び止めたのは機械人形マス・サーキュのジークフリートだった。
「どうしたんですか? 」
「いや、帰るならあっちから帰ったらどうかと思ってな? 」
　ジークフリートが「あっち」と指さす方向はミアの部屋に帰るためには遠回りなルートだった。さすがのミアも彼が本来ならミアが向かうべき方向へ行かせたくない何かがあるのだろうと悟った。
　隠されれば、人は気になる生き物である。
「そっちは遠回りなので、そっちからは帰りませんよー」
　ジークフリートのサングラス越しの目が凄く何かを訴えかけていたが、あえて気付かなかった顔をしてミアは先へ進む。そして角を曲がろうとしてその先に人の声がすることに気付いて、それがジークフリートがミアを先へ進ませたくない理由だろうと思ったミアは立ち止まると角から少しだけ顔を出して静かに声の先を窺った。
　視線の先にいたのはネビロスと他班の知らない女性二人組だった。女性はミアに背を向けていたし、ネビロスはその二人を見ているので幸いにもミアが覗き見していることに気づいていない。
　その女性二人はネビロスにチョコレートの箱を二人揃って差し出していた。間違いなく、それは愛の日のプレゼントだ。
　そっと顔を引っ込めたミアは踵きびすを返して静かに元来た方向へ歩き出す。部屋に帰るには遠回りするルートへ戻ってくると何とも言えない顔のジークフリートがミアが戻ってくることが分かっていたように立っていた。
「な? おじさんの忠告は聞くモンだろ? 」
「 ……そうですね」
　やはりネビロスは格好良いし優しいので他班の女性にも人気があったようだ。「そうですよね、ネビロスさんは格好良いですよね!! 」と彼女達に叫びたい気持ちもない訳ではないが、ネビロスにプレゼントを渡している姿を見るとモヤモヤした気持ちがある自分がいることも確かだ。
「私だってネビロスさんに、これからプレゼント渡すもん……お夕飯デートだってするんだもん…… 」
　何だか悔しくなって思わず呟くと、苦笑したジークフリートに頭を撫でられた。大きなジークフリートの手にくしゃりと幼子おさなごにするように頭を撫でられると、かつて父親に撫でられていた時を思い出してミアは表情を緩ませた。
「よし、それじゃおじさんが部屋までデートしてやろう」
「本当!? 」
「おじさんが嘘ついた事あったか? 」
「無いです! 」
　朝に愛の日のプレゼントをたっぷり詰めた重たい鞄の中身は渡しきっているが、今度は個人的に貰ったプレゼントが詰まってちょっぴり重たい鞄をジークフリートがミアから取り上げて持ってくれる。
　両手が空いたミアは調子に乗ってジークフリートの空いた腕に絡みついた。何か言いたそうなジークフリートに悪戯っぽく笑う。
「だってデートですもんね? 」
　ミアの言葉に一瞬きょとんとしたジークフリートだったが、すぐにミアよりも悪戯めいたそれでいて大人の渋さを感じさせる笑みを浮かべた。
「それなら“ お夕飯デート ”するネビロスにも同じ事してやらないとだなぁ」
「ええっ!? そ、それは無理。恥ずかしい…… 」
　一人と一体は傍目に見たらイチャイチャとするカップルのような、または祖父と孫のような、兎にも角にも見掛けた者が思わず目を細めてしまうような雰囲気を纏って遠回りの帰路を歩いて行った。

お夕飯デート（前編）

　全身の映る鏡の前で、くるりとターン。
　仕事終わりで時間が足りないから髪は簡単に巻いてハーフツイン。洋服はシリルとテディに選んで貰ったラウンドカラーのＡラインワンピースだ。そしてメイクは早速、日中に眺めさせて貰ったテディのものを参考にピンクブラウン。うん、結構可愛く出来たんじゃないだろうか。ミアは自分で自分を誉めてテンションを上げる。
　ネビロスに贈ろうと作ったテリーヌショコラは保冷剤を詰めた保冷バッグの中にしまって、紅薔薇は自分なりに華美になりすぎないように包装して紙袋に一纏めにした。その紙袋と鞄を持ったらデートの準備は完了だ。
　約束の時間より少し前に鼻歌交じりでミアは部屋を出る。向こうはそんなつもりは無いだろうが、ミアにとってはネビロスとの初デート。遅刻は厳禁だ。
　待ち合わせ場所はミアの寮の前。
　余裕での到着の筈だったミアの水色の目が丸くなり見えた長身の姿に目が釘付けになる。
「ね、ネビロスさん!? 」
　待ち合わせ時間より前にそこに立っていたのは間違いなくネビロス・ファウストだった。
「ごめんなさい。お待たせしちゃいましたか? 」
「いいえ。まだ時間前ですよ」
　そう言って黒のチェスターコートの裾を揺らしてネビロスが近付いてくる。優雅にゆったりと歩いている様に見えるのに、ミアに近づいてくるスピードが早く感じられるのは脚が長くて一歩一歩が大きいからなんだろう。
　そして当然のことながらネビロスは医療ドレイル班の瑠璃色のスクラブ姿ではなく私服姿である。とはいえミアはネビロスの私服姿を見た事が無い訳では無い。先日も医療ドレイル班の部屋でミアが泣いてしまった時、休暇中のネビロスが来てくれた時に彼の私服姿は見た。
　しかし、さすがテディ曰く『今日のミアとデート行く時用の服持って来たよー! お食事するのにちゃんと似合う服ー!! 』である。細身なネビロスの身体のラインが美しく見えるように、痩せて見えないタンクトップに細身のパンツを合わせてＩラインを作っている。
　更に特筆すべきところは髪型である。日頃、下ろしているネビロスの灰色の髪がしっかりと纏められていたのだ。ネビロスが髪を纏めている姿は夏のある暑い日以来だったので半年ぶりに見たと言っても過言ではない。
　結局、長々と書き連ねたところでミアの言いたいことは簡単だ。
（ネビロスさん、いつも以上に格好良すぎるよ!! ）
「ミア」
「はい!? 」
　ネビロスの格好良さに内心で悶えていると、名前を呼ばれて我に返る。
　街灯の光に照らされたネビロスの整った顔にある唇が綺麗な弧を描いて笑みを容かたち作った。
「とても似合っていて可愛いですよ」
　言葉の意味を理解した瞬間、周囲の薄く積もった雪が溶けるんじゃないかというくらいミアは自分の体温が急上昇した気がした。顔はきっと真っ赤になっていることだろう。汗で化粧が溶けないといいけれど、と思いながらミアは必死に口を開く。
「ありがとうございます! ネビロスさんも、とっても格好良いです!! 」
　言ってから売り言葉に買い言葉ではないけれど社交辞令で言ったようにネビロスが感じてないか心配になった。そもそも日頃から散々「格好良い」と言っているせいで言葉が軽く聞こえてしまう気がする。
「ありがとうございます」
　ほら、やっぱり。
　ネビロスはいつも通りに優しく微笑むだけで全然ミアと違ってドキドキなんかしてくれない。悔しいけれど、これが現実だ。
「では行きましょうか」
「はい」
　促されて二人並んで歩き出す。身長が丁度20センチメートル違うのにミアが無理なスピードで歩かなくて良いのは、ネビロスがさり気なく一歩を小さくしてミアに合わせてくれているからだ。
　それは、身長が小さい人と一緒に歩くことに慣れている態度。
　その相手は奥さん? それとも別の昔の彼女?
　ネビロスを横目で伺いながらミアはついそんな事を考えてしまう。
「わ!? 」
　過去の女性のことを考えていて気もそぞろになっていた所為でミアは道路のちょっとした凹みに爪先を引っ掛けてしまった。転ぶ、と思うと衝撃に脅えて思わず目を瞑る。
　しかし、ネビロスに腕をぐいっと引っ張られてミアが転倒することは無かった。引っ張られたことでネビロスとの距離が近くなって、ミアは赤面する。
「大丈夫ですか? 」
「は、はいっ」
　返事をしたことで、ミアがちゃんと立っているのを確認したネビロスの手が離れる。彼の体温が離れていくことにミアは寂しさを感じた。けれども、それを止めることは出来ない。
　いつか堂々と手が繋げるようになりたいな。
　そのために、今夜は頑張るんだ。

お夕飯デート（中編）

　ネビロスが選んだのはパスタ屋であった。
　そこは、ただのパスタ屋ではなく大陸で東洋系と呼ばれる要素を含んだカジュアルラインのお店で、ミアはホッとする。急に高級店に行くなんてなったらネビロスとのデートでの緊張に店の高級感のプレッシャーがかかって胃が痛くなっていたかもしれない。
　この店なら医療ドレイル班の皆で来たこともあり気楽にご飯が食べられそうだ。
「んー……何にしよう」
　客の流れのタイミングが良かったらしく待たずに席に着けたことは良かったが、メニューが豊富なのが店の特徴なのでメニューを眺めてミアは悩んでしまう。
「ネビロスさん、決まりましたか? 」
「ええ」
　これにします、とネビロスの長い指が一つを示した。
「あ、ネビロスさん。これ前回も食べてましたよね」
「よく覚えていますね」
「記憶力には自信があるので! 」
　前回の食事の時にネビロスが何を食べていたのかこっそりじっくり眺めていたからである。ミアの記憶力はネビロスに関してしか発揮されない。
　結局、ミアも悩んだ末に前回と同じものにすることにした。
「ミアも前回頼んでいたものですね」
「あ、そうです! 」
　ネビロスが自分が食べたものを覚えていてくれただけで嬉しくてミアはニコニコと笑ってしまう。我ながら単純だとは思うけれど、嬉しいものは嬉しいのだから仕方ない。
　店員を呼んでネビロスが注文をしてくれる。少しミアより年上くらいの若い女性の店員だったが、明らかに物腰柔らかなネビロスの格好良さにときめいているのが分かりやすい。
（うんうん、分かる。今日のネビロスさんは特に格好良いもん）
　夕刻に他班の女性がネビロスにチョコレートを渡している姿を見た時は胸がモヤモヤしたが、今のミアはネビロスとデート中ということで、そんな店員さんを見ても余裕の女だった。
「そういえば、ネビロスさんが髪の毛纏めているの珍しいですね」
　店員が去ってからミアは口を開く。
「テディにやって貰ったんですよ。あまり自分に手を加える事が得意ではないので」
「テディに? 」
「先日、テディが風邪を引いた時に流れで服を見てもらうことになった結果ですね」
　そういえば愛の日の少し前にテディが風邪を引いて寝込んでいた時があったことを思い出す。ミアとしてはテディは大事な友人であるしお見舞いに行きたかったが、高熱が伝染するといけないと医療ドレイル班の皆に止められてしまったのだ。そうなれば医療ドレイル班にいるとはいえ素人のミアにできることは無い。その時に世話に行っていたのがネビロスだったのだろう。
「風邪をひいても約束取り付けるなんて、さすがテディだなぁ」
　その強したたかさは見習いたいものである。それと彼のコーディネートセンスも。
「それにしても、ネビロスさんにも出来ない事あるんですね」
　ミアとしては何気ない一言だった。しかし、それが失言だったとすぐにネビロスの顔を見て気付く。

――ネビロスにも出来ない事あるんだねー

　ネビロスの灰色の目がミアを通り越して此処にいない誰かを見ていた。
　誰か、なんて言ってみても、その誰かは一人しかいない。
「ネビロスさん? 」
　彼女には勝てない。それでも、今此処にいるのは自分なのだから。
　ミアは己の失言を悔やみながらもネビロスの顔に気付かなかったかのような顔をして彼を見る。
「 ……何でしょう? 」
　ネビロスの目に映るのは――大丈夫、ミア私だ。
　だからミアは最大限に能天気な顔で笑う。
「お腹空きましたねー」

お夕飯デート（後編）

　たっぷりと会話とパスタを堪能したミアとネビロスは帰路に就いていた。
「おいしかったですね」
「そうですね」
　パスタは美味しかったが、そのまま帰る訳にはいかない。ずっと持ち続けていたプレゼント達をネビロスに渡さなければならないのだから。
　カンテ国では珍しくもない階段を降りながら、ふと目に入ったのは階段の途中に作られた階段公園。本当の名前があるらしいが、誰もが階段公園と呼ぶのでミアも正式名称は知らなかった。
「ネビロスさん、少し寄り道していいですか? 」
　公園を指さして問いかければネビロスは静かに頷いた。
　公園に入って行っても階段公園は街灯が多くて夜でも何ら怖いところはない。
　ある程度進んだところでネビロスの数歩先を歩いていたミアは振り返って彼を見つめる。冬の夜の公園に他に人はいない。言うなら今だ。
「あの、ですね」
　ずっと大事に持っていたテリーヌショコラと紅薔薇が入っている紙袋を両手で持つ。

葉のついた一輪の蕾の赤い薔薇。

赤い薔薇の花言葉は『あなたを愛してます』。

薔薇の葉の意味は『あなたの幸福を祈ります』。

一本の薔薇の花言葉は『一目惚れ』。

薔薇の蕾の意味は『愛の告白』。

　ミアの花屋の娘としての知識と人脈を駆使してのプレゼント。花言葉を意識しているミアからすれば既にこの薔薇を手にした時から緊張で死んでしまいそうなくらい心臓が高鳴っているが、花言葉を知らない人が見れば普通の綺麗な薔薇だろう。
　大丈夫。ちゃんと言える。
　仕事終わりの部屋で、毎日どんな言葉を言おうか考えて練習してきたのだから。
「私…… 」
　息を吸う。
　澄みきった冬の冷たい空気が肺に入って冷静になれた気がする。
「必ず食べ頃?になりますから、お買い得だと思うんです!! 」
　全然、冷静になれていなかった。
　色々と考えた結果、「食べ頃」という人事部のロード・マーシュに先日言われた言葉が良く分からないが誉め言葉っぽかったので使ってみた。しかし何だか失敗だったようで、言われたネビロスが何とも言えないような顔をしている。おかしい。自分は何か言葉選びを間違えたらしい。
「ミア」
「はい!! 」
　近付いてきてミアの両肩に手を置いたネビロスが微笑む。その唇は緩く笑みを描いているが完全に目が笑ってない。ちょっとだけ怖い。でも、そんなネビロスも格好良いと思ってしまうのは、恋する乙女の盲目故か。
「アレの発言は忘れましょう。ミアの頭の中にアレがいるなんて教育上良くありませんから」
　今日、医療ドレイル班の部屋でロードが倒れた時のネビロスの態度といい、どうやらネビロスとロードはあまり仲が良くないのかもしれない。その時にも、やたらネビロスがロードに対して当たりが強いなとは思ったが、ここまで仲が良くないとは。それに忘れかけていたがヴォイドにも「二度と近付いちゃ駄目」と言われていたし、やはりロード・マーシュには子供のミアには分からない何かがあるのかもしれない。
「忘れられますね? 良いですね? 」
　問い掛けている形をとっているけれど有無を言わせないネビロスの妙な迫力に、ミアは何度も首を振り切れるんじゃないかというくらい縦に振る。良い子に頷いたミアにネビロスは「そんなに首を振っては折角の髪が乱れてしまいますよ」と今度は恐怖心を感じさせない笑みを浮かべた。でも、何だか薄ら怖いものを感じるのは何故だろう。
　ともかくミアの選んだ言葉は失敗に終わった。
　やはり小難しいことは考えないでストレートに言うのが一番自分の性に合っていた。次は、やっぱりストレートに。
「あの」
「ミア」
　今度は言う前に遮られた。もうロードのことは言わないから言わせて欲しい。
　身長差があるので上目遣いで「言わせて欲しい」とネビロスを見上げるが、今度はネビロスは困ったような顔をしていた。
　その顔を見れば、自分が言いたいことは言ってはいけないのだと分かる。
（そうだよね、やっぱり好きなのは迷惑だったよね）
　途端に萎れた花のように俯く。医療ドレイル班中でミアのネビロスへの気持ちは公然の秘密となっているから言うことくらいは許して貰えるかと思ったが、やはりミアが告白すればネビロスはわざわざ断らなければならない。告白を断る側だって気まずい事はミアだって知っている。
　泣くことはしたくなかったから下唇を軽く噛んで自分に笑えと暗示をかけると、ミアは顔を上げてネビロスを見る。
「受け取っては貰えますよね……? 」
　そう言って紙袋をネビロスに差し出した。
　だって、渡すって宣言したから。
　それに、あの時は「お待ちしております」って言ってくれたから。
　逡巡した末に、ネビロスが紙袋をミアの手から受け取る。
（終わった）
　手からプレゼントの重みが消えて、ミアに残ったのは失恋の苦さだけだった。意外にも涙は出て来ない。悲しみに心が打ちのめされて、泣くという機能を忘れてしまったかのようだ。
「 ……ミアに伝えたい事があります」
　失恋なら自分でちゃんと理解しているので、わざわざ言って貰わなくても大丈夫です。
　ちょっとだけ拗ねた気持ちになって、いっそのこと思った通りに言ってしまおうかと思って喉まで出かかるが言って惨めになるのは自分だと分かっているので言葉を飲み込む。
「二十二日はミアの誕生日でしたよね? 」
「そうですけど」
　愛の日の八日後はミアの誕生日だ。その日、ミアは遂に十八歳の成人を迎える。さっきまでは、大人になるのを凄く凄く楽しみにしていたのに、今のミアにとっては別にどうだっていい出来事になりかけている。
「その時にちゃんとお話したいので、二月二十二日にまた今日みたくデートしてくれませんか? 」
「でーと」
「はい」
　ミアは目を瞬かせる。
　まさか、振る相手にまたデートしようと言う人間はいないだろう。いたとしても、ネビロスはそんな鬼畜人間でないはずなので、きっとそんなことは言わないに違いない。
「デート、します」
　つまり、それは何かを期待しても良いということかもしれない。
　壊れかけていた心の中に射した、ほんの少しの期待の光にしがみつくようにミアは頷いた。

　*　*　*

「今日はありがとうございました」
　寮の前まで送って貰ったミアはネビロスへ頭を下げる。公園で次回の約束をした二人は、未成年の帰宅があまり遅くなってはいけないということで帰路を急いだのだった。
「こちらこそ、ありがとうございました」
　ネビロスがそう言ってから何かを思い出したかのように鞄から一つの箱を取り出した。
「ミアへ私から愛の日のプレゼントです」
「えっ、貰えるんですか? 」
「ええ、勿論」
　箱を受け取ったミアは先程までの辛い気持ちがどこかに行ったかのように頬を緩ませる。そんなミアにネビロスは尋ねる。
「 ……菓子言葉というものを知っていますか? 」
「いえ。初めて聞きました」
　花言葉ならばそれなりに詳しい自信があるが、菓子言葉は初耳だった。
　首を横に振るミアに、ネビロスは「そうですか」と残念そうにもそうでもなさそうにもどちらにでもとれそうな声音で呟く。
「それでは、また明日」
「はい! 本当にありがとうございました!! 」

　*　*　*

　部屋に帰ったミアはネビロスから貰った箱を早速開けて、中身がマカロンであることを知る。
　そして菓子言葉を検索してマカロンの意味を知り、悶えることになるのだった。

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