ミサキの年末年始 実践！ゲーム編その3
最終更新：
suzujiu_orichar 2020年09月19日(土) 13:09:45履歴
相変わらず眠ったままのミサキ。
「どうするか……」
呟くロナの頭には夕食の心配があった。
時計はとっくに8時をすぎている。このままでは夕食を食べ損ねかねない。
食堂に行こうにもミサキを置いていくわけにいかない。
数回揺すってみたものの、全く起きる気配がないことにロナは困っていた。
コルクボードに止めてある購入済みの食券が悲しく揺れる。
みかんだけでしのげる気は全くせず、ロナは諦めて保存食の封を切ることにした。
「即席の炒麦エル・バツならうちにもあるからそうするか。アサギはどうする？」
「あ……俺はいい。まだ充電あっから。」
「そうか？」と言いながらポットとカップを回収したロナは台所へ向かった。
冷凍庫の中からフライパンで加熱するだけの即席炒麦を取り出す。
「こんな日に保存食を開けることになるとはな……」
普段は食堂で食べているが、たまに帰りが夜遅くなって食堂が開いていないことがある。
そんな時でも大丈夫なように準備してあった物だ。
ロナも自炊ができないわけではない。元のバイト先は弁当屋の裏方だったし、いつもの休暇時は自炊している。ただ、メンバーの様子を確認する為と単純に時間がない為、食堂に行きがちになっているだけだった。今日に限れば「何もしたくない」が理由だったが。
「今日は時間があるし、即席に何か足してみるか……」
二人分の冷凍炒麦を油が引いてあるフライパンに放り込む。
軽く炒めたところに水とケチャップを投入して混ぜながらしばらく炒める。
麦が水を吸い込んだらサイコロ型に切ったチーズを混ぜ、塩コショウも振って味を調える。
最後にパセリを散らし、盛り付けたら出来上がり。
「トマト汁麦ジュ・バツ風の完成。よし、上手くできた。」
ミサキの分の皿も持って部屋に戻ってみるとまだミサキはコタツに埋もれて寝ていた。
ロナがいない間にアサギが隣に移動して揺すり続けていたようだが、起きる気配がない。
逆に余計コタツに潜ってしまったように見える。
「全然起きねぇよ、どうすんだ？」
「俺も聞きたいよ、ミサキ女史の起こし方なら。」
アサギにため息混じりで答えながら、皿をコタツの上に置くロナ。
コンッと皿とコタツの触れ合う音がした瞬間、ミサキの両眼がパチリと開いた。
「……ご飯。」
言うが早いか、むくりと起きだすミサキ。
寝癖のついた頭であくびをする様はまるで猫のようだった。
「……ミサキ女史……起きた？」
「今まで何だったんだよ……」
唖然とする二人にミサキは不思議そうな目を向ける。
「何？」
うーん、と伸びをして固まった背骨をほぐすミサキ。
「美味しそうな匂いがしたから。」
随分と現金な……とツッコミそうになるのを飲み込むロナ。
「全然起きなくて心配したぞ、ミサキ女史。」
「午前中、部屋の掃除してた。疲れが出たんだと思う。」
掃除した後でもアレだったのか、と雑然としたミサキの部屋を思い出すアサギ。
「使いやすいところに置きなおした。傍目には散らかってるように見えるけど。」
アサギを寝起きの目で睨むミサキ。まぁまぁと往なすロナがスプーンを手渡す。
「たんと食べろよ。」
受け取ったミサキは何も言わずに汁麦を少し口に含むと、目を見開いた。
「……美味しい」
そうか、なら良かったと返す言葉も聞かず、息つく間もなく汁麦を掻き込んでいくミサキにロナは呆気に取られた。
「そんなに腹が空いていたのか……？」
口に詰め込んだミサキが少し考え、飲み込んでから答える。
「……今日、まともに食べたの初めて。」
ロナのため息には呆れと納得が混じっていた。
ーーミサキ女史の成長の遅れは、本人に食の興味が薄いからだろうかーー
「手料理は何ヶ月ぶりか忘れた。」
もうツッコミが追いつかない事を悟ったロナは諦観の心で自分の汁麦に手をつけた。
ロナが外に行かないよう狸寝入りで画策したミサキの思惑には気付かずに。
軽い夕食を食べ終わった後、唐突にミサキが言った。
「寝てる間に閃いたものがある。付き合って。」
「皿洗いが終わった後でいいか？」
ミサキが頷いたのを確認し、皿とスプーンを下げるロナ。
その間にアサギがトランプを切り始める。
綺麗な指さばきをじっとミサキが見つめると、得意げにアサギの口角が少し上がった。
「上手いだろ？」
「思ったよりは。」
「……閃いた、って何なんだ？」
「秘密。」
ミサキはそれ以上何も言わず、アサギがカードを切る様子を見つめていた。
ロナが白湯と一緒に戻ってくるとミサキがようやく口を開いた。
「単刀直入に言う。戦略要素ゼロのゲームを閃いた。」
固唾を飲んで次の言葉を待つ二人。
「よく切ったカードをプレイヤーの人数だけ均等に分けて、下向きに伏せる。」
アサギから受け取ったカードを3つの山に分けるミサキ。
「一番上から順にカードを場に出して、数の大きさで勝敗を決める。」
3つの山、それぞれの一番上にあるカードをひっくり返して場に出す。
「場の中で一番小さい数字を出した人にカードが集まる。」
7、5、Kと出ていたので、5を出した山の横に3枚を収めていく。
「最終的に一番カードの少なかった人が勝ち。」
どう？というように小首を傾げるミサキ。
「確かに戦略要素はゼロ……さすがだが、これだとあっという間に終わるんじゃないか？」
「それは簡単。勝ったプレイヤーに何かやってもらえばいい。」
「何かって……なんだよ？」
一瞬思案顔になったミサキが長く、息を吸った。
「知らなそうな自己紹介すればいい。」
「「知らなそう……？」」
「訂正する。知ってるかはともかく、言いたい自己紹介をすればいい。」
戸惑うロナとアサギに気がつき、言い直すミサキ。
それならまぁ、と了承する二人。
この時、どれだけこのゲームが長引くかをミサキ以外誰も知らなかった。
何戦目か、わからなくなっていた。
身長、血液型、誕生日、好きなもの、嫌いなもの……ありきたりな自己紹介はずっと前にネタ切れになり、そろそろ昔話の域に突入し始めていた。
「勝った。じゃ、オニイチャンの話をする。」
ミサキがカードを揃えながら言った。
「「お兄ちゃん？」」
ロナとアサギが同時に言う。それに小さく頷くミサキ。
「そう。私が使ってた……いや、育てた機械人形。」
ロナの脳裏には一番最初に斬った薄緑の髪の機械人形がいた。
「ゴミ溜めで素材になるパーツ拾って、アンに中古で本体見つけてもらって。組み立てはアンにお願いした。」
人工皮膚もツギハギだった、と添える。
「……ちゃんとコーディネートできるほど衣装もなかったから、いつもチグハグな格好だった。もっとも、それくらいの方が目立たないけど。」
「名前はなんだったんだ？」
思わず、アサギが聞いた。
「名前？……強いて言うならオニイチャン。」
少し逡巡してから答えるミサキ。
嘘だろ、と眉をひそめるロナ。無表情でミサキを見つめるアサギ。
「本来ならちゃんと付けるべきなのはわかってる。けど、アンに止められた。」
見た目より良識派なアンを思い浮かべ、意外だとロナは思った。
「……ネーミングセンス最悪すぎて可哀想だ、って。」
目が点になるロナとアサギ。
「そんな名前で呼ばれるより製造番号の方がまだマシだ、って。」
製造番号をもじるネーミングですら無い。
攻防戦は激闘になったのだろうとロナは推察した。
「一応候補はいくつか考えたけど、全部却下された。」
「随分な言い方されているが……そんな……独創的な……？感じだったのか……？」
恐る恐る聞くロナにミサキが却下された候補名を挙げる。
それを聞いたアサギはウェンズデーが名前をくれた事に改めて感謝し、ロナは名付け辞典を読み込んでからミオリの名前を決めて良かったと思い直した。
「そもそも機械人形用のプログラムを試験する為の機体だった。標準アプリの他は、全部自作ソフトか電子世界で知り合った人のオリジナルアプリ。」
誰もいない空間を遠い目で見つめるミサキ。
「標準ファイアウォールの他に自作した汚染駆除ソフトも入れてあった。電子世界の知り合いのよしみで入れたものもあった。でも、どれも功を奏さなかった……それだけ精巧にできてる。」
確か、独学で汚染駆除開発をした面白い人が自作ソフトを分けてくれたんだった、とミサキは思い返した。電子世界のプログラマ用掲示板でたまに意見交換する仲だったあの人は今どうしているのだろう、と。医療班でクシャミした灰眼の人がいるとは気づかずに。
次の言葉を継ぐ前に白湯をずずずと啜るミサキ。
その目の端に思いつめたようなロナの顔が映った。
「……ミサキ女史……その……」
「ロナ、それは過大評価。」
皆まで言わせず、ぴしゃりと言い放つミサキ。
「あの時斬らずにいつ斬る？」
「……斬らなくても止められる方法があったかもしれ」
「無理。今前線にいるならわかるはず。」
また、最後まで言わせず乱暴に言葉を奪うミサキ。
「謝罪なんて聞きたくない。私は生きてここにいる。貴方も生きてここにいる。それがそんなに嫌？」
14歳とは思えない射抜くような眼をしたミサキに見つめられ、ロナは言葉が出なかった。蛇に睨まれたカエルの様に見返す以外できなかった。
「貴方の覚悟はその程度？」
ミサキの目の奥に静かな炎が灯る。怒りか情熱か、ロナには判断が付かなかった。
しばし無言で視線がぶつかり合った後、ミサキの目からふっと力が抜けた。
「役立たずを拾った覚えはない。」
言い含めるようにゆっくりと放たれた言葉はロナの胸の底に冷たく溜まった。
同時に「後悔はあるけどない」と言ったのは自分だったとロナは思い出した。
「貴方の力が必要」と言い切って手を差し伸べたあの日のミサキの表情も。
「また拾われたのか」と小さく呟いたロナの声は2人には聞こえなかった。
「そろそろ次の試合、やんねぇ？」と焦れたアサギがカードを配り始める。
ラジオからは「アタラクシア」がまた流れていた。
←前の話 次の話→
「どうするか……」
呟くロナの頭には夕食の心配があった。
時計はとっくに8時をすぎている。このままでは夕食を食べ損ねかねない。
食堂に行こうにもミサキを置いていくわけにいかない。
数回揺すってみたものの、全く起きる気配がないことにロナは困っていた。
コルクボードに止めてある購入済みの食券が悲しく揺れる。
みかんだけでしのげる気は全くせず、ロナは諦めて保存食の封を切ることにした。
「即席の炒麦エル・バツならうちにもあるからそうするか。アサギはどうする？」
「あ……俺はいい。まだ充電あっから。」
「そうか？」と言いながらポットとカップを回収したロナは台所へ向かった。
冷凍庫の中からフライパンで加熱するだけの即席炒麦を取り出す。
「こんな日に保存食を開けることになるとはな……」
普段は食堂で食べているが、たまに帰りが夜遅くなって食堂が開いていないことがある。
そんな時でも大丈夫なように準備してあった物だ。
ロナも自炊ができないわけではない。元のバイト先は弁当屋の裏方だったし、いつもの休暇時は自炊している。ただ、メンバーの様子を確認する為と単純に時間がない為、食堂に行きがちになっているだけだった。今日に限れば「何もしたくない」が理由だったが。
「今日は時間があるし、即席に何か足してみるか……」
二人分の冷凍炒麦を油が引いてあるフライパンに放り込む。
軽く炒めたところに水とケチャップを投入して混ぜながらしばらく炒める。
麦が水を吸い込んだらサイコロ型に切ったチーズを混ぜ、塩コショウも振って味を調える。
最後にパセリを散らし、盛り付けたら出来上がり。
「トマト汁麦ジュ・バツ風の完成。よし、上手くできた。」
ミサキの分の皿も持って部屋に戻ってみるとまだミサキはコタツに埋もれて寝ていた。
ロナがいない間にアサギが隣に移動して揺すり続けていたようだが、起きる気配がない。
逆に余計コタツに潜ってしまったように見える。
「全然起きねぇよ、どうすんだ？」
「俺も聞きたいよ、ミサキ女史の起こし方なら。」
アサギにため息混じりで答えながら、皿をコタツの上に置くロナ。
コンッと皿とコタツの触れ合う音がした瞬間、ミサキの両眼がパチリと開いた。
「……ご飯。」
言うが早いか、むくりと起きだすミサキ。
寝癖のついた頭であくびをする様はまるで猫のようだった。
「……ミサキ女史……起きた？」
「今まで何だったんだよ……」
唖然とする二人にミサキは不思議そうな目を向ける。
「何？」
うーん、と伸びをして固まった背骨をほぐすミサキ。
「美味しそうな匂いがしたから。」
随分と現金な……とツッコミそうになるのを飲み込むロナ。
「全然起きなくて心配したぞ、ミサキ女史。」
「午前中、部屋の掃除してた。疲れが出たんだと思う。」
掃除した後でもアレだったのか、と雑然としたミサキの部屋を思い出すアサギ。
「使いやすいところに置きなおした。傍目には散らかってるように見えるけど。」
アサギを寝起きの目で睨むミサキ。まぁまぁと往なすロナがスプーンを手渡す。
「たんと食べろよ。」
受け取ったミサキは何も言わずに汁麦を少し口に含むと、目を見開いた。
「……美味しい」
そうか、なら良かったと返す言葉も聞かず、息つく間もなく汁麦を掻き込んでいくミサキにロナは呆気に取られた。
「そんなに腹が空いていたのか……？」
口に詰め込んだミサキが少し考え、飲み込んでから答える。
「……今日、まともに食べたの初めて。」
ロナのため息には呆れと納得が混じっていた。
ーーミサキ女史の成長の遅れは、本人に食の興味が薄いからだろうかーー
「手料理は何ヶ月ぶりか忘れた。」
もうツッコミが追いつかない事を悟ったロナは諦観の心で自分の汁麦に手をつけた。
ロナが外に行かないよう狸寝入りで画策したミサキの思惑には気付かずに。
軽い夕食を食べ終わった後、唐突にミサキが言った。
「寝てる間に閃いたものがある。付き合って。」
「皿洗いが終わった後でいいか？」
ミサキが頷いたのを確認し、皿とスプーンを下げるロナ。
その間にアサギがトランプを切り始める。
綺麗な指さばきをじっとミサキが見つめると、得意げにアサギの口角が少し上がった。
「上手いだろ？」
「思ったよりは。」
「……閃いた、って何なんだ？」
「秘密。」
ミサキはそれ以上何も言わず、アサギがカードを切る様子を見つめていた。
ロナが白湯と一緒に戻ってくるとミサキがようやく口を開いた。
「単刀直入に言う。戦略要素ゼロのゲームを閃いた。」
固唾を飲んで次の言葉を待つ二人。
「よく切ったカードをプレイヤーの人数だけ均等に分けて、下向きに伏せる。」
アサギから受け取ったカードを3つの山に分けるミサキ。
「一番上から順にカードを場に出して、数の大きさで勝敗を決める。」
3つの山、それぞれの一番上にあるカードをひっくり返して場に出す。
「場の中で一番小さい数字を出した人にカードが集まる。」
7、5、Kと出ていたので、5を出した山の横に3枚を収めていく。
「最終的に一番カードの少なかった人が勝ち。」
どう？というように小首を傾げるミサキ。
「確かに戦略要素はゼロ……さすがだが、これだとあっという間に終わるんじゃないか？」
「それは簡単。勝ったプレイヤーに何かやってもらえばいい。」
「何かって……なんだよ？」
一瞬思案顔になったミサキが長く、息を吸った。
「知らなそうな自己紹介すればいい。」
「「知らなそう……？」」
「訂正する。知ってるかはともかく、言いたい自己紹介をすればいい。」
戸惑うロナとアサギに気がつき、言い直すミサキ。
それならまぁ、と了承する二人。
この時、どれだけこのゲームが長引くかをミサキ以外誰も知らなかった。
何戦目か、わからなくなっていた。
身長、血液型、誕生日、好きなもの、嫌いなもの……ありきたりな自己紹介はずっと前にネタ切れになり、そろそろ昔話の域に突入し始めていた。
「勝った。じゃ、オニイチャンの話をする。」
ミサキがカードを揃えながら言った。
「「お兄ちゃん？」」
ロナとアサギが同時に言う。それに小さく頷くミサキ。
「そう。私が使ってた……いや、育てた機械人形。」
ロナの脳裏には一番最初に斬った薄緑の髪の機械人形がいた。
「ゴミ溜めで素材になるパーツ拾って、アンに中古で本体見つけてもらって。組み立てはアンにお願いした。」
人工皮膚もツギハギだった、と添える。
「……ちゃんとコーディネートできるほど衣装もなかったから、いつもチグハグな格好だった。もっとも、それくらいの方が目立たないけど。」
「名前はなんだったんだ？」
思わず、アサギが聞いた。
「名前？……強いて言うならオニイチャン。」
少し逡巡してから答えるミサキ。
嘘だろ、と眉をひそめるロナ。無表情でミサキを見つめるアサギ。
「本来ならちゃんと付けるべきなのはわかってる。けど、アンに止められた。」
見た目より良識派なアンを思い浮かべ、意外だとロナは思った。
「……ネーミングセンス最悪すぎて可哀想だ、って。」
目が点になるロナとアサギ。
「そんな名前で呼ばれるより製造番号の方がまだマシだ、って。」
製造番号をもじるネーミングですら無い。
攻防戦は激闘になったのだろうとロナは推察した。
「一応候補はいくつか考えたけど、全部却下された。」
「随分な言い方されているが……そんな……独創的な……？感じだったのか……？」
恐る恐る聞くロナにミサキが却下された候補名を挙げる。
それを聞いたアサギはウェンズデーが名前をくれた事に改めて感謝し、ロナは名付け辞典を読み込んでからミオリの名前を決めて良かったと思い直した。
「そもそも機械人形用のプログラムを試験する為の機体だった。標準アプリの他は、全部自作ソフトか電子世界で知り合った人のオリジナルアプリ。」
誰もいない空間を遠い目で見つめるミサキ。
「標準ファイアウォールの他に自作した汚染駆除ソフトも入れてあった。電子世界の知り合いのよしみで入れたものもあった。でも、どれも功を奏さなかった……それだけ精巧にできてる。」
確か、独学で汚染駆除開発をした面白い人が自作ソフトを分けてくれたんだった、とミサキは思い返した。電子世界のプログラマ用掲示板でたまに意見交換する仲だったあの人は今どうしているのだろう、と。医療班でクシャミした灰眼の人がいるとは気づかずに。
次の言葉を継ぐ前に白湯をずずずと啜るミサキ。
その目の端に思いつめたようなロナの顔が映った。
「……ミサキ女史……その……」
「ロナ、それは過大評価。」
皆まで言わせず、ぴしゃりと言い放つミサキ。
「あの時斬らずにいつ斬る？」
「……斬らなくても止められる方法があったかもしれ」
「無理。今前線にいるならわかるはず。」
また、最後まで言わせず乱暴に言葉を奪うミサキ。
「謝罪なんて聞きたくない。私は生きてここにいる。貴方も生きてここにいる。それがそんなに嫌？」
14歳とは思えない射抜くような眼をしたミサキに見つめられ、ロナは言葉が出なかった。蛇に睨まれたカエルの様に見返す以外できなかった。
「貴方の覚悟はその程度？」
ミサキの目の奥に静かな炎が灯る。怒りか情熱か、ロナには判断が付かなかった。
しばし無言で視線がぶつかり合った後、ミサキの目からふっと力が抜けた。
「役立たずを拾った覚えはない。」
言い含めるようにゆっくりと放たれた言葉はロナの胸の底に冷たく溜まった。
同時に「後悔はあるけどない」と言ったのは自分だったとロナは思い出した。
「貴方の力が必要」と言い切って手を差し伸べたあの日のミサキの表情も。
「また拾われたのか」と小さく呟いたロナの声は2人には聞こえなかった。
「そろそろ次の試合、やんねぇ？」と焦れたアサギがカードを配り始める。
ラジオからは「アタラクシア」がまた流れていた。
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