Twitter創作企画「薄明のカンテ」のまとめ。世界観の説明に始まり、小説・イラスト・漫画・音楽その他、創作企画で生まれた作品を掲載する場所。

「なぁ、ロナ。イカサマ、してると思うか?」
「してないだろうな。見たより指先は器用じゃないだろう。」
眉根を寄せたまま眠るミサキをお茶をすすりながらちらりと見やるロナ。
カーペットに直で寝るのは痛いだろう、とクッションをミサキの頭の下にゆっくり挟む。
「元から体力が無いのに、ここまでよく起きてたな。」
ミサキの金色の髪が部屋の電灯を反射して、煌めいた。
「夜更かしの常習犯だって聞いたぞ。」
「夜型か……」
ロナは道場でミサキと同じ年頃の子供達をたくさん見てきている。
「体力づくりに」と習わせる親もそれなりにいるわけで、初めて会う時は必要なところに筋肉の付いていない、ひょろりとした子供の方が多い。
それがどんどん変化していく様子を見守れるのはロナにとって一種の幸せだった。
そのロナの道場師範時代の知識を合わせても、ミサキの体力の無さや年齢に見合わない軽すぎる体格は異常だった。

ーー男子か女子か、それだけの問題では無いだろうな。岸壁街の孤児院育ち、と言っていたから栄養不足だろうか?夜型だと睡眠が取れないからか?いや、今は結社内で衣食住が保証されている。ただの栄養不足ならまだ取り返しが付くはずだーー

パキャガシャシャ!!といきなり大きな音がして思考を止めるロナ。
カードを切るのに失敗したアサギがコタツに散らばったトランプカードを集めている。
人の健康状態の分析を始めるのは師範時代のままの悪い癖だ、と頭を振ってさっきまでの思考を外へ追い出す。自分はもう師範では無いし、ミサキは自分で出来る子なのだから、と。
「アサギ、カード切るのがやりたいのか?」
「……上手くいかねぇな」
「少し、カード貸してもらえるかな?」
アサギからカードを受け取ると、手の中で見やすい角度に傾ける。
「動かすのは左手のみ。右手はそっと掴んでいるだけでいいんだ。」
そう言いながらゆっくり切ってみせる。
じっと手元を見つめるアサギの切れ長の目を見て、電子世界が使えれば教えずともアプリをインストールするだけだったのだろな、とロナは思った。

ーーひょっとしたら、ミオリのことは知っているつもりでよく知らなかったのかもしれないな……暴走する汚染された機械人形たちは喋るのに、幻覚のミオリが話さないのはそう言うことだろうかーー

何度か見せた後カードをアサギに返し、練習する様子を見守る。
人の動きを繰り返し見て学習してからの方が早く身につくのは人も機械人形も大して変わらない。アサギはすぐに落とさないようになった。
付けっ放しのラジオからは軽快な音楽が流れてくる。
作詞・作曲賞、企画賞、新人賞……
「どんな時代でも、アーティストはちゃんと活動してるんだな……」
今年の新人賞は「妖狐と古狸」。
つとめて明るい声のパーソナリティが歌を紹介するまで、人気の歌が「アタラクシア」と言うのをロナは知らなかった。
前線駆除班の仕事に追われて、ろくに世間を知らない状況にいたのかと地味に傷ついたが、音楽が流れ出すと歌の世界に引き込まれていった。

…………
全てが夢であれと念じ
今日も布団に挟まって
朝を迎えて絶望する
「今日も夢から醒められない」と

時に解決出来ることなんてほとんどなくて
昨日と今日がごちゃまぜの今にいる
消える心を護る為つかんだ未来は
指先で融けてしまったんだ

諦めたい理由ならいくらでもある
数え上げたらこの胸が壊れてしまう でも
腐った言い訳なら投げ飛ばせよ
全部全部投げ飛ばすんだ 蹴飛ばすんだ
過去に縛られないと決めたその日から
目を逸らさずに立ち上がるんだ
…………

歌詞に合わないほどの爽やかな曲調と伸びやかな歌声に微かな違和感を覚えながらも、その歌はロナの中にストンと落ちてきた。

ーー何故、倒れたミサキに取り乱したのか。
簡単な話だ。
近しい人が不意に消える事、続くはずのものが消えてしまう事が怖いのだ。
喪うのが怖くて、諦めるのも怖くて。
全て自分の見た悪夢であればと願った事は一度や二度じゃない。
その度に浮かぶのは、結社で出会った人も消えてしまうのは少し寂しいという事。
目が覚めて平和だった日々に戻りたいと思うと同時に、夢ならまだ覚めて欲しくないと矛盾した思いに悩まされる。
それは間接的とはいえ自分のために誰かが悲しい思いをしても構わないと言っているも同然だ。誰に責められても仕方がないのかもしれない……ーー

「……ナ、ロナ?おい?」
アサギの声とともに冷たくて柔らかいものがロナの頰に押し付けられる。
はっと我に帰るとアサギの手にはみかんが握られていた。
「呼んでも返事ねぇし。ミサキみてぇに寝ちまったかと思った。」
いつのまにかラジオはCMに変わっていた。
「とりあえず、みかん食う?」
「あ、あぁ……」
渡されたみかんを食べるロナの前でアサギが綺麗にトランプカードを切る。
やはり、富豪の元に買われただけあって特に動きは飲み込みがいい、とロナは思う。
搭載されている処理装置そのもののスペックはかなり高くて良いものを使っている、と以前ミサキが言っていたことを思い出した。そもそも機械人形たちは機械人形法に縛られていて、用心棒を専門にさせるには医療用に匹敵する高度な技術を注ぎ込む必要がある、とも言っていた。前線に送り出すのは最適な仕事であると共に壊れるには惜しい仕事でもあると。
持て余すほどの時間とスペックをどう生かすか。急に、閃いた。
「アサギ、『スピード』やらないか?」
「スピード?」
うなずいたロナは軽く説明する。
ジョーカー以外のカードを赤と黒にわけ、場に出ているカードより大きいか小さいかでカードを出していくゲームだと。
「口で説明するより、これは見たほうが早いか。アサギ、まずカードを赤と黒にわけてよく切ってくれるかな。」
分けたカードで場を作り、動きの説明をする。
「最初だからゆっくりやってみよう。」
迷いながらペタペタとカードを重ねていくアサギ。
「やり方は理解できたか?」
「大体わかった。」
「そうか。本来は『スピード』の名の通り、速くカードを出し切ってさっさと上がるゲームだ。2回目からは普通にやるが、いいか?アサギが言うなら慣れるまでゆっくりでも…」
「構わないぜ。これならルールも簡単だし。」
「それでアサギがいいなら。わかってると思うが、ここは2階で両隣のいる部屋だ。近隣に迷惑をかけないよう、大きな音は立てないルールは守ってくれ。」
チラリ、とミサキを見やるアサギ。
「おう。寝てるミサキが起きたら即失格、も入れてくれ。」
「わかった。寝てる女史を起こすのは可哀想だからな。」


静かな、本気の勝負が始まった。
ラジオから流れる音楽、かすかな衣摺れ、息遣い。カードが空気を切り裂く音。
階下に響かないよう慎重に、されど素早く置いていく。
1分と少し経った。
置けなくなると入れる掛け声の他に一言も発さず、緊張の張り詰めたゲームは終わった。
「スピード、面白ぇな。」
カードを赤と黒に分け直しながらアサギが言う。
「もう1回やろうぜ。」


何度再戦しただろうか。
「……ロナ、強いな」
「そうか?合宿の時にスピードのトーナメント開催も恒例にはなっていたが……」
「それだろ。」
「動体視力と咄嗟の判断力も上がる、って親父が言い張って始めたのは冗談じゃなかったのか……」
「冗談なら何で恒例になるんだよ。」
頭を抱えるロナにどこか呆れた調子のアサギの声。
時刻は午後8時になろうとしていた。



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