狼煙――ネビロスの場合（前編）
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g_a3b2c3o12 2020年09月19日(土) 08:47:43履歴
若いのに懐古主義だと善く言われた。 俺も妻も、機械技術は好きだがノスタルジックな暮らしも嫌いじゃない。
機械人形が普及し彼等にお守りを任せる家庭が増えたからと 託児所を廃業したが、子供達の笑顔は消えたわけではない。
今でも私の作るお菓子欲しさに機械人形を連れて遊びに来る 子らもいるのだから、 むしろ子供好きな俺達夫婦には幸せな光景が広がっていた。
「お父さん!ケーキは?」
「え?貴方いつのまに作ってたの?」
「目ざといな庭で育ててたベリーが美味しそうに育ったから内緒で作ってたのに.」
「早く早く!は一やーく!」
「こら、お父さんを困らせちゃダメよ?」
「良いよ。切り分けてくるから良い子で待っているんだよ」
「やったー!」
俺達にも子が出来た。否、正確には子供であって欲しいと望んだ機械人形だ。
妻は闘病の末子供が宿りにくい体になった。一縷の望みを託 し俺も検査に臨んだが、俺の体は元々子供の望めぬ体だった。そんな俺達に子供が宿るのは天文学的数字になる等医者 に言われずとも、結果を見て自分で気付いてしまった。 妻は俺の前でだけ堪え切れずに涙を見せた。
ノスタルジックな暮らしは好きだが、文明の利器にも頼ろ う。そうして機械人形を迎え入れた。 名義では俺が主人だ が、この子に望んだのは主人としてではなく父母として見て欲しいと言う事。要求や我儘を人間の子供の様に言って欲しいと言う事。子供の様に、 同じ失敗を何度か繰り返して欲しいと言う事。カンテの進んだAI技術なら子供とはなんたるかを学習するくらい造作も無い。
迎え入れた時のこの子の笑顔は、今でも忘れられない。 天使の様な愛らしさで、俺達に愛されに来たこの子と家族になった日を、俺は生涯忘れる事は無いだろう。
「お父さん、ケーキまだー?」
「今切るから待ってなさい。焦らなくてもケーキは逃げないよ」
厨房に立ちケーキに刃を立てる。 ふと、小窓から外を見ると遠くで煙の立ち上る家が一軒、二軒。おや、 火事だろうか?
ふいにあの子の調子を診るために自作した電圧機を見ると、ネットワーク回線が異様な乱れを起こしていた。立ち昇る煙は数を増やし、その内外からは轟音と共に悲鳴まで近付き始 め、只事ではないと悟った。
「二人とも…何だか外の様子が一っ!」
振り返るのと同時に鈍い音が響いて、 それは妻が腕をテーブルに突き体を支えた音で、その妻の体を我が子の手が貫通しているのが見えた。
「え…」
「あな……た……」
一瞬気力で己を支えた妻は、俺を見て涙を零すと直後にぐら りと傾き床に崩れ落ちた。 彼女の体が、彼女の血で染まって行く。
「お…前……。どうし―――?」
まさかと思い振り返れば、 ネットワーク回線の乱れは見た事のないものになっていた。何者かがネットワークを介しウイルスをばら撒いたのか?俺はアナログな暮らしを好みながらその辺りの知識も備えていたのでこの子に何かあったらと思い、国で張り巡らされている物に加えネットウイルス検閲用のソフトを自作していた。
近所で立ち昇った煙は、この様にしてウイルス感染した機械 人形に破壊された家々だ。ウチはこの検閲用ソフトがあった から感染が少し遅れたのだ。 このウイルスの作成者は国の物にも、素人とは言えプログラムを施してある回線にも侵入し猛威を奮う物を作ったとでも言うのか?
機械が軌む音がする。目を遣れば、今度は愛しい我が子が私を標的の様に見ていた。
やめろ。そんな目で俺を見るな。今まで三人家族としてやっ てきたじゃないか。俺を父さんと呼んでくれたじゃないか。 近所の子達とも仲良くしていた「子供」だったじゃないか。
我が子が足を一歩前に出す。その時、血溜まりに突っ伏した 妻の体を踏み付けた。 俺の中で、ピンと張り詰めた糸がプツリと音を立てて切れ た。
――この子の主人の名義はご主人になされますか?奥様にな されますか?
――俺で構わない..が、 主人ではなく父親にはなれないだろうか…
――…ここにあるのは感情ではなくプログラム上の個性です。ですから、父親と認識する様にまずインプット致します ね。そうなると、奥様を母親と認識する様にもした方が良い でしょうか? 一一
一一ええ、お願いします一一
――では、一にご主人、 二に奥様の言う事を優先的に聞くようにと言う土台のプログラミングは完了致しました。他にご希望は?一一
一一... 従順すぎず、子供らしい我儘や駄々もこねて欲しい それから、一度やって理解するのではなく、 何度か失敗はして欲しい一一
ーー…完壁な個体はお求めにならないのですね
ーー人間が完璧ではないから、子供にもそれらしいリアリティを望んだだけだよ――
一一畏まりました。では、インターネットにあります一般的 な子供の特徴をAIに覚えさせます。 その後も子供とは何かを順次アップデートし学習して、より人間の感覚に近い子供
になると思います一一
一一最後に一つ良いか?
一一何でしょう?
一一妻によく似た個性を持たせたいんだ。そうだなぁ..少し 食い意地が張ってる子にしてくれ
一一貫方ってば!もう…!
きっとこれが俺達に出来た子作り。この子は確かに、この時 産まれようと形成されていたんだ。
俺は向かってくる我が子の攻撃を繋すと、妻の元へ走った。
ここはさっきまで家族三人で団欒していた場所。ほんの数分前まで、家族で座っていた机も椅子も、壊れて、 妻に至っては既に出血多量で死んでいる。
何故俺の幸福を壊した?何故あの子をあんな殺戮兵器にし た?あの子だけじゃない、 厳重に守られたネット回線を食い 破る程の、機械人形を初期化し本来ならあり得ない「攻撃す る」と言う回路を作り上げるだけのウイルスを――
一―誰が一体どうやって作り上げたんだ?
あの子が俺を殺めんと向かってくる。俺は、立ち上がり、対 時した。
『お父さん、また失敗しちゃった』
『失敗は悪い事じゃないさ。 次また頑張れば良いんだよ、諦めずにね』
後編へ
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機械人形が普及し彼等にお守りを任せる家庭が増えたからと 託児所を廃業したが、子供達の笑顔は消えたわけではない。
今でも私の作るお菓子欲しさに機械人形を連れて遊びに来る 子らもいるのだから、 むしろ子供好きな俺達夫婦には幸せな光景が広がっていた。
「お父さん!ケーキは?」
「え?貴方いつのまに作ってたの?」
「目ざといな庭で育ててたベリーが美味しそうに育ったから内緒で作ってたのに.」
「早く早く!は一やーく!」
「こら、お父さんを困らせちゃダメよ?」
「良いよ。切り分けてくるから良い子で待っているんだよ」
「やったー!」
俺達にも子が出来た。否、正確には子供であって欲しいと望んだ機械人形だ。
妻は闘病の末子供が宿りにくい体になった。一縷の望みを託 し俺も検査に臨んだが、俺の体は元々子供の望めぬ体だった。そんな俺達に子供が宿るのは天文学的数字になる等医者 に言われずとも、結果を見て自分で気付いてしまった。 妻は俺の前でだけ堪え切れずに涙を見せた。
ノスタルジックな暮らしは好きだが、文明の利器にも頼ろ う。そうして機械人形を迎え入れた。 名義では俺が主人だ が、この子に望んだのは主人としてではなく父母として見て欲しいと言う事。要求や我儘を人間の子供の様に言って欲しいと言う事。子供の様に、 同じ失敗を何度か繰り返して欲しいと言う事。カンテの進んだAI技術なら子供とはなんたるかを学習するくらい造作も無い。
迎え入れた時のこの子の笑顔は、今でも忘れられない。 天使の様な愛らしさで、俺達に愛されに来たこの子と家族になった日を、俺は生涯忘れる事は無いだろう。
「お父さん、ケーキまだー?」
「今切るから待ってなさい。焦らなくてもケーキは逃げないよ」
厨房に立ちケーキに刃を立てる。 ふと、小窓から外を見ると遠くで煙の立ち上る家が一軒、二軒。おや、 火事だろうか?
ふいにあの子の調子を診るために自作した電圧機を見ると、ネットワーク回線が異様な乱れを起こしていた。立ち昇る煙は数を増やし、その内外からは轟音と共に悲鳴まで近付き始 め、只事ではないと悟った。
「二人とも…何だか外の様子が一っ!」
振り返るのと同時に鈍い音が響いて、 それは妻が腕をテーブルに突き体を支えた音で、その妻の体を我が子の手が貫通しているのが見えた。
「え…」
「あな……た……」
一瞬気力で己を支えた妻は、俺を見て涙を零すと直後にぐら りと傾き床に崩れ落ちた。 彼女の体が、彼女の血で染まって行く。
「お…前……。どうし―――?」
まさかと思い振り返れば、 ネットワーク回線の乱れは見た事のないものになっていた。何者かがネットワークを介しウイルスをばら撒いたのか?俺はアナログな暮らしを好みながらその辺りの知識も備えていたのでこの子に何かあったらと思い、国で張り巡らされている物に加えネットウイルス検閲用のソフトを自作していた。
近所で立ち昇った煙は、この様にしてウイルス感染した機械 人形に破壊された家々だ。ウチはこの検閲用ソフトがあった から感染が少し遅れたのだ。 このウイルスの作成者は国の物にも、素人とは言えプログラムを施してある回線にも侵入し猛威を奮う物を作ったとでも言うのか?
機械が軌む音がする。目を遣れば、今度は愛しい我が子が私を標的の様に見ていた。
やめろ。そんな目で俺を見るな。今まで三人家族としてやっ てきたじゃないか。俺を父さんと呼んでくれたじゃないか。 近所の子達とも仲良くしていた「子供」だったじゃないか。
我が子が足を一歩前に出す。その時、血溜まりに突っ伏した 妻の体を踏み付けた。 俺の中で、ピンと張り詰めた糸がプツリと音を立てて切れ た。
――この子の主人の名義はご主人になされますか?奥様にな されますか?
――俺で構わない..が、 主人ではなく父親にはなれないだろうか…
――…ここにあるのは感情ではなくプログラム上の個性です。ですから、父親と認識する様にまずインプット致します ね。そうなると、奥様を母親と認識する様にもした方が良い でしょうか? 一一
一一ええ、お願いします一一
――では、一にご主人、 二に奥様の言う事を優先的に聞くようにと言う土台のプログラミングは完了致しました。他にご希望は?一一
一一... 従順すぎず、子供らしい我儘や駄々もこねて欲しい それから、一度やって理解するのではなく、 何度か失敗はして欲しい一一
ーー…完壁な個体はお求めにならないのですね
ーー人間が完璧ではないから、子供にもそれらしいリアリティを望んだだけだよ――
一一畏まりました。では、インターネットにあります一般的 な子供の特徴をAIに覚えさせます。 その後も子供とは何かを順次アップデートし学習して、より人間の感覚に近い子供
になると思います一一
一一最後に一つ良いか?
一一何でしょう?
一一妻によく似た個性を持たせたいんだ。そうだなぁ..少し 食い意地が張ってる子にしてくれ
一一貫方ってば!もう…!
きっとこれが俺達に出来た子作り。この子は確かに、この時 産まれようと形成されていたんだ。
俺は向かってくる我が子の攻撃を繋すと、妻の元へ走った。
ここはさっきまで家族三人で団欒していた場所。ほんの数分前まで、家族で座っていた机も椅子も、壊れて、 妻に至っては既に出血多量で死んでいる。
何故俺の幸福を壊した?何故あの子をあんな殺戮兵器にし た?あの子だけじゃない、 厳重に守られたネット回線を食い 破る程の、機械人形を初期化し本来ならあり得ない「攻撃す る」と言う回路を作り上げるだけのウイルスを――
一―誰が一体どうやって作り上げたんだ?
あの子が俺を殺めんと向かってくる。俺は、立ち上がり、対 時した。
『お父さん、また失敗しちゃった』
『失敗は悪い事じゃないさ。 次また頑張れば良いんだよ、諦めずにね』
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