龍虎、乱れ舞い／燐花
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rinka_creation 2021年01月29日(金) 17:50:33履歴
「大体、貴方のそのクールぶったスカした顔に腹が立つんですよ！！」
そう言って空を切る様に飛んで来た手刀をネビロスはパシッと受け流し瞬時に力を分散させる。そして反対の手で掌底打ちを繰り出した。ロードも間一髪避けるが、少し体勢が崩れる。ネビロスはそれを分析する様に見つめた。
「…大振りですね。体の使い方はそこまで成っていない様で」
「うふふ、そもそも私はルール無用の実戦派ですから。目潰し、足払い、金的がなきゃそんなの喧嘩じゃ無いですよ」
「正式なルールに則る試合ではそれらは禁止されています。ここは結社ですから試合までしか駄目です。そしてその条件を飲んだのも貴方です」
「分かっていますよ。だからこうして夜しか動かさない腰に鞭打ってるんじゃないですか」
ネビロスは眉をピクリと動かすと足にグッと力を入れロードに詰め寄った。
「…ついでにここでそれ以上下品な言葉も言えなくさせてあげましょう」
「本当に…体動かすと人変わりますねぇ。夜は言葉責めとか髪掴んで立ちバックとかするタイプです？」
そんなロードの顎に先程の威力の掌底フックが掠り、ついついよろけて膝を付くとそのまま倒れ込む。それを面白そうに眺めているのはその場に居合わせた前線駆除班第四小隊の面々。
「あ、あのお二人所属はどこですの！？全然前線駆除班関係ない部署だったと思いますの！！」
若干引き気味にヘレナは聞いた。確か医療班と人事部ですよ、とエリックが返しそのデスクワークなイメージの強い部署名にヘレナは変な笑いが出た。
「何だか雌雄を決する為二人してわざわざジャージに着替えて来たらしいよ？全く、大きい図体して愛い男の子達さねぇ」
「あの二人強ぇえな！見てて面白ぇ！」
ヘラは楽しそうに、白熱する二人を「男の子」と称してニコニコしながら見つめる。その姿は例えるなら姐御。ビクターはまるでプロレスの試合を見るが如く飲み物を飲みながらどちらともなく応援し楽しんでいる。実は二人の隣にひっそり座っていたアサギは何を言うでもなくじっと紅白の人工眼でそれを見つめていた。
何故二人がこんな事になったかと言うと、事の発端は一時間前。
ロードは休憩中に医療班メンバーの履歴書を眺めていた。やっとネビロスが少しずつ無理をしない様になってくれたと聞きその話はそれで終わった筈なのだが、ロードの頭の中にはあの可憐な少女の存在が居着いて離れなかった。
ミア・フローレス。ラシアス出身の花屋の少女。両親をテロで失くしており家に居た機械人形も消息不明。十中八九その機械人形が暴走して家族を殺したのでは無いかと推測出来るのは、ミアが記憶の一部をまるでトリミングしたかの様に失くしてしまっているからだ。彼女の前で外野が記憶まで誘導しない様に。そんな難しい注意喚起だけ受けて居たが、何度か顔を合わせてみて気が付いた。心因性のものか本当に事件当日の記憶が抜けている。
医師であるアキヒロ、スレイマン、アペルピシアとの話し合いにはその後もメンタルケア等をどう進めて行くかよく議題として上がる。幸い、ミア本人の性格の明るくプラス思考な部分が勝り現状そこまで大きな問題になって居ないが、果たして真実を忘れてここに居るのが本当に幸せなのかとロードは考えた。
「おそらく軍警経由でここに来たんでしょうからねぇ…」
もし誰にも見つからなかったら、彼女はおそらく人身売買にでも巻き込まれて居ただろう。だから今の状況は良いのだろうが、もしも何かの拍子に彼女の記憶の蓋が開いてしまったら。彼女が敢えて閉めた記憶だ。覗き込んだら壊れてしまうのでは無いか。
「…己の都合で倒れてる場合じゃないですよ本当に…」
そんな彼女に恋慕の情を向けられている男を一人思い出し、思わず不機嫌を顔に出す。先日もテオフィルス、タイガと飲み合った時に愚痴を零したばかりだが、時間が空いてもネビロスに対する無意味な対抗心と言うか苦手意識は拭えなかった。
もはや何かにつけて顔を浮かべてしまうくらいには。つまりは、以前口論になった時にネビロス曰く「セクハラ」と言われる物言いでしか彼に反論出来なかった自分が許せなかったのである。
丸く収まったからまだ良いものの。結局嫌悪を抱かれたネビロスに「言質を取った」とチラつかせられている現状が腹立たしい。
理由をつらつら述べてはいるが、結局はネビロスに嫌悪を向けられただけ反発する様に反抗心を見せているだけと言う、とても子供なものだった。
そんなロードの前にタイミング良くミアが現れた。
「おや、こんにちはミアさん」
「こ、こんにちは！ロードさん！」
休憩にでも来たのか、お菓子を片手にミアは少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「…ミアさん、最近はいかがです？」
「え…？」
「あ、いえ。愛の日前ですし、何か用意でも一所懸命やってらっしゃるのかな？と思いまして」
休憩の時間に人事部に声を掛けられて休まるわけがないだろう。ついつい声を掛けてしまった為ただの雑談だと言わんばかりに日常会話を盛り込んだ。以前廊下で会った時よく話しかけてくれたミアではあったが、誰に何を吹き込まれたかある日を境にロードとあまり顔を合わせない様にしている気はした。しかし今日ミアは話題が愛の日だった事もあるのか、少し照れながらロードに笑顔を向けた。
「え、えっと…医療班でお世話になってる皆と…お友達に日頃の感謝を渡したくて…」
「そうですか。ミアさんから貰うものなら皆喜びますよ」
「そうですか？」
「ええ、そうですよ」
「…喜んでくれるかなぁ？」
頬を赤らめはにかむミア。見ていたロードは、思わずぽつりと言葉を漏らす。
「可愛い…」
「え？」
「うふふ…食べ頃は五年後くらいですかねぇ…」
「た、食べ…？」
「こちらの話です」
しかし、ミアと話せば話す程ネビロスを腹立たしくも思う。こんなに可愛い子に想いを寄せられて、彼自身は頭が良くて料理も得意で子供受けもそこそこ良くて。敬語と言うだけで被るところがあるのに料理まで何だか被っているし、それでいてこんなに若くて可愛い子から想われているとか前世でどんな徳を積めばそんな巡り合わせがあるのだろうかこちらは片想い十年どころか顔を合わす事すら稀で合わせれば背後からピックを突きつけられているんだ、頬を赤らめられた事なんか一度もないのだが。
「腹立つ…」
「ロ、ロードさん？」
敬語が急に消えたロードにミアがわたわたしていると渦中の彼まで現れた。
「ミア、何かソレに変な事は言われてませんか？」
「ネビロスさん…？えっと、特には」
「開口一番ソレ呼ばわりですか」
じろりとロードがネビロスを見ると、ネビロスはネビロスで医療班にあるまじき顔をロードに返す。ミアは何が何だか分からず、何が起きているのか分からず、とりあえずネビロスを見てにっこり笑った。
「え、えっと、とりあえず五年後に何かが食べ頃ですねって話を聞いたくらいですよ？特に何も無いです！」
「ほう………」
あるまじき顔はすっかり板につき、更にあるまじき顔度を増したネビロスの突き刺す様な目線がロードに注がれる。ロードはミアをちらりと見、にっこり笑った。
「ええ、今のミアさんは凄く可愛らしいですからね、きっと五年後くらいには美味しく熟す女性になるんじゃないですかねぇ。ワインも寝かせた方が美味しいですし、人もまた然りですよ。深みが増すって事ですね」
「えっと…はい！褒めてくださってありがとうございます！」
ミアは何の話か分からなかった。
ネビロスは自分の目の前で敢えて言うその挑発の意味がわかってしまった。
「…ミア、ちょっとロードと二人で話させて下さい」
「え？」
「嫌ですねぇ…私はただミアさんを褒めただけなのに…」
ぶつくさ言うロードの腕を掴み、離れた喫煙所にずんずん進んでいくネビロス。
「ミアにやったら訴えます、と言いましたよね？」
「そうでしたっけ？」
「先日の発言も込みで上層部に掛け合っても良いんですよ…？」
「私はただミアさんが五年後くらいに人として熟成されそうだなと言っただけで他意はありません」
「ほう…？では食べ頃と言うのはどう説明します？」
「その頃にはそう言う目で見る事もあるかもなぁと思っただけですよ。私は誰かさんと違って幼気な女の子の好意を弄ぶ様な真似はしませんので」
「…別に、彼女を弄んでいるわけでは…」
ネビロスはネビロスで過去の自分の処理もまだ終わっていない。だからこそ、次に進むには思うところもある。それでもここ最近はいつか少しずつでも前を向く事が出来ればと考え始めた。例えば凄くゆっくりとしたスピードであっても。そう思えたのは偏にミアが傍に居てくれたからだと思う。
しかし、今ロードにはそんな事関係なかった。
「それに私は誰かさんと違ってロリコンじゃ無いですからねぇ。間違ってもここで未成年に手は出しませんよ」
「ほう…？聞くに毎回違う女性を連れ込んでるらしい貴方にそんな常識的な抑えの効かせ方があったなんて驚きです…」
「ええ、私ロリコンではありませんので」
「そうですか、ケダモノの発想に付いていくだけの考えが及ばす申し訳ないですねぇ…」
最早、売り言葉に買い言葉の所為で一触即発になった二人。西部劇のガンマンよろしく、動けば撃つと言わんばかりの二人の間をただただ時間だけが過ぎる。
静寂を裂いたのはたまたま喫煙所に入って来たメンバーだった。
「お前また練習場行ってたの？」
「おう、ロナ先生がいるとラッキーだぞ？的確に体に合った動かし方や鍛え方教えてくれるからさ」
「しかしそれでタバコ吸ってちゃ世話ないなー」
練習場。それは主に前線駆除班等体が資本のメンバーが訓練を行うところ。
ネビロスとロードは無言で目を合わせた。
「…私、武道の心得があるんです」
「知ってますよ。仮にも人事部なんで。ついでに言うと私もです」
「……このままでは互いにストレスが溜まりますね」
「おや奇遇ですね。今お互い同じ事考えてませんか？」
「かもしれませんね」
「男なら拳で分かり合おうとする事があっても良いじゃないですか」
二人はその後無言でジャージを取りに行き、更衣室まで向かう。着替えながら一言、「型は問わずしかしルールは試合形式で」と呟くと組み手を始めた。
そして冒頭に戻る。
倒れたロードは一つ間を置いてすぐに起き上がる。ネビロスは面倒臭そうに顔を歪めた。
「すぐ起き上がりますか…」
「うふふ…たたせるのは得意なんですよ」
「…減りませんねぇ、その口」
「減らせてごらんなさい」
ロードはネビロスの体に掴みかかる。が、ネビロスの体は重くびくともしない。そうこうしている内に逆にネビロスに胸ぐらを掴まれくるりと一捻りされてしまう。
ロードは確かに強い。しかし、得意としているのはルール無用の実戦であり、尚且つ銃や刃物、周囲の物全てを扱った状況だった。一方ネビロスはルールに則った状況下での一対一の体術を得意としており、結社内仲間内で手合わせをするにあたってはその強さはかなり上だった。
ただでさえ危険行為の禁止に加え、過度な掴みかかりも禁止、そして基本殴打は寸止めが望ましいと厳しくルールを敷かれては普段化け物の様に動き回れるロードも大人しくなる。ここで求められているのはデッドオアアライブではないのだから。
重心を地面にバランスよく向ける事で本来の体重以上の重さを感じさせ場をやり過ごしたネビロス。地面に転がされたロードは一言「変幻自在のコンクリートめ…」と悪態をついた。
「髪が乱れてますよ」
「うふふ、貴方が激しいからじゃないですか」
「減らず口に相応しい乱れた髪ですね。いっそいつも乱していれば如何です？ミアみたく純真な子が外見から疑いもせず近付く事がなくなるので安心出来ます」
「ご冗談を。その為のアイデンティティーですよ。獲物に隠れて近付くが如くサカってるのをギリギリまで隠し通すのが人間です」
「…やはり貴方にはスーツよりジャージと乱れ髪じゃありません？」
「それじゃギャップがなくて面白く無いでしょう？」
「貴方にギャップなんて必要あります？」
遠くから見ているヘラ達には二人が何を言っているかは分からない。分からないが、居ても立っても居られなくなったユリィが口を開いた。
「何だか知らないけど…やけによく喋るね」
横で聞いていたビクターとヘラは思わず吹き出した。
「そうさねぇ、あんなに喋って動いて、舌を噛みそうだねぇ」
「よくあれだけ動いてあんなに喋れんなぁ、俺には無理だぜ、面白ぇ！軽業師、役者、出来るか？」
「難しいだろうねぇ」
「あんまやりたくない」
「だよなぁ！」
エリックは時計を見ながら二人の手合わせの長さに驚いた。もうかれこれ来てから二十分はノンストップで動いているのだから。運動量凄いなぁとか、前線駆除班でも無いのになぁとか考える。
そんな横で、異様な目で二人をアサギが見つめているなんて誰も気付かない。
キュゥゥウと絞る様に人工眼を人知れず動かすアサギ。二人の動きから目が離せなかった。もしもロードの様に手を出された場合、先ずどう応戦するか。もしもネビロスの様に重心の動かし方が上手い相手の場合、どうすれば首を狩れるか。そんな計算を頭の中に巡らせながらそっと刀に手を添える。そんなアサギの肩に優しくロナが手を置いた。
「アサギ」
「ロナ…」
「PL-pluginが無くなった今、手当たり次第に無茶をするなよ」
「わ、悪い…」
ロナが入って来た事で第四小隊のメンバーはわっといろめき立つ。ロナはそんなメンバーに少し目線を送った後、すぐにネビロスとロードを見た。
「驚いたな…前線駆除班でも無いのにこんなに動くメンバーがいるんだな…」
「見た感じ、押してるのはサンマ」
「ああ、それゆえにあちらの彼はおそらく手加減をしている状況になっているんだろう。彼が得意なのは実戦か…？ルールに則った物は苦手みたいだな」
ロナはくすりと笑うと落ち着きを取り戻したアサギの頭にポンと手を置いた。
「だが、俺達武術の心得のある者にとってルールや決まりは枷ではなく、共にあるものだ。というわけでアサギ、人事部の彼を止めてくれ」
未だ減らず口を叩き合いながら手合わせを続けるロードに飛びかかる様にアサギが、ネビロスにはロナが、それぞれ停戦に入った。
「盛り上がっているところ申し訳ないが、二人とも止まってくれ」
「小隊長のお出ましですか…私もファウストさんもただ組み手をしているだけですが…」
「ルールに則って、だろう？なら最後までルールに則らなくてはな」
そう言いながらロナは時計を二人に見せた。
「二人の昼休憩、もう十分も過ぎてるんだ。俺は人事部、医療班それぞれから連れ戻す様に言われたんだよ」
不機嫌そうに残業を続けていたロードは時間を見つつ喫煙所に向かう。昼休憩の時間の事は失念していた。本当に今日はうっかりが過ぎる。
咥えたタバコに火をつけながらロナの事を思い出す。
自分とネビロスのあの状態に的確に飛び込み止めてしまう。伊達に小隊長は名乗っていないな、と吐いた煙の向こうにロナの記憶を思い浮かべていた。
しかし。
「『語彙のある小学生みたいな男だと思っていたが』って…サオトメさんには私はどんな風に見えてるんですか…」
上手く丸め込まれた気がして。でもその発言だけはちょっとだけ聞き捨てならないと思ったロードだった。
尚、ネビロスとはまだ寄ると触ると口喧嘩になる事に気付いたのはそれから再度顔を合わせた時だった。
そう言って空を切る様に飛んで来た手刀をネビロスはパシッと受け流し瞬時に力を分散させる。そして反対の手で掌底打ちを繰り出した。ロードも間一髪避けるが、少し体勢が崩れる。ネビロスはそれを分析する様に見つめた。
「…大振りですね。体の使い方はそこまで成っていない様で」
「うふふ、そもそも私はルール無用の実戦派ですから。目潰し、足払い、金的がなきゃそんなの喧嘩じゃ無いですよ」
「正式なルールに則る試合ではそれらは禁止されています。ここは結社ですから試合までしか駄目です。そしてその条件を飲んだのも貴方です」
「分かっていますよ。だからこうして夜しか動かさない腰に鞭打ってるんじゃないですか」
ネビロスは眉をピクリと動かすと足にグッと力を入れロードに詰め寄った。
「…ついでにここでそれ以上下品な言葉も言えなくさせてあげましょう」
「本当に…体動かすと人変わりますねぇ。夜は言葉責めとか髪掴んで立ちバックとかするタイプです？」
そんなロードの顎に先程の威力の掌底フックが掠り、ついついよろけて膝を付くとそのまま倒れ込む。それを面白そうに眺めているのはその場に居合わせた前線駆除班第四小隊の面々。
「あ、あのお二人所属はどこですの！？全然前線駆除班関係ない部署だったと思いますの！！」
若干引き気味にヘレナは聞いた。確か医療班と人事部ですよ、とエリックが返しそのデスクワークなイメージの強い部署名にヘレナは変な笑いが出た。
「何だか雌雄を決する為二人してわざわざジャージに着替えて来たらしいよ？全く、大きい図体して愛い男の子達さねぇ」
「あの二人強ぇえな！見てて面白ぇ！」
ヘラは楽しそうに、白熱する二人を「男の子」と称してニコニコしながら見つめる。その姿は例えるなら姐御。ビクターはまるでプロレスの試合を見るが如く飲み物を飲みながらどちらともなく応援し楽しんでいる。実は二人の隣にひっそり座っていたアサギは何を言うでもなくじっと紅白の人工眼でそれを見つめていた。
何故二人がこんな事になったかと言うと、事の発端は一時間前。
ロードは休憩中に医療班メンバーの履歴書を眺めていた。やっとネビロスが少しずつ無理をしない様になってくれたと聞きその話はそれで終わった筈なのだが、ロードの頭の中にはあの可憐な少女の存在が居着いて離れなかった。
ミア・フローレス。ラシアス出身の花屋の少女。両親をテロで失くしており家に居た機械人形も消息不明。十中八九その機械人形が暴走して家族を殺したのでは無いかと推測出来るのは、ミアが記憶の一部をまるでトリミングしたかの様に失くしてしまっているからだ。彼女の前で外野が記憶まで誘導しない様に。そんな難しい注意喚起だけ受けて居たが、何度か顔を合わせてみて気が付いた。心因性のものか本当に事件当日の記憶が抜けている。
医師であるアキヒロ、スレイマン、アペルピシアとの話し合いにはその後もメンタルケア等をどう進めて行くかよく議題として上がる。幸い、ミア本人の性格の明るくプラス思考な部分が勝り現状そこまで大きな問題になって居ないが、果たして真実を忘れてここに居るのが本当に幸せなのかとロードは考えた。
「おそらく軍警経由でここに来たんでしょうからねぇ…」
もし誰にも見つからなかったら、彼女はおそらく人身売買にでも巻き込まれて居ただろう。だから今の状況は良いのだろうが、もしも何かの拍子に彼女の記憶の蓋が開いてしまったら。彼女が敢えて閉めた記憶だ。覗き込んだら壊れてしまうのでは無いか。
「…己の都合で倒れてる場合じゃないですよ本当に…」
そんな彼女に恋慕の情を向けられている男を一人思い出し、思わず不機嫌を顔に出す。先日もテオフィルス、タイガと飲み合った時に愚痴を零したばかりだが、時間が空いてもネビロスに対する無意味な対抗心と言うか苦手意識は拭えなかった。
もはや何かにつけて顔を浮かべてしまうくらいには。つまりは、以前口論になった時にネビロス曰く「セクハラ」と言われる物言いでしか彼に反論出来なかった自分が許せなかったのである。
丸く収まったからまだ良いものの。結局嫌悪を抱かれたネビロスに「言質を取った」とチラつかせられている現状が腹立たしい。
理由をつらつら述べてはいるが、結局はネビロスに嫌悪を向けられただけ反発する様に反抗心を見せているだけと言う、とても子供なものだった。
そんなロードの前にタイミング良くミアが現れた。
「おや、こんにちはミアさん」
「こ、こんにちは！ロードさん！」
休憩にでも来たのか、お菓子を片手にミアは少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「…ミアさん、最近はいかがです？」
「え…？」
「あ、いえ。愛の日前ですし、何か用意でも一所懸命やってらっしゃるのかな？と思いまして」
休憩の時間に人事部に声を掛けられて休まるわけがないだろう。ついつい声を掛けてしまった為ただの雑談だと言わんばかりに日常会話を盛り込んだ。以前廊下で会った時よく話しかけてくれたミアではあったが、誰に何を吹き込まれたかある日を境にロードとあまり顔を合わせない様にしている気はした。しかし今日ミアは話題が愛の日だった事もあるのか、少し照れながらロードに笑顔を向けた。
「え、えっと…医療班でお世話になってる皆と…お友達に日頃の感謝を渡したくて…」
「そうですか。ミアさんから貰うものなら皆喜びますよ」
「そうですか？」
「ええ、そうですよ」
「…喜んでくれるかなぁ？」
頬を赤らめはにかむミア。見ていたロードは、思わずぽつりと言葉を漏らす。
「可愛い…」
「え？」
「うふふ…食べ頃は五年後くらいですかねぇ…」
「た、食べ…？」
「こちらの話です」
しかし、ミアと話せば話す程ネビロスを腹立たしくも思う。こんなに可愛い子に想いを寄せられて、彼自身は頭が良くて料理も得意で子供受けもそこそこ良くて。敬語と言うだけで被るところがあるのに料理まで何だか被っているし、それでいてこんなに若くて可愛い子から想われているとか前世でどんな徳を積めばそんな巡り合わせがあるのだろうかこちらは片想い十年どころか顔を合わす事すら稀で合わせれば背後からピックを突きつけられているんだ、頬を赤らめられた事なんか一度もないのだが。
「腹立つ…」
「ロ、ロードさん？」
敬語が急に消えたロードにミアがわたわたしていると渦中の彼まで現れた。
「ミア、何かソレに変な事は言われてませんか？」
「ネビロスさん…？えっと、特には」
「開口一番ソレ呼ばわりですか」
じろりとロードがネビロスを見ると、ネビロスはネビロスで医療班にあるまじき顔をロードに返す。ミアは何が何だか分からず、何が起きているのか分からず、とりあえずネビロスを見てにっこり笑った。
「え、えっと、とりあえず五年後に何かが食べ頃ですねって話を聞いたくらいですよ？特に何も無いです！」
「ほう………」
あるまじき顔はすっかり板につき、更にあるまじき顔度を増したネビロスの突き刺す様な目線がロードに注がれる。ロードはミアをちらりと見、にっこり笑った。
「ええ、今のミアさんは凄く可愛らしいですからね、きっと五年後くらいには美味しく熟す女性になるんじゃないですかねぇ。ワインも寝かせた方が美味しいですし、人もまた然りですよ。深みが増すって事ですね」
「えっと…はい！褒めてくださってありがとうございます！」
ミアは何の話か分からなかった。
ネビロスは自分の目の前で敢えて言うその挑発の意味がわかってしまった。
「…ミア、ちょっとロードと二人で話させて下さい」
「え？」
「嫌ですねぇ…私はただミアさんを褒めただけなのに…」
ぶつくさ言うロードの腕を掴み、離れた喫煙所にずんずん進んでいくネビロス。
「ミアにやったら訴えます、と言いましたよね？」
「そうでしたっけ？」
「先日の発言も込みで上層部に掛け合っても良いんですよ…？」
「私はただミアさんが五年後くらいに人として熟成されそうだなと言っただけで他意はありません」
「ほう…？では食べ頃と言うのはどう説明します？」
「その頃にはそう言う目で見る事もあるかもなぁと思っただけですよ。私は誰かさんと違って幼気な女の子の好意を弄ぶ様な真似はしませんので」
「…別に、彼女を弄んでいるわけでは…」
ネビロスはネビロスで過去の自分の処理もまだ終わっていない。だからこそ、次に進むには思うところもある。それでもここ最近はいつか少しずつでも前を向く事が出来ればと考え始めた。例えば凄くゆっくりとしたスピードであっても。そう思えたのは偏にミアが傍に居てくれたからだと思う。
しかし、今ロードにはそんな事関係なかった。
「それに私は誰かさんと違ってロリコンじゃ無いですからねぇ。間違ってもここで未成年に手は出しませんよ」
「ほう…？聞くに毎回違う女性を連れ込んでるらしい貴方にそんな常識的な抑えの効かせ方があったなんて驚きです…」
「ええ、私ロリコンではありませんので」
「そうですか、ケダモノの発想に付いていくだけの考えが及ばす申し訳ないですねぇ…」
最早、売り言葉に買い言葉の所為で一触即発になった二人。西部劇のガンマンよろしく、動けば撃つと言わんばかりの二人の間をただただ時間だけが過ぎる。
静寂を裂いたのはたまたま喫煙所に入って来たメンバーだった。
「お前また練習場行ってたの？」
「おう、ロナ先生がいるとラッキーだぞ？的確に体に合った動かし方や鍛え方教えてくれるからさ」
「しかしそれでタバコ吸ってちゃ世話ないなー」
練習場。それは主に前線駆除班等体が資本のメンバーが訓練を行うところ。
ネビロスとロードは無言で目を合わせた。
「…私、武道の心得があるんです」
「知ってますよ。仮にも人事部なんで。ついでに言うと私もです」
「……このままでは互いにストレスが溜まりますね」
「おや奇遇ですね。今お互い同じ事考えてませんか？」
「かもしれませんね」
「男なら拳で分かり合おうとする事があっても良いじゃないですか」
二人はその後無言でジャージを取りに行き、更衣室まで向かう。着替えながら一言、「型は問わずしかしルールは試合形式で」と呟くと組み手を始めた。
そして冒頭に戻る。
倒れたロードは一つ間を置いてすぐに起き上がる。ネビロスは面倒臭そうに顔を歪めた。
「すぐ起き上がりますか…」
「うふふ…たたせるのは得意なんですよ」
「…減りませんねぇ、その口」
「減らせてごらんなさい」
ロードはネビロスの体に掴みかかる。が、ネビロスの体は重くびくともしない。そうこうしている内に逆にネビロスに胸ぐらを掴まれくるりと一捻りされてしまう。
ロードは確かに強い。しかし、得意としているのはルール無用の実戦であり、尚且つ銃や刃物、周囲の物全てを扱った状況だった。一方ネビロスはルールに則った状況下での一対一の体術を得意としており、結社内仲間内で手合わせをするにあたってはその強さはかなり上だった。
ただでさえ危険行為の禁止に加え、過度な掴みかかりも禁止、そして基本殴打は寸止めが望ましいと厳しくルールを敷かれては普段化け物の様に動き回れるロードも大人しくなる。ここで求められているのはデッドオアアライブではないのだから。
重心を地面にバランスよく向ける事で本来の体重以上の重さを感じさせ場をやり過ごしたネビロス。地面に転がされたロードは一言「変幻自在のコンクリートめ…」と悪態をついた。
「髪が乱れてますよ」
「うふふ、貴方が激しいからじゃないですか」
「減らず口に相応しい乱れた髪ですね。いっそいつも乱していれば如何です？ミアみたく純真な子が外見から疑いもせず近付く事がなくなるので安心出来ます」
「ご冗談を。その為のアイデンティティーですよ。獲物に隠れて近付くが如くサカってるのをギリギリまで隠し通すのが人間です」
「…やはり貴方にはスーツよりジャージと乱れ髪じゃありません？」
「それじゃギャップがなくて面白く無いでしょう？」
「貴方にギャップなんて必要あります？」
遠くから見ているヘラ達には二人が何を言っているかは分からない。分からないが、居ても立っても居られなくなったユリィが口を開いた。
「何だか知らないけど…やけによく喋るね」
横で聞いていたビクターとヘラは思わず吹き出した。
「そうさねぇ、あんなに喋って動いて、舌を噛みそうだねぇ」
「よくあれだけ動いてあんなに喋れんなぁ、俺には無理だぜ、面白ぇ！軽業師、役者、出来るか？」
「難しいだろうねぇ」
「あんまやりたくない」
「だよなぁ！」
エリックは時計を見ながら二人の手合わせの長さに驚いた。もうかれこれ来てから二十分はノンストップで動いているのだから。運動量凄いなぁとか、前線駆除班でも無いのになぁとか考える。
そんな横で、異様な目で二人をアサギが見つめているなんて誰も気付かない。
キュゥゥウと絞る様に人工眼を人知れず動かすアサギ。二人の動きから目が離せなかった。もしもロードの様に手を出された場合、先ずどう応戦するか。もしもネビロスの様に重心の動かし方が上手い相手の場合、どうすれば首を狩れるか。そんな計算を頭の中に巡らせながらそっと刀に手を添える。そんなアサギの肩に優しくロナが手を置いた。
「アサギ」
「ロナ…」
「PL-pluginが無くなった今、手当たり次第に無茶をするなよ」
「わ、悪い…」
ロナが入って来た事で第四小隊のメンバーはわっといろめき立つ。ロナはそんなメンバーに少し目線を送った後、すぐにネビロスとロードを見た。
「驚いたな…前線駆除班でも無いのにこんなに動くメンバーがいるんだな…」
「見た感じ、押してるのはサンマ」
「ああ、それゆえにあちらの彼はおそらく手加減をしている状況になっているんだろう。彼が得意なのは実戦か…？ルールに則った物は苦手みたいだな」
ロナはくすりと笑うと落ち着きを取り戻したアサギの頭にポンと手を置いた。
「だが、俺達武術の心得のある者にとってルールや決まりは枷ではなく、共にあるものだ。というわけでアサギ、人事部の彼を止めてくれ」
未だ減らず口を叩き合いながら手合わせを続けるロードに飛びかかる様にアサギが、ネビロスにはロナが、それぞれ停戦に入った。
「盛り上がっているところ申し訳ないが、二人とも止まってくれ」
「小隊長のお出ましですか…私もファウストさんもただ組み手をしているだけですが…」
「ルールに則って、だろう？なら最後までルールに則らなくてはな」
そう言いながらロナは時計を二人に見せた。
「二人の昼休憩、もう十分も過ぎてるんだ。俺は人事部、医療班それぞれから連れ戻す様に言われたんだよ」
不機嫌そうに残業を続けていたロードは時間を見つつ喫煙所に向かう。昼休憩の時間の事は失念していた。本当に今日はうっかりが過ぎる。
咥えたタバコに火をつけながらロナの事を思い出す。
自分とネビロスのあの状態に的確に飛び込み止めてしまう。伊達に小隊長は名乗っていないな、と吐いた煙の向こうにロナの記憶を思い浮かべていた。
しかし。
「『語彙のある小学生みたいな男だと思っていたが』って…サオトメさんには私はどんな風に見えてるんですか…」
上手く丸め込まれた気がして。でもその発言だけはちょっとだけ聞き捨てならないと思ったロードだった。
尚、ネビロスとはまだ寄ると触ると口喧嘩になる事に気付いたのはそれから再度顔を合わせた時だった。
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