崩岸のバガテル／べにざくろ
最終更新：
g_a3b2c3o12 2020年10月13日(火) 19:30:32履歴
崩岸のバガテル 
“ あの日 ”まで
母は春を売る女だった。それは別に此処じゃ珍しい職業って訳でもなく、ここらの職業といえばスリ、物乞い、売春なんだから大多数のうちの1人というだけだ。何も物珍しい存在ではない。
「 テオ。顔を見せて 」
そう言って幼い俺の顔を両手で包んで眺めるのが母の癖だった。そして、散々眺め倒した後に必ず言うのだ。
「 アンタの目はね、お貴族様の色なのよ 」
母曰く、とある日の客は身なりも良く“貴族”というやつだった。だから、アンタを産んでおけば何かに使える日が来ると思ったの。そのために、わざわざ貴族っぽいテオフィルスなんて名前を付けたのよ。そう言うのが口癖だった。
馬鹿馬鹿しい。
ある程度成長して現実が見えてくれば、こんな薄汚い街に貴族が女を買いに来る訳がないことくらい簡単に理解出来た。そんなことも分からないくらい母は浅薄な人間で、街で聞き齧りの知識を習得しながらどうにか生きていた俺よりも間抜けな人間だった。
だから、呆気なく俺を置いて死んだ。
街角の喧嘩に全く関係ないのに巻き込まれて、銃で撃たれて。
「 ……俺を使う間もなかったな、クソババァ 」
悪態をついたところで母は生き返る訳もなく、適当に他の死んだ人間共と埋葬された。それを嘆く暇なんて岸壁街の孤児には与えられない。俺は生き方を考えなくてはならなかった。上手く立ち回れなければ人身売買の売人共に捕まって売られて人生終了だ。
ここで俺が本当に貴族の息子とかで物語の主人公だったなら貴族の召使いでも現れて「 貴方様は貴族のなんちゃら様の唯一の息子様でございます 」なんて言われて助かるモンだろうが、残念ながら救いの手になったのは母の商売仲間であり商売敵でもある娼婦共だった。
「 アタシがアンタを買ってあげようか? 」
普段、男に虐げられている娼婦が自由に出来る男を買う。これが意外と良い商売になった。余程、客に嫌な思いをさせられ続けている娼婦が多いのか色んな女が俺を買った。そのうち、女の子の格好をさせてみたいとかいう需要があって、髪を伸ばさせられた。今も髪を伸ばしてしまうのは、この時からだ。
「 ねぇ、テオ。アンタ、別の仕事どう? 」
「 俺は男と寝る趣味はねぇよ? 」
「 そんなんじゃないわ。アタシの常連客がね、イイ仕事あるんだってさ。上手くやれば、すっごい稼げるんだって! 」
「 稼げるねぇ…… 」
「 アタシが紹介してあげるから、やってみなよ 」
ある日、そう言ってきた女がいた。岸壁街の“イイ仕事”なんてロクなモンじゃないのは理解していたが、男娼生活には先は無いし、少しそっちに手を出してみるのも面白そうだった。
捨て駒にでも使われそうなら、さっさと逃げればいいだけだし。そうして、女に引き合わされた男はクラッカー集団の元締めだった。
「 俺は使えそうな頭の人間を寄越せとは言ったが、ガキをくれとは言ってないんだがな 」
初対面で困ったように笑う元締めの顔は所謂“善良そうな一市民”の顔で俺は逆に恐怖心を抱いた。しかし、それと同時にコイツに付いて行けば問題ない、と安心した。善良の皮を被れる悪人の方が、そこらのゴロツキなんかよりもずっと悪人だ。
「 若い方が技術の習得は早ぇと思うけどな、おっさん 」
「 使えねぇようなら、海神の子にしてやるからな 」
海神の子―――海に沈めて殺してやる。そう言われて手渡されたのは阿呆みたいな量の本だった。プログラム言語だけかと思えば、心理学や歴史といったありとあらゆるジャンルの本で寝食を削って読めといわれても苦にはならなかった。
習得できなければ死。その緊張感が逆に俺に高揚感を与え、更に知識を得る事に俺は自分自身が知識を渇望していたのだと自覚した。
「 おう、テオ。使えるようになってきたじゃねぇか 」
何年かして一人で仕事が出来るようになってきた頃、元締めが水色の髪をした女型の機械人形を肩に荷物のように抱いて俺の家に現れた。
女型ではあるが、容姿の設定年齢がどう見ても二次性徴前の餓鬼。更にその髪を水色のツインテールにしているせいで余計に幼く見えた。
「 ……おっさん、幼女趣味だったか 」
「 中古品で丁度良いのがコレだけだったんだよ 」
元締め曰く、この機械人形はメモリを全消ししてハッキング技術を詰め込んだ特別性なのだという。代わりに家事は一切出来ないのだというが。
「 コレをお前に恵んでやろう。餓鬼同士、ピッタリだろう 」
「 は? こんな餓鬼いらねぇし 」
「 遠慮すんな 」
言いながら元締めはさっさと機械人形を下ろすとコードを繋いで主人登録を始める。こっちには元々拒否権なんか無いんだ。諦めて言われるがまま、声紋認証のために声を出したり指紋認証のために手を出したりする羽目になる。
「 コレの名前はどうする? 」
俺には真似出来ない速度のタイピングを見せていた指が止まる。急に名前なんて言われても何も思いつかな……いや、一つあった。
「 ……ナンネル 」
元締めが片眉を上げる。今でこそ俺のプライベート用のハンドルネームだが、元々はクソババァの名前だ。聞き覚えがあったのだろう。くそっ、ニヤついた目で俺を見んな。
「 ナンネルっと……完了だ 」
コードを引き抜いて、元締めは「 後は若いお2人で 」とか言って去っていった。後で、この機械人形の値段分は働かされることになるんだろう。仕方ない。後でどっかの金持ちの口座から適当に送金してやろう。
とりあえず機械人形を起動させると、水色の目が俺を捉えた。
「 あなたが主人ですの? 」
可愛らしい声だったが、それよりも機械人形の喋り方に既視感があった。というかさっきまで劇場版観てたし。
「 私はナンネルという名前ですの! 」
「 ……俺が登録したんだから知ってる。お前、そういう話し方なのか? 」
俺が問いかけるとナンネルは首を傾げた。
「 こういう風に話すと主人が喜ぶと予め登録されていたんですの! 違いますの? 」
「 確かにそのアニメは好きだけど、自分の機械人形が話すとなると微妙なんだよなー…… 」
元締めの野郎、メモリの無駄遣いしやがったな。コレを連れて歩いたら俺が完全に痛いオタクになるじゃねぇか。
俺の微妙な表情にナンネルは何かを学習したらしい。
「 主人のお望みでしたら、もう一つの話し方に変更も可能ですの! 」
「 今すぐそっちに変更してくれ 」
「 了解ですの! 」
ナンネルは目を閉じる。そして書き換えを行って再び目を開いた。
「 ふぅ……小僧、改めて宜しく頼むよ 」
「 マジか…… 」
声は可愛いままなのに、どうしたこの話し方。どこのババァだ。
こいつには普通の話し方は登録されてないのか?
間違いない。これは元締めのおっさんが悪ノリで仕込んだやつだ。
「 あたしの設定年齢を幾つだと思ってるんだい? 」
無い胸を張ってナンネルが俺に問い掛ける。
「 見た目だけなら12、3歳だろ? 」
答えといて何だが、この話し方なら絶対にもっと上だ。現にナンネルは俺の答えを鼻で笑った。話し方変更したついでに性格まで変更してきやがったな、この機械人形。
「 残念だったね! あたしは70歳さ! 」
「 ロリババァかよ…… 」
ある意味、アニメのキャラクターが現実に出てきたような設定に俺は乾いた笑いしか出てこなかった。
これがナンネルとの出会いだったが、意外とこれが悪くなかった。案外、誰かと一緒に居ることに飢えていたのかもしれない。それに仕事面でもハッキング特化にされただけあって優秀だった。生半可なセキュリティじゃ俺が出る間もなくナンネルが突破してくれる。
但し、どうしたって俺たちでは突破出来ないシステムを構築してくる化け物がいた。
「 くそっ、またアイツか! 」
「 恐ろしい男だねぇ…………ギロクってやつは 」
クラッカー界隈でもギロクとかいう男の名前は知れ渡っていた。政府のサイバー対策課に最年少で入ったエリート様。コイツの組んだシステムの前に数々のクラッカーが挑み儚く散っていった、俺達にとっては脅威のホワイトハッカー。
「 あー、恐ろしい。テオと同じ歳とは思えないね 」
「 悪かったな 」
先日、元締めにも『 お前と同じ歳とは思えねぇなぁ 』と渡された雑誌にはギロクの顔写真が載っていた。裕福そうな丸みを帯びた顔で、希望に満ちてますと言わんばかりのキラキラしい顔をして。すっげームカついたから雑誌は破り捨ててやったが、その後に気になって読んだコイツの論文には驚かされた。きっと「 天才 」という言葉はコイツのためにあるんだろう。
「 ぜってー、ギロクのシステム突破してやる 」
「 はいはい。期待してるよ、テオ 」
俺の言葉に、全然期待してない顔でナンネルが笑う。
ギロクに勝つ。それが俺の目標だった。
「 テオ。顔を見せて 」
そう言って幼い俺の顔を両手で包んで眺めるのが母の癖だった。そして、散々眺め倒した後に必ず言うのだ。
「 アンタの目はね、お貴族様の色なのよ 」
母曰く、とある日の客は身なりも良く“貴族”というやつだった。だから、アンタを産んでおけば何かに使える日が来ると思ったの。そのために、わざわざ貴族っぽいテオフィルスなんて名前を付けたのよ。そう言うのが口癖だった。
馬鹿馬鹿しい。
ある程度成長して現実が見えてくれば、こんな薄汚い街に貴族が女を買いに来る訳がないことくらい簡単に理解出来た。そんなことも分からないくらい母は浅薄な人間で、街で聞き齧りの知識を習得しながらどうにか生きていた俺よりも間抜けな人間だった。
だから、呆気なく俺を置いて死んだ。
街角の喧嘩に全く関係ないのに巻き込まれて、銃で撃たれて。
「 ……俺を使う間もなかったな、クソババァ 」
悪態をついたところで母は生き返る訳もなく、適当に他の死んだ人間共と埋葬された。それを嘆く暇なんて岸壁街の孤児には与えられない。俺は生き方を考えなくてはならなかった。上手く立ち回れなければ人身売買の売人共に捕まって売られて人生終了だ。
ここで俺が本当に貴族の息子とかで物語の主人公だったなら貴族の召使いでも現れて「 貴方様は貴族のなんちゃら様の唯一の息子様でございます 」なんて言われて助かるモンだろうが、残念ながら救いの手になったのは母の商売仲間であり商売敵でもある娼婦共だった。
「 アタシがアンタを買ってあげようか? 」
普段、男に虐げられている娼婦が自由に出来る男を買う。これが意外と良い商売になった。余程、客に嫌な思いをさせられ続けている娼婦が多いのか色んな女が俺を買った。そのうち、女の子の格好をさせてみたいとかいう需要があって、髪を伸ばさせられた。今も髪を伸ばしてしまうのは、この時からだ。
「 ねぇ、テオ。アンタ、別の仕事どう? 」
「 俺は男と寝る趣味はねぇよ? 」
「 そんなんじゃないわ。アタシの常連客がね、イイ仕事あるんだってさ。上手くやれば、すっごい稼げるんだって! 」
「 稼げるねぇ…… 」
「 アタシが紹介してあげるから、やってみなよ 」
ある日、そう言ってきた女がいた。岸壁街の“イイ仕事”なんてロクなモンじゃないのは理解していたが、男娼生活には先は無いし、少しそっちに手を出してみるのも面白そうだった。
捨て駒にでも使われそうなら、さっさと逃げればいいだけだし。そうして、女に引き合わされた男はクラッカー集団の元締めだった。
「 俺は使えそうな頭の人間を寄越せとは言ったが、ガキをくれとは言ってないんだがな 」
初対面で困ったように笑う元締めの顔は所謂“善良そうな一市民”の顔で俺は逆に恐怖心を抱いた。しかし、それと同時にコイツに付いて行けば問題ない、と安心した。善良の皮を被れる悪人の方が、そこらのゴロツキなんかよりもずっと悪人だ。
「 若い方が技術の習得は早ぇと思うけどな、おっさん 」
「 使えねぇようなら、海神の子にしてやるからな 」
海神の子―――海に沈めて殺してやる。そう言われて手渡されたのは阿呆みたいな量の本だった。プログラム言語だけかと思えば、心理学や歴史といったありとあらゆるジャンルの本で寝食を削って読めといわれても苦にはならなかった。
習得できなければ死。その緊張感が逆に俺に高揚感を与え、更に知識を得る事に俺は自分自身が知識を渇望していたのだと自覚した。
「 おう、テオ。使えるようになってきたじゃねぇか 」
何年かして一人で仕事が出来るようになってきた頃、元締めが水色の髪をした女型の機械人形を肩に荷物のように抱いて俺の家に現れた。
女型ではあるが、容姿の設定年齢がどう見ても二次性徴前の餓鬼。更にその髪を水色のツインテールにしているせいで余計に幼く見えた。
「 ……おっさん、幼女趣味だったか 」
「 中古品で丁度良いのがコレだけだったんだよ 」
元締め曰く、この機械人形はメモリを全消ししてハッキング技術を詰め込んだ特別性なのだという。代わりに家事は一切出来ないのだというが。
「 コレをお前に恵んでやろう。餓鬼同士、ピッタリだろう 」
「 は? こんな餓鬼いらねぇし 」
「 遠慮すんな 」
言いながら元締めはさっさと機械人形を下ろすとコードを繋いで主人登録を始める。こっちには元々拒否権なんか無いんだ。諦めて言われるがまま、声紋認証のために声を出したり指紋認証のために手を出したりする羽目になる。
「 コレの名前はどうする? 」
俺には真似出来ない速度のタイピングを見せていた指が止まる。急に名前なんて言われても何も思いつかな……いや、一つあった。
「 ……ナンネル 」
元締めが片眉を上げる。今でこそ俺のプライベート用のハンドルネームだが、元々はクソババァの名前だ。聞き覚えがあったのだろう。くそっ、ニヤついた目で俺を見んな。
「 ナンネルっと……完了だ 」
コードを引き抜いて、元締めは「 後は若いお2人で 」とか言って去っていった。後で、この機械人形の値段分は働かされることになるんだろう。仕方ない。後でどっかの金持ちの口座から適当に送金してやろう。
とりあえず機械人形を起動させると、水色の目が俺を捉えた。
「 あなたが主人ですの? 」
可愛らしい声だったが、それよりも機械人形の喋り方に既視感があった。というかさっきまで劇場版観てたし。
「 私はナンネルという名前ですの! 」
「 ……俺が登録したんだから知ってる。お前、そういう話し方なのか? 」
俺が問いかけるとナンネルは首を傾げた。
「 こういう風に話すと主人が喜ぶと予め登録されていたんですの! 違いますの? 」
「 確かにそのアニメは好きだけど、自分の機械人形が話すとなると微妙なんだよなー…… 」
元締めの野郎、メモリの無駄遣いしやがったな。コレを連れて歩いたら俺が完全に痛いオタクになるじゃねぇか。
俺の微妙な表情にナンネルは何かを学習したらしい。
「 主人のお望みでしたら、もう一つの話し方に変更も可能ですの! 」
「 今すぐそっちに変更してくれ 」
「 了解ですの! 」
ナンネルは目を閉じる。そして書き換えを行って再び目を開いた。
「 ふぅ……小僧、改めて宜しく頼むよ 」
「 マジか…… 」
声は可愛いままなのに、どうしたこの話し方。どこのババァだ。
こいつには普通の話し方は登録されてないのか?
間違いない。これは元締めのおっさんが悪ノリで仕込んだやつだ。
「 あたしの設定年齢を幾つだと思ってるんだい? 」
無い胸を張ってナンネルが俺に問い掛ける。
「 見た目だけなら12、3歳だろ? 」
答えといて何だが、この話し方なら絶対にもっと上だ。現にナンネルは俺の答えを鼻で笑った。話し方変更したついでに性格まで変更してきやがったな、この機械人形。
「 残念だったね! あたしは70歳さ! 」
「 ロリババァかよ…… 」
ある意味、アニメのキャラクターが現実に出てきたような設定に俺は乾いた笑いしか出てこなかった。
これがナンネルとの出会いだったが、意外とこれが悪くなかった。案外、誰かと一緒に居ることに飢えていたのかもしれない。それに仕事面でもハッキング特化にされただけあって優秀だった。生半可なセキュリティじゃ俺が出る間もなくナンネルが突破してくれる。
但し、どうしたって俺たちでは突破出来ないシステムを構築してくる化け物がいた。
「 くそっ、またアイツか! 」
「 恐ろしい男だねぇ…………ギロクってやつは 」
クラッカー界隈でもギロクとかいう男の名前は知れ渡っていた。政府のサイバー対策課に最年少で入ったエリート様。コイツの組んだシステムの前に数々のクラッカーが挑み儚く散っていった、俺達にとっては脅威のホワイトハッカー。
「 あー、恐ろしい。テオと同じ歳とは思えないね 」
「 悪かったな 」
先日、元締めにも『 お前と同じ歳とは思えねぇなぁ 』と渡された雑誌にはギロクの顔写真が載っていた。裕福そうな丸みを帯びた顔で、希望に満ちてますと言わんばかりのキラキラしい顔をして。すっげームカついたから雑誌は破り捨ててやったが、その後に気になって読んだコイツの論文には驚かされた。きっと「 天才 」という言葉はコイツのためにあるんだろう。
「 ぜってー、ギロクのシステム突破してやる 」
「 はいはい。期待してるよ、テオ 」
俺の言葉に、全然期待してない顔でナンネルが笑う。
ギロクに勝つ。それが俺の目標だった。
運命の“ あの日 ”
――特撮は今年は当たりだな!
――アルストロメリアちゃんの子供になりたい
――わかる。母性味が溢れてる。
電子世界での俺の楽しみはアニメや特撮について語ることだ。この瞬間だけは岸壁街の外に出られた様な、普通の人間になれたような気分を得られる。
オフ会とかいうものにも憧れてはいるが、こちらは犯罪者。それはさすがに叶うものでは無い。
「 テオー、もう夕方だよ。そろそろ夕飯の支度しな 」
陽の光で時間を測ることができない岸壁街では時計が必須だったので、家ではナンネルがその機能を果たしていた。ついでに一般的な機械人形のように家事もしてくれれば最高だけど、その機能がないのは残念だ。
いや、今のナンネルの機体は製造年月日からして初期型のものだし、もっとハイスペックな機体に写し変えるのも手かもしれない。今なら岸壁街の中古市場にも、もうちょっとマシな機体が流れてきているだろう。
「 国産人工衛星の打上げのニュースが夕刊に載ってたよ 」
「 人工衛星ねぇ…… 」
それのセキュリティ突破も楽しそうだが突破したところで何の金にもならなそうだ。ああ、でもそんな特別なセキュリティならギロクが作ってそうだよなー……。
「 ……ナンネル、最近ギロクの記事ってあったか? 」
「 そう言われてみると……無いね 」
電子世界の検索もかけたナンネルが首を傾げる。一時は『 天才ギロク 』と持て囃されたわりに、そういえばヤツの動向を雑誌の記事とかで見なくなった。国家機密情報に関わりすぎて表に出てこないだけか?
とりあえず夕飯を食べたら少しばかりギロクについて検索してみるか。そんなことを考えながら食事の支度をして、代わり映えのない味気ない夕飯を食べる。
「 あー、嫌だ。あたしも歳かね、電子世界に繋げないよ 」
夕食後、ギロクについて調べようとするとナンネルがそう言って肩をすくめた。
「 繋げない? ババァ、遂に壊れたか 」
「 こんなに可愛い容姿の女の子をババァ呼ばわりとは良い度胸だよ! 」
怒り出すナンネル。自分から「 歳だ 」とか言っておいて怒り出すとは随分と理不尽な機械人形だ。誰だ、このプログラム組んだ奴。
「 無理に繋ぐな。狂ったら厄介だ 」
壊れたナンネルが無理に電子世界にアクセスしたことで、此処の場所が政府やら軍警にバレるリスクを恐れた俺はナンネルに電子世界へのアクセスを止めさせる。ここでナンネルを止めなければ電子世界の異常が1分程度の短いものだったことも、機械人形に効果を発揮する汚染物質が撒かれたことも知れたというのに。
あの時、パソコンから電子世界へアクセスしておけば。
そう後悔するのは、翌日の正午のことだった。
「 ……おい、ババァ。本当に壊れたか 」
俺の右脚に絡みついて離れないナンネルは異常だった。いつも水色になっている目が、急に赤く光って俺に襲いかかってきたのだ。
それと同時に。地震のような揺れと共に岸壁街の殆どが崩壊していた。崩壊したのは俺の家も例外ではなく、大事な商売道具のパソコン達が瓦礫の下に眠ってしまった。
そして、俺の右脚を抱いて動かないナンネルの下半身も。
「 ギロ、ク……様……仰せの通りに…… 」
「 お前の主人は俺だ。ギロクじゃねぇ 」
人の脚を潰しそうな勢いで抱くナンネルが譫言のように呟くのはギロクの名前だった。昨夜の検索履歴でもバグって呟いているのか? それとも、この状況がギロクのせいとでも言うのだろうか。
「 ……っ……くそっ、痛てぇよ、ババァ!!」
マジで脚が引きちぎられそうな痛みが走る。痛てぇ。機械人形法は何処行ったんだよ!! 何とかしてナンネルから脚を引き離そうともがいてみて気付いたが、どうやら足の先はナンネルごと瓦礫の下に嵌っているらしく抜ける気配はない。放っておけば挫滅症候群になることは間違いなかった。
助けが来るまで俺の脚がナンネルの馬鹿力に勝てるか? そもそもこの状況、助けなんて来るのか? ここは岸壁街。こんな所に救助なんて期待したって、誰が何をしてくれるっていうんだ? 死にたくない。死んでたまるか。
その時、かろうじて残っていた俺の頭上の天井が軋む嫌な音がした。おいおい……この天井が崩れ落ちれば俺も遂に瓦礫の下敷きだ。
「 ……なぁ、ナンネル 」
ボロボロになったナンネルの水色のツインテールを撫でてやる。こんなことやった日には今までのナンネルだったら「 あたしを餓鬼扱いするんじゃないよ! 」って怒るんだろうけどなぁ……。このまま右耳のリセットボタンを押したら、コイツも元に戻るのだろうか。ふと思うが、もはやそんな時間はなかった。
「 右脚はお前にやるよ。この俺の美脚だ、ありがたくいただけよ? 」
そう言って、俺は自分が生き残る為に家族を見捨てた。
痛てぇ。
心が、なんて夢想家の発言じゃなく肉体的に物凄く痛てぇ。
右脚とナンネルを瓦礫の下に置いて俺は外に這い出てきていたが、とにかく痛みがヤバかった。ダメだ。今は痛みに悶絶している場合じゃなく、脚の処置をしないと出血多量で死にそうだというのに、痛くてそれどころじゃない。
「 ……生きてる 」
「 あ? 」
一瞬、聞こえた女の声に痛みが止まった気がした。
痛みで霞む視界の中、見上げればそこに立つのは扇情的な格好に白衣を纏った青みがかった黒の髪が特徴的な女。
「 よぉ、ヴォイド。相変わらず美人だな……で、助けちゃくれねぇか? 」
岸壁街下層の貴重な医者、ヴォイドがそこにいた。
正直、ヴォイドのガラス玉のような目に俺が映っているのか心配だったが杞憂だったようで彼女は座り込んで俺の脚を見ているようだった。ようだった、なのは脚を見たくないから、そちらを直視出来ないからだ。
「 血が赤いから内臓損傷してない…… 」
「 焼いて止められねぇか? 」
「 焼灼止血法は駄目。結紮する 」
そう言ってヴォイドは俺のシャツの脱出の時に破れた部分に手をかけると思いきり破く。情事なら最高の光景だが、非常時にやられると最悪の光景だ。
「 俺の一張羅が…… 」
「 死ぬより良いでしょ。私だってコレしか無い 」
……ヴォイドも家無し仲間か。俺の破ったシャツを包帯代わりに使って器用に止血していく。
「 先生、痛み止めの薬はねぇのか 」
着の身着のままの医者が持っているとも思えなかったが一縷の望みをかけて言うと、ヴォイドは白衣のポケットを漁り出して「 はい 」と俺に薬を手渡した。言っておいて何だが、薬の管理が随分と杜撰すぎやしないだろうか。まぁ、ありがたく飲む訳だが。
「 それで? 」
「 あ? 」
「 お金 」
「 はぁ!? 」
そうだ。ヴォイドは無償で働く医者じゃなかった。いつだったか「 あの女、タダで診てくんないんだけど!! 」って怒ってた女いたなぁ。
言われたところで金は家の……残骸の下だ。どっかに金がねぇかとポケットというポケットを漁ると、バックポケットに紙幣と僅かな硬貨の感触。
「 持ち合わせはこれしかねぇよ 」
止血に薬、到底足りる額では無いとは思いつつ手渡す。やはり足りなかったようで、ヴォイドのあんまり変わらない表情が少しだけ曇ったような気がした。
「 後は出世払いで払ってやるよ 」
「 ふーん……分かった 」
金を無造作に白衣のポケットに閉まったヴォイドはそう言って立ち上がる。立ち上がられると、脚線美が眼福だ。さっきまではそんな余裕が無かったから思えなかったが、そう思えるのだから少し余裕が出て来た証拠だろう。
「 後払いは利息つくから 」
それだけ言ってヴォイドは去っていった。命を救ってもらった手前、更に図々しくも助かる所まで連れて行け、とは言えない。そもそも岸壁街の何処に行けば助かるというのか。
改めて瓦礫になった我が家に目を向ける。母と過ごし、ナンネルと過ごした家。何もかも喪ってしまった。
「 これからどうすっかなー…… 」
呟いてみても、呟きは虚空に溶けるだけで誰からも返答は無かった。
――アルストロメリアちゃんの子供になりたい
――わかる。母性味が溢れてる。
電子世界での俺の楽しみはアニメや特撮について語ることだ。この瞬間だけは岸壁街の外に出られた様な、普通の人間になれたような気分を得られる。
オフ会とかいうものにも憧れてはいるが、こちらは犯罪者。それはさすがに叶うものでは無い。
「 テオー、もう夕方だよ。そろそろ夕飯の支度しな 」
陽の光で時間を測ることができない岸壁街では時計が必須だったので、家ではナンネルがその機能を果たしていた。ついでに一般的な機械人形のように家事もしてくれれば最高だけど、その機能がないのは残念だ。
いや、今のナンネルの機体は製造年月日からして初期型のものだし、もっとハイスペックな機体に写し変えるのも手かもしれない。今なら岸壁街の中古市場にも、もうちょっとマシな機体が流れてきているだろう。
「 国産人工衛星の打上げのニュースが夕刊に載ってたよ 」
「 人工衛星ねぇ…… 」
それのセキュリティ突破も楽しそうだが突破したところで何の金にもならなそうだ。ああ、でもそんな特別なセキュリティならギロクが作ってそうだよなー……。
「 ……ナンネル、最近ギロクの記事ってあったか? 」
「 そう言われてみると……無いね 」
電子世界の検索もかけたナンネルが首を傾げる。一時は『 天才ギロク 』と持て囃されたわりに、そういえばヤツの動向を雑誌の記事とかで見なくなった。国家機密情報に関わりすぎて表に出てこないだけか?
とりあえず夕飯を食べたら少しばかりギロクについて検索してみるか。そんなことを考えながら食事の支度をして、代わり映えのない味気ない夕飯を食べる。
「 あー、嫌だ。あたしも歳かね、電子世界に繋げないよ 」
夕食後、ギロクについて調べようとするとナンネルがそう言って肩をすくめた。
「 繋げない? ババァ、遂に壊れたか 」
「 こんなに可愛い容姿の女の子をババァ呼ばわりとは良い度胸だよ! 」
怒り出すナンネル。自分から「 歳だ 」とか言っておいて怒り出すとは随分と理不尽な機械人形だ。誰だ、このプログラム組んだ奴。
「 無理に繋ぐな。狂ったら厄介だ 」
壊れたナンネルが無理に電子世界にアクセスしたことで、此処の場所が政府やら軍警にバレるリスクを恐れた俺はナンネルに電子世界へのアクセスを止めさせる。ここでナンネルを止めなければ電子世界の異常が1分程度の短いものだったことも、機械人形に効果を発揮する汚染物質が撒かれたことも知れたというのに。
あの時、パソコンから電子世界へアクセスしておけば。
そう後悔するのは、翌日の正午のことだった。
「 ……おい、ババァ。本当に壊れたか 」
俺の右脚に絡みついて離れないナンネルは異常だった。いつも水色になっている目が、急に赤く光って俺に襲いかかってきたのだ。
それと同時に。地震のような揺れと共に岸壁街の殆どが崩壊していた。崩壊したのは俺の家も例外ではなく、大事な商売道具のパソコン達が瓦礫の下に眠ってしまった。
そして、俺の右脚を抱いて動かないナンネルの下半身も。
「 ギロ、ク……様……仰せの通りに…… 」
「 お前の主人は俺だ。ギロクじゃねぇ 」
人の脚を潰しそうな勢いで抱くナンネルが譫言のように呟くのはギロクの名前だった。昨夜の検索履歴でもバグって呟いているのか? それとも、この状況がギロクのせいとでも言うのだろうか。
「 ……っ……くそっ、痛てぇよ、ババァ!!」
マジで脚が引きちぎられそうな痛みが走る。痛てぇ。機械人形法は何処行ったんだよ!! 何とかしてナンネルから脚を引き離そうともがいてみて気付いたが、どうやら足の先はナンネルごと瓦礫の下に嵌っているらしく抜ける気配はない。放っておけば挫滅症候群になることは間違いなかった。
助けが来るまで俺の脚がナンネルの馬鹿力に勝てるか? そもそもこの状況、助けなんて来るのか? ここは岸壁街。こんな所に救助なんて期待したって、誰が何をしてくれるっていうんだ? 死にたくない。死んでたまるか。
その時、かろうじて残っていた俺の頭上の天井が軋む嫌な音がした。おいおい……この天井が崩れ落ちれば俺も遂に瓦礫の下敷きだ。
「 ……なぁ、ナンネル 」
ボロボロになったナンネルの水色のツインテールを撫でてやる。こんなことやった日には今までのナンネルだったら「 あたしを餓鬼扱いするんじゃないよ! 」って怒るんだろうけどなぁ……。このまま右耳のリセットボタンを押したら、コイツも元に戻るのだろうか。ふと思うが、もはやそんな時間はなかった。
「 右脚はお前にやるよ。この俺の美脚だ、ありがたくいただけよ? 」
そう言って、俺は自分が生き残る為に家族を見捨てた。
痛てぇ。
心が、なんて夢想家の発言じゃなく肉体的に物凄く痛てぇ。
右脚とナンネルを瓦礫の下に置いて俺は外に這い出てきていたが、とにかく痛みがヤバかった。ダメだ。今は痛みに悶絶している場合じゃなく、脚の処置をしないと出血多量で死にそうだというのに、痛くてそれどころじゃない。
「 ……生きてる 」
「 あ? 」
一瞬、聞こえた女の声に痛みが止まった気がした。
痛みで霞む視界の中、見上げればそこに立つのは扇情的な格好に白衣を纏った青みがかった黒の髪が特徴的な女。
「 よぉ、ヴォイド。相変わらず美人だな……で、助けちゃくれねぇか? 」
岸壁街下層の貴重な医者、ヴォイドがそこにいた。
正直、ヴォイドのガラス玉のような目に俺が映っているのか心配だったが杞憂だったようで彼女は座り込んで俺の脚を見ているようだった。ようだった、なのは脚を見たくないから、そちらを直視出来ないからだ。
「 血が赤いから内臓損傷してない…… 」
「 焼いて止められねぇか? 」
「 焼灼止血法は駄目。結紮する 」
そう言ってヴォイドは俺のシャツの脱出の時に破れた部分に手をかけると思いきり破く。情事なら最高の光景だが、非常時にやられると最悪の光景だ。
「 俺の一張羅が…… 」
「 死ぬより良いでしょ。私だってコレしか無い 」
……ヴォイドも家無し仲間か。俺の破ったシャツを包帯代わりに使って器用に止血していく。
「 先生、痛み止めの薬はねぇのか 」
着の身着のままの医者が持っているとも思えなかったが一縷の望みをかけて言うと、ヴォイドは白衣のポケットを漁り出して「 はい 」と俺に薬を手渡した。言っておいて何だが、薬の管理が随分と杜撰すぎやしないだろうか。まぁ、ありがたく飲む訳だが。
「 それで? 」
「 あ? 」
「 お金 」
「 はぁ!? 」
そうだ。ヴォイドは無償で働く医者じゃなかった。いつだったか「 あの女、タダで診てくんないんだけど!! 」って怒ってた女いたなぁ。
言われたところで金は家の……残骸の下だ。どっかに金がねぇかとポケットというポケットを漁ると、バックポケットに紙幣と僅かな硬貨の感触。
「 持ち合わせはこれしかねぇよ 」
止血に薬、到底足りる額では無いとは思いつつ手渡す。やはり足りなかったようで、ヴォイドのあんまり変わらない表情が少しだけ曇ったような気がした。
「 後は出世払いで払ってやるよ 」
「 ふーん……分かった 」
金を無造作に白衣のポケットに閉まったヴォイドはそう言って立ち上がる。立ち上がられると、脚線美が眼福だ。さっきまではそんな余裕が無かったから思えなかったが、そう思えるのだから少し余裕が出て来た証拠だろう。
「 後払いは利息つくから 」
それだけ言ってヴォイドは去っていった。命を救ってもらった手前、更に図々しくも助かる所まで連れて行け、とは言えない。そもそも岸壁街の何処に行けば助かるというのか。
改めて瓦礫になった我が家に目を向ける。母と過ごし、ナンネルと過ごした家。何もかも喪ってしまった。
「 これからどうすっかなー…… 」
呟いてみても、呟きは虚空に溶けるだけで誰からも返答は無かった。
“ あの日 ”から
それから数日後、出会った娼婦や仕事仲間の力を借りながら俺は岸壁街の上層部に設置された避難所にいた。ヴォイドの応急処置は的確だったようで、俺の脚を見た正規の医者共が悔しそうな顔をしているのが少しだけ面白かった。ただ、緊急性を要しないとかなんとか理由をつけて放置されているのは腹が立った。そうだよな、優先されるのはちゃんとした地上の人間様だよな。胸糞悪い。ともかく、何もすることの無い俺は避難所という名の建物の部屋の壁に寄りかかって日々を過ごすしか無かった。
避難所には大なり小なり多くの怪我をした人間がいて、誰もが暴走した機械人形のせいだと口々に言っていた。そして、それを引き起こしたのは“ ギロク ”というエンジニアのせいだとも。
「 ギロク……? 」
脳内に浮かぶのは雑誌や、ネットのインタビューに映っていたギロクの姿。それなのにタブレットを持っていた奴に頼んで見せてもらった犯行声明の動画に映っていた男は、別人のようだった。あのムカつく位輝いていた目が濁りきり、馬鹿みたいに痩せ細っているギロク。しかも動画の中の奴は「 25歳だ 」とか抜かしてやがる。ボケたか? いやいや、お前は俺と同じ歳だろうが。
まさか、この動画は過去に撮ったもの……? 何のために?
捜査を撹乱させるのが目的ならば、素直に名前を名乗る必要なんてないし、そもそも顔出しをする必要も無い。適当な画像を載せるとかアニメの悪役でありがちな影にするとか何とでも出来たのに。全く、天才のやることが分からない。
そもそも恋人だか何だか知らないが、たかだか1人死んだだけでこんなことを引き起こして何人が死んだんだ? その恋人様と今回の犠牲者の命の重さが釣り合うとでもいうのか。釣り合わねぇだろ。1人は1人だ。
元締めは瓦礫の中で行方不明、顔見知りも何人も死んだ。ナンネルだって喪った。その命と、ギロクの恋人の命は何が違う?
夜になると無い脚が痛む。痛みを感じて、痛みを堪えようと手を当てると、そこには虚空があるだけ。
幻覚のナンネルが、幻覚の脚を抱いて俺を赤く光る目で睨みつけて来る夜もあった。それは幻肢痛が見せる幻か、はたまた見捨てたことに対する罪悪感が見せる幻か。
「 ……ごめんな 」
謝ったところでナンネルは決して許してはくれない。
今夜も、眠れそうに無い。
「 見ろ、あれ 」
「 機械人形みたいで気味悪いな 」
ある時、廊下をどうにか壁を伝いながら歩いていると、そんな男共の声が聞こえたので気になって振り返ってみる。すると、黄色がかった薄茶色の髪の女の子が此方に向かって歩いて来ていた。機械人形には禁止されてる髪色とはいえ、確かに色素が全体的に薄いし、機械人形と見間違えそうな可愛い顔立ちをした女の子だった。ただ、その顔は無表情で、笑ったらもっと可愛いのにといった感じだったが。
思わず見つめていると、近付いてくる女の子の目が淡い水色なことに気付いた。
「 ナンネル…… 」
その子は人間で、あいつは機械人形だけど。
色彩が同じだけで重ねてしまう自分に内心で笑う。どんだけ感傷的になっているのだか。
女の子は追い抜きざまにチラリと俺に目線を向けたものの、何も言わず、相変わらず表情を動かすことも無く去っていった。そもそも「 気味が悪い 」とかいう暴言だって俺に聞こえていたくらいだから聞こえていただろうに、それにも眉一つ動かさないとは、見た目とは違って、よっぽど内面が成熟した子なんだろう。すごいな、あの子。
そして人間として出来た女の子に反比例した駄目な男共は、彼女に相手してもらえなかった鬱憤を俺ではらすことにしたらしい。「 何見てんだよ 」とか「 調子乗ってんじゃねぇ 」とかくだらない言葉を並びたてて、ニヤニヤと笑って喧嘩を売ってくる。残念ながら俺は、あの女の子とは違う。売っていただいた喧嘩は、しっかりと購入させていただく主義だ。
「 御託はいいからさっさと来いよ、低脳共 」
―――低脳は俺だった。
病院のベッドの上で俺は猛省していた。片脚が無い喧嘩がこんなに難しいものとは思わなかった。相手が馬鹿みたに突っ込んでくる時は拳を返しやすいが、距離をとられると非常にやりにくい。一応は、奴らの鼻をへし折ってやったので喧嘩に敗けたとは思いたくない。思いたくないが、勝ったともいえない。本当に俺、低脳すぎる。枕に顔を埋めて足をバタバタしたくなるレベルの低能さだ。
俺は特に怪我をした訳ではないが、喧嘩をしてたら取り押さえられて病院にぶち込まれていた。何で片脚無くして避難所に行っても病院に入れて貰えないのに、喧嘩したら病院送りになるんだ。全くもって解せない。
「 ……起きてらっしゃいますか? 」
「 あァ? 」
知らない声に目を向けると、仕立ての良いスーツを着た男がいつの間にかベッドの脇に立っていた。顔を見ても、当然、知人ではない。
「 サツがパクりにでも来たか? 」
「 いいえ。私はマルフィ結社の者です 」
しれっと言われたが、そんな団体名聞いたことも無かった。怪訝な顔をしている俺に、男は『 マルフィ結社 』というのは今回のギロクの事件によって立ち上げた組織であること、今後も発生するであろう機械人形の暴走から人々を守ることを行っていくということ、まだまだ新興のために人員がいないので勧誘して回っているのだと言うことをスラスラと語った。
「 勧誘、ねぇ…… 」
「 電子世界の無い今、人の噂が一番の情報網になりますから 」
そいつが続けて言うことには、とにかく『 マルフィ結社 』という名前を広める為に、今は色んな人間を勧誘しているらしい。例え勧誘された人が入らなくても誰かに「 マルフィ結社という所から勧誘された 」、「 マルフィ結社は機械人形と戦う組織だ 」と言えば、それとなく噂として広まっていくということか。噂になれば、その理念に同意する人間が勝手に集まってくるだろうしな。
「 生憎、俺は友達がいねぇから噂は広まらねぇよ? 」
「 では、結社に入りませんか? 何か出来れば良いんですよ 」
「 何かねぇ…… 」
何か、といわれて思いつくのがクラッキングだった。しかし、素直に犯罪歴を喋る訳にもいかない。大体、こんな怪しい人間の語る怪しい組織に入る訳もない。ここまで怪しい奴なんて、岸壁街の成功しない詐欺師くらいのもんだ。
「 機械人形を整備する人間も勧誘してます。……お望みなら義足を差し上げますよ? 」
「 コンピュータプログラミングなら少し出来る 」
義足。
それは、今の俺にとって最も魅力的な言葉だった。この詐欺師みたいな男の言葉に即答で乗っかりたくなるくらいには。
どうせ何処にも行く宛なんてない。犯罪歴なんて、バレなきゃいい。
「 プログラミングですか 」
「 駄目か 」
「 いえ、もちろん歓迎致しますよ 」
――ようこそ、マルフィ結社へ。
避難所には大なり小なり多くの怪我をした人間がいて、誰もが暴走した機械人形のせいだと口々に言っていた。そして、それを引き起こしたのは“ ギロク ”というエンジニアのせいだとも。
「 ギロク……? 」
脳内に浮かぶのは雑誌や、ネットのインタビューに映っていたギロクの姿。それなのにタブレットを持っていた奴に頼んで見せてもらった犯行声明の動画に映っていた男は、別人のようだった。あのムカつく位輝いていた目が濁りきり、馬鹿みたいに痩せ細っているギロク。しかも動画の中の奴は「 25歳だ 」とか抜かしてやがる。ボケたか? いやいや、お前は俺と同じ歳だろうが。
まさか、この動画は過去に撮ったもの……? 何のために?
捜査を撹乱させるのが目的ならば、素直に名前を名乗る必要なんてないし、そもそも顔出しをする必要も無い。適当な画像を載せるとかアニメの悪役でありがちな影にするとか何とでも出来たのに。全く、天才のやることが分からない。
そもそも恋人だか何だか知らないが、たかだか1人死んだだけでこんなことを引き起こして何人が死んだんだ? その恋人様と今回の犠牲者の命の重さが釣り合うとでもいうのか。釣り合わねぇだろ。1人は1人だ。
元締めは瓦礫の中で行方不明、顔見知りも何人も死んだ。ナンネルだって喪った。その命と、ギロクの恋人の命は何が違う?
夜になると無い脚が痛む。痛みを感じて、痛みを堪えようと手を当てると、そこには虚空があるだけ。
幻覚のナンネルが、幻覚の脚を抱いて俺を赤く光る目で睨みつけて来る夜もあった。それは幻肢痛が見せる幻か、はたまた見捨てたことに対する罪悪感が見せる幻か。
「 ……ごめんな 」
謝ったところでナンネルは決して許してはくれない。
今夜も、眠れそうに無い。
「 見ろ、あれ 」
「 機械人形みたいで気味悪いな 」
ある時、廊下をどうにか壁を伝いながら歩いていると、そんな男共の声が聞こえたので気になって振り返ってみる。すると、黄色がかった薄茶色の髪の女の子が此方に向かって歩いて来ていた。機械人形には禁止されてる髪色とはいえ、確かに色素が全体的に薄いし、機械人形と見間違えそうな可愛い顔立ちをした女の子だった。ただ、その顔は無表情で、笑ったらもっと可愛いのにといった感じだったが。
思わず見つめていると、近付いてくる女の子の目が淡い水色なことに気付いた。
「 ナンネル…… 」
その子は人間で、あいつは機械人形だけど。
色彩が同じだけで重ねてしまう自分に内心で笑う。どんだけ感傷的になっているのだか。
女の子は追い抜きざまにチラリと俺に目線を向けたものの、何も言わず、相変わらず表情を動かすことも無く去っていった。そもそも「 気味が悪い 」とかいう暴言だって俺に聞こえていたくらいだから聞こえていただろうに、それにも眉一つ動かさないとは、見た目とは違って、よっぽど内面が成熟した子なんだろう。すごいな、あの子。
そして人間として出来た女の子に反比例した駄目な男共は、彼女に相手してもらえなかった鬱憤を俺ではらすことにしたらしい。「 何見てんだよ 」とか「 調子乗ってんじゃねぇ 」とかくだらない言葉を並びたてて、ニヤニヤと笑って喧嘩を売ってくる。残念ながら俺は、あの女の子とは違う。売っていただいた喧嘩は、しっかりと購入させていただく主義だ。
「 御託はいいからさっさと来いよ、低脳共 」
―――低脳は俺だった。
病院のベッドの上で俺は猛省していた。片脚が無い喧嘩がこんなに難しいものとは思わなかった。相手が馬鹿みたに突っ込んでくる時は拳を返しやすいが、距離をとられると非常にやりにくい。一応は、奴らの鼻をへし折ってやったので喧嘩に敗けたとは思いたくない。思いたくないが、勝ったともいえない。本当に俺、低脳すぎる。枕に顔を埋めて足をバタバタしたくなるレベルの低能さだ。
俺は特に怪我をした訳ではないが、喧嘩をしてたら取り押さえられて病院にぶち込まれていた。何で片脚無くして避難所に行っても病院に入れて貰えないのに、喧嘩したら病院送りになるんだ。全くもって解せない。
「 ……起きてらっしゃいますか? 」
「 あァ? 」
知らない声に目を向けると、仕立ての良いスーツを着た男がいつの間にかベッドの脇に立っていた。顔を見ても、当然、知人ではない。
「 サツがパクりにでも来たか? 」
「 いいえ。私はマルフィ結社の者です 」
しれっと言われたが、そんな団体名聞いたことも無かった。怪訝な顔をしている俺に、男は『 マルフィ結社 』というのは今回のギロクの事件によって立ち上げた組織であること、今後も発生するであろう機械人形の暴走から人々を守ることを行っていくということ、まだまだ新興のために人員がいないので勧誘して回っているのだと言うことをスラスラと語った。
「 勧誘、ねぇ…… 」
「 電子世界の無い今、人の噂が一番の情報網になりますから 」
そいつが続けて言うことには、とにかく『 マルフィ結社 』という名前を広める為に、今は色んな人間を勧誘しているらしい。例え勧誘された人が入らなくても誰かに「 マルフィ結社という所から勧誘された 」、「 マルフィ結社は機械人形と戦う組織だ 」と言えば、それとなく噂として広まっていくということか。噂になれば、その理念に同意する人間が勝手に集まってくるだろうしな。
「 生憎、俺は友達がいねぇから噂は広まらねぇよ? 」
「 では、結社に入りませんか? 何か出来れば良いんですよ 」
「 何かねぇ…… 」
何か、といわれて思いつくのがクラッキングだった。しかし、素直に犯罪歴を喋る訳にもいかない。大体、こんな怪しい人間の語る怪しい組織に入る訳もない。ここまで怪しい奴なんて、岸壁街の成功しない詐欺師くらいのもんだ。
「 機械人形を整備する人間も勧誘してます。……お望みなら義足を差し上げますよ? 」
「 コンピュータプログラミングなら少し出来る 」
義足。
それは、今の俺にとって最も魅力的な言葉だった。この詐欺師みたいな男の言葉に即答で乗っかりたくなるくらいには。
どうせ何処にも行く宛なんてない。犯罪歴なんて、バレなきゃいい。
「 プログラミングですか 」
「 駄目か 」
「 いえ、もちろん歓迎致しますよ 」
――ようこそ、マルフィ結社へ。
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