風に身を任せ気まま気ままに／燐花
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rinka_creation 2021年04月21日(水) 15:59:34履歴
「あれ…？」
アルヴィは部屋を見渡しておかしな事に気が付いた。一生懸命黙々と作業をするギルバート…はまあ良いが、もう一人居なければいけない人間が居ない。そしてその人間は、別に今日休日と言うわけでも無かった筈だ。朝見たし。
「あの…ベネットさん…」
「ん？何だ…？」
「えっと…ファンさんは…？」
「ああ、彼は別の書類整理を──…」
言い掛けてギルバートの言葉が止まる。彼曰く「別の書類整理」を申し付けられた筈のギャリーは部屋から忽然と姿を消していた。
「あ、あの男っ！！またサボったなぁぁぁぁあ！？」
むしろ何故ギルバートはここまで気付かないのだろう？とアルヴィは思った。
主力として頭数に入れられる程の能力はあるのに、ギャリー本人にはサボり癖があった。むしろサボる事に情熱を注いでると言っても過言では無い最近の彼。いつだってギルバートに仕事を押し付け煙の様に消えてしまう。
ギャリーは経理部がそんな悲鳴を上げているなどつゆ知らず、一人てくてくと中庭を歩いていた。
「…花が綺麗だこと…」
暖かい日の光。撫でる様にそよぐ風。揺れる草木。すぐに手折れそうな程細いのに、意外と強く生命力に溢れている花。
花は好きだ。すぐ枯れてしまうから大事に大事に一日でも長持ちさせようと工面するのは、女性をデートに誘う時の心構えによく似ている。
結社に来て結構経つが、ここは女性が皆可愛い。初めて会ったのは総務部のフィオナ・フラナガンか。彼女からは「私、機械っぽい人しか興味ないんで」と呆気なくフられてしまったが、まだまだ彼は彼女に興味津々である。と言うか、今でも会えば夜はどうかとお誘いしている。今のところ全敗だが。
機械班のアン・ファ・シンも可愛い。名前から親近感が湧き、とは言え一応ギルバートが彼女を好いている様なのでかなり控えめにデートに誘っている今日この頃。まあ相手にされないが。
医療班の女の子は良い。アペルピシアは隙が無い美しさが魅力だし何より恋人であるスレイマンと話す時にだけ見せる柔らかい表情が堪らない。そしてミア・フローレスとヴォイド・ホロウの二人は甲乙つけ難い。初心で少し幼さの残るミアが緊張しながら処置をしてくれるところなんて一度見たら忘れられない。ヴォイドは処置してくれてる彼女の真剣そのものな顔に豊満な胸元がお得感を倍増させる。まあ、二人とも強力なセキュリティシステムの如く目を光らせている男が居るのでナンパしようものなら命が幾つあっても足りないと言わんばかりだが。
人事部のサリアヌ・ナシェリもギャリーがよく声を掛ける女性であった。何故か彼女にもヴォイドと同じ男がセキュリティシステムを発揮しており声掛けは容易で無い。
人事部と言えば、あの可愛いお嬢さん三人は何故あの七三が良いのだろう？やっぱり時代はスーツなのか？
清掃部のザラおばさんですら彼から言わせれば「好みのタイプ」である、そんなギャリーが目で追った先にいるのは前線駆除班。今日は出動要請があった様だ。また汚染された機械人形が現れたのかと思うと少し胸が痛む。懐から煙管を取り出し刻みタバコを丸めて詰めると火を付け、煙を味わいながら仕事帰りの彼らを目で追う。
…正確には目で追っているのはヘレナ、ユリィ、ヘラの三人だが。ギャリーは性別が女性であれば機械人形の身体のラインすら逃さず凝視するくらいには貪欲であった。
さて、前線駆除班第四小隊と言えば小隊長の人柄が良い事で有名な隊だが、下につくメンバーもいつもながら陽の気が満ちた様な人達ばかりだ。面白いくらいユウヤミ・リーシェル率いる第六小隊と毛色が違う。
第六はモノトーンを中心に暗い冷たそうな色が注がれているイメージだが、第四は暖かい色合いなイメージだろうか。どちらも経費泥棒に見えなくも無いし機械人形の事もあるのでギャリーとしては出動が無い日が続いてくれるとありがたいのだが。
前線駆除班と言えば──
「こら、子供も利用する中庭で煙なんか蒸すんじゃないわよ。喫煙所行きなさいな」
「エレオノーラちゃん」
「…その呼び方はやめろって前言ったわよね？赤茶色の」
見えているのかいないのか、焦点の少し合わない目を向けながら言葉を掛けてくるバーティゴ。彼女は第三小隊の小隊長である。そう言えば、あの機械人形の子が居た時から第三小隊は緑っぽいイメージあったな、とバーティゴの愛用している迷彩柄のパンツを見ながらそう思う。似た様な感性の人が集まるのか、前線駆除班は隊ごとにそれぞれカラーがあって面白い。
「ほら、一旦煙草やめなさいな」
「んー…無いと口寂しいと言うか落ち着かないと言うか…」
「我慢しなさい大人なんだから」
「…俺我慢って大嫌いなんだよね。体に悪いじゃん？」
「煙草に限った話するならそっちのが体に悪いわよ」
それを元喫煙者らしい彼女が言うから面白い。ギャリーは少し考えて彼女の言う通りに火を消しまだ熱の残る煙管を懐にしまう。ふうと一つ溜息を吐くといつになくリラックスした顔を彼女に向けた。
「あれ？今日セリカちゃん居ないだ？」
「私達も仕事の帰りよ。義肢の修理があるから私だけ後始末もそこそこに戻らせてもらったの」
そう言うバーティゴの腕と足はいつになく大胆な壊れ方をしており、技術職でも無いのに長年機械人形を見て来たギャリーは思わず顔をしかめる。どんな暴れ方したらこんな風に壊れるんだ。
「へぇまたえらい派手に壊したじゃね？」
「今に始まった事じゃないわ」
「初めて見た時俺おどけちまってよ。手足潰して帰って来たのかって…すぐ義肢って分かったから良かったけどね…まぁず、おどけたおどけた」
「初めて任務後に経理部の部屋直行した時でしょ？あんただけだったわね、あんなびっくりしてたの」
「女の子があんな姿で来りゃおどけるってこと」
「…良いの？訛り、出てるわよ」
兎頭国からわずか二年前にカンテ国に移った彼は、何処の言葉か口を開けば珍しい訛り方をしていた。本人はそれを気にしているらしく口を押さえるとすっと目線を逸らす。女の子扱いされて不機嫌になったバーティゴは、当て付けと言わんばかりにそこを突いてやると少し勝ち誇った様な笑みを浮かべた。
「ふふ…本当照れるとこ不思議よね」
「…もうエレオノーラちゃんなら良いかなー？訛り全開にしても…」
「あら、気付いて狼狽える顔見るのが良いのに」
「え？エレオノーラちゃん虐めて喜ぶ方？セリカちゃんの話聞いてるといじられて喜ぶ方かと思ってた。この間もセリカちゃんオススメのきのこ料理食べさせられたんだって？」
「ふん」
「……あ、そんな話の流れついでにどうだろう？今夜ご予定は…？」
「…どんな流れ？デートのお誘いならお断りよこのお馬鹿さん」
「いやぁ、きのこと言えば──」
「尚更お断りよこの色ボケ」
そんなやり取りを繰り広げていると、背後から鈴を転がすような声色で「あらぁ？お姉様まだこんなところにいらっしゃったの？」と微笑みながらセリカが現れた。
「ちょうど良いところに。私行くわ。セリカ、そのナンパ男の事頼むわね」
「え？エレオノーラちゃんもう行くだ？」
「私は義肢の修理を頼まなきゃいけないの。じゃあね」
ガシャガシャと音を立ててバーティゴはその場を離れる。何が何だか分からないが面倒事を押し付けられた事には気付いたセリカの横でギャリーはやれやれと肩を竦めた。
「…もしかして…お取り込み中でしたかぁ？」
「そう、とっても大事なね」
「あらぁ…私お邪魔しちゃったでしょうか？」
「んー…そうとも言い切れないけど…何？そうだって言ったらセリカちゃん埋め合わせしてくれるの？」
「ふふ…嫌ですぅ」
「ツレないねぇ…」
言いながらギャリーはセリカの肩を抱く。セリカはにこにこ笑いながらその手をパシパシと叩いた。
「ねぇセリカちゃん、うつかって良い？」
「うつかる…？」
「ああ、もたれかかって良い？ってこと」
「どうしてですか…？」
「…ひとっきり寝て起きようかと」
「一人で寝てくださーい」
「じゃあせめて傍に居てよ」
言いながらギャリーはごろりと横になる。セリカはそれを呆れた目で見つめた。陽は当たっているとは言えこの寒空の下こんな屋外で横になるなんて何を考えているやら。見兼ねたセリカが羽織っていたコートをギャリーに掛けると、彼は待ってましたとばかりににこりと笑った。
「わりぃね」
「いいえ」
「いやー…良い匂いするなぁー…」
「良いですけどガッツリ寝て風邪ひいても知りませんよぉ…？」
「んー…その時は看病よろしく」
「自業自得な方の看病は遠慮したいですぅ…」
「まあまあ、そう言わず…」
セリカの手にそっと自分の手を重ねるとそうこう言う内にギャリーはすうすうと寝息を立て始める。あら、本当に寝てしまったわとセリカは彼の顔を見つめた。完全にリラックスしたギャリーの顔。良く寝れるものだ、こんなところで。
しかし、安息の昼寝時間はそう長くは続かない。
「セリカ」
「はい？」
セリカを呼び止めたのはおそらくギャリーが今一番会いたくないであろう人物、ギルバートだった。セリカは彼の登場でこの昼寝時間がじきに終わる事を悟った。
「こっちにギャリーの馬鹿者が来て……ああ、来ているな」
「ええ、しかも眠り始めてしまったものですから」
「…全く…白昼堂々仕事はサボるし、やっと見付けたと思ったら婦女子の手を握って呑気に昼寝とは何を考えているんだこの男……！？」
「お疲れなのでしょうかねぇ？」
「昨日も一昨日も僕に仕事を押し付けてサボったぞ。疲れているとしたら自己管理が足りな過ぎるな。セリカ、耳を塞いでいてくれ」
ギルバートは携帯端末を取り出すと防犯用に付いているブザーをこれでもかと音量を上げギャリーの耳元で鳴らしたのでギャリーは瞬時に覚醒し何事かと飛び起きた。
「しゃらうるせえ！何の音だぁ！？」
「僕のブザーだよ。起きろサボり魔！」
「あれ？ギルバート、おはよ」
「朝の点呼はしたろうが！全く君はいつもいつも僕に仕事を押し付けて抜け出して！！」
「ちょっと疲れちゃってさ」
「疲れちゃってでサボりがまかり通るなら軍警は要らん！！」
セリカはそんな二人を見てくすりと笑うとギャリーの体からコートを剥ぎ取る。
「ファンさん、私のコート返してくださいな」
「いやん」
「気色の悪い声を出すな！」
「ちゃんとベネットさんの言う事聞いてお仕事なさってくださいね…では私はこれで…」
しゃなりしゃなりと歩いて去って行くセリカの後ろ姿をじっと見つめるギャリー。ふと隣にいるのがギルバートだと気付いた瞬間、彼は盛大な溜め息を吐いた。
「…ギャリー。君、僕に喧嘩売ってるだろう…？」
「いや、ひとっきり寝て起きたら逆に疲れたもんでせ」
「よし、君がやるべき仕事が大量にあるから早く帰るぞ」
疲れたと主張するギャリーの首根っこを掴んだギルバートが戻ると、書類と睨めっこしていたアルヴィがふわりと笑いながら出迎えてくれた。ギャリーはそんなアルヴィの微笑みを見ると、途端に元気を出した様に爛々と輝く瞳で彼の傍に近付く。
「アルヴィ、ウルちゃん元気？」
「あ、うん。元気だけど…」
「そっか。これ、あげるからウルちゃんと一緒に食べましょ」
アルヴィの手にそっと乗せられたのは、桃の形に包まれた可愛らしい饅頭の入った袋だった。
「知ってる？桃包って言うんだけどさ」
「兎頭国の？」
「そ。たまには故郷の味が恋しくなってね」
数時間後。またもサボり目的で抜け出し、医療班に向かったギャリーはミアやヴォイドのナンパがてらアキヒロにも桃包を配って歩いた。ギャリーはとにかく楽で楽しめる方が好きだ。だから今日もサボる事に精を出す。そして隙あらば女の子に声を掛ける事だって忘れない。
この日のギャリーの実働、およそ四時間程。
ギルバートは火山が噴火した様に激怒した様だ。
アルヴィは部屋を見渡しておかしな事に気が付いた。一生懸命黙々と作業をするギルバート…はまあ良いが、もう一人居なければいけない人間が居ない。そしてその人間は、別に今日休日と言うわけでも無かった筈だ。朝見たし。
「あの…ベネットさん…」
「ん？何だ…？」
「えっと…ファンさんは…？」
「ああ、彼は別の書類整理を──…」
言い掛けてギルバートの言葉が止まる。彼曰く「別の書類整理」を申し付けられた筈のギャリーは部屋から忽然と姿を消していた。
「あ、あの男っ！！またサボったなぁぁぁぁあ！？」
むしろ何故ギルバートはここまで気付かないのだろう？とアルヴィは思った。
主力として頭数に入れられる程の能力はあるのに、ギャリー本人にはサボり癖があった。むしろサボる事に情熱を注いでると言っても過言では無い最近の彼。いつだってギルバートに仕事を押し付け煙の様に消えてしまう。
ギャリーは経理部がそんな悲鳴を上げているなどつゆ知らず、一人てくてくと中庭を歩いていた。
「…花が綺麗だこと…」
暖かい日の光。撫でる様にそよぐ風。揺れる草木。すぐに手折れそうな程細いのに、意外と強く生命力に溢れている花。
花は好きだ。すぐ枯れてしまうから大事に大事に一日でも長持ちさせようと工面するのは、女性をデートに誘う時の心構えによく似ている。
結社に来て結構経つが、ここは女性が皆可愛い。初めて会ったのは総務部のフィオナ・フラナガンか。彼女からは「私、機械っぽい人しか興味ないんで」と呆気なくフられてしまったが、まだまだ彼は彼女に興味津々である。と言うか、今でも会えば夜はどうかとお誘いしている。今のところ全敗だが。
機械班のアン・ファ・シンも可愛い。名前から親近感が湧き、とは言え一応ギルバートが彼女を好いている様なのでかなり控えめにデートに誘っている今日この頃。まあ相手にされないが。
医療班の女の子は良い。アペルピシアは隙が無い美しさが魅力だし何より恋人であるスレイマンと話す時にだけ見せる柔らかい表情が堪らない。そしてミア・フローレスとヴォイド・ホロウの二人は甲乙つけ難い。初心で少し幼さの残るミアが緊張しながら処置をしてくれるところなんて一度見たら忘れられない。ヴォイドは処置してくれてる彼女の真剣そのものな顔に豊満な胸元がお得感を倍増させる。まあ、二人とも強力なセキュリティシステムの如く目を光らせている男が居るのでナンパしようものなら命が幾つあっても足りないと言わんばかりだが。
人事部のサリアヌ・ナシェリもギャリーがよく声を掛ける女性であった。何故か彼女にもヴォイドと同じ男がセキュリティシステムを発揮しており声掛けは容易で無い。
人事部と言えば、あの可愛いお嬢さん三人は何故あの七三が良いのだろう？やっぱり時代はスーツなのか？
清掃部のザラおばさんですら彼から言わせれば「好みのタイプ」である、そんなギャリーが目で追った先にいるのは前線駆除班。今日は出動要請があった様だ。また汚染された機械人形が現れたのかと思うと少し胸が痛む。懐から煙管を取り出し刻みタバコを丸めて詰めると火を付け、煙を味わいながら仕事帰りの彼らを目で追う。
…正確には目で追っているのはヘレナ、ユリィ、ヘラの三人だが。ギャリーは性別が女性であれば機械人形の身体のラインすら逃さず凝視するくらいには貪欲であった。
さて、前線駆除班第四小隊と言えば小隊長の人柄が良い事で有名な隊だが、下につくメンバーもいつもながら陽の気が満ちた様な人達ばかりだ。面白いくらいユウヤミ・リーシェル率いる第六小隊と毛色が違う。
第六はモノトーンを中心に暗い冷たそうな色が注がれているイメージだが、第四は暖かい色合いなイメージだろうか。どちらも経費泥棒に見えなくも無いし機械人形の事もあるのでギャリーとしては出動が無い日が続いてくれるとありがたいのだが。
前線駆除班と言えば──
「こら、子供も利用する中庭で煙なんか蒸すんじゃないわよ。喫煙所行きなさいな」
「エレオノーラちゃん」
「…その呼び方はやめろって前言ったわよね？赤茶色の」
見えているのかいないのか、焦点の少し合わない目を向けながら言葉を掛けてくるバーティゴ。彼女は第三小隊の小隊長である。そう言えば、あの機械人形の子が居た時から第三小隊は緑っぽいイメージあったな、とバーティゴの愛用している迷彩柄のパンツを見ながらそう思う。似た様な感性の人が集まるのか、前線駆除班は隊ごとにそれぞれカラーがあって面白い。
「ほら、一旦煙草やめなさいな」
「んー…無いと口寂しいと言うか落ち着かないと言うか…」
「我慢しなさい大人なんだから」
「…俺我慢って大嫌いなんだよね。体に悪いじゃん？」
「煙草に限った話するならそっちのが体に悪いわよ」
それを元喫煙者らしい彼女が言うから面白い。ギャリーは少し考えて彼女の言う通りに火を消しまだ熱の残る煙管を懐にしまう。ふうと一つ溜息を吐くといつになくリラックスした顔を彼女に向けた。
「あれ？今日セリカちゃん居ないだ？」
「私達も仕事の帰りよ。義肢の修理があるから私だけ後始末もそこそこに戻らせてもらったの」
そう言うバーティゴの腕と足はいつになく大胆な壊れ方をしており、技術職でも無いのに長年機械人形を見て来たギャリーは思わず顔をしかめる。どんな暴れ方したらこんな風に壊れるんだ。
「へぇまたえらい派手に壊したじゃね？」
「今に始まった事じゃないわ」
「初めて見た時俺おどけちまってよ。手足潰して帰って来たのかって…すぐ義肢って分かったから良かったけどね…まぁず、おどけたおどけた」
「初めて任務後に経理部の部屋直行した時でしょ？あんただけだったわね、あんなびっくりしてたの」
「女の子があんな姿で来りゃおどけるってこと」
「…良いの？訛り、出てるわよ」
兎頭国からわずか二年前にカンテ国に移った彼は、何処の言葉か口を開けば珍しい訛り方をしていた。本人はそれを気にしているらしく口を押さえるとすっと目線を逸らす。女の子扱いされて不機嫌になったバーティゴは、当て付けと言わんばかりにそこを突いてやると少し勝ち誇った様な笑みを浮かべた。
「ふふ…本当照れるとこ不思議よね」
「…もうエレオノーラちゃんなら良いかなー？訛り全開にしても…」
「あら、気付いて狼狽える顔見るのが良いのに」
「え？エレオノーラちゃん虐めて喜ぶ方？セリカちゃんの話聞いてるといじられて喜ぶ方かと思ってた。この間もセリカちゃんオススメのきのこ料理食べさせられたんだって？」
「ふん」
「……あ、そんな話の流れついでにどうだろう？今夜ご予定は…？」
「…どんな流れ？デートのお誘いならお断りよこのお馬鹿さん」
「いやぁ、きのこと言えば──」
「尚更お断りよこの色ボケ」
そんなやり取りを繰り広げていると、背後から鈴を転がすような声色で「あらぁ？お姉様まだこんなところにいらっしゃったの？」と微笑みながらセリカが現れた。
「ちょうど良いところに。私行くわ。セリカ、そのナンパ男の事頼むわね」
「え？エレオノーラちゃんもう行くだ？」
「私は義肢の修理を頼まなきゃいけないの。じゃあね」
ガシャガシャと音を立ててバーティゴはその場を離れる。何が何だか分からないが面倒事を押し付けられた事には気付いたセリカの横でギャリーはやれやれと肩を竦めた。
「…もしかして…お取り込み中でしたかぁ？」
「そう、とっても大事なね」
「あらぁ…私お邪魔しちゃったでしょうか？」
「んー…そうとも言い切れないけど…何？そうだって言ったらセリカちゃん埋め合わせしてくれるの？」
「ふふ…嫌ですぅ」
「ツレないねぇ…」
言いながらギャリーはセリカの肩を抱く。セリカはにこにこ笑いながらその手をパシパシと叩いた。
「ねぇセリカちゃん、うつかって良い？」
「うつかる…？」
「ああ、もたれかかって良い？ってこと」
「どうしてですか…？」
「…ひとっきり寝て起きようかと」
「一人で寝てくださーい」
「じゃあせめて傍に居てよ」
言いながらギャリーはごろりと横になる。セリカはそれを呆れた目で見つめた。陽は当たっているとは言えこの寒空の下こんな屋外で横になるなんて何を考えているやら。見兼ねたセリカが羽織っていたコートをギャリーに掛けると、彼は待ってましたとばかりににこりと笑った。
「わりぃね」
「いいえ」
「いやー…良い匂いするなぁー…」
「良いですけどガッツリ寝て風邪ひいても知りませんよぉ…？」
「んー…その時は看病よろしく」
「自業自得な方の看病は遠慮したいですぅ…」
「まあまあ、そう言わず…」
セリカの手にそっと自分の手を重ねるとそうこう言う内にギャリーはすうすうと寝息を立て始める。あら、本当に寝てしまったわとセリカは彼の顔を見つめた。完全にリラックスしたギャリーの顔。良く寝れるものだ、こんなところで。
しかし、安息の昼寝時間はそう長くは続かない。
「セリカ」
「はい？」
セリカを呼び止めたのはおそらくギャリーが今一番会いたくないであろう人物、ギルバートだった。セリカは彼の登場でこの昼寝時間がじきに終わる事を悟った。
「こっちにギャリーの馬鹿者が来て……ああ、来ているな」
「ええ、しかも眠り始めてしまったものですから」
「…全く…白昼堂々仕事はサボるし、やっと見付けたと思ったら婦女子の手を握って呑気に昼寝とは何を考えているんだこの男……！？」
「お疲れなのでしょうかねぇ？」
「昨日も一昨日も僕に仕事を押し付けてサボったぞ。疲れているとしたら自己管理が足りな過ぎるな。セリカ、耳を塞いでいてくれ」
ギルバートは携帯端末を取り出すと防犯用に付いているブザーをこれでもかと音量を上げギャリーの耳元で鳴らしたのでギャリーは瞬時に覚醒し何事かと飛び起きた。
「しゃらうるせえ！何の音だぁ！？」
「僕のブザーだよ。起きろサボり魔！」
「あれ？ギルバート、おはよ」
「朝の点呼はしたろうが！全く君はいつもいつも僕に仕事を押し付けて抜け出して！！」
「ちょっと疲れちゃってさ」
「疲れちゃってでサボりがまかり通るなら軍警は要らん！！」
セリカはそんな二人を見てくすりと笑うとギャリーの体からコートを剥ぎ取る。
「ファンさん、私のコート返してくださいな」
「いやん」
「気色の悪い声を出すな！」
「ちゃんとベネットさんの言う事聞いてお仕事なさってくださいね…では私はこれで…」
しゃなりしゃなりと歩いて去って行くセリカの後ろ姿をじっと見つめるギャリー。ふと隣にいるのがギルバートだと気付いた瞬間、彼は盛大な溜め息を吐いた。
「…ギャリー。君、僕に喧嘩売ってるだろう…？」
「いや、ひとっきり寝て起きたら逆に疲れたもんでせ」
「よし、君がやるべき仕事が大量にあるから早く帰るぞ」
疲れたと主張するギャリーの首根っこを掴んだギルバートが戻ると、書類と睨めっこしていたアルヴィがふわりと笑いながら出迎えてくれた。ギャリーはそんなアルヴィの微笑みを見ると、途端に元気を出した様に爛々と輝く瞳で彼の傍に近付く。
「アルヴィ、ウルちゃん元気？」
「あ、うん。元気だけど…」
「そっか。これ、あげるからウルちゃんと一緒に食べましょ」
アルヴィの手にそっと乗せられたのは、桃の形に包まれた可愛らしい饅頭の入った袋だった。
「知ってる？桃包って言うんだけどさ」
「兎頭国の？」
「そ。たまには故郷の味が恋しくなってね」
数時間後。またもサボり目的で抜け出し、医療班に向かったギャリーはミアやヴォイドのナンパがてらアキヒロにも桃包を配って歩いた。ギャリーはとにかく楽で楽しめる方が好きだ。だから今日もサボる事に精を出す。そして隙あらば女の子に声を掛ける事だって忘れない。
この日のギャリーの実働、およそ四時間程。
ギルバートは火山が噴火した様に激怒した様だ。
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