初夢は蒙霧の中に／べにざくろ
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g_a3b2c3o12 2021年01月03日(日) 23:41:48履歴
そこは白一色の世界だった。
雪ではなく霧で覆われた中をウルリッカは１人歩き続ける。
周囲は何も匂いがしない。風も吹かない。気温は暑くもなく寒くもないけれど、何だか空気がまとわりついてくるようで兄を彷彿とさせて気持ち悪い。地面を触っても土とも雪とも違う変な感触の白い床のようであり床ではないものが広がっているだけで此処が何処だか判別をつけることは出来なかった。
ふと、何らかの気配を感じてウルリッカは足を止めて眉を顰める。
真っ白な霧の奥に姿は見えないけれど何かがいる。
咄嗟的に銃を構えようとして、己が丸腰であることに気付く。
（ エルドちゃんもフュールちゃんもいないのに ）
名前まで付けて大事にしている愛銃はどちらも手元に無いという事実に気付いた時、心細さがウルリッカを襲った。
（ どうしよう ）
霧の奥にいる何かからは嫌な感じが漂ってきていて見てはいけないもののように感じられた。ウルリッカの狩猟で培われた危険察知力が頭の中で警鐘を鳴らす。
「 っ!? 」
息を飲む。
見てはいけないものの方の霧が、その姿をウルリッカに見せつけるように少しずつ晴れてきたからだ。白い白い霧の奥、ほんのりと人の形の輪郭が浮かび上がる。
（ だめ。これは見てはいけない ）
しかし足は何かに押さえつけられているかのように動かず、せめてもの抵抗に目を瞑ろうとしても瞼が動かない。ならば目線をずらすだけでも、と思っても眼球は正面を捉えたまま動かすことが出来ない。
（ 山神様……助けて…………―――動く! ）
信奉する神に祈ると身体が動いた。踵を返して逃げようとするウルリッカだが、もう遅かった。既に霧は晴れつつあって、何かの姿がウルリッカの目に映る。
見てはいけないものを見てしまったウルリッカの目が見開かれた。
そして開かれた唇が紡ぐのは絹を裂くような悲鳴―――ではなかった。
「 た、隊長……? 」
「 やぁ、マルムフェ君 」
霧の先に立っていたのは朗らかな笑みを浮かべるユウヤミで、ウルリッカは安堵する。安堵したものの、先程まで感じていた凄く嫌な感じは何だったのだろうかと疑問が浮かんだ。
（ ヨダカは? ）
ユウヤミの側にいつもいるはずの機械人形 の姿を探すが、どこにもいない。１人で立つユウヤミはいつも通りに見えるが、何かが違ってどこか怖く見えた。
「 隊長じゃない 」
「 どうして? どこから見てもマルムフェ君の知るユウヤミ・リーシェルじゃないか 」
「 でも違う 」
ウルリッカの言葉にユウヤミが嗤う。その愉しそうに嗤う目が、正確に言うならば白目の部分が真っ黒に染まっていくのを見てウルリッカは叫び出しそうだった。
「 私を疑うなんて、いけない子だねぇ…… 」
ユウヤミの言葉に、ふいにウルリッカは夕方の出来事を思い出す。
新年の挨拶をしてウルリッカが虚言を吐いた時、ユウヤミは同じ言葉を言っていなかっただろうか。あの時は兄のアルヴィが庇ってくれて、その後は兄の失礼な発言の方に苛立ってしまい忘れてしまっていたが、不意に見せたユウヤミの顔に自分は恐怖を感じたのではなかったのではないか。
その時抱いた恐怖心が形を持って、ここに現れていたとしたら？
（ これは夢なんだ ）
白い世界も黒目しか無くなった顔で嗤うユウヤミも、全部全部ウルリッカの見ている悪い夢だ。そう気付いた瞬間、ユウヤミの形をしていたものがドロリと溶け落ちて地面のような床のようなものに吸われて消えた。
何もなくなったユウヤミもどきが居た場所へウルリッカは不用意に近付く。
「 無い…… 」
そして、そこに痕跡が無いことを見て安心した次の瞬間だった。
「 眩し……!? 何……? 」
地面から眩いばかりの光が溢れ出しウルリッカは思わず目を瞑る。
やがて閃光弾かという程の光の奔流が消えたことを瞼の裏で感じ取ったウルリッカは恐る恐る目を開き、再び見てはいけないものを見てしまい目を見開く。
「 た、隊長……? 」
「 やぁ、マルムフェ君 」
立っていたのは朗らかな笑みを浮かべるユウヤミで、先程と同じ会話が繰り返される。しかし、ウルリッカは臨戦態勢をとるわけでもなく、むしろ惚けた顔で彼を見た。
「 隊長じゃない 」
「 どうして? どこから見てもマルムフェ君の知るユウヤミ・リーシェルじゃないか 」
たゆんっと擬音がつきそうな程立派な胸を張ってドレス姿のユウヤミが微笑む。何なんだ、あの羨ましすぎる大きさの胸は。ヴォイドの胸か。
そもそも本物のユウヤミ・リーシェルには大きくて立派な巨乳はないし、童話にでも出てきそうな『お姫様』らしいドレスも装飾品も着けていない。
（悪夢だ……）
さっきまでとは別方向の悪夢にウルリッカは頭を抱える。大体、夢だと気付いたのだからさっさと覚めるべきじゃないのか。
（ そうだ、ヨダカ!! ）
こういう時はヨダカに頼るに限る。ここが夢なら念じればヨダカを召喚できるのでないか、と考えたウルリッカは必死にヨダカを思った。
「主人 」
（ ヨダカ! え、ヨダカ……? ）
ヨダカの声に安堵して顔を上げて、再びウルリッカは驚愕する。
現れたヨダカは、経理部のギルバートみたいというか……もっと使用人のような……執事の格好でそこに立っていた。正直、凄く似合っている。
「 おや、ヨダカ。遅かったねぇ 」
執事のヨダカとお姫様のユウヤミと並ぶと、そこにはウルリッカの好きな貴族的な空間が広がっていてちょっとだけ胸がキュンとする。
しかし、ヨダカも普段の格好と違う格好で登場してきたのだから普段とは違う発言をするに決まっている。ウルリッカがそう思うと、やっぱりヨダカは普段と違った。
「 こちらはプリンセス・ユウヤミ。リーシェル国の末裔です 」
いつも通りの真面目なヨダカの顔で言われて一瞬、そうなのかなと信じかかるウルリッカだったがそんな訳はないと自分にツッコミを入れる。大体、リーシェル国って何だ。国民は自分とヘレナとエドゥか。
そんなことを思っていて、ふと気付く。
「 あれ? ヨダカ……? 」
いつの間にかプリンセス・ユウヤミの後ろに控えるヨダカが増えていた。量産型ヨダカだ。
「 私はヨキジです 」
「 ヨスズメです」
「 ヨニワトリです 」
「 ヨカワセミです」
量産型ヨダカたちは口々に名乗り出す。別に覚える気がないからいいものの随分と適当なネーミングすぎやしないだろうか。
（ ヨダカはやっぱり、ヨダカが1番好き ）
名乗りを聞き流しつつ、更にはプリンセス・ユウヤミから目を背けながらヨダカの格好良い執事姿を目に焼き付けておく。プリンセス何とかのことは朝になったら忘れていることを切に願った。というか夢から早く醒めろ。
「 残念だけど、そろそろお別れのようだねぇ 」
その祈りが通じたのかプリンセス・ユウヤミが残念さを微塵も感じさせない表情と声で言った。こういうところだけはユウヤミそっくりに再現されているのだから嫌になる。少しは寂しがってくれてもいいのに。
そうは思うが、今のウルリッカにとって悪夢から逃げ出せることの方が重要だ。
（ 悪夢が終わる……!! ）
前半と後半、どちらも異なる意味で悪夢を見させられたウルリッカとしてはさっさと目が醒めたくて仕方なかった。
「 それじゃ、現実の私によろしくね 」
「主人 をよろしくお願い致します 」
プリンセス・ユウヤミとヨダカと量産型が口々に言うから、仕方なく頷いておく。
その瞬間、身体が上空に何かに引き揚げられていき、夢の中のウルリッカの意識は遠のいて行った。
……目覚めたウルリッカが、これが初夢だったと気付いてショックを受けるのは、これから1分後のことであった。
雪ではなく霧で覆われた中をウルリッカは１人歩き続ける。
周囲は何も匂いがしない。風も吹かない。気温は暑くもなく寒くもないけれど、何だか空気がまとわりついてくるようで兄を彷彿とさせて気持ち悪い。地面を触っても土とも雪とも違う変な感触の白い床のようであり床ではないものが広がっているだけで此処が何処だか判別をつけることは出来なかった。
ふと、何らかの気配を感じてウルリッカは足を止めて眉を顰める。
真っ白な霧の奥に姿は見えないけれど何かがいる。
咄嗟的に銃を構えようとして、己が丸腰であることに気付く。
（ エルドちゃんもフュールちゃんもいないのに ）
名前まで付けて大事にしている愛銃はどちらも手元に無いという事実に気付いた時、心細さがウルリッカを襲った。
（ どうしよう ）
霧の奥にいる何かからは嫌な感じが漂ってきていて見てはいけないもののように感じられた。ウルリッカの狩猟で培われた危険察知力が頭の中で警鐘を鳴らす。
「 っ!? 」
息を飲む。
見てはいけないものの方の霧が、その姿をウルリッカに見せつけるように少しずつ晴れてきたからだ。白い白い霧の奥、ほんのりと人の形の輪郭が浮かび上がる。
（ だめ。これは見てはいけない ）
しかし足は何かに押さえつけられているかのように動かず、せめてもの抵抗に目を瞑ろうとしても瞼が動かない。ならば目線をずらすだけでも、と思っても眼球は正面を捉えたまま動かすことが出来ない。
（ 山神様……助けて…………―――動く! ）
信奉する神に祈ると身体が動いた。踵を返して逃げようとするウルリッカだが、もう遅かった。既に霧は晴れつつあって、何かの姿がウルリッカの目に映る。
見てはいけないものを見てしまったウルリッカの目が見開かれた。
そして開かれた唇が紡ぐのは絹を裂くような悲鳴―――ではなかった。
「 た、隊長……? 」
「 やぁ、マルムフェ君 」
霧の先に立っていたのは朗らかな笑みを浮かべるユウヤミで、ウルリッカは安堵する。安堵したものの、先程まで感じていた凄く嫌な感じは何だったのだろうかと疑問が浮かんだ。
（ ヨダカは? ）
ユウヤミの側にいつもいるはずの
「 隊長じゃない 」
「 どうして? どこから見てもマルムフェ君の知るユウヤミ・リーシェルじゃないか 」
「 でも違う 」
ウルリッカの言葉にユウヤミが嗤う。その愉しそうに嗤う目が、正確に言うならば白目の部分が真っ黒に染まっていくのを見てウルリッカは叫び出しそうだった。
「 私を疑うなんて、いけない子だねぇ…… 」
ユウヤミの言葉に、ふいにウルリッカは夕方の出来事を思い出す。
新年の挨拶をしてウルリッカが虚言を吐いた時、ユウヤミは同じ言葉を言っていなかっただろうか。あの時は兄のアルヴィが庇ってくれて、その後は兄の失礼な発言の方に苛立ってしまい忘れてしまっていたが、不意に見せたユウヤミの顔に自分は恐怖を感じたのではなかったのではないか。
その時抱いた恐怖心が形を持って、ここに現れていたとしたら？
（ これは夢なんだ ）
白い世界も黒目しか無くなった顔で嗤うユウヤミも、全部全部ウルリッカの見ている悪い夢だ。そう気付いた瞬間、ユウヤミの形をしていたものがドロリと溶け落ちて地面のような床のようなものに吸われて消えた。
何もなくなったユウヤミもどきが居た場所へウルリッカは不用意に近付く。
「 無い…… 」
そして、そこに痕跡が無いことを見て安心した次の瞬間だった。
「 眩し……!? 何……? 」
地面から眩いばかりの光が溢れ出しウルリッカは思わず目を瞑る。
やがて閃光弾かという程の光の奔流が消えたことを瞼の裏で感じ取ったウルリッカは恐る恐る目を開き、再び見てはいけないものを見てしまい目を見開く。
「 た、隊長……? 」
「 やぁ、マルムフェ君 」
立っていたのは朗らかな笑みを浮かべるユウヤミで、先程と同じ会話が繰り返される。しかし、ウルリッカは臨戦態勢をとるわけでもなく、むしろ惚けた顔で彼を見た。
「 隊長じゃない 」
「 どうして? どこから見てもマルムフェ君の知るユウヤミ・リーシェルじゃないか 」
たゆんっと擬音がつきそうな程立派な胸を張ってドレス姿のユウヤミが微笑む。何なんだ、あの羨ましすぎる大きさの胸は。ヴォイドの胸か。
そもそも本物のユウヤミ・リーシェルには大きくて立派な巨乳はないし、童話にでも出てきそうな『お姫様』らしいドレスも装飾品も着けていない。
（悪夢だ……）
さっきまでとは別方向の悪夢にウルリッカは頭を抱える。大体、夢だと気付いたのだからさっさと覚めるべきじゃないのか。
（ そうだ、ヨダカ!! ）
こういう時はヨダカに頼るに限る。ここが夢なら念じればヨダカを召喚できるのでないか、と考えたウルリッカは必死にヨダカを思った。
「
（ ヨダカ! え、ヨダカ……? ）
ヨダカの声に安堵して顔を上げて、再びウルリッカは驚愕する。
現れたヨダカは、経理部のギルバートみたいというか……もっと使用人のような……執事の格好でそこに立っていた。正直、凄く似合っている。
「 おや、ヨダカ。遅かったねぇ 」
執事のヨダカとお姫様のユウヤミと並ぶと、そこにはウルリッカの好きな貴族的な空間が広がっていてちょっとだけ胸がキュンとする。
しかし、ヨダカも普段の格好と違う格好で登場してきたのだから普段とは違う発言をするに決まっている。ウルリッカがそう思うと、やっぱりヨダカは普段と違った。
「 こちらはプリンセス・ユウヤミ。リーシェル国の末裔です 」
いつも通りの真面目なヨダカの顔で言われて一瞬、そうなのかなと信じかかるウルリッカだったがそんな訳はないと自分にツッコミを入れる。大体、リーシェル国って何だ。国民は自分とヘレナとエドゥか。
そんなことを思っていて、ふと気付く。
「 あれ? ヨダカ……? 」
いつの間にかプリンセス・ユウヤミの後ろに控えるヨダカが増えていた。量産型ヨダカだ。
「 私はヨキジです 」
「 ヨスズメです」
「 ヨニワトリです 」
「 ヨカワセミです」
量産型ヨダカたちは口々に名乗り出す。別に覚える気がないからいいものの随分と適当なネーミングすぎやしないだろうか。
（ ヨダカはやっぱり、ヨダカが1番好き ）
名乗りを聞き流しつつ、更にはプリンセス・ユウヤミから目を背けながらヨダカの格好良い執事姿を目に焼き付けておく。プリンセス何とかのことは朝になったら忘れていることを切に願った。というか夢から早く醒めろ。
「 残念だけど、そろそろお別れのようだねぇ 」
その祈りが通じたのかプリンセス・ユウヤミが残念さを微塵も感じさせない表情と声で言った。こういうところだけはユウヤミそっくりに再現されているのだから嫌になる。少しは寂しがってくれてもいいのに。
そうは思うが、今のウルリッカにとって悪夢から逃げ出せることの方が重要だ。
（ 悪夢が終わる……!! ）
前半と後半、どちらも異なる意味で悪夢を見させられたウルリッカとしてはさっさと目が醒めたくて仕方なかった。
「 それじゃ、現実の私によろしくね 」
「
プリンセス・ユウヤミとヨダカと量産型が口々に言うから、仕方なく頷いておく。
その瞬間、身体が上空に何かに引き揚げられていき、夢の中のウルリッカの意識は遠のいて行った。
……目覚めたウルリッカが、これが初夢だったと気付いてショックを受けるのは、これから1分後のことであった。
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