私はゼピュロスにはならない／燐花
最終更新：
rinka_creation 2021年08月08日(日) 21:06:21履歴
ないものねだりとソファ 
朝、むくりと起き上がったロードは隣で寝ている人間には目もくれずにベッドに散らばっている服を乱雑に着ると寒い中部屋を出て喫煙所に向かった。今日は休日なのだが、いつもの癖でついつい目が覚めてしまった。昨日はバーで飲んでそこに居合わせた女性と意気投合したのもあって部屋に連れ込んで…その後はあまり記憶にない。
ロードの部屋は喫煙所のすぐ近くで故に穴場だった。愛煙家が少なくなったのもあり、喫煙所に近いと言うだけで誰も入居に踏み切らなかった部屋に立候補したが、それだけでは無かった。
角部屋で日当たりは良い。でも少々奥まっていて人通りは少なく、そして喫煙所が目と鼻の先だからか匂いを気にして周りで部屋を借りている人間が少ない。声も音も然程気にする必要が無く、外から誰か を連れ込みやすい。
ロードは煙草に火を点ける。しかし今日は、味わうと言うよりは流れ作業の様に吸っているだけだった。
「はぁ……」
彼女に名前を呼ばれた時、加速した想い。諦めていた訳ではないが、どこか感じていた距離を詰めるのに先は長いと思っていた。だから焦らずゆっくり。そう思っていた筈なのに。愛の日に彼女に触れ、勢いとは言え抱き締めたのは相当な衝撃として体に刻まれたらしい。彼女の涙に触れて、名前を呼ばれた瞬間から思っていた以上の嬉しさが顔を出した様で、以来何をしていてもあまり満たされなくなってしまった。
渇きを潤す様に外で出会った女性と一夜を過ごすのも溢れる欲求を解消する為に店に足を伸ばすのも変わっていない。変わったものがあるとすれば、何をしても彼女の顔がチラつく事。
安心した様な顔で止めどなく涙を流す彼女を思い出す度体が熱くなるのはおそらく気のせいではない。最近女性を連れ込む回数が減ったのは、より彼女に近い女性に声を掛けようと吟味する事が増えたからだろう。居なきゃ居ないで、適当に店に行って処理するだけだ。吐き出しても吐き出しても満たされない欲求を抱えて生きるのはなかなか辛いものがある。かと言って彼女と想いを通わせるのはそれはそれで遠い道のりだ。
吐き出した煙は掴みきれない彼女の様にゆらゆらと揺れる。煙すらも彼女と重ねる程の恋しさを抱えながらロードは不意に窓から顔を出した。
「おや…？」
花壇だ。こんなところに。誰が植えたのかは分からないが、紫の綺麗な花が咲いていた。その花にどこか惹かれるところを感じたロードはふとその花が何なのか知りたくなった。
「あ、そうだ…ミアさん…」
明日は勤務日だから会えたら聞いてみよう。彼女は花に詳しかった筈だから。そう思いながら煙草の火を消し、部屋に戻る。玄関を開けると点けた覚えのない灯りが灯っており、先程置いてきた彼女が目を覚ましたのだと理解した。
「(ああ…起きたんですね)」
寝起きだしそう言う 気分でもある。ポケットに手を入れゴムの在庫を確認すると部屋に進んだロードはその光景に目を見開いた。
「あ！もーどこ行ってたのー？」
割と地雷率が高いので普段は避けているロリータ服の女性。珍しく声を掛けた彼女はそのタイプだった。今度こそヴォイドと関連付けない女性を…と思ったのだが、暗がりで服を脱がせた時に見た下着がまるでヴォイドが着ていそうなもので瞬時に頭が彼女との妄想に置き換わったのを思い出す。昨夜ベッドに散らした服を回収しいそいそと着込んでいる姿が目に入るが、問題は服の置き場だった。部屋の真ん中に置いてあるソファの背もたれにフリルの多いワンピースを掛けているこれまたフリルの多い下着姿の彼女。ロードは見開いた目のままずかずかと音を立て彼女に近付くとがしっとその腕を掴んだ。
「ロード君…？」
ちらちらとベッドに目配せする彼女だが、ロードの目的は最早それでは無くなっていた。
「そのソファに座りましたか？」
求めていた言葉と違い、今度は彼女の方が目を丸くする。彼女は掴まれた腕を見るとロードの必死な様子に若干引きながら口を開いた。
「す、座ってないけど…」
「本当に…？本当ですか…？」
「本当だよ…何？そのソファ座っちゃダメなの？」
普通のソファじゃん。とロードの手を振り払いソファに手を掛ける。だが、ロードも意地でもソファに座らせない様にその手をまた掴み直した。
「このソファには…座ってもらいたい人が居るんです。なので触らない様お願いしたいところですねぇ」
「…そう…」
ぱっと手を振り払いソファの前の方に回る。そのまま座ろうとするのだが見抜かれていたのか、素早い動きのロードにいとも容易く制止されてしまった。
「…いけませんねぇ……家主である私が『駄目だ』と言ったのですよ…？」
「あ…」
「これ以上狼藉を働くなら此方にも考えがあります…」
ロードは震える女性の頬を安心させる様に指ですっと撫でると素早い動きで服を着せた。あっと言う間に綺麗にセッティングされて行くその様子に思わず呆けていると、数分後には外に出ても問題ないくらいに着飾ったいつもの自分が彼のベッドに座っていた。
「ロード君…？」
「全く…後三回以上は出来る体力残ってたんですけどねぇ…」
荷物をぱぱぱっと用意されてあれよあれよと言う間に玄関まで向かった。まさか、このまま帰す気では無かろうか。彼女の嫌な予感は見事的中。ロードは「残念です」と口にしながらドアを開けた。
「あのソファは愛した女性しか座らせないつもりでしてねぇ…嫌だと言うのにそこに手を出すならば部屋には置いておけません」
「や、嫌だ！ロード君！！」
「そもそも私と貴女は深い仲になる予定は無いでしょう？遊びだって貴女も納得してここに来た筈です」
「でも私…！本当にロード君の事…！！」
潤んだ瞳で見つめて来る彼女。ロードは溜息を一つ吐くとやれやれと言うように口を開いた。
「…何でもかんでも人のものを欲しがるのはおやめなさい。落とす事を目的とした男遊びもです」
「え…？」
「たった一晩だけの関係ならそう言う性格でも気になりませんけどね。いざ付き合うとなると人が持ってるもの何でも欲しがられて行動されたら相手の男だってたまったものじゃないですよ」
「何で…」
「おや？だから先程意地でもソファーに座ろうとしていたのでしょう？私が座って欲しくない理由を挙げたにも関わらずしつこかったんですから」
ロードがバッサリとそう言い放つと、女性は怒りにわなわなと身を奮わせる。そしてキッとキツイ目を彼に向けた。その目にはたっぷりと涙が溜まっている。
「何で分かったの！？」
ロードの言う通り、女は所謂隣の芝生が青く見えるタイプだった。
「勘です」
ロードはロードでそう言い切った。
「遊ぶだけ遊んで捨てるとか最低！！」
わざと聞こえる様な大声を上げ、バンっと音を立てて乱雑に玄関の扉を蹴り開ける。ロードは「この周辺入居者居ないんで聞こえないんですけどね」と呟いたが、もうその声は女性の耳には届かなかった。
「はぁ…」
一悶着過ぎてふらふらと部屋まで移動しそのままベッドにダイブする。まだ先程までいた彼女の化粧と香水の匂いがそこに残っており、ロードはくんと鼻を動かしながら色々と考えた。
うん、確かに良い香りだがやはり自分は彼女から漂う香りが一番好きなんだ。
「ヴォイド…」
言葉は口に出すと自分の中でより意味が強くなる。名前を口にすればしただけ募るのは恋心だった。ゴソゴソと財布の中を漁ると写真を二枚ほど取り出す。ずっと大事に取っていた、初めて会った時の十代半ばのヴォイドと、結社の履歴書に貼り付けられた彼女の写真。こっそり隠す様に撮って以来手元にあったそれをロードは愛おしむ様に眺めた。
「…一発抜いたらもう一眠りしますか」
彼女の写真を大事に眺めてついつい口から出た欲求。その後ロードは昼まで寝た。
「最悪…！ロード君酷い…！」
部屋から追い出された女性はぷるぷると握った拳を奮わせる。今まで自分が「好きだ」と言って落ちない男はいなかったのに。ムカつく。好きな女の存在最後までちらつかせて全く靡かないとか本当面白くない。
女性の中でも遊びのつもりだった。これは、好きな人にいつまでも心を囚われている男を落とす遊び。なのに、せっかく体まで使ったのにちっとも靡かない。おまけにソファが逆鱗だなんて聞いてない。
携帯端末を取り出すとボタンを押す。男で負った傷は男で癒すに限る。精一杯の可愛い声を作ると適当な男に電話を掛けた。そして何食わぬ顔で彼の元へ向かう。もう彼女の頭にロードの思い出は微塵もなかった。
ロードの部屋は喫煙所のすぐ近くで故に穴場だった。愛煙家が少なくなったのもあり、喫煙所に近いと言うだけで誰も入居に踏み切らなかった部屋に立候補したが、それだけでは無かった。
角部屋で日当たりは良い。でも少々奥まっていて人通りは少なく、そして喫煙所が目と鼻の先だからか匂いを気にして周りで部屋を借りている人間が少ない。声も音も然程気にする必要が無く、
ロードは煙草に火を点ける。しかし今日は、味わうと言うよりは流れ作業の様に吸っているだけだった。
「はぁ……」
彼女に名前を呼ばれた時、加速した想い。諦めていた訳ではないが、どこか感じていた距離を詰めるのに先は長いと思っていた。だから焦らずゆっくり。そう思っていた筈なのに。愛の日に彼女に触れ、勢いとは言え抱き締めたのは相当な衝撃として体に刻まれたらしい。彼女の涙に触れて、名前を呼ばれた瞬間から思っていた以上の嬉しさが顔を出した様で、以来何をしていてもあまり満たされなくなってしまった。
渇きを潤す様に外で出会った女性と一夜を過ごすのも溢れる欲求を解消する為に店に足を伸ばすのも変わっていない。変わったものがあるとすれば、何をしても彼女の顔がチラつく事。
安心した様な顔で止めどなく涙を流す彼女を思い出す度体が熱くなるのはおそらく気のせいではない。最近女性を連れ込む回数が減ったのは、より彼女に近い女性に声を掛けようと吟味する事が増えたからだろう。居なきゃ居ないで、適当に店に行って処理するだけだ。吐き出しても吐き出しても満たされない欲求を抱えて生きるのはなかなか辛いものがある。かと言って彼女と想いを通わせるのはそれはそれで遠い道のりだ。
吐き出した煙は掴みきれない彼女の様にゆらゆらと揺れる。煙すらも彼女と重ねる程の恋しさを抱えながらロードは不意に窓から顔を出した。
「おや…？」
花壇だ。こんなところに。誰が植えたのかは分からないが、紫の綺麗な花が咲いていた。その花にどこか惹かれるところを感じたロードはふとその花が何なのか知りたくなった。
「あ、そうだ…ミアさん…」
明日は勤務日だから会えたら聞いてみよう。彼女は花に詳しかった筈だから。そう思いながら煙草の火を消し、部屋に戻る。玄関を開けると点けた覚えのない灯りが灯っており、先程置いてきた彼女が目を覚ましたのだと理解した。
「(ああ…起きたんですね)」
寝起きだし
「あ！もーどこ行ってたのー？」
割と地雷率が高いので普段は避けているロリータ服の女性。珍しく声を掛けた彼女はそのタイプだった。今度こそヴォイドと関連付けない女性を…と思ったのだが、暗がりで服を脱がせた時に見た下着がまるでヴォイドが着ていそうなもので瞬時に頭が彼女との妄想に置き換わったのを思い出す。昨夜ベッドに散らした服を回収しいそいそと着込んでいる姿が目に入るが、問題は服の置き場だった。部屋の真ん中に置いてあるソファの背もたれにフリルの多いワンピースを掛けているこれまたフリルの多い下着姿の彼女。ロードは見開いた目のままずかずかと音を立て彼女に近付くとがしっとその腕を掴んだ。
「ロード君…？」
ちらちらとベッドに目配せする彼女だが、ロードの目的は最早それでは無くなっていた。
「そのソファに座りましたか？」
求めていた言葉と違い、今度は彼女の方が目を丸くする。彼女は掴まれた腕を見るとロードの必死な様子に若干引きながら口を開いた。
「す、座ってないけど…」
「本当に…？本当ですか…？」
「本当だよ…何？そのソファ座っちゃダメなの？」
普通のソファじゃん。とロードの手を振り払いソファに手を掛ける。だが、ロードも意地でもソファに座らせない様にその手をまた掴み直した。
「このソファには…座ってもらいたい人が居るんです。なので触らない様お願いしたいところですねぇ」
「…そう…」
ぱっと手を振り払いソファの前の方に回る。そのまま座ろうとするのだが見抜かれていたのか、素早い動きのロードにいとも容易く制止されてしまった。
「…いけませんねぇ……家主である私が『駄目だ』と言ったのですよ…？」
「あ…」
「これ以上狼藉を働くなら此方にも考えがあります…」
ロードは震える女性の頬を安心させる様に指ですっと撫でると素早い動きで服を着せた。あっと言う間に綺麗にセッティングされて行くその様子に思わず呆けていると、数分後には外に出ても問題ないくらいに着飾ったいつもの自分が彼のベッドに座っていた。
「ロード君…？」
「全く…後三回以上は出来る体力残ってたんですけどねぇ…」
荷物をぱぱぱっと用意されてあれよあれよと言う間に玄関まで向かった。まさか、このまま帰す気では無かろうか。彼女の嫌な予感は見事的中。ロードは「残念です」と口にしながらドアを開けた。
「あのソファは愛した女性しか座らせないつもりでしてねぇ…嫌だと言うのにそこに手を出すならば部屋には置いておけません」
「や、嫌だ！ロード君！！」
「そもそも私と貴女は深い仲になる予定は無いでしょう？遊びだって貴女も納得してここに来た筈です」
「でも私…！本当にロード君の事…！！」
潤んだ瞳で見つめて来る彼女。ロードは溜息を一つ吐くとやれやれと言うように口を開いた。
「…何でもかんでも人のものを欲しがるのはおやめなさい。落とす事を目的とした男遊びもです」
「え…？」
「たった一晩だけの関係ならそう言う性格でも気になりませんけどね。いざ付き合うとなると人が持ってるもの何でも欲しがられて行動されたら相手の男だってたまったものじゃないですよ」
「何で…」
「おや？だから先程意地でもソファーに座ろうとしていたのでしょう？私が座って欲しくない理由を挙げたにも関わらずしつこかったんですから」
ロードがバッサリとそう言い放つと、女性は怒りにわなわなと身を奮わせる。そしてキッとキツイ目を彼に向けた。その目にはたっぷりと涙が溜まっている。
「何で分かったの！？」
ロードの言う通り、女は所謂隣の芝生が青く見えるタイプだった。
「勘です」
ロードはロードでそう言い切った。
「遊ぶだけ遊んで捨てるとか最低！！」
わざと聞こえる様な大声を上げ、バンっと音を立てて乱雑に玄関の扉を蹴り開ける。ロードは「この周辺入居者居ないんで聞こえないんですけどね」と呟いたが、もうその声は女性の耳には届かなかった。
「はぁ…」
一悶着過ぎてふらふらと部屋まで移動しそのままベッドにダイブする。まだ先程までいた彼女の化粧と香水の匂いがそこに残っており、ロードはくんと鼻を動かしながら色々と考えた。
うん、確かに良い香りだがやはり自分は彼女から漂う香りが一番好きなんだ。
「ヴォイド…」
言葉は口に出すと自分の中でより意味が強くなる。名前を口にすればしただけ募るのは恋心だった。ゴソゴソと財布の中を漁ると写真を二枚ほど取り出す。ずっと大事に取っていた、初めて会った時の十代半ばのヴォイドと、結社の履歴書に貼り付けられた彼女の写真。こっそり隠す様に撮って以来手元にあったそれをロードは愛おしむ様に眺めた。
「…一発抜いたらもう一眠りしますか」
彼女の写真を大事に眺めてついつい口から出た欲求。その後ロードは昼まで寝た。
「最悪…！ロード君酷い…！」
部屋から追い出された女性はぷるぷると握った拳を奮わせる。今まで自分が「好きだ」と言って落ちない男はいなかったのに。ムカつく。好きな女の存在最後までちらつかせて全く靡かないとか本当面白くない。
女性の中でも遊びのつもりだった。これは、好きな人にいつまでも心を囚われている男を落とす遊び。なのに、せっかく体まで使ったのにちっとも靡かない。おまけにソファが逆鱗だなんて聞いてない。
携帯端末を取り出すとボタンを押す。男で負った傷は男で癒すに限る。精一杯の可愛い声を作ると適当な男に電話を掛けた。そして何食わぬ顔で彼の元へ向かう。もう彼女の頭にロードの思い出は微塵もなかった。
思い出のソファ
「おはようございます。セラピア先生はいらっしゃいますか？」
「はい？」
「新規勧誘課です。先日の面接者で医療 班への配属を希望していた方がいらっしゃったので先生から是非ご意見を賜りたいと思いまして」
医療 班に向かったロードはアペルピシアを呼び止めそこで仕事の話をした。と言っても腰を落ち着かせてしなければいけない程のものでもないし次にアペルピシアから言われる言葉も分かっていたからだ。
「後で目を通しておきます。メールでの連絡で良いかしら？」
「よろしくお願いします。すみません、医療 班に関しては一度先生に目を通して頂いた方が確実なもので」
簡素なやりとりを終えて出入り口に向かうとビスケット色のふわふわした髪が目に入る。後で探そうと思って居たのだが探す手間が省けてくれたのでロードは少し嬉しそうに彼女の元へ近づいた。
「こんにちは、ミアさん」
「あ、こんにちはロードさん！お仕事ですか？」
「ええ、入社希望者の中に医療班を望んでいらっしゃる方がいたので」
医療班希望と聞き、「どんな人かなー？」と思いを巡らせるミアに微笑ましい笑みを向けつつロードは本題に入る。自室から見えるところに紫色の花があった事、そしてそれが何の花か気になる事、それをミアに見てもらいたいと言う事を彼女に話した。
「紫色のお花ですか？」
「ええ。私の部屋の窓から見えるところに花壇がある事も驚きだったんですが…どうしてかその花が気になってしまいまして。花自体は小さめで…それがいっぱい集まって一つの形になる様に生えてました」
「紫陽花みたく花が集まってるイメージですか？」
「そんな感じです」
「んー…」
頭の中で記憶している花を一生懸命に索引するミア。彼女はしばらく云々唸っていたが、ハッと何かに閃いた顔をするとロードの方を向いた。
「ロードさん！お部屋行って良いですか！？」
「え？私の部屋ですか？」
「はい！直接そのお花見たいです！私も気になってきました！」
「んー…良いですが…」
ロードはちらちらと周りを気にするとそっとミアに耳打ちする。
「ファウストさんにはどうぞ内密に…」
「え？ネビロスさん？」
「はい、たった一瞬でもミアさんが私の部屋に入るなどと彼が知ったら倒れてしまいそうですから」
何故発見した時に携帯端末で写真を撮っておかなかったのか、少し失敗したなと思いつつネビロスを気にして内密に事を進めようとするロード。彼は間違ってもミアに手を出す気はさらさら無い。しかし、それを疑い過去にミアに「二度と近付いちゃ駄目」と忠告した本人がこの時二人の事をこっそり見ていた。
* * *
玄関の前で鍵を出すロード。しかし、妙に緊張してしまい上手く鍵が穴に挿さらない。そんなロードを横で見ていたその人物は、じっとりした目を不思議そうに彼に向けた。
「開けないの？」
「あ、開けますけど…」
ロードはちらりと目線を向けてみる。誘ったのはミアだった筈なのに何故ここにヴォイドが居るのか。来てくれても一向に構わないのだが果たしてちゃんと在庫 はあっただろうか？と高速で思考を巡らせた。
「何故ミアさんではなくヴォイドが…？」
「ミアも後から来るよ。ただ…ミアと二人きりにさせるの、危険な気がして。だから私も来た」
「私はミアさんみたいな幼気な女性すらどうこうする様な鬼畜にでも見えるんですかね…？」
「見えるも何も。実際にミアよりもっと年下の女に手を出した前科がお前にある」
勿論それはヴォイドの事だ。その認識は間違っていないのだが、ミアに対してやたら過保護な事も含め、ヴォイドが認識している色々な事とロードの主張とは相違があった。それに気付いていたロードはどこかで誤解を解かなければと常々思っていた。何度か試みていたのだが、いかんせん自分の日頃の行いか或いは彼女がそうであって欲しい と思っているのか。真実を口にしても「嘘ではないか？」と裏が無いかを確認される。誠実に答えているつもりなのだが、自分の言葉に含みが無いかいつも疑われる。しかしそれも仕方がない事なのかもとロードは思っていた。
彼女の立場から考えてみたら、言葉巧みに連れてこられて弄ばれ二年も時間を浪費したと最悪な形で記憶を捏造していてもおかしくない。これは自分が悪いのだが、一緒に暮らしていた時に一度も彼女に愛を囁いた事が無かった。きちんと好きだと伝えられておらず、そして自分が物理的にも立場的にも会いに行けなくなった事で彼女との生活は終わりを迎えた。
彼女の心の準備なんて考えない、突然過ぎる終わりと始まり。あんなに泣いていた姿を見てしまえば、少なくとも生活の終わりがショックだったであろう事は分かる。立ち直る為に、安らいだ記憶すら最悪な思い出だと思い込む事で恨みつらみをバネにする事も想像出来る。
それでも、今の自分の想いをそろそろ裏のない本心として受け入れて欲しかった。
だからもしかしたら、今このタイミングで二人きりの状況と言うのはチャンスかもしれない。
「そう言えば私の部屋に来るのは初めてですね」
「そうだっけ」
「そうですよ。お誘いしても首を縦に振ってくれないんですから」
「危ないと思ってるのに安易に部屋には行かない。本当は…ミアも行かせたくない」
誤解を解かなければ。彼女の中で自分は女性なら誰でも良いと思われている。彼女でなければあり得なかったあの思い出さえ、彼女は彼女以外も有り得た思い出だと思っている。十年以上も貴女への恋に縛られ動けなくなっていると言うのに、誰だって構わないと勘違いしているなんて。
玄関のドアを開け、部屋へと入る。少し用心しながらヴォイドも付いてきた。部屋はそれなりに綺麗にしているが、それでも彼女をここに入れるのには少し勇気が要る。何故ならこの部屋は、自分の『愛』そのものだからだ。
「あれ…ここ、見た事…」
言い掛けて言葉を詰まらせたヴォイド。彼女の目線は部屋の真ん中にあるソファに集中していた。
「このソファ……」
「ええ。あの部屋と同じものです」
「じゃあ、やっぱりこの部屋も……」
「ええ。出来る限り当時を再現してみました」
「何で…」
俯き、カタカタ震えるヴォイドの肩にそっと手を伸ばす。びくりと体を揺らしたが、拒絶はして来なかった。ロードは出来るだけ優しく落ち着かせる様に撫でる。抱き締めたい衝動を抑えながら彼女の瞳を覗き込んだ。震える彼女を気遣い、とりあえず近くにあったベッドに座らせる。すんなり座る彼女を見てロードも腹を括った。跪いて下から見る様に目線を向けると混乱でいっぱいになったヴォイドと目が合った。
「ヴォイド、私は結社に来てから貴女に嘘は言っていません」
彼女のこの震えはおそらく、置いていかれた喪失感を思い出してしまうから。自分が彼女の心に傷を負わせた。消滅の神様なんて存在を今尚根強く信じてしまう程。だからロードは何としても誤解を解いておきたかった。
「貴女を愛しています。初めて会った時からずっと。貴女だったから声を掛けたんです。貴女との生活を夢見てあの部屋だって作ってたんです」
「誰でも良いんじゃなかったの…？」
「まさか。前も言ったでしょう？私は一度も恋人が居なかったんです。最初から貴女以外考えられないんですよ。そんな私を、『重い』と感じますか…？」
ぽすっ、と音を立てて視界がロードと天井でいっぱいになる。自分が座っていたのがベッドだった事を思い出し、慌てて彼を退けようとするが、余りにも切なそうな何かを乞う様な顔をしているからかヴォイドは彼を拒めなくなってしまった。
「あの日からずっと私は貴女との思い出を糧に生きてきました。縋らないと壊れてしまう程に…。貴女と過ごした日々を思い出せばどんな事であっても耐える事など容易でしたから。この部屋も貴女との思い出を身近に感じたくてインテリアを配置したんです。ヴォイド、私は貴女以外を女性として愛した事はありません」
するりと伸びた指がヴォイドの頬を擽る。彼女をベッドに縛り付ける様に覆い被さると耳元でロードは呟いた。
「私がどれだけ貴女を愛しているか…受け入れてはくれませんか…？」
「はい？」
「新規勧誘課です。先日の面接者で
「後で目を通しておきます。メールでの連絡で良いかしら？」
「よろしくお願いします。すみません、
簡素なやりとりを終えて出入り口に向かうとビスケット色のふわふわした髪が目に入る。後で探そうと思って居たのだが探す手間が省けてくれたのでロードは少し嬉しそうに彼女の元へ近づいた。
「こんにちは、ミアさん」
「あ、こんにちはロードさん！お仕事ですか？」
「ええ、入社希望者の中に医療班を望んでいらっしゃる方がいたので」
医療班希望と聞き、「どんな人かなー？」と思いを巡らせるミアに微笑ましい笑みを向けつつロードは本題に入る。自室から見えるところに紫色の花があった事、そしてそれが何の花か気になる事、それをミアに見てもらいたいと言う事を彼女に話した。
「紫色のお花ですか？」
「ええ。私の部屋の窓から見えるところに花壇がある事も驚きだったんですが…どうしてかその花が気になってしまいまして。花自体は小さめで…それがいっぱい集まって一つの形になる様に生えてました」
「紫陽花みたく花が集まってるイメージですか？」
「そんな感じです」
「んー…」
頭の中で記憶している花を一生懸命に索引するミア。彼女はしばらく云々唸っていたが、ハッと何かに閃いた顔をするとロードの方を向いた。
「ロードさん！お部屋行って良いですか！？」
「え？私の部屋ですか？」
「はい！直接そのお花見たいです！私も気になってきました！」
「んー…良いですが…」
ロードはちらちらと周りを気にするとそっとミアに耳打ちする。
「ファウストさんにはどうぞ内密に…」
「え？ネビロスさん？」
「はい、たった一瞬でもミアさんが私の部屋に入るなどと彼が知ったら倒れてしまいそうですから」
何故発見した時に携帯端末で写真を撮っておかなかったのか、少し失敗したなと思いつつネビロスを気にして内密に事を進めようとするロード。彼は間違ってもミアに手を出す気はさらさら無い。しかし、それを疑い過去にミアに「二度と近付いちゃ駄目」と忠告した本人がこの時二人の事をこっそり見ていた。
* * *
玄関の前で鍵を出すロード。しかし、妙に緊張してしまい上手く鍵が穴に挿さらない。そんなロードを横で見ていたその人物は、じっとりした目を不思議そうに彼に向けた。
「開けないの？」
「あ、開けますけど…」
ロードはちらりと目線を向けてみる。誘ったのはミアだった筈なのに何故ここにヴォイドが居るのか。来てくれても一向に構わないのだが果たしてちゃんと
「何故ミアさんではなくヴォイドが…？」
「ミアも後から来るよ。ただ…ミアと二人きりにさせるの、危険な気がして。だから私も来た」
「私はミアさんみたいな幼気な女性すらどうこうする様な鬼畜にでも見えるんですかね…？」
「見えるも何も。実際にミアよりもっと年下の女に手を出した前科がお前にある」
勿論それはヴォイドの事だ。その認識は間違っていないのだが、ミアに対してやたら過保護な事も含め、ヴォイドが認識している色々な事とロードの主張とは相違があった。それに気付いていたロードはどこかで誤解を解かなければと常々思っていた。何度か試みていたのだが、いかんせん自分の日頃の行いか或いは彼女が
彼女の立場から考えてみたら、言葉巧みに連れてこられて弄ばれ二年も時間を浪費したと最悪な形で記憶を捏造していてもおかしくない。これは自分が悪いのだが、一緒に暮らしていた時に一度も彼女に愛を囁いた事が無かった。きちんと好きだと伝えられておらず、そして自分が物理的にも立場的にも会いに行けなくなった事で彼女との生活は終わりを迎えた。
彼女の心の準備なんて考えない、突然過ぎる終わりと始まり。あんなに泣いていた姿を見てしまえば、少なくとも生活の終わりがショックだったであろう事は分かる。立ち直る為に、安らいだ記憶すら最悪な思い出だと思い込む事で恨みつらみをバネにする事も想像出来る。
それでも、今の自分の想いをそろそろ裏のない本心として受け入れて欲しかった。
だからもしかしたら、今このタイミングで二人きりの状況と言うのはチャンスかもしれない。
「そう言えば私の部屋に来るのは初めてですね」
「そうだっけ」
「そうですよ。お誘いしても首を縦に振ってくれないんですから」
「危ないと思ってるのに安易に部屋には行かない。本当は…ミアも行かせたくない」
誤解を解かなければ。彼女の中で自分は女性なら誰でも良いと思われている。彼女でなければあり得なかったあの思い出さえ、彼女は彼女以外も有り得た思い出だと思っている。十年以上も貴女への恋に縛られ動けなくなっていると言うのに、誰だって構わないと勘違いしているなんて。
玄関のドアを開け、部屋へと入る。少し用心しながらヴォイドも付いてきた。部屋はそれなりに綺麗にしているが、それでも彼女をここに入れるのには少し勇気が要る。何故ならこの部屋は、自分の『愛』そのものだからだ。
「あれ…ここ、見た事…」
言い掛けて言葉を詰まらせたヴォイド。彼女の目線は部屋の真ん中にあるソファに集中していた。
「このソファ……」
「ええ。あの部屋と同じものです」
「じゃあ、やっぱりこの部屋も……」
「ええ。出来る限り当時を再現してみました」
「何で…」
俯き、カタカタ震えるヴォイドの肩にそっと手を伸ばす。びくりと体を揺らしたが、拒絶はして来なかった。ロードは出来るだけ優しく落ち着かせる様に撫でる。抱き締めたい衝動を抑えながら彼女の瞳を覗き込んだ。震える彼女を気遣い、とりあえず近くにあったベッドに座らせる。すんなり座る彼女を見てロードも腹を括った。跪いて下から見る様に目線を向けると混乱でいっぱいになったヴォイドと目が合った。
「ヴォイド、私は結社に来てから貴女に嘘は言っていません」
彼女のこの震えはおそらく、置いていかれた喪失感を思い出してしまうから。自分が彼女の心に傷を負わせた。消滅の神様なんて存在を今尚根強く信じてしまう程。だからロードは何としても誤解を解いておきたかった。
「貴女を愛しています。初めて会った時からずっと。貴女だったから声を掛けたんです。貴女との生活を夢見てあの部屋だって作ってたんです」
「誰でも良いんじゃなかったの…？」
「まさか。前も言ったでしょう？私は一度も恋人が居なかったんです。最初から貴女以外考えられないんですよ。そんな私を、『重い』と感じますか…？」
ぽすっ、と音を立てて視界がロードと天井でいっぱいになる。自分が座っていたのがベッドだった事を思い出し、慌てて彼を退けようとするが、余りにも切なそうな何かを乞う様な顔をしているからかヴォイドは彼を拒めなくなってしまった。
「あの日からずっと私は貴女との思い出を糧に生きてきました。縋らないと壊れてしまう程に…。貴女と過ごした日々を思い出せばどんな事であっても耐える事など容易でしたから。この部屋も貴女との思い出を身近に感じたくてインテリアを配置したんです。ヴォイド、私は貴女以外を女性として愛した事はありません」
するりと伸びた指がヴォイドの頬を擽る。彼女をベッドに縛り付ける様に覆い被さると耳元でロードは呟いた。
「私がどれだけ貴女を愛しているか…受け入れてはくれませんか…？」
花言葉とソファ
「そんな急に…！」
そう言い掛けてヴォイドは固まる。多分急じゃない。ずっとロードは自分に愛の言葉を囁いて来た。傍に居た時は一度もそんな事口にした事も無かったのに。そう思うと腹立たしかった。最初は勘繰ったものだ。自分に飽きて置いて行ったのを少し惜しむ気持ちがあって、過去の事もあるから結社で一番落とすのに都合の良い存在が自分だったのではないかと。
だから絶対にそんな甘言には靡かない。そう思っていたが、それでも思い起こせばロードの自分を見る瞳はいつだって優しかった。
でも、やっぱり急には少し困ってしまう。
「…貴女からしたら急な事に感じますか…私はもう十年も貴女だけを想っているんですよ、本当に…」
愛おしむ様に手を這わせるロードの態度から真剣さが痛い程伝わってしまいどうしたら良いかパニックになる。今までそんな感情認識した事無かったのに、大人になってから揺すられて揺すられて、感情が追い付かなくてパンクしそうだ。
「幾夜貴女を想った事か……一人は寂しかったですよ…？」
「え、っと」
「私は貴女からの愛が欲しいんです…」
ロードの顔が近付く。どう行動するのが正解か分からない。上手く動けずぎゅっと目を閉じる事しか出来ないヴォイドを見ると、優しく笑ったロードは彼女の頬に口付ける。触れたか触れないか分からないくらい繊細なキスだった。
「……一応、私も返事を貰う前に無理に一線を越えようとする程悪食では無い…筈ですよ」
ヴォイドの中で抱いていた彼に対するイメージがガラガラと音を立てて崩れるのが分かった。
ずっとそうだと思っていた。ロードは手が早くて節操無くて、誰でも良くて、いい加減。そう思っていたからこんな真剣な顔知らない──
『知らない…？』
──違う、忘れていただけだ。
何で忘れていたんだろう。彼のこんな顔。昔だって見た事があった筈なのに。何で忘れたいと思っていたんだろう。昔一緒に居た時、彼はいつもどんな顔をしていたっけ。
「ロードさーん！！来ましたー！」
意識が急に現実に戻る。遅れて来たミアが玄関のドアを叩く音と彼女の元気な声が響いた。
「ミアさん？開いてますよ」
ロードの意識が逸れた瞬間、ヴォイドはずりずりと体を捩る様に彼とベッドの間から這いずって出て行く。
「おやおや」
「わ、私、用事思い出したから、帰る」
「それは残念ですねぇ」
少し寂しそうに呟くロード。ヴォイドがベッドから降りたのとミアが扉を開けるのはほぼ同時だった。
「あれ？ヴォイドさんもお花を見に来てたんですか？」
嬉しそうに声を掛けるミア。しかしヴォイドは顔を真っ赤にすると彼女に一言二言何か言っただけでそのまま出て行ってしまった。
「あ、あれ？ヴォイドさん…？」
「ナイスタイミングですよミアさん。貴女が来てくれなかったら…」
「え？あ！ロードさんお部屋綺麗ですねー！家具もお洒落です！」
理性を失って無理矢理にでも彼女を抱いていたかもしれない。
とは言えず。他人の部屋が珍しいのか多少興奮気味なミアを窓際に誘導すると気持ちを切り替えて花壇を指差した。
「アレなんですが…綺麗だと思うんです、けど、何なんでしょう？」
「あれは…ヒヤシンスですね！」
「ヒヤシンス？」
「寒いところでも強いんでカンテ国でも綺麗に咲いてるのかもしれません！時期的にちょうど今開花し始めたところかもしれませんね！色によっても違いますが、悲哀とか初恋のひたむきさとか、変わらぬ愛が花言葉として有名ですよ！後は…謝罪とか…？」
「変わらぬ愛…」
初恋のひたむきさ、変わらぬ愛。何故自分が一目見てこの花が気になったのか、何となく分かった気がした。しかし謝罪とはまた随分とマイナスな意味もあるものだ。どうしてそんな意味を持っているのだろうかと口にすると、ミアは少し寂しそうにへにゃりと笑った。
「もしかしたら、神話かもしれません…」
「神話？」
「花って結構神話の中で神様や英雄が死んでしまった後にその血から咲き始めたって言うのが多いんです。ヒヤシンスにもそう言う逸話があって、三角関係な恋愛の末にヒヤシンスの心を射止められなかった神様が嫉妬に狂って殺してしまい、その血から咲いた花って言われているんです。悲しい物語とセットで語られる花の花言葉はもしかしたらそう言う少し悲しいものが多いのかも…」
恋に破れ嫉妬に狂った神の独占欲が招いた悲劇。自分も絵画等好んで見るのでそう言うテーマはよく見るが、本当先人はそう言うどろどろとした恋愛ものを好むな。昼ドラ感覚ででも見ていたのだろうか。嫉妬から取った行動と言うのも何となく自分と通ずる気がしてロードは何とも言えない顔をする。
何となくここに咲いたヒヤシンスはそう言う方向に走りがちな自分を戒める為に咲いている様な気がした。
「なるほど…花一つとってもそんなドラマチックな話が出て来るんですね…興味深いです」
「そうですね！」
「ありがとうございます、ミアさん。迷わずお一人でよく来れましたね」
「あ、ネビロスさんが一緒です！」
な ん だ っ て ？
思わず扉を見つめるロード。先程から何だか不穏な空気を感じる気がしていたが魔王 のものだったか。
「あ、ロードさんこのソファお洒落ですね！」
屈託のない笑みを見せながらミアがそう口にする。しかし、如何に彼女とは言えここに座らせるわけにはいかないので彼女の気を害さない断り方を模索していると先にミアが口を開いた。
「でも、あまり使用感無いですね…もしかして普段あまり座らないソファですか？」
鋭い指摘にロードはふぅと溜息を吐く。そんな探偵の様な読みを彼女が出来るとは思わなかった。まるでユウヤミ・リーシェルの様な。
「………」
先程ヴォイドから拒まれこそしなかったものの。明らかに何かを思い出している顔だった。咄嗟に思い出す様な関係性の何か、あるいは誰か。頭の中に浮かぶのはユウヤミとテオフィルス。普段はロードの敬愛する推しではあるが、やはり二人ともヴォイドの心を掻き乱す存在である事には変わりなく時々重く嫉妬する。普段はそう考えない様にしているから、ふとした時に嫉妬を認識するとなかなかモヤモヤするものだ。
──コンコンコン、とドアが鳴る。
姿を見なくとも表にいるネビロスからの催促だとすぐに分かった。
「……どうも私以上に嫉妬深い方がいる様で」
「え？」
「さてミアさん、ありがとうございます、知りたかったのでモヤモヤが晴れて良かったです。では外で待つ彼のところに行きますか」
「はい！」
変わらぬ愛ならずっと抱えている。
初めて会った時から変わらずずっと。
いつかまた、このソファに腰掛ける貴女を見る事が出来るだろうか…。
「……遅いですよ、ロード」
「そ、そんなに心配なら貴方も来れば良いじゃ無いですか…」
予想に反して面白いくらい血走った目で待機していたネビロス。ロードは彼のそんな姿に耐えきれず笑った。
後日会ったヴォイドはいつも通りで居てくれたのでロードはほっと胸を撫で下ろす。今はそれで良い。もしも自覚してくれるとしてもゆっくりで良い。それにしても恋愛というのはこんなにもどかしいものなのか。下手をすれば嫉妬でどうかしてしまいそうな自分を自制し、時に暴走し、ロードは今日も顔を見れるだけで胸が高鳴るそんな恋愛に身を投じている。
ソファは未だ、誰にも座られぬままだ。
そう言い掛けてヴォイドは固まる。多分急じゃない。ずっとロードは自分に愛の言葉を囁いて来た。傍に居た時は一度もそんな事口にした事も無かったのに。そう思うと腹立たしかった。最初は勘繰ったものだ。自分に飽きて置いて行ったのを少し惜しむ気持ちがあって、過去の事もあるから結社で一番落とすのに都合の良い存在が自分だったのではないかと。
だから絶対にそんな甘言には靡かない。そう思っていたが、それでも思い起こせばロードの自分を見る瞳はいつだって優しかった。
でも、やっぱり急には少し困ってしまう。
「…貴女からしたら急な事に感じますか…私はもう十年も貴女だけを想っているんですよ、本当に…」
愛おしむ様に手を這わせるロードの態度から真剣さが痛い程伝わってしまいどうしたら良いかパニックになる。今までそんな感情認識した事無かったのに、大人になってから揺すられて揺すられて、感情が追い付かなくてパンクしそうだ。
「幾夜貴女を想った事か……一人は寂しかったですよ…？」
「え、っと」
「私は貴女からの愛が欲しいんです…」
ロードの顔が近付く。どう行動するのが正解か分からない。上手く動けずぎゅっと目を閉じる事しか出来ないヴォイドを見ると、優しく笑ったロードは彼女の頬に口付ける。触れたか触れないか分からないくらい繊細なキスだった。
「……一応、私も返事を貰う前に無理に一線を越えようとする程悪食では無い…筈ですよ」
ヴォイドの中で抱いていた彼に対するイメージがガラガラと音を立てて崩れるのが分かった。
ずっとそうだと思っていた。ロードは手が早くて節操無くて、誰でも良くて、いい加減。そう思っていたからこんな真剣な顔知らない──
『知らない…？』
──違う、忘れていただけだ。
何で忘れていたんだろう。彼のこんな顔。昔だって見た事があった筈なのに。何で忘れたいと思っていたんだろう。昔一緒に居た時、彼はいつもどんな顔をしていたっけ。
「ロードさーん！！来ましたー！」
意識が急に現実に戻る。遅れて来たミアが玄関のドアを叩く音と彼女の元気な声が響いた。
「ミアさん？開いてますよ」
ロードの意識が逸れた瞬間、ヴォイドはずりずりと体を捩る様に彼とベッドの間から這いずって出て行く。
「おやおや」
「わ、私、用事思い出したから、帰る」
「それは残念ですねぇ」
少し寂しそうに呟くロード。ヴォイドがベッドから降りたのとミアが扉を開けるのはほぼ同時だった。
「あれ？ヴォイドさんもお花を見に来てたんですか？」
嬉しそうに声を掛けるミア。しかしヴォイドは顔を真っ赤にすると彼女に一言二言何か言っただけでそのまま出て行ってしまった。
「あ、あれ？ヴォイドさん…？」
「ナイスタイミングですよミアさん。貴女が来てくれなかったら…」
「え？あ！ロードさんお部屋綺麗ですねー！家具もお洒落です！」
理性を失って無理矢理にでも彼女を抱いていたかもしれない。
とは言えず。他人の部屋が珍しいのか多少興奮気味なミアを窓際に誘導すると気持ちを切り替えて花壇を指差した。
「アレなんですが…綺麗だと思うんです、けど、何なんでしょう？」
「あれは…ヒヤシンスですね！」
「ヒヤシンス？」
「寒いところでも強いんでカンテ国でも綺麗に咲いてるのかもしれません！時期的にちょうど今開花し始めたところかもしれませんね！色によっても違いますが、悲哀とか初恋のひたむきさとか、変わらぬ愛が花言葉として有名ですよ！後は…謝罪とか…？」
「変わらぬ愛…」
初恋のひたむきさ、変わらぬ愛。何故自分が一目見てこの花が気になったのか、何となく分かった気がした。しかし謝罪とはまた随分とマイナスな意味もあるものだ。どうしてそんな意味を持っているのだろうかと口にすると、ミアは少し寂しそうにへにゃりと笑った。
「もしかしたら、神話かもしれません…」
「神話？」
「花って結構神話の中で神様や英雄が死んでしまった後にその血から咲き始めたって言うのが多いんです。ヒヤシンスにもそう言う逸話があって、三角関係な恋愛の末にヒヤシンスの心を射止められなかった神様が嫉妬に狂って殺してしまい、その血から咲いた花って言われているんです。悲しい物語とセットで語られる花の花言葉はもしかしたらそう言う少し悲しいものが多いのかも…」
恋に破れ嫉妬に狂った神の独占欲が招いた悲劇。自分も絵画等好んで見るのでそう言うテーマはよく見るが、本当先人はそう言うどろどろとした恋愛ものを好むな。昼ドラ感覚ででも見ていたのだろうか。嫉妬から取った行動と言うのも何となく自分と通ずる気がしてロードは何とも言えない顔をする。
何となくここに咲いたヒヤシンスはそう言う方向に走りがちな自分を戒める為に咲いている様な気がした。
「なるほど…花一つとってもそんなドラマチックな話が出て来るんですね…興味深いです」
「そうですね！」
「ありがとうございます、ミアさん。迷わずお一人でよく来れましたね」
「あ、ネビロスさんが一緒です！」
な ん だ っ て ？
思わず扉を見つめるロード。先程から何だか不穏な空気を感じる気がしていたが
「あ、ロードさんこのソファお洒落ですね！」
屈託のない笑みを見せながらミアがそう口にする。しかし、如何に彼女とは言えここに座らせるわけにはいかないので彼女の気を害さない断り方を模索していると先にミアが口を開いた。
「でも、あまり使用感無いですね…もしかして普段あまり座らないソファですか？」
鋭い指摘にロードはふぅと溜息を吐く。そんな探偵の様な読みを彼女が出来るとは思わなかった。まるでユウヤミ・リーシェルの様な。
「………」
先程ヴォイドから拒まれこそしなかったものの。明らかに何かを思い出している顔だった。咄嗟に思い出す様な関係性の何か、あるいは誰か。頭の中に浮かぶのはユウヤミとテオフィルス。普段はロードの敬愛する推しではあるが、やはり二人ともヴォイドの心を掻き乱す存在である事には変わりなく時々重く嫉妬する。普段はそう考えない様にしているから、ふとした時に嫉妬を認識するとなかなかモヤモヤするものだ。
──コンコンコン、とドアが鳴る。
姿を見なくとも表にいるネビロスからの催促だとすぐに分かった。
「……どうも私以上に嫉妬深い方がいる様で」
「え？」
「さてミアさん、ありがとうございます、知りたかったのでモヤモヤが晴れて良かったです。では外で待つ彼のところに行きますか」
「はい！」
変わらぬ愛ならずっと抱えている。
初めて会った時から変わらずずっと。
いつかまた、このソファに腰掛ける貴女を見る事が出来るだろうか…。
「……遅いですよ、ロード」
「そ、そんなに心配なら貴方も来れば良いじゃ無いですか…」
予想に反して面白いくらい血走った目で待機していたネビロス。ロードは彼のそんな姿に耐えきれず笑った。
後日会ったヴォイドはいつも通りで居てくれたのでロードはほっと胸を撫で下ろす。今はそれで良い。もしも自覚してくれるとしてもゆっくりで良い。それにしても恋愛というのはこんなにもどかしいものなのか。下手をすれば嫉妬でどうかしてしまいそうな自分を自制し、時に暴走し、ロードは今日も顔を見れるだけで胸が高鳴るそんな恋愛に身を投じている。
ソファは未だ、誰にも座られぬままだ。
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