ミサキの年末年始 評価！セッティング編その1
最終更新：
suzujiu_orichar 2020年09月19日(土) 13:22:36履歴
部屋に響く、扉がノックされる音。
静寂を破る音に気づいたアサギが目を開ける。
充電は87%。覚えのない充電ボードが不思議だったが、アサギは気にしない事にした。
部屋の中の生物反応はミサキだけで、ロナはいない事を認識する。
ガラス窓の向こうから薄い陽射しが注ぎ込んでいて、ミサキの頭を照らしていた。
今度はさっきより強めのノック音が響いた。
うつ伏せに寝ているミサキを見たアサギは起きなかった昨夜を思い出し、戸口へ向かう事にした。
「誰だ？」と戸を開ける。
そこに立っていたのは大きなビニール袋を抱えたクマの浮いた目の赤い髪の女性だった。
その後ろにぼんやりとした表情の水色の髪を持つ機械人形も。
「えーと……アン？」
「あれ、アサギじゃねェか。ロナどうしたンだよ。」
「あー、多分練習場。」
「あそー、じゃァちょうどいいや。中にミサキいンだよな？ちょッと用があッてな。」
邪魔んすんぞ、とアサギの横をすり抜けて勝手に中に入っていくアンと後ろに続くムーン。
コタツがある事に驚きも見せず、アンは寝転がったミサキの前にしゃがみこんだ。
「ッたく、ミサキ！コタツで寝るンじゃねェ、起きろ。何時だと思ってンだよ。」
アンに揺すられ、うーんと目をこすりながら顔を上げるミサキ。
「アンがいる……？ムーンも……？」
「機械班の飲み会は昨日で終わッちまッたし、今日は飲み直しだ。着物会も終わッちまッたしな。」
「呑兵衛。」
「アル中じゃねェ、マジュがいッから昨日は早く退散したンだよ。」
「今日は？」
「保育部の連中とお泊まり会すンだッてさ。」
「ふぅん……」
「お前なァ、ちょッと無理矢理すぎたンじゃねェか？」
しゃがんでいたアンがどかりとミサキの前で胡座をかく。
「何が。」と答えるまだ眠そうなミサキの睨む視線にも臆さない。
「代理とか言ッて最初からロナの名前でこのコタツ買ッたンだろ。本人には部屋に入りきらないからッつッて。」
「何で知って……？」
「調達班の知り合いが確認しにきたンだよ、怪しいッてな。」
「え」
「しかもミサキの方はみかんとダクトまで注文してると来たもンだ。いくら日付をずらしても、何かあるくらい勘付くだろ。」
情報を流してくれた藍色の髪の少年とアシンメトリーの髪の機械人形がアンの脳裏に浮かんでいた。しっかり「指定されたコタツが見つかるか不安だったんですが、ミーナさんがうまく調達してくれて驚きました〜」とその後の事まで伝えて明るく笑っていた彼は調達班の中でも割と使える大事な人脈だ。
「ま、別に止める内容でもねェから気にすンなッて答えたけどな。」
ひとつ、ため息をつくアン。
「ロナが心配なのはわかンだよ、あの顔見てりゃな。けどな、『コタツでみかん食べたいって言ってたからあげる』って素直に言やァいいのに物置代わりッて言われたら彼奴も微妙だろ？」
「結果は一緒。それに、明確にプレゼントと言われたらロナは辞退する。」
「全然違ェ。好感度が天地くれェ離れるし、辞退されてもゴリ押しすンだよ。」
「今更好感度なんて」
「つべこべ言うンじゃねェ、ミサキとロナは別人だ。自分の物差しだけで測ンじゃねェッつッてんの。特にああいう人間は回りくどい事は伝ンねェぞ？」
機嫌を損ね、コタツの中に逃げ込もうとするミサキの襟首を捕まえるアン。
「逃げンな。ミサキにしか出来ねェミッションがあンだ。終わるまで帰さねェし、寝かさねェ。」
「何が……」
アンの持っていた大きなビニール袋の中を見て、ミサキがはっと息を飲む。
「わかッたか？」
戸惑いながら頷くミサキ。
「お前の予測を超える事なんていくらでもあンだよ。今回は詰めが甘かッたな。」
ニヤリと笑うアンの表情が悪巧みをするミサキによく似ている、と傍観者になっていたアサギは思った。
他所様の部屋に上がり込んで突散らかすんじゃねェ、とミサキをコタツから引きずり出してゴミを片付けさせるアン。途中で投げ出さないように仁王立ちでしっかり監視していたアンだったが、散らばっているトランプを見つけたムーンがコタツに突進し、アンの目に驚愕の色が浮かんだ。
「テメェら……ミサキとゲームやッたのか……？」
ムーンの様子は目に入らず、トランプを見つめて青ざめるアンの震え声。
「やばかッたろ……？？」
聞かれたアサギはあのミサキが大人しく人の指示を聞いている事に驚いたせいで話を聞いていなかった。アンの舌打ちが響く。
「アーサーギ。人の話はちゃんと聞けッてロナにも言われたろ？」
「あ、悪ぃ……」
「ムーンも。人ン家のモンを勝手に触ンな。持ち主に許可取れ。」
「私の。構わない。」
ミサキの声を聞いて、いいよね？と首を傾げるムーンに「仕方ねェな」と返す。
「それで？アサギ、ミサキとゲームやッたンだな？」
「あぁ。」
「どうだッた？」
「アンの予想通りヤバかった。七並べは4戦中ミサキの3連勝で悪りぃけど疑っちまった。俺もロナも失格続きなのに変だと思うだろ？」
「ミサキにしちゃァ1回負けられただけ上々だ。いつもは勝率100%だかんな。
んで？『七並べは』って事は性懲りも無く他のゲームに手ェ出したって事だよなァ？」
「あぁ。ロナとスピードやったし、ミサキが考案した戦略要素ゼロのゲームも。」
「マジか……聞くだけ無駄な気がすッけど、ミサキの考案したゲームの結果は？」
「……何時間やったんだっけな？」
「は？」
アサギの言葉に気の抜けた声を出してしまうアン。意味がわからないと眉を寄せる。
「いや、本当に。勝ったら自己紹介、ってミサキに言われてネタが尽きるまで続けたのは確かだけど、勝率はちょっとわかんねぇ。」
「36、32、32」
ゴミ拾いを終えたミサキがアンとアサギの会話に横から言う。
「ロナが36%、アサギが32%、私も32%」
「数えてたのか？」
「勝率を計算するのは考案者として当然。」
問うたアサギを不思議そうに見つめ返すミサキ。
そうか、自分で考案したゲームなら勝率が気になるものだろう、とアサギは納得したが口には出さなかった。
「手加減、ちゃんと出来たンだな。ミサキ。」
「別に。疑われる様な事はしたくない。それに、私が勝っても意味がない。」
人の事を考えに入れられる様になったミサキの成長の喜びで思わずアンの口元が緩んだ。
「何かおかしい？」
「何でもねェよ……掃除、終わったンだな？」
小さく頷いたミサキを確認してからアンもコタツに足を入れる事にした。
「今日のこの後、アサギは予定空いてッか？」
特に何もないと首を振るアサギ。
「なら、ちッと手ェ貸してくれ。」
「何をやるんだ？」
「宅飲みだよ、宅飲み。」
アサギに酒類の缶を見せるアン。
「いつもロナとの定例会議は近所の格安エッレ(お酒も飲めるカジュアルな小料理屋の意)に行くンだけどな、年末年始は団体様も多いし、まともに話せる状況じゃねェし。面倒だから勝手に宅飲みに決定したンだよ。知ッた顔が多い方がロナも楽しいだろ？」
「なるほど」と承諾するアサギ。その横からミサキがアンを睨んだ。
「アン、誤魔化さない方がいい。」
「ん？」
「アンがそんな気楽に他人の家で宅飲みすると思えない。」
「……ミサキが確実にここにいるッてわかッてたからな。ムーンも連れてるし。」
「本当にそれだけ？」
射抜くようなミサキの視線を軽く流し、アンはビニール袋から一つの物を取り出した。
「これ、なンだかわかるか？」
「帯、だな。女物の。」
見た瞬間にアサギが答える。
「正解。和服をどうしてもミサキに着せたいッてシリルが粘ってな。返却された和服からミサキに似合いそうな物を見繕ッてシリルがここで着付けする予定になってンだ。」
「予測通り……そんなに構わなくていいのに。」
溜息をつくミサキ。
「相手はシリルだからな……そうそう、帯は元から余ッてたから先に持ッてきた。」
「けど、まだ宅飲みの理由になってない。」
不服そうなミサキを尻目にアサギに顔を向けるアン。
「ンで、今回はアサギにもミッションだ。」
「何をやんだ？」
「テメェ、着付けできるよな？自分で着てンだからよ。」
「それがどうしたってんだ？」
「そこのムーンに着せてくれねェか？」
ぼんやりとした顔のムーンがアサギを見上げる。
「ムーンに袴着せてみたいッて着物会の連中が騒いでな。こう……ズボンみたいな形の方の袴ッてあンだろ？あれの着付けができる奴がいなくてな。シリルは手が空かなかッたから、アサギかロナならできんじゃねェかッて思ッて服は借りる事になッてる。シリルが持ッて来たらよろしく頼む。」
「お、おぅ……？」
とろんとした表情のまま自分を見上げてくるムーンになんだか面映いような気がしたのかアサギは返事が濁ってしまった。
「ミサキ、納得出来たかァ？」
「色々重なった結果って言いたいの？」
「一回で全部終われば楽だろ。」
ミサキは鼻を鳴らしてそっぽを向いたが、アンは深く追求しなかった。
「ンにしても凄ェな……」
「何が？」
シリルが来ないので、アサギがみかんの皮でアートを作っている横で使わない身の部分を食べながら会話するアンとミサキ。ムーンはアサギの手元をじっと見つめている。
「ミサキ、男嫌いだッたよな？よくコタツ共有できる仲になれたよな……」
チラリとアサギを見るアン。
「オニイチャンに、似てた。」
「ミリも似てなくね？」
「そう？」
「髪の色くらいしか似てなくね？」
「……アサギじゃなくて、ロナ。」
「……余計に似てなくね？」
「まだ理由が判明してない。けど、何かがオニイチャンに似てて初めて会った時から他人に思えなかった。」
赤い髪に空色の瞳、浅黒い肌を持つ責任感が強すぎるロナ。ミサキが育てた機械人形のオニイチャンには似ても似つかない、真っ当な人間。飲み友になってからまだ感情的になったところを見たことがないほど、精神のコントロールが得意な人だよな、とアンは思った。
「まッたく……あの天然人誑しは……」
呆れた溜息をついたアンはみかんを一房、口に放り込んだ。
ーー無自覚は色々怖いが、ロナ本人はミリも気付いてねェンだろうな。誰にでも優しいのは諸刃の剣だともわかッてねェのか……？いや、1番怖いのは合理的で男嫌いなミサキすら空気に飲み込んでいる事だろうかーー
テロのあった日にミサキを助けてくれた事に感謝しつつも、やはり通常居住区の人間なんだなと暗い目を向けてしまう。
「もうちょッと賢い奴だと思ッてたが、飛ンだ大馬鹿だな。ロナは。」
「ロナはバカじゃねぇぞ？」
「仕事はできるのにな、ッて話だよ。彼奴は正しすぎンだ。」
「だからストレスも溜まる。」
「ッてわけだ。どうせ今も休み方がわかンねェから練習場に行ッてンだろうし。パーッと呑ませてやりてェんだよ。」
アンの紫の瞳には柔らかい光が浮かんでいた。
「彼奴、真面目な癖に微妙に抜けてッからなァ……死なねェ様にして貰わねェとな。頼むぞ、アサギ？」
「あぁ、もちろん。」
確信こめて頷くアサギにアンも頷き返した。
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静寂を破る音に気づいたアサギが目を開ける。
充電は87%。覚えのない充電ボードが不思議だったが、アサギは気にしない事にした。
部屋の中の生物反応はミサキだけで、ロナはいない事を認識する。
ガラス窓の向こうから薄い陽射しが注ぎ込んでいて、ミサキの頭を照らしていた。
今度はさっきより強めのノック音が響いた。
うつ伏せに寝ているミサキを見たアサギは起きなかった昨夜を思い出し、戸口へ向かう事にした。
「誰だ？」と戸を開ける。
そこに立っていたのは大きなビニール袋を抱えたクマの浮いた目の赤い髪の女性だった。
その後ろにぼんやりとした表情の水色の髪を持つ機械人形も。
「えーと……アン？」
「あれ、アサギじゃねェか。ロナどうしたンだよ。」
「あー、多分練習場。」
「あそー、じゃァちょうどいいや。中にミサキいンだよな？ちょッと用があッてな。」
邪魔んすんぞ、とアサギの横をすり抜けて勝手に中に入っていくアンと後ろに続くムーン。
コタツがある事に驚きも見せず、アンは寝転がったミサキの前にしゃがみこんだ。
「ッたく、ミサキ！コタツで寝るンじゃねェ、起きろ。何時だと思ってンだよ。」
アンに揺すられ、うーんと目をこすりながら顔を上げるミサキ。
「アンがいる……？ムーンも……？」
「機械班の飲み会は昨日で終わッちまッたし、今日は飲み直しだ。着物会も終わッちまッたしな。」
「呑兵衛。」
「アル中じゃねェ、マジュがいッから昨日は早く退散したンだよ。」
「今日は？」
「保育部の連中とお泊まり会すンだッてさ。」
「ふぅん……」
「お前なァ、ちょッと無理矢理すぎたンじゃねェか？」
しゃがんでいたアンがどかりとミサキの前で胡座をかく。
「何が。」と答えるまだ眠そうなミサキの睨む視線にも臆さない。
「代理とか言ッて最初からロナの名前でこのコタツ買ッたンだろ。本人には部屋に入りきらないからッつッて。」
「何で知って……？」
「調達班の知り合いが確認しにきたンだよ、怪しいッてな。」
「え」
「しかもミサキの方はみかんとダクトまで注文してると来たもンだ。いくら日付をずらしても、何かあるくらい勘付くだろ。」
情報を流してくれた藍色の髪の少年とアシンメトリーの髪の機械人形がアンの脳裏に浮かんでいた。しっかり「指定されたコタツが見つかるか不安だったんですが、ミーナさんがうまく調達してくれて驚きました〜」とその後の事まで伝えて明るく笑っていた彼は調達班の中でも割と使える大事な人脈だ。
「ま、別に止める内容でもねェから気にすンなッて答えたけどな。」
ひとつ、ため息をつくアン。
「ロナが心配なのはわかンだよ、あの顔見てりゃな。けどな、『コタツでみかん食べたいって言ってたからあげる』って素直に言やァいいのに物置代わりッて言われたら彼奴も微妙だろ？」
「結果は一緒。それに、明確にプレゼントと言われたらロナは辞退する。」
「全然違ェ。好感度が天地くれェ離れるし、辞退されてもゴリ押しすンだよ。」
「今更好感度なんて」
「つべこべ言うンじゃねェ、ミサキとロナは別人だ。自分の物差しだけで測ンじゃねェッつッてんの。特にああいう人間は回りくどい事は伝ンねェぞ？」
機嫌を損ね、コタツの中に逃げ込もうとするミサキの襟首を捕まえるアン。
「逃げンな。ミサキにしか出来ねェミッションがあンだ。終わるまで帰さねェし、寝かさねェ。」
「何が……」
アンの持っていた大きなビニール袋の中を見て、ミサキがはっと息を飲む。
「わかッたか？」
戸惑いながら頷くミサキ。
「お前の予測を超える事なんていくらでもあンだよ。今回は詰めが甘かッたな。」
ニヤリと笑うアンの表情が悪巧みをするミサキによく似ている、と傍観者になっていたアサギは思った。
他所様の部屋に上がり込んで突散らかすんじゃねェ、とミサキをコタツから引きずり出してゴミを片付けさせるアン。途中で投げ出さないように仁王立ちでしっかり監視していたアンだったが、散らばっているトランプを見つけたムーンがコタツに突進し、アンの目に驚愕の色が浮かんだ。
「テメェら……ミサキとゲームやッたのか……？」
ムーンの様子は目に入らず、トランプを見つめて青ざめるアンの震え声。
「やばかッたろ……？？」
聞かれたアサギはあのミサキが大人しく人の指示を聞いている事に驚いたせいで話を聞いていなかった。アンの舌打ちが響く。
「アーサーギ。人の話はちゃんと聞けッてロナにも言われたろ？」
「あ、悪ぃ……」
「ムーンも。人ン家のモンを勝手に触ンな。持ち主に許可取れ。」
「私の。構わない。」
ミサキの声を聞いて、いいよね？と首を傾げるムーンに「仕方ねェな」と返す。
「それで？アサギ、ミサキとゲームやッたンだな？」
「あぁ。」
「どうだッた？」
「アンの予想通りヤバかった。七並べは4戦中ミサキの3連勝で悪りぃけど疑っちまった。俺もロナも失格続きなのに変だと思うだろ？」
「ミサキにしちゃァ1回負けられただけ上々だ。いつもは勝率100%だかんな。
んで？『七並べは』って事は性懲りも無く他のゲームに手ェ出したって事だよなァ？」
「あぁ。ロナとスピードやったし、ミサキが考案した戦略要素ゼロのゲームも。」
「マジか……聞くだけ無駄な気がすッけど、ミサキの考案したゲームの結果は？」
「……何時間やったんだっけな？」
「は？」
アサギの言葉に気の抜けた声を出してしまうアン。意味がわからないと眉を寄せる。
「いや、本当に。勝ったら自己紹介、ってミサキに言われてネタが尽きるまで続けたのは確かだけど、勝率はちょっとわかんねぇ。」
「36、32、32」
ゴミ拾いを終えたミサキがアンとアサギの会話に横から言う。
「ロナが36%、アサギが32%、私も32%」
「数えてたのか？」
「勝率を計算するのは考案者として当然。」
問うたアサギを不思議そうに見つめ返すミサキ。
そうか、自分で考案したゲームなら勝率が気になるものだろう、とアサギは納得したが口には出さなかった。
「手加減、ちゃんと出来たンだな。ミサキ。」
「別に。疑われる様な事はしたくない。それに、私が勝っても意味がない。」
人の事を考えに入れられる様になったミサキの成長の喜びで思わずアンの口元が緩んだ。
「何かおかしい？」
「何でもねェよ……掃除、終わったンだな？」
小さく頷いたミサキを確認してからアンもコタツに足を入れる事にした。
「今日のこの後、アサギは予定空いてッか？」
特に何もないと首を振るアサギ。
「なら、ちッと手ェ貸してくれ。」
「何をやるんだ？」
「宅飲みだよ、宅飲み。」
アサギに酒類の缶を見せるアン。
「いつもロナとの定例会議は近所の格安エッレ(お酒も飲めるカジュアルな小料理屋の意)に行くンだけどな、年末年始は団体様も多いし、まともに話せる状況じゃねェし。面倒だから勝手に宅飲みに決定したンだよ。知ッた顔が多い方がロナも楽しいだろ？」
「なるほど」と承諾するアサギ。その横からミサキがアンを睨んだ。
「アン、誤魔化さない方がいい。」
「ん？」
「アンがそんな気楽に他人の家で宅飲みすると思えない。」
「……ミサキが確実にここにいるッてわかッてたからな。ムーンも連れてるし。」
「本当にそれだけ？」
射抜くようなミサキの視線を軽く流し、アンはビニール袋から一つの物を取り出した。
「これ、なンだかわかるか？」
「帯、だな。女物の。」
見た瞬間にアサギが答える。
「正解。和服をどうしてもミサキに着せたいッてシリルが粘ってな。返却された和服からミサキに似合いそうな物を見繕ッてシリルがここで着付けする予定になってンだ。」
「予測通り……そんなに構わなくていいのに。」
溜息をつくミサキ。
「相手はシリルだからな……そうそう、帯は元から余ッてたから先に持ッてきた。」
「けど、まだ宅飲みの理由になってない。」
不服そうなミサキを尻目にアサギに顔を向けるアン。
「ンで、今回はアサギにもミッションだ。」
「何をやんだ？」
「テメェ、着付けできるよな？自分で着てンだからよ。」
「それがどうしたってんだ？」
「そこのムーンに着せてくれねェか？」
ぼんやりとした顔のムーンがアサギを見上げる。
「ムーンに袴着せてみたいッて着物会の連中が騒いでな。こう……ズボンみたいな形の方の袴ッてあンだろ？あれの着付けができる奴がいなくてな。シリルは手が空かなかッたから、アサギかロナならできんじゃねェかッて思ッて服は借りる事になッてる。シリルが持ッて来たらよろしく頼む。」
「お、おぅ……？」
とろんとした表情のまま自分を見上げてくるムーンになんだか面映いような気がしたのかアサギは返事が濁ってしまった。
「ミサキ、納得出来たかァ？」
「色々重なった結果って言いたいの？」
「一回で全部終われば楽だろ。」
ミサキは鼻を鳴らしてそっぽを向いたが、アンは深く追求しなかった。
「ンにしても凄ェな……」
「何が？」
シリルが来ないので、アサギがみかんの皮でアートを作っている横で使わない身の部分を食べながら会話するアンとミサキ。ムーンはアサギの手元をじっと見つめている。
「ミサキ、男嫌いだッたよな？よくコタツ共有できる仲になれたよな……」
チラリとアサギを見るアン。
「オニイチャンに、似てた。」
「ミリも似てなくね？」
「そう？」
「髪の色くらいしか似てなくね？」
「……アサギじゃなくて、ロナ。」
「……余計に似てなくね？」
「まだ理由が判明してない。けど、何かがオニイチャンに似てて初めて会った時から他人に思えなかった。」
赤い髪に空色の瞳、浅黒い肌を持つ責任感が強すぎるロナ。ミサキが育てた機械人形のオニイチャンには似ても似つかない、真っ当な人間。飲み友になってからまだ感情的になったところを見たことがないほど、精神のコントロールが得意な人だよな、とアンは思った。
「まッたく……あの天然人誑しは……」
呆れた溜息をついたアンはみかんを一房、口に放り込んだ。
ーー無自覚は色々怖いが、ロナ本人はミリも気付いてねェンだろうな。誰にでも優しいのは諸刃の剣だともわかッてねェのか……？いや、1番怖いのは合理的で男嫌いなミサキすら空気に飲み込んでいる事だろうかーー
テロのあった日にミサキを助けてくれた事に感謝しつつも、やはり通常居住区の人間なんだなと暗い目を向けてしまう。
「もうちょッと賢い奴だと思ッてたが、飛ンだ大馬鹿だな。ロナは。」
「ロナはバカじゃねぇぞ？」
「仕事はできるのにな、ッて話だよ。彼奴は正しすぎンだ。」
「だからストレスも溜まる。」
「ッてわけだ。どうせ今も休み方がわかンねェから練習場に行ッてンだろうし。パーッと呑ませてやりてェんだよ。」
アンの紫の瞳には柔らかい光が浮かんでいた。
「彼奴、真面目な癖に微妙に抜けてッからなァ……死なねェ様にして貰わねェとな。頼むぞ、アサギ？」
「あぁ、もちろん。」
確信こめて頷くアサギにアンも頷き返した。
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