ミサキの年末年始 実践！コタツ編
最終更新：
suzujiu_orichar 2020年09月19日(土) 12:42:43履歴
大晦日の2日前。待機だけで終わった比較的平和な日。
アサギの目立ったことは何もなく、ミサキの無茶振りもなかったロナの自室に向かう足取りは軽かった。
明日からの連続非番に少し引け目を感じていたせいか、戸惑う気持ちもあったが。
メンバーから「ロナさんは休んでください」と強く言われ、上司から「過労死はやめてくれ」とため息混じりに言われなければ無理にでもシフトを変えていただろう。
ともかく、この休みをどう使えばいいか。
それが今のロナが考えるべき最優先事項だった。
日課のトレーニングは休みでも外せない。
ミサキ女史は……何を言っても休まないかもしれない。
「肩の力を抜いてもいい」と言った時もどこ吹く風の顔をしていた。
だからと言って電子端末から引き剥がすのは無理だろう。
そうだ、アサギも非番になっていたのは何かあるのか？
考えつつ自室のドアノブに手を掛けた瞬間、考えていた内容はロナの頭から吹き飛んだ。
「なんだっ……！これは……！？」
扉の横に不在の札をつけたまま壁に寄りかかっている平たい大きなダンボール箱。
その隣には同じく不在の札をつけた大きな紙袋。調達班の伝票で封がされている。
ダンボールの伝票には「KOTATSU」。紙袋には「FUTON」。
注文者の欄に自分の名が書かれており、配達先も間違いなく自室の番号だと確認したロナは送りつけるタイプの詐欺を思い浮かべたが、結社内で詐欺をする利点がわからず選択肢から消した。
料金の部分は支払い済みにチェックマークが付いている事に気付き、余計に混乱する。
ともあれ、廊下に置いたままだと通行の邪魔になるーーそう考えて部屋に運び込んでいる間に色素の薄い小柄な人影が近づいてきた。
「届いたんだ、コタツ。」
「ミサキ女史……」
いつも通りの無表情に少しだけ好奇心の疼いた目をした顔にロナは驚いた。
「注文した覚えはないんだが、そろそろ調達班の窓口も閉まる頃だからな、とりあえず預かっておこうかと思っただけだ。」
「私が注文した。」
「ゑ」
突然の答えに開いた口が塞がらないロナ。
「じゃぁ、これは誤配送なんだな……？」
「違う。」
「配達先を間違えたのか？」
「違う。」
「……待ってくれ、わかるように説明を頼む。」
小さく頷いたミサキの説明を聞いたロナの顔からは表情が消え、喜怒哀楽も通り越して穏やかな諦観の念だけが残った。
もしアンが同じ立場なら「人ん家を物置扱いすんじゃねぇ、真面目に言え」と言うんだろうなとミサキはふと思った。この手が使えるのもロナだからだ。
「自分の部屋を片付けるか、入りきらない物は買うな」とロナはため息混じりに言ったものの、コタツが近くにある事の嬉しさで強くは言えず、言葉はうやむやに消えた。
「偶に来る。コタツの魔力の分析がしたい。」
そう言い残してミサキは足早に去っていった。
後に残されたのはコタツとコタツ布団と諦観を身につけたロナのみだった。
翌朝。
ロナはいつもの布団ではなく、コタツで目を覚ました。
壁の時計を見ると、点呼の時間を過ぎている。
慌てて起き上がろうとすると、コタツの枠に脚を強打し、痛みと共に昨日の記憶がゆっくりと戻ってきた。
ーーそうだ、今日は休みだ。このコタツはミサキ女史が注文した置き場所の無い分析用。
昨晩、久々のコタツが気になったロナは全部セットした。
封を開けてみると、コタツではなく只の低い木のテーブルで、板が持ち上がるだけだった。
これだと布団を挟んでも余り暖かくはできない、と考えたロナはボトルを使う事にした。
部屋にあった薄いカーペットの上に布団を挟んだローテーブルをセットし、沸かした湯をボトルへ注ぎ込んで熱源に。そのままだとぶつかって熱いのでタオルを一枚まく。
そうして出来たコタツに足を入れて……その後からロナの記憶はない。
「寝落ちたのか……」
頭を抱えても事実は変わらない。まずは起きなければ、と半身を起こしたロナだが、ぬるいコタツから出る気にもなれず、テーブル部分に突っ伏した。
昔、東の国からこの国にやってきた先祖と共に伝来し、それから形をほぼ変えず、コタツはこの国でひっそりと魔力を行使している。それなりの数が普及し、寒い北側の地域では使用する家も少なくなかった。
当然、最北端の都市であるミクリカで生まれ育ったロナには馴染みの深いものだった。
「コタツで寝落ちると親父に怒られたんだっけな……」
気合いが足りないとか風邪引くからやめろとかそう言いながら晩酌をしていた父親の顔を思い出し、ロナの口元が自然と緩む。
「コタツの魔力は断ち切るのが難しい、でもそれでいい。」
コタツが近くにあるだけでロナは色々な事を思い出していた。
幼い頃の暖かい記憶も、部活と受験勉強で終わった多感な頃の記憶も、親戚と鍋をした記憶も。自然消滅した初めての彼女の事も。両親が帰って来なかったあの冬の日も。道場のやりくりに切羽詰まった事も。そして、もちろんミオリの事も。
不意にロナが気配を感じ、振り向くと、壊れかかった薄紫の髪を持つ機械人形がいた。
赤い目の光が責めるようにロナの視線を追いかける。
ーーミオリはもういない。機械が幽霊になれるとも思えない。だからこれは俺の幻覚だ。
ロナが初めて見た時はカクカクと動いていたが、視えるたびに動きは変わった。
階段に座っていたり、瓦礫の上に立っていたり、何かを言おうともしていたが、決まってロナより幾分後ろにいた。
今はひっそりと壁際でひざを抱えている。
それこそロナでさえ最初は血も凍る思いだったが、今は監視役のようだと思っている。
ロナの決意が揺らがない為の。罪悪感を消さない為の。
一度だけ、幻覚のミオリの声がロナに聞こえた事がある。
『私はあなたの何だったの？』
それの答えは、まだロナには結論が出ていなかった。
“あの日”から本当に色々あったな、と呟くロナの独り言にミオリの反応はない。
相変わらず呼吸のように赤い光を点滅させながら静かにそこにいる。
「ミオリ、もう疲れたって言ったら怒るか？」
耳が痛くなるような静寂があった。
「そうだよな、何も言わないよな。」
折角の休日だし、もうちょっと寝てもいいだろうか……とよぎった瞬間、ミオリの赤い光が激しく点滅し出した。突進してくる様な感覚に襲われたロナがとっさに身構えると、そこで
“目が覚めた”。
「……仕事が無くても、日課はやるべきだよな。いつ呼び出されるかわからないんだから。」
やはり、お湯ボトルだと限度がありそうだと思いながら、ロナは練習場に向かう支度を始めた。
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アサギの目立ったことは何もなく、ミサキの無茶振りもなかったロナの自室に向かう足取りは軽かった。
明日からの連続非番に少し引け目を感じていたせいか、戸惑う気持ちもあったが。
メンバーから「ロナさんは休んでください」と強く言われ、上司から「過労死はやめてくれ」とため息混じりに言われなければ無理にでもシフトを変えていただろう。
ともかく、この休みをどう使えばいいか。
それが今のロナが考えるべき最優先事項だった。
日課のトレーニングは休みでも外せない。
ミサキ女史は……何を言っても休まないかもしれない。
「肩の力を抜いてもいい」と言った時もどこ吹く風の顔をしていた。
だからと言って電子端末から引き剥がすのは無理だろう。
そうだ、アサギも非番になっていたのは何かあるのか？
考えつつ自室のドアノブに手を掛けた瞬間、考えていた内容はロナの頭から吹き飛んだ。
「なんだっ……！これは……！？」
扉の横に不在の札をつけたまま壁に寄りかかっている平たい大きなダンボール箱。
その隣には同じく不在の札をつけた大きな紙袋。調達班の伝票で封がされている。
ダンボールの伝票には「KOTATSU」。紙袋には「FUTON」。
注文者の欄に自分の名が書かれており、配達先も間違いなく自室の番号だと確認したロナは送りつけるタイプの詐欺を思い浮かべたが、結社内で詐欺をする利点がわからず選択肢から消した。
料金の部分は支払い済みにチェックマークが付いている事に気付き、余計に混乱する。
ともあれ、廊下に置いたままだと通行の邪魔になるーーそう考えて部屋に運び込んでいる間に色素の薄い小柄な人影が近づいてきた。
「届いたんだ、コタツ。」
「ミサキ女史……」
いつも通りの無表情に少しだけ好奇心の疼いた目をした顔にロナは驚いた。
「注文した覚えはないんだが、そろそろ調達班の窓口も閉まる頃だからな、とりあえず預かっておこうかと思っただけだ。」
「私が注文した。」
「ゑ」
突然の答えに開いた口が塞がらないロナ。
「じゃぁ、これは誤配送なんだな……？」
「違う。」
「配達先を間違えたのか？」
「違う。」
「……待ってくれ、わかるように説明を頼む。」
小さく頷いたミサキの説明を聞いたロナの顔からは表情が消え、喜怒哀楽も通り越して穏やかな諦観の念だけが残った。
もしアンが同じ立場なら「人ん家を物置扱いすんじゃねぇ、真面目に言え」と言うんだろうなとミサキはふと思った。この手が使えるのもロナだからだ。
「自分の部屋を片付けるか、入りきらない物は買うな」とロナはため息混じりに言ったものの、コタツが近くにある事の嬉しさで強くは言えず、言葉はうやむやに消えた。
「偶に来る。コタツの魔力の分析がしたい。」
そう言い残してミサキは足早に去っていった。
後に残されたのはコタツとコタツ布団と諦観を身につけたロナのみだった。
翌朝。
ロナはいつもの布団ではなく、コタツで目を覚ました。
壁の時計を見ると、点呼の時間を過ぎている。
慌てて起き上がろうとすると、コタツの枠に脚を強打し、痛みと共に昨日の記憶がゆっくりと戻ってきた。
ーーそうだ、今日は休みだ。このコタツはミサキ女史が注文した置き場所の無い分析用。
昨晩、久々のコタツが気になったロナは全部セットした。
封を開けてみると、コタツではなく只の低い木のテーブルで、板が持ち上がるだけだった。
これだと布団を挟んでも余り暖かくはできない、と考えたロナはボトルを使う事にした。
部屋にあった薄いカーペットの上に布団を挟んだローテーブルをセットし、沸かした湯をボトルへ注ぎ込んで熱源に。そのままだとぶつかって熱いのでタオルを一枚まく。
そうして出来たコタツに足を入れて……その後からロナの記憶はない。
「寝落ちたのか……」
頭を抱えても事実は変わらない。まずは起きなければ、と半身を起こしたロナだが、ぬるいコタツから出る気にもなれず、テーブル部分に突っ伏した。
昔、東の国からこの国にやってきた先祖と共に伝来し、それから形をほぼ変えず、コタツはこの国でひっそりと魔力を行使している。それなりの数が普及し、寒い北側の地域では使用する家も少なくなかった。
当然、最北端の都市であるミクリカで生まれ育ったロナには馴染みの深いものだった。
「コタツで寝落ちると親父に怒られたんだっけな……」
気合いが足りないとか風邪引くからやめろとかそう言いながら晩酌をしていた父親の顔を思い出し、ロナの口元が自然と緩む。
「コタツの魔力は断ち切るのが難しい、でもそれでいい。」
コタツが近くにあるだけでロナは色々な事を思い出していた。
幼い頃の暖かい記憶も、部活と受験勉強で終わった多感な頃の記憶も、親戚と鍋をした記憶も。自然消滅した初めての彼女の事も。両親が帰って来なかったあの冬の日も。道場のやりくりに切羽詰まった事も。そして、もちろんミオリの事も。
不意にロナが気配を感じ、振り向くと、壊れかかった薄紫の髪を持つ機械人形がいた。
赤い目の光が責めるようにロナの視線を追いかける。
ーーミオリはもういない。機械が幽霊になれるとも思えない。だからこれは俺の幻覚だ。
ロナが初めて見た時はカクカクと動いていたが、視えるたびに動きは変わった。
階段に座っていたり、瓦礫の上に立っていたり、何かを言おうともしていたが、決まってロナより幾分後ろにいた。
今はひっそりと壁際でひざを抱えている。
それこそロナでさえ最初は血も凍る思いだったが、今は監視役のようだと思っている。
ロナの決意が揺らがない為の。罪悪感を消さない為の。
一度だけ、幻覚のミオリの声がロナに聞こえた事がある。
『私はあなたの何だったの？』
それの答えは、まだロナには結論が出ていなかった。
“あの日”から本当に色々あったな、と呟くロナの独り言にミオリの反応はない。
相変わらず呼吸のように赤い光を点滅させながら静かにそこにいる。
「ミオリ、もう疲れたって言ったら怒るか？」
耳が痛くなるような静寂があった。
「そうだよな、何も言わないよな。」
折角の休日だし、もうちょっと寝てもいいだろうか……とよぎった瞬間、ミオリの赤い光が激しく点滅し出した。突進してくる様な感覚に襲われたロナがとっさに身構えると、そこで
“目が覚めた”。
「……仕事が無くても、日課はやるべきだよな。いつ呼び出されるかわからないんだから。」
やはり、お湯ボトルだと限度がありそうだと思いながら、ロナは練習場に向かう支度を始めた。
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