ミサキの年末年始 計画編
最終更新：
suzujiu_orichar 2020年09月19日(土) 12:11:16履歴
年が改まる少し前の事。
「ミサキ、今年の正月はどうする？何かやるか？」
夜9時近く。汚染駆除班の事務所で一人、作業を続けているミサキの元にアンが寝たままのマジュを抱えてやってきた。
「今年のじゃない、来年。」
「ん？あぁ、そうか。来年だな。で、どうする？」
「何が？」
個人用電子端末の画面から目を離さずにミサキが返す。
「何人かが和服って奴を着るらしい。ミサキも……」
「パス。」
アンに最後まで言わせず冷たく言うミサキ。
「年が変わるのはめでたい事？人間が勝手に決めた区切りなのに。」
「めでたいかどうかじゃねぇ、ここで便乗しないと一生経験できねぇだろって話だ。」
「パス。ギロクの計画は暦に左右されない。」
いつ機械人形のテロが起きるかわからないのに羽は伸ばせない、と言っている事に気がついたアンは改めてミサキの曲げない性格を思い出した。
「着付けのできる人には全員声掛けたって言ってたんだよなぁ……ロナとかな。」
「ロナなら行かない。」
「聞いてたのか？」
違うと首を振るミサキ。
「正月休みがあるならコタツでミカン食べながら寝てたいって言ってた。」
刀のメンテナンスで機械班を訪れた疲れた顔のロナを思い浮かべたアンは「そうだろうな」とため息をついた。
「それに、『ギロクの計画は暦に左右されない』って言ってたのもロナ。」
責任感の強いロナなら言うだろう、と二度目のため息をつくアン。
「本当にいいんだな？和服の件断っちまって。岩壁街に戻ったら出来ねぇんだぞ？」
「構わない。戻るなら良い経験なんてしたくない。」
「そこまで言うなら仕方ねぇな。ミサキ、作業中邪魔したな。」
諦めたアンは下がりかけたマジュを抱え直して事務所を出て行った。
「……見てみたかったけどな、ミサキの和服。」
ぼそりと呟いたアンの言葉をミサキは聞かなかった事にした。
廊下に出ると少し気温が下がる。
そのせいか、アンの腕の中にいたマジュがそっと目を覚ました。
「ん？マジュ、寒いのか？」
とろんとして焦点の定まらない目が少し揺れた後、「みーねぇは？」と小声で聞いた。
「和服は着たくないってさ。ゴメンな、3人で着たいって言ってたのに。」
「みーねぇはひとがたくさんいたらいやだよね。」
「そうだな。予想通りの反応でも、やっぱり未練は残るな。」
「みぃ、ね……」
眠気にもう勝てなかったのか、もぞもぞとアンの胸に顔を埋めるとマジュは小さな寝息を立て始めた。
「マジュくらい素直でいりゃぁなぁ……」
誰に言うでもない言葉は廊下の暗がりに溶けて行った。
一人事務所に残ったミサキは画面から目を離し、天井を見上げた。
光度を最低まで下げたほの暗い蛍光灯が整然と並んでいる。
和服が着られる。理由はともかく、面白そうだとは思った。
海を越えてやってきた先祖の誰かが東の国の人だったらしく、サオトメ姓やマシマ姓はその子孫に当たるらしい。そして、今でも文化の名残はカンテにもある。
その一例が和服だ。数年に一度、大きなブームがやってきては引いていく。
愛好家も多数おり、機械人形に着せたり、着付け方法をインストールさせる人もいる。
愛される理由は正直、よくわからない。
着るのも脱ぐのも動くのも一苦労な上にやたら豪華な刺繍のされるこの衣装の魅力がわからない。
でも、着てみれば多少理解できるだろうかと思った。
ロナやアサギが和服を選ぶ理由も。
断ったのは、数が足りなくなるから。
アンが私に服の話を振るとは思えない。
もし、シリルが計画に組み込んだのならアンを介さず、直接連絡するだろう。
そうすると、最初に計画に誘われたのはマジュと見たほうがいい。
マジュの事だから、「3人で和服が着てみたい」と言ったはずだ。
でも、私が行けば服の数が足りなくなる。
これは不確かな予測じゃない。確定している未来だ。
結社で準備できる和服はメンバーの持ち物と有志による寄付だから、今手に入るものの数くらい把握できる。
加えて、和服そのものの値段が高い。
優秀な調達班とは言え、負担を掛けるのは気がひける。
だから、アンには少し嘘を言った。気づいたかはわからない。
ロナの事も少し嘘を言った。
『ギロクの計画は暦に左右されない。』
その後に『でも、休息は必要だ。偶に肩の力を抜いてもいいんじゃないか？』と続いた。
『メンバーが息抜き出来るように、俺も頑張らないとな』とも。
それなら、ロナ、貴方の休息はいつになる？
私にはこのテロが終わる前に死にそうに見える。
だから、本当に何もなさそうなタフな人を選んで持ち番を割り振るよう上層部に言った。
わかっている。
テロを起こす絶好のチャンスである、人の集まる時期をあのギロクが見逃すとは思えない。
もし本当に事件が起きて仕舞えば持ち番も関係なしにロナは現場へ行くだろう。
それでも。
ずっと見続けているミオリの幻影の悪夢から、偶に目を逸らしたっていい。
みんなと同じように肩の力を抜いていい。
みんなを気遣うのと同じ様に己を気遣う事があっていい。
勝手な願いだ。
でも、そう思うほどに、メンバーにとって、私にとって、ロナは必要な存在なんだ。
次の話→
「ミサキ、今年の正月はどうする？何かやるか？」
夜9時近く。汚染駆除班の事務所で一人、作業を続けているミサキの元にアンが寝たままのマジュを抱えてやってきた。
「今年のじゃない、来年。」
「ん？あぁ、そうか。来年だな。で、どうする？」
「何が？」
個人用電子端末の画面から目を離さずにミサキが返す。
「何人かが和服って奴を着るらしい。ミサキも……」
「パス。」
アンに最後まで言わせず冷たく言うミサキ。
「年が変わるのはめでたい事？人間が勝手に決めた区切りなのに。」
「めでたいかどうかじゃねぇ、ここで便乗しないと一生経験できねぇだろって話だ。」
「パス。ギロクの計画は暦に左右されない。」
いつ機械人形のテロが起きるかわからないのに羽は伸ばせない、と言っている事に気がついたアンは改めてミサキの曲げない性格を思い出した。
「着付けのできる人には全員声掛けたって言ってたんだよなぁ……ロナとかな。」
「ロナなら行かない。」
「聞いてたのか？」
違うと首を振るミサキ。
「正月休みがあるならコタツでミカン食べながら寝てたいって言ってた。」
刀のメンテナンスで機械班を訪れた疲れた顔のロナを思い浮かべたアンは「そうだろうな」とため息をついた。
「それに、『ギロクの計画は暦に左右されない』って言ってたのもロナ。」
責任感の強いロナなら言うだろう、と二度目のため息をつくアン。
「本当にいいんだな？和服の件断っちまって。岩壁街に戻ったら出来ねぇんだぞ？」
「構わない。戻るなら良い経験なんてしたくない。」
「そこまで言うなら仕方ねぇな。ミサキ、作業中邪魔したな。」
諦めたアンは下がりかけたマジュを抱え直して事務所を出て行った。
「……見てみたかったけどな、ミサキの和服。」
ぼそりと呟いたアンの言葉をミサキは聞かなかった事にした。
廊下に出ると少し気温が下がる。
そのせいか、アンの腕の中にいたマジュがそっと目を覚ました。
「ん？マジュ、寒いのか？」
とろんとして焦点の定まらない目が少し揺れた後、「みーねぇは？」と小声で聞いた。
「和服は着たくないってさ。ゴメンな、3人で着たいって言ってたのに。」
「みーねぇはひとがたくさんいたらいやだよね。」
「そうだな。予想通りの反応でも、やっぱり未練は残るな。」
「みぃ、ね……」
眠気にもう勝てなかったのか、もぞもぞとアンの胸に顔を埋めるとマジュは小さな寝息を立て始めた。
「マジュくらい素直でいりゃぁなぁ……」
誰に言うでもない言葉は廊下の暗がりに溶けて行った。
一人事務所に残ったミサキは画面から目を離し、天井を見上げた。
光度を最低まで下げたほの暗い蛍光灯が整然と並んでいる。
和服が着られる。理由はともかく、面白そうだとは思った。
海を越えてやってきた先祖の誰かが東の国の人だったらしく、サオトメ姓やマシマ姓はその子孫に当たるらしい。そして、今でも文化の名残はカンテにもある。
その一例が和服だ。数年に一度、大きなブームがやってきては引いていく。
愛好家も多数おり、機械人形に着せたり、着付け方法をインストールさせる人もいる。
愛される理由は正直、よくわからない。
着るのも脱ぐのも動くのも一苦労な上にやたら豪華な刺繍のされるこの衣装の魅力がわからない。
でも、着てみれば多少理解できるだろうかと思った。
ロナやアサギが和服を選ぶ理由も。
断ったのは、数が足りなくなるから。
アンが私に服の話を振るとは思えない。
もし、シリルが計画に組み込んだのならアンを介さず、直接連絡するだろう。
そうすると、最初に計画に誘われたのはマジュと見たほうがいい。
マジュの事だから、「3人で和服が着てみたい」と言ったはずだ。
でも、私が行けば服の数が足りなくなる。
これは不確かな予測じゃない。確定している未来だ。
結社で準備できる和服はメンバーの持ち物と有志による寄付だから、今手に入るものの数くらい把握できる。
加えて、和服そのものの値段が高い。
優秀な調達班とは言え、負担を掛けるのは気がひける。
だから、アンには少し嘘を言った。気づいたかはわからない。
ロナの事も少し嘘を言った。
『ギロクの計画は暦に左右されない。』
その後に『でも、休息は必要だ。偶に肩の力を抜いてもいいんじゃないか？』と続いた。
『メンバーが息抜き出来るように、俺も頑張らないとな』とも。
それなら、ロナ、貴方の休息はいつになる？
私にはこのテロが終わる前に死にそうに見える。
だから、本当に何もなさそうなタフな人を選んで持ち番を割り振るよう上層部に言った。
わかっている。
テロを起こす絶好のチャンスである、人の集まる時期をあのギロクが見逃すとは思えない。
もし本当に事件が起きて仕舞えば持ち番も関係なしにロナは現場へ行くだろう。
それでも。
ずっと見続けているミオリの幻影の悪夢から、偶に目を逸らしたっていい。
みんなと同じように肩の力を抜いていい。
みんなを気遣うのと同じ様に己を気遣う事があっていい。
勝手な願いだ。
でも、そう思うほどに、メンバーにとって、私にとって、ロナは必要な存在なんだ。
次の話→
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