のろしーーロナの場合／涼風慈雨
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suzujiu_orichar 2020年09月17日(木) 22:34:14履歴
よく、なぜマルフィ結社に入ったのか、と聞かれる。
疑問に思うのは当然だ。ここに来るからには余程の理由が必ずある。
俺の場合、端的に言えば、誰にも俺と同じ重荷を背負って欲しくないからだ。
俺が住んでいたのは最初のテロの地、ミクリカ。そこで3年前から家事をしてもらってる機械人形のミオリと暮らしながら剣術道場の師範をしていた。
え？そんな場所ないだろうって？
そりゃ個人で道場は立てられないさ。公民館を借りて開催していたんだ。
練習が長引いて夜になれば少しつまむものが必要になるし、合宿する時は大量の洗濯物が出るし、全員分の飯が必要だ。一人でやっていくには負担が大きすぎる。
ミオリを家に置くことにしたのはそんな理由からだ。
普段、電子世界はニュースと天気予報の確認や生徒の情報をまとめるくらいにしか使っていなかった。その上テレビを見る習慣もほぼ無かったから、最初に汚染があった日も何も知らなかった。
いつも通り、生徒が帰った後に個人練習の素振りををして、生徒の出席表や評価を付けて、ミオリの作ってくれた夕食を食べていたんだ。
翌日の正午、少し前。
副業のアルバイト先から帰ってくると、いつも通りの笑顔でミオリが出迎えてくれる。
「おかえりなさい！お昼の準備はもう直ぐできますよ〜」
いつもありがとうね、とねぎらって荷物を奥へ運ぶ。
あくまで機械人形だと線引きしようとしていたのはいつまでだったか。今ではまるで……
声をかけようとミオリの方を向く。
……キーンコーンカーンコーン……
壁に掛けた電波時計が正午の鐘を鳴らしたのとミオリの肩が突然ビクリと跳ねたのはほぼ同時だった。
「ギ…様…ギロク…様…仰せの通りに…いた…します…戦闘データ、解析終了…実行します」
台所にかけてある鏡には目を赤く光らせたミオリの顔が写っていた。
「何、だ……！？」
細かく考える間も無く、振り向いたミオリは猫のような素早さで此方へ突進してきた。
咄嗟に身をひねってかわそうとしたが、一瞬怯んだせいでミオリの手が肩にひっかかった。
床に引き倒され、後頭部と背中を強く打ち付けたところに赤い目のミオリが馬乗りになる。
思ったより重いミオリの重さで肺が苦しい。衝撃で空っぽの胃がひっくり返りそうな痛みを訴えた。軋む肋骨の音が聞こえる気がした。
首元に伸びるミオリの両手を見てミオリを買った店の店員の言葉をふと思い出した。
ーー機械人形は銃弾も通さぬ頑丈な作りですが、関節の部分は自然な動きができるように弱くできています。狙って一点に圧力を掛けて内部のコードを切れば壊れてしまいます。精密な機械は丈夫に見えても脆いものです。大事に使ってあげてくださいーー
床の間に飾ってあった刀が目に入った。死んだ親父が骨董屋で見つけた本物の刀だ。
一縷の希望が見えた。首を締めるミオリをなんとか突き飛ばし、床の間の刀を手に取る。
さやから抜き、なおも飛びかかって来ようとするミオリに剣先を向ける。
そこにいるのはミオリだけどミオリじゃない。早く、ミオリを解放してあげなければ。
ワイヤーを切断するような感触が手に伝わった。
ゴッ……と鈍い音を立ててミオリの頭部が床に落ちる。
腰のあたりを狙ってもう一度刀を振る。柔らかい金属の感触がした。
ドスッ……とバラバラになった体が力なく床に崩れ落ちた。
ーー強制終了のスイッチは耳にあります。バグがどうしても治らない時は棒か何かで押して下さいーー
赤く光る目を見開いたまま眼球カメラを必死に動かしているミオリの耳を狙って床まで串刺しにする。
微かな機械の駆動音が止み、ミオリの目の光が消えた。
荒い、誰かの呼吸が直ぐ近くで聞こえた。
それから、地の底からねじり出すような慟哭が聞こえた。
誰が叫んでいる？？
耳が痛い。喉が痛い。頭が痛い。目が痛い。
何故だ？何故なんだ？
下を向くと、透明な液体が目に入った。その量はどんどん増えている。
ああそうか、これは俺なんだ。叫んでいるのも、涙を流しているのも俺なんだ。
いつもありがとう、と言えば恥ずかしげに微笑んだミオリ。
家事ができればそれで良いと言ったのに生徒も含めて全員の好物をおにぎりにしてくれたミオリ。
可愛くなければだめだと台所を改造したミオリ。
傘を忘れた時に届けに来てくれて一緒に帰ったミオリ。
去年、みかん入道雲パフェがどうしても食べたくて炎天下の中交代で並んだミオリ。
家で作れないかと相談したら材料的にも時間的にも無理と突っぱねたミオリ。
真剣を使った試合で優勝した時、自分のことのように喜んでくれたミオリ。
初めて家に来た時の無表情のミオリ。
俺は、何をした？家族同然の、否、家族以上の存在を斬ったのか？殺めたのか？
手には未だワイヤーを斬った時に似た感触も、軟らかい金属を斬った感触も残っている。
何より、眼前には切断され動かなくなったミオリの姿がある。
切断面にはすっぱり切れたコードや基盤が見え、恨めしそうに小さな火花が散っていた。
手元の刀はミオリの耳を正確に貫き、床に固定している。
そうか、俺はミオリを敢えて破壊したのか。破壊せずとも止められたかもしれない。
それでも、俺はミオリを破壊した。立派な大罪人だ。法で裁けずとも、俺は大罪人だ。
そう認めた瞬間、周囲の音が戻ってきた。
ガラスの割れる音、誰かの悲鳴、何か柔らかいものが潰れる嫌な音。
窓から見えた空には行く筋もの煙が登っていた。
どうやら、機械人形が人を襲うのは何もうちに限ったことではないらしい。
家の目の前を誰かが必死で走る足音と少女の叫びが聞こえた。
「お兄ちゃん！待ってよ！何で殺そうとするの！？」
その瞬間閃いた。何処かで誰かを襲っている機械人形は全て誰かの元家族なのだと。
床に刺さった刀を抜き、玄関から飛び出す。
自らの手で破壊する辛さは知らなくていい。そんな重荷誰も背負わなくていい。
さっきの少女とお兄ちゃんと呼ばれていた機械人形に追いつくと、迷いなく刀を振り下ろし、機械人形の右腕を切断した。続けて腰の関節を切断して逃げられなくしてから耳を狙って刀を突き刺す。機械人形の目の光が消え、動作が止まった。
少女を探したが既に何処かへ走り去った後だった。薄い金色の髪の色素の薄い少女だった。
斬られるところを見ずに済んだならそれでいい。
その後は出くわす機械人形を片っ端から斬った。
何があったのかはよくわからなかったが、とにかく暴走する機械人形を止めなければ自分達が殺される、という事だけは痛いほどよく分かっていた。
軽蔑されるかもしれない、元家族から恨まれるかもしれない。
でも、そんな事はどうでもいい。既に俺は大罪人の自覚があるし、今目の前で消えそうな命を守れるのならそれでいい。
どれくらい経過しただろうか。
刃こぼれした刀を引きずって血だらけの街を歩いていると、人の声が聞こえた。
瓦礫の上に立って「おーい！」と何度も言っている。あれは……軍警の制服だろうか？
歩いている俺に気づいたらしい、襟元に何がしか囁くと此方へ走ってきた。
「大丈夫ですか！？もうすぐ担架が来ますので、こちらへ…」
ようやくちゃんとした人に会えて気が抜けたのか、最後まで聞かずに倒れてしまい……次に目が覚めた時は、白い天井がぼんやり見えた。
感じていなかった筈の痛みがズンとのしかかり一瞬息がつまる。
視界の横から白っぽい制服の看護師が顔を出した。
「ロナ・サオトメさんですね？聞こえたら瞬きをして下さい。」
…しぱ…しぱ…と瞬きをする。
「先生！サオトメさん意識回復しました！」
看護師が呼んだ医師はプロレスラーの様な体格の男だった。
カルテをパラパラと見、聴診器で心音を聞く。
「ふむ…心音が強くなってきたね。ちゃんと生きたがっている。……サオトメさん、よくこの状態で動けてましたね。肋骨と左手と頬骨の骨折、何十カ所の痣、複数の切り傷、首の締め跡、内臓の損傷、頭部からの出血……この病院に搬送された時は簡易的な止血しかされてなくてねぇ……アドレナリンのお陰ですかねぇ？」
はははと笑う医師を静かに見つめる。
「とにかく、しばらくは安静にして下さい。破傷風の心配はありませんのでご安心を。コルセットは動きづらいかもしれませんが、早く治す為です。勝手に取らないでくださいよ？」
「そう…だ…」
「なんです？サオトメさん。」
「かた…な…何処へ？」
「刀ですか？確かしっかり保存してある筈ですよ。動けるようになったらお返しします。」
「そう…ですか…」
何もする事もなし、起きていても痛いだけなら寝ておこう、と意識を手放すことにした。
翌日、スーツ姿の政府関係者が事情聴取に来た。
いつ何処で何をしていたのか、何を見たのか、と事細かに聞かれた。
隠すことは何もない。聞かれた事に淡々と答えた。
これで器物損壊だの不法侵入だの機械人形法に抵触するだの言われても別に構わないと思った。
「これで聴取は終わりです。ミクリカ市内は当分立ち入り制限が掛かっているので、退院後は市外の仮設住宅に入ってもらうことになります。基本的な設備は整える予定ですのでご安心を。では。」
やってきた人達が帰ると病室内は静かになった。
十人規模の大部屋だ。人のうごめく気配はするが、不思議と煩いとは思わなかった。
ふと、あの時助けた少女は上手く逃げ切れただろうか、道場に通っていた生徒たちはどうしているだろうかと考えた。
あの状態の街を逃げ切るのは難しい。何処かで生きていると願うしか出来ない。
微かに聞こえたテレビかラジオの音は電子世界が完全にハッキングされ、電子機械の接続を受け付けなくなったと知らせていた。
自力で起き上がれるようになると、退院の案内と仮設住宅の案内のパンフレットが渡された。仮設住宅そのものはまだ出来ていないので、避難所生活になるわけだが。
そうだ、ミオリの充電は避難所でもできるのか？と考えた瞬間、胸がズキンと痛んだ。
ミオリは、もう居ない。そう、俺が破壊したんだ。分かっている、光景も感触も感情も覚えているのだから。涙ならもう枯れた。後悔はあるけどない。
動けるなら大丈夫だろうと退院させられ、その後も通院が続いていたある日、病院の入り口で見覚えのある少女に声をかけられた。薄い金色の髪の色素の薄い少女だった。
「ようやく見つけた。あの時のお兄さん。ロナ・サオトメ。」
一瞬何のことかと思ったが、最初に斬った“お兄ちゃん”に追いかけられていた少女だと思い出した。
「赤髪の刀振り回してたお兄さん、って聞いたら直ぐ見つかった。」
刀を振り回してたお兄さん、と言われるのは微妙だ。
「あの時はどうもありがとう。あの機械人形は兄も同然だったけど、汚染であそこまで凶暴化するとは予想できなかった。……物陰から全部見てた。」
「そうか。」
あれを見ていたのか……大きな怪我もなく何よりだと思おう。
「それでだけど、お兄さん、マルフィ結社に加入しない？」
「結社？」
確か、軍警の対応の遅さに痺れを切らした民間団体があると聞いたな。
「そう。機械人形と共に歩む未来を作るために生まれた民間団体。暴走する機械人形を止め、ギロクの目論見を潰すのが目的。」
「……これ以上、誰かの元家族を壊せと言うのか？」
自分で言って驚いた。誰かの為に機械人形を破壊すると決めたはずなのに。
「今、汚染を駆除するプログラムを開発してる。完成すれば壊さずに汚染から機械人形を解放できる。人も守れる。」
「本当か？」
「本当。使いこなすにはお兄さんの技術が必要。己の剣術で生き残った貴方の技術が必要。だから一緒に来て。」
「……噂は嘘じゃなかったんだな。わかった。行く。ただ、一つ聞きたいんだが……」
「刀の修繕なら出来る。」
え？何故わかった？
「後、汚染されてない機械人形達もいる。」
聞く前に答えを言われてしまった。
「聞きたいことは終わり？」
「あ、あぁ。君は一体…？」
「私？私はミサキ。ミサキ・ケルンティア。汚染駆除班所属。よろしく、ロナ・サオトメ。」
自分の願いを果たすにはマルフィ結社に入るしかない。
歩き出すミサキを追って病院を後にした。
ようこそ、マルフィ結社へーー
元ツイはこちら
疑問に思うのは当然だ。ここに来るからには余程の理由が必ずある。
俺の場合、端的に言えば、誰にも俺と同じ重荷を背負って欲しくないからだ。
俺が住んでいたのは最初のテロの地、ミクリカ。そこで3年前から家事をしてもらってる機械人形のミオリと暮らしながら剣術道場の師範をしていた。
え？そんな場所ないだろうって？
そりゃ個人で道場は立てられないさ。公民館を借りて開催していたんだ。
練習が長引いて夜になれば少しつまむものが必要になるし、合宿する時は大量の洗濯物が出るし、全員分の飯が必要だ。一人でやっていくには負担が大きすぎる。
ミオリを家に置くことにしたのはそんな理由からだ。
普段、電子世界はニュースと天気予報の確認や生徒の情報をまとめるくらいにしか使っていなかった。その上テレビを見る習慣もほぼ無かったから、最初に汚染があった日も何も知らなかった。
いつも通り、生徒が帰った後に個人練習の素振りををして、生徒の出席表や評価を付けて、ミオリの作ってくれた夕食を食べていたんだ。
翌日の正午、少し前。
副業のアルバイト先から帰ってくると、いつも通りの笑顔でミオリが出迎えてくれる。
「おかえりなさい！お昼の準備はもう直ぐできますよ〜」
いつもありがとうね、とねぎらって荷物を奥へ運ぶ。
あくまで機械人形だと線引きしようとしていたのはいつまでだったか。今ではまるで……
声をかけようとミオリの方を向く。
……キーンコーンカーンコーン……
壁に掛けた電波時計が正午の鐘を鳴らしたのとミオリの肩が突然ビクリと跳ねたのはほぼ同時だった。
「ギ…様…ギロク…様…仰せの通りに…いた…します…戦闘データ、解析終了…実行します」
台所にかけてある鏡には目を赤く光らせたミオリの顔が写っていた。
「何、だ……！？」
細かく考える間も無く、振り向いたミオリは猫のような素早さで此方へ突進してきた。
咄嗟に身をひねってかわそうとしたが、一瞬怯んだせいでミオリの手が肩にひっかかった。
床に引き倒され、後頭部と背中を強く打ち付けたところに赤い目のミオリが馬乗りになる。
思ったより重いミオリの重さで肺が苦しい。衝撃で空っぽの胃がひっくり返りそうな痛みを訴えた。軋む肋骨の音が聞こえる気がした。
首元に伸びるミオリの両手を見てミオリを買った店の店員の言葉をふと思い出した。
ーー機械人形は銃弾も通さぬ頑丈な作りですが、関節の部分は自然な動きができるように弱くできています。狙って一点に圧力を掛けて内部のコードを切れば壊れてしまいます。精密な機械は丈夫に見えても脆いものです。大事に使ってあげてくださいーー
床の間に飾ってあった刀が目に入った。死んだ親父が骨董屋で見つけた本物の刀だ。
一縷の希望が見えた。首を締めるミオリをなんとか突き飛ばし、床の間の刀を手に取る。
さやから抜き、なおも飛びかかって来ようとするミオリに剣先を向ける。
そこにいるのはミオリだけどミオリじゃない。早く、ミオリを解放してあげなければ。
ワイヤーを切断するような感触が手に伝わった。
ゴッ……と鈍い音を立ててミオリの頭部が床に落ちる。
腰のあたりを狙ってもう一度刀を振る。柔らかい金属の感触がした。
ドスッ……とバラバラになった体が力なく床に崩れ落ちた。
ーー強制終了のスイッチは耳にあります。バグがどうしても治らない時は棒か何かで押して下さいーー
赤く光る目を見開いたまま眼球カメラを必死に動かしているミオリの耳を狙って床まで串刺しにする。
微かな機械の駆動音が止み、ミオリの目の光が消えた。
荒い、誰かの呼吸が直ぐ近くで聞こえた。
それから、地の底からねじり出すような慟哭が聞こえた。
誰が叫んでいる？？
耳が痛い。喉が痛い。頭が痛い。目が痛い。
何故だ？何故なんだ？
下を向くと、透明な液体が目に入った。その量はどんどん増えている。
ああそうか、これは俺なんだ。叫んでいるのも、涙を流しているのも俺なんだ。
いつもありがとう、と言えば恥ずかしげに微笑んだミオリ。
家事ができればそれで良いと言ったのに生徒も含めて全員の好物をおにぎりにしてくれたミオリ。
可愛くなければだめだと台所を改造したミオリ。
傘を忘れた時に届けに来てくれて一緒に帰ったミオリ。
去年、みかん入道雲パフェがどうしても食べたくて炎天下の中交代で並んだミオリ。
家で作れないかと相談したら材料的にも時間的にも無理と突っぱねたミオリ。
真剣を使った試合で優勝した時、自分のことのように喜んでくれたミオリ。
初めて家に来た時の無表情のミオリ。
俺は、何をした？家族同然の、否、家族以上の存在を斬ったのか？殺めたのか？
手には未だワイヤーを斬った時に似た感触も、軟らかい金属を斬った感触も残っている。
何より、眼前には切断され動かなくなったミオリの姿がある。
切断面にはすっぱり切れたコードや基盤が見え、恨めしそうに小さな火花が散っていた。
手元の刀はミオリの耳を正確に貫き、床に固定している。
そうか、俺はミオリを敢えて破壊したのか。破壊せずとも止められたかもしれない。
それでも、俺はミオリを破壊した。立派な大罪人だ。法で裁けずとも、俺は大罪人だ。
そう認めた瞬間、周囲の音が戻ってきた。
ガラスの割れる音、誰かの悲鳴、何か柔らかいものが潰れる嫌な音。
窓から見えた空には行く筋もの煙が登っていた。
どうやら、機械人形が人を襲うのは何もうちに限ったことではないらしい。
家の目の前を誰かが必死で走る足音と少女の叫びが聞こえた。
「お兄ちゃん！待ってよ！何で殺そうとするの！？」
その瞬間閃いた。何処かで誰かを襲っている機械人形は全て誰かの元家族なのだと。
床に刺さった刀を抜き、玄関から飛び出す。
自らの手で破壊する辛さは知らなくていい。そんな重荷誰も背負わなくていい。
さっきの少女とお兄ちゃんと呼ばれていた機械人形に追いつくと、迷いなく刀を振り下ろし、機械人形の右腕を切断した。続けて腰の関節を切断して逃げられなくしてから耳を狙って刀を突き刺す。機械人形の目の光が消え、動作が止まった。
少女を探したが既に何処かへ走り去った後だった。薄い金色の髪の色素の薄い少女だった。
斬られるところを見ずに済んだならそれでいい。
その後は出くわす機械人形を片っ端から斬った。
何があったのかはよくわからなかったが、とにかく暴走する機械人形を止めなければ自分達が殺される、という事だけは痛いほどよく分かっていた。
軽蔑されるかもしれない、元家族から恨まれるかもしれない。
でも、そんな事はどうでもいい。既に俺は大罪人の自覚があるし、今目の前で消えそうな命を守れるのならそれでいい。
どれくらい経過しただろうか。
刃こぼれした刀を引きずって血だらけの街を歩いていると、人の声が聞こえた。
瓦礫の上に立って「おーい！」と何度も言っている。あれは……軍警の制服だろうか？
歩いている俺に気づいたらしい、襟元に何がしか囁くと此方へ走ってきた。
「大丈夫ですか！？もうすぐ担架が来ますので、こちらへ…」
ようやくちゃんとした人に会えて気が抜けたのか、最後まで聞かずに倒れてしまい……次に目が覚めた時は、白い天井がぼんやり見えた。
感じていなかった筈の痛みがズンとのしかかり一瞬息がつまる。
視界の横から白っぽい制服の看護師が顔を出した。
「ロナ・サオトメさんですね？聞こえたら瞬きをして下さい。」
…しぱ…しぱ…と瞬きをする。
「先生！サオトメさん意識回復しました！」
看護師が呼んだ医師はプロレスラーの様な体格の男だった。
カルテをパラパラと見、聴診器で心音を聞く。
「ふむ…心音が強くなってきたね。ちゃんと生きたがっている。……サオトメさん、よくこの状態で動けてましたね。肋骨と左手と頬骨の骨折、何十カ所の痣、複数の切り傷、首の締め跡、内臓の損傷、頭部からの出血……この病院に搬送された時は簡易的な止血しかされてなくてねぇ……アドレナリンのお陰ですかねぇ？」
はははと笑う医師を静かに見つめる。
「とにかく、しばらくは安静にして下さい。破傷風の心配はありませんのでご安心を。コルセットは動きづらいかもしれませんが、早く治す為です。勝手に取らないでくださいよ？」
「そう…だ…」
「なんです？サオトメさん。」
「かた…な…何処へ？」
「刀ですか？確かしっかり保存してある筈ですよ。動けるようになったらお返しします。」
「そう…ですか…」
何もする事もなし、起きていても痛いだけなら寝ておこう、と意識を手放すことにした。
翌日、スーツ姿の政府関係者が事情聴取に来た。
いつ何処で何をしていたのか、何を見たのか、と事細かに聞かれた。
隠すことは何もない。聞かれた事に淡々と答えた。
これで器物損壊だの不法侵入だの機械人形法に抵触するだの言われても別に構わないと思った。
「これで聴取は終わりです。ミクリカ市内は当分立ち入り制限が掛かっているので、退院後は市外の仮設住宅に入ってもらうことになります。基本的な設備は整える予定ですのでご安心を。では。」
やってきた人達が帰ると病室内は静かになった。
十人規模の大部屋だ。人のうごめく気配はするが、不思議と煩いとは思わなかった。
ふと、あの時助けた少女は上手く逃げ切れただろうか、道場に通っていた生徒たちはどうしているだろうかと考えた。
あの状態の街を逃げ切るのは難しい。何処かで生きていると願うしか出来ない。
微かに聞こえたテレビかラジオの音は電子世界が完全にハッキングされ、電子機械の接続を受け付けなくなったと知らせていた。
自力で起き上がれるようになると、退院の案内と仮設住宅の案内のパンフレットが渡された。仮設住宅そのものはまだ出来ていないので、避難所生活になるわけだが。
そうだ、ミオリの充電は避難所でもできるのか？と考えた瞬間、胸がズキンと痛んだ。
ミオリは、もう居ない。そう、俺が破壊したんだ。分かっている、光景も感触も感情も覚えているのだから。涙ならもう枯れた。後悔はあるけどない。
動けるなら大丈夫だろうと退院させられ、その後も通院が続いていたある日、病院の入り口で見覚えのある少女に声をかけられた。薄い金色の髪の色素の薄い少女だった。
「ようやく見つけた。あの時のお兄さん。ロナ・サオトメ。」
一瞬何のことかと思ったが、最初に斬った“お兄ちゃん”に追いかけられていた少女だと思い出した。
「赤髪の刀振り回してたお兄さん、って聞いたら直ぐ見つかった。」
刀を振り回してたお兄さん、と言われるのは微妙だ。
「あの時はどうもありがとう。あの機械人形は兄も同然だったけど、汚染であそこまで凶暴化するとは予想できなかった。……物陰から全部見てた。」
「そうか。」
あれを見ていたのか……大きな怪我もなく何よりだと思おう。
「それでだけど、お兄さん、マルフィ結社に加入しない？」
「結社？」
確か、軍警の対応の遅さに痺れを切らした民間団体があると聞いたな。
「そう。機械人形と共に歩む未来を作るために生まれた民間団体。暴走する機械人形を止め、ギロクの目論見を潰すのが目的。」
「……これ以上、誰かの元家族を壊せと言うのか？」
自分で言って驚いた。誰かの為に機械人形を破壊すると決めたはずなのに。
「今、汚染を駆除するプログラムを開発してる。完成すれば壊さずに汚染から機械人形を解放できる。人も守れる。」
「本当か？」
「本当。使いこなすにはお兄さんの技術が必要。己の剣術で生き残った貴方の技術が必要。だから一緒に来て。」
「……噂は嘘じゃなかったんだな。わかった。行く。ただ、一つ聞きたいんだが……」
「刀の修繕なら出来る。」
え？何故わかった？
「後、汚染されてない機械人形達もいる。」
聞く前に答えを言われてしまった。
「聞きたいことは終わり？」
「あ、あぁ。君は一体…？」
「私？私はミサキ。ミサキ・ケルンティア。汚染駆除班所属。よろしく、ロナ・サオトメ。」
自分の願いを果たすにはマルフィ結社に入るしかない。
歩き出すミサキを追って病院を後にした。
ようこそ、マルフィ結社へーー
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