アンスリウムを抱いて／べにざくろ
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g_a3b2c3o12 2021年01月08日(金) 19:30:26履歴
昼下がりの医療 班の部屋は、比較的穏やかな時間が流れていた。
前線駆除 班の出動もここ数日はなく緊急を要する怪我人も病人もいない。一時の平和な時間というやつだ。
そんな平和な部屋で、ミアは真剣な顔をして目の前に座るフユの腕に包帯を巻いていた。
「 はい 、ここまできたら環行です 」
「 うん 」
フユの指示通り環行―――同じ場所に包帯を重ねて巻いていく。そして、最後まで使い切ったら台形を作るように両側を折ってテープで止める。テープで止めると同時にミアの表情が安堵で緩んだ。
「 できた!! 」
「 お疲れ様ですー 」
フユがニコッと笑って薄黄緑の目を細める。そんなフユにミアはペコりと頭を下げた。
「 フユ先生、講評お願いします! 」
「 うーん……全体的には良く巻けていますが、ここの間隔が均等になっていないのと、圧迫圧のばらつきがまだ大きいですねぇ 」
フユの指さした先の包帯は確かに巻きの間隔が狭くなっていて、フユ先生の講評にミアは分かり易く肩を落とした。
「 やっぱりフユちゃんみたいに綺麗に巻けないなぁ 」
ぼやくミアの言葉にフユは目をしばたたかせる。
フユは機械人形 であり人間とは違う。しかも医療に特化して作られたタイプなので包帯を綺麗に巻けて当然の存在なのだ。それと一般人のミアが技術を競おうとしても無理な話である。しかし、そんな無粋なツッコミを入れるフユでは無く優しく微笑むだけである。
「 いつか出来るようになりますよ 」
「 ジークおじさまも同じこと言ってたけど、早く出来るようにならなくちゃ 」
医療班に入れてもらったもののミアが出来ることは未だに非常に少ない。少しでも役にたてるようになりたいと思って考えたのが包帯の巻き方の習得だった。教師役はフユ。これ以上の適任はいない。
「 じゃあ、次は包帯を外して巻き戻ししてください 」
「 はい! 」
ミアは良い返事をして包帯を止めていたテープを外す。包帯の巻き戻しは配属当初からやらせて貰っていたので比較的得意だ。フユの腕から外した包帯の端を折り返して芯を作ると手慣れた様子で巻き取っていく。
「 3分以内でお願いしますねー 」
「 ええっ!? 」
唐突なフユの指示に驚いて叫んだ拍子に包帯を落としそうになるがギリギリで堪えて、ミアは手を動かすスピードを上げた。
「 56、57…… 」
「 終わった!! 」
フユのカウントダウンを遮ってミアは巻き終えた包帯を高々と掲げた。無事に3分以内に包帯を巻き戻すことに成功して達成感もひとしおである。
「 面白そうなことをやっているね 」
そこへ顔を出したのはフユの主人 、アキヒロだった。そういえば包帯を必死に巻き戻している時に扉が開いた音がしたような気がしたが、それはアキヒロが部屋に入ってくる音だったようだ。
「 アキ先生! フユちゃん、お借りしてます! 」
「 良いよ。それで、次は何をやるのかな? 」
前半はミアへ、後半はフユに向けてアキヒロが言うと、フユは「 反復練習ですかねぇ 」と答える。アキヒロはフユの答えにニコリと笑うと丸椅子を持ってきて2人の元に座った。ミアは全く流れが読めないがフユはアキヒロの意図が分かったようだ。
「 次はアキ先生の腕でやってみましょう 」
「 えっ!? 」
「 患者は女性だけとは限らないですよ 」
そう言われて、確かにそうだと気付く。人によって腕の太さが違ったりするのだから色々な人で練習した方が良いだろう。―――そもそもフユも女性型でなく中性型であるのだが、ミアの脳内からはその事実は見事に欠落していた。
「 同じ巻き方で良いからやってみようか 」
「 は、はいっ!! 」
フユに巻く時よりも些か緊張した顔でミアは包帯をアキヒロの腕に巻き始めた。
「 包帯法の原則 」
「 え? 」
「 何で『 末梢から中枢に向けて巻く 』のでしょう? 」
「 ええと…… 」
包帯を巻きながら問われて脳が混乱する。それでも最近勉強し始めた知識を必死に思い出して言葉を紡いだ。
「 静脈の還流を妨げるから、です 」
「 うん。静脈の還流を妨げることによって包帯装着部より下部に充血、浮腫および壊疽を生じる可能性があるからだね 」
「 うう…… 」
「 チアノーゼを観察するのも忘れないで 」
言われて慌ててアキヒロの爪の色を見た。チアノーゼ―――圧迫により青紫色になっている、ということはなくミアは内心ほっとする。
「 機械人形相手だと圧迫圧の数値は見られるけど、患者は数値だけで診られるものではないからね 」
「 はい、アキ先生! 」
現役の、それも現場に立つ医師であるアキヒロからのアドバイスは的確で緊張感は凄かったものの、最終的には先程フユに巻いた時よりも綺麗に包帯を巻くことが出来た。
「 ふぅ…… 」
満足したミアにアキヒロが微笑む。その微笑みに既視感があったミアはフユの顔とアキヒロの顔を見て笑みを見せた。急に笑いだしたミアにフユが小首を傾げる。
「 どうかしましたか? 」
「 『機械人形は持ち主に似る』って諺は本当なんだなって思って。フユちゃんとアキ先生、そっくりに笑うんだもん 」
ミアの言葉にアキヒロとフユが顔を見合わせる。そのタイミングがピッタリ揃っているものだから、ミアは余計におかしくなって声を上げて笑った。
その時、扉が開く音がして2人と1体の視線が扉へと集中する。三者の視線を受け止めることになったのはヴォイドだった。しかし、そんな視線なんて気にする素振りも見せないヴォイドは「 居た 」と呟いて部屋へと入ってきた。何やらその手には紙が握られている。
「 ヴォイドさん、おつかれさまです 」
「 これ 」
迷うことなくミアに近付いてきたヴォイドは、その手に持つ紙をミアに渡してきた。渡されたということは中身を読めということだから、と考えたミアは早速、紙に目を通す。横からアキヒロとフユも覗き込んできた。
「 ミクリカ食い倒れ祭…? 」
題名だけ思わず読み上げる。ヴォイドとこのチラシの題名の雰囲気が合わなすぎるのと、何故ヴォイドがこれを自分に渡してくるのか分からず、ミアはヴォイドを見つめる。もしかして、大食いキャラだと思われているのだろうか。さすがに育ち盛りの年齢は過ぎているのだけど。
「 下も全部読んで 」
「 下? 」
言われてからミアは下に何やら書いてある文章を読み始める。アキヒロとフユは既に読み終わっていたようで、2人のヴォイドが何故ミアにチラシを持ってきたのかを納得したような眼差しが暖かい。
「 色々食べられるならアキ先生、カヤちゃんを連れて行ってあげたらどうですか? 」
そんなことを言ってみながら我ながら妙案だとミアは思った。このイベントを結社中に伝えたら、仕事に空きのある者は行ってくれることだろう。そうすればイベントに参加する人が増えるし、万が一何かあっても結社の人が対処してくれて安全だ。
ワクワクとしながらヴォイドの言う下の部分を読み始める。
「 2人以上で行くと…デザートチケットプレゼント? 」
「 そう 」
ヴォイドが彼女らしからぬ力強さで頷く。その勢いに気圧されつつもミアはとりあえず思ったことを言ってみた。
「 ヴォイドさん、私と一緒に行ってくれるとか? 」
「 違う。これは恋人と行くと裏メニューが貰えるから 」
ミアの頭にハテナマークが浮かぶ。なかなかヴォイドがチラシを持ってきた意図を理解しないミアに耐えきれなくなったアキヒロが助け舟を出した。
「 ネビロスと行ってきたら、ということじゃないのかな? 」
「 なーるほど……ってええっ!? 」
ようやく納得したミアは分かりやすい程に驚いていた。予想していた反応に人間2人と機械人形1体は微笑ましいものを見るような目を向けている。とっても恥ずかしい。
「 ヴォ、ヴォイドさんは誰と行くんですか!? 」
自分から会話の矛先を変えようとミアは慌ててヴォイドに問い掛けた。おそらくヴォイドは恋人と行こうとしている、と女子高生らしい恋バナセンサーが反応したのだ。
「 んー…秘密 」
「 え!? 」
「 システムを最大限利用して尚且つ双方に利益のある行き方の取引をした結果だから 」
「 はぁ… 」
ヴォイドの小難しい言葉に、ミアの恋バナセンサーはあっけなく破壊された。ともかく取引をした結果、一緒に行く相手はいるのだろう。それだけは分かる。
そして、多くを語ることなくヴォイドは立ち去って行った。もうチラシに用は無いらしくミアの手にそれを残したまま。
それから十数分後、総務部の部屋から出てきたミアの手にはコピーされた大量のミクリカ食い倒れ祭のチラシがあった。
わざわざコピーした理由は先程思いついた結社の人間を祭りに誘おう、の為である。ちなみに総務部の人達にもコピーした紙が温かいうちから渡してきたあたり、抜かりない。
ラシアスに住んでいた時から、こういう商店街などの町興し的なイベントのチラシ配りは良くやっていた。懐かしさと、少しの寂しさを抱えて歩き出す。
（ とりあえず、まずは食堂に置かせてもらおう ）
そう考えて食堂への道を歩き出すが、前から歩いて来る彼を見て直ぐに踵を返して反対方向へ歩き出した。
（ 危ない、危ない ）
ミアが見た彼、とは汚染駆除班の砂色の髪をした義足のお兄さんである。彼が結社に来た時にシリルに真剣な顔で言われたのだ。「 アナタみたいな子はあんなのに近付いちゃダメよ。不幸になるわ 」と。それ以来、言いつけを忠実に守ってミアは彼に近付かないようにしている。素直である。
しかし、危機を脱したミアは新たな危機に直面していた。
今度、ミアの向かう方向から廊下を歩いて来るのは黒いお兄さん。人事部の彼は普通に優しいお兄さんだと思うのだが、彼と世間話をしているところをヴォイドに見られた時に後でしっかりと「 二度と近付いちゃ駄目 」と注意を受けたのだ。理由は分からないが、ヴォイドの顔が真剣そのものだったのでこちらも忠実に守って彼にも近寄らないようにしている。
（ こっちから行こう ）
曲がる予定のなかった角を曲がってミアは小走りで進む。結社内で会っちゃいけない人間に連続で合うなんて運が悪い。
「 ミアだー! 」
「 テディ! 」
すると、今度こそ会って良い人間の声がしてミアは安堵しながら彼の名前を呼び、彼へと視線を向けながら目を丸くする。
テディの目線が予想の遥か上にあった。何故なら、テディがシキに背負われての登場だったからだ。ミアは何回目撃しても、ついつい驚いてしまう。
「 シキ君。相変わらず力持ちだね 」
「 テディは軽いから大丈夫 」
見た目は完璧に可愛い女の子だが男の子らしい体躯を持つテディはそれなりにしっかりと体重があるはずだが、シキの顔色は微塵も変わりない。凄いなーとシキを見つめると、シキが口を開いた。
「 ミアもするか? 」
「 え? 」
「 おんぶ 」
「 えっ!? ううんっ、大丈夫! 気持ちだけ貰っておくね、ありがとう 」
シキにおんぶされるのは恥ずかしいし、何よりうっかりテディより重いなんてことがあったらミアは女の子として生きていけない気がする。
余談だが、ミアが年上であるはずのシキにタメ口を話すのは調達 班の他の子と同じように話して欲しいと言われたからである。最初は抵抗があったが慣れると楽なものだ。
「 ところで、ミア。何してるの? 」
「 このチラシ配ろうと思って 」
そう言ってシキの背に乗ったままのテディにチラシを渡す。テディはシキにも見えるように、彼の顔の前にチラシを持っていきながらそれを軽く読んだ。
「 へー、面白そうだね 」
「 良かったら調達班で配れる時があったら配って欲しいな 」
「 うん、任せてよ! 」
テディにある程度の枚数のチラシを渡して、シキに頭を撫でられて別れる。あくまでも彼等はあのままどこかへ向かうらしい。楽しそうで羨ましい限りだ。
食堂までの道程が遠回りになってしまったが、そのおかげでミアは出会う人、出会う人にチラシを配ることが出来た。中にはミクリカという地名にトラウマを抱えてしまった人もいて嫌な顔をされることもあったけど、概ね好意的な受け取り方であった。
そして食堂でもチラシを置くことを断ってチラシを置かせてもらう。そのチラシを見た食堂のアイドル、ヒギリの目が輝いていたのが印象的だった。
（ これで大体配れたかな ）
後は食堂に置いてあるチラシを見てもらうか、既にチラシを渡した人から口コミで広がれば良い。そう思って医療班用の数枚のチラシを持って医療班の部屋への道を戻る。帰りは会っちゃいけないあの人達に会うことなくスムーズに帰ることが出来た。
医療班の部屋に帰るとアキヒロとフユの姿はない。時計を見ると保育部にカヤを迎えに行く時間で、もうそんな時間かと気付く。
帰ろうかなと思いながら、ミアは改めてチラシを眺める。
（ 恋人と行くと裏メニューかぁ… ）
仮にネビロスが行ってくれるとして。
はたして自分とネビロスが並んだところで恋人に見えるものだろうか。ひょっとして、ひょっとしなくても似てない兄妹にしか見えないんじゃないだろうか。
（ 無理な気がしてきた ）
自分がヴォイドみたいに大人のお姉さんだったらネビロスに並んでも立派にカップルに見えただろうけど。そんなことを考えていて、ふと思う。
（ そういえばネビロスさんの奥さんってどんな人だったんだろう ）
ネビロスは過去を語るタイプではないので、ミアはネビロスの妻がどんな女性だったか詳しくは知らない。
見た目はどんな感じ?
ヴォイドのようなセクシー系か、アペルピシアのようなかわいい系?
性格は?
機械班のお姉さん達のように威勢の良い感じなのか、それとも汚染駆除班の天才少女のような頭脳明晰な感じなのか。
いくら想像したって当然の事ながら正解に行き着くわけはなくて、最終的に分かるのはネビロスに愛された人だという事実だけだ。
（ だめだめっ、考えるな ）
自分で想像しておいて泣きそうになったので頭を振ってネビロス妻の想像を掻き消す。そして、なるべく元気な顔で立ち上がると部屋にいた医療班の面々にチラシを渡していった。
本当だったらネビロスに渡そうと思っていた最後の1枚も部屋に置いて、ミアは部屋を後にした。
そんな平和な部屋で、ミアは真剣な顔をして目の前に座るフユの腕に包帯を巻いていた。
「 はい 、ここまできたら環行です 」
「 うん 」
フユの指示通り環行―――同じ場所に包帯を重ねて巻いていく。そして、最後まで使い切ったら台形を作るように両側を折ってテープで止める。テープで止めると同時にミアの表情が安堵で緩んだ。
「 できた!! 」
「 お疲れ様ですー 」
フユがニコッと笑って薄黄緑の目を細める。そんなフユにミアはペコりと頭を下げた。
「 フユ先生、講評お願いします! 」
「 うーん……全体的には良く巻けていますが、ここの間隔が均等になっていないのと、圧迫圧のばらつきがまだ大きいですねぇ 」
フユの指さした先の包帯は確かに巻きの間隔が狭くなっていて、フユ先生の講評にミアは分かり易く肩を落とした。
「 やっぱりフユちゃんみたいに綺麗に巻けないなぁ 」
ぼやくミアの言葉にフユは目をしばたたかせる。
フユは
「 いつか出来るようになりますよ 」
「 ジークおじさまも同じこと言ってたけど、早く出来るようにならなくちゃ 」
医療班に入れてもらったもののミアが出来ることは未だに非常に少ない。少しでも役にたてるようになりたいと思って考えたのが包帯の巻き方の習得だった。教師役はフユ。これ以上の適任はいない。
「 じゃあ、次は包帯を外して巻き戻ししてください 」
「 はい! 」
ミアは良い返事をして包帯を止めていたテープを外す。包帯の巻き戻しは配属当初からやらせて貰っていたので比較的得意だ。フユの腕から外した包帯の端を折り返して芯を作ると手慣れた様子で巻き取っていく。
「 3分以内でお願いしますねー 」
「 ええっ!? 」
唐突なフユの指示に驚いて叫んだ拍子に包帯を落としそうになるがギリギリで堪えて、ミアは手を動かすスピードを上げた。
「 56、57…… 」
「 終わった!! 」
フユのカウントダウンを遮ってミアは巻き終えた包帯を高々と掲げた。無事に3分以内に包帯を巻き戻すことに成功して達成感もひとしおである。
「 面白そうなことをやっているね 」
そこへ顔を出したのはフユの
「 アキ先生! フユちゃん、お借りしてます! 」
「 良いよ。それで、次は何をやるのかな? 」
前半はミアへ、後半はフユに向けてアキヒロが言うと、フユは「 反復練習ですかねぇ 」と答える。アキヒロはフユの答えにニコリと笑うと丸椅子を持ってきて2人の元に座った。ミアは全く流れが読めないがフユはアキヒロの意図が分かったようだ。
「 次はアキ先生の腕でやってみましょう 」
「 えっ!? 」
「 患者は女性だけとは限らないですよ 」
そう言われて、確かにそうだと気付く。人によって腕の太さが違ったりするのだから色々な人で練習した方が良いだろう。―――そもそもフユも女性型でなく中性型であるのだが、ミアの脳内からはその事実は見事に欠落していた。
「 同じ巻き方で良いからやってみようか 」
「 は、はいっ!! 」
フユに巻く時よりも些か緊張した顔でミアは包帯をアキヒロの腕に巻き始めた。
「 包帯法の原則 」
「 え? 」
「 何で『 末梢から中枢に向けて巻く 』のでしょう? 」
「 ええと…… 」
包帯を巻きながら問われて脳が混乱する。それでも最近勉強し始めた知識を必死に思い出して言葉を紡いだ。
「 静脈の還流を妨げるから、です 」
「 うん。静脈の還流を妨げることによって包帯装着部より下部に充血、浮腫および壊疽を生じる可能性があるからだね 」
「 うう…… 」
「 チアノーゼを観察するのも忘れないで 」
言われて慌ててアキヒロの爪の色を見た。チアノーゼ―――圧迫により青紫色になっている、ということはなくミアは内心ほっとする。
「 機械人形相手だと圧迫圧の数値は見られるけど、患者は数値だけで診られるものではないからね 」
「 はい、アキ先生! 」
現役の、それも現場に立つ医師であるアキヒロからのアドバイスは的確で緊張感は凄かったものの、最終的には先程フユに巻いた時よりも綺麗に包帯を巻くことが出来た。
「 ふぅ…… 」
満足したミアにアキヒロが微笑む。その微笑みに既視感があったミアはフユの顔とアキヒロの顔を見て笑みを見せた。急に笑いだしたミアにフユが小首を傾げる。
「 どうかしましたか? 」
「 『機械人形は持ち主に似る』って諺は本当なんだなって思って。フユちゃんとアキ先生、そっくりに笑うんだもん 」
ミアの言葉にアキヒロとフユが顔を見合わせる。そのタイミングがピッタリ揃っているものだから、ミアは余計におかしくなって声を上げて笑った。
その時、扉が開く音がして2人と1体の視線が扉へと集中する。三者の視線を受け止めることになったのはヴォイドだった。しかし、そんな視線なんて気にする素振りも見せないヴォイドは「 居た 」と呟いて部屋へと入ってきた。何やらその手には紙が握られている。
「 ヴォイドさん、おつかれさまです 」
「 これ 」
迷うことなくミアに近付いてきたヴォイドは、その手に持つ紙をミアに渡してきた。渡されたということは中身を読めということだから、と考えたミアは早速、紙に目を通す。横からアキヒロとフユも覗き込んできた。
「 ミクリカ食い倒れ祭…? 」
題名だけ思わず読み上げる。ヴォイドとこのチラシの題名の雰囲気が合わなすぎるのと、何故ヴォイドがこれを自分に渡してくるのか分からず、ミアはヴォイドを見つめる。もしかして、大食いキャラだと思われているのだろうか。さすがに育ち盛りの年齢は過ぎているのだけど。
「 下も全部読んで 」
「 下? 」
言われてからミアは下に何やら書いてある文章を読み始める。アキヒロとフユは既に読み終わっていたようで、2人のヴォイドが何故ミアにチラシを持ってきたのかを納得したような眼差しが暖かい。
「 色々食べられるならアキ先生、カヤちゃんを連れて行ってあげたらどうですか? 」
そんなことを言ってみながら我ながら妙案だとミアは思った。このイベントを結社中に伝えたら、仕事に空きのある者は行ってくれることだろう。そうすればイベントに参加する人が増えるし、万が一何かあっても結社の人が対処してくれて安全だ。
ワクワクとしながらヴォイドの言う下の部分を読み始める。
「 2人以上で行くと…デザートチケットプレゼント? 」
「 そう 」
ヴォイドが彼女らしからぬ力強さで頷く。その勢いに気圧されつつもミアはとりあえず思ったことを言ってみた。
「 ヴォイドさん、私と一緒に行ってくれるとか? 」
「 違う。これは恋人と行くと裏メニューが貰えるから 」
ミアの頭にハテナマークが浮かぶ。なかなかヴォイドがチラシを持ってきた意図を理解しないミアに耐えきれなくなったアキヒロが助け舟を出した。
「 ネビロスと行ってきたら、ということじゃないのかな? 」
「 なーるほど……ってええっ!? 」
ようやく納得したミアは分かりやすい程に驚いていた。予想していた反応に人間2人と機械人形1体は微笑ましいものを見るような目を向けている。とっても恥ずかしい。
「 ヴォ、ヴォイドさんは誰と行くんですか!? 」
自分から会話の矛先を変えようとミアは慌ててヴォイドに問い掛けた。おそらくヴォイドは恋人と行こうとしている、と女子高生らしい恋バナセンサーが反応したのだ。
「 んー…秘密 」
「 え!? 」
「 システムを最大限利用して尚且つ双方に利益のある行き方の取引をした結果だから 」
「 はぁ… 」
ヴォイドの小難しい言葉に、ミアの恋バナセンサーはあっけなく破壊された。ともかく取引をした結果、一緒に行く相手はいるのだろう。それだけは分かる。
そして、多くを語ることなくヴォイドは立ち去って行った。もうチラシに用は無いらしくミアの手にそれを残したまま。
それから十数分後、総務部の部屋から出てきたミアの手にはコピーされた大量のミクリカ食い倒れ祭のチラシがあった。
わざわざコピーした理由は先程思いついた結社の人間を祭りに誘おう、の為である。ちなみに総務部の人達にもコピーした紙が温かいうちから渡してきたあたり、抜かりない。
ラシアスに住んでいた時から、こういう商店街などの町興し的なイベントのチラシ配りは良くやっていた。懐かしさと、少しの寂しさを抱えて歩き出す。
（ とりあえず、まずは食堂に置かせてもらおう ）
そう考えて食堂への道を歩き出すが、前から歩いて来る彼を見て直ぐに踵を返して反対方向へ歩き出した。
（ 危ない、危ない ）
ミアが見た彼、とは汚染駆除班の砂色の髪をした義足のお兄さんである。彼が結社に来た時にシリルに真剣な顔で言われたのだ。「 アナタみたいな子はあんなのに近付いちゃダメよ。不幸になるわ 」と。それ以来、言いつけを忠実に守ってミアは彼に近付かないようにしている。素直である。
しかし、危機を脱したミアは新たな危機に直面していた。
今度、ミアの向かう方向から廊下を歩いて来るのは黒いお兄さん。人事部の彼は普通に優しいお兄さんだと思うのだが、彼と世間話をしているところをヴォイドに見られた時に後でしっかりと「 二度と近付いちゃ駄目 」と注意を受けたのだ。理由は分からないが、ヴォイドの顔が真剣そのものだったのでこちらも忠実に守って彼にも近寄らないようにしている。
（ こっちから行こう ）
曲がる予定のなかった角を曲がってミアは小走りで進む。結社内で会っちゃいけない人間に連続で合うなんて運が悪い。
「 ミアだー! 」
「 テディ! 」
すると、今度こそ会って良い人間の声がしてミアは安堵しながら彼の名前を呼び、彼へと視線を向けながら目を丸くする。
テディの目線が予想の遥か上にあった。何故なら、テディがシキに背負われての登場だったからだ。ミアは何回目撃しても、ついつい驚いてしまう。
「 シキ君。相変わらず力持ちだね 」
「 テディは軽いから大丈夫 」
見た目は完璧に可愛い女の子だが男の子らしい体躯を持つテディはそれなりにしっかりと体重があるはずだが、シキの顔色は微塵も変わりない。凄いなーとシキを見つめると、シキが口を開いた。
「 ミアもするか? 」
「 え? 」
「 おんぶ 」
「 えっ!? ううんっ、大丈夫! 気持ちだけ貰っておくね、ありがとう 」
シキにおんぶされるのは恥ずかしいし、何よりうっかりテディより重いなんてことがあったらミアは女の子として生きていけない気がする。
余談だが、ミアが年上であるはずのシキにタメ口を話すのは
「 ところで、ミア。何してるの? 」
「 このチラシ配ろうと思って 」
そう言ってシキの背に乗ったままのテディにチラシを渡す。テディはシキにも見えるように、彼の顔の前にチラシを持っていきながらそれを軽く読んだ。
「 へー、面白そうだね 」
「 良かったら調達班で配れる時があったら配って欲しいな 」
「 うん、任せてよ! 」
テディにある程度の枚数のチラシを渡して、シキに頭を撫でられて別れる。あくまでも彼等はあのままどこかへ向かうらしい。楽しそうで羨ましい限りだ。
食堂までの道程が遠回りになってしまったが、そのおかげでミアは出会う人、出会う人にチラシを配ることが出来た。中にはミクリカという地名にトラウマを抱えてしまった人もいて嫌な顔をされることもあったけど、概ね好意的な受け取り方であった。
そして食堂でもチラシを置くことを断ってチラシを置かせてもらう。そのチラシを見た食堂のアイドル、ヒギリの目が輝いていたのが印象的だった。
（ これで大体配れたかな ）
後は食堂に置いてあるチラシを見てもらうか、既にチラシを渡した人から口コミで広がれば良い。そう思って医療班用の数枚のチラシを持って医療班の部屋への道を戻る。帰りは会っちゃいけないあの人達に会うことなくスムーズに帰ることが出来た。
医療班の部屋に帰るとアキヒロとフユの姿はない。時計を見ると保育部にカヤを迎えに行く時間で、もうそんな時間かと気付く。
帰ろうかなと思いながら、ミアは改めてチラシを眺める。
（ 恋人と行くと裏メニューかぁ… ）
仮にネビロスが行ってくれるとして。
はたして自分とネビロスが並んだところで恋人に見えるものだろうか。ひょっとして、ひょっとしなくても似てない兄妹にしか見えないんじゃないだろうか。
（ 無理な気がしてきた ）
自分がヴォイドみたいに大人のお姉さんだったらネビロスに並んでも立派にカップルに見えただろうけど。そんなことを考えていて、ふと思う。
（ そういえばネビロスさんの奥さんってどんな人だったんだろう ）
ネビロスは過去を語るタイプではないので、ミアはネビロスの妻がどんな女性だったか詳しくは知らない。
見た目はどんな感じ?
ヴォイドのようなセクシー系か、アペルピシアのようなかわいい系?
性格は?
機械班のお姉さん達のように威勢の良い感じなのか、それとも汚染駆除班の天才少女のような頭脳明晰な感じなのか。
いくら想像したって当然の事ながら正解に行き着くわけはなくて、最終的に分かるのはネビロスに愛された人だという事実だけだ。
（ だめだめっ、考えるな ）
自分で想像しておいて泣きそうになったので頭を振ってネビロス妻の想像を掻き消す。そして、なるべく元気な顔で立ち上がると部屋にいた医療班の面々にチラシを渡していった。
本当だったらネビロスに渡そうと思っていた最後の1枚も部屋に置いて、ミアは部屋を後にした。
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