ふにゃけたプリンの夢を見て／燐花
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rinka_creation 2020年11月23日(月) 12:49:29履歴
来る日も来る日も目覚めれば同じ景色で、そこには私以外の人は居ない。そんな景色に最初は泣きじゃくっていた筈なのに、気付いたら涙は枯れてどうでも良くなった。
それが当たり前で良かったのに、いざ結社に来たら違うものが目に入る様になった。楽しそうに談笑する親子、見つめ合う夫婦。何だか胃がせり上がる気がする。
「…今日は何だか元気がなさそうに見えますね」
ノエの言葉にふとヴォイドは我に帰った。目の前には本日の朝食、約一人前。ただし、ヴォイドにとっては半人前。ノエの朝日に当たってキラキラする緑の髪は目に優しくて朝見るには評判が良いとか何とか。
「…何でそう見える？」
「今日盛られたご飯の量…ですかね？」
「…うーん」
「ご飯は、美味しく食べれてますか？」
「うん、今日も美味しい」
「それは良かった」
ここはぬるま湯過ぎて調子が狂う。優しくされると落ち着かない。ヴォイドがいつの間にか抱き、そしてここ数日の体調不良の原因にもなっていた思いだ。優しい人間がここには多い。少なくとも岸壁街では見なかった光景を毎日見ていると目がチカチカしてくる。同じく岸壁街出身のテオはもう馴染んでいるのか楽しそうに班の仲間と仕事の話をしている気がする。ユウヤミも傍には常にヨダカがいるし(撒いてはいるが)、結社で新しく居場所を見付け不思議と盲信者を増やしている。
胸が痛むとかでは無い。ただ、胃がせり上がる思いがするだけだが、それは確実にヴォイドを蝕んでいた。
「(何か、デザートまで取って来たのにいまいち食べる気がなくなった…)」
残すとノエが物凄く悲しそうな顔をする気がしてついつい持っていたプリンを弄ぶ。スプーンで突けばプルプル震える。ふにゃけた奴だ、このプリンとやらは。ふにゃけてるのに万人に愛されてる不思議な食べ物。だが、今日のヴォイドはそのふにゃけプリンを熨斗つけてお返ししたい気分だった。
「わっ！！」
声がする方を見る。子供が躓いて転んでいた。手に持ったプリンは見事にぶちまけられており、その子は今にも泣きそうだ。あんな子供時代、転んだくらいじゃ泣けなかった。大人はそのくらいじゃ助けたりしない。むしろ、下手に泣いてる姿を見せれば殺される。そうして目の前で消えた命をヴォイドは見た事があった。泣き声がうるさいと言う理由で酒浸りの大人に殺された子供を。
それでも、ここはもう結社で、ここのやり方を考えるならこうだろうか。
ヴォイドは未だ床に伏せって目に涙を浮かべている子に近付きしゃがんで前屈みになるとプリンを持った手を伸ばした。
「あげる」
「…ぉ」
目の前の子は、手ではなくプリンを差し出すヴォイドに驚きどうやら涙も引っ込んだ様だ。
「お姉ちゃん…誰…？」
「私は…」
「フランソワー！！」
後ろから太陽の様な明るい髪をした女性が慌てながら飛んできた。その後ろからは、真面目そうな格好を少し着崩した男性が少し困った様に笑いながら歩いてくる。
「もう！ちゃんと前見て歩かなきゃ危ないでしょ！」
「ご、ごめんなさい…お母さん…」
「よしよし、痛かったね」
「うん、でも僕泣かなかったよ！」
「そっか！泣いても良いんだけどね！今日は泣かなくて大丈夫な日だったんだね！すごいすごい！」
「プリンは落っことしちゃったけど…」
そう言って目を伏せる子供──フランソワの目の前にヴォイドは再度プリンを持った手を突き出す。
「だから、あげる」
手を貸すでもなくひたすらプリンを突き出す女性に、フランソワの母親も父親も一瞬無の表情になった。
「なーんだ！誰かと思ったら医療班のヴォイドって貴女だったのね！」
「すまないね、フランソワはいつもこんな風にしないんだけれど、プリンが嬉しかったのかな？」
「お姉ちゃん、プリン美味しいよ！」
「医療班には天使が何人かいて、内有名な一人はほんわかしててお花みたいで、もう一人有名な子は時々処置が凄く容赦無いって話聞いてたの！」
「ロザリー、本人の前でそれは言う事じゃ無いよ」
「(騒がしい…)」
転んだフランソワを気に掛けた事、プリンをあげたいと伝えた事でどう言うわけか席に呼ばれてこの家族のご飯に同席している。ヴォイドは今度こそ頭にひたすらクエスチョンを浮かべながらこれはどう言う状況かと三人を見た。
優しく見守っている父親。
太陽の様に元気な母親。
二人を見る度に嬉しそうな顔をする幸福の権化、子供。
場違いな気がしたヴォイドの胃が更にせり上がった。三人に共通しているのは、自分にない優しさだ。
何を求めているのかヴォイドは分からなくなった。三人といると、ありもしない母親に置いていかれた記憶を思い出しそうで、そうでなければ無理矢理にでも捏造して作ってしまいそうで、それがまた気持ち悪かった。
「あら？どうしたの？具合悪い？」
「悪くない…」
「お姉ちゃん！プリン美味しいよ！」
「フランソワ、お姉ちゃんにありがとうって、もらったプリン美味しいよって言いたいのよね？」
「そう！」
ぬるま湯だ。ここは。
浸っていると、緩やかに自分から毒が抜けてしまう気がする。そして抜けて来た毒にまた当てられて、今まで平気だったのにもがき苦しむ感じ。
自分の持っていたものなのに、苦しくなるとは。
「ヴォイドは何が好きなの？」
不意にロザリーに尋ねられ、ヴォイドの虚ろな目に光が戻った。
「何…？」
「食堂のメニューよ！」
「好き…って、考えた事もなかった」
腹に入ればそれで良い。安全ならばもっと良い。美味しければ尚良い。そんな中で選り好みとは？
そう思っていたが、フランソワがハンバーグを美味しそうに頬張りながら一口食べるごとに「僕お母さんのハンバーグも好きだよ」と都度伝えていた光景を思い出す。
ここにいると、食べ物に優劣を付けるなんてそんな欲まで出てしまいそうだ。
「何でも食べれるの？」
「何でも、食べれれば」
「ふーん」
そんな会話の数日後、廊下で四人がけのソファに座り休憩がてら窓から外を見、ネビロスから貰った(無断で取ったとも言う)お菓子を口にしていたら、ふとタバコを思い出した。
口寂しいけど何も食べれない時、よく吸っていたっけ。あれがあると喉の乾きも食欲も、ある程度抑えられたけど、今は正直要らないんだよな。
「何見てるの？」
どこから現れたのか、ロザリーが隣に座っていた。
「外の世界」
「絵本にある囚われのお姫様みたいなこと言うのね」
「…凄く私に似合わない話な気がする」
「あはは、そうかな？そんな事より！」
ごそごそとロザリーが取り出したのはクレープだった。
「ヴォイドに食べてもらいたかったの」
「何で私」
「この間フランソワにプリンくれたでしょ？そのお礼。何が好きか分からなかったけど、プリン食べてたし甘いもの好きかなって。特殊加工された珍しいパーツとか工具とかって一瞬考えたんだけど、多分ヴォイドは食べ物の方が良いわよね？」
そう言えば、好きな食べ物を聞かれていたが。と言うか食べ物の他候補が工具やパーツだったのか。
随分と綺麗なクレープだが、包み紙にも箱にも店のロゴが無いように見える。
「どこの店の…？」
「作ったの！」
「へー…」
無遠慮にロザリーの目の前でむんずとクレープを掴む。何気無く口に運ぼうとした時、ロザリーが口を開けた。
「ヴォイドに食べて欲しくて作ったの。好きな味だと良いわ」
「私の為だけに…何でそんな…」
「だってね、フランソワがあんな派手な転び方しちゃったから、絶対火が着いたように泣くと思ったの！でもねぇ…泣くって良いんだけど、疲れるのよ。泣いた後、いつも少し寝ちゃって、どっか出掛けても寝る時間があってしっかり楽しめない事も多くて。大きくなって来てお昼寝が必要なくなって、人間って上手い事休む時間と活動時間を分けて使おうと体が変わってくの。先に楽しみな事があるのに、泣き疲れて寝たら勿体無いじゃない！あ、でも可愛いから泣いても良いんだけどね！」
一息で喋るロザリー。泣くと勿体無いと言ったり泣いても可愛いと言ったり、この母親は大変忙しそうだ。でも、何だか凄く見ていて胃がせり上がる。途中で止めていた手を動かし、クレープを口に運んでヴォイドは珍しく目を見開いた。
「美味しい…」
胃のせり上がりが無くなる美味しさ。ヴォイドは無言のまま口に運び続けた。最後の一口だけどうしても躊躇って、躊躇って躊躇ってそして口に運んだ。指に付いたクリームすら舐め取ると、ふうと一つ大きく息を吐いて、いつもとは違ううっとりした目でロザリーを見た。
「美味しかった…」
「本当！？良かったー！」
「また…」
「え？何？」
「また食べたい…」
ヴォイドがおそらく初めてしたであろう要望。自分でも驚いていると、ロザリーはにっこり笑ってくれた。そのまま話し続けていると、後からベルナールもやって来て、椅子にキツそうに腰を掛けて話し込む。隣にいるこの夫婦を眺めていると、岸壁街では求められなかったものに手が届く気がしてしまう。
「(お母さん…お父さんってこんななのかな…)」
二人を見つめたままヴォイドは目を閉じ、別れ方も顔すらも思い出せない母を懐かしんだ。存在すら知らない父を想った。このままここにいたらきっとふにゃけてしまう。あのプリンみたいにふにゃけてしまう。そして、ここを出たらもう岸壁街に戻れないかもしれない。戻ったとして慣れるのに苦労しそうだ。それでも、今はこの胃のせり上がりを大事にしたい。自分だけに向けられた行為に甘えて胃の痛みが引く感覚を味わいたい。それで自分を満たしたい。
「ん？おや？ロザリー、後ろ後ろ」
「どうしたのベルナー…あら？やだヴォイドったらいつ寝ちゃったの？」
「この間顔色悪かったし疲れてたのかもしれないね」
「ふふふ…綺麗な娘さんって感じだけど寝顔は可愛いのね」
そっと羽織っていたカーディガンをヴォイドに掛けると、ヴォイドは一瞬頬を緩めてもぞりと動いた。
「あ、ちょっと貴方！この子見ててくれる？」
離れねばならないエルナー夫妻は近くにいた青年に声を掛ける。彼はむしろヴォイドを部屋まで運ぶと言うので甘える事にした。
ここは色んな人が甘えて甘えられて、とてもふにゃけたプリンの様で、そんな中にいたら自分がプリンになりそうで、それでも良いやとヴォイドは思った。
だって、シケモクの味よりプリンの味の方が美味しいもの。どう考えても。
それが当たり前で良かったのに、いざ結社に来たら違うものが目に入る様になった。楽しそうに談笑する親子、見つめ合う夫婦。何だか胃がせり上がる気がする。
「…今日は何だか元気がなさそうに見えますね」
ノエの言葉にふとヴォイドは我に帰った。目の前には本日の朝食、約一人前。ただし、ヴォイドにとっては半人前。ノエの朝日に当たってキラキラする緑の髪は目に優しくて朝見るには評判が良いとか何とか。
「…何でそう見える？」
「今日盛られたご飯の量…ですかね？」
「…うーん」
「ご飯は、美味しく食べれてますか？」
「うん、今日も美味しい」
「それは良かった」
ここはぬるま湯過ぎて調子が狂う。優しくされると落ち着かない。ヴォイドがいつの間にか抱き、そしてここ数日の体調不良の原因にもなっていた思いだ。優しい人間がここには多い。少なくとも岸壁街では見なかった光景を毎日見ていると目がチカチカしてくる。同じく岸壁街出身のテオはもう馴染んでいるのか楽しそうに班の仲間と仕事の話をしている気がする。ユウヤミも傍には常にヨダカがいるし(撒いてはいるが)、結社で新しく居場所を見付け不思議と盲信者を増やしている。
胸が痛むとかでは無い。ただ、胃がせり上がる思いがするだけだが、それは確実にヴォイドを蝕んでいた。
「(何か、デザートまで取って来たのにいまいち食べる気がなくなった…)」
残すとノエが物凄く悲しそうな顔をする気がしてついつい持っていたプリンを弄ぶ。スプーンで突けばプルプル震える。ふにゃけた奴だ、このプリンとやらは。ふにゃけてるのに万人に愛されてる不思議な食べ物。だが、今日のヴォイドはそのふにゃけプリンを熨斗つけてお返ししたい気分だった。
「わっ！！」
声がする方を見る。子供が躓いて転んでいた。手に持ったプリンは見事にぶちまけられており、その子は今にも泣きそうだ。あんな子供時代、転んだくらいじゃ泣けなかった。大人はそのくらいじゃ助けたりしない。むしろ、下手に泣いてる姿を見せれば殺される。そうして目の前で消えた命をヴォイドは見た事があった。泣き声がうるさいと言う理由で酒浸りの大人に殺された子供を。
それでも、ここはもう結社で、ここのやり方を考えるならこうだろうか。
ヴォイドは未だ床に伏せって目に涙を浮かべている子に近付きしゃがんで前屈みになるとプリンを持った手を伸ばした。
「あげる」
「…ぉ」
目の前の子は、手ではなくプリンを差し出すヴォイドに驚きどうやら涙も引っ込んだ様だ。
「お姉ちゃん…誰…？」
「私は…」
「フランソワー！！」
後ろから太陽の様な明るい髪をした女性が慌てながら飛んできた。その後ろからは、真面目そうな格好を少し着崩した男性が少し困った様に笑いながら歩いてくる。
「もう！ちゃんと前見て歩かなきゃ危ないでしょ！」
「ご、ごめんなさい…お母さん…」
「よしよし、痛かったね」
「うん、でも僕泣かなかったよ！」
「そっか！泣いても良いんだけどね！今日は泣かなくて大丈夫な日だったんだね！すごいすごい！」
「プリンは落っことしちゃったけど…」
そう言って目を伏せる子供──フランソワの目の前にヴォイドは再度プリンを持った手を突き出す。
「だから、あげる」
手を貸すでもなくひたすらプリンを突き出す女性に、フランソワの母親も父親も一瞬無の表情になった。
「なーんだ！誰かと思ったら医療班のヴォイドって貴女だったのね！」
「すまないね、フランソワはいつもこんな風にしないんだけれど、プリンが嬉しかったのかな？」
「お姉ちゃん、プリン美味しいよ！」
「医療班には天使が何人かいて、内有名な一人はほんわかしててお花みたいで、もう一人有名な子は時々処置が凄く容赦無いって話聞いてたの！」
「ロザリー、本人の前でそれは言う事じゃ無いよ」
「(騒がしい…)」
転んだフランソワを気に掛けた事、プリンをあげたいと伝えた事でどう言うわけか席に呼ばれてこの家族のご飯に同席している。ヴォイドは今度こそ頭にひたすらクエスチョンを浮かべながらこれはどう言う状況かと三人を見た。
優しく見守っている父親。
太陽の様に元気な母親。
二人を見る度に嬉しそうな顔をする幸福の権化、子供。
場違いな気がしたヴォイドの胃が更にせり上がった。三人に共通しているのは、自分にない優しさだ。
何を求めているのかヴォイドは分からなくなった。三人といると、ありもしない母親に置いていかれた記憶を思い出しそうで、そうでなければ無理矢理にでも捏造して作ってしまいそうで、それがまた気持ち悪かった。
「あら？どうしたの？具合悪い？」
「悪くない…」
「お姉ちゃん！プリン美味しいよ！」
「フランソワ、お姉ちゃんにありがとうって、もらったプリン美味しいよって言いたいのよね？」
「そう！」
ぬるま湯だ。ここは。
浸っていると、緩やかに自分から毒が抜けてしまう気がする。そして抜けて来た毒にまた当てられて、今まで平気だったのにもがき苦しむ感じ。
自分の持っていたものなのに、苦しくなるとは。
「ヴォイドは何が好きなの？」
不意にロザリーに尋ねられ、ヴォイドの虚ろな目に光が戻った。
「何…？」
「食堂のメニューよ！」
「好き…って、考えた事もなかった」
腹に入ればそれで良い。安全ならばもっと良い。美味しければ尚良い。そんな中で選り好みとは？
そう思っていたが、フランソワがハンバーグを美味しそうに頬張りながら一口食べるごとに「僕お母さんのハンバーグも好きだよ」と都度伝えていた光景を思い出す。
ここにいると、食べ物に優劣を付けるなんてそんな欲まで出てしまいそうだ。
「何でも食べれるの？」
「何でも、食べれれば」
「ふーん」
そんな会話の数日後、廊下で四人がけのソファに座り休憩がてら窓から外を見、ネビロスから貰った(無断で取ったとも言う)お菓子を口にしていたら、ふとタバコを思い出した。
口寂しいけど何も食べれない時、よく吸っていたっけ。あれがあると喉の乾きも食欲も、ある程度抑えられたけど、今は正直要らないんだよな。
「何見てるの？」
どこから現れたのか、ロザリーが隣に座っていた。
「外の世界」
「絵本にある囚われのお姫様みたいなこと言うのね」
「…凄く私に似合わない話な気がする」
「あはは、そうかな？そんな事より！」
ごそごそとロザリーが取り出したのはクレープだった。
「ヴォイドに食べてもらいたかったの」
「何で私」
「この間フランソワにプリンくれたでしょ？そのお礼。何が好きか分からなかったけど、プリン食べてたし甘いもの好きかなって。特殊加工された珍しいパーツとか工具とかって一瞬考えたんだけど、多分ヴォイドは食べ物の方が良いわよね？」
そう言えば、好きな食べ物を聞かれていたが。と言うか食べ物の他候補が工具やパーツだったのか。
随分と綺麗なクレープだが、包み紙にも箱にも店のロゴが無いように見える。
「どこの店の…？」
「作ったの！」
「へー…」
無遠慮にロザリーの目の前でむんずとクレープを掴む。何気無く口に運ぼうとした時、ロザリーが口を開けた。
「ヴォイドに食べて欲しくて作ったの。好きな味だと良いわ」
「私の為だけに…何でそんな…」
「だってね、フランソワがあんな派手な転び方しちゃったから、絶対火が着いたように泣くと思ったの！でもねぇ…泣くって良いんだけど、疲れるのよ。泣いた後、いつも少し寝ちゃって、どっか出掛けても寝る時間があってしっかり楽しめない事も多くて。大きくなって来てお昼寝が必要なくなって、人間って上手い事休む時間と活動時間を分けて使おうと体が変わってくの。先に楽しみな事があるのに、泣き疲れて寝たら勿体無いじゃない！あ、でも可愛いから泣いても良いんだけどね！」
一息で喋るロザリー。泣くと勿体無いと言ったり泣いても可愛いと言ったり、この母親は大変忙しそうだ。でも、何だか凄く見ていて胃がせり上がる。途中で止めていた手を動かし、クレープを口に運んでヴォイドは珍しく目を見開いた。
「美味しい…」
胃のせり上がりが無くなる美味しさ。ヴォイドは無言のまま口に運び続けた。最後の一口だけどうしても躊躇って、躊躇って躊躇ってそして口に運んだ。指に付いたクリームすら舐め取ると、ふうと一つ大きく息を吐いて、いつもとは違ううっとりした目でロザリーを見た。
「美味しかった…」
「本当！？良かったー！」
「また…」
「え？何？」
「また食べたい…」
ヴォイドがおそらく初めてしたであろう要望。自分でも驚いていると、ロザリーはにっこり笑ってくれた。そのまま話し続けていると、後からベルナールもやって来て、椅子にキツそうに腰を掛けて話し込む。隣にいるこの夫婦を眺めていると、岸壁街では求められなかったものに手が届く気がしてしまう。
「(お母さん…お父さんってこんななのかな…)」
二人を見つめたままヴォイドは目を閉じ、別れ方も顔すらも思い出せない母を懐かしんだ。存在すら知らない父を想った。このままここにいたらきっとふにゃけてしまう。あのプリンみたいにふにゃけてしまう。そして、ここを出たらもう岸壁街に戻れないかもしれない。戻ったとして慣れるのに苦労しそうだ。それでも、今はこの胃のせり上がりを大事にしたい。自分だけに向けられた行為に甘えて胃の痛みが引く感覚を味わいたい。それで自分を満たしたい。
「ん？おや？ロザリー、後ろ後ろ」
「どうしたのベルナー…あら？やだヴォイドったらいつ寝ちゃったの？」
「この間顔色悪かったし疲れてたのかもしれないね」
「ふふふ…綺麗な娘さんって感じだけど寝顔は可愛いのね」
そっと羽織っていたカーディガンをヴォイドに掛けると、ヴォイドは一瞬頬を緩めてもぞりと動いた。
「あ、ちょっと貴方！この子見ててくれる？」
離れねばならないエルナー夫妻は近くにいた青年に声を掛ける。彼はむしろヴォイドを部屋まで運ぶと言うので甘える事にした。
ここは色んな人が甘えて甘えられて、とてもふにゃけたプリンの様で、そんな中にいたら自分がプリンになりそうで、それでも良いやとヴォイドは思った。
だって、シケモクの味よりプリンの味の方が美味しいもの。どう考えても。
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