DONKO☆SHITAKE／べにざくろ

　長いカンテの冬の中で陽だまりの暖かさは格別だ。
　そんな陽だまりのような微笑を浮かべて、セリカはルーウィンにソレを差し出していた。
「……何すか、これ」
　セリカが差し出していたのはルーウィンの主観たっぷりにいうならば変なヒビの入った茶色い茸の入った袋だった。
「冬菇椎茸どんこしいたけですぅ。傘が開ききらないうちに収穫した肉厚で丸みを帯びた椎茸でぇ、贅沢な味わいなんですよぅ。しかも調理方法は炒めもの、煮物、焼きものなど万能ですけどぉ、セリカとしては簡素ではありますが傘を下に向けて焼き、塩を少しかけて食べると美味しさが一番感じられると思いますぅ」
「はぁ、そうっすか」
　返事をしておいて何だがセリカの言葉の意味の半分もルーウィンの頭には入らず右から左へ受け流されていた。かろうじて覚えられたのは変な茸の名前が「どんこしいたけ」ということだけだ。
「実家から送られてきたので、お裾分けしますねぇ」
「あざます……？」
「では、私は他の方にもお裾分けしてきますので。ルー君、くれぐれも乾燥しないようにして冷蔵庫に入れて早めに食べてくださいねぇ」
「はぁ……」
　ルーウィンに茸をお裾分けという名の押しつけをしたセリカはしゃなりしゃなりと立ち去って行く。残されたルーウィンの手には大量の茸の入った袋があって、中を覗き込んだルーウィンは思わず頭を抱えた。
「どーすっかな、これ……」
　ルーウィンの部屋にもキッチンは付いているが、彼は殆どそれをマトモに使用したことは無い。というのもマルフィ結社の食堂のご飯は美味しいし、食券の買い忘れ等で食堂を利用しそびれれば外食するかコンビニのご飯に頼れば良いからだ。現代文明万歳。ルーウィンはそういう子だった。
　そんな人間の手に与えられてしまった冬菇椎茸。牛に対して琴を弾ず、牛に説法馬に銭、牛の角を蜂が刺す。完全にルーウィンは冬菇椎茸を持て余していた。
　しかしながらルーウィンは貰ったものをゴミ箱に捨てるような無情な男ではないし、食べ物を無駄にすることはいけないとちゃんと理解出来ている男だった。だからこそ、この椎茸をどうするか悩んでしまっているのだが。
「そこの廊下に突っ立って邪魔なルーウィン氏」
「あ゛？」
　腹の立つ呼ばれ方だが、この呼び方をする人間をルーウィンは一人しか知らなかった。機嫌悪い雰囲気を纏いつつも彼女・・の声に内心テンションを上げつつ振り向く。そして、上がったはずのテンションは急降下した。
「バートンと……チェンバースか」
　ルーウィンに声をかけてきたのは総務部のクロエ・バートン。そしてルーウィンのテンションを急降下させた存在が、その隣に立つ調達ナリル班のシキ・チェンバースだ。
　この二人に人事部のロード・マーシュを加えた三人組は結社内でもたびたび見かける組み合わせだった。おそらくはロードがマルフィ結社に勧誘してきた若い二人ということもあって、彼に懐いているからなのだろう。それ故にそんな二人が一緒にいたところで何ら不思議なことはないのだが、この組み合わせを見る度にルーウィンは胸がざわつく。自分と彼らの間には何か線が引かれていて越えることが出来ないような、そんな気分にさせられるからだ。
「廊下に立っていたら邪魔なのが分かりません？」
　かつて廊下に立ち尽くすどころか寝ていたことすらあるクロエが自分の行動を棚に上げてルーウィンに言ってくるが、ルーウィンはそれに言い返す事も出来ず「わりーな」とだけ呟くように言うと廊下の端に寄った。あまりにもルーウィンの殊勝な態度にクロエは薄ら寒さすら覚えてセーラー服の上から自分の鳥肌がたった腕をさする。
　そんなクロエを見つつ、ルーウィンは気持ちを切り替えて二人に声をかけることにした。
「お前ら、料理とかする人間？」
　問いかけておいて何だが、シキは自分と同じやらない側の人間だろうと勝手に検討をつける。というか、そうであって欲しかった。シキに身長で負けていて密かに悔しいルーウィンとしては彼に他のことで負けたくなかったからだ。そしてクロエが料理ができるなら、いつか彼女の手料理が食べてみたいものだ――と思いかけて、何で自分はそんな想像をしているのだと妄想の中のフリフリエプロンを装備して料理をしていたクロエのイメージを掻き消す。
「兄貴が出来るよ」
「兄さんが出来ますね」
　そんな妄想に浸りかけていたルーウィンに、ほぼ同時にシキとクロエが声を上げた。単語に違いがあれど二人が「兄」と呼ぶのはロード・マーシュしかいない。つまり「彼が出来る」とわざわざ言うと言うことは二人は出来ないということなのだろう。
　さようなら、フリフリエプロンの可愛いクロエ。
　所詮、君は妄想の産物だ。
　内心のルーウィンが血の涙を流すが、それを表に出す程ルーウィンも馬鹿ではない。平静な顔で二人に声をかける。
「うちの班のセリカさんがどんこなんちゃらとかいうヤツくれたんだけど、じゃあ、その兄さんにやってくんねー？」
　そう言って二人に向かってルーウィンはセリカから貰った袋をそのまま差し出した。袋の中を覗き込んだクロエは金勘定をしたか定かではないが、大人しく袋を受け取る。
「三人で仲良く食ってくれよな」
　笑いかけつつもルーウィンの胸に自分の言葉が刃のように突き刺さった。
　そして平静を装えているうちに二人から離れようとした時だった。
「ルーウィン氏」
　クロエがルーウィンを呼び止める。
「何？」
「貰った本人が食べた感想を言わないのは如何かと思いますので、少しは持ち帰るべきです」
　そうして、ルーウィンの手には少しだけ椎茸が乗せられたのだった。

　*　*　*

　それから数日後。
「どーせ俺に勝てるところはねーっつーの！」
　自室で８分の１カットしたライムを突っ込んだビール瓶を「このビールは立って飲むのがお行儀です」のキャッチフレーズ通りにラッパ飲みしたルーウィンはそう叫んでいた。
「荒れてるねー」
　そんなルーウィンの相手をしているのは蜂蜜酒を口に運んでいたタイガ・ヴァテールだった。以前、ロードやテオフィルスと飲み会をした際に蜂蜜酒というものをロードにより教えられてからというもの蜂蜜酒はタイガのお気に入りである。尚、その事実をルーウィンは知らない。おそらく今のルーウィンが知ったなら余計に荒れたかもしれない。
　翌日、二人とも仕事であるがどうしてもルーウィンが飲みたくてタイガを誘ったのだ。ルーウィンとしてはおツマミやご飯を作ってくれるノエのいるタイガの部屋で飲みたかったのだが、残念ながらノエはメンテナンス中とのことでルーウィンの部屋での開催となった。
「タイガならどーする？」
「ん？何を？」
「自分じゃ勝ち目がねーなーって思う人がいた時、どうするかって話」
　ルーウィンの言葉にタイガは目をぱちぱちとした。それは可愛い女の子がやれば可愛いが、相手はルーウィンと年齢のロクに違わない男なので何も可愛くない。
　タラ干しにたっぷりとバターをつけたものを口に運んで咀嚼した後、タイガは事も無げに言った。
「努力でどうにかなるところは頑張るしかないけど、他はどうにもならなくない？」
　そのタイガの言葉にルーウィンは虚をつかれたような顔になる。てっきりタイガのことだから躾のされていない小型犬のようにきゃんきゃん喚くかと思ったのに、思った以上にアッサリとしたコメントが返ってきたからだ。
「だってオレが今からルーに身長で勝ちたいって思っても無理だし、サオトメ先生並の剣豪になりたいって思っても先生が長年積み上げてきた努力には勝てないし……ミサキ・ケルンティアみたいな天才にはなれないもん」
　最後のミサキの名前を呼ぶ時だけ本当に嫌々ながらに言っているタイガの姿にルーウィンは噴き出しそうになる。そんなに嫌なら、わざわざ口に出さなければいいのにそれでも口に出さずにはいられないのは、それだけ彼女の実力を認めているということなんだろう。人間としては苦手な相手でも能力的には認められる部分はタイガの美徳だと思う。
「でもオレだって負けたくないって思う人くらいいるけどね」
「誰？」
「それは絶対秘密」
　タイガの頭に浮かんでいるのは黒髪眼鏡な前線駆除リンツ・ルノース班。名前というならエリック・シードだ。食堂部のヒギリ・モナルダを推しているタイガとしては、彼女のお気に入りとなっているエリックには負けたくない。
　そんなこんなで、あーだこーだと語っているうちにツマミが底を尽きかけていた。ルーウィンもタイガも酒をメインにするタイプではなくどちらかと言うとジュースで十分なタイプであるために、酒よりもツマミを口に運ぶペースが早いからだ。
「何か買いに行くー？」
「面倒くさくね」
「うん、面倒」
「何か冷蔵庫にありゃいーけど」
　料理をしないルーウィンの部屋の冷蔵庫にマトモな食材は無い。入っているのは実家から贈られてくる牛乳やヨーグルトといった乳製品くらいな気がする。あとはツマミになりそうなのはチーズくらいか。
「あ」
　そう思いつつ冷蔵庫を開けたのだが、冷蔵庫の中には実家からの大事な贈り物以外のものが鎮座していた。
　すっかり忘れていたが数日前にセリカから貰った「どんこしいたけ」とかいう茸だ。適当にビニール袋に入れて冷蔵庫に突っ込んでいたのだが、そいつが堂々と冷蔵庫にいる。
　出してみるとビニールの中に水滴が溜まっていた。何か匂いも貰った時と違うような気がするが、見た目が変わらないからそれはきっと普段料理をしないルーウィンが勘違いしているだけであって根拠は何にもないけれど大丈夫な気がする。
「あ、それ。ミカナギさんに貰ったの？」
　タイガが近寄ってきて茸を見た第一声がそれだった。
「そーだけど。お前も貰ったのか？」
「うん。ノエが焼いて塩かけてくれたんだけどおいしかったよ」
　タイガとセリカは練習場仲間である。あのセリカのことだから知り合いという知り合いにお裾分け(という名の茸布教)をしていても何らおかしくはなく、焼いて塩をかけるくらいなら自分でも出来ると思いながらルーウィンは洗った茸の軸を毟った。
「そういえばノエが傘の中にチーズ入れて焼いてもおいしいって言ってた。フライパンじゃなくてオーブンで出来るって」
「俺ら向きだな」
「ねー」
　ルーウィンもタイガもマトモに料理が出来ない組だ。チーズは豊富にあるルーウィンの部屋でチーズ焼きをしない理由はなく、タイガに言われるがまま傘の中にチーズを詰めていく。そして発酵食品であるチーズの匂いにルーウィンの嗅いだ茸の謎の匂いは掻き消されていっていった。
　ここでタイガが自分がセリカから茸を貰ったのは数日前であることを思い出せていれば。
　ルーウィンが茸の異常な匂いをヤバいものだと気付いていれば。
「わー、チーズが良い匂いだね」
「俺らでも料理出来んだな」
　アルコールが回って判断力の落ちた二人は呑気に茸を口に運ぶ。

――翌日。医療ドレイル班のお世話になるタイガがいたのだった。

「何でルーは平気なの!?」
「胃が強いんじゃね？多分」

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