少女から虎へのアフェクチェズマン／燐花
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rinka_creation 2021年05月31日(月) 15:04:33履歴
おそらく彼にとって「愛する女性」と言うのは生涯ただ一人であり、彼があんなに輝いた目を見せるのも生涯彼女ただ一人だと思った。
別に悔しいだとか、彼女に成り代わりたいと思った事は無い。ただ、何がどうしてあそこまで熱心になれるんだとは思った。熱心に彼女を見る目を横で見ていて不思議な気持ちになったのだ。
「兄さん、愛の日当日の話ですが」
「はいはい」
「愛の日はベーコンおじさんのお宅に泊まります。その前も何日か外泊すると思います」
「前の日もベーコンおじさんのところですか？」
「その予定です。前準備があるので」
「なるほど…では、後日菓子折り持参で御礼に行かねばなりませんね」
「…で？肝心の許可は？」
「ああ、仕事面に関してはフラナガンさんが、泊まる事に関してはベーコンおじさんがご迷惑で無いと言ってくださるなら私は大丈夫だと思ってますよ。サインここで良いですか？」
「はい。保護者のサインと印鑑が必要なんです」
「はいはい…これで良いですかね？」
外出許可を求めようと彼の部屋に押し掛けたこの日、クロエの目にはいやにロードが上機嫌に見えた。聞いたところによると、いつもの様に外で女性をナンパし部屋に連れ込もうとして居たところ、偶々偶然ヴォイドが彼の部屋に足を運び結果鉢合わせて軽く修羅場になったとか。
ロードが女性を連れ込む事なぞ珍しくも何とも無いし、過去にクロエは用があるからと彼の部屋を訪れたら正にそのタイミングで連れ込んだ女性と彼はお楽しみの真っ最中だった。ロードは目をぱちくりさせたまま固まってしまったし（しかし特に萎えていなかった上続行したのだから驚きだ）、いきなり現れたクロエに驚いたからと言う理由で相手の女性からは悲鳴を上げられた事も忘れてはいない。
「変なモノを見せた罰」としてイコナ産特濃牛乳とイコナ産ヨーグルト、牛乳プリンの三種を各々三回に渡って無償で奢ると言う約束をこぎつけたのでまあまあ美味しかったが。
こいついつか刺されるんじゃ無いか？と言う心配はとにかく、修羅場になったヴォイドからボディーブローも食らったと聞いた筈なのだが何と言うか、タフだなぁと絶賛ニヤけを隠しきれないロードを見ていてクロエは思った。
カチャカチャと印鑑やペンを仕舞い、元の場所に片付ける。その間にも顔はニヤけたままなのでこれは何か思い出して笑っているなとクロエは溜息を吐く。こう言う時のロードは何故にやけているか分かりやすいのだ。
「…よくボディーブローかましてきた女にそんなニヤけられますね」
「おやおや、そんな分かりやすいです？」
「分かりやすいっすよ。え？マゾなんですか？」
「うふふ…そんな趣味は無いですがねぇ」
「あんたローブロー食らっても喜んでそうだな…」
「うふふふ…それは流石に死にますって言ってるでしょう。こんなとこ鍛えようが無いのだから」
「え？大陸のどっかの国の大変酔狂な人の中には日夜角材をぶつけて鍛えてる人が居るらしいと聞きましたが」
「……そ、れは…想像しただけで変な気持ちになりましたし年頃の女の子がそんな話するもんじゃ無いですよ。はい終わり終わり」
そう言いながら尚もニヤニヤするロード。
クロエはいてもたっても居られず彼に尋ねた。
「何がそんなに嬉しかったんすか、兄さん」
「んー？」
「私にはどうにも意味が分かりません。優しくされたとか良くしてもらったとかならまだしも、修羅場っぽくなった上に腹パン食らわせて来た相手にそんなにニヤニヤ出来る意味が分かりません」
「そうですか？出来ますよ？」
「…私には理由が分かりません」
ロードは思い出すように目を閉じる。そしてふっと笑うと少しだけ寂しそうな目をクロエに向けた。
「私のこの思いはもうずっと片想いなんですよ」
「でしょうね。これが両思いなら怖いです」
「こらこら茶化さない。つまり、私だけしか彼女を見ていなかったんですよ、長い間」
「は…？」
「彼女がある時から今までの間私を『私』として認知していたかどうかは分かりません。多分、していなかったかもしれませんね。私、一度死んだ様な目に遭ったんですよ。そんな状態で彼女を一方的に見ているしかない時期もありまして…。彼女は私がそんな熱い視線を送っているなんて知る由もない。でも私は彼女に心のどこかでもしまた気付いてもらえたら、なんて思いながら絶対見付からない様に隠れて見ている。そんな幽霊の様な生活をしていた事があるんですよ」
「……何で見付からないようにしてたんですか」
「色々あったんですよ。色々あって、私が彼女に接触するのは世界に許されない時があったんですよ」
「…そんな仰々しい…」
「うふふふ、全部終わった今はそう思いますねぇ。でも私の故郷の、世界の全てが彼女と接触する事を良しとしなかったんですよ」
断片的にしか語らないロード。正直こんな説明でクロエが全て掴める筈もない。だが、少し引っかかる事があった。
ロードは「彼女を一方的に見ているしかない時期」があったと言っていた。「もしまた気付いてもらえたら」とも。それはつまり、それが始まりでは無いのだ。二人には別の関係があって、その後ロードが「一方的に見ているしかない時期」、つまり接触出来ない時期が出来たのでは無いか。だとしたらどう言う事だろう？クロエは彼の結社以前の生活の拠点をアスだと聞いていた。だからてっきり彼の故郷をアスだと思っていた。でももしかしたら、アスに移ったのには理由があって、それ以前には別の場所の──
──考えに没頭していたクロエの額にロードの額がこつんと当たる。
「はい。私の過去の事なぞ考えるのはそこまでです」
「……腑に落ちねぇ」
「頑張って落として下さい。落として無理にでも納得して下さい、今はね。とにかくそんな風に離れていた時期があったから、今また私を認識してくれて、そして私を見てくれるならどんな形でも翌日まであと引くくらい嬉しいんですよ」
「ストーカーの発想だな…」
「こらこら訂正なさい」
額同士を当てたまま、ロードはクロエの頭をそっと包んで撫でる。犬愛でてんじゃねぇんだ、とクロエは悪態をついた。
「ねぇ、クロエ。貴女はちゃんと幸せに恋愛してくださいよ？」
「予定がありません」
「いやぁ、外泊許可なんて取りに来たから焦りましたよ。男でも出来たのかと」
「よくそれで許可出しましたね」
「すぐ別の理由だって分かりましたし、私は理解ある保護者のつもりですよ？ただし、放任気味でいくつもりではありますが嘘は許しません。本当にそう言う人が出来た時はちゃんと正直に言うんですよ？」
「…言ったら兄さんは何するつもりなんですかね？」
「もれなくデート現場にシキを派遣して相手の男が余計な手出ししないか監視します」
「極限なまでに邪魔」
「男が部屋やホテルに連れ込む前にいつでも連れ帰れる様にシキを張り付かせます」
「放任の意味を辞書で調べ直せ」
「まあ、それは冗談にして。それでも、貴女がお嫁に行く時は流石の私もぐっとくるものがあるかもしれませんねぇ」
本当なのか嘘なのか、そう言って笑うロード。クロエはそのよく見る笑顔を見て「やはり時間の無駄だ」と思った。
彼のこの笑顔は誰でも見る事の出来る笑顔。特別なものは本当にヴォイド にしか見せていない。おそらくシキすらも見ていないそんな顔がある。彼はきっと生涯彼女以外にその顔を見せないだろう。そんな重めな片思いをしているのを知っていて彼に想いを寄せるのは時間の無駄であり、見返りを百パーセント求められない行為である。
だから私は、そんな無駄な事はしない。
クロエは別にロードの事を好きかどうかなんて考えた事も無かった。ただ保護者として他の人以上に近くに居てくれただけ。親と言うには若く兄と言うには遠かっただけ。友と呼ぶには近過ぎただけ。
でも、それ以上の関係性になる予定も予感も全く無い。何故なら彼女がそれ以上の目で見ようと決して思わないからだ。
「…兄さん、誰かに好きだって言われたら、兄さんならどうします？」
「え！？貴女が結婚したら…何てタラレバだと思ったのに、もう現実に！？」
「違います。私じゃ無いです。単純に兄さんが言われたらどうするか気になっただけです」
「断ります」
「早っ」
「それでも食い下がられても、やっぱり断ります」
「…兄さんの事だから『一夜限りなら』とか言うものかとてっきり」
「お！？良いですねその返し！」
「ただのクズじゃないすか」
「うふふ、まあ冗談ですけど」
この距離感、この空間が家族の居ない自分が今落ち着いて手に入れたものだから。どう言う縁で彼と、シキと結び付いたかは分からないが今のこの状態を大事にしたいからこれ以上は踏み込まないし面倒な事もしたくない。
何より、もし本当に自分がこの男に惹かれているところがあるとしたら、それは多分特別な人 を追っている彼の顔であり、わがままだと思うが、その想いがきっと自分に向いた瞬間彼に魅力を感じなくなってしまうのであろうからこのままで良いのだ。
もし本当に好きだとして、それは好きな人を追っている彼なのだから。頼むから成就させるか諦めずに居てくれ。でないと、諦めたらそれは貴方では無い。
「それより、今日は随分と私の事を聞きたがりますねクロエ。何かありました？」
「え？──気の所為でしょう」
完結した想いを弄ぶ様にクロエはふっと鼻で笑った。不敵に笑うその様はいつものクロエであり、その裏に何か特別なものが見え隠れしていたのかも、なんて誰も気付かない。
別に悔しいだとか、彼女に成り代わりたいと思った事は無い。ただ、何がどうしてあそこまで熱心になれるんだとは思った。熱心に彼女を見る目を横で見ていて不思議な気持ちになったのだ。
「兄さん、愛の日当日の話ですが」
「はいはい」
「愛の日はベーコンおじさんのお宅に泊まります。その前も何日か外泊すると思います」
「前の日もベーコンおじさんのところですか？」
「その予定です。前準備があるので」
「なるほど…では、後日菓子折り持参で御礼に行かねばなりませんね」
「…で？肝心の許可は？」
「ああ、仕事面に関してはフラナガンさんが、泊まる事に関してはベーコンおじさんがご迷惑で無いと言ってくださるなら私は大丈夫だと思ってますよ。サインここで良いですか？」
「はい。保護者のサインと印鑑が必要なんです」
「はいはい…これで良いですかね？」
外出許可を求めようと彼の部屋に押し掛けたこの日、クロエの目にはいやにロードが上機嫌に見えた。聞いたところによると、いつもの様に外で女性をナンパし部屋に連れ込もうとして居たところ、偶々偶然ヴォイドが彼の部屋に足を運び結果鉢合わせて軽く修羅場になったとか。
ロードが女性を連れ込む事なぞ珍しくも何とも無いし、過去にクロエは用があるからと彼の部屋を訪れたら正にそのタイミングで連れ込んだ女性と彼はお楽しみの真っ最中だった。ロードは目をぱちくりさせたまま固まってしまったし（しかし特に萎えていなかった上続行したのだから驚きだ）、いきなり現れたクロエに驚いたからと言う理由で相手の女性からは悲鳴を上げられた事も忘れてはいない。
「変なモノを見せた罰」としてイコナ産特濃牛乳とイコナ産ヨーグルト、牛乳プリンの三種を各々三回に渡って無償で奢ると言う約束をこぎつけたのでまあまあ美味しかったが。
こいついつか刺されるんじゃ無いか？と言う心配はとにかく、修羅場になったヴォイドからボディーブローも食らったと聞いた筈なのだが何と言うか、タフだなぁと絶賛ニヤけを隠しきれないロードを見ていてクロエは思った。
カチャカチャと印鑑やペンを仕舞い、元の場所に片付ける。その間にも顔はニヤけたままなのでこれは何か思い出して笑っているなとクロエは溜息を吐く。こう言う時のロードは何故にやけているか分かりやすいのだ。
「…よくボディーブローかましてきた女にそんなニヤけられますね」
「おやおや、そんな分かりやすいです？」
「分かりやすいっすよ。え？マゾなんですか？」
「うふふ…そんな趣味は無いですがねぇ」
「あんたローブロー食らっても喜んでそうだな…」
「うふふふ…それは流石に死にますって言ってるでしょう。こんなとこ鍛えようが無いのだから」
「え？大陸のどっかの国の大変酔狂な人の中には日夜角材をぶつけて鍛えてる人が居るらしいと聞きましたが」
「……そ、れは…想像しただけで変な気持ちになりましたし年頃の女の子がそんな話するもんじゃ無いですよ。はい終わり終わり」
そう言いながら尚もニヤニヤするロード。
クロエはいてもたっても居られず彼に尋ねた。
「何がそんなに嬉しかったんすか、兄さん」
「んー？」
「私にはどうにも意味が分かりません。優しくされたとか良くしてもらったとかならまだしも、修羅場っぽくなった上に腹パン食らわせて来た相手にそんなにニヤニヤ出来る意味が分かりません」
「そうですか？出来ますよ？」
「…私には理由が分かりません」
ロードは思い出すように目を閉じる。そしてふっと笑うと少しだけ寂しそうな目をクロエに向けた。
「私のこの思いはもうずっと片想いなんですよ」
「でしょうね。これが両思いなら怖いです」
「こらこら茶化さない。つまり、私だけしか彼女を見ていなかったんですよ、長い間」
「は…？」
「彼女がある時から今までの間私を『私』として認知していたかどうかは分かりません。多分、していなかったかもしれませんね。私、一度死んだ様な目に遭ったんですよ。そんな状態で彼女を一方的に見ているしかない時期もありまして…。彼女は私がそんな熱い視線を送っているなんて知る由もない。でも私は彼女に心のどこかでもしまた気付いてもらえたら、なんて思いながら絶対見付からない様に隠れて見ている。そんな幽霊の様な生活をしていた事があるんですよ」
「……何で見付からないようにしてたんですか」
「色々あったんですよ。色々あって、私が彼女に接触するのは世界に許されない時があったんですよ」
「…そんな仰々しい…」
「うふふふ、全部終わった今はそう思いますねぇ。でも私の故郷の、世界の全てが彼女と接触する事を良しとしなかったんですよ」
断片的にしか語らないロード。正直こんな説明でクロエが全て掴める筈もない。だが、少し引っかかる事があった。
ロードは「彼女を一方的に見ているしかない時期」があったと言っていた。「もしまた気付いてもらえたら」とも。それはつまり、それが始まりでは無いのだ。二人には別の関係があって、その後ロードが「一方的に見ているしかない時期」、つまり接触出来ない時期が出来たのでは無いか。だとしたらどう言う事だろう？クロエは彼の結社以前の生活の拠点をアスだと聞いていた。だからてっきり彼の故郷をアスだと思っていた。でももしかしたら、アスに移ったのには理由があって、それ以前には別の場所の──
──考えに没頭していたクロエの額にロードの額がこつんと当たる。
「はい。私の過去の事なぞ考えるのはそこまでです」
「……腑に落ちねぇ」
「頑張って落として下さい。落として無理にでも納得して下さい、今はね。とにかくそんな風に離れていた時期があったから、今また私を認識してくれて、そして私を見てくれるならどんな形でも翌日まであと引くくらい嬉しいんですよ」
「ストーカーの発想だな…」
「こらこら訂正なさい」
額同士を当てたまま、ロードはクロエの頭をそっと包んで撫でる。犬愛でてんじゃねぇんだ、とクロエは悪態をついた。
「ねぇ、クロエ。貴女はちゃんと幸せに恋愛してくださいよ？」
「予定がありません」
「いやぁ、外泊許可なんて取りに来たから焦りましたよ。男でも出来たのかと」
「よくそれで許可出しましたね」
「すぐ別の理由だって分かりましたし、私は理解ある保護者のつもりですよ？ただし、放任気味でいくつもりではありますが嘘は許しません。本当にそう言う人が出来た時はちゃんと正直に言うんですよ？」
「…言ったら兄さんは何するつもりなんですかね？」
「もれなくデート現場にシキを派遣して相手の男が余計な手出ししないか監視します」
「極限なまでに邪魔」
「男が部屋やホテルに連れ込む前にいつでも連れ帰れる様にシキを張り付かせます」
「放任の意味を辞書で調べ直せ」
「まあ、それは冗談にして。それでも、貴女がお嫁に行く時は流石の私もぐっとくるものがあるかもしれませんねぇ」
本当なのか嘘なのか、そう言って笑うロード。クロエはそのよく見る笑顔を見て「やはり時間の無駄だ」と思った。
彼のこの笑顔は誰でも見る事の出来る笑顔。特別なものは本当に
だから私は、そんな無駄な事はしない。
クロエは別にロードの事を好きかどうかなんて考えた事も無かった。ただ保護者として他の人以上に近くに居てくれただけ。親と言うには若く兄と言うには遠かっただけ。友と呼ぶには近過ぎただけ。
でも、それ以上の関係性になる予定も予感も全く無い。何故なら彼女がそれ以上の目で見ようと決して思わないからだ。
「…兄さん、誰かに好きだって言われたら、兄さんならどうします？」
「え！？貴女が結婚したら…何てタラレバだと思ったのに、もう現実に！？」
「違います。私じゃ無いです。単純に兄さんが言われたらどうするか気になっただけです」
「断ります」
「早っ」
「それでも食い下がられても、やっぱり断ります」
「…兄さんの事だから『一夜限りなら』とか言うものかとてっきり」
「お！？良いですねその返し！」
「ただのクズじゃないすか」
「うふふ、まあ冗談ですけど」
この距離感、この空間が家族の居ない自分が今落ち着いて手に入れたものだから。どう言う縁で彼と、シキと結び付いたかは分からないが今のこの状態を大事にしたいからこれ以上は踏み込まないし面倒な事もしたくない。
何より、もし本当に自分がこの男に惹かれているところがあるとしたら、それは多分
もし本当に好きだとして、それは好きな人を追っている彼なのだから。頼むから成就させるか諦めずに居てくれ。でないと、諦めたらそれは貴方では無い。
「それより、今日は随分と私の事を聞きたがりますねクロエ。何かありました？」
「え？──気の所為でしょう」
完結した想いを弄ぶ様にクロエはふっと鼻で笑った。不敵に笑うその様はいつものクロエであり、その裏に何か特別なものが見え隠れしていたのかも、なんて誰も気付かない。
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