後悔と下心と悲しみと或いは恋心な夜／燐花
最終更新：
rinka_creation 2020年12月29日(火) 01:27:27履歴
「痛っ…！！」
テオフィルスを現実に引き戻したのは、失ってしまった足の痛みだった。テロの日、足を失った。しかし、失って終わりとはならない。足を失い、処置もしてもらい、義足も付けたにも関わらず体は失くした足を求めている。痛みとともにナンネルの顔まで思い出してしまう。夢の様に瞬く間に消えてしまった家族。
「クソッ…！！」
汗だくで目を覚まし、たまらず部屋を飛び出す。最近寝不足が続いていて仕事に集中出来ない日々だ。目を瞑ろうとするとあの赤い目が脳裏に蘇る。たらればで後悔してももう何にもならないと言うのは分かっているのに彼女の顔が蘇る度に考えてしまう。
もしあの時機械人形汚染物質のばら撒きに気付けたら。
もしあの時パソコンから電子世界にアクセスしていたら。
「…考えてもしょうがねぇ。ナンネルはもう壊れた」
自販機でコーヒーを買って長椅子に座る。そして諦めを口にする。お守りの様に口にするこの言葉でもって脳の回路を書き換えられたら良いのに。もうナンネルは壊れた。後悔しても仕方ない。だからもう後悔しない。でも、それを考える度に余計胸が苦しくなる。鼻がツンと痛んで目頭が熱くなり、ヤバイヤバイと慌ててテオフィルスは上を向いた。
せっかく買ったコーヒーの味もあまりよく分からない。
「あーあ…ミサキちゃんに合わせる顔がねぇ…」
明日もまた寝不足の動きの悪い頭を携えて顔を出し、大失態でもして今度こそミサキから絶対零度の視線を食らうのか。いや、一度あの天才美少女の零度の視線を食らうのもオツなもの…？いやいや変な道に目覚めそうだ。
なんつって。
「……忘れらんねぇんじゃん…」
馬鹿げた事で頭を塗り潰しても、やはり赤い目をしたナンネルは頭から離れない。鬱々しい考えに一度ハマると中々抜けず、今日は病み日なんだ多分。
「テオ？」
「…ヴォイド？」
この足の発見者でもある麗しの幼馴染は相変わらず扇情的な格好で目の前に現れた。と言うか、ベビードールにガーターベルトで申し訳程度にパーカー羽織ってこんな夜中にうろついているのかコイツは。布面積は確かに広いんだろうが、そこ以外気にならないのか。例えば透け感とか！結構透けてるぞ！？不透明度七十パーセントくらい…！？思わず上から下まで一通り見た後現実に戻った。危ない危ない。
そんなテオフィルスの葛藤をよそに無遠慮なヴォイドはストンと隣に座る。
「足、痛む？」
「ん？あ、ああ…」
「まあ、日が浅い内は幻肢痛もあると思ってたけど」
「ああ…ファントムペインって奴か？」
「そう。個人差はあるしそもそも足だから効くか分からないけど、ミラーセラピーとかは試した？」
「え？いや別に…特に何も」
それより今は下心との葛藤に打ち克つ特効薬が欲しい。そんな軽口を叩こうとしたが気が付いたらヴォイドに床ドンされていた。
えっと、片足を失って重心のバランスが取れないから長椅子に座ってても簡単に転がされる訳で、なるほどこれを望む女が多いのも頷けるなとかそんな事は決して。うん。ヴォイドの髪の毛が顔にかかって少しくすぐったい。
「何で受けないの…？」
「むしろ俺が今受けっぽい…」
「何でまず体を治そうとしないの…？ここは岸壁街じゃない、治す為の資金も賄ってくれる、むしろそれを求められる。…使えるものは使って、ここで生きていく為の優先事項はまず治そうとする事じゃないの…？」
「………」
すまん、ふざけて。
ヴォイドはテオフィルスの手を引いてきちんと座らせた。仮にも医療班、そしてやはり利益を優先するヴォイドがそれを手放す行動を取るのを見て怒るだろうとは思っていたが…いや、むしろ怒る姿は少し珍しかった。
「顔色も悪い…目の下のクマも濃い。何で医療班に行かないの…」
「いや…何かさ、処理出来ねぇんだよ。プログラムみたいに書き換えられたら良いのにな。最近寝ようとすると痛みと悪夢見てさ、なかなか寝れないし俺このまま衰弱死しそうだな〜なんて…」
あまりにヴォイドの予想外の姿を見たからか、緩んだ心はついつい少しだけ吐き出した。
「……」
「ヴォイド？」
「部屋行くよ」
「え？え？おい！？」
義足の奴を無理やり立たせて無理やり部屋まで歩かせるとかコイツは鬼かと思いつつ元来た道を高速で戻った。自分一人だったらこの短い距離を一体何時間かけて渋々戻ったのだろう。夜が明けても戻れなかったかもしれない。
部屋に着きとりあえず電気を点ける。よく考えれば今凄い状況だ。真夜中に、こんな格好をしたヴォイドに鉢合わせて、そのまま二人で部屋に来て。うん、なかなか無いシチュエーションだしこのまま事に及んでもまあムードが無いわけではないか。
「良い、電気点けないで」
言うが早いかヴォイドは電気をバシッと決して暗闇にした。いよいよ何だこの状況は。
あれよあれよと言う間にベッドに寝かされた。おいおい、まさかこのまま本当に大人の階段を昇るのか？いや、随分前にもう昇ったけど、違う女で。
とりあえず、頭の中を茶化しでいっぱいにしなきゃならない今の事態はそろそろ察して欲しい。
ふいに足に何かが触れ、テオフィルスは変な声を出した。
「おいおいおいヴォイド！？」
「…ちゃんと手術で傷は処置されてる…そこはちゃんと受けたんだね」
「ちょ、どこ触って──！？」
「……足だけど…」
「あ、うん、そうだよな、うん」
「……うわぁ…」
ミサキちゃんの絶対零度を食らう前に、ヴォイドから「うわぁ、何考えてんだコイツ」の顔、いただきました。
ひとしきり手持ちのライトで足やら色々見られ少し疲れる。と言うかむしろ診るなら部屋の電気点けた方が良かったんじゃなかろうか。
「じゃあ、寝て」
不眠で悩んでるって言ってんのに「寝ろ」の一言で寝れるわけなくない？
「あのさ、ヴォイド。逆に寝れないし…って言うか何だよ？診察か？診察するなら電気点けりゃ良かったろ？部屋暗くして入ってくるから期待するだろー…コレは…」
「テオはずっと足を見ないようにしてた気がしたから。暗くして見えない方が良いと思ったんだけど。ついでに部屋暗くすれば眠りに入りやすくなるし」
テオフィルスは今日学んだ。多分自分は茶化しで墓穴を掘ると。
バレてたか。足を見れなくなったのも、何もかも。いつだって落ち着いたその瞬間を狙って後悔が押し寄せてくる。どうしようもない無力感も。あの時ああしていれば、こうしていれば。そもそもギロクがあんな事しなければ。この天才はいつだって何もかも好き勝手に奪っていく。
ダメだダメだ、今日は病み日だ。
こんなにも診る気満々なヴォイドに触発されたからか、この部屋が暗くて世界に自分達しか居ない感じがしたからか、理由は分からないがとにかくテオフィルスは気付いたらヴォイドの胸に抱かれてただただ声を殺して泣いていた。
何か言った気はする。後悔してんだとか、こうすれば良かったとか。誰にも言えずに溜め込んだ思いを、心ゆくまで吐いた気がする。
そしてヴォイドはただひたすらにうんうんと返事をしていた気がする。
全てしっかり覚えていない。何せ気付いたら寝てしまっていたのだから。
唯一しっかり覚えているものがあるとすれば、小さい頃食い逃げして殴られていたあのヴォイドが時を経て随分立派な胸をお持ちになったなとかその程度の事。
そう、その程度の事が悲しみも後悔も覆ってしまった。この夜だけは。
空が白けた
鳥の声が爽やかだ。
「……朝チュンか…」
艶めかしい事は一切起こっていない珍しい朝チュンだ。目は腫れているからまだ眠いような感じはするし正直寝足りない気もするが、それでも普段より長く寝られたから幾分調子が良い。
ヴォイドはベッドに突っ伏すようにして寝ていた。布団に入ってきても良かったのにな。とは言え狭いし、彼女の事だ、患者を見る目で見れば目的は「テオフィルスを一人でゆったり寝かせる事」だったのだろう。
「おーい…」
何時まで起きていたのか分からないし起こして良いのかも躊躇われたが、仕事が入っていたらと思うと一度起こすしかなかった。
「ヴォイド、おーい。朝だって」
「うう…おは、凄い顔」
おはようを言い切る前に顔の事を言うな顔の事を。
「ったく、男前が台無しだっての…」
そう言ってまたじわりと目頭が熱くなる。だから、茶化すと墓穴掘るって学習しなかったのか。
「どれどれ…」
ヴォイドが額をコツンと当てる。熱を見てるのか、何だか懐かしい感じがした。
「…とりあえず瞼冷やしたら」
「おう…」
何も言わないって事は彼女の中では大丈夫を意味するらしい。
朝日に照らされた足を見る。途中から欠けてしまった足。ゾワっと後悔とナンネルの顔が駆け巡る。だけど、今の自分なら何とか耐えられる。
と言うか初恋の女に凄い醜態を晒したんだ。ここで耐えなきゃ何だと言う。
「テオ、我慢は美徳じゃないって事だけ覚えといて」
「…頭の中筒抜けか…？」
「何かあったら呼ぶ事、良い？」
「え？俺の為に？慰めてくれるの？」
「……結社前のと合わせてツケで」
「加算式かよ…！？」
「当たり前」
その日は目の前こそ狭い視界だったが、少しだけ効率良く仕事が出来た。ミサキは一瞬だけ凄い顔をしたが何かあったと察して触れずにいてくれた。あるいはどうでも良かったか。
まだ乗り越えるなんて無理だし痛みだって襲ってくる。だけど、少しだけ前向きになった今、自暴自棄になって痛みを甘んじて受けるより、やれる事をやって痛みを和らげる選択をとっても良いかな？とは思えて来た。
この足ともまだまだ長い付き合いになるんだもんな。
部屋に戻ったらあのままのヴォイドが無防備に寝ていて一瞬だけ理性が何処かへ飛んだので慌てて起こした。そして実は今日休みだったらしくだからこそ気持ちよく寝ていたらしい。
いや、休みであろうとなかろうとここにいられては容易に理性がお留守になるわ。何とか叩き起こしたが、ヴォイドは眠りが深かった時に起こされたのか物凄く不機嫌な顔をしたまま帰って行った。
「あー…いやいや、多分手ぇ出してたら痛い目見たな…今の俺なら押し負ける自信あるし…」
相変わらず言い訳が口を突いて出る。
でもそれで良い。生きやすくはないが居心地は良いから。
色んな事に真っ直ぐ向き合う余裕は無いが、たまになら現状を受け入れてやっても良い。
それが分かっただけでもまあ良しとしよう。
そしていざとなると、恥ずかしさと何やかんやで数日程上手くヴォイドに声を掛けられない日を過ごす事になったテオフィルスだった。
テオフィルスを現実に引き戻したのは、失ってしまった足の痛みだった。テロの日、足を失った。しかし、失って終わりとはならない。足を失い、処置もしてもらい、義足も付けたにも関わらず体は失くした足を求めている。痛みとともにナンネルの顔まで思い出してしまう。夢の様に瞬く間に消えてしまった家族。
「クソッ…！！」
汗だくで目を覚まし、たまらず部屋を飛び出す。最近寝不足が続いていて仕事に集中出来ない日々だ。目を瞑ろうとするとあの赤い目が脳裏に蘇る。たらればで後悔してももう何にもならないと言うのは分かっているのに彼女の顔が蘇る度に考えてしまう。
もしあの時機械人形汚染物質のばら撒きに気付けたら。
もしあの時パソコンから電子世界にアクセスしていたら。
「…考えてもしょうがねぇ。ナンネルはもう壊れた」
自販機でコーヒーを買って長椅子に座る。そして諦めを口にする。お守りの様に口にするこの言葉でもって脳の回路を書き換えられたら良いのに。もうナンネルは壊れた。後悔しても仕方ない。だからもう後悔しない。でも、それを考える度に余計胸が苦しくなる。鼻がツンと痛んで目頭が熱くなり、ヤバイヤバイと慌ててテオフィルスは上を向いた。
せっかく買ったコーヒーの味もあまりよく分からない。
「あーあ…ミサキちゃんに合わせる顔がねぇ…」
明日もまた寝不足の動きの悪い頭を携えて顔を出し、大失態でもして今度こそミサキから絶対零度の視線を食らうのか。いや、一度あの天才美少女の零度の視線を食らうのもオツなもの…？いやいや変な道に目覚めそうだ。
なんつって。
「……忘れらんねぇんじゃん…」
馬鹿げた事で頭を塗り潰しても、やはり赤い目をしたナンネルは頭から離れない。鬱々しい考えに一度ハマると中々抜けず、今日は病み日なんだ多分。
「テオ？」
「…ヴォイド？」
この足の発見者でもある麗しの幼馴染は相変わらず扇情的な格好で目の前に現れた。と言うか、ベビードールにガーターベルトで申し訳程度にパーカー羽織ってこんな夜中にうろついているのかコイツは。布面積は確かに広いんだろうが、そこ以外気にならないのか。例えば透け感とか！結構透けてるぞ！？不透明度七十パーセントくらい…！？思わず上から下まで一通り見た後現実に戻った。危ない危ない。
そんなテオフィルスの葛藤をよそに無遠慮なヴォイドはストンと隣に座る。
「足、痛む？」
「ん？あ、ああ…」
「まあ、日が浅い内は幻肢痛もあると思ってたけど」
「ああ…ファントムペインって奴か？」
「そう。個人差はあるしそもそも足だから効くか分からないけど、ミラーセラピーとかは試した？」
「え？いや別に…特に何も」
それより今は下心との葛藤に打ち克つ特効薬が欲しい。そんな軽口を叩こうとしたが気が付いたらヴォイドに床ドンされていた。
えっと、片足を失って重心のバランスが取れないから長椅子に座ってても簡単に転がされる訳で、なるほどこれを望む女が多いのも頷けるなとかそんな事は決して。うん。ヴォイドの髪の毛が顔にかかって少しくすぐったい。
「何で受けないの…？」
「むしろ俺が今受けっぽい…」
「何でまず体を治そうとしないの…？ここは岸壁街じゃない、治す為の資金も賄ってくれる、むしろそれを求められる。…使えるものは使って、ここで生きていく為の優先事項はまず治そうとする事じゃないの…？」
「………」
すまん、ふざけて。
ヴォイドはテオフィルスの手を引いてきちんと座らせた。仮にも医療班、そしてやはり利益を優先するヴォイドがそれを手放す行動を取るのを見て怒るだろうとは思っていたが…いや、むしろ怒る姿は少し珍しかった。
「顔色も悪い…目の下のクマも濃い。何で医療班に行かないの…」
「いや…何かさ、処理出来ねぇんだよ。プログラムみたいに書き換えられたら良いのにな。最近寝ようとすると痛みと悪夢見てさ、なかなか寝れないし俺このまま衰弱死しそうだな〜なんて…」
あまりにヴォイドの予想外の姿を見たからか、緩んだ心はついつい少しだけ吐き出した。
「……」
「ヴォイド？」
「部屋行くよ」
「え？え？おい！？」
義足の奴を無理やり立たせて無理やり部屋まで歩かせるとかコイツは鬼かと思いつつ元来た道を高速で戻った。自分一人だったらこの短い距離を一体何時間かけて渋々戻ったのだろう。夜が明けても戻れなかったかもしれない。
部屋に着きとりあえず電気を点ける。よく考えれば今凄い状況だ。真夜中に、こんな格好をしたヴォイドに鉢合わせて、そのまま二人で部屋に来て。うん、なかなか無いシチュエーションだしこのまま事に及んでもまあムードが無いわけではないか。
「良い、電気点けないで」
言うが早いかヴォイドは電気をバシッと決して暗闇にした。いよいよ何だこの状況は。
あれよあれよと言う間にベッドに寝かされた。おいおい、まさかこのまま本当に大人の階段を昇るのか？いや、随分前にもう昇ったけど、違う女で。
とりあえず、頭の中を茶化しでいっぱいにしなきゃならない今の事態はそろそろ察して欲しい。
ふいに足に何かが触れ、テオフィルスは変な声を出した。
「おいおいおいヴォイド！？」
「…ちゃんと手術で傷は処置されてる…そこはちゃんと受けたんだね」
「ちょ、どこ触って──！？」
「……足だけど…」
「あ、うん、そうだよな、うん」
「……うわぁ…」
ミサキちゃんの絶対零度を食らう前に、ヴォイドから「うわぁ、何考えてんだコイツ」の顔、いただきました。
ひとしきり手持ちのライトで足やら色々見られ少し疲れる。と言うかむしろ診るなら部屋の電気点けた方が良かったんじゃなかろうか。
「じゃあ、寝て」
不眠で悩んでるって言ってんのに「寝ろ」の一言で寝れるわけなくない？
「あのさ、ヴォイド。逆に寝れないし…って言うか何だよ？診察か？診察するなら電気点けりゃ良かったろ？部屋暗くして入ってくるから期待するだろー…コレは…」
「テオはずっと足を見ないようにしてた気がしたから。暗くして見えない方が良いと思ったんだけど。ついでに部屋暗くすれば眠りに入りやすくなるし」
テオフィルスは今日学んだ。多分自分は茶化しで墓穴を掘ると。
バレてたか。足を見れなくなったのも、何もかも。いつだって落ち着いたその瞬間を狙って後悔が押し寄せてくる。どうしようもない無力感も。あの時ああしていれば、こうしていれば。そもそもギロクがあんな事しなければ。この天才はいつだって何もかも好き勝手に奪っていく。
ダメだダメだ、今日は病み日だ。
こんなにも診る気満々なヴォイドに触発されたからか、この部屋が暗くて世界に自分達しか居ない感じがしたからか、理由は分からないがとにかくテオフィルスは気付いたらヴォイドの胸に抱かれてただただ声を殺して泣いていた。
何か言った気はする。後悔してんだとか、こうすれば良かったとか。誰にも言えずに溜め込んだ思いを、心ゆくまで吐いた気がする。
そしてヴォイドはただひたすらにうんうんと返事をしていた気がする。
全てしっかり覚えていない。何せ気付いたら寝てしまっていたのだから。
唯一しっかり覚えているものがあるとすれば、小さい頃食い逃げして殴られていたあのヴォイドが時を経て随分立派な胸をお持ちになったなとかその程度の事。
そう、その程度の事が悲しみも後悔も覆ってしまった。この夜だけは。
空が白けた
鳥の声が爽やかだ。
「……朝チュンか…」
艶めかしい事は一切起こっていない珍しい朝チュンだ。目は腫れているからまだ眠いような感じはするし正直寝足りない気もするが、それでも普段より長く寝られたから幾分調子が良い。
ヴォイドはベッドに突っ伏すようにして寝ていた。布団に入ってきても良かったのにな。とは言え狭いし、彼女の事だ、患者を見る目で見れば目的は「テオフィルスを一人でゆったり寝かせる事」だったのだろう。
「おーい…」
何時まで起きていたのか分からないし起こして良いのかも躊躇われたが、仕事が入っていたらと思うと一度起こすしかなかった。
「ヴォイド、おーい。朝だって」
「うう…おは、凄い顔」
おはようを言い切る前に顔の事を言うな顔の事を。
「ったく、男前が台無しだっての…」
そう言ってまたじわりと目頭が熱くなる。だから、茶化すと墓穴掘るって学習しなかったのか。
「どれどれ…」
ヴォイドが額をコツンと当てる。熱を見てるのか、何だか懐かしい感じがした。
「…とりあえず瞼冷やしたら」
「おう…」
何も言わないって事は彼女の中では大丈夫を意味するらしい。
朝日に照らされた足を見る。途中から欠けてしまった足。ゾワっと後悔とナンネルの顔が駆け巡る。だけど、今の自分なら何とか耐えられる。
と言うか初恋の女に凄い醜態を晒したんだ。ここで耐えなきゃ何だと言う。
「テオ、我慢は美徳じゃないって事だけ覚えといて」
「…頭の中筒抜けか…？」
「何かあったら呼ぶ事、良い？」
「え？俺の為に？慰めてくれるの？」
「……結社前のと合わせてツケで」
「加算式かよ…！？」
「当たり前」
その日は目の前こそ狭い視界だったが、少しだけ効率良く仕事が出来た。ミサキは一瞬だけ凄い顔をしたが何かあったと察して触れずにいてくれた。あるいはどうでも良かったか。
まだ乗り越えるなんて無理だし痛みだって襲ってくる。だけど、少しだけ前向きになった今、自暴自棄になって痛みを甘んじて受けるより、やれる事をやって痛みを和らげる選択をとっても良いかな？とは思えて来た。
この足ともまだまだ長い付き合いになるんだもんな。
部屋に戻ったらあのままのヴォイドが無防備に寝ていて一瞬だけ理性が何処かへ飛んだので慌てて起こした。そして実は今日休みだったらしくだからこそ気持ちよく寝ていたらしい。
いや、休みであろうとなかろうとここにいられては容易に理性がお留守になるわ。何とか叩き起こしたが、ヴォイドは眠りが深かった時に起こされたのか物凄く不機嫌な顔をしたまま帰って行った。
「あー…いやいや、多分手ぇ出してたら痛い目見たな…今の俺なら押し負ける自信あるし…」
相変わらず言い訳が口を突いて出る。
でもそれで良い。生きやすくはないが居心地は良いから。
色んな事に真っ直ぐ向き合う余裕は無いが、たまになら現状を受け入れてやっても良い。
それが分かっただけでもまあ良しとしよう。
そしていざとなると、恥ずかしさと何やかんやで数日程上手くヴォイドに声を掛けられない日を過ごす事になったテオフィルスだった。
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