遠くて近くて遠い。／燐花

「やあ、ホロウ君」
「………やあ」
「ふふっ、君の挨拶は実に面白いな。昨日ファウスト君に「ヴォイドか…」と呼びかけられた時なんかは同じ様に「ネビロスか…」と返していたよね」
「見てたの…」
「たまたま、ね。目に入ったから好奇心で」
　人から関心を向けられるのは何だか変な気分だ。今まで下心からだとか、余計な心配から関心を向ける人間は居たが、ユウヤミのそれはヴォイドが今まで見てきたどれとも違っていた。
　形容し難い関心は、一瞬で全身を包むようで、だけどそんなに嫌でもなくて、変な気分だった。
「好奇心…」
「面白いね。挨拶をおうむ返しするのは相手の懐に潜りやすくなるだろうが…どうやら無自覚のようだね」
「分析するの…」
「ホロウ君の根底にあるものはどんな色をしているのか気になってねぇ」
　ヴォイドは妙な感覚に身じろぎした。肌が粟立つその妙な感覚から逃げる様に大股開きで足早にその場を去ろうとした。
　何だかユウヤミのペースは変な気分になるのだ。しかし、ユウヤミのすらりと伸びた腕は容易くヴォイドの細い腕を掴む。
　くんっ、と優しく引き寄せるように掴む。
「ホロウ君」
「何」
「いつになったら、私の名前を呼んでくれるんだい?」
　名前。
　四文字だけ。簡単じゃないか。口を動かせば出てくるはずだ。
　その筈だ。
「ユ…」
「うん」
「…やっぱり、後で」
　残念だなあ、と言う呟きとともに手を掴んでいた温もりが消える。徐々に無くなる温もりが少し物足りない。
　今まで感じた事の無い関心を向けるユウヤミ。自分に何を求めてるのかが読めないユウヤミ。彼の見せる顔はさながら無に近く、だけどどこか時折物悲しくも寂しくも見えて。
「味気ない顔」
「ん?何の話かな?」
「よく見る顔の話。そう言う顔してるから、ユウヤミ」
ぼっと口を突いて出た名前。それを聞くや、またあの何とも読めない微笑みを見せる。
「やっと呼んでくれたね」
「…良いけど目、笑ってないよ」
　離れていくヴォイドを見ながらユウヤミは微笑んだ。彼女はおもちゃにするにはあまりにも起伏が無さ過ぎて面白くない。だが、自分の些細な顔の違いに気付くところは彼女の目敏さ。
　もしかしたら、自分にそんなものがあるのなら、自分も知らない新たな自分の顔を彼女は容易く見付けるのだろうか。そんなもの、今のところきちんと自己管理しているからまだ出てくる予定はないのだが。
「うん、少し変な感触だ。ホロウ君を構うのは一週間くらい空けたいところだねえ」
　柔らかくて固い、冷たくて熱い、近くて遠い。
　決して間の何かではない。対局するものが存在している唯一無二の面白い存在。
　でも毎日目にするに当たってはつまらないとも言える。
「時々面白いけどねえ」
「時々調子狂う…」
　互いに離れた場所で同じ様に咳く。似ているようで少し違う二人。

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