パパと娘とお風呂と成長／燐花
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rinka_creation 2022年01月08日(土) 19:37:33履歴
「はい、リリアナちゃん。これ、約束してたバスボムだよ」
医療班の外で静かにリアムを待っていた時に現れたギャリーとロード。リリアナにとっては二人とも『優しくかっこいいお兄さん』に見えるのだが、腕に抱えていた箱を渡してくれたその時ばかりはギャリーの姿はとても格好良くて素敵な王子様の様に見えた。
「これがバスボムなの！？」
「うん、そうだよ！しかもお兄ちゃんの手作りだぜ？」
「そうなの！？バスボムってつくれるの！？」
「おう、お兄さん頑張ったんだからー。パパと気持ち良く楽しんでくれや」
マルフィ結社の寮に設置されているのは基本的にはシャワーである。しかし、だからと言って一生シャワーしか浴びないなんて事もなくバスタブに湯を溜めて楽しむと言うのも全くしないなんて事もない。好きな人間は露天風呂にも出向くし、東國の様に大きいバスタブを特注する者もいる。特に小さい子供はシャワーと言えば湯を張ったバスタブとセットな事は多いのだ。
バスボムを渡すとギャリーは医療班の戸を叩き、中に入る。ロードはチラリとそれを見送ると、しゃがんで目線を合わせてリリアナに向き直った。
「ギャリーお兄さん、リリアナちゃんに何をくれたんでしょう？」
「えへへ…バスボムよ！」
「バスボム…？おやおや、これはカラフルで可愛らしいですね」
「うん！あのね、約束したのよ！お兄さんバスボムくれるって！」
「そうですか。約束守ってもらえて嬉しいですねぇ」
「うん！！」
嬉しそうに、宝物が詰まった宝石箱でも覗く様に目を輝かせるリリアナ。ロードはそんなリリアナを近くのベンチの方まで誘導すると、彼女をひょいと抱えて椅子に座らせる。そして自分も彼女の隣に腰掛けた。リアムを待っている間少し疲れてしまったリリアナはロードの行動に嬉しそうににっこり笑った。
「…ロードお兄さん王子様みたい」
「おや？お兄さんでも王子様みたくなれますか？嬉しいですねぇ」
「うん！ひょいって！いま私お姫様になったみたいだったわ！でも王子様よりもっとかっこいいのよ！優しいから、えっとね、オルヴォ先生みたいなの！」
子供にとって世界とは手の届く小さな範囲で起こる事が全てだ。なので一番身近な存在である「先生」に似ていると言うのは最大級の賛辞である。ロードは無邪気にそう言うリリアナに柔らかく微笑むと、箱の中のバスボムを見た。丸いそれらはピンクだったり黄色だったりパステルカラーで良く出来ていて、素人作と言うのは一目で分かるがそれ故にあたたかみがあった。
「ロードお兄さんはこう言うのやらないの？」
くりっとした可愛い目でそう尋ねるリリアナ。ロードは顎に手を当て思案する。シキもクロエも成人済みなのでそんなことで楽しむ様な年齢では無いし、そう言えば自分もシャワーはいつしか作業の一環になっており、ゆっくりリラックスしながら寛ぐと言う入り方はしていなかった様な。
そして今となっては昔の話だが、岸壁街で義理の父が唯一本当に親らしい事をしてくれた時の事を思い出した。あの時、知的好奇心塗れの自分の知的欲求を満たし、親と遊ぶと言う温かみを教えてくれたモノ。ロードはそれを思い出して懐かしそうに微笑んだ。
「リリアナちゃんのおかげで思い出しました。お風呂でするこう言う遊び」
「そうなの？」
「ええ。そして偶然にもそれ はすぐ作れるんですが…」
「作れるの！？それ、お風呂でどうやって遊ぶの！？」
嬉しそうに跳ねるリリアナを前にロードの中で「作らない」と言う選択肢は消える。そして彼は「簡単なモノですが…」とボソリと呟いた。
* * *
「痛たた…全く本当に、あの女性は「優しく処置する」と言うやり方を知らんのか…」
医療班から外に出たリアムは肩を押さえながらそう恨み言を呟いた。前の職場を諸々の理由で辞め、マルフィ結社に移り激務をこなしてきたリアム。リリアナを保育部にも預けておけるし正直前の職場より居心地が良い。しかし激務をこなした体は正直で、ちょうどリアムが「そろそろ休みたいな」と思い始めた頃タイミングよく悲鳴を上げた。
頭痛、倦怠感、吐き気、体の強張り。リリアナと遊ぶ事すらままならないその症状を引き起こしたのは重度の凝りであった。特にリアムの様なデスクワークな仕事をしているメンバーには多いこの症状。先日も汚染駆除班のエフゲーニが痛みを訴えていた。
「ストレートネック気味。それから巻き肩」
たまたま予防接種の日程と重なった為に混んでいた医療班。やっと順番が来たと安堵したリアムを立たせたと思ったらその瞳でじろりと見て、ヴォイドはそう呟いた。背中が丸まっている気がするとやんわり自覚していたが、そんなに見た目に分かる程みっともなく丸まっているのだろうか？そう思い少し普段より胸を反る様な格好にしてみる。だが、腰が疲れるだけだった。
「反り腰」
そして無情にもとどめを刺される。今の自分が良い姿勢を取ろうと体を動かす事はむしろ逆効果な気がするとリアムは遠い目をした。
「モニターと向き合うお仕事の方に多いんですよねぇ」
柔らかい口調で先程撮ったリアムのレントゲン写真を見つめながらそう口にするアキヒロ。肩首部分をまじまじ見つめながら「骨に異常は無いですねぇ」と言われたので、リアムは今日と言う日を迎えて数時間、たった今漸く少し安堵出来た。
「ただですね、見てもらうと分かるんですけど首の骨って本来自然なカーブの仕方があるんですよぉ。それが今反対の方向に向かって逆にカーブしようとしているのがリアムさんの首なんですねぇ。いわゆるストレートネックって奴です。ちなみにリアムさん、今痛みはどのくらいですかぁ？一番痛かった時の痛みを十として、数字で言うと？」
「ああ…今は六？くらいか…？これが夜になると酷い時は九くらいにまで上がるんだ…」
「ああ、頑張った一日の終わりにそこまで痛くなるのは辛いですよねぇ。じゃあ、ちょっと軽くリハビリをしましょう」
「すぐどうにかならないのか？」
「即効性みたいなのはちょっと…残念ながらこれは積み重ねです。でもリアムさんはお若いから日常生活の中で少し気を遣うものを取り入れれば治るのは早いと思いますよ。とりあえず筋肉の柔軟性を出し体を動かす事で様子を見ましょう。多分それで徐々に治ると思うので」
「こ、こんなに痛むのに薬も無いのか？」
「ええ。薬に頼らなくても多分大丈夫です。湿布とかは貼っても良いので要る様なら仰ってください」
リアムは呆気に取られた。この肩首に伸し掛かる圧迫感。その所為で催す不快感。吐き気や頭痛すら伴う地獄の痛みを持ってしても「薬を必要としないレベル」だと言うのか。そんなリアムを更に惚けさせたのは言わずもがなリハビリだった。固まっている筋肉を解す為に指で押される、凝り固まった筋肉を伸ばして解放すると言う行為を甘く見ていた。以前の職場の後輩と気まぐれに行ったスパはむしろ気持ち良くて眠気すら感じたのに所変われば品変わるとは言うが、これは予想以上の痛みだった。
「す、すまん…一応湿布を貼って貰えると…助かるのだが…」
散々痛みに耐えたリアムはやっとの事でそう口にする。それを聞いたヴォイドがテキパキと湿布を取り出した。そしてピリピリと音を立てて湿布のフィルムを半分剥がすとリアムの肩に付ける。ヒヤリと冷たい感触が走り、フィルムのもう半分をピリピリと剥がす音が聞こえた。
と、思ったらビタァン！！と音を立てて何故か張り手を食らった。
「痛ぁっ！！」
思わず声を上げると「あ、ごめん」と一言。どうやら湿布を貼る際空気を一気に抜こうとして引っ叩いた様だった。それにしても、ちょっと強過ぎる気がする。
「もう一枚貼るね」
もう一枚も同じ手順で貼られ、最後に張り手を喰らう。何故空気の抜き方が張り手なのか。ゆっくり丁寧に押し込みながら貼る事も出来るだろうに。それとも彼女は優しい処置が出来ないのか。
アキヒロに一週間後リハビリに来る様にと言われ、またヴォイドの鬼の様な仕打ちを食らわねばならないのかと文句を言いながら外に出た。終わって一番に可愛い娘の笑顔を見たい。そう思っていたのに廊下で待たせていたはずのリリアナの姿はどこにも無かった。
「リリ…？」
きょろきょろと痛む首を無視して顔を動かすも、リリアナの姿は見当たらない。まさか、人攫いか？こんな結社の中で？「私はレレイだからお留守番出来るの！」と言うリリアナの勢いに負けて外で待つ様に言ってしまったが、やはり一緒に診察室に連れて行くべきだった。
「リリ！？リリ、何処だ！？」
どんなに呼んでもあの愛らしい声で返事が返ってくる事は無く、リアムは本格的に焦って痛む首や肩を無理に動かしながらリリアナを探した。
「ああ、シュミットさん。申し訳ありません」
そんなリアムの後ろから声をかける人物が。それは本当に申し訳なさそうな顔をした男だった。そいつは生意気にもリリアナと手を繋いでいる。
いつぞやは好意的な目で彼を見ていたが、諸々の理由から少し評価が変わっていたリアムはキツく目を細めるとツカツカと靴音を立てて男に近付いた。
「貴様…勝手にウチの娘を連れてどこに行っていた？」
「すみません、実はですね…」
「もーパパ！私がロードおにーさんを連れてったのよ！」
ぷんすかと怒るリリアナ。その手には可愛らしいボールの様な物が入った箱があった。リリアナとロードから話を聞くに、先ずギャリーがリリアナに約束していたバスボムをくれ、それからしばらくは一人でいるリリアナが心配でロードが傍におり話し相手をしていたが、お風呂の遊びの話題になりロードの思い出の品も見たいとリリアナが言ったのを彼は叶えに行っていたらしい。
最早リアムを待つ事に飽きてしまったリリアナがいつもより少しだけ聞かん坊になってしまい、すぐ戻る事を条件にロードが食堂まで連れて行ったそうだった。
「そ、それはすまない…！！うちの娘がわがままを…！！」
「いえいえ、私も「すぐ作れるから」とは思いましたが、お父さんとここで待っていると約束したリリアナちゃんを安易に連れ出すべきではありませんでした」
「いや…確かに心配はしたが…」
「すみませんシュミットさん、怒らないでやって下さい。リリアナちゃんに約束を破らせてしまったのは私なので」
「パパ！ロードお兄さんのお風呂の思い出ももらっちゃったー！」
リアムは心配と疲れと首の痛みにふぅ、と溜息を吐きながらリリアナを見る。キョトンとした可愛らしい目を向けられると弱いが、それでも親として言わなければいけない。
「あのなリリ。そう言う事するのは良くないぞ。パパは本当に心配したんだからな？」
「パパ…？」
「パパはリリがここで待ってるって約束したからちゃんと動かず待っててくれてると思ったんだ。ロードお兄さんが一緒でも先に約束したのはパパだろう？勝手に居なくなっちゃ駄目じゃないか。約束は守ってもらえたら嬉しいけど、破られたら悲しいだろ？」
「ごめんなさぁい…」
「今度からこう言う時はパパが帰って来てまずパパとの約束をしっかり守りきってから次の事をやろうな。リリがちゃんと約束の守れる子じゃないとパパ凄く困っちゃうぞ？リリが立派なレレイだと思ったからお留守番をお願いしたんだ。約束を守れないならもうお留守番はお願い出来ないぞ？」
「はーい…」
「…すまなかったな…マーシュ」
そんな二人のやり取りにロードは目を細めて笑う。何ともあたたかい、可愛らしい親子だ。
実はロードとリリアナが席を外したのはリアムが医療班を出る直前であり、本当に五分と経たず帰って来れたわけだが、だとしても安易に幼児を連れ出したのは自分である。
「いえ…本当にご心配を掛けてすみません。軽率でした」
「いや、こちらこそ…リリを心配して面倒を見ていてくれたのに申し訳ない事をした。だが、そうだな。次からはこう言う時一報入れてくれると助かる」
「ええ、そうさせていただきます」
ロードと念の為連絡先を交換し、リアムは改めてリリアナに向き直る。つい今し方怒られたばかりだというのにもうキラキラした目でバスボムを見つめるリリアナ。おまけによく見たら赤や緑、青色の液体の入った謎の小瓶まで入っている。ギャリーから貰ったのはバスボムだと聞いたが、だとしたらこの小瓶は何だ？
「…それが私の『お風呂の思い出』です…」
少しだけ恥ずかしそうに目を伏せ、ロードがリアムに呟いた。
「これは…一体？」
「食紅で色を付けただけのただの水です…」
「色水？」
「うふふ、亡くなった父が昔色水を使ったお風呂遊びを私に教えてくれまして。絵の具を溶かした水の様に湯の色が変わるのが何とも実験しているみたいで面白くて」
そうか、お父様は亡くなられたのか。リアムは顔にだけ出したものの口には出さず、ロードの話に頷いた。実際にはロードにこの遊びを気紛れに教えたのは岸壁街における父であり、彼の生死はまだ不明だ。しかし表で生きて行くのにそんな過去を明かす訳にはいかないロードは昔の話をする際には両親ともに他界した事にしている。だからリアムの少し大袈裟な反応は彼にとってありがたい事だった。
「生前たった一回…たった一回遊んでくれただけでしたが、それが大変印象に残りましてねぇ」
「君の身形からならもっと金持ち然とした凝った物が出て来るんじゃないかとヒヤヒヤしたよ」
「いえいえ。私は庶民ですよ」
「しょみんってなーに？」
背伸びをしても、大人の話にいまいちついていけないリリアナは自分も話の輪に入ろうとロードに質問すした。ロードはそんなリリアナに気付き、身を屈め視線を合わせるとにこりと笑う。
「皆と一緒って事ですよ」
そしてそう優しく呟いた。
* * *
「えええー！パパ一緒に入らないのー…？」
ロードと別れ、リリアナを風呂に入れる事にしたのだがタイミングの悪い事にリアムは先程湿布を貼ってもらったばかりだ。まだ貼って一時間も経っていないのにシャワーを浴びるからとこれを剥がすのは些か勿体ない気がした。
「ごめんな。パパは今先生に診てもらったばっかりだから後で入るよ」
「うーん…分かった…」
何だかもしかしたら自分はあらゆる面においてリリアナに我慢させてばかりなのかもしれない。少し胸が痛んだリアムは務めて明るく楽しそうに振る舞った。
「その代わりリリが入っている間パパも横にいて見てるよ。さて、早速ギャリーお兄さんとロードお兄さんから貰ったもの開けようか」
腕捲りをし、少し濡れに備えたリアムはリリアナの前に二人からもらったものを広げる。リリアナは、まるでとても素敵なものを見つめる様なキラキラした顔になり、その顔にかつて恋仲だったナタリアとのデジャヴを感じた。
奔放な女性ではあったが、そう言えば彼女も美味しいものを食べる時はこんな風にキラキラ嬉しそうな顔をしたっけ。そう言うところは流石親子、似ていたりするのだな。
「じゃあ…これが良いわ！」
リリアナが選んだのはピンク色のバスボムだった。お湯に入れてごらん、と促すとリリアナは手に持ったそれをゆっくり湯へと沈めていく。
手の中でシュワシュワ弾けるのが面白いのか、リリアナは「きゃー！」と声を上げて喜ぶ。バスタブの中は瞬く間に薄いピンクで染められた。
「ピンクだー！」
「綺麗だな」
「良い匂いもするわ！」
「エッセンスか何か入れてくれたみたいだな。香りまでとは中々手間な作りしてくれたじゃないか」
「じゃあ次これ！！」
続いてカゴに手を伸ばすリリアナの手をリアムはサッと止める。リリアナが不思議そうな顔を向けると、リアムは困った様に笑って「そんなに急いで使ったらすぐ無くなっちゃうぞ？」と呟いた。
「ギャリーお兄さんがお仕事の無い時間にリリの為にって作ってくれたんだ。欲しいって言えばいつでもあるってわけじゃないんだよ？」
「うーん…でも、まだ遊びたいのー…」
「うん…じゃあ…あ！ロードお兄さんは何をくれたかな？ロードお兄さんがくれた魔法のお水でちょっと遊んでみようか？」
「でも…それも失くなっちゃう…」
「実はな、ロードお兄さんからはパパでも作れるって作り方教えてもらったんだ。だからお兄さんに頼まなくてもこれはパパでも作ってあげられるんだよ」
「本当…？じゃあ、バスボムは…？」
「バスボムは作るのが大変だから、今度ギャリーお兄さんにお礼言いに行こうな。それでその時にまた作ってくれるかお願いしよう。人に何かして欲しい時はちゃんと「やってください」ってお願いしような。リリなら出来るだろう？」
「うん！ギャリーお兄さんにちゃんとお願いするわ！」
だから…とチラチラ此方を見るリリアナ。リアムはくすりと微笑むとロードから貰った色水に手を伸ばした。
小瓶のままリリアナに渡すと彼女は期待を込めた目でリアムを見る。「やってごらん」と促してやれば、リリアナは手に持った赤い色水をお風呂にゆっくり注いだ。
ピンク色に染まった湯の中に赤い色が注がれる。徐々に染まっていくその様子にリリアナはキラキラした目を向けた。
「赤くなったー！！」
「おお。ピンクと赤は同じ系統の色だから、赤に染まってしまうな」
「パパ、ここに青を足したらどうなるかしら！？」
「んー…パパも知りたいなー。やってみるか？」
「やりたーい！！」
紫になると思うよ、とは言わず。リリアナの好奇心に任せる事にした。
「リリは何色になると思う？」
「んー…虹！」
「虹？虹の色？」
「そう！赤も青もピンクもあるもん！」
リリアナは慎重に慎重にゆっくり色水を風呂に足す。その姿に何だかリアムは泣きそうになってしまった。
まだまだ幼いリリアナ。小さい子なぞこう言う時、勢いよく色水をひっくり返す物だと思っていた。しかし、ゆっくり水が混ざるその変化を楽しめる程に成長した様だ。まだまだ幼い、そう思っていたのに少しずつ変化しているものもある。
それがまた嬉しい様な寂しい様な。
「リリ、いつのまにゆっくり注ぐなんて気を遣える様になったんだ？」
「えへへ！お姉さんみたい？」
「ああ、お姉さんみたいだな」
しかし、お姉さんだと褒めたのも束の間、更に色が変わった湯に大興奮のリリアナは珍しくバッシャバッシャと湯で暴れたし、ここにまた足すのだと今度は緑の液を特に考えるでもなく注いでしまった為、あらゆる色の混ざった風呂は瞬く間に何とも言えないくすんだ色に変わってしまった。
そんなところはまだまだ幼いリリアナのまま。まだまだ手の掛かる娘であって欲しい。そう思い、子供らしい姿についほっとしてしまったリアムだった。
しかし、忘れてはならない。この後始末をするのは自分である。
「さて、リリ。今日はお風呂いっぱい楽しかったな。お湯抜いて、シャワーで綺麗に落としたら出てパパと食堂にご飯を食べに行こう」
「うん！とっても楽しかった！」
風呂の湯を抜き、シャワーを浴びせる。バスタオルを用意し広げるとその瞬間リアムの目の前にリリアナがいっぱいに広がった。普段そんな事をしないのに、リリアナが広げたタオル目掛けて飛び掛かってきたのだ。
「おっと危ない！！」
がしっとしっかり抱き留める。咄嗟に首と肩に嫌な痛みが走るが、それよりもリリアナの安否の方が重要だった。
「リリ、駄目だろう急に飛び込んできたら！お風呂は滑るし危ないだろう？」
「えへへ」
「…どうした？」
「ふふ…パパ！今日すーっごくお風呂楽しかったわ！幸せ過ぎて、パパの事ぎゅーってしたくなったの！」
痛む首と肩。濡れたリリアナを咄嗟に抱き留めた事で濡れてしまったシャツ。
着替えないと外に出られないし、余計な洗濯物が増えた。しかし、それなのに、リリアナが注いでくれる気持ちに何だか胸がじわりと熱くなって泣きそうになる。
俺も親バカになったものだなぁと、リアムは愛娘のキラキラした笑顔を独り占め出来る優越感を感じながら夕飯を食べに行く準備をした。
「パパ、ギャリーお兄さんにお礼言うの、私がやるからね！パパは何も言わないでね！」
「うん、分かったよ」
「レレイだから、マナーはお勉強してるのよ！ちゃんと言えるもん！出来るもん！」
「そうだな。リリはレレイだからちゃんと言えるな」
そう言いながら手を繋ぎ食堂へ向かう途中、同じ目的のギャリーとばったり鉢合わせる。しかし、いざ本人を前にすると意気込みとは裏腹になかなか言葉が出て来なかった。
リリアナが自分の娘になってしばらく。
血の繋がった本当の父親では無いが、一番傍にいる彼女の父親として、毎日喜びながら娘の成長を感じている。
医療班の外で静かにリアムを待っていた時に現れたギャリーとロード。リリアナにとっては二人とも『優しくかっこいいお兄さん』に見えるのだが、腕に抱えていた箱を渡してくれたその時ばかりはギャリーの姿はとても格好良くて素敵な王子様の様に見えた。
「これがバスボムなの！？」
「うん、そうだよ！しかもお兄ちゃんの手作りだぜ？」
「そうなの！？バスボムってつくれるの！？」
「おう、お兄さん頑張ったんだからー。パパと気持ち良く楽しんでくれや」
マルフィ結社の寮に設置されているのは基本的にはシャワーである。しかし、だからと言って一生シャワーしか浴びないなんて事もなくバスタブに湯を溜めて楽しむと言うのも全くしないなんて事もない。好きな人間は露天風呂にも出向くし、東國の様に大きいバスタブを特注する者もいる。特に小さい子供はシャワーと言えば湯を張ったバスタブとセットな事は多いのだ。
バスボムを渡すとギャリーは医療班の戸を叩き、中に入る。ロードはチラリとそれを見送ると、しゃがんで目線を合わせてリリアナに向き直った。
「ギャリーお兄さん、リリアナちゃんに何をくれたんでしょう？」
「えへへ…バスボムよ！」
「バスボム…？おやおや、これはカラフルで可愛らしいですね」
「うん！あのね、約束したのよ！お兄さんバスボムくれるって！」
「そうですか。約束守ってもらえて嬉しいですねぇ」
「うん！！」
嬉しそうに、宝物が詰まった宝石箱でも覗く様に目を輝かせるリリアナ。ロードはそんなリリアナを近くのベンチの方まで誘導すると、彼女をひょいと抱えて椅子に座らせる。そして自分も彼女の隣に腰掛けた。リアムを待っている間少し疲れてしまったリリアナはロードの行動に嬉しそうににっこり笑った。
「…ロードお兄さん王子様みたい」
「おや？お兄さんでも王子様みたくなれますか？嬉しいですねぇ」
「うん！ひょいって！いま私お姫様になったみたいだったわ！でも王子様よりもっとかっこいいのよ！優しいから、えっとね、オルヴォ先生みたいなの！」
子供にとって世界とは手の届く小さな範囲で起こる事が全てだ。なので一番身近な存在である「先生」に似ていると言うのは最大級の賛辞である。ロードは無邪気にそう言うリリアナに柔らかく微笑むと、箱の中のバスボムを見た。丸いそれらはピンクだったり黄色だったりパステルカラーで良く出来ていて、素人作と言うのは一目で分かるがそれ故にあたたかみがあった。
「ロードお兄さんはこう言うのやらないの？」
くりっとした可愛い目でそう尋ねるリリアナ。ロードは顎に手を当て思案する。シキもクロエも成人済みなのでそんなことで楽しむ様な年齢では無いし、そう言えば自分もシャワーはいつしか作業の一環になっており、ゆっくりリラックスしながら寛ぐと言う入り方はしていなかった様な。
そして今となっては昔の話だが、岸壁街で義理の父が唯一本当に親らしい事をしてくれた時の事を思い出した。あの時、知的好奇心塗れの自分の知的欲求を満たし、親と遊ぶと言う温かみを教えてくれたモノ。ロードはそれを思い出して懐かしそうに微笑んだ。
「リリアナちゃんのおかげで思い出しました。お風呂でするこう言う遊び」
「そうなの？」
「ええ。そして偶然にも
「作れるの！？それ、お風呂でどうやって遊ぶの！？」
嬉しそうに跳ねるリリアナを前にロードの中で「作らない」と言う選択肢は消える。そして彼は「簡単なモノですが…」とボソリと呟いた。
* * *
「痛たた…全く本当に、あの女性は「優しく処置する」と言うやり方を知らんのか…」
医療班から外に出たリアムは肩を押さえながらそう恨み言を呟いた。前の職場を諸々の理由で辞め、マルフィ結社に移り激務をこなしてきたリアム。リリアナを保育部にも預けておけるし正直前の職場より居心地が良い。しかし激務をこなした体は正直で、ちょうどリアムが「そろそろ休みたいな」と思い始めた頃タイミングよく悲鳴を上げた。
頭痛、倦怠感、吐き気、体の強張り。リリアナと遊ぶ事すらままならないその症状を引き起こしたのは重度の凝りであった。特にリアムの様なデスクワークな仕事をしているメンバーには多いこの症状。先日も汚染駆除班のエフゲーニが痛みを訴えていた。
「ストレートネック気味。それから巻き肩」
たまたま予防接種の日程と重なった為に混んでいた医療班。やっと順番が来たと安堵したリアムを立たせたと思ったらその瞳でじろりと見て、ヴォイドはそう呟いた。背中が丸まっている気がするとやんわり自覚していたが、そんなに見た目に分かる程みっともなく丸まっているのだろうか？そう思い少し普段より胸を反る様な格好にしてみる。だが、腰が疲れるだけだった。
「反り腰」
そして無情にもとどめを刺される。今の自分が良い姿勢を取ろうと体を動かす事はむしろ逆効果な気がするとリアムは遠い目をした。
「モニターと向き合うお仕事の方に多いんですよねぇ」
柔らかい口調で先程撮ったリアムのレントゲン写真を見つめながらそう口にするアキヒロ。肩首部分をまじまじ見つめながら「骨に異常は無いですねぇ」と言われたので、リアムは今日と言う日を迎えて数時間、たった今漸く少し安堵出来た。
「ただですね、見てもらうと分かるんですけど首の骨って本来自然なカーブの仕方があるんですよぉ。それが今反対の方向に向かって逆にカーブしようとしているのがリアムさんの首なんですねぇ。いわゆるストレートネックって奴です。ちなみにリアムさん、今痛みはどのくらいですかぁ？一番痛かった時の痛みを十として、数字で言うと？」
「ああ…今は六？くらいか…？これが夜になると酷い時は九くらいにまで上がるんだ…」
「ああ、頑張った一日の終わりにそこまで痛くなるのは辛いですよねぇ。じゃあ、ちょっと軽くリハビリをしましょう」
「すぐどうにかならないのか？」
「即効性みたいなのはちょっと…残念ながらこれは積み重ねです。でもリアムさんはお若いから日常生活の中で少し気を遣うものを取り入れれば治るのは早いと思いますよ。とりあえず筋肉の柔軟性を出し体を動かす事で様子を見ましょう。多分それで徐々に治ると思うので」
「こ、こんなに痛むのに薬も無いのか？」
「ええ。薬に頼らなくても多分大丈夫です。湿布とかは貼っても良いので要る様なら仰ってください」
リアムは呆気に取られた。この肩首に伸し掛かる圧迫感。その所為で催す不快感。吐き気や頭痛すら伴う地獄の痛みを持ってしても「薬を必要としないレベル」だと言うのか。そんなリアムを更に惚けさせたのは言わずもがなリハビリだった。固まっている筋肉を解す為に指で押される、凝り固まった筋肉を伸ばして解放すると言う行為を甘く見ていた。以前の職場の後輩と気まぐれに行ったスパはむしろ気持ち良くて眠気すら感じたのに所変われば品変わるとは言うが、これは予想以上の痛みだった。
「す、すまん…一応湿布を貼って貰えると…助かるのだが…」
散々痛みに耐えたリアムはやっとの事でそう口にする。それを聞いたヴォイドがテキパキと湿布を取り出した。そしてピリピリと音を立てて湿布のフィルムを半分剥がすとリアムの肩に付ける。ヒヤリと冷たい感触が走り、フィルムのもう半分をピリピリと剥がす音が聞こえた。
と、思ったらビタァン！！と音を立てて何故か張り手を食らった。
「痛ぁっ！！」
思わず声を上げると「あ、ごめん」と一言。どうやら湿布を貼る際空気を一気に抜こうとして引っ叩いた様だった。それにしても、ちょっと強過ぎる気がする。
「もう一枚貼るね」
もう一枚も同じ手順で貼られ、最後に張り手を喰らう。何故空気の抜き方が張り手なのか。ゆっくり丁寧に押し込みながら貼る事も出来るだろうに。それとも彼女は優しい処置が出来ないのか。
アキヒロに一週間後リハビリに来る様にと言われ、またヴォイドの鬼の様な仕打ちを食らわねばならないのかと文句を言いながら外に出た。終わって一番に可愛い娘の笑顔を見たい。そう思っていたのに廊下で待たせていたはずのリリアナの姿はどこにも無かった。
「リリ…？」
きょろきょろと痛む首を無視して顔を動かすも、リリアナの姿は見当たらない。まさか、人攫いか？こんな結社の中で？「私はレレイだからお留守番出来るの！」と言うリリアナの勢いに負けて外で待つ様に言ってしまったが、やはり一緒に診察室に連れて行くべきだった。
「リリ！？リリ、何処だ！？」
どんなに呼んでもあの愛らしい声で返事が返ってくる事は無く、リアムは本格的に焦って痛む首や肩を無理に動かしながらリリアナを探した。
「ああ、シュミットさん。申し訳ありません」
そんなリアムの後ろから声をかける人物が。それは本当に申し訳なさそうな顔をした男だった。そいつは生意気にもリリアナと手を繋いでいる。
いつぞやは好意的な目で彼を見ていたが、諸々の理由から少し評価が変わっていたリアムはキツく目を細めるとツカツカと靴音を立てて男に近付いた。
「貴様…勝手にウチの娘を連れてどこに行っていた？」
「すみません、実はですね…」
「もーパパ！私がロードおにーさんを連れてったのよ！」
ぷんすかと怒るリリアナ。その手には可愛らしいボールの様な物が入った箱があった。リリアナとロードから話を聞くに、先ずギャリーがリリアナに約束していたバスボムをくれ、それからしばらくは一人でいるリリアナが心配でロードが傍におり話し相手をしていたが、お風呂の遊びの話題になりロードの思い出の品も見たいとリリアナが言ったのを彼は叶えに行っていたらしい。
最早リアムを待つ事に飽きてしまったリリアナがいつもより少しだけ聞かん坊になってしまい、すぐ戻る事を条件にロードが食堂まで連れて行ったそうだった。
「そ、それはすまない…！！うちの娘がわがままを…！！」
「いえいえ、私も「すぐ作れるから」とは思いましたが、お父さんとここで待っていると約束したリリアナちゃんを安易に連れ出すべきではありませんでした」
「いや…確かに心配はしたが…」
「すみませんシュミットさん、怒らないでやって下さい。リリアナちゃんに約束を破らせてしまったのは私なので」
「パパ！ロードお兄さんのお風呂の思い出ももらっちゃったー！」
リアムは心配と疲れと首の痛みにふぅ、と溜息を吐きながらリリアナを見る。キョトンとした可愛らしい目を向けられると弱いが、それでも親として言わなければいけない。
「あのなリリ。そう言う事するのは良くないぞ。パパは本当に心配したんだからな？」
「パパ…？」
「パパはリリがここで待ってるって約束したからちゃんと動かず待っててくれてると思ったんだ。ロードお兄さんが一緒でも先に約束したのはパパだろう？勝手に居なくなっちゃ駄目じゃないか。約束は守ってもらえたら嬉しいけど、破られたら悲しいだろ？」
「ごめんなさぁい…」
「今度からこう言う時はパパが帰って来てまずパパとの約束をしっかり守りきってから次の事をやろうな。リリがちゃんと約束の守れる子じゃないとパパ凄く困っちゃうぞ？リリが立派なレレイだと思ったからお留守番をお願いしたんだ。約束を守れないならもうお留守番はお願い出来ないぞ？」
「はーい…」
「…すまなかったな…マーシュ」
そんな二人のやり取りにロードは目を細めて笑う。何ともあたたかい、可愛らしい親子だ。
実はロードとリリアナが席を外したのはリアムが医療班を出る直前であり、本当に五分と経たず帰って来れたわけだが、だとしても安易に幼児を連れ出したのは自分である。
「いえ…本当にご心配を掛けてすみません。軽率でした」
「いや、こちらこそ…リリを心配して面倒を見ていてくれたのに申し訳ない事をした。だが、そうだな。次からはこう言う時一報入れてくれると助かる」
「ええ、そうさせていただきます」
ロードと念の為連絡先を交換し、リアムは改めてリリアナに向き直る。つい今し方怒られたばかりだというのにもうキラキラした目でバスボムを見つめるリリアナ。おまけによく見たら赤や緑、青色の液体の入った謎の小瓶まで入っている。ギャリーから貰ったのはバスボムだと聞いたが、だとしたらこの小瓶は何だ？
「…それが私の『お風呂の思い出』です…」
少しだけ恥ずかしそうに目を伏せ、ロードがリアムに呟いた。
「これは…一体？」
「食紅で色を付けただけのただの水です…」
「色水？」
「うふふ、亡くなった父が昔色水を使ったお風呂遊びを私に教えてくれまして。絵の具を溶かした水の様に湯の色が変わるのが何とも実験しているみたいで面白くて」
そうか、お父様は亡くなられたのか。リアムは顔にだけ出したものの口には出さず、ロードの話に頷いた。実際にはロードにこの遊びを気紛れに教えたのは岸壁街における父であり、彼の生死はまだ不明だ。しかし表で生きて行くのにそんな過去を明かす訳にはいかないロードは昔の話をする際には両親ともに他界した事にしている。だからリアムの少し大袈裟な反応は彼にとってありがたい事だった。
「生前たった一回…たった一回遊んでくれただけでしたが、それが大変印象に残りましてねぇ」
「君の身形からならもっと金持ち然とした凝った物が出て来るんじゃないかとヒヤヒヤしたよ」
「いえいえ。私は庶民ですよ」
「しょみんってなーに？」
背伸びをしても、大人の話にいまいちついていけないリリアナは自分も話の輪に入ろうとロードに質問すした。ロードはそんなリリアナに気付き、身を屈め視線を合わせるとにこりと笑う。
「皆と一緒って事ですよ」
そしてそう優しく呟いた。
* * *
「えええー！パパ一緒に入らないのー…？」
ロードと別れ、リリアナを風呂に入れる事にしたのだがタイミングの悪い事にリアムは先程湿布を貼ってもらったばかりだ。まだ貼って一時間も経っていないのにシャワーを浴びるからとこれを剥がすのは些か勿体ない気がした。
「ごめんな。パパは今先生に診てもらったばっかりだから後で入るよ」
「うーん…分かった…」
何だかもしかしたら自分はあらゆる面においてリリアナに我慢させてばかりなのかもしれない。少し胸が痛んだリアムは務めて明るく楽しそうに振る舞った。
「その代わりリリが入っている間パパも横にいて見てるよ。さて、早速ギャリーお兄さんとロードお兄さんから貰ったもの開けようか」
腕捲りをし、少し濡れに備えたリアムはリリアナの前に二人からもらったものを広げる。リリアナは、まるでとても素敵なものを見つめる様なキラキラした顔になり、その顔にかつて恋仲だったナタリアとのデジャヴを感じた。
奔放な女性ではあったが、そう言えば彼女も美味しいものを食べる時はこんな風にキラキラ嬉しそうな顔をしたっけ。そう言うところは流石親子、似ていたりするのだな。
「じゃあ…これが良いわ！」
リリアナが選んだのはピンク色のバスボムだった。お湯に入れてごらん、と促すとリリアナは手に持ったそれをゆっくり湯へと沈めていく。
手の中でシュワシュワ弾けるのが面白いのか、リリアナは「きゃー！」と声を上げて喜ぶ。バスタブの中は瞬く間に薄いピンクで染められた。
「ピンクだー！」
「綺麗だな」
「良い匂いもするわ！」
「エッセンスか何か入れてくれたみたいだな。香りまでとは中々手間な作りしてくれたじゃないか」
「じゃあ次これ！！」
続いてカゴに手を伸ばすリリアナの手をリアムはサッと止める。リリアナが不思議そうな顔を向けると、リアムは困った様に笑って「そんなに急いで使ったらすぐ無くなっちゃうぞ？」と呟いた。
「ギャリーお兄さんがお仕事の無い時間にリリの為にって作ってくれたんだ。欲しいって言えばいつでもあるってわけじゃないんだよ？」
「うーん…でも、まだ遊びたいのー…」
「うん…じゃあ…あ！ロードお兄さんは何をくれたかな？ロードお兄さんがくれた魔法のお水でちょっと遊んでみようか？」
「でも…それも失くなっちゃう…」
「実はな、ロードお兄さんからはパパでも作れるって作り方教えてもらったんだ。だからお兄さんに頼まなくてもこれはパパでも作ってあげられるんだよ」
「本当…？じゃあ、バスボムは…？」
「バスボムは作るのが大変だから、今度ギャリーお兄さんにお礼言いに行こうな。それでその時にまた作ってくれるかお願いしよう。人に何かして欲しい時はちゃんと「やってください」ってお願いしような。リリなら出来るだろう？」
「うん！ギャリーお兄さんにちゃんとお願いするわ！」
だから…とチラチラ此方を見るリリアナ。リアムはくすりと微笑むとロードから貰った色水に手を伸ばした。
小瓶のままリリアナに渡すと彼女は期待を込めた目でリアムを見る。「やってごらん」と促してやれば、リリアナは手に持った赤い色水をお風呂にゆっくり注いだ。
ピンク色に染まった湯の中に赤い色が注がれる。徐々に染まっていくその様子にリリアナはキラキラした目を向けた。
「赤くなったー！！」
「おお。ピンクと赤は同じ系統の色だから、赤に染まってしまうな」
「パパ、ここに青を足したらどうなるかしら！？」
「んー…パパも知りたいなー。やってみるか？」
「やりたーい！！」
紫になると思うよ、とは言わず。リリアナの好奇心に任せる事にした。
「リリは何色になると思う？」
「んー…虹！」
「虹？虹の色？」
「そう！赤も青もピンクもあるもん！」
リリアナは慎重に慎重にゆっくり色水を風呂に足す。その姿に何だかリアムは泣きそうになってしまった。
まだまだ幼いリリアナ。小さい子なぞこう言う時、勢いよく色水をひっくり返す物だと思っていた。しかし、ゆっくり水が混ざるその変化を楽しめる程に成長した様だ。まだまだ幼い、そう思っていたのに少しずつ変化しているものもある。
それがまた嬉しい様な寂しい様な。
「リリ、いつのまにゆっくり注ぐなんて気を遣える様になったんだ？」
「えへへ！お姉さんみたい？」
「ああ、お姉さんみたいだな」
しかし、お姉さんだと褒めたのも束の間、更に色が変わった湯に大興奮のリリアナは珍しくバッシャバッシャと湯で暴れたし、ここにまた足すのだと今度は緑の液を特に考えるでもなく注いでしまった為、あらゆる色の混ざった風呂は瞬く間に何とも言えないくすんだ色に変わってしまった。
そんなところはまだまだ幼いリリアナのまま。まだまだ手の掛かる娘であって欲しい。そう思い、子供らしい姿についほっとしてしまったリアムだった。
しかし、忘れてはならない。この後始末をするのは自分である。
「さて、リリ。今日はお風呂いっぱい楽しかったな。お湯抜いて、シャワーで綺麗に落としたら出てパパと食堂にご飯を食べに行こう」
「うん！とっても楽しかった！」
風呂の湯を抜き、シャワーを浴びせる。バスタオルを用意し広げるとその瞬間リアムの目の前にリリアナがいっぱいに広がった。普段そんな事をしないのに、リリアナが広げたタオル目掛けて飛び掛かってきたのだ。
「おっと危ない！！」
がしっとしっかり抱き留める。咄嗟に首と肩に嫌な痛みが走るが、それよりもリリアナの安否の方が重要だった。
「リリ、駄目だろう急に飛び込んできたら！お風呂は滑るし危ないだろう？」
「えへへ」
「…どうした？」
「ふふ…パパ！今日すーっごくお風呂楽しかったわ！幸せ過ぎて、パパの事ぎゅーってしたくなったの！」
痛む首と肩。濡れたリリアナを咄嗟に抱き留めた事で濡れてしまったシャツ。
着替えないと外に出られないし、余計な洗濯物が増えた。しかし、それなのに、リリアナが注いでくれる気持ちに何だか胸がじわりと熱くなって泣きそうになる。
俺も親バカになったものだなぁと、リアムは愛娘のキラキラした笑顔を独り占め出来る優越感を感じながら夕飯を食べに行く準備をした。
「パパ、ギャリーお兄さんにお礼言うの、私がやるからね！パパは何も言わないでね！」
「うん、分かったよ」
「レレイだから、マナーはお勉強してるのよ！ちゃんと言えるもん！出来るもん！」
「そうだな。リリはレレイだからちゃんと言えるな」
そう言いながら手を繋ぎ食堂へ向かう途中、同じ目的のギャリーとばったり鉢合わせる。しかし、いざ本人を前にすると意気込みとは裏腹になかなか言葉が出て来なかった。
リリアナが自分の娘になってしばらく。
血の繋がった本当の父親では無いが、一番傍にいる彼女の父親として、毎日喜びながら娘の成長を感じている。
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