Twitter創作企画「薄明のカンテ」のまとめ。世界観の説明に始まり、小説・イラスト・漫画・音楽その他、創作企画で生まれた作品を掲載する場所。

ゴースト・オブ・マルフィ／べにざくろ編集する

最終更新： g_a3b2c3o12 g_a3b2c3o12 2022年07月15日(金) 23:09:38履歴

GHOST OF MALFI───────

───────ソコにはナニカがいる・・。




前編

　空が紅く染まり太陽が西の海へと消える頃、前線駆除班第三小隊の男達が三人、マルフィ結社のとある休憩所に死んだように転がっていた。
「マジで疲れたんすけど、今日」
　ベンチ一つを使って転がっていた一番の若手、ルーウィン・ジャヴァリーが疲労に彩られた声で呟く。
「労基違反と言いたいところだが、結社に適用されるか疑問だしな」
　同じく疲れた声で別のベンチに転がっていたゼン・ファルクマンが頭から落ちた帽子を拾いながら応えた。
「若人共が……おっさんなんかな、お前らよりも、ずーっと疲れてんの」
　やはり別のベンチに三人の中で一番の長身を転がしていたジョン・スミスは目元は相変わらず邪魔な前髪で表情は見えないものの、その声は確かに疲労感に満ちている。それを聞いたルーウィンは「副長、トシっすね！」とゲラゲラ笑い、ゼンも一緒に笑うものの直ぐに２人も笑い尽きた。
　三人が疲れ果てていたのは今日のハードワークにあった。
　機械人形が示し合わせたのか、それともただの偶然か、テロを頻発させたせいで東へ西へ北へ南へと出勤の連発であったのだ。全て規模としては小さく、彼等が疲れただけで大きな怪我をした住民がいなかったことは不幸中の幸いである。いや、小規模テロだったからこそ第三小隊だけで複数対応することになってしまったのは不幸ともいえるのであるが。
　陽が翳り休憩所の電気が自動で点く頃、ジョンが「よっ」と気合いの声を上げながら身体を起こす。がしがしと白銀の髪を雑に掻きながら向かうのは休憩所備え付けの自動販売機だ。
「俺、『カヌルの雫』が良いっす！」
「俺はカフェインレスコーヒーで」
　すかさずルーウィンとゼンが寝転がったまま声を上げる。
「他人の財布をアテにすんな」
　そう言いながら自分用のコーヒー缶を購入したジョンであったが、何だかんだと言っても面倒見の良い彼は『カヌルの雫』のペットボトルとカフェインレスコーヒーの缶を購入する。そこで一つ思いついたことがあり、密かに悪い笑みを浮かべた。
　自分用のコーヒー缶を先程まで自分が寝転がっていたベンチに置くと、ジョンは何食わぬ顔でルーウィンへと近付いていく。完全に怠惰の神に囚われたルーウィンは起き上がることもせずにペットボトルを受け取ろうと手を伸ばした。しかし、ジョンはニヤリと笑ってペットボトルを高らかに掲げるだけで手渡そうとしない。
「副長？」
　ニンマリと笑うジョンの笑顔にルーウィンの背筋に寒いものが走った。
　第六感が危険を知らせるが――もう遅い。
「ほらよ、童わっぱ」
　ジョンの声と同時にジョンの手からペットボトルが離される。
　ジョンの身長は１９０センチメートル。更にそこに腕の長さが加われば2メートル３０センチメートルは優に越えた。そこから無慈悲に落とされたペットボトルがルーウィンの力の抜けた腹に落とされた衝撃は如何程のものであっただろうか。
「ひでぶっ!?」
　何とも言えない断末魔のような声を上げるルーウィンに、ジョンは満足そうに微笑む。その笑みは当然の事ながら爽やかなものでなく邪神のようであった。
「人に物を貰ったら言うことがあるだろ？」
　悶絶するルーウィンに、あくまでもにこやかに問いかけるジョン。
「あ、あざまーす……」
　涙目になりながらもルーウィンはお礼を言う。文句を言って折角買ってもらった水まで取り上げられたら、痛いだけで何も得るものがなくなってしまうからだ。
「さて」
　ルーウィンをからかい終わったジョンの次なるターゲットはゼンである。
　しかしゼンはルーウィンの二の舞になることはごめんだと、既に起き上がってジョンを待っていた。ゼンの危機管理能力の高さに舌打ちをしつつ、ジョンは何もせずにカフェインレスコーヒー缶をゼンへと手渡す。
「ありがとうございます」
　ついでにお礼の言葉まで完璧だ。ゼンの非の打ち所のない応対に、もう一度ジョンは舌打ちをしつつ自分が元々座っていたベンチへと戻るとプルタブを開けてコーヒーを喉へと流し込んだ。
　各々が水分補給に勤しむ沈黙の時間。
　沈黙の中、何となく同じタイミングで三人は窓へと視線を向けた。特に窓に何かがあった訳でも無いが何となく見てしまっただけで、そこには夜の闇が広がるばかりだ。
「……本当、今日は疲れたっすね」
「ルー君は若いんだから明日には残んねぇだろ」
「まぁ、副長とおっさんよりは若いんでそうっすけど」
「俺達にはともかく、それ女性陣には言うなよな」
　ゼンの言葉に「勿論っすよ！」と元気に応えるルーウィンに、コイツは本当に其れを第三小隊の女性陣に言ったらどうなるか分かっているのだろうかとゼンとジョンは一抹の不安を覚える。尤も被害に遭うのは言った張本人であるルーウィンだけで自分達に実害がある訳では無いのでどちらに転ぼうとも二人には痛くも痒くも無いのであるが。
　やがて三人の手にする飲み物が空になり、食堂に向かおうかという話になる。その時、缶をゴミ箱へと放り込んでゼンがポツリと呟いた。
「さっき話してて皆で窓の方見た時、人が顔出してたよね？」
　ルーウィンは眉を寄せてジョンを見たが、その視線を受けたジョンもルーウィンと同じ気持ちだったのだろう。疑問だとばかりに首を傾げた。
「いや、誰も居なかっただろ？」
「いやいやいや」
　ゼンが首を横に振る。それを見てルーウィンは先程見た窓を、もう一度見るがそこにはやはり夜の闇が広がるばかりの景色があるばかりだ。
「そこの窓から人が真下から半分くらい顔出して中見てたけど。二人も気付いたから窓の方を見たのだろう？」
　真剣な顔でゼンは言っていた。彼の緑の目からは冗談を言っているような
色は見られない。
　それを聞いてルーウィンの顔は貧血でも起こしたかのように青く白くなっていた。
　肌の色が元から黒いジョンは顔色が分かりにくいが、恐らくはルーウィンと同じようになっていただろう。
　そして未だその事実に気付いていないゼンにジョンが告げる。
「見てたって……ここは二階だっての」
　重苦しい沈黙が休憩所を包んだ。
　顔が見えたと言い出した張本人であるゼンの顔色も悪くなり、絶句する。
「め、飯行かねーっすか？」
　さりげなく視界に窓が入らないように目を背けたルーウィンが、この場から逃げる提案をした。そもそも夕食を食べようと食堂に向かおうとしていた訳であり、その言葉に「いいえ」を言うものは居らず三人は逃げるようにその場を立ち去る。

　人の目線が集まる瞬間。
　たとえ何も見えなかったとしても、そこにはナニカが居るのかもしれない。

中編��

　あれ、これヤバいんじゃね。
　自動販売機から『カヌルの雫』のペットボトルを取り出そうと屈んでいたルーウィンはその事実に気付いて顔を強ばらせた。
　前線駆除班第三小隊の小隊長バーティゴが機械班に義肢のメンテナンスに行くというので道中のお供として着いて行った帰りである。少し喉が乾いたと思ったルーウィンは目に付いた休憩所に立ち寄った。調達班がしっかりと管理していてくれるおかげで自動販売機が品切れで買えないということはなく、無事にお目当てのミネラルウォーターのペットボトルはルーウィンの手に掴まれている。
　では、何が「ヤバい」のか。
　ルーウィンは窓に目を向けないように細心の注意を払いながら身体を起こした。
「あー、何か今日はツカレタナー」
　そしてわざとらしいまでに棒読みで空元気な声を出し、思ってもいないことを言いながらペットボトルの蓋を開けると一気飲みをする。
　それでも、水分を得たはずの喉はカラカラに乾涸びていた。
　何故ならば、うっかりルーウィンが入ってしまった休憩所。ここは、先日ルーウィンがジョンとゼンと此処へ来てナニカを感じてしまった場所であったからだ。

――そこの窓から人が真下から半分くらい顔出して中見てたけど。

　あの時のゼンの言葉が頭に甦る。
　ゼンにはナニカが見えていた。ルーウィンは、その時は窓の外に何も見ていない。あったのは夜の闇だけだった。
　しかし、今は・・？
　誰かに見られているような気配を感じたような気がして産毛が逆立った。
　見てはいけない。
　喉が乾いて仕方なくて唾を飲み込む。
　見てはいけない。
　恐怖で身体に力が入って、手の中でくしゃりと空のペットボトルが潰れた。
　見てはいけない。
　禁止されるとやりたくなるのが人間だ。
　見てはいけない。
　目が心とは裏腹に外を目指す。
　見てはいけないというのに。
　そして、ルーウィンは遂に窓の外を見てしまった。
「……だよなー」
　しかし、そこにあったのは夜の闇に包まれた何の変哲もない外の風景だった。何も無いことに心底安堵したルーウィンは楽しくもないのに「ははは」と嘘くさい笑い声を上げる。
　幽霊なんて無いさ。幽霊なんて嘘さ。
　きっと疲れてボケたゼンが見間違えたのさ。
　全く仕方の無いおっさんだ。
　自分に近い側の人間だと思っていたが、ジョン側のおっさんだったか。
　自分も１０年経ったら見間違えを発生させるくらい視力が劣るのかと思うと恐ろしい。
　恐怖が晴れて八つ当たりのようにポンポンと脳内でゼンに悪態をつくが、ルーウィンはそれでもやはりこの休憩所にいるのが怖いので早々に立ち去ることに決めた。
　潰れたペットボトルをゴミ箱へ放り込み、入口へと視線を動かして――悲しいかな、ソレを見てしまった。
　ソレは灰色の長い髪をした男だった。髪が乱れて顔にもかかっており造形は良く見えない。
　それでも髪と同じ色をした無感情な目が、乱れた長い前髪の間からルーウィンを見つめている。
　恨みをぶつけるわけでも、祟ろうとする訳でもない何の感情も籠っていないような目が余計にルーウィンの恐怖を煽った。
　しかし休憩所の出口はソレの居る場所しかなく、逃げ道はどこにもない。
　ここは2階であるし窓から脱出するという手もあるが、今、窓を見たらナニカがこちらを覗いている想像しかルーウィンにはできなかった。
「あ……あ……」
　震えて上手く声が出ず、単語にならない声がルーウィンの口から漏れた。
　そんなルーウィンを暫く見つめていたソレであったが、興味を失ったのか休憩所へと向けていた身体を廊下へと向けると、ゆっくりと音も立てずに歩き出す。
　幽霊といえば足が透明で滑るように動くものという映画に植え付けられたイメージを刷新されつつも、ルーウィンは金縛りにあったように動けなくなっていた。
　ソレが全く見えなくなってたっぷり100は数えただろうか。
　それ程の時間が経ってから、ようやくルーウィンは強ばった身体に激を入れてゆっくりと動き出す。
　恐る恐る廊下に顔を出してソレが消えた方向を覗いてみるが、もはや其れの影も形もない。念の為、反対側も見てみるが当然の如く何もいない。
「おや、どうしましたか？」
　男性の声が背後から聞こえてルーウィンの肩が驚きで跳ねる。
　背後からということはソレが消えた方向からということで、もしやソレが戻ってきて声をかけてきたのではと思いかけたルーウィン。
　しかし、声に聞き覚えがあることに気付いて最悪の恐怖の想像をかき消した。この声は違う。見知った人間の声だ。
「エルナーさん……」
　ルーウィンに声をかけてきたのは機械班のベルナール・エルナーだった。
　彼の嫁のロザリーは機械人形に対して並々ならない愛情を抱いた恐ろしい女であるが、そんなロザリーがどこかに置いてきた「落ち着き」というものを代わりに装備しているかのような男がベルナールである。
　ある意味では「機械班の良心」ともいえる存在の彼に会えたことで、ルーウィンの身体から恐怖心が抜けていった。
　オールバックに撫で付けた髪に今日も乱れの見られないベルナールは、恐怖心から解放されつつもルーウィンの青いままの顔に気付いて「おや」と眉を上げる。
「どうしました？ そんな幽霊でも見たような顔をして」
　それは当然、ベルナールなりの冗談の言葉だった。
　しかし、ルーウィンにとっては冗談ではなかった。
「見たんすよ……」
「え？」
「だから、幽霊が出たんすよ!! 灰色の長い髪した幽霊が!!!」
　ルーウィンの絶叫は廊下に良く響いた。
　そして、たまたまそこを通りすがった人間によって「その休憩所は幽霊が出るらしい」という噂がマルフィ結社中に広まるまでさほど時間はかからないのであった。

中編��

「いやー、面白い位噂になってるねぇ」
　食堂で第三小隊のメンバーで昼食をとっていると、ゼンが大変楽しそうにしみじみと口に出した。
「『すべての人や物事は６ステップ以内で繋がっている』という理論に基づけば６人に伝われば噂は十分伝播するということですからね。今回はルーが自分から撒いた種ですから仕方ありません」
　呆れたような、同情するような色をヘーゼル色の瞳に浮かべて言うのはキッカだ。前職がジャーナリストであり現在も結社の情報を仕入れるのも早い彼女は、今回の噂も早々に聞いて知っていた。

『知ってるか？ 機械班近くの休憩所の話！』
『あれだろ？ 灰色の幽霊！』

　これは先程、第三小隊の座るテーブル近くを通って行った社員達の会話である。先日、ルーウィンが休憩所で遭遇したという灰色の幽霊の噂は面白いくらいに結社中に広まっていた。ついでに尾鰭がつくのが悲しき人の性というべきもので、灰色の髪をした人間の幽霊だったはずが徐々に全身が灰色になっていき、たまに聞こえてくる話の中ではもはや人型ですらない時もある。むしろモンスター的な姿の方がルーウィンとしては映画に出てくるクリーチャーのようで怖くないので、そうであって欲しかったと思うレベルであったりもする。
「ルーの幽霊嫌いは結社で有名だものね。面白がって広めてる連中がいるんでしょ」
　そう言って他人事らしく(実際他人事なのだが)ケラケラと笑い、バーティゴが白スープを啜る。その言葉にルーウィンの顔が渋面になった。
「笑い事じゃねーっすよ、姐さん。俺、あの後色んな人に弄られてマジ困ったんすから」
　ルーウィンの幽霊嫌いが広まったのはマナキノという今は清掃班にいる機械人形のせいであった。様々な要因が重なった結果、植物に寄生された状態になりながらも稼働するという本人曰く「キセキノカドー」状態になった彼女は何の因果かルーウィンと同郷の機械人形である。そんなマナキノを回収したのもルーウィン達第三小隊であるが、結社に持ち帰ってきて機械班によって稼働したマナキノはよりにもよって顔のスキンが無い状態でルーウィンにくっついて来たのだ。機械人形に関する職についている人間ならばそんな状態の機械人形を見ても何にも思わないだろうが、普通の人間にとってそれは恐怖の対象でしかなかった。
　だからこそ絶叫をする羽目になったのに、それによって「ルーウィン・ジャヴァリーはホラーが嫌い」と広まるのは納得出来ず是非とも広めた奴等も同じ目に遭ってもらいたいと思う程だ。
　ホラーが怖いなんて自分でも情けないと思っている。
　それでも苦手なものは苦手だ。こんなモノが苦手では「女にモテないよ!?」と家族には言われているが、アイツもそうなのだろうか。
　結社内で異色のセーラー服を纏う彼女の姿を脳裏に描くと、何ともいえないモヤモヤとしたものが胸に湧いてくる。彼女が親しい男達はロードもシキも、その手の話には強そうでその点に関しては何の勝ち目もないだろう。というか何か自分が奴等に勝てそうな事はあるだろうか。悲しいことに何も無いような気がする。
「あー、ルー君が大人の階段をのぼったあの時な」
「のぼってねーし！」
　ニヤニヤと笑うジョンに沈んでいた気持ちを切り替えてルーウィンは素早くツッコミを入れておく。
　ここは食堂。人が行き交う場所で迂闊なことを言われては誰かに聞かれて、またルーウィンの変な噂として広がりかねないのだ。ロクでも無いことを言うなら第三小隊しかいない場所とかにして欲しい。
「全く。そのような下世話な話は公共の場では誰が聞いているのか分からないのですから慎んでください」
　ルーウィンの援護射撃のように言葉を放ったのはキッカだ。
　小学生の息子を持つ彼女であるが故に、公共の場での発言には厳しい。そのため今の言葉も正確にはルーウィンを守るためではなく、ただの教育的指導というやつだろう。ルーウィンに何を言われても聞く気のないジョンだが、さすがにキッカに言われては分が悪いらしく「へーへー、申し訳御座いませんねぇ」と気まずく言うと誤魔化すように白スープの椀を掴んで思い切り飲んでいた。
「ねぇ、ルー君。東國には良い言葉があるんで教えてあげますよぅ」
　そんな中、バーティゴが食事をとるのを見守っていたセリカがルーウィンに微笑んで声をかけた。彼女は東國の服である着物を好んで着るだけあって、東國の文化にも詳しい。
「何すか、セリカさん」
「幽霊の正体は大したものでは無いと言う意味で……そういうのを『幽霊の正体見たり枯れ尾花』って言うんですよぅ」

中編��

　その異変に最初に気付いたのは揺れるトラックの中、ルーウィンの反対側に座っていたセリカだった。
「ルー君。足元、怪我してるみたいですよぅ」
「え、マジっすか？」
　指摘されてルーウィンが足元に目をやると、ブーツの上の辺りでスボンが切れて一筋の傷跡が出来ていた。それなりに大きな傷である。
「脳が機械人形との戦闘で興奮していたのでしょうね。ドーパミンやアドレナリンが多量に分泌されると一時的に疲れを忘れて身体が動くようになるといいますから……とはいえ、その傷は随分と大きいようですが」
　その傷を見て、「本当に気付かなかったのですか」とキッカが呆れたように呟く。
　第三小隊は機械人形との戦闘を終えてマルフィ結社に帰る道中であった。
　なお、本日の運転手はゼンではなくジョンである。何故かといえば、今日の前線医療には街の人達の心のケアを図るという目的で精神科医のアペルピシアとカウンセラーのクインが同行していた。そんな彼女達が、まだ街に残るというので、バーティゴが「弾除けにはなるわよ」と護衛としてゼンを置いてきたのである。なぜ第三小隊の中でも後方支援を主とするゼンを護衛役として置いてきたのか疑問は無い訳では無いが、特に深い意味はないバーティゴの思いつきなのだろう。
「こんなに大きな傷に気付かないなんて危険すぎますよぅ」
　トラックの揺れに気をつけながらルーウィンの側まで歩いてきたセリカが着物の袖からハンカチを取り出すと、ためらうことなく傷口の血を拭う。
　焦ったのはむしろルーウィンの方だ。
「セリカさん、ハンカチ勿体ねーから良いっすよ！」
「何言っているんですかぁ。ハンカチよりルー君の身体の方が大事でしょう？」
　しかし、それはセリカの正論に黙らされる。
「止血帯ターニケットを使う程ではありませんので、足を椅子に上げて圧迫していれば十分ですね」
　そしてキッカに言われるまま、更にはセリカがやるがままに任せてルーウィンの足の応急処置が行われていった。そんな応急処置の手際の良さを見ていると、ルーウィンの脳裏に麦穂色の彼の姿が浮かんでくる。
「何かクジマさんが帰ってきたみてーっすね」
　セリカの手が止まった。
　クジマ・トルビン。衛生兵の前歴を持つ人物であったが、ルーウィンが顔に傷を負って前線を離れている時に諸事情でマルフィ結社を去った人物である。諸事情が何かルーウィンは知らない。バーティゴもセリカも暈して教えてくれないのであるから何らかの他人に話したくない事情があるのだろうと察して敢えて問い詰めることはしないからだ。
「……そうですねぇ。懐かしいですぅ」
　いなくなったクジマのことを思い出すのは辛かったのかセリカの表情は笑みを作っているものの固く、声もどこか沈んだものであった。
　車内を重苦しい沈黙が包む。優しかった衛生兵のクジマのことを思い出させてしまったせいで皆が暗くなってしまったということに気付いたルーウィンは内心焦るものの何もうまい言葉が出てこない。
「傷を放置するとやべぇぞ」
「そうよ。傷を馬鹿にすると死ぬわよ」
　沈黙の空気をぶち破るように運転席のジョンと助手席のバーティゴからルーウィンに声が飛んだ。
　リアルな戦場を知るジョンとバーティゴからの言葉は、とてもでは冗談には聞こえずルーウィンの顔色は青くなった。
「そんなにやべぇんすか……？」
　思わず呟くと、振り返ったバーティゴがリアウインドウ越しにニヤリと笑う。
「聞きたい？」
「え……」
　頷こうとしたルーウィンの服の裾が引っ張られたので視線を向けると、服の裾を握ったセリカがそこにいて、彼女は神妙な顔で首を横に振った。目が「絶対に『聞きたい』と言うな」と切実に訴えてきている。その反応に面食らいながらもキッカにも目を向けると、彼女にも首を横に振られた。
　戦場での傷の話となれば上げれば暇がないであろうが、セリカとキッカは特に聞いてはいけないような凄惨な話をジョンとバーティゴが言い出すであろうことを悟っていた。そんな苦しい話、たとえクジマの話題を誤魔化すためだとしても聞きたくは無い。
　その、お姉様ズの圧にルーウィンは負けた。
「あー……大丈夫っす。聞くのは止めといた方がいい気がするんで」
「あら、そう。残念だわ」
　全く残念に聞こえない響きを持った声を上げたバーティゴはそう言って肩をすくめた。

　*　*　*

　前線駆除班の仕事は機械人形を倒して終わりという訳ではない。回収してきた機械人形を汚染駆除班や機械班に渡したり、戦闘での内容を纏めて総務へと報告したりと意外にも戦闘以外の仕事も多い。
　そんな訳で案外結社に帰ってきたメンバー達は忙しく、怪我をしたルーウィンは独り医療班への道を歩いていた。
　その足取りは怪我の存在を知ってしまったからなのか足の傷が痛みを持ってしまい足取りは非常に遅く、正に牛歩の如くだ。
　雨、降りそうだな。
　廊下の窓越しに外を見ると暗雲がたち込めていてカンテでは珍しい雷雨になりそうだ。ルーウィンの家のあるイコナも同じような天気だとするならば、実家の牛達は無事に小屋に帰ってくれていれば良いがそうでないなら雷に撃たれないことだけを願うばかりである。牛が木の下で風雨を凌いでしまったり身を守ろうとフェンスに身を寄せた結果、落雷によって亡くなってしまう痛ましい事故は世界各地にあるからだ。
　イコナへと思いを馳せながら空を見つめていたルーウィンはぼんやりと歩いていた。それは足の痛みを忘れられているのは良い事であるが、別の事件を呼び起こすこととなる。
「ルー！」
　愛称を呼ばれ、何の警戒心もなく振り返ったルーウィンの顔が驚愕に彩られる。そして次に込み上げてきたのは、純然たる恐怖。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ！！！」
　口から恐怖が迸るかのような声が廊下に響き渡った。
　何故ならルーウィンを呼んだのは蜘蛛の巣にまみれ、身体から木を生やした人間だったからだ。
「ああ、ほら！ マナちゃん、そんな格好で行っちゃ駄目だって言っただろう!?」
　そんな化け物じみた人間を窘めるのは後からやってきた清掃班のザラだった。ザラがいる。となれば、この化け物みたいなのは。ルーウィンの意識が「お化け怖い」から冷静なものへと変わる。言われてみれば、この桃色の髪と角のように頭に生えた木には物凄く見覚えがあるような気がした。
　これは、ルーウィンの「ホラーが苦手」という情けない事情が結社中に知れ渡る原因となった彼女ではなかろうか。
「ま、マナ……？」
「うん！ マナだよ！」
　蜘蛛の巣の下で微笑むのは確かによくよく見ればルーウィンが思いついた通りの機械人形のマナキノだった。普通の人間ならば、こんなに蜘蛛の巣にまみれていたら嫌な顔をしそうなものだが、彼女は機械人形らしく気にもとめずに愛らしく無邪気に微笑んでいる。
「どーしたんだよ、こんなに蜘蛛の巣まみれで」
「えっとね、掃除してたらこうなってたの」
　普通に考えればそうだろう。マナにこれ以上聞いても聞きたいことは直ぐに教えて貰えないだろうと考えたルーウィンは助けを求めてザラを見た。
「マナちゃん、その頭の木の高さが分からないみたいでこうなったんだよねぇ」
　ザラの言葉に納得する。マナはあくまでも自身の機械人形部分の高さしか把握出来ておらず、頭の角のような枝の分が理解されていなかったのだろう。そして本体は蜘蛛の巣を躱せても角に全て引っかかったというところか。
「でも今回で覚えたよ！ マナ偉い？」
「おう、偉い偉い」
　いつもならば頭を撫でてやるところだが、今のマナキノは蜘蛛の巣と埃まみれで流石にルーウィンでも触ることは躊躇われた。マナキノも其れは理解出来ていたのか文句も言うことなくザラと元気に立ち去っていく。
「……何かもう疲れたな」
　マナキノで絶叫して疲れた。
　より一層足取り重く、ルーウィンは医療班へと向かうのであった。

後編

　何故、このタイミングで。
　医療班まであと少しとなった道程で、ルーウィンは憎々しげに廊下の天井を見上げていた。
　天井には何の変哲もない蛍光灯がある。しかし、それは今にも電気が切れそうに変な音をたてて点滅しており、今の恐怖センサーが高まっているルーウィンにはそれが悪いフラグにしか見えなかった。
　総務部め。交換するなら点滅前に交換しておけよ。
　思わず心の中で総務部への文句を吐き捨てる。ただ、実際の総務部にそんな口をきこうという度胸は無いので、あくまでも心の中でだけだ。
　ここでは無いが、マルフィ結社内の資料室では「視　た」と訴える声が多発している。そこにはテロよりも遥か前に従事していた医師が居て、その霊が夜な夜な彷徨っているという。結婚を前に死んでしまって婚約者を探しているだとか、恨まれていて此処で殺されただとか背景は統一性がないが、最近では獣の唸り声を上げる動物霊まで出るようになっているという。
　そういえばルーウィンの視た灰色の幽霊は医療従事者が着てそうなスクラブを着ていたような気がする。もしかしたら資料室の医師の霊が浮遊霊のように結社内を彷徨っているのだろうか。
　幽霊は全て地縛霊であって欲しい。そしたら、そこには近寄らないから。
「クソッ……」
　何でこのタイミングでマルフィ結社内の怖い話を思い出しているんだと自分に対して悪態をつく。今の自分は足を怪我している訳だから、幽霊に出会った瞬間に走って逃げることも万全の状態で戦うことも出来ないのだ。余計な想像をしないで早く医療班の部屋へ向かおう。
　そう思って医療班へと足を進めようとして顔を前に向けたルーウィンは、それ・・に出会ってしまった。
　すなわち、灰色の幽霊に。
「な、なんで……」
　廊下に立っていた灰色の幽霊は相変わらず灰色の長い髪を背に流し、髪と同色の目でルーウィンを見つめていた。その目は「生者オマエが何故ココに居る」とばかりの訝しげな目をしているようにも見える。
　灰色の目の視線の先がルーウィンの足元で止まった。そこに傷があることをルーウィンは分かっていた。もしや、この灰色の幽霊は吸血能力か何かがあって血の匂いに誘われたとでもいうのだろうか。
　もはや悲鳴すら出ず、逃げ出そうにも足が痛む。
　灰色の幽霊がルーウィンを捕らえようというのか手を伸ばした。
　幽霊には何も効果がないと分かっていても、みすみす捕まってたまるか。
　そう思って銃でもナイフでもと思うが、あいにく何も所持していない。
　絶望。
　ルーウィンが抱いた感情は、まさにそれだった。
「あれ、ルー君？」
　その時、空気を全てぶち壊すような能天気な声が廊下に響き渡った。
　声はルーウィンの後ろからして、ルーウィンは幽霊から目を離すのも怖かったが何も分かっていない彼女を幽霊と対峙させる訳にもいかない。
「フロー……」
「あ、ネビロスさん！」
　彼女――ミア・フローレスに振り向き注意を呼びかけようとしたルーウィンの口が途中で、ミアの呑気な声に遮られる。呑気、どころではない。頬を何やら嬉しそうに緩ませたかと思うとミアが能天気に灰色の幽霊へと向かっていくでは無いか。
　そしてミアが向かっていったことで、ようやくルーウィンは気付く。
　灰色の幽霊が着ているスクラブはミアと同じ色のもの。つまり、彼は亡者ではなく生者。それでいて医療班の人間ということに。
「ん？ ルー君はネビロスさんとあんまりお話した事ないんだっけ？」
　唖然とするルーウィンの表情に気付いたミアが小首を傾げる。
　彼女の言う「ねびろすさん」というのは灰色の幽霊の名前なのだろうか。
　『あんまり』どころか『全く』話したことがないルーウィンとしては何と言ったらいいのか分からず、曖昧な「あ……う……」という言葉とどうにか頷くだけに留めた。
　人間という生き物は良いことか悪いことか分からないが、恐怖から目を逸らすことが出来る生き物である。
　ルーウィンはどうやら「ねびろすさん」という人物を「灰色の幽霊」と認識し、無意識に見ないようにして今日まで過ごしてきたようだ。
「ミア、先に部屋に行って貰えますか？」
　走り寄ってきたミアに対して微笑みすら浮かべてネビロスが口を開く。
「え？ 何でですか？」
　聞きようによっては、この場からミアを追い払うようにも聞こえる言葉にミアの眉がへにょりと下がった。そんな彼女の頭を髪型を崩さない程度の優しさで撫でて、ネビロスは更に言葉を続ける。
「彼は怪我をしています。私が彼を連れていきますから、ミアは処置の準備をお願いします」
「えっ!?」
　キョトン顔のミアの目がルーウィンを上から下に見て足元で止まる。
「るっ、ルー君！ 怪我痛くない!? 痛いよね！ 私、先行ってます！」
　ルーウィンの傷口に気付き顔色を青くしたミアは一人でバタバタと声を上げると、あっという間に医療班の部屋の方向へと走り去っていく。
　残されたのは「灰色の幽霊」だった「ねびろすさん」と、未だに「灰色の幽霊」が人間だったことに衝撃を隠しきれないルーウィンだ。
「あ、あのー……」
　何と言って声をかけるべきか悩んだルーウィンに「ねびろすさん」が微笑む。その顔は正に生者のもの。
「お話するのは初めてですね」
「ソウデゴザイマス……」
　思わず変な口調で言葉を返してしまう。
　そういえば、と少し冷静になった頭で思い出すと半年以上前にネビロスと食堂で会った覚えはある。ミアに連れられていて名前は確かネビロス・ファウストといっただろうか。あの時も彼のことを「幽霊のようだ」と評した気がする。それなのに休憩所で会った彼を人間と判断出来ずに幽霊だと思ってしまったことは、かなり恥ずかしい。
「ミアと仲が良いようですね。お話はかねがね」
　ミア。
　なんのことはない先程医療班の部屋に走って行った彼女の名前である。ルーウィンには自分が人をあまり名前で呼ばないからか、妙にそのネビロスの呼び方が彼女の名前のせいもあってか飼い猫を呼ぶような甘い響きを感じさせて、むず痒く聞こえた。
「アイツとは、まぁ歳も近いんで話すこともあるんすけど……」
　言いながらネビロスの目がどことなく鋭くなるのをルーウィンは見た。なぜだか分からないのだが、怖い。視線に押され思わず言い淀んだルーウィンにネビロスは「行きましょうか」と声をかけてくるので大人しく頷いて歩く。
　足取り重く灰色の幽霊の正体であったネビロスに着いていくルーウィン。
　今後を不安で塗りつぶすかのように、その後ろで廊下の電気が静かにプツンと消えた。

　*　*　*

「今回の傷は・浅くて良かったな」
　スレイマン・アスランがルーウィンの脚を見て、人好きのする笑みを浮かべる。医療班の部屋には丁度スレイマンがいたのだ。彼はルーウィンではなく近くで様子を見ていたミアへと視線を向けて今度は悪戯めいた笑みをその顔に乗せた。
「ミアが血相変えてくるから、どんな傷かと心配したがこれなら問題ないな」
「ごめんなさい……」
「いや、傷から入り込んだ細菌で重症感染症になることもあるから、ミアは今後もそのままでいてくれ」
　過去の戦場での経験を思い出したのかミアを見つつも遠い目をするスレイマンに、ミアは決意を新たにして頷く。
「これなら後は私がやりますよ」
「悪いな、ネビロス。じゃ、後はネビロスがやってくれるから」
「あ、はい。あざましたー」
　なんでよりにもよってネビロスに治療をしてもらうことになるのか。
　そんなことを思いつつも不満の声は飲み込んでルーウィンはスレイマンに軽く頭を下げた。それに軽く手を上げて応じつつ、スレイマンは別の場所へと去って行く。
「えーっと、ファウストさんも医者なんすか？」
「いえ、独学で知識が少々あるだけといったところです。先生方から指示をいただいて処置を手伝っている形ですね」
「そ、そーなんすか」
　ネビロスが幽霊と見間違える程の大人しい男であるが故に、会話が続かない。誰か上手く会話を繋いでくれる人間はいないものか。
　そう思ったルーウィンは、はたと気付く。
　この場にいるのはルーウィンとネビロスだけではない。
　普段は騒がしい女がいるじゃないか。
　そう考えて騒がしい女――ミアへ会話の流れを作ってもらおうとルーウィンは目を向ける。そして、唖然とした。
　どうも静かだと思っていたら、ミアはネビロスを陶然とした目で見つめていた。もっと雑にいうなら目がハートマークになっている、とでも言おうか。とにかく彼女はネビロスの処置を、ひいてはネビロスを見つめていた。
　さすがに恋愛関係に対しての経験値の低いルーウィンにも分かる。
　ああ、ミアはネビロスに恋をしているのだなと。
　そういえば彼女はルーウィンとネビロスが初対面だった時から、そういう態度を見せていたが未だに恋は続いていたのか。
　ルーウィンとしてはネビロスは「灰色の幽霊」と見間違える程に覇気のない男に見えるのだが、そういうのが「クールで格好いい」とか「落ち着いて見える」とか女は言うのだろう。
　マルフィ結社の中でも誰が格好良いとかモテるらしいとか、そういう話はある。有名どころでは人事部のロード・マーシュ(人事部に熱烈なファンがいて彼女達が声高に如何に格好良いかを話すため、そういう意味でも大変に有名だ)や、経理部のギャリー・ファン(美しい顔だちも然ることながら、人好きな性格と一部の女子は餌付けされているとか何とか)だ。他にも何人も名前が上がるのをルーウィンも小耳に挟んだことがある。聞いたことがある中に、もしかしたらネビロスのこともあったのかもしれない。
「ルーウィン」
　ぼんやりと考え事をしていたらネビロスに呼ばれて肩が跳ねる。
「な、なんすか？」
「あまり……女性を見つめ続けるのは良くないと思いますよ」
「は？」
　ネビロスの言葉が分からず反射的に声をあげる。そんなルーウィンの大きな声が不快だったのか眉をひそめたネビロスが、更に言葉を続けた。
「ミアを随分と見つめているなと思ったものですから」
「はぁ!?」
「えっ!?」
　今度のネビロスの言葉にはミアも驚いたような声を上げた。彼女がルーウィンの方を見てくるので思わずルーウィンもミアを見てしまう。
　絡み合う２人の視線。
　奇しくも見つめ合う状態になった２人であったが、そこには甘い空気も何も流れない。虚無が広がるばかりだ。
　先に目を離したルーウィンはミアを鼻で笑うように口を開く。
「こんなちんちくりん眺めても何も楽しくないっすよ」
「もーっ！ ルー君酷い！」
　「ちんちくりん」呼ばわりされたミアが抗議の声を上げるが、ルーウィンはそれを無視してネビロスを見た。ネビロスの表情は特に変わったところは見られない。しかしオーラとでもいうのか何だか後ろに禍々しい空気を纏っているように見える。何でそんな空気をネビロスが纏うのか理由が分からないまま、ルーウィンは起死回生の一言を放っていた。
「強いて言うならコイツがファウストさんのことすっげー顔で見てるから気になって見ただけなんで」
　空気が変わった。
　正にルーウィンの言う通りネビロスを見つめていたミアは顔を真っ赤にして、ネビロスはそんなミアの様子に表情を和らげる。
「ミア」
「ごめんなさい。ネビロスさんが格好良すぎて見てました」
「今は仕事に集中してください」
「はい……」
　萎れた花のような様子になったミアをネビロスが手招くと、ミアは何の抵抗もなくネビロスへと近寄っていく。近寄っていく距離が随分と近く職場の同僚のそれとは違うなとルーウィンが思っているうちに、彼女の耳に向かって唇を寄せたネビロスが一言二言何かを呟くとミアの顔が更に真っ赤に染まった。
　何を見せられてるんだ、俺。
　そう思いつつも、さすがに恋愛関係に対しての経験値の低いルーウィンにも分かる。(本日２度目)
「フローレス、お前。まさか、ファウストさんと付き合ってるとか……？」
　いやいやそんなまさかなー、いや、でもこの空気そうじゃね？
　ミアのことだから「そんな事無いよ！」と否定してくるのだろうかと思いながら放った言葉だったが、返ってきたのは恥じらう乙女の顔をしたミアの表情だった。
「うん。お付き合いしてるの」
　灰色の幽霊が人間だった、と並ぶ衝撃がルーウィンを襲う。
「は？ お前とファウストさんが？」
　ミアとネビロスを思わず何度も見比べる。
　さっき纏っていた空気感は確かに恋人のように見えたが、どう見ても恋人同士というよりは「保護者とお子ちゃま」だ。
「ええ。お付き合いさせていただいてます――さて、処置はこれで終了です」
　タイミング良く手際良くルーウィンの足に包帯を巻き終えたネビロス本人からも肯定する言葉が出る。
「嘘だろ？」
「う、嘘じゃないもん！」
　灰色の幽霊は人間で医療班のネビロス・ファウストで、そのネビロスはどう見ても不釣り合いなお子ちゃまのミアと恋人同士で。
　理解が追いつかなくなったルーウィンは三日三晩、大人の知恵熱を出した。
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