ゴーゴー川温泉／べにざくろ
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g_a3b2c3o12 2020年10月15日(木) 23:31:30履歴
―――そうだ、山へ行こう。
そう最初に言い出したのはヘレナだったかウルリッカだったか。
兎にも角にもシフトの休暇を被った日を利用して、2人は山へと来ていた。
山を登れば鳥が囀り、兎が跳ね、鹿が草を食む長閑な光景が広がっており、自然の営みに目を細めて癒される人間が大多数であろう。但し、この2人は違った。
「 撃ちたい…… 」
「 だめですの。今日の目的は猟ではないですの 」
「 あ、兎 」
「 この季節にしては脂の乗った……って、だから駄目ですの! 」
2人とも結社へ入るまでは狩りを生業としていたために、全てが美味しそうな獲物にしか見えなかった。もちろん動物が可愛いという感情もある。ただ、それを上回る狩猟本能が2人にあるだけだ。
「 2人で美味しいうちに食べ切れない獲物は獲るべきではないですの! ! 」
「 うん 」
悪戯な殺生を好む訳ではないので、2人は美味しそうな獲物達にチラチラと目をやりながらも山を登っていく。今日の目的は狩りではない。
「 あ、鹿 」
「 あたしは内モモをそのまま焼くのが好きですの 」
「 私はスネを煮込むのが好き 」
「 スネは独特の感触がたまらないですの 」
「 …… 」
「 …… 」
「 ……撃ちたい 」
「 だめですの 」
無言でいると獲物にばかり目が行って狩りへの欲求が高まってしまうため、自然と2人の会話はそれを避けたもので共通の話題―――マルフィ結社の話になった。
「 そういえば、そっちは経理部とどうなんですの? 」
「 経理部? 」
「 物を壊すなーって煩いベネットさんというのがいるですの。もう、思い出すだけで怒りが込み上げてきそうですの!! 」
ヘレナの語気は後半の方はかなり荒く、既に怒りが込み上げてきているのはウルリッカにも良く分かった。そういえば「 物を壊すなー! 」とユウヤミ（は真面目に聞いてないので、結局ヨダカが聞く羽目になっているのだ）が言われていたような気がする。でも自分に向かって言われた訳ではないので、ウルリッカは特に気にしていなかった。
むしろ、経理部のギルバート・ホレス・ベネットといえば実状が没落寸前だろうがなんだろうが“貴族のベネット家”という方がウルリッカには大事だった。金色のサラサラの髪にキラキラの青い目。更に貴族っぽい服を見に纏っている彼は、正に王子の称号にふさわしい人だ。
だから、至って真面目にウルリッカは言う。
「 ギル王子は仕事に真面目なだけ 」
「 おうじ……!? 」
ウルリッカの言葉に、ヘレナはギルバートへの怒りを明後日の方へ追いやって焦茶色の目を丸くする。
「 うん、王子。呼んだら喜んでくれたよ 。『 王子か……悪くはない。好きに呼びたまえ 』って」
ウルリッカはヘレナに、ギルバートが髪をフワッと掻き上げながら言った時のように大真面目に物真似して見せる。クオリティは決して高くない物真似だったが、ヘレナの脳内では見事に本人の声で再生された。しかし脳内再生が余裕でも、あんまり嬉しくない。渋面をするヘレナに、更にウルリッカは追撃をかける。
「 王子は、いつも隊長に怒ってる 」
ユウヤミ隊長に怒っている。
ヘレナの中で静かにギルバートへの評価が更に下がった。
しつこいようだが、ユウヤミにギルバートが怒っていてもユウヤミは右から左へ受け流すので実際に聞いているのはヨダカだ。しかし、そんな事実を2人は知らない。
「 やっぱり酷い人ですの! 」
プンスカと怒るヘレナの声に怯えた鳥がバサバサと逃げていった。多分、今なら熊が出たって逃げるんじゃないだろうか。出てこないので真実は闇の中だが。
「 ……第4小隊って、どんな感じなの? 」
このままではいけないと、話題を変えるべくウルリッカが口を開く。
人との交流が得意とはいえないウルリッカには結社内の知り合いが少ない。第6小隊の面々と医療班のミアと、貴族だからというテンションで会いに行った人事部のサリアヌと経理部のギルバート。それにヘレナと、お月見の時に知り合ったユリィくらいだ。折角、集落を出て結社に入ったのだから、もう少し知り合いが欲しい。まずは近しい人の近い立場の人から知り合ってみたい。そう思ったウルリッカの質問はヘレナの機嫌を直すのに効果覿面だった。
ウルリッカの質問に、ヘレナの顔がパッと輝く。
「 第4はとても面白いですの! 小隊長のサオトメさんはとっても頼り甲斐のある良い人ですの! 」
小隊長のロナにはじまり、エリック、ユリィ、ビクター、アサギ、ヘラと明るくヘレナの話は続く。誰も悪く言われる人はなく、第4がとても良い隊であることはウルリッカにも良く伝わってきた。
「 良い人達だね 」
「 そうですの! 合同任務があった時に話してみると良いですの! 」
「 合同任務があるの? 」
「 新年早々にもあったのですの。残念ながら、あたしはシフトから外れてたので参加してないですの……第6小隊からはリーシェル小隊長とヨダカさんが参加したそうなんですの 」
実際にその任務に当たった第4小隊の面子は、二度とユウヤミ指揮の任務はやりたくないと思ったとのことだ。どんな任務だったか根掘り葉掘りヘレナが聞こうとしても、誰も口を開こうとはしないので、どんな任務だったかヘレナは知らないままではあるのだけど。
「 そういえば、何でリーシェル小隊長のことを隊長って呼ぶんですの? 」
「 ……最初にシリルが言ってた。『 あら、隊長に“小”なんて言葉、似合うと思うの? 』って 」
再びのウルリッカのクオリティの低い物真似が炸裂する。とんでもない理論だが、何となくユウヤミの顔を思い浮かべると納得できそうな気もしなくもないのでヘレナの疑問は一応は解消された。
「 確かに隊長っていわれても違和感ないですの 」
「 だから、隊長は隊長 」
マルフィ結社に『 隊長 』という職はないので、これはもはやシリルとウルリッカがユウヤミに付けたアダ名のようなものなのかもしれない。ヘレナは1人、そう納得した。
軽快なトークを繰り広げているうちに、徐々に山は深くなってきていた。カンテ国には珍しい木々の生い茂る光景だ。そして、一瞬、会話が途切れて無言になった2人の耳に届いたのは水の音。
水の音は、今日の目的地を示していた。
「 目的地はもうすぐですの 」
ヘレナの言葉にウルリッカは頷く。
やがて、歩き続けた2人の前には幅30m程の川が現れた。それは、うっすらと湯気が見える不思議な川だ。
「 ここ? 」
「 そうですの! 無事に到着ですの! 」
川に駆け寄ったヘレナは川縁にしゃがみ込むと、手をそっと川に差し入れる。温度を確認したヘレナがウルリッカにニッコリと笑って言った。
「 今日はバッチリ適温ですの! 」
「 ……良かった。ここまで来た甲斐があった 」
そこは川底からポコポコとお湯の湧き出す天然温泉だった。
島では蒸し風呂が主流ではあるが、ウルリッカの住んでいた集落は近くに山神様の恵みの源泉が湧き出していたため温浴が珍しくなかった。その話をヘレナにしたところ、ヘレナも温浴が好きだと意気投合し、2人はわざわざ山を登ってヘレナが以前見つけたという、この川の温泉へとやってきたのだった。
他に人もいない山奥、2人は服を脱ぐと躊躇いなく川へと入っていく。
「 はぁ〜 」
適温の温泉に浸かると、どちらともなくホッとしたような声が上がった。このお湯に包まれて安心する感じは蒸し風呂では決して得られない至福の時間だ。
「 この川、結社まで引きたい…… 」
「 気持ちは良く分かるですの 」
まったりとした時間が流れていく。動物の鳴き声がしたって、狩猟本能はお湯に溶けて流れていってしまったので2人はのんびりとしたままだ。
やっぱり温泉は最高だ、と思いながらぼんやりと目線をヘレナにやったウルリッカの表情が、ピシッと音をたてそうなくらい固まる。
「 どうかしたですの? 」
ウルリッカの異変に気付いたヘレナが首を傾げて問いかけるが、ウルリッカは首を横に振った。
「 ……何でもない 」
何でもない訳はないけれど、それを口にすることは憚られた。その代わりにウルリッカは心の中だけで叫んで血の涙を流す。
（ 胸囲の格差社会!!! ）
同じ狩猟女子なのに、ヘレナとウルリッカの胸部には大きな違いがあった。例えるならばヘレナはカヌル山、ウルリッカはエヌウェ山。
「 ……ヘレナ 」
「 何ですの? 」
「 狩りながら帰ろう 」
「 もちろんですの!! 」
ウルリッカの心中なんて知らないヘレナがニコニコと笑って頷く。もちろん、ウルリッカは狩りという名の八つ当たりをする気である。流石に無益な殺生は決してしないけど。
（ 隊長は大きい方が好きかな……好き、だろうな…… ）
ふと、思いついて更に悲しくなる。
「 はぁ…… 」
ウルリッカの悲しい溜息は、温泉の湯煙に溶けていった。
初出Twitter
そう最初に言い出したのはヘレナだったかウルリッカだったか。
兎にも角にもシフトの休暇を被った日を利用して、2人は山へと来ていた。
山を登れば鳥が囀り、兎が跳ね、鹿が草を食む長閑な光景が広がっており、自然の営みに目を細めて癒される人間が大多数であろう。但し、この2人は違った。
「 撃ちたい…… 」
「 だめですの。今日の目的は猟ではないですの 」
「 あ、兎 」
「 この季節にしては脂の乗った……って、だから駄目ですの! 」
2人とも結社へ入るまでは狩りを生業としていたために、全てが美味しそうな獲物にしか見えなかった。もちろん動物が可愛いという感情もある。ただ、それを上回る狩猟本能が2人にあるだけだ。
「 2人で美味しいうちに食べ切れない獲物は獲るべきではないですの! ! 」
「 うん 」
悪戯な殺生を好む訳ではないので、2人は美味しそうな獲物達にチラチラと目をやりながらも山を登っていく。今日の目的は狩りではない。
「 あ、鹿 」
「 あたしは内モモをそのまま焼くのが好きですの 」
「 私はスネを煮込むのが好き 」
「 スネは独特の感触がたまらないですの 」
「 …… 」
「 …… 」
「 ……撃ちたい 」
「 だめですの 」
無言でいると獲物にばかり目が行って狩りへの欲求が高まってしまうため、自然と2人の会話はそれを避けたもので共通の話題―――マルフィ結社の話になった。
「 そういえば、そっちは経理部とどうなんですの? 」
「 経理部? 」
「 物を壊すなーって煩いベネットさんというのがいるですの。もう、思い出すだけで怒りが込み上げてきそうですの!! 」
ヘレナの語気は後半の方はかなり荒く、既に怒りが込み上げてきているのはウルリッカにも良く分かった。そういえば「 物を壊すなー! 」とユウヤミ（は真面目に聞いてないので、結局ヨダカが聞く羽目になっているのだ）が言われていたような気がする。でも自分に向かって言われた訳ではないので、ウルリッカは特に気にしていなかった。
むしろ、経理部のギルバート・ホレス・ベネットといえば実状が没落寸前だろうがなんだろうが“貴族のベネット家”という方がウルリッカには大事だった。金色のサラサラの髪にキラキラの青い目。更に貴族っぽい服を見に纏っている彼は、正に王子の称号にふさわしい人だ。
だから、至って真面目にウルリッカは言う。
「 ギル王子は仕事に真面目なだけ 」
「 おうじ……!? 」
ウルリッカの言葉に、ヘレナはギルバートへの怒りを明後日の方へ追いやって焦茶色の目を丸くする。
「 うん、王子。呼んだら喜んでくれたよ 。『 王子か……悪くはない。好きに呼びたまえ 』って」
ウルリッカはヘレナに、ギルバートが髪をフワッと掻き上げながら言った時のように大真面目に物真似して見せる。クオリティは決して高くない物真似だったが、ヘレナの脳内では見事に本人の声で再生された。しかし脳内再生が余裕でも、あんまり嬉しくない。渋面をするヘレナに、更にウルリッカは追撃をかける。
「 王子は、いつも隊長に怒ってる 」
ユウヤミ隊長に怒っている。
ヘレナの中で静かにギルバートへの評価が更に下がった。
しつこいようだが、ユウヤミにギルバートが怒っていてもユウヤミは右から左へ受け流すので実際に聞いているのはヨダカだ。しかし、そんな事実を2人は知らない。
「 やっぱり酷い人ですの! 」
プンスカと怒るヘレナの声に怯えた鳥がバサバサと逃げていった。多分、今なら熊が出たって逃げるんじゃないだろうか。出てこないので真実は闇の中だが。
「 ……第4小隊って、どんな感じなの? 」
このままではいけないと、話題を変えるべくウルリッカが口を開く。
人との交流が得意とはいえないウルリッカには結社内の知り合いが少ない。第6小隊の面々と医療班のミアと、貴族だからというテンションで会いに行った人事部のサリアヌと経理部のギルバート。それにヘレナと、お月見の時に知り合ったユリィくらいだ。折角、集落を出て結社に入ったのだから、もう少し知り合いが欲しい。まずは近しい人の近い立場の人から知り合ってみたい。そう思ったウルリッカの質問はヘレナの機嫌を直すのに効果覿面だった。
ウルリッカの質問に、ヘレナの顔がパッと輝く。
「 第4はとても面白いですの! 小隊長のサオトメさんはとっても頼り甲斐のある良い人ですの! 」
小隊長のロナにはじまり、エリック、ユリィ、ビクター、アサギ、ヘラと明るくヘレナの話は続く。誰も悪く言われる人はなく、第4がとても良い隊であることはウルリッカにも良く伝わってきた。
「 良い人達だね 」
「 そうですの! 合同任務があった時に話してみると良いですの! 」
「 合同任務があるの? 」
「 新年早々にもあったのですの。残念ながら、あたしはシフトから外れてたので参加してないですの……第6小隊からはリーシェル小隊長とヨダカさんが参加したそうなんですの 」
実際にその任務に当たった第4小隊の面子は、二度とユウヤミ指揮の任務はやりたくないと思ったとのことだ。どんな任務だったか根掘り葉掘りヘレナが聞こうとしても、誰も口を開こうとはしないので、どんな任務だったかヘレナは知らないままではあるのだけど。
「 そういえば、何でリーシェル小隊長のことを隊長って呼ぶんですの? 」
「 ……最初にシリルが言ってた。『 あら、隊長に“小”なんて言葉、似合うと思うの? 』って 」
再びのウルリッカのクオリティの低い物真似が炸裂する。とんでもない理論だが、何となくユウヤミの顔を思い浮かべると納得できそうな気もしなくもないのでヘレナの疑問は一応は解消された。
「 確かに隊長っていわれても違和感ないですの 」
「 だから、隊長は隊長 」
マルフィ結社に『 隊長 』という職はないので、これはもはやシリルとウルリッカがユウヤミに付けたアダ名のようなものなのかもしれない。ヘレナは1人、そう納得した。
軽快なトークを繰り広げているうちに、徐々に山は深くなってきていた。カンテ国には珍しい木々の生い茂る光景だ。そして、一瞬、会話が途切れて無言になった2人の耳に届いたのは水の音。
水の音は、今日の目的地を示していた。
「 目的地はもうすぐですの 」
ヘレナの言葉にウルリッカは頷く。
やがて、歩き続けた2人の前には幅30m程の川が現れた。それは、うっすらと湯気が見える不思議な川だ。
「 ここ? 」
「 そうですの! 無事に到着ですの! 」
川に駆け寄ったヘレナは川縁にしゃがみ込むと、手をそっと川に差し入れる。温度を確認したヘレナがウルリッカにニッコリと笑って言った。
「 今日はバッチリ適温ですの! 」
「 ……良かった。ここまで来た甲斐があった 」
そこは川底からポコポコとお湯の湧き出す天然温泉だった。
島では蒸し風呂が主流ではあるが、ウルリッカの住んでいた集落は近くに山神様の恵みの源泉が湧き出していたため温浴が珍しくなかった。その話をヘレナにしたところ、ヘレナも温浴が好きだと意気投合し、2人はわざわざ山を登ってヘレナが以前見つけたという、この川の温泉へとやってきたのだった。
他に人もいない山奥、2人は服を脱ぐと躊躇いなく川へと入っていく。
「 はぁ〜 」
適温の温泉に浸かると、どちらともなくホッとしたような声が上がった。このお湯に包まれて安心する感じは蒸し風呂では決して得られない至福の時間だ。
「 この川、結社まで引きたい…… 」
「 気持ちは良く分かるですの 」
まったりとした時間が流れていく。動物の鳴き声がしたって、狩猟本能はお湯に溶けて流れていってしまったので2人はのんびりとしたままだ。
やっぱり温泉は最高だ、と思いながらぼんやりと目線をヘレナにやったウルリッカの表情が、ピシッと音をたてそうなくらい固まる。
「 どうかしたですの? 」
ウルリッカの異変に気付いたヘレナが首を傾げて問いかけるが、ウルリッカは首を横に振った。
「 ……何でもない 」
何でもない訳はないけれど、それを口にすることは憚られた。その代わりにウルリッカは心の中だけで叫んで血の涙を流す。
（ 胸囲の格差社会!!! ）
同じ狩猟女子なのに、ヘレナとウルリッカの胸部には大きな違いがあった。例えるならばヘレナはカヌル山、ウルリッカはエヌウェ山。
「 ……ヘレナ 」
「 何ですの? 」
「 狩りながら帰ろう 」
「 もちろんですの!! 」
ウルリッカの心中なんて知らないヘレナがニコニコと笑って頷く。もちろん、ウルリッカは狩りという名の八つ当たりをする気である。流石に無益な殺生は決してしないけど。
（ 隊長は大きい方が好きかな……好き、だろうな…… ）
ふと、思いついて更に悲しくなる。
「 はぁ…… 」
ウルリッカの悲しい溜息は、温泉の湯煙に溶けていった。
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