アスファルトを砕いて生える根菜／燐花
最終更新：
rinka_creation 2021年04月05日(月) 16:26:26履歴
テロで倒壊した街を見て頭を抱える人々。家族を亡くし涙する人々。しかし泣いてなど居られずひとしきり悲しんだら一度悲しみは保留、生きていく為に稼ぐ術を整えねばならない人が大半だ。テロから数日後。まだ軍警達も多く出入りし、避難所に誘導もされるが向かわずに残った者達は掘立て小屋等で何とか住処を確保しようとしていた。もしかしたら瓦礫の下にまだ壊れていない機械人形がいるかもしれない。そう言った恐怖と日夜戦いながらの生活をそれでも始めようとしていたのだ。
大人達が不安に押し潰されそうになっているところに、ふわりと何かがゆっくりたなびく。それは若さの象徴、学生のスカートだ。しかし、その中身は真っ黒のタイツによって鉄壁の守りを発揮し、見る事を許さない。
長めのセーラースカートを颯爽となびかせたその大柄な少女は、彼等の前に現れるとパキポキと指を鳴らしながらやけに低い声で言った。
「…ここにこんな物があります」
ドサっと音を立てて段ボールが置かれる。中に入っていたのは小型のハンドガン、そしてサブマシンガンが数丁。一瞬ギョッとする大人達だが、じっと見た結果それが実銃で無くエアガンである事に気付く。
「驚いたな全く。お嬢ちゃん、それはエアガンだろ？子供のおもちゃだ。ありがたく頂きたいところだが、そんな貰ったところで身は守れねぇよ」
笑いながら彼女をしっしと追い払う仕草をする大人達。しかし、彼女は目付きの悪いその目をかなり不機嫌そうに歪めると重々しく口を開いた。
「…誰がタダで譲ると言いました？『おじさま達、私一所懸命武器を回収してきたの』とへこへこ献上するとでも思ってんのか？勝負はもう始まってンだよ。子どもの使いでも遊びでもねぇんだ」
途端にピシリとその場を走る緊張。ある者はこの少女がこんな女性らしく無いドスの効いた声を発したのかと混乱し、ある者はこの少女の言っている事を理解出来ず混乱する。
「…指摘された通りこれはエアガンです。しかし、子供に与えて良いちゃちなタイプのエアガンではなく大人がサバゲーで使う様なタイプです。そして更に、ここにこう言うものがあーる」
少女が取り出したのはハイダーと呼ばれるパーツ。これは実銃に使用すると銃口から噴き出す炎と発射音を広げないようにするものだ。
「このハイダー、エアガンに付けるとどう言う訳か逆に音を増幅させるんです。そしてそれに目を付けた業界が更に、音を出す為だけのエアガン用ハイダーを作ったりしています」
背中に背負ったバッグからゴロゴロとハイダーを取り出す少女。大人達はすっかり面食らい、少女を食い入る様に見つめた。
「おたくらが怖いのは埋まったまま動けなくなってる機械人形。そしてこの辺りに駐在している軍警関係者。下手すりゃ一般人の散策を止められてしまいますからね。しかし生きていくには少しでも金目の物がいる。だから複数人行動し、見張りも立てて探していた筈」
「そ、そうだが…」
「その状況、利用しない手はねぇって事すよ」
少女はニヤリと笑うと改めて段ボールの中のエアガンと背負ったハイダーを取り出す。
「ハイダー付きエアガンを持って行動する。攻撃用じゃねぇ、音を鳴らして近場の軍警関係者に気付かせる為だ」
「気付かせる…？」
「瓦礫の中で機械人形に会って声を上げるのも良いが、それが銃声に似た音なら軍警関係者は何があったかと慌てて飛んで来ます。この状況、軍警関係者が近くに居ると言うこの状況ですよ。利用しない手はないでしょう？それに、それなりの防備込みで遊びに使うのがデフォのエアガンです。持つだけである程度守りの役割も果たす。ただただ闇雲に丸腰で探すより、この状況をなるだけ味方に付けて先ずは倒壊した家屋から物資を探すんです」
「おお…」
「なるほど確かに…一理ある…しかし、それを使う事で軍警に拘束されたらどうする？」
少女は口には出さないものの、「あったま悪ィな」とあからさまにそう言いたげな顔を向けた。
「ンなもん私は知りませんよ。と言うより、音によって見付かり拘束される即ち、機械人形と鉢合わせるって事です。それはおたくらの最終目標ですか？違うでしょう？おたくらの目的は倒壊した家屋から使えそうな物を漁る事。そして懸念はもしもその中に機械人形が居た時。伸ばしたいのはその状況下での生存率の筈です。私がアプローチしてるのはあくまで生存率を上げる部分です。それ以外は全てあんたらの手腕に掛かってる以外何も無いんすよ」
少女のその言葉に、一人真面目に聞いていた青年が大きく頷いた。少女はやっと話の出来る人間が居たなとその黒目の小さい瞳をぎらつかせた。
「実演は…してくれないのか？」
「ここでしたとしたら音を聞いた軍警関係者に全部没収されるでしょうね」
「つまり、お前は俺達にその説明だけしてジャケ買いをするかどうか試してるんだな…？」
途端にどよめきがこの空間を覆う。少女はふぅ、と嫌そうに溜息を吐いた。
「…私もね、こんな売り方本意じゃないんすよ」
「だろうな、君は多分、そう言うタイプじゃ無いんだろう」
「ええ、なので今回は試験的な意味も込めて格安での販売を予定しています」
その言葉に食ってかかったのは青年の隣にいた男だった。
「か、金取ンのかよ！？」
「あぁん？」
ここまで聞いて何を言ってるんだと面倒くさそうに少女は目を向ける。しかしその威圧的な態度。目前の男のみならず周りで見ていた人間も皆このまだ年端も行かなそうな少女のメンチ切りに萎縮しかけた。
「何を今更…私がこれらを集めるのだってただ呆けてて足元に転がって来たのを拾ったんじゃねぇんだ。私がこれを掻き集める際に使った徒労、そしてここでおたくら相手に始めた商品説明。次のステップはもうとっくに始まってんだよ。おたくらも泣いてる暇無ェと思ったからスカベンジャーなんぞ始めてんだろ。私も同じだ。だがまず基礎を作らなければ商売も生活も成り立たねぇ。絶対に立て直す為にまずはここから始めるんだ！」
少女は鋭くした目を向ける。男達はもう完全にこのセーラー服の少女のペースに呑まれた。
「報酬を掲げて双方責任を持つのと、報酬をなあなあに感情論ばかり掲げて責任も丸投げするの、どっちがより早く復興に近付くか言ってみろ！」
静寂。
その場に居た全員、黙り込んでしまう。しかし、先程から彼女の話を真面目に聞いていた青年は手を上げると口を開いた。
「だとして…何イリを予定している？」
少女はその青年の申し出に誰も反論しない、イコールこの場での売買の場を確保出来た事に気付き満足気に笑う。そしてカバンと段ボールの中身を確認すると一言呟いた。
「私は牛乳が好きなんすよ」
「牛乳…？」
「牛乳、あの甘味が好きなんで赤ん坊用の粉ミルクも良いっすね。それから女なんで清潔な生理用品を。最悪老人や赤ん坊のオムツでも可。後、魚の缶詰ですね。今挙げたものは特に高値で買いましょう。エアガン本体を売り渡す際、グレードが高ければ高いだけ値を高くします。が、それでも本来の値の三割以上は越させません。しかし、一律手数料として二百イリ頂く以上この場で何か徴収する事はありません。ではエアガン本体の値段ですが基本、本体の値段はおたくらの見付けてくる物資に値を付け私が買い取ると言う形で帳消しにしていこうと考えています。つまり、私からエアガンを買った瞬間からおたくらには私への借金が出来るんです。そしてその借金は食品、日用品の売り渡し以外での解消は出来ない。金ではなく物資での売買。そんな仕様でどうでしょう？」
青年は少し考えると小さく溜息を吐き、その要求を飲んだ。嬉しそうにニヤリと笑う少女。
「分かったよ…よろしく、お嬢さん」
「こちらこそ。クロエ・バートンと申します」
彼女からエアガンやらパーツやらを購入し借用書をその場で作成、その後彼女と一度別れ、自分達のテリトリーで使えそうなものを探し始める面々。不意に、内一人が口を開いた。
「全くさっきはヒヤヒヤしたぜ」
「ああ、ああそうだな」
「あんな言い方するからよぉ、値引きするとは言えどんだけ高額に吹っ掛けられるかと思ってよぉ」
「…甘いですよおじさん達」
青年はやれやれと言った顔で口を開いた。
「つまり、僕らはあの借用書がある限り彼女の手足って事じゃないですか」
男達はそれを聞いて少し黙る。若い身の上で恐ろしい子供だ。借用書まで書かせる念の入れようなのだから。しかし、彼らは彼らで中には同じ年頃の子供を亡くした者もいる。我が子と彼女を重ねて見た者も少なからず居た。それより何より、一変した生活の中でただただ漠然と物を漁るより、それを査定し価値を見出してくれる第三者のいる生活と言うのは少なからず日常寄りになり故に救いになる。
何故ならそれは所謂テロ以前の生活に近いからだ。テロで何もかも壊れた後、「絶対に立て直す」「ここから始める」と力を込めて言われれば活力にもなると言う物で。
「しかしあれだな、女の生理用品とか赤ん坊のミルクやら、ああやって言われなきゃ俺らだけじゃあんま力入れて探そうと思わなかったかもな」
その言葉に青年はハッとする。
彼女が求めたもの。それは、すぐ悪くなる物ではなく、食品に至っても長期保存が可能な物が多い。そして、周りを見回すと主に男性が多いこの場で敢えて女性の求める物を高値で買うとそう言った。そうすると彼等は意識して普段は関心を持たない女性や子供の日用品も探すだろう。そして彼女は、それらを纏めたらまた別の場所でも商売の輪を拡げていくつもりではないか？
こんな場でも逞しく流れを動かし始めようとした、いやもう始めている彼女にほんの少しゾッとする。かくして少女、クロエは心肺停止状態にまで陥ったミクリカの心臓に電気ショックを与えるが如く中枢に居座る様になるのだった。
その僅か二ヶ月と少し後。
彼女は報せを受けたマルフィ結社人事部に保護され身を寄せる事になる。少しずつ復興して来たミクリカの街から皆彼女を追い出したかった訳では無い。彼女の才能を「倒壊したミクリカ」で終わらせたくなかったのだ。
マルフィ結社は環境が整っていると聞く。身を寄せる中には成人を控えた未成年の子供も多く、企業の支援もある為そこから学校や就職に繋がる可能性も大いにあるらしい。彼女の人脈を広げるのにも彼女の才能を知らしめる場としても一役買ってくれる筈だ。だからこそ彼女の誕生日が過ぎ、成人した僅か数日後、「潮時だ」と言わんばかりに彼女は拠点をミクリカからマルフィ結社に移す事になった。
「厄介払いって事っすね」
彼女は心にもなくそう呟く。
「ああ、そうだよ」
彼女と最初にやり取りをした男達も心にもなく皆口々にそう呟く。
「もし次クロエがここに来た時、びっくりするくらい復興に力入れたミクリカの街を見せるよ。クロエだけがいっぱい頑張らなくても、俺達だってクロエ以上にやってみせるさ」
クロエはこれまでの苦労を思い出しフッと鼻で笑うと若干馬鹿にした様に呟いた。
「大の大人数人掛かってやっと小娘一人分すか…先は長そうだ…」
これは照れ隠しでも何でもなく、彼女は本気で心からそう言った。心から彼等を馬鹿にした。それを分かっている彼等も若干カチンとしながら迎えに来たマルフィ結社人事部の男に向き直った。
「見ての通り、クソ生意気なガキなんですよコイツ。本当、驚くくらいクソ生意気で、会った時から今に至るまでずっとクソ生意気で…」
「……ええ…その様で…」
男とクロエは車に乗り込むと別れの挨拶もそこそこにマルフィ結社まで走らせた。クロエは景色が変わるのを眺めながら横で運転する男に目をやる。スーツに拘りがあるのかやたら体型に合った綺麗なシルエットの物を着ている。時計はそこまで高くなさそうだが手入れが行き届いているのはくすんだ色をしていない事からまあ分かる…おっと、靴もなかなか綺麗にしているな。そう言う目に入る物を無意識に綺麗にしているのか意図的に習慣付けているのか。
ともあれクロエは、この男を「価値観の合う人間ではないか」と期待した。
「…何です？ジロジロ見て…」
「兄さん、趣味ってなんですか？」
「え？急にどうしました？初めましてもそこそこに」
「だから、これから「はじめまして」を始めるんです」
「性急ですねぇ…」
整った髪。綺麗なスーツから香るのは香水…とその奥に若干煙草の臭いもする。嗜好品や趣味にそれなりに金を掛ける人と言うのはどうしてこうも魅力的に見えるのだろう？金蔓みたく見えるからか？
「人事部新規勧誘課のロード・マーシュと申します。おそらく今回の件でしばらく貴女の面倒を見る事になると思います。成人したとは言えテロ発生時貴女はまだ未成年でしたからね」
「へえ…」
「あ、もし女性の担当者の方が良ければすぐに言って下さい」
「いいえ、貴方で良いです。私はクロエ・バートン、牛乳が好きです。時に兄さん」
「何です？」
「今の発展途上のミクリカで風営法ってどこまで適応されると思います？せっかく成人向けが解禁されたので本当はミクリカで色々起業しようと思ってたのに、あ、勿論私はこの見た目なので経営側しか手は出しませんが成人したての女が経営する風俗店とかまだ生きているSNSで情報流したら話題になると思いませんか？兄さんそう言う店があるとしてどう言うコンセプトが好みです？」
運転していたロードは急な質問に急ブレーキを掛ける。何を口にするかと思いきや、「彼女の才能を「倒壊したミクリカ」で終わらせたくない」なんて綺麗な親心の様なものだけでは無く本気で彼女の生意気さや諸々から追い出しに掛かったのでは無いかと一瞬ロードは思った。
生きて行く事を大層楽しんでいる、色々と逞し過ぎる少女だ。
「うふふふ…お子ちゃまな貴女には早過ぎる話題ですねぇ…。と言うかなんて事聞くんですか」
「いや…単純にそう言うの好きそうに見えたんで。行く行く本当に事業に着手したら良いカモに出来ると…」
「…好きそうに見えます？と言うか保護する側としてそう言った店への関わりは禁じますよ。まして起業なんて以ての外ですからね」
「じゃあせめてどう言うのが好きなのか教えてくれません？参考までに」
「…何の参考にするんですか…？」
「知り合いにスナックのママやらコンセプトバーのオーナーやら、変わり種だとテロ直前に店を始めた「リアル謎解き」が出来るアトラクションのオーナーやら何やら居るんですが皆諸々立ち行かなくて困っているんです。柔軟な思考回路でのアイディアが求められる中、私も狭い場でアイディア絞るのなかなか骨の折れる話だったんでくその役にも立たない会話でもして柔軟性を高めたいなと…あらゆる方向から考えられる様になったら意見をまとめ次第営業に関するアドバイスを送るつもりです。そのくらいの店との関わりは許されますよね、クセのある店もありますが謎解きの店なんて子供が楽しめる物ですし」
だからとりあえず貴方と言う人間の好む傾向を教えてください。そんなクソくだらない話題を交わしたいです。
そう吐き捨てる様に言うクロエ。彼女は言葉を選ぶと言う事をしないのか、或いはたった一言二言話しただけでロードを「そう言う扱いをして良い人間」と位置付けたか。どちらにせよ有無を言わせない雰囲気だが、もっと他に聞く事無いのだろうか。
「あの…」
「はい？」
「…普通好きな食べ物とかそう言うんじゃ無いんですかね…？」
「それ以上に面白そうな回答が返って来そうだったんで」
「………」
「で？」
結局クロエに乗せられ、好きな煙草の銘柄や好んで飲む酒や、好んで買いに行っているスーツの店やら、おそらくミクリカに居た時の仲間には聞けなかった、或いは答えてもらえなかった事を散々言わされたロード。避けに避けて来たが最後に彼は口を開いた。
「……女医、看護師系が特に好きです…。巨乳で少しジトッとした目をした人であると尚好きです…」
「うわ」
「聞いといてその反応とは」
「いえいえ、ミクリカの仲間には居ないタイプだなとは思ってましたが色々話が出来て良かったです、兄さん」
えらい人間を拾ってしまった。
そんな感覚になりながらロードは車を停める。そして彼女の荷物を持ってやり、建物の扉を開けるとそれでも彼女を見てにこりと微笑んだ。
「全く、貴女と言う人は…」
「何です？」
「あまり初めて会う人にプライベートな事まで根掘り葉掘り聞く物じゃ無いですよ？」
「大丈夫です。兄さんにはやっても良いだろうと判断しての極めて失礼な攻め方でしたから。普通ああはやりません。当たり前に顰蹙買うだろーがそんなもの」
「……やっぱり…」
「いきなり新しい場で生きにくい振る舞いするわけ無いでしょうが馬鹿ですね」
不敵に笑う生意気な女の子。
まあ良いや。他の人には普通に接すると言うのなら。
ようこそ、マルフィ結社へ──
大人達が不安に押し潰されそうになっているところに、ふわりと何かがゆっくりたなびく。それは若さの象徴、学生のスカートだ。しかし、その中身は真っ黒のタイツによって鉄壁の守りを発揮し、見る事を許さない。
長めのセーラースカートを颯爽となびかせたその大柄な少女は、彼等の前に現れるとパキポキと指を鳴らしながらやけに低い声で言った。
「…ここにこんな物があります」
ドサっと音を立てて段ボールが置かれる。中に入っていたのは小型のハンドガン、そしてサブマシンガンが数丁。一瞬ギョッとする大人達だが、じっと見た結果それが実銃で無くエアガンである事に気付く。
「驚いたな全く。お嬢ちゃん、それはエアガンだろ？子供のおもちゃだ。ありがたく頂きたいところだが、そんな貰ったところで身は守れねぇよ」
笑いながら彼女をしっしと追い払う仕草をする大人達。しかし、彼女は目付きの悪いその目をかなり不機嫌そうに歪めると重々しく口を開いた。
「…誰がタダで譲ると言いました？『おじさま達、私一所懸命武器を回収してきたの』とへこへこ献上するとでも思ってんのか？勝負はもう始まってンだよ。子どもの使いでも遊びでもねぇんだ」
途端にピシリとその場を走る緊張。ある者はこの少女がこんな女性らしく無いドスの効いた声を発したのかと混乱し、ある者はこの少女の言っている事を理解出来ず混乱する。
「…指摘された通りこれはエアガンです。しかし、子供に与えて良いちゃちなタイプのエアガンではなく大人がサバゲーで使う様なタイプです。そして更に、ここにこう言うものがあーる」
少女が取り出したのはハイダーと呼ばれるパーツ。これは実銃に使用すると銃口から噴き出す炎と発射音を広げないようにするものだ。
「このハイダー、エアガンに付けるとどう言う訳か逆に音を増幅させるんです。そしてそれに目を付けた業界が更に、音を出す為だけのエアガン用ハイダーを作ったりしています」
背中に背負ったバッグからゴロゴロとハイダーを取り出す少女。大人達はすっかり面食らい、少女を食い入る様に見つめた。
「おたくらが怖いのは埋まったまま動けなくなってる機械人形。そしてこの辺りに駐在している軍警関係者。下手すりゃ一般人の散策を止められてしまいますからね。しかし生きていくには少しでも金目の物がいる。だから複数人行動し、見張りも立てて探していた筈」
「そ、そうだが…」
「その状況、利用しない手はねぇって事すよ」
少女はニヤリと笑うと改めて段ボールの中のエアガンと背負ったハイダーを取り出す。
「ハイダー付きエアガンを持って行動する。攻撃用じゃねぇ、音を鳴らして近場の軍警関係者に気付かせる為だ」
「気付かせる…？」
「瓦礫の中で機械人形に会って声を上げるのも良いが、それが銃声に似た音なら軍警関係者は何があったかと慌てて飛んで来ます。この状況、軍警関係者が近くに居ると言うこの状況ですよ。利用しない手はないでしょう？それに、それなりの防備込みで遊びに使うのがデフォのエアガンです。持つだけである程度守りの役割も果たす。ただただ闇雲に丸腰で探すより、この状況をなるだけ味方に付けて先ずは倒壊した家屋から物資を探すんです」
「おお…」
「なるほど確かに…一理ある…しかし、それを使う事で軍警に拘束されたらどうする？」
少女は口には出さないものの、「あったま悪ィな」とあからさまにそう言いたげな顔を向けた。
「ンなもん私は知りませんよ。と言うより、音によって見付かり拘束される即ち、機械人形と鉢合わせるって事です。それはおたくらの最終目標ですか？違うでしょう？おたくらの目的は倒壊した家屋から使えそうな物を漁る事。そして懸念はもしもその中に機械人形が居た時。伸ばしたいのはその状況下での生存率の筈です。私がアプローチしてるのはあくまで生存率を上げる部分です。それ以外は全てあんたらの手腕に掛かってる以外何も無いんすよ」
少女のその言葉に、一人真面目に聞いていた青年が大きく頷いた。少女はやっと話の出来る人間が居たなとその黒目の小さい瞳をぎらつかせた。
「実演は…してくれないのか？」
「ここでしたとしたら音を聞いた軍警関係者に全部没収されるでしょうね」
「つまり、お前は俺達にその説明だけしてジャケ買いをするかどうか試してるんだな…？」
途端にどよめきがこの空間を覆う。少女はふぅ、と嫌そうに溜息を吐いた。
「…私もね、こんな売り方本意じゃないんすよ」
「だろうな、君は多分、そう言うタイプじゃ無いんだろう」
「ええ、なので今回は試験的な意味も込めて格安での販売を予定しています」
その言葉に食ってかかったのは青年の隣にいた男だった。
「か、金取ンのかよ！？」
「あぁん？」
ここまで聞いて何を言ってるんだと面倒くさそうに少女は目を向ける。しかしその威圧的な態度。目前の男のみならず周りで見ていた人間も皆このまだ年端も行かなそうな少女のメンチ切りに萎縮しかけた。
「何を今更…私がこれらを集めるのだってただ呆けてて足元に転がって来たのを拾ったんじゃねぇんだ。私がこれを掻き集める際に使った徒労、そしてここでおたくら相手に始めた商品説明。次のステップはもうとっくに始まってんだよ。おたくらも泣いてる暇無ェと思ったからスカベンジャーなんぞ始めてんだろ。私も同じだ。だがまず基礎を作らなければ商売も生活も成り立たねぇ。絶対に立て直す為にまずはここから始めるんだ！」
少女は鋭くした目を向ける。男達はもう完全にこのセーラー服の少女のペースに呑まれた。
「報酬を掲げて双方責任を持つのと、報酬をなあなあに感情論ばかり掲げて責任も丸投げするの、どっちがより早く復興に近付くか言ってみろ！」
静寂。
その場に居た全員、黙り込んでしまう。しかし、先程から彼女の話を真面目に聞いていた青年は手を上げると口を開いた。
「だとして…何イリを予定している？」
少女はその青年の申し出に誰も反論しない、イコールこの場での売買の場を確保出来た事に気付き満足気に笑う。そしてカバンと段ボールの中身を確認すると一言呟いた。
「私は牛乳が好きなんすよ」
「牛乳…？」
「牛乳、あの甘味が好きなんで赤ん坊用の粉ミルクも良いっすね。それから女なんで清潔な生理用品を。最悪老人や赤ん坊のオムツでも可。後、魚の缶詰ですね。今挙げたものは特に高値で買いましょう。エアガン本体を売り渡す際、グレードが高ければ高いだけ値を高くします。が、それでも本来の値の三割以上は越させません。しかし、一律手数料として二百イリ頂く以上この場で何か徴収する事はありません。ではエアガン本体の値段ですが基本、本体の値段はおたくらの見付けてくる物資に値を付け私が買い取ると言う形で帳消しにしていこうと考えています。つまり、私からエアガンを買った瞬間からおたくらには私への借金が出来るんです。そしてその借金は食品、日用品の売り渡し以外での解消は出来ない。金ではなく物資での売買。そんな仕様でどうでしょう？」
青年は少し考えると小さく溜息を吐き、その要求を飲んだ。嬉しそうにニヤリと笑う少女。
「分かったよ…よろしく、お嬢さん」
「こちらこそ。クロエ・バートンと申します」
彼女からエアガンやらパーツやらを購入し借用書をその場で作成、その後彼女と一度別れ、自分達のテリトリーで使えそうなものを探し始める面々。不意に、内一人が口を開いた。
「全くさっきはヒヤヒヤしたぜ」
「ああ、ああそうだな」
「あんな言い方するからよぉ、値引きするとは言えどんだけ高額に吹っ掛けられるかと思ってよぉ」
「…甘いですよおじさん達」
青年はやれやれと言った顔で口を開いた。
「つまり、僕らはあの借用書がある限り彼女の手足って事じゃないですか」
男達はそれを聞いて少し黙る。若い身の上で恐ろしい子供だ。借用書まで書かせる念の入れようなのだから。しかし、彼らは彼らで中には同じ年頃の子供を亡くした者もいる。我が子と彼女を重ねて見た者も少なからず居た。それより何より、一変した生活の中でただただ漠然と物を漁るより、それを査定し価値を見出してくれる第三者のいる生活と言うのは少なからず日常寄りになり故に救いになる。
何故ならそれは所謂テロ以前の生活に近いからだ。テロで何もかも壊れた後、「絶対に立て直す」「ここから始める」と力を込めて言われれば活力にもなると言う物で。
「しかしあれだな、女の生理用品とか赤ん坊のミルクやら、ああやって言われなきゃ俺らだけじゃあんま力入れて探そうと思わなかったかもな」
その言葉に青年はハッとする。
彼女が求めたもの。それは、すぐ悪くなる物ではなく、食品に至っても長期保存が可能な物が多い。そして、周りを見回すと主に男性が多いこの場で敢えて女性の求める物を高値で買うとそう言った。そうすると彼等は意識して普段は関心を持たない女性や子供の日用品も探すだろう。そして彼女は、それらを纏めたらまた別の場所でも商売の輪を拡げていくつもりではないか？
こんな場でも逞しく流れを動かし始めようとした、いやもう始めている彼女にほんの少しゾッとする。かくして少女、クロエは心肺停止状態にまで陥ったミクリカの心臓に電気ショックを与えるが如く中枢に居座る様になるのだった。
その僅か二ヶ月と少し後。
彼女は報せを受けたマルフィ結社人事部に保護され身を寄せる事になる。少しずつ復興して来たミクリカの街から皆彼女を追い出したかった訳では無い。彼女の才能を「倒壊したミクリカ」で終わらせたくなかったのだ。
マルフィ結社は環境が整っていると聞く。身を寄せる中には成人を控えた未成年の子供も多く、企業の支援もある為そこから学校や就職に繋がる可能性も大いにあるらしい。彼女の人脈を広げるのにも彼女の才能を知らしめる場としても一役買ってくれる筈だ。だからこそ彼女の誕生日が過ぎ、成人した僅か数日後、「潮時だ」と言わんばかりに彼女は拠点をミクリカからマルフィ結社に移す事になった。
「厄介払いって事っすね」
彼女は心にもなくそう呟く。
「ああ、そうだよ」
彼女と最初にやり取りをした男達も心にもなく皆口々にそう呟く。
「もし次クロエがここに来た時、びっくりするくらい復興に力入れたミクリカの街を見せるよ。クロエだけがいっぱい頑張らなくても、俺達だってクロエ以上にやってみせるさ」
クロエはこれまでの苦労を思い出しフッと鼻で笑うと若干馬鹿にした様に呟いた。
「大の大人数人掛かってやっと小娘一人分すか…先は長そうだ…」
これは照れ隠しでも何でもなく、彼女は本気で心からそう言った。心から彼等を馬鹿にした。それを分かっている彼等も若干カチンとしながら迎えに来たマルフィ結社人事部の男に向き直った。
「見ての通り、クソ生意気なガキなんですよコイツ。本当、驚くくらいクソ生意気で、会った時から今に至るまでずっとクソ生意気で…」
「……ええ…その様で…」
男とクロエは車に乗り込むと別れの挨拶もそこそこにマルフィ結社まで走らせた。クロエは景色が変わるのを眺めながら横で運転する男に目をやる。スーツに拘りがあるのかやたら体型に合った綺麗なシルエットの物を着ている。時計はそこまで高くなさそうだが手入れが行き届いているのはくすんだ色をしていない事からまあ分かる…おっと、靴もなかなか綺麗にしているな。そう言う目に入る物を無意識に綺麗にしているのか意図的に習慣付けているのか。
ともあれクロエは、この男を「価値観の合う人間ではないか」と期待した。
「…何です？ジロジロ見て…」
「兄さん、趣味ってなんですか？」
「え？急にどうしました？初めましてもそこそこに」
「だから、これから「はじめまして」を始めるんです」
「性急ですねぇ…」
整った髪。綺麗なスーツから香るのは香水…とその奥に若干煙草の臭いもする。嗜好品や趣味にそれなりに金を掛ける人と言うのはどうしてこうも魅力的に見えるのだろう？金蔓みたく見えるからか？
「人事部新規勧誘課のロード・マーシュと申します。おそらく今回の件でしばらく貴女の面倒を見る事になると思います。成人したとは言えテロ発生時貴女はまだ未成年でしたからね」
「へえ…」
「あ、もし女性の担当者の方が良ければすぐに言って下さい」
「いいえ、貴方で良いです。私はクロエ・バートン、牛乳が好きです。時に兄さん」
「何です？」
「今の発展途上のミクリカで風営法ってどこまで適応されると思います？せっかく成人向けが解禁されたので本当はミクリカで色々起業しようと思ってたのに、あ、勿論私はこの見た目なので経営側しか手は出しませんが成人したての女が経営する風俗店とかまだ生きているSNSで情報流したら話題になると思いませんか？兄さんそう言う店があるとしてどう言うコンセプトが好みです？」
運転していたロードは急な質問に急ブレーキを掛ける。何を口にするかと思いきや、「彼女の才能を「倒壊したミクリカ」で終わらせたくない」なんて綺麗な親心の様なものだけでは無く本気で彼女の生意気さや諸々から追い出しに掛かったのでは無いかと一瞬ロードは思った。
生きて行く事を大層楽しんでいる、色々と逞し過ぎる少女だ。
「うふふふ…お子ちゃまな貴女には早過ぎる話題ですねぇ…。と言うかなんて事聞くんですか」
「いや…単純にそう言うの好きそうに見えたんで。行く行く本当に事業に着手したら良いカモに出来ると…」
「…好きそうに見えます？と言うか保護する側としてそう言った店への関わりは禁じますよ。まして起業なんて以ての外ですからね」
「じゃあせめてどう言うのが好きなのか教えてくれません？参考までに」
「…何の参考にするんですか…？」
「知り合いにスナックのママやらコンセプトバーのオーナーやら、変わり種だとテロ直前に店を始めた「リアル謎解き」が出来るアトラクションのオーナーやら何やら居るんですが皆諸々立ち行かなくて困っているんです。柔軟な思考回路でのアイディアが求められる中、私も狭い場でアイディア絞るのなかなか骨の折れる話だったんでくその役にも立たない会話でもして柔軟性を高めたいなと…あらゆる方向から考えられる様になったら意見をまとめ次第営業に関するアドバイスを送るつもりです。そのくらいの店との関わりは許されますよね、クセのある店もありますが謎解きの店なんて子供が楽しめる物ですし」
だからとりあえず貴方と言う人間の好む傾向を教えてください。そんなクソくだらない話題を交わしたいです。
そう吐き捨てる様に言うクロエ。彼女は言葉を選ぶと言う事をしないのか、或いはたった一言二言話しただけでロードを「そう言う扱いをして良い人間」と位置付けたか。どちらにせよ有無を言わせない雰囲気だが、もっと他に聞く事無いのだろうか。
「あの…」
「はい？」
「…普通好きな食べ物とかそう言うんじゃ無いんですかね…？」
「それ以上に面白そうな回答が返って来そうだったんで」
「………」
「で？」
結局クロエに乗せられ、好きな煙草の銘柄や好んで飲む酒や、好んで買いに行っているスーツの店やら、おそらくミクリカに居た時の仲間には聞けなかった、或いは答えてもらえなかった事を散々言わされたロード。避けに避けて来たが最後に彼は口を開いた。
「……女医、看護師系が特に好きです…。巨乳で少しジトッとした目をした人であると尚好きです…」
「うわ」
「聞いといてその反応とは」
「いえいえ、ミクリカの仲間には居ないタイプだなとは思ってましたが色々話が出来て良かったです、兄さん」
えらい人間を拾ってしまった。
そんな感覚になりながらロードは車を停める。そして彼女の荷物を持ってやり、建物の扉を開けるとそれでも彼女を見てにこりと微笑んだ。
「全く、貴女と言う人は…」
「何です？」
「あまり初めて会う人にプライベートな事まで根掘り葉掘り聞く物じゃ無いですよ？」
「大丈夫です。兄さんにはやっても良いだろうと判断しての極めて失礼な攻め方でしたから。普通ああはやりません。当たり前に顰蹙買うだろーがそんなもの」
「……やっぱり…」
「いきなり新しい場で生きにくい振る舞いするわけ無いでしょうが馬鹿ですね」
不敵に笑う生意気な女の子。
まあ良いや。他の人には普通に接すると言うのなら。
ようこそ、マルフィ結社へ──
タグ
コメントをかく