His name is Parmie！／燐花
最終更新：
rinka_creation 2021年11月21日(日) 18:11:37履歴
そこは白一色の世界だった。
雪ではなく霧で覆われた中をウルリッカは１人歩き続ける。
周囲は何も匂いがしない。風も吹かない。気温は暑くもなく寒くもないけれど、何だか空気がまとわりついてくるようで待ってこの状況前にもあったな。そうそう、この土とも雪とも違う変な感触の白い床のようであり床ではないよく分からない地面、覚えがある。
「あれ…？何か、これ…」
ふと、何らかの気配を感じてウルリッカは足を止めて眉を顰める。
真っ白な霧の奥に姿は見えないけれど何かがいる様な気がして。咄嗟的に銃を構えようとして、己が丸腰であることに気付く。
と、ここまでやってこれが初夢で見た変なシチュエーションの夢の始まりと酷似している事に気が付いた。どうやらあの不可思議な世界にまた迷い込んでしまったらしい。
都市伝説として夢の世界の話は色々と語り継がれている。その中には、同じ世界観の夢を何回も見てしまう人の話があったが、自分のこれも正にそんな感じで笑ってしまう。
「だとしたら…またこの世界の隊長やヨダカに会えるかな？」
自分の頭の中の世界とは言え、ユウヤミやヨダカに会えるのならこんなに心強い事はない。それが初夢で見た、ヴォイドの様にたゆんっと擬音が付きそうな大きさの胸のお姫様ドレスのユウヤミと言う多少おかしな姿だとしても、それでもユウヤミはユウヤミだ。
「隊長、ヨダカ…どこ…？」
これが初夢と同じ世界なら二人もどこかに居るはず。見知った人に早く会いたいウルリッカは足早に進む。足早にし過ぎて少し疲れてしまった。夢の中でも疲れるのね、なんて思いながら丁度良い目印の様に現れた細い棒のようなものに近付き体を凭れる。そして少しだけうとうとし始めた。夢の中でもうとうとしてしまうのね、と一瞬考えて自分を呼ぶ声が聞こえる事に気が付いた。
「ん……？」
耳を澄ませてみる。自分の名前を誰かが呼んでいる。
「ウル……カ……ウ……リッカ……」
「誰…？どこから聞こえるの？」
誰かが名前を呼んでいる。ウルリッカはキョロキョロしながら声の主を探した。しかし、この柱以外特に物もなければ動物の気配も無い。ウルリッカは気配なく呼び続ける声の主にオロオロしながら慎重に周囲に気を配った。
「誰？誰なの？私を呼んでるの、誰？」
しかし、相変わらず声の主は現れない。何だろうこの現象は、と思いつつ愛用の銃の無い心細さもあり、ウルリッカは凭れていた棒を触る。すると、先程までびくともせず地面に突き刺さっていた棒が少しだけ隙間が出来たのか動いたのだ。ウルリッカは地面からそれを引っこ抜く。鉄パイプの様に振り回して使えそうなそれが抜けた事に少し満足しつつ周囲を見回すと、声の主が少しずつ近付いてきているのが分かった。
「誰？どこに居るの？」
すると、すぐ真後ろから声がした。
「俺ぁ…ここだぜ…？」
「わぁぁぁぁぁぁぁあ！！」
急に現れた声の主に驚き、手に持った棒を奮おうと強く握る。しかし、さっきまであった筈の棒が忽然と消えておりウルリッカは更にパニックになった。
「うわぁぁぁぁあ！さっきまで手にあった棒もない！！」
思わず丁寧に状況を説明する口調になりながら後ろを振り向くウルリッカ。すると、やたらと渋い顔が見えた。
「やっとこっち向いてくれたな…ウルリッカ…」
そしてそれはやたら渋い良い声をしていた。
「い、良い声…」
思わずそう口に出してしまう程良い声で、何だか海外の映画の吹き替えの様にやたら溜めた感じの喋り方をするそれは、よくよく見たら棒状の体に渋い顔を貼り付け、どう言う理屈か細い手足をくっ付けたものだった。小さい頃よく自由帳に落書きしていた棒人間の手足によく似ていた。
「よぉ、ウルリッカ…」
「よ、よぉ…え、誰？」
「俺かい…？俺は…permanent markerさ…」
「発音良過ぎて」
「人は俺を…パーミーと呼ぶぜ…？」
「パーミー…」
リアルな渋い顔を貼り付けた、やけに渋く良い声で喋る棒状のそれはパーミーと名乗った。まだユウヤミやヨダカと会えたわけではないが、不思議と不安は消え去り、何故か親近感を感じるパーミーと一緒に行動をしても問題ないだろうとウルリッカは思う。
「私はウルリッカ・マルムフェ」
「知ってるぜ…？俺ァ、お前の事なら結社に入った時から知ってるぜ…？」
「何で限定的？」
「とにかくだ、ウル。お前さん、この夢から出たいんじゃあ無いのかい？俺なら道案内…出来るぜ…？」
「本当？」
「ああ、本当さ…俺が一度だってお前に嘘ついた事…あったかい？」
あれ？この展開、映画とかでよく観る。実は主人公が忘れてしまった思い出にいた彼が居て、その彼はいつだって味方でいてくれたとかそんな感じの。ありきたりと言えばありきたりだけれど。ならば彼はもしかして過去に何らかの形で会った事がある？
そう思って即座に考えを改めた。だってこんな渋い顔で全身が棒、どう言う理屈で動いているか分からない子供のらくがきの様な手足で歩き回るこの謎の生き物とはどんなに記憶を探っても出会った思い出がない。
「いや、初対面だし…」
「そうさ…俺達ァ、初対面だ…！」
「なら何で「俺が嘘ついた事あったか」なんて過去を匂わせる事言ったの？」
「ふふ…見な、ウルリッカ…この果てしない曇天を…」
夢の中が曇天だった為、パーミーの誤魔化しも何だかパッとしない。まあ、悪い奴じゃないみたいだし、夢の中だし一緒に行動してみよう。
「どこ行けば良いの？パーミー」
「ウル、俺についてきな…とりあえず最初に行かなきゃなんねぇのは…あっちだ」
指差されてもそこには深く濃く白い霧が立ち込めるだけ。ウルリッカが何も考えずその先へ進もうとすると「おっと、待ちな」とパーミーが止めに入る。
「どうしたの？」
「お前に渡すもんがあるんだ…敵の存在を知らせてくれるアイテムだ…」
「敵…！？」
「そうさ…ウルが目を覚ませばこの世界は終わっちまう…それを嫌がる奴らがな、お前を夢から覚ますまいとしてるのさ…」
それもそうか、と思いつつ一気にシリアスになったな、と思いつつ。霧が立ち込めてて敵が居るって何かの作品にありそうなシチュエーションだな、とも思った。
「ほら、これを…」
「何これ…」
ウルリッカが手渡されたのは、子供の落書きが具現化した様な不格好な箱だった。そして箱にはミミズが這った様な字で「ラジオ」と書いてあった。
「ラジオさ…！！」
「いや、箱だよ」
「そいつが鳴ったら要注意さ…敵が近付くと教えてくれるぜ…？」
「ほう…」
霧深い世界に蠢く敵、ラジオで存在を知るなんてどっかのゲームにありそうな設定の様だ。そう言えばその昔、まだ集落 に居た頃自分の横で兄 が青い顔をしながらホラーゲームをやっていて、それがこんな内容だった様な違った様な。
しかし、受け取った瞬間から自称『ラジオ』はピーピーガーガー鳴っているのかだがこれはどう言う事だろう？
「ねぇパーミー…このラジオ？は何に反応して鳴ってるの？」
「そいつかい…？そいつは…夢で生まれた夢の住人全てさ…つまり、お前以外ってぇ事だな…！」
「………」
そこまで聞いてウルリッカはその『ラジオ』を派手に投げ付けツッコみたくなった。
「それパーミーが横にいる限りうるさく鳴り続けるって事じゃん！！」と。そしてその瞬間ギルバートを思い出した。ギル王子ならきっと即座に切れ味鋭いツッコミを入れてくれる筈だ。だって経理部の唯一ツッコミとはギル王子の事だから。
ギャリーはどう足掻いてもツッコミに回らない気がする。いや、回る事もあるだろうがギルバートの前ではその要素は消えてしまう気がする。
それだけギルバートと言う人間のツッコミ力は強い。ギャリーのツッコミ力が目視で一万とかだとしたら、ギルバートのツッコミ力はきっと五十三万くらいだ。同様の理由でアルヴィもツッコミになり切れない気がする。
「ウル…そんな難しい顔をして…何考えてるんだい…？」
「……え？ギル王子の事…？」
「なるほど…これが恋ってぇやつかい…？」
「いや違うよ」
仕方ないので役立たずになった箱ことラジオもどきを捨て置き、パーミーの案内でゴールを目指すウルリッカ。
その後は、色々あった。
本当に、色々あった。
一言では言い表せない旅だった。
何故中略か、と言うとウルリッカの夢があまりにもカオス過ぎて彼女が起きたと同時に詳細を忘れてしまう程だったからである。
夢の中現れたヒギリが「ファイナルトマトデストロイ内巻きへた！」と言う、どこから来たか分からないワードセンスの技名を叫んで何故か敵対した末ウルリッカにトマトに似たカラーボールを投げる技を繰り出して来たのでパーミーとそれを迎え撃った事は覚えている。何故そんな接戦を繰り広げたのか、その際パーミーの蓋が外れた。
夢の中現れたジョンの眉毛が秒速数センチの勢いでいきなり伸び始めてあの長い前髪すらついには追い越してしまって剰え何故か引火したのを見届けたところまでは覚えている。その時引火したジョンに近付き過ぎたせいで、パーミーは一瞬にして十歳くらいは歳をとった様な乾燥顔を見せた。
夢の中現れたアキヒロが何故か髪に物凄い量の簪を挿しておりハリネズミの様になっても更に挿そうとしていたのを横目で見たのは覚えている。パーミーはノーコメントだった。
そして夢の中現れたロードに狐耳が生えていて赤い隈取をしており、首から上だけならまるで東國の妖怪の様で格好良かったが何故か下はピンクのバレリーナな格好な上、股間から生えていたのは白鳥の首ではなくフラミンゴだったのは覚えている。やっぱりパーミーはノーコメントだった。
そして夢の終わり。
ウルリッカの腕の中で、パーミーは静かに息を引き取ろうとしていた。
「パーミー！パーミー…！」
「ふふ…そんな悲しい顔…するんじゃないぜ…？」
「でも、でも…！パーミーが…！」
「…ウル、俺の話を聞いてくれるかい…？」
「うん…！うん…！聞くよ…！」
パーミーは嬉しそうに笑うと口を開いた。
「実は…黙っていたが俺ァ……お前の持っている油性ペンだったのさ…」
展開的にそうだろうな。とウルリッカは正直思ったが、とんでもない秘密を暴露してやったと言わんばかりの顔をしているパーミーの事を考えたらそうも言えず思わず口を噤む。
「お前が…結社に入社した時……ボールペンと間違えて買った油性ペンが…俺さ…！」
「あ、その時の」
「良いかよく聞け、ウルリッカ…！」
パーミーは最後の力を振り絞って、ニヒルな顔しかしなかった彼はとびきりの笑顔を見せた。
「油性ペンは…蓋をしなきゃ……乾くんだ…ぜ…」
──そしてパーミーは安らかな笑みのまま、糸が切れた様にふっと力無くウルリッカに身を預けた。
「パァァァァァミィィィィィイ！！」
何だかよく分からないが謎に壮大な音楽と光に包まれ、ウルリッカは現実世界へと戻って行った。
「ん？」
夢から覚めたその時、相変わらず午前五時だった。いつもの起きる時間だ。変な夢を見てもこのサイクルが乱れない辺り彼女らしいと言えば彼女らしい。
「夢…？」
ふと、テーブルの上にペンが置いてある事に気付く。何気に手に取って蓋を取り、近くにあったメモに走らせてみる。乾いているのかカッサカサな線しか引けない、むしろインクが出ていないそれこそがパーミーの正体なのだと何となくウルリッカは理解した。
「それはまたとんちきな夢やなぁ」
ウルリッカの話を聞き、ガートが「その夢を見る精神状態を解析出来ません」と言わんばかりに呟いた。
「とんちき…？」
「…何キラキラした目ぇしてんねや。言っとくけどトンカツとちゃうで！？トンテキともちゃうからな！」
「なーんだ」
任務後、少し怪我をしたので医療班に顔を出しに来ていたエドゥアルトとウルリッカ。お付きにシリルとガートを連れてきた二人だが、ミアが消毒液を取りに行っている間急に暇になったそしてふとウルリッカはふと夢の話をし出したのだ。おかしな内容を明かしてガートに突っ込まれたのが今である。
「しかしあの色男も前線駆除の天然娘に掛かればただの変態バレリーナになるとかおもろい話やで」
人間のユーモアが分かるのか、ケラケラ笑うガートの横でウルリッカの背に合わせて屈んだシリルがこっそりと「ロードの事よね？」と耳打ちする。ウルリッカがこくんと頷くと、シリルもガートと同じ様に笑った。
「嫌ねぇ…ウルちゃんにはロードがどんな風に見えてるのかしら？」
「うーん…狐さんは狐さん…の筈…」
「その割には随分と変な格好で夢に現れたわねぇ」
「ロード…？ああ、人事部の無茶苦茶なスーツのマーシュさんか…」
エドゥアルトはケンズとランツの境に急いでくれと人事部に言われ向かった先で目にした光景を思い出し乾いた笑みを浮かべた。あの日、彼の目の前に広がったのは血塗れのスーツの男。前線駆除班でも無い、デスクワークイメージな男の痛ましい姿を思い出していた。少しだけ、本当に少しだけ彼は敬愛するユウヤミ先輩に似ている気がする。髪の毛は彼の方がワカメっぽく無いが。
第一印象はそんな感じでデスクワーク向きのお兄さんかと思っていたら機械人形相手にひと暴れもふた暴れもしていたので人は見掛けに寄らないと学んだ件だった。
「しかし、何であの人が夢の中でそんな奇怪な格好で現れたんでしょうね？」
「んー…でも、ジョンも変だった。急に眉毛伸びてきたし。あ、ところでエドゥ。これの復活法知ってる？」
夢と言えば。ウルリッカにとって一番忘れてはならないのがパーミーの存在だった。そしておそらく現実のパーミーであろう芯の乾いた油性ペンを不安げな顔で取り出す。その顔には「どうせ復活させる方法なんて無いんだろうな」と書いてあった。
「あー…知ってますよ？油性ペンの復活法…」
「えっ」
「この蓋に除光液やアルコール、エタノールとかそう言う系をちょっと注いで蓋して十分くらい置いとくんですよ。インク切れでも無いのに乾きで使えなくなる時って、それらに含まれるアセトンって物質でペン先を溶かしてやるとまた復活するんですよ」
「エドゥちゃん、博識やなー」
「へへっ、まぁね」
エドゥアルトは、憧れのユウヤミ先輩に近付きたくてたまたま雑学を増やしていただけかもしれない。しかし、良い感じに欲しい情報と彼の知識が合致した時、ウルリッカは心底嬉しそうな顔を見せたのだった。
「お待たせしましたー！ウルちゃん！消毒しましょうね！」
「ねぇミア、エタノール借りて良い？」
「ん？今一応手元にあるけど…何に使うの？」
「…パーミーを蘇生する…」
蓋に液を少し垂らし、そのまま蓋をして十分置く。消毒が終わって報告書を纏めた頃、ウルリッカはどきどきしながら蓋をキュポンと開けた。
メモを取り出し、ペンの先端を押し付け走らせてみる。カサカサな線しか引けなかったそれは、ウルリッカの想像以上に綺麗な線を描いた。
「…！！パーミー…！！」
メモには黒々と「ウルリッカ・マルムフェ」の文字が浮かんだ。
斯くしてパーミーは元気な姿で無事ウルリッカの手に戻って来たのだった。壮大な夢の旅はちょっと変な結社の仲間が出て来たけど、面白かったしパーミーは無事元に戻ったし、ウルリッカは満足気に今日も油性ペンの使い所を探している。
今やしっかり小さな悪魔 の悪戯道具と化している気がするが、おそらくそれでも今度こそ蓋を閉めるのを忘れずに使ってもらえてパーミーは幸せなのだと思われる。
雪ではなく霧で覆われた中をウルリッカは１人歩き続ける。
周囲は何も匂いがしない。風も吹かない。気温は暑くもなく寒くもないけれど、何だか空気がまとわりついてくるようで待ってこの状況前にもあったな。そうそう、この土とも雪とも違う変な感触の白い床のようであり床ではないよく分からない地面、覚えがある。
「あれ…？何か、これ…」
ふと、何らかの気配を感じてウルリッカは足を止めて眉を顰める。
真っ白な霧の奥に姿は見えないけれど何かがいる様な気がして。咄嗟的に銃を構えようとして、己が丸腰であることに気付く。
と、ここまでやってこれが初夢で見た変なシチュエーションの夢の始まりと酷似している事に気が付いた。どうやらあの不可思議な世界にまた迷い込んでしまったらしい。
都市伝説として夢の世界の話は色々と語り継がれている。その中には、同じ世界観の夢を何回も見てしまう人の話があったが、自分のこれも正にそんな感じで笑ってしまう。
「だとしたら…またこの世界の隊長やヨダカに会えるかな？」
自分の頭の中の世界とは言え、ユウヤミやヨダカに会えるのならこんなに心強い事はない。それが初夢で見た、ヴォイドの様にたゆんっと擬音が付きそうな大きさの胸のお姫様ドレスのユウヤミと言う多少おかしな姿だとしても、それでもユウヤミはユウヤミだ。
「隊長、ヨダカ…どこ…？」
これが初夢と同じ世界なら二人もどこかに居るはず。見知った人に早く会いたいウルリッカは足早に進む。足早にし過ぎて少し疲れてしまった。夢の中でも疲れるのね、なんて思いながら丁度良い目印の様に現れた細い棒のようなものに近付き体を凭れる。そして少しだけうとうとし始めた。夢の中でもうとうとしてしまうのね、と一瞬考えて自分を呼ぶ声が聞こえる事に気が付いた。
「ん……？」
耳を澄ませてみる。自分の名前を誰かが呼んでいる。
「ウル……カ……ウ……リッカ……」
「誰…？どこから聞こえるの？」
誰かが名前を呼んでいる。ウルリッカはキョロキョロしながら声の主を探した。しかし、この柱以外特に物もなければ動物の気配も無い。ウルリッカは気配なく呼び続ける声の主にオロオロしながら慎重に周囲に気を配った。
「誰？誰なの？私を呼んでるの、誰？」
しかし、相変わらず声の主は現れない。何だろうこの現象は、と思いつつ愛用の銃の無い心細さもあり、ウルリッカは凭れていた棒を触る。すると、先程までびくともせず地面に突き刺さっていた棒が少しだけ隙間が出来たのか動いたのだ。ウルリッカは地面からそれを引っこ抜く。鉄パイプの様に振り回して使えそうなそれが抜けた事に少し満足しつつ周囲を見回すと、声の主が少しずつ近付いてきているのが分かった。
「誰？どこに居るの？」
すると、すぐ真後ろから声がした。
「俺ぁ…ここだぜ…？」
「わぁぁぁぁぁぁぁあ！！」
急に現れた声の主に驚き、手に持った棒を奮おうと強く握る。しかし、さっきまであった筈の棒が忽然と消えておりウルリッカは更にパニックになった。
「うわぁぁぁぁあ！さっきまで手にあった棒もない！！」
思わず丁寧に状況を説明する口調になりながら後ろを振り向くウルリッカ。すると、やたらと渋い顔が見えた。
「やっとこっち向いてくれたな…ウルリッカ…」
そしてそれはやたら渋い良い声をしていた。
「い、良い声…」
思わずそう口に出してしまう程良い声で、何だか海外の映画の吹き替えの様にやたら溜めた感じの喋り方をするそれは、よくよく見たら棒状の体に渋い顔を貼り付け、どう言う理屈か細い手足をくっ付けたものだった。小さい頃よく自由帳に落書きしていた棒人間の手足によく似ていた。
「よぉ、ウルリッカ…」
「よ、よぉ…え、誰？」
「俺かい…？俺は…permanent markerさ…」
「発音良過ぎて」
「人は俺を…パーミーと呼ぶぜ…？」
「パーミー…」
リアルな渋い顔を貼り付けた、やけに渋く良い声で喋る棒状のそれはパーミーと名乗った。まだユウヤミやヨダカと会えたわけではないが、不思議と不安は消え去り、何故か親近感を感じるパーミーと一緒に行動をしても問題ないだろうとウルリッカは思う。
「私はウルリッカ・マルムフェ」
「知ってるぜ…？俺ァ、お前の事なら結社に入った時から知ってるぜ…？」
「何で限定的？」
「とにかくだ、ウル。お前さん、この夢から出たいんじゃあ無いのかい？俺なら道案内…出来るぜ…？」
「本当？」
「ああ、本当さ…俺が一度だってお前に嘘ついた事…あったかい？」
あれ？この展開、映画とかでよく観る。実は主人公が忘れてしまった思い出にいた彼が居て、その彼はいつだって味方でいてくれたとかそんな感じの。ありきたりと言えばありきたりだけれど。ならば彼はもしかして過去に何らかの形で会った事がある？
そう思って即座に考えを改めた。だってこんな渋い顔で全身が棒、どう言う理屈で動いているか分からない子供のらくがきの様な手足で歩き回るこの謎の生き物とはどんなに記憶を探っても出会った思い出がない。
「いや、初対面だし…」
「そうさ…俺達ァ、初対面だ…！」
「なら何で「俺が嘘ついた事あったか」なんて過去を匂わせる事言ったの？」
「ふふ…見な、ウルリッカ…この果てしない曇天を…」
夢の中が曇天だった為、パーミーの誤魔化しも何だかパッとしない。まあ、悪い奴じゃないみたいだし、夢の中だし一緒に行動してみよう。
「どこ行けば良いの？パーミー」
「ウル、俺についてきな…とりあえず最初に行かなきゃなんねぇのは…あっちだ」
指差されてもそこには深く濃く白い霧が立ち込めるだけ。ウルリッカが何も考えずその先へ進もうとすると「おっと、待ちな」とパーミーが止めに入る。
「どうしたの？」
「お前に渡すもんがあるんだ…敵の存在を知らせてくれるアイテムだ…」
「敵…！？」
「そうさ…ウルが目を覚ませばこの世界は終わっちまう…それを嫌がる奴らがな、お前を夢から覚ますまいとしてるのさ…」
それもそうか、と思いつつ一気にシリアスになったな、と思いつつ。霧が立ち込めてて敵が居るって何かの作品にありそうなシチュエーションだな、とも思った。
「ほら、これを…」
「何これ…」
ウルリッカが手渡されたのは、子供の落書きが具現化した様な不格好な箱だった。そして箱にはミミズが這った様な字で「ラジオ」と書いてあった。
「ラジオさ…！！」
「いや、箱だよ」
「そいつが鳴ったら要注意さ…敵が近付くと教えてくれるぜ…？」
「ほう…」
霧深い世界に蠢く敵、ラジオで存在を知るなんてどっかのゲームにありそうな設定の様だ。そう言えばその昔、まだ
しかし、受け取った瞬間から自称『ラジオ』はピーピーガーガー鳴っているのかだがこれはどう言う事だろう？
「ねぇパーミー…このラジオ？は何に反応して鳴ってるの？」
「そいつかい…？そいつは…夢で生まれた夢の住人全てさ…つまり、お前以外ってぇ事だな…！」
「………」
そこまで聞いてウルリッカはその『ラジオ』を派手に投げ付けツッコみたくなった。
「それパーミーが横にいる限りうるさく鳴り続けるって事じゃん！！」と。そしてその瞬間ギルバートを思い出した。ギル王子ならきっと即座に切れ味鋭いツッコミを入れてくれる筈だ。だって経理部の唯一ツッコミとはギル王子の事だから。
ギャリーはどう足掻いてもツッコミに回らない気がする。いや、回る事もあるだろうがギルバートの前ではその要素は消えてしまう気がする。
それだけギルバートと言う人間のツッコミ力は強い。ギャリーのツッコミ力が目視で一万とかだとしたら、ギルバートのツッコミ力はきっと五十三万くらいだ。同様の理由でアルヴィもツッコミになり切れない気がする。
「ウル…そんな難しい顔をして…何考えてるんだい…？」
「……え？ギル王子の事…？」
「なるほど…これが恋ってぇやつかい…？」
「いや違うよ」
仕方ないので役立たずになった箱ことラジオもどきを捨て置き、パーミーの案内でゴールを目指すウルリッカ。
その後は、色々あった。
本当に、色々あった。
一言では言い表せない旅だった。
何故中略か、と言うとウルリッカの夢があまりにもカオス過ぎて彼女が起きたと同時に詳細を忘れてしまう程だったからである。
夢の中現れたヒギリが「ファイナルトマトデストロイ内巻きへた！」と言う、どこから来たか分からないワードセンスの技名を叫んで何故か敵対した末ウルリッカにトマトに似たカラーボールを投げる技を繰り出して来たのでパーミーとそれを迎え撃った事は覚えている。何故そんな接戦を繰り広げたのか、その際パーミーの蓋が外れた。
夢の中現れたジョンの眉毛が秒速数センチの勢いでいきなり伸び始めてあの長い前髪すらついには追い越してしまって剰え何故か引火したのを見届けたところまでは覚えている。その時引火したジョンに近付き過ぎたせいで、パーミーは一瞬にして十歳くらいは歳をとった様な乾燥顔を見せた。
夢の中現れたアキヒロが何故か髪に物凄い量の簪を挿しておりハリネズミの様になっても更に挿そうとしていたのを横目で見たのは覚えている。パーミーはノーコメントだった。
そして夢の中現れたロードに狐耳が生えていて赤い隈取をしており、首から上だけならまるで東國の妖怪の様で格好良かったが何故か下はピンクのバレリーナな格好な上、股間から生えていたのは白鳥の首ではなくフラミンゴだったのは覚えている。やっぱりパーミーはノーコメントだった。
そして夢の終わり。
ウルリッカの腕の中で、パーミーは静かに息を引き取ろうとしていた。
「パーミー！パーミー…！」
「ふふ…そんな悲しい顔…するんじゃないぜ…？」
「でも、でも…！パーミーが…！」
「…ウル、俺の話を聞いてくれるかい…？」
「うん…！うん…！聞くよ…！」
パーミーは嬉しそうに笑うと口を開いた。
「実は…黙っていたが俺ァ……お前の持っている油性ペンだったのさ…」
展開的にそうだろうな。とウルリッカは正直思ったが、とんでもない秘密を暴露してやったと言わんばかりの顔をしているパーミーの事を考えたらそうも言えず思わず口を噤む。
「お前が…結社に入社した時……ボールペンと間違えて買った油性ペンが…俺さ…！」
「あ、その時の」
「良いかよく聞け、ウルリッカ…！」
パーミーは最後の力を振り絞って、ニヒルな顔しかしなかった彼はとびきりの笑顔を見せた。
「油性ペンは…蓋をしなきゃ……乾くんだ…ぜ…」
──そしてパーミーは安らかな笑みのまま、糸が切れた様にふっと力無くウルリッカに身を預けた。
「パァァァァァミィィィィィイ！！」
何だかよく分からないが謎に壮大な音楽と光に包まれ、ウルリッカは現実世界へと戻って行った。
「ん？」
夢から覚めたその時、相変わらず午前五時だった。いつもの起きる時間だ。変な夢を見てもこのサイクルが乱れない辺り彼女らしいと言えば彼女らしい。
「夢…？」
ふと、テーブルの上にペンが置いてある事に気付く。何気に手に取って蓋を取り、近くにあったメモに走らせてみる。乾いているのかカッサカサな線しか引けない、むしろインクが出ていないそれこそがパーミーの正体なのだと何となくウルリッカは理解した。
「それはまたとんちきな夢やなぁ」
ウルリッカの話を聞き、ガートが「その夢を見る精神状態を解析出来ません」と言わんばかりに呟いた。
「とんちき…？」
「…何キラキラした目ぇしてんねや。言っとくけどトンカツとちゃうで！？トンテキともちゃうからな！」
「なーんだ」
任務後、少し怪我をしたので医療班に顔を出しに来ていたエドゥアルトとウルリッカ。お付きにシリルとガートを連れてきた二人だが、ミアが消毒液を取りに行っている間急に暇になったそしてふとウルリッカはふと夢の話をし出したのだ。おかしな内容を明かしてガートに突っ込まれたのが今である。
「しかしあの色男も前線駆除の天然娘に掛かればただの変態バレリーナになるとかおもろい話やで」
人間のユーモアが分かるのか、ケラケラ笑うガートの横でウルリッカの背に合わせて屈んだシリルがこっそりと「ロードの事よね？」と耳打ちする。ウルリッカがこくんと頷くと、シリルもガートと同じ様に笑った。
「嫌ねぇ…ウルちゃんにはロードがどんな風に見えてるのかしら？」
「うーん…狐さんは狐さん…の筈…」
「その割には随分と変な格好で夢に現れたわねぇ」
「ロード…？ああ、人事部の無茶苦茶なスーツのマーシュさんか…」
エドゥアルトはケンズとランツの境に急いでくれと人事部に言われ向かった先で目にした光景を思い出し乾いた笑みを浮かべた。あの日、彼の目の前に広がったのは血塗れのスーツの男。前線駆除班でも無い、デスクワークイメージな男の痛ましい姿を思い出していた。少しだけ、本当に少しだけ彼は敬愛するユウヤミ先輩に似ている気がする。髪の毛は彼の方がワカメっぽく無いが。
第一印象はそんな感じでデスクワーク向きのお兄さんかと思っていたら機械人形相手にひと暴れもふた暴れもしていたので人は見掛けに寄らないと学んだ件だった。
「しかし、何であの人が夢の中でそんな奇怪な格好で現れたんでしょうね？」
「んー…でも、ジョンも変だった。急に眉毛伸びてきたし。あ、ところでエドゥ。これの復活法知ってる？」
夢と言えば。ウルリッカにとって一番忘れてはならないのがパーミーの存在だった。そしておそらく現実のパーミーであろう芯の乾いた油性ペンを不安げな顔で取り出す。その顔には「どうせ復活させる方法なんて無いんだろうな」と書いてあった。
「あー…知ってますよ？油性ペンの復活法…」
「えっ」
「この蓋に除光液やアルコール、エタノールとかそう言う系をちょっと注いで蓋して十分くらい置いとくんですよ。インク切れでも無いのに乾きで使えなくなる時って、それらに含まれるアセトンって物質でペン先を溶かしてやるとまた復活するんですよ」
「エドゥちゃん、博識やなー」
「へへっ、まぁね」
エドゥアルトは、憧れのユウヤミ先輩に近付きたくてたまたま雑学を増やしていただけかもしれない。しかし、良い感じに欲しい情報と彼の知識が合致した時、ウルリッカは心底嬉しそうな顔を見せたのだった。
「お待たせしましたー！ウルちゃん！消毒しましょうね！」
「ねぇミア、エタノール借りて良い？」
「ん？今一応手元にあるけど…何に使うの？」
「…パーミーを蘇生する…」
蓋に液を少し垂らし、そのまま蓋をして十分置く。消毒が終わって報告書を纏めた頃、ウルリッカはどきどきしながら蓋をキュポンと開けた。
メモを取り出し、ペンの先端を押し付け走らせてみる。カサカサな線しか引けなかったそれは、ウルリッカの想像以上に綺麗な線を描いた。
「…！！パーミー…！！」
メモには黒々と「ウルリッカ・マルムフェ」の文字が浮かんだ。
斯くしてパーミーは元気な姿で無事ウルリッカの手に戻って来たのだった。壮大な夢の旅はちょっと変な結社の仲間が出て来たけど、面白かったしパーミーは無事元に戻ったし、ウルリッカは満足気に今日も油性ペンの使い所を探している。
今やしっかり
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