揺れ動くこんな私／燐花
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rinka_creation 2021年09月16日(木) 17:28:36履歴
暗雲 
るんるんっと言う擬音が似合うそんな足取りでヒギリは紙袋を手に歩いていた。彼女の横には背の高いスラリとしたシルエットの男性。ヒギリは男性の方を見て嬉しそうににこりと笑った。
「これが簡単で美味しい組み合わせのレシピになっちゃうなんて…本当ノエさんは天才だねっ！」
スラリとしたシルエットの男性こと機械人形のノエはそんなヒギリに同じ様ににこりと微笑み返す。
「ありがとうございます。私はその為に生まれた機械人形ですからね」
人によってはまるで悲観めいた言葉の選びにも聞こえるのでは無いかと言うノエの返事。しかしヒギリはと言うと呑気な物で、そんなノエの返事を聞いてキラキラと目を輝かせた。
「流石！！一芸に秀でた機械人形さんって本当凄いよねー！！尊敬しちゃう！」
「おや？そうですかね？」
「そうだよ！本当凄い、いつもあんなに美味しい献立とか考えて料理も作っちゃって…私無人島行くならノエさん連れてくよ、うん」
ヒギリの本気なんだか冗談なんだかいまいち掴みづらい言葉にノエは機械人形らしからぬ吹き出すような笑いを見せると、少し重そうにヒギリが重ねる様に持っていた果物の包みを手に取り、代わりに持ってやった。
「ノエさん！？重いよ！？」
「ええ、だから私が持つんです」
「で、でも…ノエさんの繊細な指に傷が付いたらいかんよ…」
「おや？お忘れですか？ヒギリさん。私は機械人形なのです。機械人形は何も、一芸に秀でた者はそれしか出来ないと言うわけではありません。重い物を疲労を感じず持てるくらいの丈夫さは皆備わっている物です」
そう言って荷物を少し受け取ると、ヒギリは本当に重かったのか嬉しそうに笑みを向けた。その笑顔はいつものヒギリのものだが、こう言う時の無意識にすら現れるそれ をノエは少し心配していた。
今、ヒギリはノエより重たい荷物を持っていた。彼が機械人形であると忘れていたわけではなく、それ以上に「ノエは自分より料理が上手」で「給食部では彼の腕が求められる」事実の方を重く感じ、「だったら替えの利く自分なら多少腕を壊しても大丈夫」と思ったのだ。
ヒギリの過去は、タイガから断片的に聞いて知っている。きっと調理場の人間しか見た経験の無い自分が見た事もない様なあらゆる感情が渦巻く環境の中でヒギリは頑張って来たのだろう。しかしその経歴がそうさせるのか、ヒギリは時折自分を酷く後回しにする癖がある様な気がした。
欠けるなら自分が一番全体にダメージを与えない。
そう軽んじている節がある。
「ヒギリさん」
「なぁに？」
「私は…ヒギリさんの笑顔は何物にも変え難いものだと思っています」
ノエがそう言って笑うと、ヒギリも嬉しそうに笑った。二人で荷物を持って道を歩く。
テロ以降、機械人形は単体で歩くのが前より難しくなった。勿論、テロが始まる前も持ち主不在の状態で機械人形はそんなに出歩いてはいなかった。しかし、今は以前にも増して機械人形の肩身が狭くなった。機械人形汚染のメカニズムをしっかり理解しようとせず、ただただ「機械人形は悪し」として迫害の目で見る人間は増えたからだ。彼等は時に過激派と呼ばれる。理由は、汚染されているいないに関わらず機械人形と見れば襲撃するからだ。そんな人間も増えた中、いつまでも変わらないこの笑顔にノエはありがたみを感じる。
「ノエさん！トマトとサバのチーズ焼き早速給食部で作ってみようよ！絶対この味好きな人いるよ！」
「そうですね。魚を好きな人は本当によく食べますからね。焼くだけでなく、美味しく野菜とアレンジしたいところですね」
「うん！ノエさんのレシピならきっと食堂の定番メニューになるよー！」
楽しみー！と笑顔を見せるヒギリ。ノエも優しく微笑んで結社に戻ろうと駅の改札が見える距離まで歩んだ時。二人の元へ近付く足音は小走りの慌ただしさに変わった。
「ヒギリ！！」
「ふえ？」
「ヒギリ！ヒギリだよね！？会いたかった！」
突如として目の前に現れた女性は、こちらに歩みを進めながら帽子を取り、掛けていたサングラスを外す。纏めた長い髪を帽子に入れていたからか、解放された瞬間手入れの行き届いたその金色の髪は季節外れの向日葵の様に大輪の花を咲かせた。
ヒギリは一瞬目を丸くし混乱していた様だが、やがて状況を把握すると引き攣った様な笑みを一瞬だけ見せ、そしてまたいつもの様に笑った。
「ソフィア…」
ヒギリの口から溢れた名前を聞き、ノエは彼女の顔と名前を一致させようとメモリ内を探る。そして主人 であるタイガが見せてくれた雑誌に居た顔だと思い出した。しかも彼女は、センターで笑っていた筈だ。タイガが嬉々として見せてくれたのは今と雰囲気が違う当時のヒギリの方だが、目立っていたのは彼女 の方だ。
「こんなところで会えるなんて嬉しい！ディーヴァの時、最後ら辺は上手く一緒の仕事入れてもらえなくてちょっと離れて仕事してたもんねー！」
「う、うん。そうだね」
「うわー！ますます可愛くなったねヒギリ！ディーヴァの時はマネージャーからの指示でずっとお下げでメッシュも入ってなかったし衣装も制服みたいなの多かったもんね！赤メッシュ似合うじゃん！ヒギリらしいって言うか、ヒギリの好きな格好してる今の方が私は好きよ」
「ありがとう。ソフィアはこの間グラビアで表紙か何かやってたよね…？」
「見てくれたの！？うん！やっと登竜門で表紙飾れたの！」
嬉しそうに話しているソフィア。
言葉を選んでいるヒギリ。
そう見えて、ノエは少し心配そうに二人を眺めていた。
「そちらは…機械人形なの？」
ソフィアに声を掛けられノエも彼女の方を見てにこりと笑う。彼女が機械人形に対して嫌悪を持っていなければ良いが、そんな心配など必要ないと言わんばかりにソフィアはあっけらかんとしていた。
「ええ、ヒギリさんの同僚のノエと申します」
「初めまして！ソフィア・マーテルと申します！ヒギリとは昔からの馴染みで」
ソフィアの自己紹介にノエはハッとした。今メディアのあらゆる場で露出している女性であるにも関わらず、彼女はその立場を鼻にかけない。芸能人であるソフィアでなく、一人の人間ソフィア・マーテルとして笑う彼女にノエも少しだけ警戒を解いた。反対に、ヒギリの顔色はどんどん悪くなっていく。
「ヒギリの同僚さん？って事は、マルフィ結社さんに居る機械人形なんですね！？」
「ええ、同じ給食部所属なんですよ」
「給食部！？ヒギリ、昔から美味しいもの作るの上手だったもんねー！そっか…今色んな人がヒギリの美味しいご飯食べてるんだぁ…！」
「ええ、ヒギリさんが調理担当の日は元より、ヒギリさんが受付の日も皆喜んで給食部に足を運んでくれますよ。ヒギリさんの人当たりの良さに皆心安らぐのだと思います。…おっと、仕事面の話はご本人とされた方が良いですかね。積もる話もあるでしょうに、お二人の仲を知りながら私が話し過ぎてもいけません」
口を開かず、蚊帳の外の様になってしまったヒギリを気遣ったノエだが、ヒギリの引き攣った様な青い顔から発せられる笑みはとうとう変わらなかった。
「これが簡単で美味しい組み合わせのレシピになっちゃうなんて…本当ノエさんは天才だねっ！」
スラリとしたシルエットの男性こと機械人形のノエはそんなヒギリに同じ様ににこりと微笑み返す。
「ありがとうございます。私はその為に生まれた機械人形ですからね」
人によってはまるで悲観めいた言葉の選びにも聞こえるのでは無いかと言うノエの返事。しかしヒギリはと言うと呑気な物で、そんなノエの返事を聞いてキラキラと目を輝かせた。
「流石！！一芸に秀でた機械人形さんって本当凄いよねー！！尊敬しちゃう！」
「おや？そうですかね？」
「そうだよ！本当凄い、いつもあんなに美味しい献立とか考えて料理も作っちゃって…私無人島行くならノエさん連れてくよ、うん」
ヒギリの本気なんだか冗談なんだかいまいち掴みづらい言葉にノエは機械人形らしからぬ吹き出すような笑いを見せると、少し重そうにヒギリが重ねる様に持っていた果物の包みを手に取り、代わりに持ってやった。
「ノエさん！？重いよ！？」
「ええ、だから私が持つんです」
「で、でも…ノエさんの繊細な指に傷が付いたらいかんよ…」
「おや？お忘れですか？ヒギリさん。私は機械人形なのです。機械人形は何も、一芸に秀でた者はそれしか出来ないと言うわけではありません。重い物を疲労を感じず持てるくらいの丈夫さは皆備わっている物です」
そう言って荷物を少し受け取ると、ヒギリは本当に重かったのか嬉しそうに笑みを向けた。その笑顔はいつものヒギリのものだが、こう言う時の無意識にすら現れる
今、ヒギリはノエより重たい荷物を持っていた。彼が機械人形であると忘れていたわけではなく、それ以上に「ノエは自分より料理が上手」で「給食部では彼の腕が求められる」事実の方を重く感じ、「だったら替えの利く自分なら多少腕を壊しても大丈夫」と思ったのだ。
ヒギリの過去は、タイガから断片的に聞いて知っている。きっと調理場の人間しか見た経験の無い自分が見た事もない様なあらゆる感情が渦巻く環境の中でヒギリは頑張って来たのだろう。しかしその経歴がそうさせるのか、ヒギリは時折自分を酷く後回しにする癖がある様な気がした。
欠けるなら自分が一番全体にダメージを与えない。
そう軽んじている節がある。
「ヒギリさん」
「なぁに？」
「私は…ヒギリさんの笑顔は何物にも変え難いものだと思っています」
ノエがそう言って笑うと、ヒギリも嬉しそうに笑った。二人で荷物を持って道を歩く。
テロ以降、機械人形は単体で歩くのが前より難しくなった。勿論、テロが始まる前も持ち主不在の状態で機械人形はそんなに出歩いてはいなかった。しかし、今は以前にも増して機械人形の肩身が狭くなった。機械人形汚染のメカニズムをしっかり理解しようとせず、ただただ「機械人形は悪し」として迫害の目で見る人間は増えたからだ。彼等は時に過激派と呼ばれる。理由は、汚染されているいないに関わらず機械人形と見れば襲撃するからだ。そんな人間も増えた中、いつまでも変わらないこの笑顔にノエはありがたみを感じる。
「ノエさん！トマトとサバのチーズ焼き早速給食部で作ってみようよ！絶対この味好きな人いるよ！」
「そうですね。魚を好きな人は本当によく食べますからね。焼くだけでなく、美味しく野菜とアレンジしたいところですね」
「うん！ノエさんのレシピならきっと食堂の定番メニューになるよー！」
楽しみー！と笑顔を見せるヒギリ。ノエも優しく微笑んで結社に戻ろうと駅の改札が見える距離まで歩んだ時。二人の元へ近付く足音は小走りの慌ただしさに変わった。
「ヒギリ！！」
「ふえ？」
「ヒギリ！ヒギリだよね！？会いたかった！」
突如として目の前に現れた女性は、こちらに歩みを進めながら帽子を取り、掛けていたサングラスを外す。纏めた長い髪を帽子に入れていたからか、解放された瞬間手入れの行き届いたその金色の髪は季節外れの向日葵の様に大輪の花を咲かせた。
ヒギリは一瞬目を丸くし混乱していた様だが、やがて状況を把握すると引き攣った様な笑みを一瞬だけ見せ、そしてまたいつもの様に笑った。
「ソフィア…」
ヒギリの口から溢れた名前を聞き、ノエは彼女の顔と名前を一致させようとメモリ内を探る。そして
「こんなところで会えるなんて嬉しい！ディーヴァの時、最後ら辺は上手く一緒の仕事入れてもらえなくてちょっと離れて仕事してたもんねー！」
「う、うん。そうだね」
「うわー！ますます可愛くなったねヒギリ！ディーヴァの時はマネージャーからの指示でずっとお下げでメッシュも入ってなかったし衣装も制服みたいなの多かったもんね！赤メッシュ似合うじゃん！ヒギリらしいって言うか、ヒギリの好きな格好してる今の方が私は好きよ」
「ありがとう。ソフィアはこの間グラビアで表紙か何かやってたよね…？」
「見てくれたの！？うん！やっと登竜門で表紙飾れたの！」
嬉しそうに話しているソフィア。
言葉を選んでいるヒギリ。
そう見えて、ノエは少し心配そうに二人を眺めていた。
「そちらは…機械人形なの？」
ソフィアに声を掛けられノエも彼女の方を見てにこりと笑う。彼女が機械人形に対して嫌悪を持っていなければ良いが、そんな心配など必要ないと言わんばかりにソフィアはあっけらかんとしていた。
「ええ、ヒギリさんの同僚のノエと申します」
「初めまして！ソフィア・マーテルと申します！ヒギリとは昔からの馴染みで」
ソフィアの自己紹介にノエはハッとした。今メディアのあらゆる場で露出している女性であるにも関わらず、彼女はその立場を鼻にかけない。芸能人であるソフィアでなく、一人の人間ソフィア・マーテルとして笑う彼女にノエも少しだけ警戒を解いた。反対に、ヒギリの顔色はどんどん悪くなっていく。
「ヒギリの同僚さん？って事は、マルフィ結社さんに居る機械人形なんですね！？」
「ええ、同じ給食部所属なんですよ」
「給食部！？ヒギリ、昔から美味しいもの作るの上手だったもんねー！そっか…今色んな人がヒギリの美味しいご飯食べてるんだぁ…！」
「ええ、ヒギリさんが調理担当の日は元より、ヒギリさんが受付の日も皆喜んで給食部に足を運んでくれますよ。ヒギリさんの人当たりの良さに皆心安らぐのだと思います。…おっと、仕事面の話はご本人とされた方が良いですかね。積もる話もあるでしょうに、お二人の仲を知りながら私が話し過ぎてもいけません」
口を開かず、蚊帳の外の様になってしまったヒギリを気遣ったノエだが、ヒギリの引き攣った様な青い顔から発せられる笑みはとうとう変わらなかった。
嫌い、こんな私
「え？ヒギリ・モナルダ？貴女の名前？」
ソフィアに入れ込んで居たメインマネージャーは私の名前を見るなりそう言った。後に私に着いてくれたマネージャーは私の全てを肯定してくれたが、彼女は割りとソフィア以外全てを否定し自分のプロデュース下に置きたがるタイプだった。
「はい…そうですけど…」
「うーん、何と言うか、覚えづらいって言うか華のない名前よねぇ」
これだって言い方次第でどうにでもなる話だ。
芸能人と言う枠に居ようと思うなら、確かに名前の響きは覚えづらい物であるとは思う。でも、だったら人を嫌な気持ちにさせない伝え方だってあった筈だ。
「貴女の名前は珍しいから、敢えて芸名を付けた方が覚えてもらいやすいかもね。他のメンバーの子達とも字面でバランス取りやすいかもしれないし」
「何と言うか、浮くのよね。ヒギリもモナルダも」
後に私に着いてくれたマネージャーが気を遣って当たり障りのない言い方をしてくれたが、ソフィア贔屓のマネージャーが瞬時にそれを打ち消す。苗字も名前も浮く。そんな事言われたって、それは私のお母さんが付けてくれた大事な名前なのに。
「あ、あの…この名前なんてどうでしょう？」
「ふぅん…ま、良いんじゃない？でも、うーん…どうせならこんな感じに…」
私に着いてくれたマネージャーとソフィアを見ていた総括マネージャーがその場で五分程の話し合いで決めていたのは私の芸名だった。
「貴女、今日からローズ・マリーの芸名で活動なさい」
「ローズ・マリー？」
お花みたいなその名前が私は確かに好きだった。口こそ悪かったが、マネージャーのネーミングセンスは流石プロ、本当に悪くない。ローズ・マリーな私も嫌いじゃない。でも、その名前を名乗り始めて、ソフィアに何から何まで敵わない様を見せ付けられて、次第に私の中で「私自身」を見て欲しいと言う願いが膨らんで行った。
きっと私にはもっと出来る事がある。きっと私にはもっと評価される事がある。
意外にもそれに気付いてくれたのはソフィアだった。
「ヒギリの歌声、凄く通るよね！レコーディングする時いつもコンディション良いけど日頃どんなケアしてるの？」
まさかそんな風に褒められると思っておらず思わず右を見て左を見て、本当に自分が声を掛けられているのか確認したくらいだ。
「えっと…蜂蜜が喉に良いから、金柑の蜂蜜漬け作って食べたり…後、レコーディングの前日は特にお肉食べる様にしてるけど…」
「え！？お肉！？」
「うん、喉に油分って大事だから。後、脂肪分解成分が入ってるから烏龍茶を飲まない様にしてる」
「凄い…ヒギリって博識だね！私知らない事ばっかだったよ！」
ソフィアは私を褒めてくれた。私の練習の仕方や、レコーディングでの声出し、食生活。私が彼女に教えられる事があるんだと言う事も同時に嬉しかった。
さぞや順風満帆なのだろうと思っていたのだが、ソフィアはソフィアで彼女にしか分からない悩みはあった。皆でやるからとグループ活動していたのに、自分が一度大きく目立った事で方向性が変わって来た事。故にいつも孤立している事。
ソフィア本人に聞かなきゃ分からない孤独。彼女の寂しさ。それを癒せてあげたら良いのに。
「ヒギリってさ、ソフィアに取り入って仕事もらおうとしてんじゃない？」
そんな言葉が耳に入り、私は頭を鈍器で殴られた様な衝撃が走った。そんな事ある筈ない、そう言いたいのに、そう否定出来ない。彼女に親切にしていたらそう言う良い事が無いだろうかと確かに思った事はある。そして何より不動のセンター、ソフィア・マーテルの弱い姿を見、彼女が悩みを打ち明けるのが私と言う構図で得る優越感を感じて居ないと言ったら嘘になる。
私は、このグループに無くてはならない少女が頼ってくれる存在。そしてそれを実感し、心休まる時がある。
そう言う時、無性に鏡を見るのが嫌だった。
彼女に頼られてる時の私の本当の顔、とても汚く見える。人の弱味を見て、頼ってもらう事で満足感を得ているのが本当の私だとしたら。私はいつからこんなに「ありのまま」を見せづらい人間になったのだろう。「私自身」を見てもらいたい、なんて思っていたのに、今はそれを見せて人に嫌われないかが怖い。
ああ、だから ソフィアに勝てないんだ。
ディーヴァが解体と聞いて、少しホッとした自分が居た事に気が付いた。しかしすぐに考えを改めようとする。私はソフィアとは同じグループの友達だ、なんて自分に言い聞かせても、ソフィアと一緒の仕事が無くなった瞬間私の仕事が壊滅的に無くなったのを見て実感し、私は簡単に手の平を返した。やはり私は、私達はソフィアに寄生していただけだったのだと実感したら、ディーヴァの解体を惜しく感じた。
ホッとした何て考えは確かに改まった。でも、言い様のない虚しさが胸に残る。私はここで一体何を得たんだろう。
* * *
「こんなご時世だし、色んな企業とタイアップした復興促進のイベントをやろうって話してたんです！ヒギリが居てくれるなら心強いから、私マルフィ結社さんとお仕事したいな！」
ソフィアのその言葉にヒギリは自分でも分かる程嫌な顔をした。そして胸の奥から湧き上がる感情を、自分の力で止められない事に気が付いた。
やめて。全て手にしてる貴女が私に寄り掛からないで。何も持って居ない私が貴女に寄り掛かるのとは重みが違うのが分からないの？サングラスや帽子で隠さないと歩けないくらい芸能人として成功した貴女が私の横に並んだらこれ以上無いくらい惨めになる。ソフィアは誰もが気付く『ソフィア』。私は『ローズ』としてすらそんなに人から覚えてもらえなかった『ヒギリ』。そんな『ヒギリ』、誰も知らない。『ローズ・マリー』だった事すら知らない人の多い『ヒギリ』じゃ引き立て役にすらならないのに、貴女は私にこれ以上何を求めて、何を奪おうとしているの？
「…ヒギリ……？」
「ヒギリさん…」
ノエとソフィアが心配そうな、少し驚いた様な顔をヒギリに向ける。その瞬間、ヒギリは頭を過った醜い嫉妬と焦りを口に出してしまって居たと気が付いた。
「ヒギリ…あ、あのね、私…」
ソフィアが必死にそんなつもりがないのだとヒギリに弁明しようとする。しかし、ヒギリは最早そんな事どうでも良くて、ただこの嫉妬と焦りを誰かにぶちまけられればそれで良かった。
それを他でもない本人に向かって言えるのだから、尚更都合が良かった。
「来ないで。ソフィアが結社に来るなら私は辞めて出て行く」
「ヒギリ…！？」
「会いたくない。アイドルとして来るソフィアになんて、職場で会いたくない」
「ヒ、ヒギリ…私ね」
「やめて、もう何も喋らないで何も触らないでもう何も持って行かないで！！」
ソフィアに何かを奪われた、何てことないのに。勝手に焦って勝手に奪われた気になって。ディーヴァ×クアエダムでの活動だって運命の悪戯と言ってしまえばその通りだ。なのに、ソフィアが居なかった時のもしもを想像してまた嫉妬して。
「ヒギリ！」
気付けばヒギリは走り出して居た。
ソフィアには一生敵わない。理解しているつもりなのに、心が追い付いていない。自分の夢見たステージで成功している彼女が羨ましい。私はまだ彼女の足元にも及ばない知名度しか無いのに、実力も無いのに。頑張ってる、頑張ってるのに上手くいかない。いつ自分が望んだ自分になれるのか分からない。そもそも自分はどんな自分を望んでいるのか、最近はそれすら分からなくなった。
自分らしい格好をしたくてディーヴァに居た頃と違う格好をした。髪型だって違うし、メッシュも入れた。そうしたら、余計にディーヴァだった頃の私に気付く人が居なくなった。それで良い、安心して新たなスタートを切れる。そう思う反面、「誰か私が『ローズ・マリー』だと気付いてくれたらなぁ」なんて承認欲求もふつふつと湧いて来る。どっちを望んでいるのか分からない私。
『ヒギリ！ヒギリだよね！？会いたかった！』
そう言って自分を忘れないで居てくれる人の存在がどんなに嬉しいかだって分かっている筈なのに。ソフィアがすぐ気付いてくれて本当に嬉しかった筈なのに。「大衆には気付かれたい、けどあなた には気付かれたくない」なんて、いつからそんな歪んだ事を思う様になったんだろう？きっとこんな私だから上手くいかないんだ。
分かってる、もう分かってるんよ、そんな事。
「ヒギリさん」
一定の距離を保ちつつ着いてきてくれて居たノエに声を掛けられ、ヒギリは立ち止まる。このご時世、機械人形一体で居させてはいけない。分かっているのに投げ出してしまった。全部全部中途半端。上手く行かないのは人の所為？環境の所為？時代の所為？そもそも私はどうなりたいの？
混乱する頭で色々考え、とりあえず「ノエを置いて行きたくなかった」とそれだけは思い出した。
「ノエさん…」
「ソフィアさんなら大丈夫ですよ。貴女を追い掛けたそうでしたが、その役目を私に預けて下さいました」
「…ノエさん、ノエさん…」
「…帰れますか？大丈夫ですか？ヒギリさん」
ヒギリはノエに抱き付くとわんわん声を上げて泣く。自分を全部認めてあげたいし、逆に全部否定したい。こんな私嫌い、こんな風になりたくなかった。どうしたら良いか分からない。一見すると矛盾した思いも全部含めて吐き出す様に、嗚咽混じりにヒギリは泣きじゃくった。ノエはそんなヒギリを優しく撫でると主人 であるタイガを思う。彼は貴女をずっと知っていましたよ。しかしそれを本人でも無いのに明かしてしまうのが果たして正しい事かノエには分からなかった。
一つだけ分かったのは、ヒギリは芸能人としての仕事もマルフィ結社での仕事もどちらも生き甲斐を見出している。しかし、結社の仕事にやり甲斐を感じれば感じる程結果の出せていないアイドルの仕事に焦り始める。「私に合っているのは結社の仕事だった」とあっさり切り替える事も出来ないのは、そうするにはアイドルに掛けた時間が長かったからだ。情熱もたくさん注いだからだ。
「ヒギリさん、大丈夫ですよ。大丈夫」
食堂のアイドルとして笑顔を振りまく裏で燻り、溜まっていた不安。それをノエにぶつけたヒギリはこの日夕方遅くまで涙が引かず、なかなか結社に帰れなかった。
ソフィアに入れ込んで居たメインマネージャーは私の名前を見るなりそう言った。後に私に着いてくれたマネージャーは私の全てを肯定してくれたが、彼女は割りとソフィア以外全てを否定し自分のプロデュース下に置きたがるタイプだった。
「はい…そうですけど…」
「うーん、何と言うか、覚えづらいって言うか華のない名前よねぇ」
これだって言い方次第でどうにでもなる話だ。
芸能人と言う枠に居ようと思うなら、確かに名前の響きは覚えづらい物であるとは思う。でも、だったら人を嫌な気持ちにさせない伝え方だってあった筈だ。
「貴女の名前は珍しいから、敢えて芸名を付けた方が覚えてもらいやすいかもね。他のメンバーの子達とも字面でバランス取りやすいかもしれないし」
「何と言うか、浮くのよね。ヒギリもモナルダも」
後に私に着いてくれたマネージャーが気を遣って当たり障りのない言い方をしてくれたが、ソフィア贔屓のマネージャーが瞬時にそれを打ち消す。苗字も名前も浮く。そんな事言われたって、それは私のお母さんが付けてくれた大事な名前なのに。
「あ、あの…この名前なんてどうでしょう？」
「ふぅん…ま、良いんじゃない？でも、うーん…どうせならこんな感じに…」
私に着いてくれたマネージャーとソフィアを見ていた総括マネージャーがその場で五分程の話し合いで決めていたのは私の芸名だった。
「貴女、今日からローズ・マリーの芸名で活動なさい」
「ローズ・マリー？」
お花みたいなその名前が私は確かに好きだった。口こそ悪かったが、マネージャーのネーミングセンスは流石プロ、本当に悪くない。ローズ・マリーな私も嫌いじゃない。でも、その名前を名乗り始めて、ソフィアに何から何まで敵わない様を見せ付けられて、次第に私の中で「私自身」を見て欲しいと言う願いが膨らんで行った。
きっと私にはもっと出来る事がある。きっと私にはもっと評価される事がある。
意外にもそれに気付いてくれたのはソフィアだった。
「ヒギリの歌声、凄く通るよね！レコーディングする時いつもコンディション良いけど日頃どんなケアしてるの？」
まさかそんな風に褒められると思っておらず思わず右を見て左を見て、本当に自分が声を掛けられているのか確認したくらいだ。
「えっと…蜂蜜が喉に良いから、金柑の蜂蜜漬け作って食べたり…後、レコーディングの前日は特にお肉食べる様にしてるけど…」
「え！？お肉！？」
「うん、喉に油分って大事だから。後、脂肪分解成分が入ってるから烏龍茶を飲まない様にしてる」
「凄い…ヒギリって博識だね！私知らない事ばっかだったよ！」
ソフィアは私を褒めてくれた。私の練習の仕方や、レコーディングでの声出し、食生活。私が彼女に教えられる事があるんだと言う事も同時に嬉しかった。
さぞや順風満帆なのだろうと思っていたのだが、ソフィアはソフィアで彼女にしか分からない悩みはあった。皆でやるからとグループ活動していたのに、自分が一度大きく目立った事で方向性が変わって来た事。故にいつも孤立している事。
ソフィア本人に聞かなきゃ分からない孤独。彼女の寂しさ。それを癒せてあげたら良いのに。
「ヒギリってさ、ソフィアに取り入って仕事もらおうとしてんじゃない？」
そんな言葉が耳に入り、私は頭を鈍器で殴られた様な衝撃が走った。そんな事ある筈ない、そう言いたいのに、そう否定出来ない。彼女に親切にしていたらそう言う良い事が無いだろうかと確かに思った事はある。そして何より不動のセンター、ソフィア・マーテルの弱い姿を見、彼女が悩みを打ち明けるのが私と言う構図で得る優越感を感じて居ないと言ったら嘘になる。
私は、このグループに無くてはならない少女が頼ってくれる存在。そしてそれを実感し、心休まる時がある。
そう言う時、無性に鏡を見るのが嫌だった。
彼女に頼られてる時の私の本当の顔、とても汚く見える。人の弱味を見て、頼ってもらう事で満足感を得ているのが本当の私だとしたら。私はいつからこんなに「ありのまま」を見せづらい人間になったのだろう。「私自身」を見てもらいたい、なんて思っていたのに、今はそれを見せて人に嫌われないかが怖い。
ああ、
ディーヴァが解体と聞いて、少しホッとした自分が居た事に気が付いた。しかしすぐに考えを改めようとする。私はソフィアとは同じグループの友達だ、なんて自分に言い聞かせても、ソフィアと一緒の仕事が無くなった瞬間私の仕事が壊滅的に無くなったのを見て実感し、私は簡単に手の平を返した。やはり私は、私達はソフィアに寄生していただけだったのだと実感したら、ディーヴァの解体を惜しく感じた。
ホッとした何て考えは確かに改まった。でも、言い様のない虚しさが胸に残る。私はここで一体何を得たんだろう。
* * *
「こんなご時世だし、色んな企業とタイアップした復興促進のイベントをやろうって話してたんです！ヒギリが居てくれるなら心強いから、私マルフィ結社さんとお仕事したいな！」
ソフィアのその言葉にヒギリは自分でも分かる程嫌な顔をした。そして胸の奥から湧き上がる感情を、自分の力で止められない事に気が付いた。
やめて。全て手にしてる貴女が私に寄り掛からないで。何も持って居ない私が貴女に寄り掛かるのとは重みが違うのが分からないの？サングラスや帽子で隠さないと歩けないくらい芸能人として成功した貴女が私の横に並んだらこれ以上無いくらい惨めになる。ソフィアは誰もが気付く『ソフィア』。私は『ローズ』としてすらそんなに人から覚えてもらえなかった『ヒギリ』。そんな『ヒギリ』、誰も知らない。『ローズ・マリー』だった事すら知らない人の多い『ヒギリ』じゃ引き立て役にすらならないのに、貴女は私にこれ以上何を求めて、何を奪おうとしているの？
「…ヒギリ……？」
「ヒギリさん…」
ノエとソフィアが心配そうな、少し驚いた様な顔をヒギリに向ける。その瞬間、ヒギリは頭を過った醜い嫉妬と焦りを口に出してしまって居たと気が付いた。
「ヒギリ…あ、あのね、私…」
ソフィアが必死にそんなつもりがないのだとヒギリに弁明しようとする。しかし、ヒギリは最早そんな事どうでも良くて、ただこの嫉妬と焦りを誰かにぶちまけられればそれで良かった。
それを他でもない本人に向かって言えるのだから、尚更都合が良かった。
「来ないで。ソフィアが結社に来るなら私は辞めて出て行く」
「ヒギリ…！？」
「会いたくない。アイドルとして来るソフィアになんて、職場で会いたくない」
「ヒ、ヒギリ…私ね」
「やめて、もう何も喋らないで何も触らないでもう何も持って行かないで！！」
ソフィアに何かを奪われた、何てことないのに。勝手に焦って勝手に奪われた気になって。ディーヴァ×クアエダムでの活動だって運命の悪戯と言ってしまえばその通りだ。なのに、ソフィアが居なかった時のもしもを想像してまた嫉妬して。
「ヒギリ！」
気付けばヒギリは走り出して居た。
ソフィアには一生敵わない。理解しているつもりなのに、心が追い付いていない。自分の夢見たステージで成功している彼女が羨ましい。私はまだ彼女の足元にも及ばない知名度しか無いのに、実力も無いのに。頑張ってる、頑張ってるのに上手くいかない。いつ自分が望んだ自分になれるのか分からない。そもそも自分はどんな自分を望んでいるのか、最近はそれすら分からなくなった。
自分らしい格好をしたくてディーヴァに居た頃と違う格好をした。髪型だって違うし、メッシュも入れた。そうしたら、余計にディーヴァだった頃の私に気付く人が居なくなった。それで良い、安心して新たなスタートを切れる。そう思う反面、「誰か私が『ローズ・マリー』だと気付いてくれたらなぁ」なんて承認欲求もふつふつと湧いて来る。どっちを望んでいるのか分からない私。
『ヒギリ！ヒギリだよね！？会いたかった！』
そう言って自分を忘れないで居てくれる人の存在がどんなに嬉しいかだって分かっている筈なのに。ソフィアがすぐ気付いてくれて本当に嬉しかった筈なのに。「大衆には気付かれたい、けど
分かってる、もう分かってるんよ、そんな事。
「ヒギリさん」
一定の距離を保ちつつ着いてきてくれて居たノエに声を掛けられ、ヒギリは立ち止まる。このご時世、機械人形一体で居させてはいけない。分かっているのに投げ出してしまった。全部全部中途半端。上手く行かないのは人の所為？環境の所為？時代の所為？そもそも私はどうなりたいの？
混乱する頭で色々考え、とりあえず「ノエを置いて行きたくなかった」とそれだけは思い出した。
「ノエさん…」
「ソフィアさんなら大丈夫ですよ。貴女を追い掛けたそうでしたが、その役目を私に預けて下さいました」
「…ノエさん、ノエさん…」
「…帰れますか？大丈夫ですか？ヒギリさん」
ヒギリはノエに抱き付くとわんわん声を上げて泣く。自分を全部認めてあげたいし、逆に全部否定したい。こんな私嫌い、こんな風になりたくなかった。どうしたら良いか分からない。一見すると矛盾した思いも全部含めて吐き出す様に、嗚咽混じりにヒギリは泣きじゃくった。ノエはそんなヒギリを優しく撫でると
一つだけ分かったのは、ヒギリは芸能人としての仕事もマルフィ結社での仕事もどちらも生き甲斐を見出している。しかし、結社の仕事にやり甲斐を感じれば感じる程結果の出せていないアイドルの仕事に焦り始める。「私に合っているのは結社の仕事だった」とあっさり切り替える事も出来ないのは、そうするにはアイドルに掛けた時間が長かったからだ。情熱もたくさん注いだからだ。
「ヒギリさん、大丈夫ですよ。大丈夫」
食堂のアイドルとして笑顔を振りまく裏で燻り、溜まっていた不安。それをノエにぶつけたヒギリはこの日夕方遅くまで涙が引かず、なかなか結社に帰れなかった。
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