濡れ衣ーーアンの場合／涼風慈雨
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suzujiu_orichar 2020年09月19日(土) 13:25:57履歴
ノック音もそこそこに勢いよく機械班の事務所のドアが開けられる。
「邪魔するぞ！経理部だ！」
つかつかと踵を鳴らして入ってきたのは経理部のギルバートだった。
「ロザリーなら倉庫でトリップしてッから今は行かねェ方がいいぞ。」
ドア付近で工具の手入れをしていたアンが棒付きキャンディをくわえたままモゴモゴ言う。
ちなみに、機械班のロザリーが経理部と仲が悪いのは周知の事実だ。
「いや、今回はロザリーじゃなくて君だ。アン・ファ・シン。」
「は？あーし？なンかあッたか？」
「君が先日提出したこの領収書だ。」
困惑し、飴を口から出したアンに一枚のレシートを突きつけるギルバート。
「君が無駄遣いしないのはわかるが、いくらなんでも『チーズ』は機械班の経費に入れるわけにいかないな。……話次第では上手く組み込んでやらない事もないが。」
レシートを受け取った暫しの沈黙の後、不意にアンが口元を緩ませた。
「悪りィ。其奴はあーしのミスだな。」
一瞬、勝ったと思ったギルバートは次の言葉に粉砕された。
「それ、チーズじゃねェんだ。『チーズねじ』っつう部品名だ。」
「部品！？」
「あぁ。丁度いいからブツ見せてやるよ。時間あンだろ？」
返事をろくに聞かず、ムーンを呼ぶアン。
「おい、ムーン。YS−14とチーズネジのケース持ってきてくれねェか？」
頷いたムーンが棚の中から引っ張り出したものを両腕に抱えて持ってくる。
礼を言って受け取るとアンは手の平サイズの小さいケースの方を開けた。
「チーズネジってのはネジ頭がチーズの塊みてェな形してンだ。切る前のひと塊りのチーズだな。普段使いのビスじゃねェけど、知識には入れとけ。」
ケースからネジを取り出し、ギルバートに渡すアン。
ネジ頭を見ると側面にやや傾斜のついた伏せた鍋の様な形をしていた。
「これが『チーズ』なのか！？」
「機械部品のネーミングは割に適当だからな。なべとか丸皿って名前のビスもある。ベーグルとかラズベリーパイってのも聞いたことあンだけど何の部品だったかは忘れちまッた。」
「食べ物関連ばかりでわかりづらいじゃないか！」
「しゃァねェ。似てるモノの名前つけたがンだよ、オジサンたちは。あーしも今の仕事始めた頃は困ったもンだよ。」
はぁ、とため息をこぼすアン。目には諦めの影が差していた。
「んで、こっちが実際に使ってるパーツだ。チーズネジは配管に使われる事が多いんだがな、機械人形のパーツ部品にもなってンだ。此奴くらいしか使わねェけどな。」
アンが片手でひょいと持ち上げて見せるYS−14と呼ばれたパーツがどの箇所の物かギルバートにはわからなかったが、間違いなく“チーズ”が部品である事は確認できた。
「あの店のおやっさん、面倒臭がりでな。直ぐ略で書いちまうからあーしも気付いた時はレシートに書き加えてンだけど、今回は忘れちまったみてェだ。手ェ煩わせて悪りィんな。」
受け取ったレシートに「ネジ」と書き加えるアン。
「これで問題ねェよな？」
「あ、あぁ。ネジなら経費で当然だ。」
レシートを受け取り、経理部へ帰ろうとしたギルバートの背にアンの声が被さる。
「つーか、テメェは店の名前から予測しなかったのか？」
「なんのことだ？」
「『ビス屋』だぞ？チーズネジ知らなくても予測はできんだろ。」
“チーズ”の部分に気を取られて店名をちゃんと確認できていなかった事を言う訳にいかず、「当たり前だ、あくまで確認の為だ」と返すギルバート。
「ふーん。あっそ。」
気の無い返事に肩を落としつつも、作業を始めたアンにそれ以上話しかけるのは迷惑だろうなと思い、ギルバートは機械班の事務所を後にした。
機械部品をもうちょっと知らなければとひそかに決意して。
「邪魔するぞ！経理部だ！」
つかつかと踵を鳴らして入ってきたのは経理部のギルバートだった。
「ロザリーなら倉庫でトリップしてッから今は行かねェ方がいいぞ。」
ドア付近で工具の手入れをしていたアンが棒付きキャンディをくわえたままモゴモゴ言う。
ちなみに、機械班のロザリーが経理部と仲が悪いのは周知の事実だ。
「いや、今回はロザリーじゃなくて君だ。アン・ファ・シン。」
「は？あーし？なンかあッたか？」
「君が先日提出したこの領収書だ。」
困惑し、飴を口から出したアンに一枚のレシートを突きつけるギルバート。
「君が無駄遣いしないのはわかるが、いくらなんでも『チーズ』は機械班の経費に入れるわけにいかないな。……話次第では上手く組み込んでやらない事もないが。」
レシートを受け取った暫しの沈黙の後、不意にアンが口元を緩ませた。
「悪りィ。其奴はあーしのミスだな。」
一瞬、勝ったと思ったギルバートは次の言葉に粉砕された。
「それ、チーズじゃねェんだ。『チーズねじ』っつう部品名だ。」
「部品！？」
「あぁ。丁度いいからブツ見せてやるよ。時間あンだろ？」
返事をろくに聞かず、ムーンを呼ぶアン。
「おい、ムーン。YS−14とチーズネジのケース持ってきてくれねェか？」
頷いたムーンが棚の中から引っ張り出したものを両腕に抱えて持ってくる。
礼を言って受け取るとアンは手の平サイズの小さいケースの方を開けた。
「チーズネジってのはネジ頭がチーズの塊みてェな形してンだ。切る前のひと塊りのチーズだな。普段使いのビスじゃねェけど、知識には入れとけ。」
ケースからネジを取り出し、ギルバートに渡すアン。
ネジ頭を見ると側面にやや傾斜のついた伏せた鍋の様な形をしていた。
「これが『チーズ』なのか！？」
「機械部品のネーミングは割に適当だからな。なべとか丸皿って名前のビスもある。ベーグルとかラズベリーパイってのも聞いたことあンだけど何の部品だったかは忘れちまッた。」
「食べ物関連ばかりでわかりづらいじゃないか！」
「しゃァねェ。似てるモノの名前つけたがンだよ、オジサンたちは。あーしも今の仕事始めた頃は困ったもンだよ。」
はぁ、とため息をこぼすアン。目には諦めの影が差していた。
「んで、こっちが実際に使ってるパーツだ。チーズネジは配管に使われる事が多いんだがな、機械人形のパーツ部品にもなってンだ。此奴くらいしか使わねェけどな。」
アンが片手でひょいと持ち上げて見せるYS−14と呼ばれたパーツがどの箇所の物かギルバートにはわからなかったが、間違いなく“チーズ”が部品である事は確認できた。
「あの店のおやっさん、面倒臭がりでな。直ぐ略で書いちまうからあーしも気付いた時はレシートに書き加えてンだけど、今回は忘れちまったみてェだ。手ェ煩わせて悪りィんな。」
受け取ったレシートに「ネジ」と書き加えるアン。
「これで問題ねェよな？」
「あ、あぁ。ネジなら経費で当然だ。」
レシートを受け取り、経理部へ帰ろうとしたギルバートの背にアンの声が被さる。
「つーか、テメェは店の名前から予測しなかったのか？」
「なんのことだ？」
「『ビス屋』だぞ？チーズネジ知らなくても予測はできんだろ。」
“チーズ”の部分に気を取られて店名をちゃんと確認できていなかった事を言う訳にいかず、「当たり前だ、あくまで確認の為だ」と返すギルバート。
「ふーん。あっそ。」
気の無い返事に肩を落としつつも、作業を始めたアンにそれ以上話しかけるのは迷惑だろうなと思い、ギルバートは機械班の事務所を後にした。
機械部品をもうちょっと知らなければとひそかに決意して。
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