続続・ツインテールの日／べにざくろ

　嗚呼、何て今日は楽しい日なんだろう。
　浮かれた気持ちでシリルは結社内を歩く。
「シリルー! 」
「あら、テディにシキじゃない」
　浮かれたシリルを呼ぶのは、これまた浮かれた声のテディだった。彼はいつもは毛先を巻いて流しているアイボリーの髪をツインテールにしており、『ツインテールの日』を満喫していることが良く分かる。
「もうテディったらどんな髪型でもカワイイんだから。ええっと……シキのもテディがやったの? 」
「勿論、ボクがやったよー」
　ニコニコとテディが笑う。その可愛い顔を見て微笑んだシリルは、噴き出さないようにシキから少しだけ目線を逸らす。
「シキも、カ、カワイイわよ……? 」
　シキの髪を無理矢理ツインテールにしようとしたテディの努力は素晴らしいと思う。しかし身長が2メートル近くある長躯の男が短い髪を無理矢理縛っているのは、なかなかに面白い光景だ。しかも更にご丁寧に髪が青いリボンで縛ってあることに気づいてしまい余計に面白くなったシリルはそっとテディを見る。テディはシキに気付かれないように悪戯の見付かった子供のように小さく舌を出した。
「可愛いなら良かった。シリルが言うなら間違いない」
（うっ……物凄い罪悪感があるわ…… ）
　シキがシリルの言葉を微塵も疑っていない純真な目を向けて言うものだから、さすがのシリルも無い胸が痛む。そして機械人形法に「機械人形マス・サーキュは人間に嘘をついてはいけない」というものがなくて良かったとも思った。これはシキを傷つけないための優しい嘘なのだから。
「ねー、シリル。その髪、フルールヘアだよね!? 自分でやったの? 」
　シリルがシキに罪悪感を抱いているうちにテディの関心はシリルの髪型へと移っていた。彼が見やすいように屈んだシリルは微笑む。
「コレは機械マス班のアンちゃんがやってくれたのよ」
「へー、凄いねー。やっぱり機械マス班だと手先が器用なのかなー」
「そうかもしれないわね」
　シリルは、どちらかと言うと『お洒落には興味ありません。清潔感があれば充分です』といった雰囲気のアンが可愛らしいフルールヘアを作り上げると思っていなかった。彼女への認識を少々改めつつ、今後はもっとアンを飾り立てるために頑張ろうと、お洒落番長シリルはアンにとっては迷惑なことを思う。
「じゃあボク達、ベーコンおじさんのお店に行かなくちゃだから」
「あら、そうなのね。お仕事頑張って頂戴」
　まさか『ベーコンおじさん』という美味しそうな名前のおじさんの営むアロマショップと思わないシリルは、給食部の調達関係の仕事だろうと勝手に検討をつけて手を振る。すると、テディは元気良く、シキは小さく、それぞれの性格が伺い知れる手の上げ方で振り返して歩いていく。
　2人の姿が角を曲がって見えなくなるとシリルも別の方向へ歩き出した。
（ん? ）
　しかし、直ぐに立ち止まって振り返ると2人が消えた方を見る。
（シキはあの髪型のまま、お出かけするのかしら? ）
　思ったところで後の祭り。テディとシキは行ってしまった。
　もはやシリルに出来ることはシキがリボンを取る事を祈ることだけだ。間違いなく彼ならそのまま行きそうだけど。

　*　*　*

　気の向くままシリルは結社中を歩き回って、様々な人間や機械人形マス・サーキュをツインテールにして歩いた。
　東に清掃部のサンの気配を察知すれば行ってツインテールにしてやり、西にベルナールがあれば行って無理矢理髪を束ねてツインテールにし（息子のフランソワには大変喜んで貰えた）、南にフィオナがいれば行って「怖がらなくて良いのよ」とツインテールにし、北にビクターとエリックがいれば無理矢理ツインテールにし、ある時は「え? 嫌がっている? 残念ながらワタシにそれを認識する機能は無いわ」と言い放ち、楽しくツインテールの日を満喫する。
　テロが起こらないことは平和で素晴らしい。しかし、ツインテール・テロに巻き込まれた人々は思った。今すぐ第六小隊に出動の機会を与えてくれと。
「さて、と」
　そんな人々の願いは叶うことなく1日平和な日であった。
　最後にシリルが訪れたのは経理部の部屋だ。
「邪魔するわよー……あら? 」
　入った瞬間、さすがのシリルでも異常に気付いた。何だか部屋の雰囲気が暗い。
「ああ、シリルか」
　ある意味でのシリルの恐ろしさを知る人々が遠巻きに見ている中、声をかけてきたのはアルヴィだった。有無を言わさず捕獲して彼で遊ぼうと思っていたシリルは部屋の雰囲気を察してツインテール祭りを諦めて、囁くように問い掛ける。
「何かあったの? 」
「 ……外に出ようか」
　頷いてアルヴィと共に外に出る。休憩所にでも行くのかと思ったがアルヴィは廊下で立ち止まった。直ぐに仕事に戻る雰囲気だったのでシリルは何も言わず、アルヴィが口を開くまで待つ。
　重い沈黙だった。
「ベネットさんが、まぁ、色々あって長期休暇になったんだ」
　長く重い沈黙の後に奥歯に物が挟まったような物言いでアルヴィが口を開く。確実に何かあったのだろうな、と思わせる言い方だったが、あえて気付かない顔でシリルはいることにした。
「あら、そうなの。そういえば、部屋で見掛けなかったわね」
「優秀な方だから抜けた穴が上手く埋まらなくて…… 」
　仕事のことを考えて溜息をつきつつもアルヴィの脳裏に浮かぶのは、あの時のこと。

『僕は彼女が好きだ!! 誰が何と言おうとアン・ファ・シンが好きだ!! 』

　珍しく休憩所へ休憩をとりに行ったギルバートが激高する姿を見た。服装からして機械マス班の班員と思わしき男の胸倉を掴んで叫ぶ、彼らしからぬ姿を見てしまった。
　驚いたし、怖かった。しかし、それ以上に人にそこまで愛情を向けられる姿を羨ましいとも思った。
（機械マス班の領収書に不備があると、ベネットさんが妙に張り切って出掛けてたのはその人がいたからなのだろうな）
　残念ながらアルヴィは『アン・ファ・シン』という女性を知らない。
　ただ、日頃のギルバートの行動と胸倉を掴まれていた男が機械マス班だったことを照らし合わせると、機械マス班所属の女性なんだろうという検討くらいはつく。
　そして麗しき貴族のギルバートが惚れ込む女性なのだから、さぞや嫋やかで慎ましい女性なんだろう。
　本物のアン・ファ・シンと正反対の女性像を想像し、アルヴィは勝手に納得する。
「ちょっとアル! ワタシを無視してボーッとしないで頂戴」
「すまない。少々、考え事をしてしまった」
「もう少し無視してたら髪の毛で遊ばせてもらってたわよ? 」
　髪の毛。そう言われて、ようやくアルヴィはシリルの髪型の変化に気付く。何だか普段より派手な髪型になっている。こういうところに直ぐに気付けない辺りがアルヴィがモテない所以だ。
「髪、可愛いな」
「言うのが遅いわよ? こういうのは開口一番に言うものなの」
　言いながらもシリルの顔は笑っていた。
「これはね、アンちゃんにやってもらったのよ。機械マス班のアン・ファ・シンちゃん。知ってる? 」
　たった今まで彼女のことを考えていたとは言えないアルヴィは首を横に振る。まさか、こんな所にアン・ファ・シンの情報を持つ者がいたとは都合が良すぎやしないだろうか。詳しく聞きたい。でも。
（時間が足りないな）
　そろそろ仕事に戻らなければならない。
　名称は不明だがシリルを何だか可愛らしい髪型にしてくれるような女性なんだから、アン・ファ・シンはやはり女性らしい女性なんだろう。
　ギルバートと妄想のアン・ファ・シンが楽しそうに花畑で遊んでいる想像をする。うん、お似合いだ。
「あ、そうだわ。今日ってツインテールの日なのよ」
「うん? 」
　フルールヘアは知らなくてもツインテールという言葉は知っていたアルヴィはとりあえず頷く。
「それでね、ウルちゃんをツイ」
「画像はあるのか!? 」
　思わず言い終わる前に食い気味にシリルへ詰め寄った。アルヴィにとって可愛い可愛い妹のツインテール画像は、可愛いと可愛いの乗算だ。いや、むしろ累乗と言った方が正しい。アン・ファ・シンのことは後で考えよう。今は妹の話が重要だ。
　思った以上に食い付いてきたアルヴィにドン引きしつつも、シリルは朝からツインテールの犠牲にしたウルリッカの画像をアルヴィに送ることにする。何たって彼は将来の主人マキールなのかもしれないのだから。

　結果として画像を入手したアルヴィのモチベーションは非常に高くなり、仕事効率がとても良くなった。ギルバートのいない穴を埋めんばかりの活躍に経理部は安堵し、シリルに感謝したとかしてないとか。

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