虎の小休止／燐花
最終更新：
rinka_creation 2021年02月03日(水) 14:07:00履歴
タイミングが悪い時と言うのはとことんそう言う出来事が続くものだ。
ロードは今日もたまたまミクリカ近くまで来ていた為、仕事終わりにリカ・コスタに足を運ぶ。先日せっかくヴォイドが部屋まで来てくれると言う奇跡があったにも関わらず(とは言え要件は文句だったが)、タイミング悪く女性を連れ込もうとしていたところに鉢合わせてしまい要らぬ誤解を与えた末にボディーブローまで食らったそんな心の傷を酒で癒したかった。ついでに言うとあの日の女性はあの後大爆笑の末に帰ってしまい結局何も出来ずただただ悲しい思い出だけが量産された。
今日は傷を癒す、そして良い雰囲気になる人がいればそれはそれでまた引っ掛ければ良いか。そんな事を思いながら、間違っても先日の事は店主であるヤサカには絶対公言しないと誓ってドアを開ける。
「へぇー！何その面白れぇ男ー！そんなギャグみたくツキに見放される奴いるー！？」
「ウケるでしょー！？本当なんだってー！おまけにボディーブローまで食らって……ヤダ本人じゃーん！！」
「……うわ…」
目の前には店主のヤサカ、彼と対面する様に席に着いているスタイルの良い女。そう、あのタイミングも何もかも最悪だったあの日に一緒に居た女だ。この二人が楽しく談笑しているのが一番最初に目に付いてロードは吐血しそうになった。
「えーマジかー。思わぬところで修羅場になって彼女らしき娘からボディーブロー食らったクズって、え？お前ー！？」
ヒッヒッヒッと、心底楽しそうに笑うヤサカ。こいつの笑い声何とかならないのか。いつもそうだが今日は一際耳障りに感じた。
「せ、先日はどうも…」
絞り出す様にそう口にすると、女は嬉しそうににっこり笑う。そして盛大に吹き出した。
「ヤダー！運命じゃーん！あ、堅い挨拶から始まるって何ー？根っからビジネスマンてヤツー？ウケるねー！」
「な、何故ここに…」
「たまたまだよたまたまー。本当たまたまセフレがミクリカ住んでるから来ただけよー」
「ヒッヒッ、しかもそのセフレ君、家行ったら光熱費の請求書と家賃滞納の督促状だけ残して消えてたってさー！」
「それで暇過ぎて店来たのー！」
イエーイ！と二人してハイタッチまでしている。何が面白いんだかさっぱり分からないがここまで会話を交わしてしまった手前、気まず過ぎて帰るわけにもいかない。全てがバレている様だしもう腹を括り、ロードは一層疲れた顔で席に着いた。ヤサカの前、彼女の隣。何故ここに座るか。別の席に座ったところでどうせここに呼び戻されるに決まっているからだ。
「楽しそうで良い事ですね…」
「だってそうよー？基本嫌な事多過ぎていっそ全部楽しまなきゃやってらんないってば！」
「そうですか…」
「ヒッヒッ、それよりお前今日やけに疲れてんねー？」
そう言ってコトリと置かれたニシンの酢漬け。こんな風にしていて料理人としてはこだわりを持っているヤサカの下処理はしっかりしている為食べ易い。一口含めば相変わらずの手。早くくれと言わんばかりの手。ロードは一息に称賛の言葉を口にする。ヤサカはそれを聞くと転がらん勢いで床に寝転んでピクピク身悶えた。
「本当虫みたいなヤツですね…」
「ヤサカ君！？何？今のー！」
「ああ、彼は称賛を浴びるとイクと言う変態です。おまけにその称賛も結構な頻度で強要、要求する極めて迷惑なタイプの変態です。あれ？貴女は私が来るより前から飲んでたんですよね？褒める言葉は要求されてません？」
「おいロード、俺はお前と違ってたいへんお行儀が良いから会って数時間の子にそんな事しねーの」
よいしょ、と起き上がりながらヤサカはグロッグを注いだグラスをロードの前に置いた。彼にしてはお洒落なデザインのグラス。無言で置くのは阿吽の呼吸の成せる技だろうか。ロードはいつも寒い日にはグロッグを頼むから。そう言う意味ではやはりここで飲むのは落ち着く。が、それよりも何よりもロードがボディーブローを食らった日の話をしたいと言うのだから今日はもう酒で癒されようだとかそんな事は色々と諦めた方が良い気さえした。
「で？結局何があったのよ、ご本人？」
ニヤニヤしながらヤサカが尋ねる。ロードは少しだけグロッグを口に含むと味を確かめた後話し始めた。何だか喋った後の酒が美味くなる気がしなかったのだ。
「先ずこちらの女性と別のバーで意気投合してですね…」
「端的に言うとアタシ部屋連れ込まれたー！」
「まあ、そうなんですけど…そしたら部屋の前と言うか、私の部屋にあの子が向かって来てですね…」
「それでばっちり見られたってか？何そのド修羅場ー」
「いや…その時は見られてなかったんで…彼女を部屋に押し込んであの子と玄関先で少し会話して、それでその場をやり過ごそうとしたんですよ…」
「うへぇー、クズみ」
「…もうこの話終わりにして良いですか？」
どんどん小さくなるロードを見てケラケラと笑う二人。ヤサカは「お前のクズ伝説また一つ増えたなー！！」と大笑い。おまけに女までそれを聞いて「他もあるの！？どんなのどんなの！？」と聞き出す始末だ。
「ちょっと…守秘義務がありますよ！」
「うるせー、この店では誰でも心は裸じゃい」
「じゃあせめて黙秘権を行使します！心にだってパンツくらい履かせてください！」
「意味分かんないウケるー！」
「とにかく、これ以上聞かないでください！大体同じ様な失敗なので！」
ロードが少し息を上げながら何とかその場を制止すると、大笑いするヤサカとは対照的に女は難しい顔をしていた。
「ふーん…前にもホルスタインの事で失敗してたんだー…」
「はぁ…今日に限ってはここに飲みに来なければ良かったですよ…」
「えー？てか終わらせないでよー！アタシ気になってたんだから」
「何をです？」
「あのホルスタインとあの後どうなったの？彼女なんでしょ？」
嬉しそうに笑みを浮かべて聞く女。ホルスタインとはヴォイドの事だろうが。
「え？ホルスタイン…？いや、貴女も十分…」
不思議そうな顔で上から下に目線を動かすロードを笑いながら制止すると「で？どうなの？」と催促する。
「どうもこうも…見ていた通りですよ。ボディーブローキメられて沈んでる内に帰られました」
「え！？その後何の話もしてないの！？」
「ええ、そもそも長らく片想いしているってだけで彼女じゃ無いんです」
「どのくらい？」
「十年とか…なりますねぇ…」
だからか知らないけど色々拗れてるよなー！と悪気なくヤサカは笑う。長い片想いをしていて大体同じ様な失敗談がある。それを聞いたその瞬間、女は何だか冷静になってしまった。
「貴女も帰ってしまいましたしお陰様で性欲を持て余す日々ですよ」
「ヒッヒッヒッ！良かったなぁー！ローブローじゃなくてっ！」
「…恐ろしい事言わないでくれません？彼女のローブローなんて食らったら今頃死んでます」
「ヒッヒッ！いつか食らったら教えろよー」
文句を言いながらもどこか嬉しそうに彼女の事を話すロード。女はそんな彼をじーっと見つめると、グラスに注がれたカクテルをガバッと煽る様に飲んだ。その急に豪快な飲みっぷりにヤサカもロードも硬直する。
「…今日オニーサンとまた会えたから、この後ホテルでこの間の続きしたげようと思ってたけど、やめた！」
降って湧いたまさかの発言にロードは一瞬目を丸くすると目に見えて分かる程慌てた。ヤサカはそんなロードを見て笑うが、何となく女の真意が知りたくて茶化さずに言葉を待った。
「ど、どうしてでしょうか…？」
「あははっ！オニーサン動揺し過ぎじゃん？んー…アタシねー、どうせ付き合わないなら後腐れなくその瞬間だけは楽しみたいの。でも何か、上手く言えないけど、オニーサンとじゃ楽しめなさそう。何してても頭の中ホルスタインだけでしょ？皆浮気とかしてる時その瞬間だけは一番の子を忘れがちだったり、そもそも遊びの奴もその瞬間だけはアタシの事だけ見てくれるのに。何かオニーサンの場合アタシ居ても居なくても同じ感じする。アタシでも他の子でもどっちでも良さそう。それでも良いって子もたくさんいるけど、アタシも本当はそう言うタイプだけど、でも他の男とはそれでも良くてもオニーサンとがそれじゃアタシは何か楽しくないんだもーん」
稚拙に並べられた言葉。上手く言えないと言ってつらつらと並べられた言葉にどう言う意味があるのか少しだけ分かってしまい、ロードもヤサカも一瞬黙り込んだ。
「んー……」
「ヒッヒッ、悪い男だよね本当お前って」
「何か今日は、傷を癒すどころか広げられた気分ですね、ヤサカに」
「え？俺ー？」
「彼女な訳ないでしょう」
「あれー？帰るのか？」
「まだ電車間に合うんで、もう帰って寝ます」
「ヒッヒッ、また来いよー」
カウンターに金を置いて店を出るロード。何か気配がして立ち止まると、先程まで一緒だった女が彼の後を追って来ていた。そして背後にピタリとくっ付くと、そのままロードの腹に腕を回した
「…どうしました？」
「んー…何か名残惜しいー」
「あれだけ色々言っといて…」
ロードは回された腕をそっと解くと女と向き合う。
「…先程の言葉をお忘れですか？あんまりいやらしい触り方をされては困ります」
そこにホテルも見えてますしそろそろ自制も効かなくなりますよ？と微笑むロード。その笑顔を見て、女は何かに吹っ切れた様に笑った。
「ふふっ、やっぱオニーサン好きだったわー」
「それはどうも」
「あのねー、顔が好きー。でも多分、他も好きになる！だからこれ以上知っちゃう前にやめとく！」
「おかげさまで今夜もまた性欲を持て余すだけですよ私は」
「オニーサンは多分、プロのいるお店行った方が良いって！絶対！トラブル多そうだし！」
そう言ってリカ・コスタに戻る女。ロードは彼女が店に入るまで見届けていた。すると一回閉じた扉がもう一度開き、最後に顔を出して女が言った。
「でもどーしても片想い辛かったら話だけでも聞いてあげるー！！」
「うふふふ…それはどうも」
「オニーサン女心の理解クソだから！！フラれる前に今度恋バナしよー！！」
そして扉は閉じ、もう開かなかった。
何だか変な青春劇場を演じてしまった気がする。そう言えばアスに行ってすぐの頃も覚えがあった。自分の事を好きだと言う女、それを応援する女。でも本当はその応援をしている女も先の女を出し抜こうと必死で、最終的には「応援してくれたのに！アンタも彼の事好きだったの！？」と大喧嘩。ただし、ロードはほぼほぼ関与していない。
ロードの知らないところで誰かがロードを好きだと言い、応援するねと言いながらその子もロードに接近して結局仲違い。さも一大事が起こった感じがするが、接近と言うのも普通に会話する同僚と実はさして変わりもなく本当に彼女達の中で大袈裟に起きただけの話で一切関与していない(と言うか事後報告が無ければ知る事もなかった)自分までもが最終的に渦中の人として感想まで求められる。それが所謂青春だと思っていたから。
だから今回の件は些か気持ちの良い流れだと思った。
「……もう彼女は相手してくれないんでしょうねぇ…」
良いもの見た様な。何だか勿体ない様な。
ロードは腕時計の時間を見る。そして携帯端末で近場の風俗店を探すと夜の街に消えて行った。
ロードは今日もたまたまミクリカ近くまで来ていた為、仕事終わりにリカ・コスタに足を運ぶ。先日せっかくヴォイドが部屋まで来てくれると言う奇跡があったにも関わらず(とは言え要件は文句だったが)、タイミング悪く女性を連れ込もうとしていたところに鉢合わせてしまい要らぬ誤解を与えた末にボディーブローまで食らったそんな心の傷を酒で癒したかった。ついでに言うとあの日の女性はあの後大爆笑の末に帰ってしまい結局何も出来ずただただ悲しい思い出だけが量産された。
今日は傷を癒す、そして良い雰囲気になる人がいればそれはそれでまた引っ掛ければ良いか。そんな事を思いながら、間違っても先日の事は店主であるヤサカには絶対公言しないと誓ってドアを開ける。
「へぇー！何その面白れぇ男ー！そんなギャグみたくツキに見放される奴いるー！？」
「ウケるでしょー！？本当なんだってー！おまけにボディーブローまで食らって……ヤダ本人じゃーん！！」
「……うわ…」
目の前には店主のヤサカ、彼と対面する様に席に着いているスタイルの良い女。そう、あのタイミングも何もかも最悪だったあの日に一緒に居た女だ。この二人が楽しく談笑しているのが一番最初に目に付いてロードは吐血しそうになった。
「えーマジかー。思わぬところで修羅場になって彼女らしき娘からボディーブロー食らったクズって、え？お前ー！？」
ヒッヒッヒッと、心底楽しそうに笑うヤサカ。こいつの笑い声何とかならないのか。いつもそうだが今日は一際耳障りに感じた。
「せ、先日はどうも…」
絞り出す様にそう口にすると、女は嬉しそうににっこり笑う。そして盛大に吹き出した。
「ヤダー！運命じゃーん！あ、堅い挨拶から始まるって何ー？根っからビジネスマンてヤツー？ウケるねー！」
「な、何故ここに…」
「たまたまだよたまたまー。本当たまたまセフレがミクリカ住んでるから来ただけよー」
「ヒッヒッ、しかもそのセフレ君、家行ったら光熱費の請求書と家賃滞納の督促状だけ残して消えてたってさー！」
「それで暇過ぎて店来たのー！」
イエーイ！と二人してハイタッチまでしている。何が面白いんだかさっぱり分からないがここまで会話を交わしてしまった手前、気まず過ぎて帰るわけにもいかない。全てがバレている様だしもう腹を括り、ロードは一層疲れた顔で席に着いた。ヤサカの前、彼女の隣。何故ここに座るか。別の席に座ったところでどうせここに呼び戻されるに決まっているからだ。
「楽しそうで良い事ですね…」
「だってそうよー？基本嫌な事多過ぎていっそ全部楽しまなきゃやってらんないってば！」
「そうですか…」
「ヒッヒッ、それよりお前今日やけに疲れてんねー？」
そう言ってコトリと置かれたニシンの酢漬け。こんな風にしていて料理人としてはこだわりを持っているヤサカの下処理はしっかりしている為食べ易い。一口含めば相変わらずの手。早くくれと言わんばかりの手。ロードは一息に称賛の言葉を口にする。ヤサカはそれを聞くと転がらん勢いで床に寝転んでピクピク身悶えた。
「本当虫みたいなヤツですね…」
「ヤサカ君！？何？今のー！」
「ああ、彼は称賛を浴びるとイクと言う変態です。おまけにその称賛も結構な頻度で強要、要求する極めて迷惑なタイプの変態です。あれ？貴女は私が来るより前から飲んでたんですよね？褒める言葉は要求されてません？」
「おいロード、俺はお前と違ってたいへんお行儀が良いから会って数時間の子にそんな事しねーの」
よいしょ、と起き上がりながらヤサカはグロッグを注いだグラスをロードの前に置いた。彼にしてはお洒落なデザインのグラス。無言で置くのは阿吽の呼吸の成せる技だろうか。ロードはいつも寒い日にはグロッグを頼むから。そう言う意味ではやはりここで飲むのは落ち着く。が、それよりも何よりもロードがボディーブローを食らった日の話をしたいと言うのだから今日はもう酒で癒されようだとかそんな事は色々と諦めた方が良い気さえした。
「で？結局何があったのよ、ご本人？」
ニヤニヤしながらヤサカが尋ねる。ロードは少しだけグロッグを口に含むと味を確かめた後話し始めた。何だか喋った後の酒が美味くなる気がしなかったのだ。
「先ずこちらの女性と別のバーで意気投合してですね…」
「端的に言うとアタシ部屋連れ込まれたー！」
「まあ、そうなんですけど…そしたら部屋の前と言うか、私の部屋にあの子が向かって来てですね…」
「それでばっちり見られたってか？何そのド修羅場ー」
「いや…その時は見られてなかったんで…彼女を部屋に押し込んであの子と玄関先で少し会話して、それでその場をやり過ごそうとしたんですよ…」
「うへぇー、クズみ」
「…もうこの話終わりにして良いですか？」
どんどん小さくなるロードを見てケラケラと笑う二人。ヤサカは「お前のクズ伝説また一つ増えたなー！！」と大笑い。おまけに女までそれを聞いて「他もあるの！？どんなのどんなの！？」と聞き出す始末だ。
「ちょっと…守秘義務がありますよ！」
「うるせー、この店では誰でも心は裸じゃい」
「じゃあせめて黙秘権を行使します！心にだってパンツくらい履かせてください！」
「意味分かんないウケるー！」
「とにかく、これ以上聞かないでください！大体同じ様な失敗なので！」
ロードが少し息を上げながら何とかその場を制止すると、大笑いするヤサカとは対照的に女は難しい顔をしていた。
「ふーん…前にもホルスタインの事で失敗してたんだー…」
「はぁ…今日に限ってはここに飲みに来なければ良かったですよ…」
「えー？てか終わらせないでよー！アタシ気になってたんだから」
「何をです？」
「あのホルスタインとあの後どうなったの？彼女なんでしょ？」
嬉しそうに笑みを浮かべて聞く女。ホルスタインとはヴォイドの事だろうが。
「え？ホルスタイン…？いや、貴女も十分…」
不思議そうな顔で上から下に目線を動かすロードを笑いながら制止すると「で？どうなの？」と催促する。
「どうもこうも…見ていた通りですよ。ボディーブローキメられて沈んでる内に帰られました」
「え！？その後何の話もしてないの！？」
「ええ、そもそも長らく片想いしているってだけで彼女じゃ無いんです」
「どのくらい？」
「十年とか…なりますねぇ…」
だからか知らないけど色々拗れてるよなー！と悪気なくヤサカは笑う。長い片想いをしていて大体同じ様な失敗談がある。それを聞いたその瞬間、女は何だか冷静になってしまった。
「貴女も帰ってしまいましたしお陰様で性欲を持て余す日々ですよ」
「ヒッヒッヒッ！良かったなぁー！ローブローじゃなくてっ！」
「…恐ろしい事言わないでくれません？彼女のローブローなんて食らったら今頃死んでます」
「ヒッヒッ！いつか食らったら教えろよー」
文句を言いながらもどこか嬉しそうに彼女の事を話すロード。女はそんな彼をじーっと見つめると、グラスに注がれたカクテルをガバッと煽る様に飲んだ。その急に豪快な飲みっぷりにヤサカもロードも硬直する。
「…今日オニーサンとまた会えたから、この後ホテルでこの間の続きしたげようと思ってたけど、やめた！」
降って湧いたまさかの発言にロードは一瞬目を丸くすると目に見えて分かる程慌てた。ヤサカはそんなロードを見て笑うが、何となく女の真意が知りたくて茶化さずに言葉を待った。
「ど、どうしてでしょうか…？」
「あははっ！オニーサン動揺し過ぎじゃん？んー…アタシねー、どうせ付き合わないなら後腐れなくその瞬間だけは楽しみたいの。でも何か、上手く言えないけど、オニーサンとじゃ楽しめなさそう。何してても頭の中ホルスタインだけでしょ？皆浮気とかしてる時その瞬間だけは一番の子を忘れがちだったり、そもそも遊びの奴もその瞬間だけはアタシの事だけ見てくれるのに。何かオニーサンの場合アタシ居ても居なくても同じ感じする。アタシでも他の子でもどっちでも良さそう。それでも良いって子もたくさんいるけど、アタシも本当はそう言うタイプだけど、でも他の男とはそれでも良くてもオニーサンとがそれじゃアタシは何か楽しくないんだもーん」
稚拙に並べられた言葉。上手く言えないと言ってつらつらと並べられた言葉にどう言う意味があるのか少しだけ分かってしまい、ロードもヤサカも一瞬黙り込んだ。
「んー……」
「ヒッヒッ、悪い男だよね本当お前って」
「何か今日は、傷を癒すどころか広げられた気分ですね、ヤサカに」
「え？俺ー？」
「彼女な訳ないでしょう」
「あれー？帰るのか？」
「まだ電車間に合うんで、もう帰って寝ます」
「ヒッヒッ、また来いよー」
カウンターに金を置いて店を出るロード。何か気配がして立ち止まると、先程まで一緒だった女が彼の後を追って来ていた。そして背後にピタリとくっ付くと、そのままロードの腹に腕を回した
「…どうしました？」
「んー…何か名残惜しいー」
「あれだけ色々言っといて…」
ロードは回された腕をそっと解くと女と向き合う。
「…先程の言葉をお忘れですか？あんまりいやらしい触り方をされては困ります」
そこにホテルも見えてますしそろそろ自制も効かなくなりますよ？と微笑むロード。その笑顔を見て、女は何かに吹っ切れた様に笑った。
「ふふっ、やっぱオニーサン好きだったわー」
「それはどうも」
「あのねー、顔が好きー。でも多分、他も好きになる！だからこれ以上知っちゃう前にやめとく！」
「おかげさまで今夜もまた性欲を持て余すだけですよ私は」
「オニーサンは多分、プロのいるお店行った方が良いって！絶対！トラブル多そうだし！」
そう言ってリカ・コスタに戻る女。ロードは彼女が店に入るまで見届けていた。すると一回閉じた扉がもう一度開き、最後に顔を出して女が言った。
「でもどーしても片想い辛かったら話だけでも聞いてあげるー！！」
「うふふふ…それはどうも」
「オニーサン女心の理解クソだから！！フラれる前に今度恋バナしよー！！」
そして扉は閉じ、もう開かなかった。
何だか変な青春劇場を演じてしまった気がする。そう言えばアスに行ってすぐの頃も覚えがあった。自分の事を好きだと言う女、それを応援する女。でも本当はその応援をしている女も先の女を出し抜こうと必死で、最終的には「応援してくれたのに！アンタも彼の事好きだったの！？」と大喧嘩。ただし、ロードはほぼほぼ関与していない。
ロードの知らないところで誰かがロードを好きだと言い、応援するねと言いながらその子もロードに接近して結局仲違い。さも一大事が起こった感じがするが、接近と言うのも普通に会話する同僚と実はさして変わりもなく本当に彼女達の中で大袈裟に起きただけの話で一切関与していない(と言うか事後報告が無ければ知る事もなかった)自分までもが最終的に渦中の人として感想まで求められる。それが所謂青春だと思っていたから。
だから今回の件は些か気持ちの良い流れだと思った。
「……もう彼女は相手してくれないんでしょうねぇ…」
良いもの見た様な。何だか勿体ない様な。
ロードは腕時計の時間を見る。そして携帯端末で近場の風俗店を探すと夜の街に消えて行った。
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