君は無慈悲な小さな女王／べにざくろ
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g_a3b2c3o12 2021年01月10日(日) 07:29:54履歴
「 ロナの苦労 」近辺の話。 
バタンっと良い音をたてて人事部の扉が閉まる。
些か乱雑に扉を閉めた人物の廊下を歩く足音が徐々に遠ざかっていく。やがて、それが聞こえなくなった時、部屋にいた人事部の面々はいつの間にか肩に入っていた力をそっと抜いた。
「 ……文句言いすぎでしょ 」
「 まぁ、確かにアレを任せたのは少しは悪かったとは思うけどさ 」
本人がいなくなったことを良いことに1人が言い出すと、同調して人事部の面々はブツブツと不満を呟きはじめる。
話題の“ アレ ”とは、最近マルフィ結社が手に入れた一体の機械人形のことである。その機械人形は型番でいうなら「 B.Gｰ02 」、名前でいうなら「 アサギ 」という。
そして、先程まで散々人事部に文句をつけていたのは前線駆除班某小隊の隊長（ 隊長の名誉のために、あえてここでは隊の番号は伏せておくことにする ）であり、アサギを配属した先の小隊長だった。
（ あんな綺麗な機械人形なのに戦闘狂とか勿体ないなー ）
不満大会に参加しないで淡々と仕事をしていたタイガは、鮮明に思い出せるアサギの姿を脳裏に思い浮かべる。
緑色の髪を一つに纏めて垂らし着物を纏ったアサギは、刀が良く似合う涼し気な目元の美しい機械人形だった。刀剣の類が好きなタイガとしては見逃せない存在である。
しかしながら、アサギは大人しそうな見た目とは裏腹に戦闘が始まってしまえば誰の言葉も聞かないし何でも壊す、とんでもない設定の機械人形でもあったのだ。風の噂によると既に経理部が頭を抱えているらしい。
人は見た目で判断してはいけない。
機械人形は、もっと判断してはいけない。
それを見事に体現していたのがアサギである。
「 サリアヌさん、おつかれさまでした 」
タイガは近くの席に所作美しく座った女性――サリアヌ・ナシェリに声をかける。アサギを任せていた某小隊長の苦情を根気強く延々と聞いてくれたのは、このサリアヌだ。
「 あの程度、何とも無いですわ 」
本当に何でもなかったような顔をしているサリアヌの品の良い色の紅を付けた唇が弧を描く。その姿を見た人事部の面々は某隊長への怒りと不満をどこかへ追いやって、うっとりとサリアヌに見惚れはじめる。
「 さすが、ナシェリさん 」
「 お美しい上に、人として完成されている……」
人事部の高嶺の花に見惚れるメンバーの中に、タイガも勿論入っていた。むしろ、その中で1番近くで高嶺の花の笑みを見られたことで、他の面々にちょっぴり優越感すら抱く。
しかし、いつまでも脳内お花畑状態ではいられない。人事部の面々のひと時の心の安定はサリアヌによって図られたが、そもそものアサギ問題は何も解決していないのだから。
「 ……今、その話題のアサギくんは何処にいるんだっけ? 」
「 汚染駆除班に。もしかしたら何か汚染の影響があるのかもしれないので 」
アサギの目は片方だけがギロク博士によって汚染された機械人形達と同じ赤い色をしていた。結社に来た時は何の異常も見られなかったが、もしかしたら遅効性で異常が出ている故の破壊活動なのかもしれない。そう考えて一旦は身柄を汚染駆除班へ預けているのだ。
「 汚染されてる、なんてことがなければいいなー 」
あんな素敵に格好良い機械人形にはなかなかお目にかかれない。折角、汚染されていないとしてマルフィ結社に来たのだ。彼が廃棄になる悲しい未来は見たくない。
その時、人事部のドアがバタンッと音を立てて開き、全員が某小隊長の再襲来かと身構えた。しかし、見えた姿が某小隊長と比べて小さいものだったことに安心したものが半数、その人物の正体を知っていて緊張するものが半数と人事部の中で明暗が別れた。
（ ミサキ・ケルンティア……!! ）
内心でドアを開けた人物の名前を叫ぶタイガは後者の人間だった。
ミサキ・ケルンティア。色素の薄い髪と目を持ち、何も知らぬ者が見れば可愛らしい人形のようなお嬢さんだ。
しかし、その目は優しく微笑まない。絶対零度の瞳を向けるだけ。
その口は愛らしい言葉を紡がない。冷酷無比の小さな女王。
その見た目に騙されて心の折れた人間が何人いただろうか。誠に恐ろしい女子である。
それだというのに、このミサキはタイガの敬愛するロナ・サオトメと親しい。いつだったか、ロナと並んで外へデート（ ※アイスクリームーーミサキとロナの場合 ）へ出掛けていく姿を見つけた時には、どんなに驚いたことか。
恐怖と嫉妬の入り交じった瞳で自分よりずっと若いミサキを見つめる。すると、うっかり見つめすぎて、ミサキのペールブルーの目とバッチリ目が合った。
（ あー、やっちゃった。仕方ないなぁ ）
営業スマイルを顔に貼り付けて席を立つと、タイガはミサキの近くへ行く。
「 何か用かな? ミサキ・ケルンティアさん 」
「 用がなければ来ない 」
「 だよねー 」
ピシリと言い放つミサキに、タイガはヘラリと笑う。
ちなみに周囲はミサキの持つ雰囲気に負けて凍っていた。（ ※サリアヌは除く ）
「 ロナに任せる 」
「 ん? 」
いきなり飛び出した敬愛する『 ロナ・サオトメ 』の名前に、タイガの顔から途端に営業スマイルが消える。「 さん 」くらいつけて欲しいものである。このおチビさんめ。
「 ロナに許可はとった 」
「 はぁ……何の? 」
ミサキ・ケルンティアは言葉の足りない人間だった。頭が良すぎる故に結論だけで語ってしまうというか、意見の言語化が苦手というか。とにかく庶民のタイガとしては会話が成り立たなくて困る。
更に困ったことにミサキとしても伝わらないことに苛立っているようだった。彼女が感情を露わにするのは珍しいと思いながらミサキを良く見れば目の下には隈があって、それが白い肌に映えて余計に目立って痛々しいことに気付く。
（ 汚染駆除班が徹夜になってるのか ）
人事部としては無理な徹夜をさせないように人材確保しないと、なんて思っているとタイガの凡人の脳が唐突にミサキの徹夜の理由に行き着く。
（ アサギくん! ）
今、先程まで某小隊長が文句を言って行った原因の機械人形のアサギは汚染駆除班が預かっている。つまり、ミサキ・ケルンティアはロナ・サオトメにアサギを預けると言っているのではないだろうか。
「 アサギくんを、サオトメ先生……ロナ・サオトメに預けるってこと? 」
「 最初からそう言ってる 」
いや、言ってないし。
タイガは心の中だけでツッコミを入れる。ミサキを『 汚染駆除班のお姫様 』とか呼んでる人間がいると食堂で聞こえてきた噂で聞いたことがあるが、そいつは頭がおかしいに違いない。だって、こんなに可愛くない。
「 サオトメせ……さんが許可しているなら、アサギくんを第4小隊に異動させるのは構わないとは思うけど…… 」
第4小隊の現在の編成を考えて人数的にも問題ないと判断して言うと、ミサキは何も言わずに部屋を出て行った。
あくまでもタイガという人事部の一個人が「 問題ない 」と言っただけだが、彼女の中では許可取りされたことになったのだろう。そして、それを押し切るだけの力がミサキにはあった。
残された人事部の面々は二度目の嵐が過ぎ去ったことを足音で確認すると、今度は身体中に入っていた力を抜く。唯一、力が抜けないのはタイガだけだ。
「 あー!! もう!! いきなり来て何なんだよー!!! 」
子供みたいだとは分かっているけど、我慢できなくて叫ぶ。それだけでミサキの方が精神年齢が上だと認めるようで腹立たしいが、叫びたいので思い切り叫んでおく。
「 何であの子、サオトメ先生を呼び捨てにしてて、しかもめっちゃ親しそうな訳!? 今まで先生の剣道教室に来てた訳でもないのに、どこで急接近したんだよ!? オレ、ミクリカであんな子見たことないし!! っていうことは最近出会った訳なのにあんなに仲良いの!? ズルい? 羨ましい? どっちもだよ!! 」
わーわーと1人で叫ぶタイガに皆、ドン引きだ。
「 まーた始まった……タイガによるサオトメ先生への愛の叫びが…… 」
「 タイガとケルンティアさんは混ぜるな危険だわ…… 」
「 ちょっと誰か食堂に連絡して保護者呼んで! 」
誰かがそうやって叫んで、誰かが食堂に連絡をして。
保護者が到着したのは、それから間もなくのことだった。
「 うちの主人がご迷惑をおかけ致しまして大変申し訳御座いません 」
現れた保護者こと機械人形のノエは流れるような動作で頭を下げた。彼の言う「 うちの主人 」という部分が「 うちの子 」に聞こえるような気がしたのは人事部の面々の幻聴だろうか。
「 別にノエを呼ばなくったって良いのに 」
ノエの姿を見たことで落ち着きを取り戻したのか、騒ぐのを止めたタイガはふてくされた顔で唇を尖らせる。全くもって、いい歳した大人がする表情ではない。
「 呼ばれないように大人しく仕事をしてくれれば結構なんですけどねぇ…次にやったら生ブラックプティングの刑ですよ 」
タイガの顔が面白いくらい青くなる。ブラックプティングとは「 豚の血の腸詰 」のことであり、タイガは生だと苦手な食材だ。
「 ご、ごめんね、ノエ! オレ、大人しく仕事するから 」
「 ええ。頼みますよ、主人 」
最後の主人の部分を強調して言い放つと、ノエは「 お騒がせ致しました 」と一礼して立ち去っていく。どこまでも保護者感の強い機械人形に、人事部の面々は「 あ、いえいえ。お呼び立てしてこちらこそ申し訳ございません 」と思ってしまう。
「 ヴァテールとノエさん、何十年来の付き合いのようにしか見えないわ 」
「 分かる。もはや産まれた時から面倒見てそう 」
「 あれ? ノエって保育用機械人形だったっけ? 」
「 違うから!! ノエは料理特化の機械人形だし、オレとはまだ付き合い浅いから!! 」
好き勝手なことをいうメンバー達に、思わずタイガはツッコミを入れる。タイガがノエの主人になったのはマルフィ結社に入ってからだから、ほんの数ヶ月の付き合いだ。それにしては随分としっくりきている仲だなとはタイガも思っているけれど、ここまで保護者扱いされると何だか悔しい。タイガだって一応は立派な成人済みの男性だ。
「 フリッツ・カール…懐かしいですわね 」
「 サリアヌさん、フリッツ・カールを知っているんですか? 」
サリアヌの言葉に先程までの機嫌はどこへやら（ 当然、サリアヌはこれを狙っての発言だ ）、タイガはサリアヌに問い掛ける。
レストラン『 フリッツ・カール 』は首都ソナルトにある敷居もお値段もお高めで、国内業績1位のロルグループが発行している『 ロルガイド 』で三ツ星常連の店だ。尚、公にはなっていないがノエの前の主人は店名と同じ名前の店のオーナーのフリッツ・カールである。
「 ええ。家人と何度か利用させていただきましたわ 」
「 あの店を何度か……さすが貴族 」
慄く庶民達。庶民にとっては敷居が高くても、貴族にとっては庶民のファミリーレストランレベルなのかもしれない。
サリアヌの、というか貴族の財力の凄さを感じながら各々仕事に戻っていく。
もうこの時には、タイガの中からミサキへの苛立ちはすっぱり抜け落ちていた。
些か乱雑に扉を閉めた人物の廊下を歩く足音が徐々に遠ざかっていく。やがて、それが聞こえなくなった時、部屋にいた人事部の面々はいつの間にか肩に入っていた力をそっと抜いた。
「 ……文句言いすぎでしょ 」
「 まぁ、確かにアレを任せたのは少しは悪かったとは思うけどさ 」
本人がいなくなったことを良いことに1人が言い出すと、同調して人事部の面々はブツブツと不満を呟きはじめる。
話題の“ アレ ”とは、最近マルフィ結社が手に入れた一体の機械人形のことである。その機械人形は型番でいうなら「 B.Gｰ02 」、名前でいうなら「 アサギ 」という。
そして、先程まで散々人事部に文句をつけていたのは前線駆除班某小隊の隊長（ 隊長の名誉のために、あえてここでは隊の番号は伏せておくことにする ）であり、アサギを配属した先の小隊長だった。
（ あんな綺麗な機械人形なのに戦闘狂とか勿体ないなー ）
不満大会に参加しないで淡々と仕事をしていたタイガは、鮮明に思い出せるアサギの姿を脳裏に思い浮かべる。
緑色の髪を一つに纏めて垂らし着物を纏ったアサギは、刀が良く似合う涼し気な目元の美しい機械人形だった。刀剣の類が好きなタイガとしては見逃せない存在である。
しかしながら、アサギは大人しそうな見た目とは裏腹に戦闘が始まってしまえば誰の言葉も聞かないし何でも壊す、とんでもない設定の機械人形でもあったのだ。風の噂によると既に経理部が頭を抱えているらしい。
人は見た目で判断してはいけない。
機械人形は、もっと判断してはいけない。
それを見事に体現していたのがアサギである。
「 サリアヌさん、おつかれさまでした 」
タイガは近くの席に所作美しく座った女性――サリアヌ・ナシェリに声をかける。アサギを任せていた某小隊長の苦情を根気強く延々と聞いてくれたのは、このサリアヌだ。
「 あの程度、何とも無いですわ 」
本当に何でもなかったような顔をしているサリアヌの品の良い色の紅を付けた唇が弧を描く。その姿を見た人事部の面々は某隊長への怒りと不満をどこかへ追いやって、うっとりとサリアヌに見惚れはじめる。
「 さすが、ナシェリさん 」
「 お美しい上に、人として完成されている……」
人事部の高嶺の花に見惚れるメンバーの中に、タイガも勿論入っていた。むしろ、その中で1番近くで高嶺の花の笑みを見られたことで、他の面々にちょっぴり優越感すら抱く。
しかし、いつまでも脳内お花畑状態ではいられない。人事部の面々のひと時の心の安定はサリアヌによって図られたが、そもそものアサギ問題は何も解決していないのだから。
「 ……今、その話題のアサギくんは何処にいるんだっけ? 」
「 汚染駆除班に。もしかしたら何か汚染の影響があるのかもしれないので 」
アサギの目は片方だけがギロク博士によって汚染された機械人形達と同じ赤い色をしていた。結社に来た時は何の異常も見られなかったが、もしかしたら遅効性で異常が出ている故の破壊活動なのかもしれない。そう考えて一旦は身柄を汚染駆除班へ預けているのだ。
「 汚染されてる、なんてことがなければいいなー 」
あんな素敵に格好良い機械人形にはなかなかお目にかかれない。折角、汚染されていないとしてマルフィ結社に来たのだ。彼が廃棄になる悲しい未来は見たくない。
その時、人事部のドアがバタンッと音を立てて開き、全員が某小隊長の再襲来かと身構えた。しかし、見えた姿が某小隊長と比べて小さいものだったことに安心したものが半数、その人物の正体を知っていて緊張するものが半数と人事部の中で明暗が別れた。
（ ミサキ・ケルンティア……!! ）
内心でドアを開けた人物の名前を叫ぶタイガは後者の人間だった。
ミサキ・ケルンティア。色素の薄い髪と目を持ち、何も知らぬ者が見れば可愛らしい人形のようなお嬢さんだ。
しかし、その目は優しく微笑まない。絶対零度の瞳を向けるだけ。
その口は愛らしい言葉を紡がない。冷酷無比の小さな女王。
その見た目に騙されて心の折れた人間が何人いただろうか。誠に恐ろしい女子である。
それだというのに、このミサキはタイガの敬愛するロナ・サオトメと親しい。いつだったか、ロナと並んで外へデート（ ※アイスクリームーーミサキとロナの場合 ）へ出掛けていく姿を見つけた時には、どんなに驚いたことか。
恐怖と嫉妬の入り交じった瞳で自分よりずっと若いミサキを見つめる。すると、うっかり見つめすぎて、ミサキのペールブルーの目とバッチリ目が合った。
（ あー、やっちゃった。仕方ないなぁ ）
営業スマイルを顔に貼り付けて席を立つと、タイガはミサキの近くへ行く。
「 何か用かな? ミサキ・ケルンティアさん 」
「 用がなければ来ない 」
「 だよねー 」
ピシリと言い放つミサキに、タイガはヘラリと笑う。
ちなみに周囲はミサキの持つ雰囲気に負けて凍っていた。（ ※サリアヌは除く ）
「 ロナに任せる 」
「 ん? 」
いきなり飛び出した敬愛する『 ロナ・サオトメ 』の名前に、タイガの顔から途端に営業スマイルが消える。「 さん 」くらいつけて欲しいものである。このおチビさんめ。
「 ロナに許可はとった 」
「 はぁ……何の? 」
ミサキ・ケルンティアは言葉の足りない人間だった。頭が良すぎる故に結論だけで語ってしまうというか、意見の言語化が苦手というか。とにかく庶民のタイガとしては会話が成り立たなくて困る。
更に困ったことにミサキとしても伝わらないことに苛立っているようだった。彼女が感情を露わにするのは珍しいと思いながらミサキを良く見れば目の下には隈があって、それが白い肌に映えて余計に目立って痛々しいことに気付く。
（ 汚染駆除班が徹夜になってるのか ）
人事部としては無理な徹夜をさせないように人材確保しないと、なんて思っているとタイガの凡人の脳が唐突にミサキの徹夜の理由に行き着く。
（ アサギくん! ）
今、先程まで某小隊長が文句を言って行った原因の機械人形のアサギは汚染駆除班が預かっている。つまり、ミサキ・ケルンティアはロナ・サオトメにアサギを預けると言っているのではないだろうか。
「 アサギくんを、サオトメ先生……ロナ・サオトメに預けるってこと? 」
「 最初からそう言ってる 」
いや、言ってないし。
タイガは心の中だけでツッコミを入れる。ミサキを『 汚染駆除班のお姫様 』とか呼んでる人間がいると食堂で聞こえてきた噂で聞いたことがあるが、そいつは頭がおかしいに違いない。だって、こんなに可愛くない。
「 サオトメせ……さんが許可しているなら、アサギくんを第4小隊に異動させるのは構わないとは思うけど…… 」
第4小隊の現在の編成を考えて人数的にも問題ないと判断して言うと、ミサキは何も言わずに部屋を出て行った。
あくまでもタイガという人事部の一個人が「 問題ない 」と言っただけだが、彼女の中では許可取りされたことになったのだろう。そして、それを押し切るだけの力がミサキにはあった。
残された人事部の面々は二度目の嵐が過ぎ去ったことを足音で確認すると、今度は身体中に入っていた力を抜く。唯一、力が抜けないのはタイガだけだ。
「 あー!! もう!! いきなり来て何なんだよー!!! 」
子供みたいだとは分かっているけど、我慢できなくて叫ぶ。それだけでミサキの方が精神年齢が上だと認めるようで腹立たしいが、叫びたいので思い切り叫んでおく。
「 何であの子、サオトメ先生を呼び捨てにしてて、しかもめっちゃ親しそうな訳!? 今まで先生の剣道教室に来てた訳でもないのに、どこで急接近したんだよ!? オレ、ミクリカであんな子見たことないし!! っていうことは最近出会った訳なのにあんなに仲良いの!? ズルい? 羨ましい? どっちもだよ!! 」
わーわーと1人で叫ぶタイガに皆、ドン引きだ。
「 まーた始まった……タイガによるサオトメ先生への愛の叫びが…… 」
「 タイガとケルンティアさんは混ぜるな危険だわ…… 」
「 ちょっと誰か食堂に連絡して保護者呼んで! 」
誰かがそうやって叫んで、誰かが食堂に連絡をして。
保護者が到着したのは、それから間もなくのことだった。
「 うちの主人がご迷惑をおかけ致しまして大変申し訳御座いません 」
現れた保護者こと機械人形のノエは流れるような動作で頭を下げた。彼の言う「 うちの主人 」という部分が「 うちの子 」に聞こえるような気がしたのは人事部の面々の幻聴だろうか。
「 別にノエを呼ばなくったって良いのに 」
ノエの姿を見たことで落ち着きを取り戻したのか、騒ぐのを止めたタイガはふてくされた顔で唇を尖らせる。全くもって、いい歳した大人がする表情ではない。
「 呼ばれないように大人しく仕事をしてくれれば結構なんですけどねぇ…次にやったら生ブラックプティングの刑ですよ 」
タイガの顔が面白いくらい青くなる。ブラックプティングとは「 豚の血の腸詰 」のことであり、タイガは生だと苦手な食材だ。
「 ご、ごめんね、ノエ! オレ、大人しく仕事するから 」
「 ええ。頼みますよ、主人 」
最後の主人の部分を強調して言い放つと、ノエは「 お騒がせ致しました 」と一礼して立ち去っていく。どこまでも保護者感の強い機械人形に、人事部の面々は「 あ、いえいえ。お呼び立てしてこちらこそ申し訳ございません 」と思ってしまう。
「 ヴァテールとノエさん、何十年来の付き合いのようにしか見えないわ 」
「 分かる。もはや産まれた時から面倒見てそう 」
「 あれ? ノエって保育用機械人形だったっけ? 」
「 違うから!! ノエは料理特化の機械人形だし、オレとはまだ付き合い浅いから!! 」
好き勝手なことをいうメンバー達に、思わずタイガはツッコミを入れる。タイガがノエの主人になったのはマルフィ結社に入ってからだから、ほんの数ヶ月の付き合いだ。それにしては随分としっくりきている仲だなとはタイガも思っているけれど、ここまで保護者扱いされると何だか悔しい。タイガだって一応は立派な成人済みの男性だ。
「 フリッツ・カール…懐かしいですわね 」
「 サリアヌさん、フリッツ・カールを知っているんですか? 」
サリアヌの言葉に先程までの機嫌はどこへやら（ 当然、サリアヌはこれを狙っての発言だ ）、タイガはサリアヌに問い掛ける。
レストラン『 フリッツ・カール 』は首都ソナルトにある敷居もお値段もお高めで、国内業績1位のロルグループが発行している『 ロルガイド 』で三ツ星常連の店だ。尚、公にはなっていないがノエの前の主人は店名と同じ名前の店のオーナーのフリッツ・カールである。
「 ええ。家人と何度か利用させていただきましたわ 」
「 あの店を何度か……さすが貴族 」
慄く庶民達。庶民にとっては敷居が高くても、貴族にとっては庶民のファミリーレストランレベルなのかもしれない。
サリアヌの、というか貴族の財力の凄さを感じながら各々仕事に戻っていく。
もうこの時には、タイガの中からミサキへの苛立ちはすっぱり抜け落ちていた。
「 トリカゴの陣 」後の話。
第3支部から第4小隊が帰ってきたという一報を受けたタイガは脇目も振らず第4小隊のいる場所へと向かって走った。
「 サオトメ先生!! 」
丁度、トラックの荷台から降り立ったロナの姿を見付けたタイガは彼の名前を呼んだ。呼ばれたことに気付いたロナがタイガへ視線を向けるので、タイガは更に走るスピードを上げて彼の元に到着する。
「 お帰りなさい 」
タイガにとってロナは単なる剣道教室の先生というだけではない。たった2年とはいえタイガにとって初めての社会人生活の全てが詰まったミクリカの数少ない生存者だ。タイガ自身は実家に帰省中だったからミクリカの惨劇を直接体験してはいないが、このロナは全てを経験したという。
そのせいかマルフィ結社で再開したロナは、どこか影を背負う男になっていた。しかし、その心の内にタイガが踏み入ることはない。それ程の立場に自分があるとは思えなかったし、そもそも踏み入るだけの勇気なんてなかった。
「 ただいま 」
ともかくもタイガの勢いに若干引いた様子を見せながらもロナはタイガに応える。
「 全員、無事の帰還で良かったです 」
「 無事か… 」
ロナの空色の目が遠くを見据える。その表情に、第4小隊に怪我や破損があったとは聞いていないが、戦闘時に何かがあったのかもしれないとタイガは内心で思った。
「 えっと、アサギ君はどうですか? 」
「 アサギ…? 」
「 俺がどうかしたか? 」
名前を呼ばれて反応したアサギが荷台から顔を覗かせる。
「 おつかれさま、アサギ君。PL-plugin削除後の戦闘はどうだったか主人に確認しているところだよ 」
タイガの言葉に赤と白の虹彩異色の目を丸くしたアサギは清々とした顔を見せた。
「 スッキリした 」
確かにマルフィ結社に来たばかりの鬱々とした空気を纏っていた戦闘人形の姿はそこにはない。
「 ……いや『 開放された 』って感じかもな 」
「 感じ、ではなく削除したのだから正しく解放だろうな 」
「 言葉の綾ってやつだろ 」
「 何だよー 」と不満そうな顔を見せるアサギにロナは苦笑を見せる。
その姿に、この1人と1体が上手くやれているとタイガは悟った。上手くいっていることは良い事だ。
（ でも、ちょっとムカつくんだよなー ）
以前に人事部の部屋に来たミサキ・ケルンティアが言った『 ロナに任せる 』がその通りになっていると、なんだかあのお嬢さんの掌で転がされているような気がして悔しい。
「 おーい、小隊長!! ちょっと来てくれー!! 」
そんな時、ビクターがロナを呼ぶ。何か問題が発生したのかもしれない。
「 あ、じゃあオレはこれで。サオトメ先生、良ければ今度呑みましょうね!! 」
とりあえず目下の目標、ロナの無事とアカギの正常稼働が確認できたのでタイガは退散することにした。ロナに頭を下げて結社内に戻っていく。
「 あ… 」
その帰り道、廊下でミサキと出会って思わず声を出してしまう。
そのまますれ違っていたならミサキもタイガなんて路傍の石程度の扱いだったのに声を出してしまったせいで、彼女と視線がかち合ってしまった。
とはいえ、すぐにミサキから視線を逸らされ彼女は歩き去っていく。目が合ったのだから「 こんにちは 」の一言の挨拶くらいしてくれたっていいのに。本当に可愛くない。その小さな背中に向かって大人気ないけど舌を出して小さな本当に小さな反撃をしてやった。ちょっとだけ気分がスッキリとする。
「 タイガ…? 」
名前を呼ばれて振り向けば、今度はテオフィルスが歩いて来るところだった。
「 あ、テオ君 」
「 ちょうどいいや。お前、うちの可愛いお姫様見なかったか? 」
テオフィルスの言う『 うちの可愛いお姫様 』が誰を指しているのかタイガはキチンと理解していた。しかし、理解はしていたけど、納得はしていない。確かに顔は可愛いかもしれないけど、態度が全てを台無しにしているじゃあないか。
「 ……ミサキ・ケルンティアなら、たった今ここを通ってあっちに行ったよ 」
「 おっ、悪いな。助かる 」
右脚を庇うような、のんびりとした足取りでテオフィルスがタイガの指した方向へ歩いていく。あのスピードで追いつけるか心配ではあるが、一緒にミサキの元へ行くのは嫌だったので、テオフィルスがミサキに追いつくことを祈るだけに留めた。
（ そういえば昔、食堂で聞こえた噂話… ）
ふと、少し前の記憶が蘇る。
―――回想始まり。
「 ミサキ・ケルンティアっているだろ? 」
「 ああ、あの子供だけど愛想の悪い子な 」
「 あの子を『 汚染駆除班のお姫様 』って呼んでる奴がいるらしいぞ 」
「 いや無いだろー 」
―――回想終わり。
その会話が聞こえた時、そのお姫様扱い人間は頭がおかしいに違いないと思ったことをタイガは思い出した。
（ オレが頭がおかしいって思った人、テオ君か!! うわー、ごめんねテオ君 ）
姿が見えなくなったテオフィルスに内心で謝る。謝るけど、やっぱり何かセンスとか色々おかしいんじゃないかとも思う。
とりあえず、言えること。それは―――。
（ オレ、あの子嫌いだ!! ）
「 サオトメ先生!! 」
丁度、トラックの荷台から降り立ったロナの姿を見付けたタイガは彼の名前を呼んだ。呼ばれたことに気付いたロナがタイガへ視線を向けるので、タイガは更に走るスピードを上げて彼の元に到着する。
「 お帰りなさい 」
タイガにとってロナは単なる剣道教室の先生というだけではない。たった2年とはいえタイガにとって初めての社会人生活の全てが詰まったミクリカの数少ない生存者だ。タイガ自身は実家に帰省中だったからミクリカの惨劇を直接体験してはいないが、このロナは全てを経験したという。
そのせいかマルフィ結社で再開したロナは、どこか影を背負う男になっていた。しかし、その心の内にタイガが踏み入ることはない。それ程の立場に自分があるとは思えなかったし、そもそも踏み入るだけの勇気なんてなかった。
「 ただいま 」
ともかくもタイガの勢いに若干引いた様子を見せながらもロナはタイガに応える。
「 全員、無事の帰還で良かったです 」
「 無事か… 」
ロナの空色の目が遠くを見据える。その表情に、第4小隊に怪我や破損があったとは聞いていないが、戦闘時に何かがあったのかもしれないとタイガは内心で思った。
「 えっと、アサギ君はどうですか? 」
「 アサギ…? 」
「 俺がどうかしたか? 」
名前を呼ばれて反応したアサギが荷台から顔を覗かせる。
「 おつかれさま、アサギ君。PL-plugin削除後の戦闘はどうだったか主人に確認しているところだよ 」
タイガの言葉に赤と白の虹彩異色の目を丸くしたアサギは清々とした顔を見せた。
「 スッキリした 」
確かにマルフィ結社に来たばかりの鬱々とした空気を纏っていた戦闘人形の姿はそこにはない。
「 ……いや『 開放された 』って感じかもな 」
「 感じ、ではなく削除したのだから正しく解放だろうな 」
「 言葉の綾ってやつだろ 」
「 何だよー 」と不満そうな顔を見せるアサギにロナは苦笑を見せる。
その姿に、この1人と1体が上手くやれているとタイガは悟った。上手くいっていることは良い事だ。
（ でも、ちょっとムカつくんだよなー ）
以前に人事部の部屋に来たミサキ・ケルンティアが言った『 ロナに任せる 』がその通りになっていると、なんだかあのお嬢さんの掌で転がされているような気がして悔しい。
「 おーい、小隊長!! ちょっと来てくれー!! 」
そんな時、ビクターがロナを呼ぶ。何か問題が発生したのかもしれない。
「 あ、じゃあオレはこれで。サオトメ先生、良ければ今度呑みましょうね!! 」
とりあえず目下の目標、ロナの無事とアカギの正常稼働が確認できたのでタイガは退散することにした。ロナに頭を下げて結社内に戻っていく。
「 あ… 」
その帰り道、廊下でミサキと出会って思わず声を出してしまう。
そのまますれ違っていたならミサキもタイガなんて路傍の石程度の扱いだったのに声を出してしまったせいで、彼女と視線がかち合ってしまった。
とはいえ、すぐにミサキから視線を逸らされ彼女は歩き去っていく。目が合ったのだから「 こんにちは 」の一言の挨拶くらいしてくれたっていいのに。本当に可愛くない。その小さな背中に向かって大人気ないけど舌を出して小さな本当に小さな反撃をしてやった。ちょっとだけ気分がスッキリとする。
「 タイガ…? 」
名前を呼ばれて振り向けば、今度はテオフィルスが歩いて来るところだった。
「 あ、テオ君 」
「 ちょうどいいや。お前、うちの可愛いお姫様見なかったか? 」
テオフィルスの言う『 うちの可愛いお姫様 』が誰を指しているのかタイガはキチンと理解していた。しかし、理解はしていたけど、納得はしていない。確かに顔は可愛いかもしれないけど、態度が全てを台無しにしているじゃあないか。
「 ……ミサキ・ケルンティアなら、たった今ここを通ってあっちに行ったよ 」
「 おっ、悪いな。助かる 」
右脚を庇うような、のんびりとした足取りでテオフィルスがタイガの指した方向へ歩いていく。あのスピードで追いつけるか心配ではあるが、一緒にミサキの元へ行くのは嫌だったので、テオフィルスがミサキに追いつくことを祈るだけに留めた。
（ そういえば昔、食堂で聞こえた噂話… ）
ふと、少し前の記憶が蘇る。
―――回想始まり。
「 ミサキ・ケルンティアっているだろ? 」
「 ああ、あの子供だけど愛想の悪い子な 」
「 あの子を『 汚染駆除班のお姫様 』って呼んでる奴がいるらしいぞ 」
「 いや無いだろー 」
―――回想終わり。
その会話が聞こえた時、そのお姫様扱い人間は頭がおかしいに違いないと思ったことをタイガは思い出した。
（ オレが頭がおかしいって思った人、テオ君か!! うわー、ごめんねテオ君 ）
姿が見えなくなったテオフィルスに内心で謝る。謝るけど、やっぱり何かセンスとか色々おかしいんじゃないかとも思う。
とりあえず、言えること。それは―――。
（ オレ、あの子嫌いだ!! ）
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