或る日の練習場／べにざくろ

練習
試合

練習

　中段の構えから木刀を思い切り振りかぶって面打ち（頭部）を狙う。
　一足一刀の間合いから腰を入れて思い切り飛んだそれは剣道の試合ならば間違いなく一本がとれただろう一振りだった。
　しかしタイガが対峙していた相手であるセリカは微笑みを浮かべたまま軽やかに横に躱すと木刀でタイガの踏み出した足の脛を打った。
「痛ッ……!! 」
　痛みついでに足を木刀に引っ掛けてタイガは練習場の床に飛び込むことになる。今日のタイガはジャージ姿だ。剣道防具のない生身の身体で倒れると、それなりに痛い。
「 ……やはり実戦向きの剣では無いですねぇ。剣道の試合ならば実力は十分あるとは思いますけどぉ」
　背中にかけられたセリカの声にタイガの心は凹む。それでも立ち上がって木刀の先をセリカへと向けた。
「あら、まだやりますかぁ？」
「お願いします」
　袴姿のセリカはタイガの様子に微笑むと、彼に合わせるように中段の構えをとる。
「実戦なら何処を斬っても良いですし、どんな体制で斬っても良いんですよぉ？それに試合場の枠も無いから、どれだけ動いても良いんです」
「はい!! 」
　剣道と実戦は違う。
　それは知識としては分かっていたことだったが、実際に実戦を行っている人間と対峙すると嫌という程分かる。
　竹刀は叩くもの、刀は引いて斬るもの。腕は振り抜いて止めない。足の運びに気を取られすぎては駄目。真剣を使わせるなら剣道を半端に齧った者より素人に持たせた方がマシ……そんなことを聞いたのはいつの事だったか。
　万が一の為にも実戦的な剣術が使えた方が良い。そう考えていたタイガが身体が鈍らないように木刀の素振りをしていた時、たまたま出会ったのがセリカ・ミカナギだった。温厚な彼女はタイガの悩みを真摯に聞いてくれただけでなく、暇な時にはこうしてタイガの相手もしてくれる。
「行きます」
　宣言したタイガは基本的に剣道で使われる中段の構えを止めて、左足を前に出して刀を頭の右手側に寄せる構えをとった。
　剣道の五行の構えにありながら実際に剣道では滅多に使われることのない八相の構えを取ったタイガに、セリカの唇が楽しそうに弧を描く。
「ヴァテールさん、普段の試合でも逆胴狙うタイプですかぁ？」
「あ、分かります？」
「素直そうに見えて案外太刀筋が可愛くないので、そう思いましたぁ」
　セリカに図星を指されてタイガは苦笑した。日頃、素直な性格が売りといっても過言ではないタイガだが剣道に関してだけは何故か逆胴（名前の通り、本来打つ右胴とは違い左の胴を狙うことだ）や引き技が得意だった。今とっている八相の構えも逆胴を狙いやすい構えである。
　構えだけで狙いまでバレてるんじゃ勝てないよなぁ。
　そう思いながらも得意技で勝負することに決めたタイガは、息を整えてセリカを見つめた。
　そして逆胴を狙って突っ込んで行ってセリカから容赦のない一撃を叩き込まれることになったのだった。

　*　*　*

「御免なさいねぇ。ついつい叩いちゃいましたぁ」
　練習場の隅っこでセリカは申し訳なさと笑いを堪えた顔でタイガに謝罪していた。
「だ、大丈夫です…… 」
　嘘である。
　タイガはセリカに打たれた右胴を抑えて転がっていた。これは痣になる。骨折をしていないだけセリカは手を抜いていてくれているのだろうが痛いものは痛い。
「どうしましょう？医療ドレイル班行きますかぁ？」
「こんなことで手を煩わせても悪いから大丈夫です……あとでミアちゃんに湿布だけ貰ってきます」
「そうですかぁ…… 」
　困った顔をして正座をしてタイガの様子を窺っていたセリカだったが、ふと思いついてタイガのお腹に手をあてる。
「痛いの痛いの飛んで行けー……どうですか？」
「 ……何か飛んでいく気がしました」
「それなら良かったですぅ」
　ふふふっと笑うセリカにタイガは赤面する。いきなり女性にお腹に触れられて「痛いの痛いの飛んでいけ」は恥ずかしくなる物以外の何物でもない。セリカは大人の女性だからこの程度のことではドキドキしないのかもしれないがタイガの心臓は激しく脈打っている。
「ミカナギさんって見た目に反して小悪魔系女子ですよね」
「そんなことないですよぉ。そういうこと言うお口はこうですよぉ？」
「ひひゃい、ひひゃひでふ」
　両頬を引っ張られてタイガは悲鳴を上げた。「痛い」と主張してみるもののセリカは「何言ってるか分かりませーん」と何処吹く風である。
「タイガ？何やっているんだ？」
　その時訝しむような呆れたような聞き慣れた声が頭上から聞こえてタイガは首を動かしてその人物を見た。声をかけてきた人物はタイガの予想通りのロナ・サオトメで、その彼の後ろには端正な顔立ちをした機械人形マス・サーキュのアサギが付いてきている。その機械人形マス・サーキュへと目を向けたセリカが無意識に手に力を篭めた。力の篭めた先にあるのはタイガの両頬な訳でタイガはもはや声にならない声を上げる。
「セリカ、その人が死ぬぞ」
「あっ……御免なさいねぇ、ヴァテールさん」
　アサギに指摘されたセリカは慌てて手を離すとタイガに謝罪をして両頬をその手で労わるように撫でた。白魚のような手で撫でられるのは気持ち良いが痣になるかもしれないなぁとタイガは遠い目をして思う。
「それにしても他人を気遣う事が出来るようになったんですねぇ、アサギさん。お姉様から聞きました。何かのパーツを外されたんですって？」
　セリカの声にいつもの暖かさはなく真冬の北の海のような冷たく硬質的なものだった。タイガがそっと覗き見たセリカの表情も硬く何処と無く怖い。
「最初から外していればルー君が怪我する事も無かったのに…… 」
　悔やむようなセリカの顔を見てタイガは少し前のことを思い出す。
　当時アサギは前線駆除リンツ・ルノース班第三小隊に所属していた。そして機械人形マス・サーキュとの戦闘の際に周囲を顧みなかった結果、人間の隊員が怪我を負うことになり隊員の一人が顔に縫う程の怪我を負った。セリカの言う「ルー」はその隊員の愛称だ。
「 ……悪かった、な」
「謝罪はルー君本人にお願いしますぅ。ところで―― 」
　アサギとの会話を打ち切ったセリカがいつもと変わらない温和な表情で会話の蚊帳の外にいたロナを見た。
「アサギさんといらっしゃるという事は貴方がサオトメ流のロナ・サオトメさんですねぇ。お会い出来て光栄ですぅ」
「ミカナギさん、サオトメ先生を知ってるんですか？」
　両頬の痛みで腹部の痛みが遠のいたタイガが起き上がりながら問いかけるとセリカは「ええ」と頷き膝をロナへと向けた。非の打ち所のない綺麗な正座姿でセリカは口を開く。
「ミカナギ示源流じげんりゅう師範代、セリカ・ミカナギと申します。どうぞお見知りおきください」
　膝の前に手をつき一礼をしたセリカにロナも立礼りゅうれいを返した。そこはかとなく漂う武人同士の空気感にタイガの目が輝く。
「オレ、今ミカナギさんに剣を見てもらってたんですけどサオトメ先生もこれから訓練ですよね？もし良ければ二人の模擬戦見てみたいなぁーなんてダメですか？」
「ロナ。俺もロナとセリカの戦いは見てみたい」
　思いつきでタイガが発した言葉に最初に乗ってきたのはアサギだった。一人と一体の輝く瞳を向けられたロナとセリカは顔を見合わせる。
「私は構いませんよぉ。サオトメさんには手加減して頂かなくてはいけませんけど」
　先に本気なのか謙遜なのか理解しかねることを言ったのは人生経験の差でセリカだった。そう言いながらも目には好戦的な光が灯っているのをロナは見逃さない。
「お手合せお願い出来ますか？」
「此方こそ宜しくお願い致しますぅ」

試合

　構えは共に中段の構え。互いに喉元に剣先を突き付けるような構えをとっているロナとセリカの顔は共に楽しそうな笑みを浮かべていた。
（怖っ……空気が痛い）
　アサギと並んで大人しく隅っこで観覧するタイガは、その二人の顔からは想像もつかない張り詰めた空気が肌に刺さって強ばった顔になる。あの空気を正面から受けたなら気迫に負けて自分はきっと剣が迷うだろう。
　高段位者同士の試合で感じるような痛い空気。機械人形マス・サーキュであるアサギはこの空気をどう感じているのだろうと横目で彼を窺うと、彼の赤と白の人工の眼は全てを見逃さないようにとでもいうのか二人を映したまま微塵も動かない。
　先に動いたのはセリカだった。タンッと軽く床を蹴る音と同時にロナの喉元にセリカの木刀の剣尖けんせんが迫るが、ロナが横からその軌道を逸らし身体を捻ってセリカを躱す。空いた脇腹を薙ぐようにロナの剣が水平に振られるが、それをセリカは剣道の試合では絶対に有り得ない避け方――屈んで避けた。逆に屈んだ体制を生かして刀を水平に振り返しセリカがロナの脛を狙うが、それを予想していたロナが飛び下がるようにして避ける。
「 ……サオトメさん相手に死に剣は本当に駄目ですねぇ。危なかったですぅ」
　立ち上がったセリカが呟く。
　死に剣――突きの姿勢は無防備な死に体となり、次の動作に移るまでに時間がかかってしまう。それはほんの数秒かもしれない。しかし、その数秒が戦場では生死を分けるのだ。
「そちらこそ。機械人形マス・サーキュの喉も穿つらぬけそうな突きでした」
「お褒めにあずかり恐悦至極に存じますぅ」
　軽やかに笑ってセリカは木刀を構え直す。セリカとすれば時間をかければかけただけ体力的に不利なのは若くもなく女の身の自分だ。勝負は早いうちについた方が良い。
　ロナもそれは分かっているのだろう。無駄に斬りかかって体力を消耗する愚策に走らず悠然と木刀を構えてセリカの動向を窺っている。若者らしからぬロナの態度にセリカは遣やり難にくさを感じた。どちらかというと老獪な剣士と対峙した時の感覚に似ている。
　仕方ない。
　セリカは剣先を相手を誘うように微妙に動かした。息を抜き、微かに篭手（右手首）を空けて誘うと、ロナは剣尖けんせんを舞い上げるや否や篭手を狙う一撃を振るう。それを寸でのところで鎬しのぎで受けると木刀同士のぶつかる音が練習場に響き渡った。
　鍔つば迫り合いになるとセリカの予想に反することがあった。
　思っていた以上にロナの膂力りょりょくが強く、押し負けそうになったのだ。ロナにもそれが伝わったらしくセリカの体勢を崩そうと木刀を揺すぶる様子を見せる。二人が行っているのは剣道では無いので時間空費の反則もなく、審判が「止め」の合図で鍔迫り合いを止めさせることも無い。
　当初、セリカが想定していたように木刀を動かしてロナを左右に透かしてやりたいがロナの押す力は絶妙で悪戯に力を込めている訳でもない。少しずつ後退させられていくセリカに、ほんの僅かの焦燥感が生まれる。そんな心の乱れをロナが見逃す筈は無い。
「あっ…… 」
　ロナに押されて体勢を崩しつつ二、三歩下がらされる。その間合いを詰めるようにロナが頭を狙って木刀を上段から振りかぶったが、セリカは頭上に木刀を横にすることで受けて辛うじて防いだ。
「 ……とは、」
「はい？」
　ロナがポツリと何事かを呟くが聞こえず、セリカは聞き返す。
　逡巡した後に少し大きな声でロナはもう一度セリカに聞こえるように言い直した。
「受け止められるとは思いませんでした」
「ふふっ、そうは言いますけどサオトメさん。こんな上段から振る必要が無いのに私の為に振って下さいましたよねぇ？」
　セリカが体勢を崩した後、最初にセリカがロナへと仕掛けた時のように突きを入れるか木刀を持つセリカの手首を狙えば勝負はついていた。しかし、あえてそれをしなかったのはロナなりの優しさなのだろう。
「分かりましたか？」
「ええ、勿論ですぅ……参りました」
　そこまでされて敗けを認めない訳にはいかない。セリカが苦笑混じりに呟いた言葉にロナの目尻が下がった。
「ありがとうございました」
　そう言ってロナが頷いたことで試合が終わり、互いに剣を収める。
　その瞬間、練習場に張り詰めていた空気が消え失せて、傍観していたタイガはいつの間にか身体に入っていた力をそっと抜いた。
「凄かったね、アサギ君」
　同意を求めるように隣に座るアサギに声をかけてみるが、アサギは試合開始前の時のようにロナとセリカを見つめたまま視線を動かさない。ひょっとして壊れてしまったのではないかと不安に思うタイガだが、少し自分の身体をアサギに寄せてみると微かに稼働音が聞こえてきたので安心する。きっと、アサギは元々がボディーガード用の機械人形マス・サーキュだから色々と今の模擬試合から学ぶことがあったのだろう。
　でも人間そっくりに出来た機械人形マス・サーキュが瞬き一つせずに真っ直ぐ前を見てるのって何だか怖いな、と思ったタイガは遠慮がちにアサギの肩を指でつついた。
「アーサーギーくーん。終わったよー？」
　そう言って声をかけると瞬きを一つしたアサギがタイガを見た。
「凄かったな」
「うん、そうだね」
　アサギの言葉が先程のタイガの問いに対する答えなのだと判断してタイガも同調するように頷く。
　あれが実戦で使えるレベルなのだとしたら自分の腕ではとてもではないが機械人形マス・サーキュと戦える気はしない。前線駆除リンツ・ルノース班に所属する人間の実力の高さを思い、いつの間にか腕に浮かんでいた鳥肌を消すように腕を擦った。
「サオトメ先生、ミカナギさん、お疲れ様です！」
　そんな一人と一体の元にロナとセリカが戻ってきた。タイガとアサギは立ち上がって二人を迎える。
「残念です、サオトメさんが強過ぎて敗けちゃいましたぁ」
　そこまで残念そうな雰囲気を見せずにセリカは笑うと、アサギを見た。
「良い主人マキールに出会えて良かったですねぇ、アサギさん。機械人形マス・サーキュの幸せは主人マキール次第ですからねぇ」
　セリカの言葉を咀嚼するように一度沈黙したアサギだったが、ロナへとチラリと視線をやった後セリカへと視線を戻した。
「そう、だな。ロナに出会って俺も変われた気がする」
「お姉様にはお会いになりましたかぁ？」
「まだだ」
「是非お会いになって下さいな。お姉様も喜ぶ……かもしれませんよぉ？」
　暈ぼかした物言いのセリカに頷くアサギを見ながら、タイガはアサギが第三小隊から異動になった時のことを思い出していた。
　第三小隊の隊長であるエレオノーラ・ブリノヴァが人事部の部屋に乗り込んできてきたあの日。元々、背も高く迫力のある女性であるエレオノーラが怒る姿は最初に文句を言われた若い女性が泣き出してしまう程で。
　それを見かねたサリアヌ・ナシェリが担当を代わり、根気強くエレオノーラの怒りが収まるまで話を聞いてくれた。さすが人事部の高嶺の花は違う。
（あの時のサリアヌさん、最高に格好良かったなぁ…… ）
　サリアヌのことを思い出すとテンションが上がるのは、もはや人事部の人間なら当たり前のことだ。しかし、すぐにタイガのテンションは急落する。
（アサギ君が変われたのはもちろんサオトメ先生のおかげだけど、それってそもそもミサキ・ケルンティアがアサギ君を異動させたからなんだよなぁ）
　ミサキ・ケルンティア。
　別名を汚染駆除ズギサ・ルノース班のお姫様。
　むしろ汚染駆除ズギサ・ルノース班の絶対零度の女王クイーン・オブ・アブソリュートゼロといった方が彼女には似合う気がする。
　彼女と会話した時のことを思い出すと良い気分が台無しになると考えたタイガは早々に思い出すことを放棄した。
（こっちは凡人なんで。言ってくれなきゃ何も伝わらないに決まってるからね！）
「あ、セリカさん。こんな所に居たんすか」
　タイガが此処にはいないミサキへの不満を脳内で叫んでいると練習場の外から中を覗き込んで声をかける男がいた。顔に目立つ傷のある彼に呼ばれたセリカが小首を傾げる。
「ルー君？どうしたんですかぁ？」
「姐さんがセリカさん探してるから呼びに来たんすよ。端末も連絡付かないというから此処かと思いまして…… 」
　セリカへと言いながらもルー君――ルーウィンの目は別の人物に釘付けになっていた。それは緑の髪をした、かつての仲間だ。
「アサギさん？」
　気まずそうにそれとなく目を逸らすアサギを見つめたルーウィンも目を見開いたまま固まったように動かない。
「彼は第三小隊のメンバーで顔の傷はアサギ君の戦闘に巻き込まれて出来た物なんです」
　ルーウィンのことを知らないだろうロナにタイガは囁く。ロナの夏の空を切り取ったような目がルーウィンの顔の傷に向いて曇り空になった。
　ロナは優しい男だ。自分が主人マキールになる前のアサギの行動はロナには何ら関係がないというのに胸を痛めているのだろう。
　はたしてルーウィンがどのような行動に出るのか。
　アサギという存在がトラウマになって恐怖に叫ぶかもしれない。
　傷を負った事を詰なじるのかもしれない。
　はたまた言葉だけでは飽き足らず、暴力的な行動に出るのかもしれない。
　ルーウィンがどんな行動をとったとしても反応出来るようにロナがさり気なく身構えているのを見たタイガは、ロナの対応力の高さに感動しつつ脳内だけで「さすがサオトメ先生！」と叫んでおく。セリカもルーウィンが暴力的に動くのならば止めようというのか、やはりこちらもさり気なく体勢を整えていた。
「 ……悪かったな」
　ロナとセリカの模擬試合で張り詰めた空気とは違う種類の張り詰めた空気を破るように口を開いたのは、この中で唯一の機械人形マス・サーキュのアサギだった。
　アサギが謝罪の言葉を口にする姿なんて初見であったセリカは、目を溢れんばかりに開いてカヌル山が噴火した姿を見た人のような顔でアサギを見つめる。それはルーウィンも同じだったようだ。
「アサギさんて……謝れるんすね」
　本当に唖然としたように呟くルーウィンにアサギはもう一度「悪かった」と言葉を返す。
「『お前達が弱いのが悪い』とか『演習の時より反射神経も集中力も二十パーセントは落ちている腑抜け共』とか言ってたアサギさんが謝れるとは思わなかったっす」
　ルーウィンの言葉にロナ、セリカ、タイガの人間三人は「お前、そんなこと言ってたのか」とでも言いたそうな目でアサギを見た。
「あの時は本当にそう思ってたんだから仕方ないだろ」
　恥ずかしさを隠すように不貞腐れた顔をするアサギは人間のようにも見える程だった。これもPL-pluginを外した影響なのかもしれない、と彼の事情を良く知るロナは一人思う。
「アサギさんが元気にやれてるならそれで良いんで。俺も少しはマシになったんで今度相手してください」
　それだけアサギに言ったルーウィンは、その目をセリカに向けた。
「じゃあ、セリカさん。さっさと姐さんの所に行きますよ」
「分かりました。着替えてから行きますぅ」
「何着てたって変わらな……痛ッ」
「ルー君？悪い事を言うのはこの口ですかぁ？」
　余計なことを言おうとしていたルーウィンの頬をセリカが笑顔のまま引っ張る。あれ痛いんだよなぁ、とそれを見てタイガはルーウィンの無事を心の中だけで祈った。
「それではぁ、此処でお暇いとま致しますぅ。サオトメさん、良ければ又お相手して下さいな」
「こちらこそ」
　そう言ってセリカはルーウィンを引っ張るように伴って練習場を立ち去っていく。
　残った男二人と機械人形マス・サーキュはというと。
「サオトメ先生の練習、見てて良いですか!? 」
「別に構わないが…… 」
　タイガの言葉に頷きつつもロナはアサギを見た。アサギにも許可をとるつもりなのかな、と思ったタイガはアサギへと目を向ける。
　しかし、アサギから返ってきたのは全く別の言葉だった。
「お前、その顔大丈夫なのか？」
「ん？」
「痣になってるぞ」
　アサギに言われてタイガは両頬に思わず手を当てる。すっかり忘れていたが、そういえばロナとセリカの模擬試合前にセリカに両頬を引っ張られて痣になると思っていたのだった。
「あ、オレ……やっぱり医療ドレイル班に湿布貰いに行ってきます…… 」
「その方が良い。その、何だ……お大事にな」
「ありがとうございます、サオトメ先生」
　ロナとアサギに別れを告げてタイガは医療ドレイル班へ向かって歩き出す。しかし、途中でどうしても気になって男子トイレへと駆け込み鏡で現実を見てしまったタイガは。
「えー!? めちゃくちゃ痣になってるー!! 」
　結社中に響き渡りそうな勢いで大絶叫する羽目になったのだった。

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