愛の日に新たな決意を君に／燐花
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rinka_creation 2021年02月13日(土) 16:29:28履歴
ことり。音を立ててテーブルの上の人形の前に苺チョコを置く。少し前に近くの店で買っておいた、なんて事ないありふれたチョコだ。
あのさ、俺今日初めて愛の日楽しんでみたんだ。
ぽつりぽつりとチョコと人形に向かって呟く。否、チョコの向こうにもうこの世に存在しない誰かを思い浮かべて、その人に向かって。
誰かから贈り物を貰うって初めてだった。後、俺からもあげたいと思ったから、用意してみた。
初めてだったけど、今日一日色々見て何だか強く記録された気がするんだ。誰かから思いを受け取った瞬間、驚くくらい顔の熱が上がるんだぜ？人って。
嬉しい、だとよ。
でも、今なら何となく理解が出来る気がする。昔じゃ考えられなかったな。
チョコの向こうに思い浮かべたその人は、多分ニコニコしながら聞いている。きっと。
あるいは、目だけ悲しそうにしているだろうか。君も本当はこう言う日に同じ様に、何なら俺以上に楽しみたい性分な筈だから。
俺さ、PL-plugin外したんだ。
主人も変わった。
だからもう、お前と同じじゃなくなった。
きっとそんな事言ったら、君は悲しさに顔を歪めるだろうか。もしくはそれでも嬉しそうにするだろうか。分からない。
君との記憶は思ったより少ないらしい。もしも今この場にいたら。過去の記憶から君の次の行動パターンを演算、予測する事は出来るが、自分の場合それは予測の域を出ないしそう言う想像を巡らすのはきっと人間の方が上だ。
想像や想いで動くことが出来る人間を羨む彼女の言葉が初めて理解出来た気がした。
「アサギ」
ロナに声を掛けられアサギは目線だけを彼に向けた。
「どうした…？席に着いて…ん？それチョコか？」
「あー…オソナエモノ？」
「お供物？」
「人間って、死んだ奴や壊れた奴を思い出してこうやって何か飾ったりするんだろ？」
「あぁ、なるほど。そう言う人間も、いるな」
「も？」
「やらない人もいる。やり方の違う人もいる。まあ、思いがあれば形は自由だと思うぞ？そう言うものは人が居れば居ただけの作法が存在するんだ」
自由。そう聞いてアサギは自分の今の立ち位置を改めて見つめてみた。ウェンズデーに右目の機能を奪われた後、破損の影響か一時的に省エネモードに入ってマルフィ結社に連れて来られて最初はどこに配属されたか、確か第三小隊だった気もするが。
個人プレーを目立たせてしまい、当時埋め込まれていたPL-pluginの影響もあり制御の出来ない機械人形になりかけていた時、たまたまミサキの耳に入って彼女に会い、彼女の計らいで第四小隊に飛ばされてロナに出会った。
ロナは前の主人と違う。アサギを大事にし、機械人形も人間も分け隔てなく大切に思い、そして時折切なそうな遣りきれない顔を見せる。アサギや兄機を消耗品としか考えず、余興として壊し合わせた元主人では決して見られない顔だった。でも、自分がロナの一部の顔しかまだ知らない様に、元主人にも何か別の顔があったのかも。それを他ならぬウェンズデーが見ていたのかも。もうそれはかもの域を出ないし、今更見たかったとも思わないが。
それでも見るもの一つとってもこんなにもウェンズデーと違う。彼女と共有したものは記憶も見ていたものも相当違うと思うと少しだけ、人の気持ちに例えるなら「寂しい」感じがした。
でも、それでも今ロナと共に自由を享受している。その生活とウェンズデーと共に破滅の道を歩むのとどちらを選ぶかと言われたら、自分は彼女の手を一度振り払ってしまうかもしれない。
「なぁ、ロナ」
「ん？どうした？」
「もう、愛の日終わるな…」
「ああ、もう日付が変わるな」
アサギはごそごそと懐を漁ると、今日一日ずっとロナに渡そうと思ってタイミングを窺っていたチョコレートを取り出した。
「ロナ、やる」
「…俺に？」
「ああ。俺も愛の日を楽しもうかと思って買ってみたんだ」
包みを開くと、そこに入っていたのはオランジェット。チョココーティングされたみかんなんて、愛の日由来のスイーツにロナの好物なんてアサギも考えたものだ。アサギはいつもと変わらず真面目な視線をロナに向けた。
「後、愛の日だし。新しく主人になってくれたロナへ感謝の気持ちを形にしたかった」
「ああ…ありがとな、アサギ」
「ロナ…俺、主人のいる機械人形って立場でこんなに嬉しいの初めてなんだ」
普段の大人しく割と冷静な彼からは想像出来ない屈託の無い笑み。沢山悩んだけれど、沢山迷ってしまったけれど、あの時アサギの主人決めに際し腹を括って良かったとその笑顔を見てロナは思った。
彼を将来中古品としてしまわずにこの笑顔を守れた。それだけで少し自分の抱えているものが軽くなる心地がする。
「しかしなかなかお洒落なものを用意するんだなアサギは」
「うーん…調達班に相談したら「ぴったりのがあるよ」って教えてくれたから代わりの買い物頼んだんだ。そいつの趣味じゃねぇ？あの色素薄い髪色した女」
そんな子居たっけかな？と頭の中で知り得る限りの調達班メンバーを思い浮かべ、直ぐに『彼』だと分かり、何となくこんな小洒落たものを知ってても納得だと思いつつ、お月見の時にも確か顔を合わせた筈だが未だに彼を男性だと認識していないアサギにちょっとだけ苦笑した。
「さっそくいただいて良いか？せっかくだから日付が変わる前に味わいたいな」
「おお、食べてくれ」
「アサギも、飲食のオプションが付いてるんだしどうだ？」
「…良いのか？」
「勿論。ついでだから合いそうな飲み物を買いに行くよ」
「あ、俺もついてく」
アサギは先程まで座っていた椅子から離れ、ロナの下に向かう。机が動いた振動か、上に乗っていた人形──誰かを模したかの様なピンク色の髪をした女の子のぬいぐるみがトスンと床に落ちる。
「いけね」
アサギはそれを拾い上げると大切そうに抱えてロナの方に向かった。
もう、主人が違う。PL-pluginも外した。何もかも君とは違う。だけど、だからこそ今の俺なら、破滅に向かおうとした君を破壊する以外の選択も足掻いてみるかもしれない。一度振り払った君の手を、もう一回握り直して意地でも引き上げようとするかもしれない。
だけど、もうそれは叶わないから。だから君に出来なかった分まで目の前の誰かに差し伸べてみるよ。
ロナが手を差し伸べたくて、でも力が足りないと言うのなら俺が一緒に手を差し出す。君と何もかも違ってしまったからこそ、これからはそうやって生きたいんだ。
あのさ、俺今日初めて愛の日楽しんでみたんだ。
ぽつりぽつりとチョコと人形に向かって呟く。否、チョコの向こうにもうこの世に存在しない誰かを思い浮かべて、その人に向かって。
誰かから贈り物を貰うって初めてだった。後、俺からもあげたいと思ったから、用意してみた。
初めてだったけど、今日一日色々見て何だか強く記録された気がするんだ。誰かから思いを受け取った瞬間、驚くくらい顔の熱が上がるんだぜ？人って。
嬉しい、だとよ。
でも、今なら何となく理解が出来る気がする。昔じゃ考えられなかったな。
チョコの向こうに思い浮かべたその人は、多分ニコニコしながら聞いている。きっと。
あるいは、目だけ悲しそうにしているだろうか。君も本当はこう言う日に同じ様に、何なら俺以上に楽しみたい性分な筈だから。
俺さ、PL-plugin外したんだ。
主人も変わった。
だからもう、お前と同じじゃなくなった。
きっとそんな事言ったら、君は悲しさに顔を歪めるだろうか。もしくはそれでも嬉しそうにするだろうか。分からない。
君との記憶は思ったより少ないらしい。もしも今この場にいたら。過去の記憶から君の次の行動パターンを演算、予測する事は出来るが、自分の場合それは予測の域を出ないしそう言う想像を巡らすのはきっと人間の方が上だ。
想像や想いで動くことが出来る人間を羨む彼女の言葉が初めて理解出来た気がした。
「アサギ」
ロナに声を掛けられアサギは目線だけを彼に向けた。
「どうした…？席に着いて…ん？それチョコか？」
「あー…オソナエモノ？」
「お供物？」
「人間って、死んだ奴や壊れた奴を思い出してこうやって何か飾ったりするんだろ？」
「あぁ、なるほど。そう言う人間も、いるな」
「も？」
「やらない人もいる。やり方の違う人もいる。まあ、思いがあれば形は自由だと思うぞ？そう言うものは人が居れば居ただけの作法が存在するんだ」
自由。そう聞いてアサギは自分の今の立ち位置を改めて見つめてみた。ウェンズデーに右目の機能を奪われた後、破損の影響か一時的に省エネモードに入ってマルフィ結社に連れて来られて最初はどこに配属されたか、確か第三小隊だった気もするが。
個人プレーを目立たせてしまい、当時埋め込まれていたPL-pluginの影響もあり制御の出来ない機械人形になりかけていた時、たまたまミサキの耳に入って彼女に会い、彼女の計らいで第四小隊に飛ばされてロナに出会った。
ロナは前の主人と違う。アサギを大事にし、機械人形も人間も分け隔てなく大切に思い、そして時折切なそうな遣りきれない顔を見せる。アサギや兄機を消耗品としか考えず、余興として壊し合わせた元主人では決して見られない顔だった。でも、自分がロナの一部の顔しかまだ知らない様に、元主人にも何か別の顔があったのかも。それを他ならぬウェンズデーが見ていたのかも。もうそれはかもの域を出ないし、今更見たかったとも思わないが。
それでも見るもの一つとってもこんなにもウェンズデーと違う。彼女と共有したものは記憶も見ていたものも相当違うと思うと少しだけ、人の気持ちに例えるなら「寂しい」感じがした。
でも、それでも今ロナと共に自由を享受している。その生活とウェンズデーと共に破滅の道を歩むのとどちらを選ぶかと言われたら、自分は彼女の手を一度振り払ってしまうかもしれない。
「なぁ、ロナ」
「ん？どうした？」
「もう、愛の日終わるな…」
「ああ、もう日付が変わるな」
アサギはごそごそと懐を漁ると、今日一日ずっとロナに渡そうと思ってタイミングを窺っていたチョコレートを取り出した。
「ロナ、やる」
「…俺に？」
「ああ。俺も愛の日を楽しもうかと思って買ってみたんだ」
包みを開くと、そこに入っていたのはオランジェット。チョココーティングされたみかんなんて、愛の日由来のスイーツにロナの好物なんてアサギも考えたものだ。アサギはいつもと変わらず真面目な視線をロナに向けた。
「後、愛の日だし。新しく主人になってくれたロナへ感謝の気持ちを形にしたかった」
「ああ…ありがとな、アサギ」
「ロナ…俺、主人のいる機械人形って立場でこんなに嬉しいの初めてなんだ」
普段の大人しく割と冷静な彼からは想像出来ない屈託の無い笑み。沢山悩んだけれど、沢山迷ってしまったけれど、あの時アサギの主人決めに際し腹を括って良かったとその笑顔を見てロナは思った。
彼を将来中古品としてしまわずにこの笑顔を守れた。それだけで少し自分の抱えているものが軽くなる心地がする。
「しかしなかなかお洒落なものを用意するんだなアサギは」
「うーん…調達班に相談したら「ぴったりのがあるよ」って教えてくれたから代わりの買い物頼んだんだ。そいつの趣味じゃねぇ？あの色素薄い髪色した女」
そんな子居たっけかな？と頭の中で知り得る限りの調達班メンバーを思い浮かべ、直ぐに『彼』だと分かり、何となくこんな小洒落たものを知ってても納得だと思いつつ、お月見の時にも確か顔を合わせた筈だが未だに彼を男性だと認識していないアサギにちょっとだけ苦笑した。
「さっそくいただいて良いか？せっかくだから日付が変わる前に味わいたいな」
「おお、食べてくれ」
「アサギも、飲食のオプションが付いてるんだしどうだ？」
「…良いのか？」
「勿論。ついでだから合いそうな飲み物を買いに行くよ」
「あ、俺もついてく」
アサギは先程まで座っていた椅子から離れ、ロナの下に向かう。机が動いた振動か、上に乗っていた人形──誰かを模したかの様なピンク色の髪をした女の子のぬいぐるみがトスンと床に落ちる。
「いけね」
アサギはそれを拾い上げると大切そうに抱えてロナの方に向かった。
もう、主人が違う。PL-pluginも外した。何もかも君とは違う。だけど、だからこそ今の俺なら、破滅に向かおうとした君を破壊する以外の選択も足掻いてみるかもしれない。一度振り払った君の手を、もう一回握り直して意地でも引き上げようとするかもしれない。
だけど、もうそれは叶わないから。だから君に出来なかった分まで目の前の誰かに差し伸べてみるよ。
ロナが手を差し伸べたくて、でも力が足りないと言うのなら俺が一緒に手を差し出す。君と何もかも違ってしまったからこそ、これからはそうやって生きたいんだ。
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