愛の日に遠回しな優しさを君に／燐花
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rinka_creation 2021年02月10日(水) 18:31:21履歴
人事部はマメな人間が多いからか、人事部メンバー全体へと言う目的で菓子を持って来た者は多く、並べたところさながらお菓子だけのバイキングの様だった。それもあって各々楽しみながらチョコを手に取っていく小さなイベントが起こった。
サリアヌも一個ずつチョコを取る。しばらくお茶菓子に困りませんわね、と柔らかく微笑むサリアヌ。人事部のメンバーは午後休になっているとは言え、彼女と愛の日に顔を合わせられる事を心底喜んだ。
愛の日を少し楽しんで、仕事をして、気付けば昼。諸々を切り上げて回すものはきちんと回して、取りこぼしのない事を確認すると荷物を纏めたサリアヌは静かに席を立った。
昼過ぎの一番皆がぼーっとする時間。自分が出て行こうとしているのを気付く人はあまり居ない。それで良い。このまま静かに出よう。ふと前を向いたサリアヌの目に黒いシルエットが入り込んだ。
「あら…」
「さ、どうぞ。ナシェリさん」
ロードは恭しく頭を下げるとドアを開けてサリアヌを促した。
「…ありがとう、と言いたいところですが素直に言えませんわね…どう言うつもりですの？」
「うふふふ…私も医療班に用事がありましてこれから少し休憩に入るんです」
「それで？」
「なので向かいがてら、貴女のお見送りを…」
サリアヌはふっと笑うとひらひらと手を振った。
「いりませんわ。子供じゃあるまいし。一人で行けますわよ」
「では言い方を変えましょう。私と道すがらデートしていただけませんか？」
「…あら」
「おや？押しが足りませんか？では、高嶺の花に憧れるこの哀れな男と見送りくらいの距離で良いですから一つデートでも…」
「そんなに言わなくて結構ですわ…そう言う言い方されると断りづらいですわね全く」
「うふふ。粘ってみるものですねぇ。麗しい美女からお許しが出たところで参りましょうか」
ロードはサリアヌの手から荷物を取ると、彼女と部屋を出て行った。周りでそれを見ていた人事部男性陣はたった今二人揃って出て行ったドアの方向を恨めしそうに見つめた。
「おのれロード・マーシュ…！！」
「デートなんて単語畏れ多くて出せないのに…！！」
「こうしていると誤解されそうですわ」
廊下を歩きながらサリアヌは呟く。サリアヌの荷物を持ったロードはそれを聞いてにっこり笑った。
「誤解、とは？」
「貴方がナシェリ家の、或いは私の使用人ではないか、なんてたまに言われますのよ」
「おやおや…それは身に余る光栄に存じます、サリアヌ姫様。…なーんて言ったら、それっぽいです？」
少しわざとらしく動いてみるロード。サリアヌはそれを笑うと「その呼びを許しているのは彼女だけですわ」と呟いた。彼女だけ、なんてウルリッカが聞いたら喜びに舞い上がりそうな話だ。
クスクス笑うロードを横目にサリアヌは微笑む。本当、底の見えない方ね。
「マーシュさん」
「はい？」
「何を企んでいますの？」
「おやおやド直球な…別に何も、麗しの花をデートにお誘いしたかっただけですよ。愛の日くらい良いじゃないですか」
「嘘ですわよね？」
「嘘ではないですが。あ、じゃあ、普段高潔で隙の無さそうな美女の弱みを握りたいから…とかにしときます？」
指の背でつぅ…とサリアヌの頬をなぞるロード。サリアヌは笑いながら手を払った。
「そう簡単に握らせませんわ」
「それは残念」
サリアヌは何となく、ロードがどんな人間か知っている。人事部では確かに仕事の出来るスマートな青年で通ってはいるが、就業後日が暮れて彼を見た時、彼が結社に関係ない女性を連れ込んでいるのを確認した事がある。しかも彼女が見ただけでも三回。それぞれ違う女性だと言うから全く。
どうしようもなく彼と言う人間の一部がだらしなくて、どうしようもなく奔放で節操がない。
だけど不思議と、自分が「それ」に気付いた事をロードが自覚した時からここの関係が上手くいっていると言うから驚きだ。
ロードはサリアヌに一目置いているし、サリアヌはそんなロードの上に立ち彼を上手くコントロールする。きっと本当は、彼はコントロールなんてされなくてもどうにでも出来る人間で、あえてコントロールされる側に甘んじている。一体何を企んでいるのやら。
自分の周りにいる男性は誰も彼も、少なくともこんなに不誠実では無かったな。あの人がここまで不誠実であればもしかしたらそんなに胸は痛まなかったかもしれないのに。そんな事を思った時、目の前にラッピングされた小袋を差し出されている事に気が付いた。
「これは…？」
「私から愛の日にナシェリさんへ、ですよ。何の変哲もないマドレーヌですが」
「あら、どうしてまた？先程貴方の作ったクッキー、美味しくいただきましたが」
「推しには個別でも渡すって決めてたんです」
どうしようもなく彼と言う人間の一部がだらしなくて、どうしようもなく奔放で節操がない。その癖どうしようもなく丁寧でどうしようもなくマメ。そしてどうしようもなくタイミングが良い。
…まあ、だからこそ彼の毒牙にかかる女性が多くいてしまうんでしょうけど。
「それに、ナシェリさんの笑顔が今日は少ない気がしましてねぇ」
「…あら、そう見えますの？」
「白状します。企み事ですが…愛の日ですし貴女を私でいっぱいにしてしまおうかと思ったのですよ。どうです？普段ただの同僚としか認識してない男とのデートは楽しんでいただけました？」
「また嘘ですわね。本当、ここまでただ喋っていただけですわ。普段ただの同僚としか見ていませんしこれからもただの同僚にしかなりませんけど」
「おや残念、フられちゃいましたか」
出入り口のドアの前、サリアヌはロードからカバンを受け取る。手にずっしりとした重みが伝わり、ここまで持って来てくれた事にはお礼を言った。
「全く、貴方は心にもない事言っていないで早く本命の方のところに行ってくださいな。そうですわね、少なくとも気晴らしにはなりましたわ。余計な悩み事も考える暇がありませんでしたし」
「うふふ…それは良かったです。私も楽しかったですよ」
「あ、社内人事課の皆さんに、浮かれずしっかりやる様お伝えしておいてくださいます？」
「ええ、勿論」
「では、私はこれで。マドレーヌ、行きの車で頂きますわ」
「ナシェリさん、行ってらっしゃいませ」
ひらひらと手を振るロードを見てサリアヌは微笑んだ。さて、ナシェリ家に行けば密偵として聞かれる事もあるだろうから道すがら答える準備をしておかなければ。
本当に、ただただ巻き込まれてただただ廊下をゆっくり歩いただけ。一度断ったのに、人の断りづらい文句を並べて無理やり押し通そうとすらするのだから。だけどまあ、確かにおかげで一人でいるより余計な事を考えずに済んだからそのくらいは感謝しよう。
早速丁寧に梱包されたラッピングを外し、良い焼き目の付いたマドレーヌの覗かせた顔をじっと見る。口の中に上品な甘味を広ませながら、サリアヌは静かに目を閉じた。
サリアヌも一個ずつチョコを取る。しばらくお茶菓子に困りませんわね、と柔らかく微笑むサリアヌ。人事部のメンバーは午後休になっているとは言え、彼女と愛の日に顔を合わせられる事を心底喜んだ。
愛の日を少し楽しんで、仕事をして、気付けば昼。諸々を切り上げて回すものはきちんと回して、取りこぼしのない事を確認すると荷物を纏めたサリアヌは静かに席を立った。
昼過ぎの一番皆がぼーっとする時間。自分が出て行こうとしているのを気付く人はあまり居ない。それで良い。このまま静かに出よう。ふと前を向いたサリアヌの目に黒いシルエットが入り込んだ。
「あら…」
「さ、どうぞ。ナシェリさん」
ロードは恭しく頭を下げるとドアを開けてサリアヌを促した。
「…ありがとう、と言いたいところですが素直に言えませんわね…どう言うつもりですの？」
「うふふふ…私も医療班に用事がありましてこれから少し休憩に入るんです」
「それで？」
「なので向かいがてら、貴女のお見送りを…」
サリアヌはふっと笑うとひらひらと手を振った。
「いりませんわ。子供じゃあるまいし。一人で行けますわよ」
「では言い方を変えましょう。私と道すがらデートしていただけませんか？」
「…あら」
「おや？押しが足りませんか？では、高嶺の花に憧れるこの哀れな男と見送りくらいの距離で良いですから一つデートでも…」
「そんなに言わなくて結構ですわ…そう言う言い方されると断りづらいですわね全く」
「うふふ。粘ってみるものですねぇ。麗しい美女からお許しが出たところで参りましょうか」
ロードはサリアヌの手から荷物を取ると、彼女と部屋を出て行った。周りでそれを見ていた人事部男性陣はたった今二人揃って出て行ったドアの方向を恨めしそうに見つめた。
「おのれロード・マーシュ…！！」
「デートなんて単語畏れ多くて出せないのに…！！」
「こうしていると誤解されそうですわ」
廊下を歩きながらサリアヌは呟く。サリアヌの荷物を持ったロードはそれを聞いてにっこり笑った。
「誤解、とは？」
「貴方がナシェリ家の、或いは私の使用人ではないか、なんてたまに言われますのよ」
「おやおや…それは身に余る光栄に存じます、サリアヌ姫様。…なーんて言ったら、それっぽいです？」
少しわざとらしく動いてみるロード。サリアヌはそれを笑うと「その呼びを許しているのは彼女だけですわ」と呟いた。彼女だけ、なんてウルリッカが聞いたら喜びに舞い上がりそうな話だ。
クスクス笑うロードを横目にサリアヌは微笑む。本当、底の見えない方ね。
「マーシュさん」
「はい？」
「何を企んでいますの？」
「おやおやド直球な…別に何も、麗しの花をデートにお誘いしたかっただけですよ。愛の日くらい良いじゃないですか」
「嘘ですわよね？」
「嘘ではないですが。あ、じゃあ、普段高潔で隙の無さそうな美女の弱みを握りたいから…とかにしときます？」
指の背でつぅ…とサリアヌの頬をなぞるロード。サリアヌは笑いながら手を払った。
「そう簡単に握らせませんわ」
「それは残念」
サリアヌは何となく、ロードがどんな人間か知っている。人事部では確かに仕事の出来るスマートな青年で通ってはいるが、就業後日が暮れて彼を見た時、彼が結社に関係ない女性を連れ込んでいるのを確認した事がある。しかも彼女が見ただけでも三回。それぞれ違う女性だと言うから全く。
どうしようもなく彼と言う人間の一部がだらしなくて、どうしようもなく奔放で節操がない。
だけど不思議と、自分が「それ」に気付いた事をロードが自覚した時からここの関係が上手くいっていると言うから驚きだ。
ロードはサリアヌに一目置いているし、サリアヌはそんなロードの上に立ち彼を上手くコントロールする。きっと本当は、彼はコントロールなんてされなくてもどうにでも出来る人間で、あえてコントロールされる側に甘んじている。一体何を企んでいるのやら。
自分の周りにいる男性は誰も彼も、少なくともこんなに不誠実では無かったな。あの人がここまで不誠実であればもしかしたらそんなに胸は痛まなかったかもしれないのに。そんな事を思った時、目の前にラッピングされた小袋を差し出されている事に気が付いた。
「これは…？」
「私から愛の日にナシェリさんへ、ですよ。何の変哲もないマドレーヌですが」
「あら、どうしてまた？先程貴方の作ったクッキー、美味しくいただきましたが」
「推しには個別でも渡すって決めてたんです」
どうしようもなく彼と言う人間の一部がだらしなくて、どうしようもなく奔放で節操がない。その癖どうしようもなく丁寧でどうしようもなくマメ。そしてどうしようもなくタイミングが良い。
…まあ、だからこそ彼の毒牙にかかる女性が多くいてしまうんでしょうけど。
「それに、ナシェリさんの笑顔が今日は少ない気がしましてねぇ」
「…あら、そう見えますの？」
「白状します。企み事ですが…愛の日ですし貴女を私でいっぱいにしてしまおうかと思ったのですよ。どうです？普段ただの同僚としか認識してない男とのデートは楽しんでいただけました？」
「また嘘ですわね。本当、ここまでただ喋っていただけですわ。普段ただの同僚としか見ていませんしこれからもただの同僚にしかなりませんけど」
「おや残念、フられちゃいましたか」
出入り口のドアの前、サリアヌはロードからカバンを受け取る。手にずっしりとした重みが伝わり、ここまで持って来てくれた事にはお礼を言った。
「全く、貴方は心にもない事言っていないで早く本命の方のところに行ってくださいな。そうですわね、少なくとも気晴らしにはなりましたわ。余計な悩み事も考える暇がありませんでしたし」
「うふふ…それは良かったです。私も楽しかったですよ」
「あ、社内人事課の皆さんに、浮かれずしっかりやる様お伝えしておいてくださいます？」
「ええ、勿論」
「では、私はこれで。マドレーヌ、行きの車で頂きますわ」
「ナシェリさん、行ってらっしゃいませ」
ひらひらと手を振るロードを見てサリアヌは微笑んだ。さて、ナシェリ家に行けば密偵として聞かれる事もあるだろうから道すがら答える準備をしておかなければ。
本当に、ただただ巻き込まれてただただ廊下をゆっくり歩いただけ。一度断ったのに、人の断りづらい文句を並べて無理やり押し通そうとすらするのだから。だけどまあ、確かにおかげで一人でいるより余計な事を考えずに済んだからそのくらいは感謝しよう。
早速丁寧に梱包されたラッピングを外し、良い焼き目の付いたマドレーヌの覗かせた顔をじっと見る。口の中に上品な甘味を広ませながら、サリアヌは静かに目を閉じた。
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