ツインテールの日／べにざくろ

はじまりのイラスト・その２

今日もシリルは絶好調だ。
本日の被害者は機械班の部屋にいたムーンだ。哀れ、ムーン。
しかし、誰も助けに行かない。同室にたまたま居合わせてしまった機械班の面子は遠巻きに横目で見つめるだけだ。何故なら、声をかけたら次の犠牲者は自分だって分かっているから。
君子危うきに近寄らず。昔の人の言うことは大抵が正しい。そう思って皆見て見ぬふりだ。
「ツインテールの日なんだから、ムーンちゃんも可愛くしないとね! 」
どんな理論だ。周囲の人間は思わず内心ツッコむ。
そんな人間の内心なんてお構いなしに、シリルは馬鹿力で有無を言わさず座らせたムーンのペールブルーの髪を梳かして分けて、ついでにちょっとの編み込みなんかをいれつつ髪型をツインテールに変えてしまう。
「新鮮…… 」
鏡を見つめて己の髪型を確認した基本的に口を開かない無口なタイプのムーンの口から珍しく言葉が漏れた。その反応が嬉しくてシリルはニッコリと笑う。
「実はね、最初にサンちゃんも探したんだけど見つからなくて……ムーンちゃん、ドコにいるか知らないかしら？」
シリルの問いかけに「否」とムーンが首を横に振ると、ツインテールがフルフルと揺れる。ペールブルーの髪が揺れるとなかなかに可愛らしい。
それを見ながらシリルは次のツインテール候補者―――要するに次のシリルのオモチャという名の犠牲者一一一を誰にしようかと考えて片頬に手をあてた。その時だった。
ブリックレッドの髪を靡かせてアンが部屋に入ってきたのは。
「あら、ムーンちゃんのご主人様が帰って来ちゃったわ」
どことなくからかう調子のシリルの声に苛立った様子を見せたアンがズカズカとシリルに近寄っていく。
「あ? 帰って来ちゃ悪い…… 」
シリルの巨体に隠れていて姿の見えなかった己の機械人形の姿を見たアンが驚愕して固まった。ちなみにアンにそんな顔で見つめられても、ムーンの表情は一切変わらない。
「ツインテールの日だからツインテールにしたのよー」
見つめあったままの機械人形と主人に、しれっとシリルは言い放つ。
「アア!?『ツインテールの日だからツインテールにする』だ!? 」
ムーンのツインテールショックから復活したアンが机をバンっと両手で叩いてシリルを睨みつけるがシリルはニコニコと笑って微塵も動じない。この一触即発ともいえる現場に居合わせてしまった不幸な機械班の面子は現実逃避に目を逸らした。やはりこれも、君子危うきに近寄らずだ。
「髪型なんざナァ、好きな時に好きに変えりャア善いンだよ! 周りに流されンじゃねェ、つってんだろうか」
その言葉にシリルの顔から笑みが消える。シリルの脳裏を過ぎったのは、シリルが髪型を変えた時一一一主人を目の前で失った記憶だったからだ。
「 ……ねぇ、アンちゃん」
僅かな間の後、微笑みを取り戻したシリルはアンの両肩に両手を置く。そして、アンの口から文句が出る前にさっさと彼女をムーンの席に座らせた。
アンの髪型は既にツインテール。
誰の目にも、もはや弄るところなぞないように見えた。
しかし、シリルは足元に置いていた鞄から32mmパイプのコテを取り出して素早く電源を入れた。温まったところでソレを構えてアンに微笑む。
「可愛くクルクルなツインテールにしちゃいましょう? 」
「は? 」
「ゆるふわ系女子っていうのも素敵よねー」
「ふざけ…… 」
「いやだわぁ。ふざけてなんかないわよー」

―――はたして、アンの髪がゆるふわくるくるツインテールになったのか。

その結果は此処では語らぬこととしよう……。

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