続・ツインテールの日／涼風慈雨
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suzujiu_orichar 2020年09月18日(金) 23:37:13履歴
やると決めた人の考えはテコでも動かない。
「ゆるふわ系女子っていうのも素敵よね〜」
コテを持ち出し微笑むシリルを見て、我ながらマズイ選択をしたと思った。
機嫌の良い人ほど逆撫でをしてはいけない、とミサキでわかっていた筈なのに。
仕方ない。結社内での立場を危うくしない為、自分とミサキとマジュを守る為だ。
これ以上の抵抗はすまい。
「やる気のある奴を止めるつもりはねェ。」
ツインテールを梳くシリルに言う。
「それで気がすむンならな。」
鏡に映るシリルはおもちゃを手に入れた子供のような笑顔だった。
そして、顔を右半分隠し、取れないクマの浮いた自分の顔と見比べる。
相手は機械人形。比べるだけ無駄かと目をそらす。
正直、はんだごて以外のコテを使った事がない。
夜の店の人ならともかく、岸壁街はただの機械人形整備士がファッションに気を遣える場所ではない。それに、綺麗さは時に命取りになる。
「この後車両整備だから、巻いても秒で取れちまうぞ？いいんだな？」
「取れないように動けばイイのよ。」
素知らぬ顔で言われると最早清々しい。
「それに、ワタシがやるのよ？簡単に取れるワケないじゃない。」
前言撤回。清々しいどころか粘着質だ。
途中前髪に手が伸びてきたのでこれだけは、と死守しつつ、ツインテールになったムーンの様子も見守る。ムーンは弄るわけでも取ってしまうわけでもなく、アンの髪を器用に巻いていくシリルをぼんやりと見つめていた。
数分後。
鏡の前にはブリックレッドのツインテールをゆるふわにカールさせた人物が座っていた。
「アンちゃん、とっても可愛くできたわよ！」
鏡越しに見えるご満悦なシリルの表情に対し、なんと返せばいいかわからない。
巻き方は悪くない。それぞれのカールした毛束が邪魔し合わずボリュームを持たせている。
ただし、自分の顔だといくらゆるふわなツインテールにしてもヒロインというよりヒロインを虐める敵役にしか見えない。もしくは、人生に疲れたアイドルか。
「やっぱり、前髪もアレンジした方が良かったと思うけれど、イイのね？」
「……十分だよ。シリルの腕は流石だな。」
様子を盗み見ていた機械班の面々がほっと胸を撫で下ろした声が聞こえた気がした。
次のおもちゃに選ばれるのは御免だというピリッとした空気もしっかり混じっていたが。
「さて、次は……」とおもちゃを探そうと周囲を見回したシリルの腕を素早く、がっちり掴む。
「ナァ、シリル。」
「え？ナニかしら？」
「他人の機械人形に手ェ出しといて無傷で済むと思ってンのかァ？」
底冷えするような声音に機械班の誰かがヒッと息を飲んだのが聞こえた。
「どういう事かしら？」
焦りを微塵も感じさせない優雅な口調のシリル。
「やられっぱなし、てのは割に合わねェな。」
振り向いたアンの隠れた右目が野生の獣の如く光るのが、シリルの人工眼に映り込んだ。
「あーしは相互主義なンだよ。」
「まァ、座れ」と自分が座っている隣りの席を指す。
「アンちゃんの言いたい事がイマイチわからないわね。」
そう言いつつも大人しく座るシリル。
何が起こるのだろうかと野次馬の視線が時折刺さる。
「しばらく目ェ閉じとけ。壊しゃしねェよ。」
「アラ、物騒ね？」
何処かワクワクしながら目を閉じるシリル。その背後に回り込んで作業を開始する。
「他人様の作った物をほいほい壊すのは工業人のする事じゃねェからな。そいつは戦争屋の仕事だ。」
手を動かしつつ、シリルに言う。
「んで、あーしは戦争屋じゃねェ。」
「戦争屋、ねぇ……」
壁に掛かった時計の秒針が何周か回った。
野次馬の視線も最初より強くなっている。
「OK、目ェ開けていいぞ。」
鏡を引き寄せ、シリルの前に置く。
「道具ねェから色々借りた。事後報告で悪ィな。」
シリルの両サイドに薄紫の薔薇が咲いている様子が鏡に映った。
前髪の境目にカチューシャのような編み込みもある。
右に左に頭を振って髪型を確認したシリルの表情が変わる。
「フルールヘアね！凄いわ、アンちゃんにこんな特技があったのね！中心はスクリューピンで留めてあるのね！わかってるじゃない、可愛いわ！」
シリルの言葉にため息と共に返す。
「ナメて貰っちゃ困ンだ。うちにも6歳のお年頃の女子がいるからな。」
「マジュちゃんね。あら？14歳のもう一人は？」
「アイツなら思い立てば自分でやる。下手に手ェ出すと絶対零度の眼で睨んでくるしな。」
ミサキが女という性を生きるのが嫌だと言っていた事は未だ誰にも言えない。
天井を仰いで伸びをすると綺麗なカールのついた髪がふわりと揺れた。
不意に、様子をぼんやりと見ていたムーンがシリルに近づいてきた。
「どうした、ムーン？」
「ムーンちゃん、どうかしたの？」
何も言わずにぎゅっと握りしめた右拳をシリルに掲げるムーン。
指を鳴らすような仕草をすると『パン！』と乾いた音が鳴り、ムーンの親指と人差し指の間に小さな薄桃の花が出てきた。
相変わらずの無表情で無言で差し出す。
「くれるの？」
小さく頷くムーン。
「ありがとう」とシリルが受け取ると、花の後ろに万国旗の様なカラフルな旗がムーンの指先から生成された。丁寧に広告の紙吹雪付きだ。
そして、小首を傾げるムーン。最後に旗の繋がっている紐を跳ね上げるように投げる。
「ムーンはマジックが得意なのね？」
シリルの問いに頷くムーン。
シリルが口を開きかけた時、機械班の事務所の扉が乱暴に開けられた。
「おい、アン！車両整備手伝ってくれるっつったろ！？なんで来ねぇんだよ！」
褐色の肌に銀のベリーショートの髪、海色の瞳。ヒルデガルトだ。
「あー……悪ィ。ちょっとお洒落番長に捕まっちまってな。」
「はぁ！？」
叫んだヒルダはシリルがいることに気づく。そして、全てを悟った顔になった。
「あー……はい、察した。」
ご愁傷様、と顔に出ているのを隠そうともしない。
気を遣えと思ったが、少し前に自分も声を荒げた事を思い出して反省する。
「何はともあれ、仕事終わらねぇとアタシがビール飲めねぇんだよ。つーわけだ。シリルさん、アンはそろそろ仕事戻っから。ムーンも車両整備の仕事手伝ってくれな。」
言うや言わずか、ひょいと首根っこをヒルダに掴まれる。
「はァ！？」
10cmの身長差でこれは酷い、と抗議する間もなく引き摺られて出口へ連れて行かれる。
トトト……とムーンがヒルダを追いかけて、不思議そうに首を傾げた。
「シリルさんもちゃんと持ち場戻れよな！」
ヒルダの威勢のいい声が事務所に響き、扉は閉まった。
引き摺られながら思う、自分もまだまだ修行が足りなかったのだと。
そして、今日のうちに本当にツインテールにしてほしい人とシリルが巡り合ってほしいと願った。
元ツイはこちら
「ゆるふわ系女子っていうのも素敵よね〜」
コテを持ち出し微笑むシリルを見て、我ながらマズイ選択をしたと思った。
機嫌の良い人ほど逆撫でをしてはいけない、とミサキでわかっていた筈なのに。
仕方ない。結社内での立場を危うくしない為、自分とミサキとマジュを守る為だ。
これ以上の抵抗はすまい。
「やる気のある奴を止めるつもりはねェ。」
ツインテールを梳くシリルに言う。
「それで気がすむンならな。」
鏡に映るシリルはおもちゃを手に入れた子供のような笑顔だった。
そして、顔を右半分隠し、取れないクマの浮いた自分の顔と見比べる。
相手は機械人形。比べるだけ無駄かと目をそらす。
正直、はんだごて以外のコテを使った事がない。
夜の店の人ならともかく、岸壁街はただの機械人形整備士がファッションに気を遣える場所ではない。それに、綺麗さは時に命取りになる。
「この後車両整備だから、巻いても秒で取れちまうぞ？いいんだな？」
「取れないように動けばイイのよ。」
素知らぬ顔で言われると最早清々しい。
「それに、ワタシがやるのよ？簡単に取れるワケないじゃない。」
前言撤回。清々しいどころか粘着質だ。
途中前髪に手が伸びてきたのでこれだけは、と死守しつつ、ツインテールになったムーンの様子も見守る。ムーンは弄るわけでも取ってしまうわけでもなく、アンの髪を器用に巻いていくシリルをぼんやりと見つめていた。
数分後。
鏡の前にはブリックレッドのツインテールをゆるふわにカールさせた人物が座っていた。
「アンちゃん、とっても可愛くできたわよ！」
鏡越しに見えるご満悦なシリルの表情に対し、なんと返せばいいかわからない。
巻き方は悪くない。それぞれのカールした毛束が邪魔し合わずボリュームを持たせている。
ただし、自分の顔だといくらゆるふわなツインテールにしてもヒロインというよりヒロインを虐める敵役にしか見えない。もしくは、人生に疲れたアイドルか。
「やっぱり、前髪もアレンジした方が良かったと思うけれど、イイのね？」
「……十分だよ。シリルの腕は流石だな。」
様子を盗み見ていた機械班の面々がほっと胸を撫で下ろした声が聞こえた気がした。
次のおもちゃに選ばれるのは御免だというピリッとした空気もしっかり混じっていたが。
「さて、次は……」とおもちゃを探そうと周囲を見回したシリルの腕を素早く、がっちり掴む。
「ナァ、シリル。」
「え？ナニかしら？」
「他人の機械人形に手ェ出しといて無傷で済むと思ってンのかァ？」
底冷えするような声音に機械班の誰かがヒッと息を飲んだのが聞こえた。
「どういう事かしら？」
焦りを微塵も感じさせない優雅な口調のシリル。
「やられっぱなし、てのは割に合わねェな。」
振り向いたアンの隠れた右目が野生の獣の如く光るのが、シリルの人工眼に映り込んだ。
「あーしは相互主義なンだよ。」
「まァ、座れ」と自分が座っている隣りの席を指す。
「アンちゃんの言いたい事がイマイチわからないわね。」
そう言いつつも大人しく座るシリル。
何が起こるのだろうかと野次馬の視線が時折刺さる。
「しばらく目ェ閉じとけ。壊しゃしねェよ。」
「アラ、物騒ね？」
何処かワクワクしながら目を閉じるシリル。その背後に回り込んで作業を開始する。
「他人様の作った物をほいほい壊すのは工業人のする事じゃねェからな。そいつは戦争屋の仕事だ。」
手を動かしつつ、シリルに言う。
「んで、あーしは戦争屋じゃねェ。」
「戦争屋、ねぇ……」
壁に掛かった時計の秒針が何周か回った。
野次馬の視線も最初より強くなっている。
「OK、目ェ開けていいぞ。」
鏡を引き寄せ、シリルの前に置く。
「道具ねェから色々借りた。事後報告で悪ィな。」
シリルの両サイドに薄紫の薔薇が咲いている様子が鏡に映った。
前髪の境目にカチューシャのような編み込みもある。
右に左に頭を振って髪型を確認したシリルの表情が変わる。
「フルールヘアね！凄いわ、アンちゃんにこんな特技があったのね！中心はスクリューピンで留めてあるのね！わかってるじゃない、可愛いわ！」
シリルの言葉にため息と共に返す。
「ナメて貰っちゃ困ンだ。うちにも6歳のお年頃の女子がいるからな。」
「マジュちゃんね。あら？14歳のもう一人は？」
「アイツなら思い立てば自分でやる。下手に手ェ出すと絶対零度の眼で睨んでくるしな。」
ミサキが女という性を生きるのが嫌だと言っていた事は未だ誰にも言えない。
天井を仰いで伸びをすると綺麗なカールのついた髪がふわりと揺れた。
不意に、様子をぼんやりと見ていたムーンがシリルに近づいてきた。
「どうした、ムーン？」
「ムーンちゃん、どうかしたの？」
何も言わずにぎゅっと握りしめた右拳をシリルに掲げるムーン。
指を鳴らすような仕草をすると『パン！』と乾いた音が鳴り、ムーンの親指と人差し指の間に小さな薄桃の花が出てきた。
相変わらずの無表情で無言で差し出す。
「くれるの？」
小さく頷くムーン。
「ありがとう」とシリルが受け取ると、花の後ろに万国旗の様なカラフルな旗がムーンの指先から生成された。丁寧に広告の紙吹雪付きだ。
そして、小首を傾げるムーン。最後に旗の繋がっている紐を跳ね上げるように投げる。
「ムーンはマジックが得意なのね？」
シリルの問いに頷くムーン。
シリルが口を開きかけた時、機械班の事務所の扉が乱暴に開けられた。
「おい、アン！車両整備手伝ってくれるっつったろ！？なんで来ねぇんだよ！」
褐色の肌に銀のベリーショートの髪、海色の瞳。ヒルデガルトだ。
「あー……悪ィ。ちょっとお洒落番長に捕まっちまってな。」
「はぁ！？」
叫んだヒルダはシリルがいることに気づく。そして、全てを悟った顔になった。
「あー……はい、察した。」
ご愁傷様、と顔に出ているのを隠そうともしない。
気を遣えと思ったが、少し前に自分も声を荒げた事を思い出して反省する。
「何はともあれ、仕事終わらねぇとアタシがビール飲めねぇんだよ。つーわけだ。シリルさん、アンはそろそろ仕事戻っから。ムーンも車両整備の仕事手伝ってくれな。」
言うや言わずか、ひょいと首根っこをヒルダに掴まれる。
「はァ！？」
10cmの身長差でこれは酷い、と抗議する間もなく引き摺られて出口へ連れて行かれる。
トトト……とムーンがヒルダを追いかけて、不思議そうに首を傾げた。
「シリルさんもちゃんと持ち場戻れよな！」
ヒルダの威勢のいい声が事務所に響き、扉は閉まった。
引き摺られながら思う、自分もまだまだ修行が足りなかったのだと。
そして、今日のうちに本当にツインテールにしてほしい人とシリルが巡り合ってほしいと願った。
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