オルヴォ、憧れの人に会う／涼風慈雨
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suzujiu_orichar 2020年09月17日(木) 22:49:28履歴
ぼくは、総務班保育部所属のオルヴォ・ワシレフスキー。
そう、それは突然のことだった。
床の段差で転び、膝を擦りむいたエルナー家のフランソワを抱えて医務室を訪れていた時だった。
ミアさんに消毒後に絆創膏を貼ってもらい、機嫌が直ってきたフランソワに「歩ける？」と聞いた時だった。
不意に医務室のドアが開いて、一人のおかっぱの黒髪の女性が入ってきた。無表情で左足を庇っているように見える。
「前線駆除班のユリィ・セントラルなんだけど、自由業かサンマ！悪いんだけどガーゼくれない！？」
「ノックくらいしろって言ったろーが、ユリィ！」
ジークフリートさんの大きな声にまたぐずりだすフランソワ。
「大丈ー夫、ただ声が大きいだけだからね〜」と言いつつ背をさする。
衝立の向こうの椅子に座ったユリィと名乗った人の影が見えた。
「こりゃぁ、どう見たってガーゼの範疇じゃないだろ。何があったんだよ。」
「え、2階の窓際に追い詰められた時に『撤退』ってリーダーの指示があったから仕方なく窓蹴破って着地したら丁度木が生えてた。」
「で？」
「誰がやったか知らないけど斜めに切り株があって、それが脚に刺さった。」
「……一回切開して中の木片を取り出す。その上で縫合だ。放っとくと中で腐って毒が体に回るぞ。」
「え、自由業、ガチ寄りのマジ？」
「ゴリゴリにマジ。こんな怪我、リリィ・エンドの名が泣くだろうが。ネビロスさん、麻酔と切開と縫合の準備お願いします。」
リリィ・エンドだと……！？前期のレンジャーシリーズの第14話、第25話、第30話、今期は第4話、第8話、第15話で怪人の一人として出演していたリリィ・エンドか……！？
動きがいいなって仲間内で話していたあの役者か！？
今期シリーズはテロの影響で撮影ができなくなり打ち切り状態になってお仕事大丈夫かなってこっそり心配してたけどマルフィ結社の前線駆除班にいるとは！え、衝立一枚向こうにいるんだ！？ああいうおかっぱの人だったんだ！？
呆然と衝立の向こうを見る。憧れの人が向こうにいるんだ、と思うと堪らなくこの空間が愛しい訳だが、リリィは治療中だし、ぼくの前にはフランソワがいる。
声を掛けるのは後にしよう、ここでヲタバレするわけにいかない。
騒がしくなった医務室をフランソワの手を引いて後にすることにした。
1週間後。ぼくの手には真っ白な色紙と新しいサインペンがあった。
調達班のユーシン君に頼んで、こっそり買ってきて貰ったものだ。
それに、以前保管用と普段使い用に二つ製作した怪人のストラップ。
それらをトートバッグに詰め、医療班の人にあらかじめ聞いた前線駆除班の空き時間に待機室に向かう。
「寝ている人も多いからノック無しの方がいい」と聞いたのでそっと開ける。壁にもたれて寝ている赤い髪の人、ぼーっと椅子に座っている緑の髪の人、隣の人と何事か話している薄紫の髪の人……どこかの高校の休み時間のようだった。
「人探しですの？」
ぼんやりしているように見えたのか、ひょっと現れたライフルを背負った人に聞かれる。
前髪をポンパドール風にするとは中々オシャレだ。
「あたし、前線駆除班のヘレナ・マシマですの。あなたはどこの班の方ですの？」
ニコニコとしているが、冷やかしなら追い返すと言いたげだ。
「総務班のオルヴォ・ワシレフスキーと言います…ユリィ・セントラルさんを探していまして。」
「ふふ〜ん？恋文ならあたしが渡してもいいですのよ？」
「ちっ、違います！！」
断じて恋とは違う。そのレベルと一緒にされては困る。
「あらそーですの？じゃぁ何なのですの？」
見上げて聞かれても答えづらい。ファンです、で引き下がるだろうか。
なんと言えばいいかを考えていると、後ろから人が来てしまった。
「すみません、そこどいて貰えますか？」
すみません、と道を譲ると見覚えのあるおかっぱの黒髪が見えた。
「リリィ・エンドさん！？」
パッと振り返ったその人は、医務室で見た顔と全く同じ無表情だった。
「何故その名を知っている……！？」
どこかのアニメかよ！とツッコミたくなるセリフを聞いてしまった、と思う間も無く、廊下に連れ出された。
「それで、どうしてうちの芸名を知っているの。」
腕組みをしてじっと視線を合わせるリリィ。中々の迫力だ。
「あの……レンジャーシリーズを以前から観てまして。前のシリーズで怪人の一人として出て来られた時に、凄くキレがあって良い動きのできる役者さんだなと思って記憶に残ってたんです。今期シリーズで良い配役もらえて良かったと思ってた矢先にテロが起きて打ち切りなんて物凄くもったいないなって……すみません、大人なのに特撮見てるなんておかしいですよね……」
無表情過ぎて怖い……引かれてるかもしれない。
ゆっくり、リリィの口が動いた。
「……本当？」
「も、もちろんです！」
「あのシリーズのヲタクの人に動きを認めてもらえて凄く嬉しい……カヌル火山が爆発しそうな勢いで嬉しい。瓦100枚割れそうなくらい嬉しい。ちょい役だったのに見てくれてる人はいるんだ……！」
相変わらずの無表情だが、本当に嬉しいんだろうなとオーラが語っている。
「それで、どうしてうちがリリィ・エンドだってわかったの？メイクも違うからわからないと思うんだけど。」
「すみません、医務室で聞いてました。ジークフリートさんが『リリィ・エンドの名が泣くぞ』と言っていたのでまさかと思いました。あ……あの時の傷の加減はどうですか？」
「ジーク…？あ、自由業か。木が刺さった時のね。大丈夫、もう抜糸も済んだから。普通に窓ガラス蹴破れるまで回復したよ。心配ありがとう。」
良かった、回復できてて。ほっと胸をなでおろす。
そう言えばジークフリートさんを自由業って呼んでたな。もう一人のサンマって誰だ…？
「それで、なんでここまで来たの？」
「あぁ……あの、できればサインが頂けると嬉しいです……」
「サイン！？うちのでいいの！？」
「リリィさんのがいいんです。家宝にします。」
「嬉し過ぎて見に余る光栄だよ。あっ、形決めてなかったやんけ……どうしよう……あーじゃない……こーか？？……そうか、あんた名前は何て言うの？」
「オルヴォ・ワシレフスキーです。」
「オルヴォさんへ…と。おし、出来た！どうぞ！うちのサイン色紙第1号だよ！」
「ありがとうございます！！！」
あーじゃない、こーじゃないと言いながら書いてもらったサイン色紙とサインペンを大切にビニールの保管袋に入れる。本当に家宝だ。特撮仲間と再会できた時に見せてやろう。
「あの時の怪人のストラップです。良かったらどうぞ……！ラッピングする余裕がなくてすみません…」
バッグの浅いところに入れておいた手作りストラップを取り出し、渡す。
「これ……作ったの？グッズのラインナップに入ってなかったよね？え、凄い凄い！本当にいいの？」
「二つあるので大丈夫です！何が好きかわからなかったので思い出になりそうな物にしました。」
「えーどうしよ、今日最高の日じゃん！そうだ、あんたどこの部署？」
「総務班の保育部です。」
「よし、保育部のヲタって呼ぶ。時々前線駆除班に来てよ、みんな疲れてるからさ。」
「ヲタ……！？」
それはやめてと言おうとしたのに「じゃぁ」と言って待機室にリリィは入って行ってしまった。盛大なヲタバレになりそうだとドキドキしながらふと腕時計を見ると、そろそろ勤務交代の時間が迫っていた。
無理を承知で他のメンバーに時間を変えてもらっているから遅れるわけにいかない。
噛みしめるのは夜まで取っておこう。
その晩、色紙を枕の下に入れて寝た。
でも、見たであろう夢を綺麗さっぱり忘れていたので少し残念だった。
元ツイはこちら
そう、それは突然のことだった。
床の段差で転び、膝を擦りむいたエルナー家のフランソワを抱えて医務室を訪れていた時だった。
ミアさんに消毒後に絆創膏を貼ってもらい、機嫌が直ってきたフランソワに「歩ける？」と聞いた時だった。
不意に医務室のドアが開いて、一人のおかっぱの黒髪の女性が入ってきた。無表情で左足を庇っているように見える。
「前線駆除班のユリィ・セントラルなんだけど、自由業かサンマ！悪いんだけどガーゼくれない！？」
「ノックくらいしろって言ったろーが、ユリィ！」
ジークフリートさんの大きな声にまたぐずりだすフランソワ。
「大丈ー夫、ただ声が大きいだけだからね〜」と言いつつ背をさする。
衝立の向こうの椅子に座ったユリィと名乗った人の影が見えた。
「こりゃぁ、どう見たってガーゼの範疇じゃないだろ。何があったんだよ。」
「え、2階の窓際に追い詰められた時に『撤退』ってリーダーの指示があったから仕方なく窓蹴破って着地したら丁度木が生えてた。」
「で？」
「誰がやったか知らないけど斜めに切り株があって、それが脚に刺さった。」
「……一回切開して中の木片を取り出す。その上で縫合だ。放っとくと中で腐って毒が体に回るぞ。」
「え、自由業、ガチ寄りのマジ？」
「ゴリゴリにマジ。こんな怪我、リリィ・エンドの名が泣くだろうが。ネビロスさん、麻酔と切開と縫合の準備お願いします。」
リリィ・エンドだと……！？前期のレンジャーシリーズの第14話、第25話、第30話、今期は第4話、第8話、第15話で怪人の一人として出演していたリリィ・エンドか……！？
動きがいいなって仲間内で話していたあの役者か！？
今期シリーズはテロの影響で撮影ができなくなり打ち切り状態になってお仕事大丈夫かなってこっそり心配してたけどマルフィ結社の前線駆除班にいるとは！え、衝立一枚向こうにいるんだ！？ああいうおかっぱの人だったんだ！？
呆然と衝立の向こうを見る。憧れの人が向こうにいるんだ、と思うと堪らなくこの空間が愛しい訳だが、リリィは治療中だし、ぼくの前にはフランソワがいる。
声を掛けるのは後にしよう、ここでヲタバレするわけにいかない。
騒がしくなった医務室をフランソワの手を引いて後にすることにした。
1週間後。ぼくの手には真っ白な色紙と新しいサインペンがあった。
調達班のユーシン君に頼んで、こっそり買ってきて貰ったものだ。
それに、以前保管用と普段使い用に二つ製作した怪人のストラップ。
それらをトートバッグに詰め、医療班の人にあらかじめ聞いた前線駆除班の空き時間に待機室に向かう。
「寝ている人も多いからノック無しの方がいい」と聞いたのでそっと開ける。壁にもたれて寝ている赤い髪の人、ぼーっと椅子に座っている緑の髪の人、隣の人と何事か話している薄紫の髪の人……どこかの高校の休み時間のようだった。
「人探しですの？」
ぼんやりしているように見えたのか、ひょっと現れたライフルを背負った人に聞かれる。
前髪をポンパドール風にするとは中々オシャレだ。
「あたし、前線駆除班のヘレナ・マシマですの。あなたはどこの班の方ですの？」
ニコニコとしているが、冷やかしなら追い返すと言いたげだ。
「総務班のオルヴォ・ワシレフスキーと言います…ユリィ・セントラルさんを探していまして。」
「ふふ〜ん？恋文ならあたしが渡してもいいですのよ？」
「ちっ、違います！！」
断じて恋とは違う。そのレベルと一緒にされては困る。
「あらそーですの？じゃぁ何なのですの？」
見上げて聞かれても答えづらい。ファンです、で引き下がるだろうか。
なんと言えばいいかを考えていると、後ろから人が来てしまった。
「すみません、そこどいて貰えますか？」
すみません、と道を譲ると見覚えのあるおかっぱの黒髪が見えた。
「リリィ・エンドさん！？」
パッと振り返ったその人は、医務室で見た顔と全く同じ無表情だった。
「何故その名を知っている……！？」
どこかのアニメかよ！とツッコミたくなるセリフを聞いてしまった、と思う間も無く、廊下に連れ出された。
「それで、どうしてうちの芸名を知っているの。」
腕組みをしてじっと視線を合わせるリリィ。中々の迫力だ。
「あの……レンジャーシリーズを以前から観てまして。前のシリーズで怪人の一人として出て来られた時に、凄くキレがあって良い動きのできる役者さんだなと思って記憶に残ってたんです。今期シリーズで良い配役もらえて良かったと思ってた矢先にテロが起きて打ち切りなんて物凄くもったいないなって……すみません、大人なのに特撮見てるなんておかしいですよね……」
無表情過ぎて怖い……引かれてるかもしれない。
ゆっくり、リリィの口が動いた。
「……本当？」
「も、もちろんです！」
「あのシリーズのヲタクの人に動きを認めてもらえて凄く嬉しい……カヌル火山が爆発しそうな勢いで嬉しい。瓦100枚割れそうなくらい嬉しい。ちょい役だったのに見てくれてる人はいるんだ……！」
相変わらずの無表情だが、本当に嬉しいんだろうなとオーラが語っている。
「それで、どうしてうちがリリィ・エンドだってわかったの？メイクも違うからわからないと思うんだけど。」
「すみません、医務室で聞いてました。ジークフリートさんが『リリィ・エンドの名が泣くぞ』と言っていたのでまさかと思いました。あ……あの時の傷の加減はどうですか？」
「ジーク…？あ、自由業か。木が刺さった時のね。大丈夫、もう抜糸も済んだから。普通に窓ガラス蹴破れるまで回復したよ。心配ありがとう。」
良かった、回復できてて。ほっと胸をなでおろす。
そう言えばジークフリートさんを自由業って呼んでたな。もう一人のサンマって誰だ…？
「それで、なんでここまで来たの？」
「あぁ……あの、できればサインが頂けると嬉しいです……」
「サイン！？うちのでいいの！？」
「リリィさんのがいいんです。家宝にします。」
「嬉し過ぎて見に余る光栄だよ。あっ、形決めてなかったやんけ……どうしよう……あーじゃない……こーか？？……そうか、あんた名前は何て言うの？」
「オルヴォ・ワシレフスキーです。」
「オルヴォさんへ…と。おし、出来た！どうぞ！うちのサイン色紙第1号だよ！」
「ありがとうございます！！！」
あーじゃない、こーじゃないと言いながら書いてもらったサイン色紙とサインペンを大切にビニールの保管袋に入れる。本当に家宝だ。特撮仲間と再会できた時に見せてやろう。
「あの時の怪人のストラップです。良かったらどうぞ……！ラッピングする余裕がなくてすみません…」
バッグの浅いところに入れておいた手作りストラップを取り出し、渡す。
「これ……作ったの？グッズのラインナップに入ってなかったよね？え、凄い凄い！本当にいいの？」
「二つあるので大丈夫です！何が好きかわからなかったので思い出になりそうな物にしました。」
「えーどうしよ、今日最高の日じゃん！そうだ、あんたどこの部署？」
「総務班の保育部です。」
「よし、保育部のヲタって呼ぶ。時々前線駆除班に来てよ、みんな疲れてるからさ。」
「ヲタ……！？」
それはやめてと言おうとしたのに「じゃぁ」と言って待機室にリリィは入って行ってしまった。盛大なヲタバレになりそうだとドキドキしながらふと腕時計を見ると、そろそろ勤務交代の時間が迫っていた。
無理を承知で他のメンバーに時間を変えてもらっているから遅れるわけにいかない。
噛みしめるのは夜まで取っておこう。
その晩、色紙を枕の下に入れて寝た。
でも、見たであろう夢を綺麗さっぱり忘れていたので少し残念だった。
元ツイはこちら
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