薄明のカンテ - What a day!/べにざくろ


挽麦食べたい。

 軽やかな足取りでマルフィ結社の廊下を進むウルリッカのポニーテールが浮かれた気持ちを示すように揺れる。
 今日は最高だった。第6小隊での出動で、毎回のことながら小隊長、ユウヤミの的確な指示によって怪我人も建物への被害も最小限で機械人形マス・サーキュの暴走を鎮圧することが出来た。しかも、それだけでは無い。今回はウルリッカの撃破数が多かったので、ユウヤミから「 マルムフェ君、頑張ったね 」とお誉めの言葉をいただいたのだ。この言葉を思い出すだけで挽麦クァ・バツ3杯は食べられる。それくらい嬉しかった。
 更に彼女のテンションを上げているのは今、ウルリッカの向かう場所にあった。浮かれた彼女が向かっているのは総務ロル・タシャ班人事部の部屋。社内人事課の麗しの貴族の華、サリアヌ・ナシェリからの直々のお呼び出しなのである。ウルリッカはサリアヌが好きだ。落ち着き払っていて所作も綺麗で正に高貴な大人の女性だから。
( 姫様、何の用だろう )
 先日に提出した勤務表に不備でもあっただろうか、そのおかげでサリアヌに会えるなら嬉しいな、でも彼女の手を煩わせて申し訳ない。そんな気持ちがせめぎ合うが、結局は欲望には忠実で会えて嬉しい気持ちが勝る。
 内心を他人に知られるのではないかというくらい軽快に人事部の扉を叩く。今日はユウヤミに誉められるだけでなくサリアヌにまで会えるなんて最高の日だ。そんな気持ちで扉が開くのを待っていると。
「 いらっしゃいましたね……お待ちしておりました 」
 扉を開けた見知らぬスーツの男に微笑んで言われて、ウルリッカは回れ右をしたくなった。黒い髪に黒い目の、やたらとスーツの似合うその男に対して野生の勘が近付いてはいけない、と警告を発していたからだ。どことなく崇拝するユウヤミ・リーシェルに似ているような気がして親近感を抱きそうになる雰囲気の男だが、何かが違う。その何かを嗅ぎとってしまったら、この男にはとっても近付いてはいけない気がした。
( 黒狐 )
 その男はウルリッカにはそう見えた。狐という生き物は食べても美味しくないけど、この男も煮ても焼いても食えないタイプの人間そうだからピッタリだろう。
「 誰? 」
 警戒心を剥き出しにしてウルリッカは狐男に問い掛ける。狐男はその視線に嫌悪感を見せることもせず微笑んだままだった。
「 ロード・マーシュと申します。新規勧誘課に所属しておりますので、お会いするのは初めてになりますね 」
「 新規勧誘課…… 」
 確かに新規勧誘課へは入社する時にお世話になるくらいで普段の仕事での接点は低い部署であり、なかなか会うこともない人達であろう。わざわざ名乗ってくれるなんて丁寧な人だな、とウルリッカは少々ロードへの認識を改めることにした。でも社交辞令でも「 よろしく 」というのは何だか嫌だったので言わないでおく。それと、こちらの名前は知ってそうだったのでわざわざ名乗ることをせず本題に入ることにした。
「 サリアヌひ……さんに用があるの 」
 急に知らない人にサリアヌを姫呼びすると驚かれるから言わない方が良い、と以前シリルに言われたことを思い出して「さん」付けで言ってみた。ちゃんと気遣えて偉いぞ、自分ウルリッカと自分を内心で誉めることも忘れない。
「 ええ、彼女に呼ばれて来たのですものね 」
 訳知り顔のロードが扉を大きく開けてウルリッカを人事部の部屋へと招き入れた。何だか入口から出鼻をくじかれた気分だが、気持ちを切り替えてサリアヌの姿を探す。
 社内人事課の麗しの貴族の華を探すのは簡単だ。椅子に座っても背筋が伸びた美しい姿勢の女性を探せばいいのだから。
 ウルリッカの目が直ぐにサリアヌの姿を捉える。しかし普段ならば輝く瞳はあっという間に濁りきり死んだ魚のような目になった。
「 おやおや、どうかいたしましたか? 」
 こうなる事を分かっていたとばかりに、くつくつと笑ってロードがウルリッカの元へ近付いてくる。
( 本当に、この狐野郎! )
 内心で毒づいてロードを睨み付けてみるものの、身長差が30cm近くある彼の顔は随分と上にあって「 そんなに情熱的に見つめないでください 」とロードが笑っているところを見ると睨んだ効果は全く無さそうだ。では、いっそ足でも踏んでやろうかと足を動かすとロードの危機回避能力が高いのか、高級そうな革靴を履いた足はさらりとウルリッカの足を躱す。
 新規勧誘課のロード・マーシュ。彼が扉を開けた時「 お待ちしておりました 」とウルリッカに言ったのは、こういう意味だったのかと今更ながらに悟る。
 しかし、もう戻るには遅かった。ウルリッカに残された道は目の端に入る赤いモノを目に入れないようにすることだけだ。
「 姫様、何の用? 」
 努めて冷静にウルリッカはサリアヌに問い掛けた。目の端の赤いモノは気にしてはいけない。最近、誰かから聞いた怪談話だか都市伝説でもそう言っている人がいたじゃないか。そういえば、あれは誰から聞いた話だったんだろう。あれ? 聞いたんだっけ? ビデオを見たんだっけ? 忘れてしまったけれど、とにかく! 赤いモノは無視。無視。無視。無視に限る。
わたくしはそちらのマーシュさんに、マルムフェさんをお呼びするよう頼まれただけですわ 」
 ウルリッカがあまりにも自分の横に立っている赤いモノを無視して話しかけてくるものだから、少しだけ困ったような顔でサリアヌが答える。その答えにウルリッカは再び黒いロードを睨み付けた。余り賢くはないと自覚している頭だが、ロードが自分自身で呼ばずに、わざわざサリアヌを使って呼び出してきた理由は分かる。まだ会って数分の間柄だが容易に分かる。
( 面白がって姫様を利用したな! )
 これは、どこかで( 当然、この人事部の部屋だろう )ウルリッカがサリアヌを気に入っている情報を仕入れたロードが仕組んだ罠に違いない。サリアヌに呼ばれて浮かれてのこのことやってくるウルリッカを赤いモノに会わせるという不幸のドン底に落とそうとしてワザとやったのだ。きっとこの狐野郎は、こういうことを誰にでもするのが楽しいタイプの人なのだ。ウルリッカはロードの性格をそのように決めつけることにした。
 今日はユウヤミ隊長に誉められてサリアヌ姫様に会えて最高な日になるはずだったのに。最悪だ。
「 あのー……ウル? 」
 ロードを睨み付け続けるウルリッカに無視されることに耐え切れなくなったのか赤いモノが動いてきて肩を指でツンツンとつついてきた。そこまでされて無視し続ける訳にもいかなくなったウルリッカが振り向いて、今度は赤いモノを睨み付ける。ウルリッカに睨みつけられても全然動じないロードとは対称的に、赤いモノは肩を震わせて「 ごめんね、ごめんね 」と萎縮して謝ってきた。その様にウルリッカは舌打ちをする。それを見て、余計に萎縮する赤いモノ
( もっと堂々としていればいいのに )
 その赤いモノの萎縮した態度がウルリッカは大嫌いだった。集落コタンで『 山神の寵児 』と呼ばれる綺麗な赤毛を持つのに、その言葉に似合うだけの自尊心を持たない兄が。
「 何でいるの? 」
「 えっ、それはー……その…… 」
 赤いモノ、もとい赤い兄はモタモタとするばかりで何も言わない。こういう態度がウルリッカの苛立ちを増幅させるのに何でこの兄は分からないんだろう。
 兄が何だかハッキリとした物言いをしないのでウルリッカはさり気なくサリアヌとロードに目をやる。しかし、2人とも微笑む( 同じ“微笑む”でも何だか違って見えた )だけで助け舟を出す気はないようだ。
 仕方なくウルリッカはもう一度、兄―――アルヴィに聞いた。
「 何、で、い、る、の? 」
 わざわざ一文字ずつ強調して言うと「 だって…… 」とアルヴィは口の中で何か言い訳をしている。いっそ脅して話させようか、と思って背中に手をやろうとして今日は愛用する銃達はメンテナンスしようと思って部屋に置いてきたことを思い出した。いや、逆に持って来なくて正解だったかもしれない。本当に持っていたら人事部の部屋を凄惨な赤い部屋にしてしまいかねなかった。
( あの黒い狐さんも撃っておきたいな )
 ついでにウルリッカは物騒なことを考える。但しこちらは威嚇射撃程度の当たらない発砲で良いかと思うあたり、少々優しい扱いだ。大体、これまでの流れから察するにロードが兄を連れてきたことは間違いない。少しは八つ当たりしたって山神も笑って許してくれるだろう。
「 だって、ウルが心配だったから…… 」
 そんなことを考えているとアルヴィがポツリと呟く。全くもってこれだけを言うためにどれだけの時間を掛けているのだろう。
 それに『 心配だったから 』とはウルリッカを何歳だと思っているんだ。確かに機械人形と戦う立場にあるので多少の不安はあるかもしれないが、それでもウルリッカ自身が選んだ道であるのだからアルヴィにとやかく言われる筋合いはない。
 それに別に家族と音信不通な訳ではないのだ。
「 イェレにいには連絡してる 」
「 知ってるよ!! だから何でイェレには連絡して僕には連絡してくれないんだ!? 」
「 連絡先知らない 」
「 僕が連絡先の番号を教えても登録してくれないのウルだし、それに僕が聞いても教えてくれないじゃないか!! 」
 堰を切ったように主張し出すアルヴィが急に大きな声を出すものだから人事部中の注目を集めてしまっていた。しかも主張している内容が「 妹に連絡先を教えて貰えないお兄ちゃん 」な訳で、大っぴらに笑う者はいないが肩を震わせている者はいる。しかし、そんなことを気にするマルムフェ兄妹ではない。
 尚、2人の会話に出てくる『 イェレ 』は3兄妹の真ん中っ子である。多分、3兄妹の中では1番の常識人だろうが生憎ここにはいない。彼は今頃、集落の家で我が子を抱いてクシャミをしていることだろう。
「 必要無い 」
「 必要だよ!! 」
 意外と食いついてくるアルヴィにウルリッカは心底嫌な顔になる。この兄に携帯端末の連絡先なんて教えたら、どれだけ連絡してくることか。それが分かっているから教えないのに。
「 今ここで交換されたら如何ですか? 」
いや
 笑いを含んだ声でロードが余計な提案をしてくるので、バッサリと却下する。分かりやすいくらいショックを受けているアルヴィは無視だ。
「 折角、お兄様と再会されたのですし良いのではありませんか? 」
「 姫様の提案でも駄目 」
 すると今度は状況を見守っていたサリアヌが優しく声をかけてくるが、それにもウルリッカは首を横に振った。
「 酷いよ、ウル。僕、お兄ちゃんなのに…… 」
 ロードとサリアヌの援護射撃があるおかげでアルヴィは若干強気だった。人事部内の空気も「 お兄ちゃん可哀想 」の空気になりつつある。
 普通の人ならばいたたまれなくなって連絡先を交換するしかない空気。
 しかし、ウルリッカは空気を読まない子だった。
「 駄目なものは駄目。嫌なものは嫌 」
「 ええっ!!? 」
 大きな声を上げたのはアルヴィでもロードでもサリアヌでもなく、聞き耳を立てながら仕事をしていた第三者のタイガだ。4人の視線が集中し、羞恥で顔を赤くしたタイガは「 ごめんなさい…… 」と呟いて仕事に戻っていく。
「 姫様 」
 そんなタイガのことなんて微塵も気にしないメンタル強強つよつよのウルリッカがサリアヌを呼ぶ。
「 どこに配属になるの? 」
 本当はロードに聞いた方が良いのだろうけど、何だか声をかけたくなかったのでサリアヌに聞いた。もちろんアルヴィ本人に聞くのは論外だ。
「 ……経理部ですわ 」
前線駆除リンツ・ルノース班じゃなくて良かった )
 同じ隊に入ったら色々と心配してきて面倒臭いことは目に見えているし、第一、集落でも生き物が可哀想に見えてしまって狩猟が出来なかったアルヴィに汚染されているとはいえ人間そっくりの機械人形は撃てないだろう。経理部ならば頭の良い兄にはピッタリだとウルリッカは内心で思う。喜ばれそうで嫌だから本人には絶対に言わないけれど。
「 そう。ありがとう、姫様 」
 それだけ言うと踵を返す。今日の最高な気分は人事部の部屋に来たことで一気に下がってしまった。これは昼ご飯に挽麦クァ・バツ5杯は食べないと気分が戻りそうもない。
「 え、あ、ウル!! 」
 アルヴィが呼び止めようとするがウルリッカは止まらない。
「 今日はもう此方の話は終わりましたので、妹さんの後を追っていただいて結構ですよ 」
「 マーシュさん……ありがとうございます。それでは申し訳ないですが、失礼致します 」
 ロードの言葉にアルヴィは顔を輝かせるとサリアヌと2人に頭を下げてウルリッカの後を追っていく。そして、扉を開けようとして何かに気付いて一度立ち止まると振り返った。
「 業務中にお騒がせ致しまして申し訳ありませんでした 」
 人事部に向かって頭を下げるとアルヴィは今度こそ部屋を出ていく。ウルリッカを前にするとオドオドとするのに、いなければ妙に落ち着いた二面性を見せるアルヴィに人事部は唖然とするしか無かった。

汁麦は飲み物です。

 行きはよいよい、帰りは辛い。
 先程は軽やかな足取りで進んだマルフィ結社の廊下が陰鬱としたものに見える。
 原因は当然のことながら後ろを付いてくるアルヴィな訳だが、彼は相変わらずウルリッカに声をかけようか、かけないで付いていこうかウジウジと悩んで数歩後ろを歩いて来ている。その態度を見ていると堂々と横に並んで歩いてくれれば良いのに、と思って余計にウルリッカの機嫌は悪くなっていく。
( 何でこんな態度なんだろう )
 アルヴィはウルリッカに対してはモジモジおろおろウダウダぐだくだしてるのに、他者に対しては比較的落ち着いた話し方のマトモな人間になる。ウルリッカは兄のそんな態度が嫌いで嫌いで堪らなかった。他の人と話す時みたいに自分にも話しかけて欲しい。そうしたら。
( お兄ちゃんだって格好良いのに )
 ウルリッカ・マルムフェ、22歳。彼女は兄に対して所謂ツンデレという生き物だった。但しツンツンしたところは表に出すが、デレデレとした部分は内面で完結するのでアルヴィにそれが伝わることはない。
「 あら、ウルちゃん。随分とご機嫌ナナメじゃない 」
 後ろにアルヴィを従えたまま歩き続けているとシリルに出会った。そんなに言われる程、自分は不機嫌な空気が出ていたらしい。
「 分かるの? 」
「 嫌だわ。そんなに眉間に皺が寄ってるのに気付いてないなんて。そんな顔してたらその顔になっちゃうわよ? 」
 シリルに笑いながら指摘されて、そんな顔になるのは嫌だと慌てて眉間を指で擦る。
「 さっきまで隊長に誉められて嬉しそうだったのに……原因は後ろの彼かしら? 」
「 うん 」
 素直に頷くと後ろのアルヴィがショックを受けた気配を感じたけれど、ウルリッカは当然のように無視する。その2人の様子を見て面白そうな気配を察知したシリルの口角が上がった。
「 彼とはどんな関係なの? まさか恋人? 」
「 違う 」
「 じゃあ何なのかしら? 」
 楽しそうな雰囲気のシリルにウルリッカは思わず言い淀む。一瞬、後ろのアルヴィに目をやってからウルリッカが口元に手を当てて一所懸命背伸びをするのでシリルも屈んで耳を彼女へと向けてその声を聞く。
「 お兄ちゃん 」
 囁かれたのは普通ならば何ともない言葉だが、それをわざわざ内緒話みたいに言うウルリッカにシリルは2人の関係を何となく悟った。体制を戻したシリルは橙色の目をアルヴィへと向ける。
「 あら、イヤだわ! ウルちゃんのお兄様なのね! ワタシはシリル。ウルちゃんには同じ隊でお世話になってるの 」
 いつも以上のハイテンションぶりを見せながらシリルはアルヴィに微笑む。その目が獲物を捉えた肉食獣のソレと大差ないことに気付いたウルリッカは一歩だけ後ずさった。
「 アナタ、弄りがいのありそうな見た目してるわね 」
「 え…… 」
 確かにそうだ、とウルリッカは内心でシリルの言葉に頷く。
 アルヴィは見た目に拘らない。服なんて洗濯してあるものがあれば適当にそれを着るし、髪の毛だって適当に伸びたら適当に切っている。前髪だけは失敗しがちなので縛って誤魔化しているようだが。
( さっきの狐さんまでは行かなくてもピシッとして欲しいな )
 先程会ったロード・マーシュの姿を思い浮かべる。彼は黒い髪を綺麗にぴったりした七三分けにセットし体型に合わせたスーツを颯爽と着こなしていた。いきなりアレまでは希望できないがアルヴィだってもう少しマトモな格好をしたら少しはマシに見えるのではないか。
( 頑張れ、シリル )
 ウルリッカは兄の見た目改善をシリルに期待することにする。
「 随分と個性的な機械人形マス・サーキュで……ところで主人マキールはどこに? 」
 散々シリルに髪の毛を触られていたアルヴィが口を開いた。何ともないことのようにシリルが答える。
「 上層部預かりなのよ、ワタシ 」
 アルヴィが己の失言に気付いて沈黙する。マルフィ社に所属する機械人形マス・サーキュは主人が所属した際に連れて来られたモノと、主人が亡くなり行き場を失ったモノの2種類がいると先程、人事部から説明を受けたばかりだ。シリルの言う上層部預かりというのは、つまり後者の機械人形マス・サーキュな訳で。
「 ……配慮が足りず申し訳ない 」
「 別に気にしなくてイイわよ。ココにはそんなのばかりなんだから 」
 シリルに言われて、そういえばそうだなとウルリッカも思う。
 第六小隊で一緒の可愛い猫娘のガートも今でこそエドゥアルトが主人マキールだが、結社に来た時には主人マキールがいなかったのだという。ユウヤミの推薦でエドゥアルトが主人マキールになったと知った時はユウヤミに任せられたエドゥアルトが羨まし過ぎて嫉妬したものだが、ガートとのコンビ漫才を見ていると彼が主人マキールで良かったと思う。やはりユウヤミの目に狂いはない。
「 ねぇ、アルはウルちゃんのお兄様でしょ? やっぱり前線駆除リンツ・ルノース班で働くのかしら? 」
 髪の毛を弄りながら聞いた名前から既に愛称で呼び出しているあたりシリルの距離の詰め方は早い。ウルリッカの兄だから同じように銃を扱うのかと端的に考えたシリルが言うとアルヴィは苦笑した。
「 いや、僕は銃が苦手なので……経理部で働かせて貰うことになっているんだ 」
「 あら、そうなの? 」
 パチパチと目を瞬いたシリルが、妙案を思いついたとばかりに手を一叩きした。
「 じゃあ任務に出た時のコトはワタシがアルに報告しようかしら 」
「 言わなくていい 」
「 えー。家族なんだから報告した方が良いわよぉ 」
 ケラケラと笑うシリルに詰め寄って文句を言うウルリッカ。
 その様子に妹が他の人と上手くやっていると判断したアルヴィは微笑ましい目でそれを見つめる。すると、唐突に天啓が降りてきた。
 ありがとう、山神様。愛してる。
 アルヴィは脳内で神に感謝を述べて早速、天啓には従わなくてはと動いた。
「 シリルさん! 」
 シリルの両手をとってアルヴィは言う。
「 僕を貴方の主人マキールにしてください! 」
 その言葉の意味を理解するのに一人と一体は数秒を要した。
「 は? 」
 そして数秒後に発したシリルとウルリッカの言葉が見事にハモった。
「 何言ってるの……? 」
 ウルリッカがアルヴィを睨み付けると彼はたじろいだ様子を見せるもののシリルの手を離さなかった。
「 だ、だってウル。シリルさんはウルと一緒に戦っているんだろ? その機械人形マス・サーキュ主人マキールになったら、君を間接的にでも……その、守れるかなって思って…… 」
 最後の方は尻すぼみになりながらもアルヴィはどうにか全部言い切る。それを聞いたウルリッカは呆れた顔をするがシリルは完全に機能停止フリーズしていた。

『 君がリアを守ってくれれば、僕が間接的に守ったことになるかなーなんて思ってるんだよね 』
『 ふふっ。バートったら都合が良いんだから 』
『 仕方ないだろう? 僕は喧嘩とか苦手なんだし。シリル、頼んだよ 』
『 よろしくね、シリル 』

 バートとリアシリルの前の主人が話していた記憶メモリーが脳内記憶領域で再生される。それは人間で言うならフラッシュバックというものに近い。
 アルヴィとウルリッカは兄妹で、シリルの前の主人達は夫婦であるという違いはあれども『 大切に思う相手を守って欲しい 』という願いは同じ。前の主人達が生き返ることはないのだから、これはシリルに与えられた挽回のチャンスなのではないだろうか。
「 シリル、大丈夫? 」
 動かなくなったシリルにウルリッカが声をかける。それで我に返ると彼女に大丈夫だとばかりに微笑んだ。
「 大丈夫よ 」
機械マス班に見てもらった方がいい 」
「 もうっ、ウルちゃんたら心配性ねぇ 」
 いつも通りに笑ってから改めてシリルがアルヴィを見た。まるで告白の返事待ちでもしているような真剣なアルヴィの顔を見て、シリルの悪戯心が湧き上がる。
「 今はダメね 」
「 今は? 」
「 そうよ。だってワタシ達、会ったばかりじゃない 」
 さりげなくアルヴィから手を離してシリルらしいニンマリとした笑みを浮かべる。
「 それに、プロポーズはもっとロマンチックにやってくれなきゃ 」
「 え、プロポーズ……? 」
「 そうよ! 機械人形マス・サーキュにとって主人マキール機械人形生マス・サーキュせいを決める大事な存在なんだもの! こんな廊下でプロポーズなんて嫌よ 」
 ノリノリで言い放つシリルにアルヴィはちょっとだけ、ほんのちょっとだけ声を掛けたことを失敗したかもしれないと後悔した。このテンションの高い機械人形マス・サーキュを果たして自分は制御していけるのだろうかと心配したのだ。
 しかし、妹の為だ。こんな事で挫けてはいられない。
 それに、これは愛する山神がくれた天啓なのだから果たさない訳にはいかなかった。後悔した気持ちに蓋をしてアルヴィは頷く。
「 分かった。君が望むプロポーズをやってみせよう 」
 未だかつてアルヴィの人生にプロポーズの経験は無いしこの先に予定も無い。まさか人生初のプロポーズ相手が機械人形マス・サーキュになるとは思わなかったが背に腹は変えられないのだから仕方ない。
「 そう来なくっちゃ! ロマンチックなプロポーズ、待ってるわ 」
 上機嫌にシリルは立ち去っていく。その浮かれた後ろ姿をマルムフェ兄妹は呆然と見送り、姿が見えなくなると我に返るのが早かったのはアルヴィだった。
「 ど、ど、どうしよう、ウル 」
「 知らない 」
 自分で蒔いた種なのだから収穫までしっかり自分でやって欲しい、と目に思いを込めてウルリッカはアルヴィを見る。
「 シリルさんの好み、教えてくれないかな……? 」
いや
「 お昼ご飯、奢るから!! 」
「 ……デザート付き? 」
「 勿論だよ!! 」
 妹が食べ物に弱いことを兄は良く知っていた。
 しかし、兄は妹の小さい身体の何処に入っているのか疑問になる程の胃袋の大きさを忘れていた。
 後に兄は誰ともなしに語っていた。
「 妹が、挽麦クァ・バツ5杯を汁麦ジュ・バツをスープ代わりに食べた挙げ句に、プリンを3個も食べるなんて思わなかったんです 」と。