薄明のカンテ - The red phantom killer/燐花
私はここ、ここにいるの
貴方、知ってる?私…
こ…こ……こ………こ…こここここここここここ

「…!!」
滝の様に汗をかいて目を覚ます。まだ夜中だ。ここのところ変な夢を見る。見知らぬ女が何かを言ってくる夢をシキは頻繁に見ていた。
またあの夢だ。夜中に目が覚めて何かを言って来るのだが、途中からテープが擦り切れたみたいにザラザラして結局分からなくなる夢。
「眠ぃ…」
冷蔵庫を開けてガサゴソと漁る。
昨日は部屋の物が勝手に動いていたしロードがおかずを入れに来てくれたのかと思ったが、冷蔵庫に変化は無かった。
「あれ……?」
おかしいな。部屋にあった小物が動いていたからロードが入ったと思ったのに。
「…まあ、兄貴もそんな要件無しに来る事あるかぁ…」
ぶつくさ言いながら冷蔵庫にあるラズベリープリンを取り出す。そしてふと手を止めた。そう言えば、夢の女はこんな赤い服を着てるよな。
あれが誰だかわからない。そもそもどこかで見たんだっけ?
そんな事を考えたら急に食欲が無くなった。明日はまた仕事の予定だからもう寝よう。
「シキー!起きてー!」
テディの声で目が覚める。辺りを見回すと外だった。おかしいな。確かさっきまで自室でもう一回寝ようかとか言っていた気がするのに。
「寝ぼけてんの?シキ」
テディがくりくりした目を訝しげに細めてこちらを見て来る。シキはテディの頭を撫でた。
「いや、誤魔化さないでよーもー」
「ごめんごめん、今何してたんだっけ?」
「え!?仕事でしょ!?これからベーコンおじさんに会いに行くんじゃん!何で忘れてんの!?」
「…そもそも俺、今仕事してるんだっけ…?」
俺の間抜けな問いにとうとうユーシンまでが突っ込まざるをえなかったのか、「シキ、流石に寝ぼけが酷いよ…」と呆れた顔で言って来た。
へへへ…なんて誤魔化した笑みを浮かべると、テディが「コレ何だろね?」とビデオを取り出した。
あれ…?何だっけ、これ。
「かなり古そうだけど…再生出来るかな?」
「誰かのホームビデオとかだったりするのかな?」
「それか昔のテレビ番組?」
いや、違う。それ多分、見ちゃいけないやつ。女がそこに映ってるんだ。それ見るとその女、ずっと、ずっと──…。
「…!!」
滝の様に汗をかいて目を覚ます。まだ夜中だ。ここのところ変な夢を見る。見知らぬ女が何かを言ってくる夢をシキは頻繁に見ていた。
またあの夢だ。夜中に目が覚めて何かを言って来るのだが、途中からテープが擦り切れたみたいにザラザラして結局分からなくなる夢。
「眠ぃ…」
冷蔵庫を開けてガサゴソと漁る。
昨日はロードがおかずを入れに来てくれたらしかったが、いつも部屋まで片付けてくれるのにこの日はおかずを足してくれただけだった。
「流石に兄貴に頼り過ぎか…」
そろそろ自立せねば。でも面倒だな。
そんな事を考えていたらロードが置いていったソーセージとトマトのキッシュが目に入った。
あれ…何だっけ?この赤…妙に見覚えがあるような…。
「シキ…シキ!起きてよ!」
「ん…?」
目を覚ましたシキが見たのは、自分を心配そうに囲む調達班のメンバー。
「良かったぁ〜…ボク、シキもう目覚まさないのかと思ったぁ〜…」
安心した様に言うテディ。
「歩ける?僕運ぶ?」
そんな体のどこにそんな力があるのかと思うくらい頼もしいオルカは持ち上げる様な動作をしてみせた。
「びっくりしただろ〜!?急に倒れるからぁ〜!!」
相当不安だったのか、爪に噛んだ跡の残るユーシン。
だけどシキの目線は、彼等の背後に注がれていた。
廃墟の窓に貼り付く女が見える。
口をパクパク動かし、何かを懸命に訴えている。その口の動きは、口と言うには歪で最早穴に近かった。辛うじて位置から口だと想像するだけで、何もなければ大きさを変える黒い歪な穴。
まるで陽炎の中に包まれているかの様な水に沈められている様な、ユラユラと髪を逆立て揺れ動く女。目は血走ってギョロギョロしていて何かを叫んでいるみたいに口を動かし、手を上げてべたりと窓に張り付いている。
女の背後、壁が見えるはずの場所にそれは無く、暗い暗い闇が広がっている。
自分にしか見えない、女からしかこちらは見えない。そんな空間に取り残された様な心地。
ずっと引っ掛かっていたんだ。よく映えるあの赤い服。あれは、服の色じゃない、血だ。
「シキ?」
ユーシンの声で我に帰る。
ああ、大丈夫。特に気にする事でもない。
シキはそれを呆気なく無視した。
だって、意味が分からないんだもの。何かよく分からないアピールされてもどうしたら良いか分からないし。
仮にアクション見せても出来ないからって怒られても知らないし。
そもそも縁もゆかりも無い自分に何も出来ないし出来たとしてする気もない。
もう一度廃墟を見たが、もうその女は居なかった。
以降、シキがあの夢を見る事はなくなった。
アレは、おそらく一種の通り魔の様なものだ。或いはすれ違った誰かだ。もしくはたまたま席が隣になっただけの人だ。兎にも角にも、そんなタイミングで強烈に惹かれた誰か。
しかし宴もたけなわ、アレを気にした時間は過去の話。もう記憶の片隅にすら残って居ない。
あの女が何を探して居たか、今も探しているのか。シキにはもはやどうでも良い事だしこれからもどうでも良い事だ。
テディにビデオの有無を聞いたが彼は何の話をしているのか分からないと言っていた。
さてどこまでが夢だったのか。それすらももうどうでも良い。

シキは今日も仕事をする。時々視界の端に赤い何かが見える事がある。背後に何か感じる事がある。でも、知らないから知りようがないし知りたく無いから知ることも無いのだ。