薄明のカンテ - CAUGHT MY HEART!!/べにざくろ
 ミア・フローレスは現代を生きる魔法使いだ。
 だから、呪文を唱えるのはお手のもの。
 今日も元気に彼女はその店でしか使えない呪文を唱える。
「トールサイズのベリーメロンフラップッチーノひとつ上と中のホイップをメロンホイップから通常ホイップに変更してキャラメルシロップとホワイトモカシロップ追加キャラメルソースを上からかけてその上から蜂蜜5周お願いします!」
「かしこまりました、ご注文繰り返しますね――」
 繰り返さなくていい。
 脇でミアの注文を虚無の顔で聞いていたクロエは密かに脳内でツッコミを入れていた。普通の現役女子高生という生き物は、何故こんな面倒臭い飲み物を嬉々として注文できるのか。これが普通の現役女子高生に必要な技能スキルというならば、自分は普通の現役女子高生になれなくても構わないと思う。
 そんなことをクロエが考えていることなんて微塵も気付かないミアは「次、クロエちゃんの番だよー」と呑気に笑ってレジ前をクロエへと譲った。
 モビデ店員パートナーの「いらっしゃいませ」の代わりに放たれる「こんにちは」を聞きながらレジ前へ立ったクロエが口を開く。
 クロエのモビデでの呪文注文は至ってシンプルだ。
「ベンティホットミルクください」

 * * *

 なんて素敵な飲み物なのだろう。
 ホイップを変更することでメロン感は減っているものの甘くておいしくて、キャラメルソースがカラメルソースの役目を果たしお口に蕩けるこれは正にメロンプリンのようではないか。
 至上の喜びとばかりにベリーメロンフラップッチーノを満喫するミアはストローから口を離して思わず呟く。
「極・楽」
「何ですか、それ」
 ミアの奇行と奇声に慣れているクロエも流石に聞いた事のない単語を聞き流せず、呆れた顔をしつつも思わず問い掛けた。そんなクロエにミアはニコリと微笑むと、どこか自慢げに胸を張った。
「この間ね、エミールさんに教わったの。天国みたいな意味なんだって」
「ああ、エミール氏ですか」
 どこか遠い目になるクロエ。
 エミール・シュニーブリーはクロエにとって「何故か自分に対してやたら低姿勢な男」程度の印象しかない男だった。
 しかし、クロエはそんな彼が「僧侶」とかいう宗教人の資格を持つ者であることは知っている。おそらくは「極楽」と言うのは、その関連の言葉なのだろう。
 クロエが納得しているのを尻目にミアはちゅーちゅーと幸せそうな顔でベリーメロンフラップッチーノを啜る。
「クロエちゃんも飲んでみる?メロンプリンみたいでおいしいよ」
「プリンですか」
「おいしかったらシキ君にもこのカスタマイズ教えてあげてね」
 ミアの中ではプリンといえばマルフィ結社でもトップクラスの巨人であるシキ・チェンバースの大好物であり、そんなシキといえばクロエと良く一緒にいるイメージである。
 だからこそミアは提案したのだがクロエは渋い顔をする。
「別に私とシキは仲が良い訳ではありません」
「えっ、違うの?」
「仲が良いというならウルリッカ氏と二人で色々夜遊びしているそうですし、彼女の方が仲が良いでしょうね」
 クロエの言葉にミアはここ数ヶ月のシキを思い出す。
 そう言われてみるとミアもシキの隣に小さなウルリッカがいる姿を何度か見掛けたことがあった。“ 2人のイケナイ夜遊び ”にも誘われたことがあったが、ミアがシキとウルリッカと同じ夜食なんて食べたらプロポーション的な意味で大変なことになる。あれだけ食べても太ったりしている様子の見えないあの2人の胃袋はどうなっているのだろうか。
「そっかー。シキ君とウルちゃんが仲良しなのかぁ」
 ミアはニンマリと笑う。
 恋の予感がしそうなお話は女子高生たるミアの大好物の話題だ。
 それを横目にクロエが好奇心もあってミアのベリーメロンフラップッチーノを吸う。
「……甘いですね」
「えー、それがいいのに」
 好評価ではない顔をしたクロエにミアは不満げに唇を尖らせた。
 ただでさえ甘い甘いベリーメロンフラップッチーノを甘くするカスタムをしたミアのベリーメロンフラップッチーノは正に「ベリーとってもメロン」だった。甘過ぎて並の人間ならば一口でお腹いっぱいの案件だ。おそらくよっぽど甘いもの好きな人間でなければ、誰しもがクロエと同じ顔をしたことだろう。
「それにしても、クロエちゃんとモビデ来るのも久し振りだね」
 クロエが口直しにミルクを口に運んでいると、ミアがしみじみと呟いたのでクロエも頷く。
「ええ。色々ありました・・・・・・・からね」
 4月末に起きた医療班のヴォイド・ホロウと汚染駆除班のミサキ・ケルンティアの誘拐事件や、5月に入れば結社の機械人形がボウガンで襲われる事件があった。誘拐事件は犯人が見つかり2人と捜査にあたっていた前線駆除班のユウヤミ・リーシェルが入院する騒ぎはあったものの今は無事に復帰している。ただボウガン騒ぎの方は最近は発生していないとはいえ、未だに犯人は不明なままであった。
 しかし、良い話もあった。
 保育部のカヤ・ロッシの父親であり、ケンズの悲劇以来行方不明だったナツヒロ・ロッシが無事に見つかり、カヤが父親の元に行ったのである。もちろんカヤがいなくなったことは寂しいが、幼いカヤが父親だけでも無事だったことは喜ばしいことだ。
「アキ先生は寂しそうだけど……」
 カヤの叔父であるアキヒロ・ロッシはミアと同じ医療班だ。そんな彼の姿を思い浮かべたミアは眉をへにょりと下げて呟く。
 いつでも優しく陽だまりのような笑みを浮かべるアキヒロであったが1年近く一緒の職場で過ごしていれば、その笑みが少し翳っていることに流石に仲間であれば誰でも気付くものだ。
「パパと一緒にいられるって良いよね……あ」
 ミアは失言に気付いて思わず手を口で覆った。やってしまったという思いを抱き気まずく上目遣いでクロエを見つめるが、クロエはその視線を受け止めると鼻で笑って一蹴した。
「別に気にすることではありませんよ、ミア」
「ごめんね、クロエちゃん」
 クロエ・バートンがミクリカの孤児院出身であることは、彼女を少しでも知る者からすれば常識のようなものだった。正確には孤児院もやっている聖ミクリカ教会の孤児院出身であり、シスター達に育てられたということもミアは教えられている。
 そんな彼女に「父親がいるっていいよね」と言うのは酷な言葉だとミアは思ったのであるが、クロエは物心ついた時から両親がおらず両親関係のことを言われても何処吹く風だった。むしろ機械人形の暴走がなければ両親と一緒にいられたであろうミアの方が哀れですらあると思う。
「カヤちゃん、元気かなぁ」
「元気ですよ、きっと」
「うん」
 しんみりとした顔で呟いたミアはベリーメロンフラップッチーノを啜って再び笑顔を取り戻した。
 そんな笑顔が不意にきょとんとしたものに変わったものだから、クロエは眉を顰める。そんなクロエが声をかける前に、ミアは身体の脇に置いていた鞄をガサガサと漁りバイブレータの音をさせる携帯型端末を取り出した。
「ごめんクロエちゃん、ルー君から電話なの。出てもいい?」
「ええ、どうぞ」
 クロエに許可をとったミアは通話ボタンを押して耳にあて、周囲への迷惑を憚った小さな声で「もしもし」と電話口へと声を送る。
「え、左?」
 怪訝な顔をしたミアが呟き、彼女が左を向くものだからクロエもつられて――クロエはミアの向かい側に座っているので――右を向く。
 ミアやクロエは店の奥にいたのだが、手前側の席に見慣れた男達の姿があった。彼らのテーブルには未だ何も乗っておらず、彼らが店に来たばかりということが見てとれる。
 男達は前線駆除班第三小隊のメンバーのジョン・スミス、ゼン・ファルクマン、ルーウィン・ジャヴァリーだった。ミアに電話をしてきた張本人である「ルー君」ことルーウィンだけが電話を切ってミアとクロエの元に向かってくる。
「よ、よぉ。相変わらず仲良いな、お前ら」
 2人の元にやってきたルーウィンはミアではなくクロエを見ながら口を開いた。しかしクロエはホットミルクを飲んでいて特に口を開く気もなさそうだったので、ミアが口を開く。
「私とクロエちゃんは親友だもん。親友で心友で真友だから!」
「フローレス、何言ってるか分かんねーって」
 ルーウィンが速攻でツッコミを入れた。
 ミアが言い放った「親友」も「心友」も「真友」も耳で聞けば全部同じ「しんゆう」である。(※彼女達が喋るのはカンテ語でありますが、日本語訳をすれば日本語と同じように同音異義語であるという解釈です。漢字ではないので本来なら不可能な表現ですが読み流して下さい)
「知り合いが『カジュアルな友達』になるまでに最初に50時間の交流が必要で、それが普通の『友達』に変わるには90時間、『親友』になるには200時間と言いますからミアと私は『親友』ではありますね」
 平然とした顔でスラスラと述べたクロエにミアとルーウィンは唖然とした顔を見せた。少し予想はしていたものの似た反応を見せている2人に、クロエは更に言葉を続ける。
「クソ兄さんの部屋に転がっていた心理学系の学術誌に載っていた論文です」
「論文……すごいね、クロエちゃん」
「すげーな、バートン」
 補足したクロエの「学術誌」と「論文」という単語に頭が良さそうな響きを感じ取ったミアとルーウィンはそれぞれ感嘆の声を漏らす。素直に他人を賞賛できることも一種の才能であると思いつつも、クロエの脳裏をよぎっていたのは心理学系の学術誌を見つけた時の思い出だ。

『今時、紙媒体ですか』
『うふふ。紙故の良さというものがあるのですよ』

 クソ兄さんロードの部屋の心理学系の学術誌の下から出てきたのは性的欲求を刺激する成人向け図書エロ本だった。なお、それが女医もので表紙の女が少しジトッとした目を読者へと向けており、白衣の下から覗く胸はたわわだったのは言うまでもない。
 そんなロードへと思いを馳せて眉間に皺を寄せるクロエに気付かないルーウィンはミアのベリーメロンフラップッチーノへ目を向けていた。
「カスタム何?」
「上と中のホイップをメロンホイップから通常ホイップに変更と、キャラメルシロップとホワイトモカシロップの追加、上はキャラメルソースと蜂蜜5周だよ」
「メロン感薄まるじゃん、それ」
「でもメロンプリンみたいでおいしいよ」
 クロエは理解しないミアの呪文を理解したらしきルーウィンとミアの会話が続く。
「ルー君もベリーメロンフラップッチーノ飲みに来たの?」
「丸くて大きい緑でしましまの果物は好きだからな」
「カスタムは?」
「チョコチ追加してメロンバー風かな」
「えー。チョコチップ追加したら、この綺麗な緑なくなりそうだよー」
「味第一に決まってんだろ」
 ベリーメロンフラップッチーノのカスタマイズ話に盛り上がる2人。
 それはゼンと話して時間を潰していたものの痺れを切らしたジョンが「いい加減にしろ!」と言うまで続くのであった。