薄明のカンテ - Bon anniversaire !/べに
Comme je suis chanceuse de t’avoir, toi qui me rends si heureuse !
Joyeux anniversaire, mon chéri !

だいじけん

「はい。お休みなさい、ネビロスさん。また明日もお仕事頑張りましょうね!」
『ええ、お休みなさい。ミア』
 ネビロスさんの声はいつまでも聞いていたくなる素敵な声だから、ずっと電話をしていたいけど、それじゃ今日は自分の部屋に帰って来た意味がない。だから私は断腸の思いで携帯端末の通話を切るボタンを押した。
 ネビロスさんは昨日、お仕事に復帰したばかり。
 ゆっくり一人で休んで貰う時間だって必要だから、今日の私は私の部屋に帰って来た。
 独りの部屋なんてマルフィ結社に来てから慣れたものだったつもりだけど、ネビロスさんがお泊まりに来てくれない私の部屋は何だか寂しく見えるから不思議だ。
 会いたいなぁ……。
 ううん! だめだめ! ネビロスさんだって一人でやりたい事とか、一人で寝たい時だってあるはずだもん! 私だって大人なんだから我慢しなくちゃ!
 何か気が紛れることないかな?
 私は携帯端末の通知をチェックすることにした。
 あ、モビデの新発売情報だ! ベリーメロンフラップッチーノかぁ。クロエちゃんともゆっくりお話出来てないし、お休み合う時あったら一緒にお出かけしたいな。
 そう思ってクロエちゃんに「6月6日にモビデの新作発売するんだけど」とメッセージを打ちかけて、私は重大事実に気付いてしまった。

――6月6日ってネビロスさんの誕生日!?

 議長兼司会・進行役ファシリテーター、ミア・フローレス。
 発表者プレゼンテーター、ミア・フローレス。
 書記、ミア・フローレス。
 当然の事ながら傍聴者オブザーバーもミア・フローレスである。
 要するに私の私による私のための脳内会議だ。
「何故、こんなに大事なことを私は忘れていたのか。まずは反省するべきです」
 最初に口を開いたのは分厚い眼鏡をしたインテリ風の私。若干、色素が他の私と比べて薄いのは頭が良いってことで汚染駆除ズギサ・ルノース班のミサキちゃんをイメージしているからだ。
「色々あったし、1日にネビロスさんがお仕事復帰する事に意識が集中しちゃってたからだよね」
「それはそれ。これはこれです」
 ピシッと言い放つインテリ風私(ミサキちゃん風味)。
 確かに言い訳ばっかりしてても仕方ない。これからでも間に合う何か作戦を考えなくちゃ。
 脳内会議の全員で反省をしてから、私達は6日に向けて語り合う。
「今からプレゼントを買う時間なんてないよ!?」
「そもそも何を買えばいいの!?」
 わーわーと盛り上がる脳内の私達。だけど、盛り上がるけど何も決まらない。
 だって私がネビロスさんから貰ったものは沢山ある。
 物だけじゃなくて、沢山のものをネビロスさんからは貰っている。
 そんなネビロスさんに私は何を返してあげられるんだろう?
「静粛に!」
 会議のはずなのに裁判官のように木槌ガベルを叩く議長の私。端がくるんとしたカイゼル髭が何とも偉そうだ。
「私達では何も決まらなそうなので、明日結社で会った人達に相談しましょう」
 議長の言葉に私達は深く頷く。
 うん。
 やっぱり困った時は他の人に相談するのが一番だよね!

 * * *

 お昼の混み合う食堂の中でトレイ片手に私は濃紫の髪を探していた。
「あ、いたいた! クロエちゃん!」
 私が探していたクロエちゃんは相変わらず辛そうな食べ物を平気な顔をして食べていて何とも格好いい。
「ミア。急に昼食を一緒に食べたいとはどうしましたか? ネビロス氏は?」
「ネビロスさんは、まだお仕事だよ。それにネビロスさんには聞かれたくないというか……」
「まさか。ネビロス氏に何かされましたか?」
 私の言葉にクロエちゃんの顔がサッと青く強ばったものに変わった。
 ネビロスさんには聞かれたくないって私の言い方で何か悪いことを想像させてしまったのかもしれない。これは早く本題を言わなくちゃ。
「ねっ、ネビロスさんの誕生日プレゼント何が良いかなぁ?」
「は?」
 クロエちゃんの正面に座りながら問い掛けるとクロエちゃんの表情がポカンとしたものに変わった。
「あのね。私、うっかりしてネビロスさんの誕生日がもうすぐなのに、すっかり忘れちゃってたの」
「ネビロス氏の誕生日はいつなんですか?」
「6日」
「それは随分とすぐですね……」
 今日は6月3日。しかも、この間に私の休日は無い。
 だけどクロエちゃんならば良いものを考えてくれるかもしれないと期待して、私はクロエちゃんが何か言ってくれるのを待った。
 激辛麺を一啜りしたクロエちゃんが自分の携帯端末を操作して何かを表示させると、その画面を私に見えるようにする。クロエちゃんのことだから何か良い物知ってるのかな?
「じーぴーえすついせきあんくれっと?」
 画面に映っていたのは何とも可愛くないアンクレットだった。アンクレットというよりは凄く可愛くない腕時計みたい。
 それにGPSって居場所が分かるやつだよね? 何で?
 そんな顔でクロエちゃんを見ると、クロエちゃんはニヤッと笑う。
「これでネビロス氏が何処に行ってもミアが場所を特定できます」
「だ、大丈夫だよ! ネビロスさんはどこにも行かないもん!」
 確かに先月の大事件みたいなことがあった時に便利だなーなんて一瞬思っちゃったけど、もうネビロスさんが何も言わずにどっかに言っちゃうことなんてない。
 ちなみに、このアンクレットについて後で調べたら罪を犯した人が出所した時に居場所を監視するためのアイテムだった。きっと、クロエちゃんなりのジョークだったんだろうなぁ。本気じゃないよね?
「これがダメだというならいいんじゃないですが? 『プレゼントは私』で」
「あ、クロエちゃんそう言うんだ」
「『も』ということは複数から言われたんですか? 誰から?」
 ネタが被って悔しいのか真剣な顔でクロエちゃんが私を見てきた。
 ネビロスさんくらいの年齢の男の人に会った時に相談してみたら、皆、「プレゼントは私」でいいって言ってきたんだよね。大人の男性は物欲っていうのがないのかな。凄く困っちゃうんだけど。
 ああっ。それよりクロエちゃんの質問に答えなきゃ!
「えっとね、まず朝にヴィニーさんとアキ先生でしょ」
「待ってください。ロッシ氏が?」
「あ、ううん! アキ先生は『あげたいと思う物で良いと思いますよ』って言ってた!」
「そうですよね、良かったです」
 何だか分からないけど安心したような顔をしたクロエちゃんに「それで?」と先を促される。えっと、次は……。
「リハビリに来たテオさんにも言われたし、応急処置道具を補充に来たゼンさんにも言われたでしょ……それで、後は休憩所に居たロードさんとギャリーさんにも聞いたよ!」
「人選最悪フルコースですね」
 何だか疲れた様子のクロエちゃんが何か呟いたようだけど、私には聞こえなかった。聞き返そうかなって思うけど、何か聞いてはいけないような気もするから聞かないでおこう。
「もっとこう……ああ、例えばあそこのエミール氏に聞いてみるとかどうですか?」
「エミールさん?」
 言われて厨房の方を覗くけど昼食時の厨房はとっても忙しそうで、声をかけられる雰囲気じゃなかった。確かにエミールさんはネビロスさんみたいに物静かでネビロスさんみたいに優しい人だから、一番ネビロスさんの欲しそうなものを教えてくれるかもしれない。お話聞ける時があったら聞きたいな。
「まぁ、この3日で適当に用意できるものではミアはそもそも満足できないでしょう? 後で渡すという事にしてゆっくり考えたらどうですか?」
「うん、そうだよね。ネビロスさんには申し訳ないけど、それが一番良いよね」
 クロエちゃんはいつでも的確な言葉をくれて私と同い年とは思えない。
 いつかクロエちゃんが何か困った時に私が助けてあげられる日が来たら良いんだけどな。クロエちゃんが困るような内容を私が理解できるかは分からないけど、力になってあげられたら良い。
 そんな事を思って、ふとクロエちゃんを見たらお喋りしててもクロエちゃんはちゃんとご飯を食べ終えていた。い、いつの間に。
 そして、ご飯のフィナーレを飾るようにぐいっと牛乳を煽ると、沢山あったはずの牛乳は全部クロエちゃんのお腹の中に収まっていた。クロエちゃん、細いのにどこに入るんだろう。
 昼食を綺麗に食べ終えたクロエちゃんが口を開く。
「申し訳ないですが私は仕事に戻る時間です」
「ごめんね、クロエちゃん。忙しかったのに時間作ってくれてありがとう!」
 食器を片付けに行ったクロエちゃんを見送っているとクロエちゃんが、食券の受付をしていたけれど丁度手の空いたヒギリさんに何かを話しかけていた。んん? ヒギリさんと私の目が合ったような気がするのは気のせいかな? そう思ったけどヒギリさんは厨房の奥へと消えていく。
 ネビロスさんの誕生日プレゼント、本当に何にしよう。
 そう思いながら独りでご飯を食べる。小さい頃からお姉ちゃんがいたから、私にはあんまりご飯を独りで食べるという機会がなくて新鮮な気持ちだ。
 見渡せば。食堂の中には沢山の笑顔が溢れている。
 結社に集まる前までは色んな場所に住んでいて、学校に行っていたり働いていたり皆バラバラに生きていたのに、今はこうして同じ場所にいる。不思議な気持ちになるし、この中で作られていった縁は大事にしていきたい。
「ミアちゃん」
 優しい男性の声に名前を呼ばれて振り向くと、そこにはいつも通り優しく微笑むエミールさんがいた。忙しいはずなのにどうして?
「クロエさんから『手が空いたら行って欲しい』と頼まれまして。どうかされましたか?」
 どうやらクロエちゃんがヒギリさんに頼んでくれていたみたいだ。
 本当にクロエちゃんは優しい。そんなクロエちゃんを何故かエミールさんは「クロエさん」って呼ぶんだよね。私と同い年なのにな。何でだろう。
「お仕事中ごめんなさい。実はネビロスさんがお誕生日なのに、私何にも用意できてなくて。ネビロスさんみたいに素敵なエミールさんなら、ネビロスさんにピッタリのプレゼント分かるかなって思ったんですけど」
 私の言葉に少し考えた様子を見せたエミールさんが、やがて口を開く。
「ご本人に聞くのが一番と思いますが、ミアちゃんが『あげたい』と思ったものを差し上げるのが一番でしょうね。因みにお誕生日はいつなんでしょう?」
「3日後なんです。もちろんあげたい物をあげたいんですけど、準備の時間が無くて」
 恋人なのに誕生日を忘れるなんて最低な私。
 エミールさんの事をネビロスさんに似ているって思っちゃったから、ネビロスさん本人に言っているみたいで悲しくなってくる。
 しょんぼりした私にエミールさんは慌てた様子を見せた。
 困らせてごめんなさい。
「み、ミアちゃんはお菓子作りは出来ましたよね?」
「食堂班の人程じゃないですけど……」
 お菓子をあげようっていうのかな。でも愛の日にお菓子はあげてるし、普段も一緒にお料理してるからエミールさんには悪いけどネビロスさんは驚いてくれなそう。
 そう思いながらエミールさんを見ると、エミールさんにその気持ちが伝わっちゃったのか困った様子で、それでも微笑んでエミールさんが言う。
「折角、3日あるのだから3日かかるお菓子をプレゼントしましょう」

さあ、とうじつです。

 6月6日。
「おつかれ様でした!」
「お先に失礼します」
 ネビロスさんと2人、医療班の部屋を出る。今日がネビロスさんの誕生日だとちゃんと覚えていたエル先生が早めに私達を帰らせてくれたのだ。
 ルミエルさんやルーチェちゃんを亡くしたネビロスさんは、マルフィ結社に来てからずっとエル先生のカウンセリングにお世話になっていた。だけど先月からは外部の先生によるカウンセリングに切り替えたのだ。
『その時にカルテを見直したからネビロスの誕生日を覚えていただけよ』
 私が忘れていたのにエル先生が覚えていたのが悔しくて、そしてそれが顔に出ていただろう私にエル先生はそう言って慰めてくれた。私へのフォローもしてくれて、今日は早く帰らせてくれたエル先生には感謝しかない。
 廊下を並んで歩いているとネビロスさんが口を開いた。
「今日はミアは一度自分の部屋に帰るんですね?」
「はい! もちろん遅くなる前に行くから安心してください!」
 6月に入ったカンテ国の夜は日没が遅くてずっと明るいから、女子寮から男子寮まで行く道程くらい何の心配もない。2月にネビロスさんの部屋に向かった時は夜は普通に暗かったから途中で会ったスレ先生と一緒に行ったけど、6月ならば大丈夫だ。汚染された機械人形はこの辺りには出ないし。
「心配ですから寮に一緒に行きましょうか?」
「大丈夫ですよ! ネビロスさんは先にお部屋で休んでいてください!」
 準備期間3日間。
 色んな人に相談した私は、プレゼントを買うことは出来なかったけれど、それなりに色々と用意をしてきたのだ。
 心配性のネビロスさんにもう一度「大丈夫!」と言ってそれぞれの寮への道の前で別れる。
 さあ、ミア・フローレス! 気合い入れて頑張るぞ!

 * * *

 そうして準備を済ませた私は、ネビロスさんの部屋を訪れていた。
 いつもより気合いを入れた夕食を食べて、お片付けをして。
「良いんですよ、ネビロスさん! 今日は私が全部洗いますから!」
「2人でやった方が早く終わるでしょう?」
 今日くらいは全部私がお片付けしようと思ったのに当然のようにネビロスさんがお皿や調理器具を洗ってくれた。せめてメインで頑張るのは私にしようとするのに「はい、お皿拭いてください」とお皿と布巾を渡されてしまうだけの人間になってしまう。
「折角の大きな誕生日ストール・アムマイリなんだから、休んでて欲しいです」
 大きな誕生日ストール・アムマイリ
 区切りのお誕生日の事をカンテ国ではそう呼んで特別に扱う。
 ネビロスさんは30歳。正に今年は大きな誕生日ストール・アムマイリで、そんな大事な誕生日を忘れていた私は本当に恋人失格だよね。
「あっ……!」
 そんな事を考えていたら手からコップが滑り落ちた。
 しかし、それは床に落ちる寸前でネビロスさんがキャッチする。
「大丈夫ですか、ミア」
「大丈夫です。ごめんなさい、ネビロスさん」
「ミアに怪我が無ければそれで良いですし、食器も割れていませんから」
 ネビロスさんはそう言って笑ってくれる。
 一方の私は数時間前に「 気合い入れて頑張るぞ!」と思ったのは何だったのかというくらいダメダメだ。
「私はミアが一緒に過ごしてくれるだけで幸せですよ」
 ションボリとする私に優しく声をかけてくれるネビロスさん。
 私ってば誕生日に主役に気を遣わせてどうするの!
「ありがとうございます」
 ごめんなさい、を繰り返すのも何か違うなって思ってネビロスさんの言葉にお礼を返す。
 そうしているうちに私が食器を割ることもなく、無事に夕飯のお片付けは終わった。
「ネビロスさん。まだお腹に余裕はありますか?」
 用意してきた鞄の中にしまっていた箱を取り出しながら私はネビロスさんに問いかける。中身はエミールさんに教わったお誕生日用のケーキだ。
「カヌレ焼いたんです」
 エミールさんから私が教わった「3日かかるお菓子」は「カヌレ」だった。簡単に作るなら1日で出来るけど、本気で作るなら3日かかるという焼菓子。食べたことはあったけど作ったことは今までなくて緊張したけど、ちゃんと出来たとはず。
 今回は甘いものが好きなネビロスさんのためにカヌレの上の窪みにプリンのカラメルソースのようにチョコレートを流し込んでみた。このアドバイスをくれたのもエミールさんで、そうやって相手のことを思ったアドバイスの出来るエミールさんって素敵な人だなぁって思う。
「カヌレですか。それは手間がかかったでしょう」
 さすがネビロスさんだ。カヌレのレシピもちゃんと知ってるんだ。
「時間はかかりましたけどエミールさんに教えてもらったので、ちゃんと出来てると思います!」
「エミール……?」
「給食部のエミールさんです! そういえばカヌレ型に蜜蝋塗って焼くのが本格的みたいなんですけど、教わっている時にネリネちゃんが『バターで代用出来る』って主張して譲らなくて面白かったです」
 ネリネちゃんはバターを使うことを好むように設定されているんだって言ってたけど、そんなにバターばっかり使う料理を食べてたら太っちゃいそうだ。
「でもノエさんも来て結局、蜜蝋を使ったんですけどね」
 ネリネちゃんと違ってノエさんは正統派レシピしか許さないように設定されているから、ネリネちゃんの邪道なやり方は許さないみたい。同じ機械人形でも違いがあって面白かったけど、間に挟まれたエミールさんは仲裁に大変そうだった。
「あとヒギリさんというかタイガ君というかサリアヌさんから紅茶の茶葉も貰ったので一緒に飲みましょう。ミルクティーがオススメだって聞いたのでクロエちゃんがルー君から貰った牛乳分けてくれました」
 カヌレを焼くことになったことを聞いたヒギリさんが紅茶についてタイガ君に相談して、そしたらサリアヌさんが茶葉を分けてくれたのだ。貴族の人から貰った紅茶ってだけで凄く高そうなオーラが出ている。
 そんな紅茶をミルクティーにするのがおすすめだってヒギリさんから聞いていたら、たまたま一緒に居たクロエちゃんが「貰って封を開けてない牛乳がある」とルー君の家の牛乳を分けてくれた。
「ええっ!? クロエちゃんの飲む分減っちゃうよ?」
「大丈夫ですよ。また貰いますから」
 そう言って快く譲ってくれたクロエちゃんには感謝だ。もちろん、ルー君にも。
 私の言葉にネビロスさんは柔らかく微笑む。
 今までもネビロスさんが格好よくて素敵だったけれど、最近の笑った顔は一層素敵になった。何が違うってハッキリと私には言えない。だけど何かがネビロスさんの中で変わって、表情すら変わってみえるのだろう。
「皆、ネビロスさんの誕生日のために色々してくれたんですよ」
「それは私だからではなくミアが頑張っていたからですよ」
「マルフィ結社、良い人がいっぱいで良い場所だから離れたくなくなりますよね!」
 私の言葉にネビロスさんは少し驚いたような顔を見せる。
 だけど、また先程までのように柔らかく微笑むと「はい」と頷いてくれた。
 大丈夫。もうネビロスさんは何処にも行かない。
 根拠もなく私はそう思った。

 * * *

 うーん。やっぱり最後のコレ・・は止めようかな。
 お風呂に入った後、私はちょっぴり後悔していた。
 色んな人に貰ったアドバイスを折角だから全部やってみようかななんて思ってずっとクローゼットで眠っていたコレ・・を引っ張り出してみたものの、やっぱり私には似合わないような。
 でも、もう着ちゃったし着替えはコレしか持ってきていない。
 ネビロスさんの部屋に置きっ放しにしている私のパジャマもあるけれど、それを取りに行くためにはネビロスさんの居る部屋に行くしかないから結局コレは見られてしまう。
 仕方ない。
 似合わなくてもネビロスさんは爆笑してバカにするなんてことしないだろうから、後は私が気合い出すだけだもん。頑張れ、私!
「お、お待たせしました、ネビロスさんっ」
 私が脱衣所から意を決して飛び出すと、本を読んでいたネビロスさんが本をパタンと閉じて私に目を向けた。あ、目の色が違うネビロスさんだ。コンタクトレンズ外してるんだ。いつものネビロスさんも格好良いけど、こっちのネビロスさんも格好いいなぁ。
 私が現実逃避してると重いものがフローリングの床に落ちた音がした。
「わっ、ネビロスさんっ! 本落ちちゃってますよ!」
 それはネビロスさんの読んでいた本が床に落ちた音だった。
 フローリングに傷とか付いてないかな。本は大丈夫かな。
「ミア……? それは……?」
 うわーん。ネビロスさんの声は凄く困惑していた。
 本を落としちゃうくらい似合わなかったかな、これ。
 止めておけばよかった。
「えっと、ヴォイドさんに憧れて前買ったものなんです。でも、私はヴォイドさんみたいにスタイル良くないから、コレを着てお出かけする勇気がなくて……」
 私が着ていたのはヴォイドさんが良く着ているヒラヒラとした服だ。
 この上に白衣を羽織ってお仕事していたヴォイドさんがとっても素敵だったから真似して買ってみたのだけど、着てみたらヴォイドさんとの身体の差が凄くて封印していた。
 ヴォイドさんイメージだったから青いものを買っているのも似合わない原因かも。私、ピンクが多いし。
「ミア。それを着て外に出るつもりだったのですか?」
 怖い顔をしたネビロスさんに言われる。
 そうだよね。そんなに似合わない服を着て出かけるなんてバカみたいだよね。
「似合わないですよね。出掛けないです……」
 ションボリと答えるとネビロスさんが何だか安心したような、でもちょっとだけ困ったような顔をして私を見た。
「とても似合って可愛いですよ。だから、その格好は私だけにしか見せないで下さい」
 似合って可愛いって。
 その声のトーンはどこまでも優しくて、それでいて私を慰めるだけに言っているんじゃないと思わせるだけの力があった。
「それでミアはどうしてその服を着ようと思ったんですか?」
「えっと、ぷ、『プレゼントは私』っていうのはダメですか?」
 さすがに『プレゼントは私』を言うのは緊張した。
 ネビロスさんの顔を見るのが恥ずかしくて目を逸らして言っちゃったけど、やっぱり反応が見たくてネビロスさんの顔を見てみると。
「ネビロスさん?」
 ネビロスさんは口元を手で抑えるようにして、私から視線を逸らしていた。やっぱり嫌だったかなと心配になったけど、私から見えているネビロスさんの綺麗な形をした耳が赤くなってる。照れてくれてるのかな?
 視線を逸らしたままのネビロスさんは床に落としっ放しだった本をようやく拾い上げる。
「まさかミアがそんな事を言うとは……」
「皆に相談したら、皆がそれが良いよって言ってくれたので!」
 こんなに照れたネビロスさんが見られるなんて幸せだ。
 後で皆にお礼を言わなくちゃ!
「皆……?」
 呟くネビロスさんが顔は笑顔なのに何だか雰囲気が怖くなったような気がするけど、気のせいだよね。とにかくアドバイスをしてくれた皆の名前を言わなくちゃ!
「ヴィニーさんとテオさんとゼンさんとロードさんとギャリーさんにクロエちゃんです!」
「そうですか。それは皆さんにお礼を言わないとですね」
 そう言って微笑むネビロスさん。
 うーん、やっぱり不思議と何か怖いオーラが出ているような気がする。
 何でだろう?
「さて、ミア」
 怖そうオーラの消えたネビロスさんが私を見た。
「はい! なんですか?」
「私はミアさえ傍に居てくれたらそれで良いんですが、折角のプレゼントですから……お願いをしてもいいですか?」
 ネビロスさんのお願い!
 これを叶えてあげるのが正に誕生日という感じだ。お願いって何だろう。
 じっとネビロスさんを見つめるとネビロスさんは自分の唇を自分の指でトントンと軽く叩いた。
「ミアから、というのはどうでしょう?」
 私から? 唇ってことは……キス!?
 脳内会議の議長兼司会・進行役ファシリテーター発表者プレゼンテーターも書記の私も全員が驚愕していた。

「他でもないネビロスさんのお願いです。やるしかないでしょう、私!」

 いち早く復活した議長がそう言って脳内でサムズアップした。他の私達も何度も縦に首を振って同意を示す。
「わ、わかりました!」
 確かにいつもネビロスさんにキスして貰っていて、私はただ待っているだけだった。たまには私も頑張らなくちゃね!
 私がキスをしやすいように屈んで目を瞑っているネビロスさんを前にする。肌綺麗、睫毛長い、すっごく綺麗で格好いい。いやいや、ネビロスさんの格好良さに見とれている場合じゃない。頑張れ、頑張れ。
 ……頑張った私のキスは唇の端だった。うん、でも頑張ったしキスはキスだもん!
 満足している私に目を開いたネビロスさんがニコリと笑う。
「ちゃんとミアから何でも・・・出来るように今晩は練習しましょうか」
「ええっ!? 今のじゃダメですか!?」
「ええ。今日の私は強欲なようです」
 楽しそうに笑うネビロスさん。

 こうしてネビロスさんのお誕生日は夜が更けるまで続くのであった。
 私、明日もお仕事なのに!

 でもネビロスさんが、とっても楽しそうだから良かった。

 誕生日おめでとう! ネビロスさん!