新年早々、ウルリッカの苛立ちは最高潮に達していた。
本来、ウルリッカは感情に波が少なく顔にも出ないタイプだ。しかし、今の彼女を見れば誰が見ても機嫌が悪いことを察せることだろう。
原因は彼女の後ろをオロオロとした様子で付いて歩く男性だ。カンテ国の平均身長よりは小さいが、背の小さいウルリッカからすればデカくて邪魔な存在。
「 邪魔 」
「 でも…… 」
「 来ないで 」
キッパリと拒絶すると、困り眉を更に困らせた顔を見せるが男は立ち去る様子をみせなかった。諦めたウルリッカが歩き出せば、その後ろをオロオロオロオロ付いてくる。
ウルリッカの後ろを歩いて来るのはアルヴィ・マルムフェ。11歳上の長兄だ。
しかしながら、ウルリッカの後ろに付いて歩く様は兄というより身体の大きな弟のようだった。その態度が、ウルリッカの怒りを増幅させる。
「 アル
兄 」
「 う、ウルが僕のことをお兄ちゃんと!! 」
名前を呼んだだけで感動に打ち震え出すアルヴィに、ウルリッカは心底ウザいと思った。早くどうにかして撒きたい。
「 マルムフェ君? 」
この時、ウルリッカに犬耳と尻尾があったなら。
耳はピンと立ち、尻尾ははち切れんばかりに振られていたことだろう。
今のウルリッカがまさに先程ウザいと思った兄の行動―――名前を呼ばれただけで感動に打ち震える―――と同じなのだが、ウルリッカは気付いていない。
ともかくアルヴィに抱いていた感情を彼方へ追いやって、ウルリッカは声の主を見た。
「 隊長!! 」
ウルリッカが叫んだように、そこにいたのは第6小隊の小隊長であるユウヤミ・リーシェルだった。その隣には彼の機械人形であるヨダカもいる。
「 任務、お疲れ様です 」
ユウヤミとヨダカが早朝から何やら任務に出ていたことは知っていたウルリッカは1人と1体に労いの言葉をかける。尚、それが第4小隊のメンバー数人との合同任務(
ミサキの年末年始 幕間!第4小隊と第6小隊編 )だったとは知る由もない。
「 今年もよろしくお願いします 」
「 うん、宜しくね 」
「 ヨダカも。よろしくね 」
「
主人共々、宜しくお願い致します 」
ユウヤミとヨダカへ新年の挨拶をしてウルリッカは満足だった。後ろの人間の存在を忘れるくらいには。
「 ところでマルムフェ君。君の後ろの方はどなたかな? 」
「 通行人です 」
ユウヤミの質問にキッパリと言い放つ。いつも従順なウルリッカの珍しい反応に、ユウヤミは「 おや 」と片眉を上げた。
「 私に虚言を吐くのかい? いけない子だねぇ 」
クスクスと笑うユウヤミの目は全く笑っていない。思わずたじろぐウルリッカとユウヤミの間にアルヴィが割り込む。ヨダカがさり気なく警戒の体制をとったのがウルリッカの目にチラリと写った。
「 通行人の方が何の用かな? 」
ユウヤミの声には状況を面白がるような響きがあった。
「 愚妹が失礼を。僕はアルヴィ・マルムフェ。ウルリッカの兄だ 」
「 おや、通行人と聞いていたのだけれどねぇ 」
「 妹なりの冗談と聞き流していただきたい 」
アルヴィの背中越しにウルリッカは驚きを隠せないでいた。ウルリッカの知っている兄は情けなくて尻尾を股に挟んで震える犬みたいな人のはずなのに、ユウヤミを前にして全く怯んでいない。
「 冗談なら仕方ないねぇ 」
飼い犬をちょっとからかった位の気持ちだったユウヤミは丁度いい終わらせ時が出来たと言葉の矛を納めた。
「 それじゃ、マルムフェ君。今年も宜しくね 」
そう言うと、ヒラヒラと手を振ってユウヤミはヨダカを伴って去っていく。
ユウヤミがいなくなると漂っていた妙な緊張感が消え、アルヴィがウルリッカの方を向いた。
「 アル兄…… 」
「 ウル、あんな奴の下で大丈夫なのか!? 」
「 あんな奴? 」
隊長を“ あんな奴 ”呼ばわりされてウルリッカの
部下魂に火がつく。
「 やっぱりアル兄、嫌い 」
「 えっ…… 」
助けたはずの妹から好感度が上がるどころか下がった発言をされて、アルヴィの顔が引き攣る。そんな兄を見捨てて、ウルリッカはさっさと歩き出した。
「 ちょ、ちょっと待ってってば!! 」
その後を再びオドオドアタフタと追うアルヴィ。
ウルリッカの2174年は忠犬の年で、アルヴィの2174年は狼狽の年になりそうだ。