薄明のカンテ - 15は悩みの季節/涼風慈雨





少年よ、年齢とは何だ

なんでだよ!!!
ぼくは目の前にいるスカート姿の人物に怒っていた。
もちろん、直接言うわけにいかないから頭の中でだけで。
象牙色の髪をゆるふわに巻いて、ぱっちりした赤い目の睫毛は伸びやか。可愛らしいパステル調のスカート姿は正にティーン誌から抜け出してきた可愛いモデルさん。
これがっ……これがっ……!!なんで男なんだよ!!
可愛い子が調達班に入るって聞いてたから期待しちゃったじゃないか!
ぼくだってごく普通の15歳男子だぞ?むさ苦しい男じゃなくて可愛い女の子と仕事できたら良いなって誰でも考えるじゃないか!
てゆーかぼくより身長高いし!!女装が似合うってことはイケメンって事じゃないか!!
つくづく、世の中は不公平だ。にゃろぅ、いつか身長くらい抜いてやる。
あっ……父さんも身長低かったんだっけ……
絶望感に崩れ落ちそうになる膝を支えながらシュオニと一緒に新入りに笑いかける。
「よろしく。ぼくはユーシン・リン。こっちはシュオニ。えっと……テディ……ちゃん?」
向こうの方が身長が高い故に自然と目線を上げないといけない。なんか悔しい。
「よろしくね!ユーシン、シュオニ。敬称なんていいよ〜テディで!」
ふにゃけた表情と声で言うテディ。
近くで見ても可愛い……けど、やっぱり男なんだなぁと思う。
服で隠しても直線的な体のラインは見えてしまうし、メイクで誤魔化してる箇所もある。
……まぁ、シュオニに後から指摘されて気付いたんだけどね。

同じ調達班で仕事を始めてみると、ふにゃけた普段の様子と裏腹にちゃんと仕事ができる人だって事がわかった。
口が達者だからか値切り交渉も上手いし、年上相手でも臆さず仕事に向かうし、大人と渡り合えるだけの知識量もある。初対面で怒ってたぼくが子供に見えて来るくらい、凄い人だ。
それと、可愛いものが好きなだけだって事なのもよくわかった。
メンズ服は可愛いものがない、とテディに言われて納得した。確かに似たようなデザインな上に色のバリエーションも少ない。多少おしゃれな服でもシンプルなものばかりだ。ぼくは動きやすさ第一だからテディみたいに思わないし、よくわからないけど、嫌な人もいるんだなぁと思った。
でも、家族のことだけは聞いちゃいけないような気がして本人には聞けなかった。
それで、しばらく仕事の他にシュオニと手分けして情報を集めた。
どうやら政治家の息子らしい事。経理部所属のギルバートのご近所さんだった事。ギルバートとは仲が良くない事。親と折り合いがつかずに結社に転がり込んできたらしい事。メイクやコーディネートが好きでボランティアしていた事。
拾い集めた噂をパッチワークのように繋げてみると、テディの本当の輪郭が掴めてきた。
可愛いものが好きかもしれない。女装しているかもしれない。親は政治家かもしれない。ふにゃけた喋り方かもしれない。けど、そんな事以前に、テディはなんて事ない普通の15歳なんだ。ぼくと同じ、テロの所為で学校に行けなくなった15歳なんだ。本当は学校で勉強して青春を謳歌していたはずの15歳なんだ。
「同じ15歳なんだ」と胸にストンと落ちてきた時、イメージが変わった。吹っ切れたとも言える。テディは初対面の時にぼくの身長をからかわなかった。なら、ぼくもテディの見た目の事なんて言わないし、無駄に子供扱いも大人扱いもしない。だって同じ15歳だから。

勝手に悩んで勝手に吹っ切れたぼくの事なんて知らないテディと今日も仕事をする。
とは言え、女の子じゃなかった傷口は僕の中で大きかったらしく、新人で年の近い女の子が入ってくる夢を何回か見たわけなんだけど。

少年よ、価値の変わらないモノとは何だ

正直、ぼくは話を聞くのは得意だけどテディみたいに口が上手くないから交渉はかなり苦手だ。運搬するだけの方がいいのに、と思っていた。
そうしたら今回は急ぎの品物があるとかで一箱だけ先にぼくが運ぶ事になった。
行き先は医療班。
誰に渡してもわかるから大丈夫、と上司に背を押されて医療班まで来たぼくとシュオニだったが……実は医療班にはあまり近寄りたくなかった。前に行った時はなんだか怖そうなおじさんとか顔色の悪い人がいたりで逃げるように立ち去ってしまった。
「立ってるばかりじゃダメです。ユーシンさん、いきましょう。」
シュオニにせっつかれても怖いものは怖い。
「お腹に呼吸を届ける感じにすると、緊張が解けるそうですよ?」
顔色が悪いのがわかったらしく、緊張対策を教えてくれるシュオニ。言われた通りにやってみると、緊張は解けない代わりに腹が据わった。しょうがない、なるようになれ、だ。
思い切って扉に手をかけて開ける。そこでぼくが見たものはーー

「価値が変わらないのは駅近の土地……」
「どうしたの、ユーシン」
医療班に届け物をして帰ってきたぼくは机に突っ伏していた。
今はテディの軽口に付き合える精神状態じゃない。今すぐ首括ろうか。屋上から飛び降りようか。でも、やっぱ自殺って綺麗に死ねそうにないなぁ……
「実はですね、ユーシンさんは……」
「待って待ってシュオニ、言わなくていいから。」
勝手に喋ろうとするシュオニを止める。もう嫌だ、みんな無神経じゃないか。
「訊かれてるんですよ?恥ずかしい事じゃないんですから答えましょうよ?」
「そっとしといてよ……」
無神経なシュオニ。寝返りを打って2人から顔を背ける。
はぁ……何をしても立ち直れる気がしない。
「そう言われると何か気になるー。ねぇねぇ何があったのー?」
ぐいぐい聞かれるともっと嫌になる。これは「勉強しろって煩く言われるとやる気がなくなる現象」と同じだと思う。……多分。
「言った方が楽になりますよ。タルトでも準備しましょうか?」
取調室の刑事みたいな事をシュオニが言い始める。
「早く言っちゃいなよー。お里のお袋さんが泣いてるよー?」
悪ノリし始めたテディまで取調室ごっこを始める。
「言えばいいんでしょ……」
自分の顔を見られたくなくて、顔を背けたまま言う。
「医療班に、花が咲いてた。」
扉を開けた瞬間を思い出しながら言う。
「すっごく、可愛かった。」
チラッとテディの表情を見ると、呆気に取られていた。
「医療班の花?人間じゃないの?」
「人間だよ!」
花に恋するとか何処の妄想癖だ!
「ミア・フローレスさんですよ。少し前から噂で耳にするようになりましたね。癒し系という事で前線駆除班でも知られているようです。」
にっこり笑うシュオニが補足説明する。
「可愛い子に会えたなら良かったじゃん。前から可愛い女子に会いたいって言ってたし。どうかなー?メイクしてあげられる子かなー?」
「友人関係はまだわかりませんが、ファッションやメイクに興味があると思いますよ。」
ふんふん、と聞いていたテディが小首を傾げる。
「あれー?それで、なんでユーシンが落ち込むの?」
「先客がいたんだよ……」
言葉を出すのすら面倒。嫌だ。
「ユーシンさん、説明はもうちょっと言葉数増やした方がいいですよ?それじゃ伝わらないです。」
シュオニに言われても嫌なもんは嫌だ。でも、テディに適当な事を広められたらもっと困る。
「……あの子、ぼくらより年上なんだよ……けど、なんか凄く守ってあげたくなるような感じで。ちょっと殺伐とした医療班の空気が全部浄化されてるんじゃないかって勢いで癒しオーラが出てるんだ……」
「ふーん?」
「丁度手が空いてそうだったから荷物を渡したんだけど、『ありがとうございます』って言ったあの顔がめっちゃ可愛かった……」
「そうなんだー」
可憐な花。そこにいるだけで空気が華やいで和らぐ、そんな可愛さがあった。
「でもその子、ずっと誰かを気にしてたんだ。最初はお目付け役みたいな人でもいるのかなって思ったけど、あの顔は悪い緊張じゃなくて好きな人を盗み見る時の緊張の顔だと思う。」
そこで、踏みとどまっておけば良かったとどれだけ後悔したことか。
「試しに視線を追いかけてみたら、あの人がいたんだよ……」
「あの人?」
「顔色が悪い銀髪の人。」
「なんか覚えがあるような気がするー」
前に医療班に行った時、怖くて届け物だけ置いて脱兎の如く帰ってきてしまった相手だ。
「それで、“先客”ってわけ?一瞬で恋して失恋したんだー?」
力無く頷く。ダメだ、失恋だって言われたら泣きそう。
目の前が涙で滲んでくる。鼻の奥もツンとしてきた。
「思春期に起こる至って普通の現象です。失恋なんてこの先何回でもありますから、予行演習だと思いましょう。」
「何回もあってたまるかぁ!」
フォローになってないシュオニの台詞。もうこれ以上何もしたくない。殺してくれ。
「ユーシン、もしかしたらこれは大きなチャンスかもよー?」
「え?」
「目標が決まってるみたいなものでしょ?ミアって子に振り向いて欲しいなら、好きだってわかってる人の真似をしてみたらどぉ?」
「真似か……そうか、それがあったか!」
なんか元気が出てきた。そうと決まればまずは身辺調査だ!

……身辺調査の結果、やっぱり太刀打ちできないと気づいて絶望したぼくは、せめて友達としてお近づきになろうと考えた。
テディがメイク云々言ってたから連れて行けばダシにできるかと思ったけど、結果は散々だった。あまりに悲しすぎてその日の夜はシュオニの膝で延々泣く羽目になった。やっぱり自力で仲良くならないと意味がないんだ……