薄明のカンテ - 恋人達の夜は甘く/燐花
「そしてお姫様は王子様といつまでも幸せに……あらぁ…?」
 セリカは絵本を読み上げるのに一生懸命で気付かなかったが、横に居るリリアナは随分前に夢の世界に旅立った様ですやすやと規則正しい寝息を立てている。起こさない様にと布団を掛けると、リリアナは嬉しそうにむにゃむにゃと微笑んだ。そんな可愛らしい彼女の姿を見てセリカもふっと笑顔になる。
 もしも、もしも自分に子供が居たらもっともっと愛しさが込み上げてくるのだろうか。友人の子でこんなに可愛らしいと思うのだから。
 その時、玄関からガチャリと音がしたのでセリカは耳をそば立てた。
「あ、セリカちゃん。リリアナちゃんは?」
 静かにドアを開けて入ってきたギャリーに「しー…」と唇の前で指を立てるジェスチャーをし、リリアナが寝ている事をアピールする。ギャリーも釣られて「しー…」とポーズを取ると、音を立てない様にこっそりベッドに歩み寄った。
「ふふ、随分気持ち良さそうに寝てますねぇ…」
「はは、本当だ。セリカちゃん、ずっと絵本読んであげてたの?」
「ええ、一生懸命になり過ぎてしまって…気付かずに寝てしまった後も読み続けてたみたいですぅ」
「何かセリカちゃんらしいね」
 そう言いながらさり気なく自分の体をベッドに捩じ込んでくるギャリー。元々がシングルサイズのベッドなので大人二人となるととても狭い。そもそも既にリリアナが寝ているのでベッドは既に定員オーバーなのだが、ギャリーはそんな事お構い無しにセリカの体に抱き着いた。
「…ギャリーさん?」
「え?」
「あの、何でしょう?この手は…?」
「んー?漸く『大人の時間』かなー?って…」
 色々と仕事の立て込んでいるリアムに頼まれてリリアナを預かったは良いが、彼女の世話に一生懸命になってギャリー恋人の相手を殆ど出来なかった事を思い出す。元来スキンシップが好きなギャリーに殆ど触らせない、キスすらさせない様な行動を取ったのは悪いとは思うが、とは言え子供の前である。
 実の親ならいざ知らず、預けられ先で面倒を見てくれているお姉さんが自分そっちのけで恋人と仲睦まじくいるなんて子供にどんな影響を及ぼすか分からないじゃないか。よその子である自分はやはり邪魔だったんじゃ無いか等と考えて疎外感を感じてしまうかもしれない。親に感じる無償の愛や繋がりを感じる事が出来ないとそう言うネガティブな方に引っ張られるかもしれないのだ。そう思って今日はキスすらも遠慮していたのだがこのタイミングでとうとうギャリーの我慢が利かなくなった様だ。
我们做爱吧エッチしよう
「ギ、ギャリーさん!?」
「あれ?意味分かるだ?」
「それは…その都度言われてたら覚えますぅ…」
「へぇ…『その都度』って?」
「そ、その言葉を言われてその後そう言う触られ方したら…って、もうっ…言わせないでくださいよぅ…」
「ふふ。セリカちゃんってば、ベッドに誘う言葉覚えちゃったねー…」
「へ、変な言い方しないでください…!」
「……良いけど、俺にしか使わなんでね?」
「そんなの…勿論ですぅ…」
 モジモジと体を捩るとギャリーは嬉しそうにセリカを組み敷き、体中に手を這わせる。リリアナが動く度に気になってしまいセリカは顔を赤くした。
 ギャリーの唇が首筋に触れる。触れる度に発せられるリップ音すらこの静かな部屋の中では大変大きく響いている様にセリカは感じた。
「今、ブラしてないの?」
「あ、はい…寝る前でしたし…」
「ふーん…お風呂は?リリアナちゃんと?」
「はい…その、まだ一人で入れるのは危ない歳ですから…」
「へぇ…良いなーお子ちゃまは」
「ギャリーさん、一人で入れるじゃないですかぁ、大人なんですから…!」
「……そう。俺大人だよ。大人だから大人のやり方でセリカちゃんに甘えちゃおっかな」
 そう言うと舌を絡める様な深い深いキスを交わす。くらくらしている中、更に服の中にまで手を入れ始め、素肌に手を這わすギャリー。首にかかる吐息から、触れられた手から伝わる熱で彼が興奮しているのが分かってしまいセリカは困ってしまった。
 自分だって何も考えないで良いならこのまま身を委ねてしまいたい。だけど、ぐっすり熟睡しているとは言え隣ではリリアナが寝ている。
 彼の指に、吐息にぴくりと反応してしまう。けれど、今日はそれを拒んだ方が良い様な、何とも切ない立ち位置に置かれている。
 断りたくないセリカの気持ちを分かっている癖に。本当は触れてもらいたいセリカの気持ちを分かっている癖に。
「んっ…ギャリーさん…酷い…」
 締め切った喉を無理矢理少し開く様な、そんな声を発した事でギャリーはいつもより少し目を大きく開いた。
「え?ごめん、痛かった…?」
「違いますぅ…!そうじゃなくて…」
「ん?何…?」
「こんな…意地悪…ですよぅ……私も、私だって本当は…」
 身を捩り顔を赤らめ、瞳に涙を浮かべてギャリーを見上げるセリカ。ギャリーは彼女の顔を見ると何を伝えたかったのか察し、口元をにやけさせる。そして愛でる様に、押し付ける様に唇を重ねた。
「もうっ…キス魔なんですからぁ…」
「ふふ…だってさぁ、セリカちゃん可愛過ぎだって」
 ひとしきりキスをしたと思ったら小さい声で、セリカの目を見つめ甘える様にギャリーは呟く。
我受不了了もう我慢出来ない…」
「ギャリーさん…?」
「あんまり激しくしないから」
「だ、駄目ですよぅ…!」
「ふふ。セリカちゃん、声大きくしない様に頑張って?何なら…ずっとキスしてようか?」
「ギ、ギャリーさん……」
 重なる唇。先程より更に密着する体。それにより彼が冗談でも何でもなく本当に「我慢出来ない」だろう事に気が付いてしまった。がしっと鷲掴む様に、しかし無遠慮でなく優しく胸を包み込む大きな手。手の平で、指の腹で擦る様に弄ばれ、セリカは重なった唇でなく喉から声が漏れた。
 酸欠でも無いのに頭がぼーっとしてくらくらする。今はただただ愛してくれる彼が愛おしい。

「んんぅ…セリカおねーさん…?と、パパぁ?」

 しかし、あろう事かこのタイミングでリリアナが目を覚ました。
「きゃぁぁぁぁっ!リリアナちゃん、どうしましたかぁ!?パパはまだお仕事ですよぅ!?」
 思わず咄嗟に渾身の力で突き飛ばしてしまい、ギャリーは一瞬の内に場外ホームランの如くベッドから落とされたのである。ゴトンッと、まるで鈍器を落とした様なしかし良い音が響いた。
「あれぇ…でも…今ね、パパがいた気がしたのよ…?」
「リ、リリアナちゃんったらパパが恋しくなっちゃったから夢見ちゃったんですねぇ。大丈夫ですよぅ、セリカお姉さんが居ますから明日お仕事終わりにパパのお迎えに行きましょうね!?」
 セリカがそう言うと、リリアナはへにゃりと笑ってそのまま大欠伸を一つ。そしてまたむにゃむにゃと夢の世界に旅立った。どうやら寝惚けていたらしい。
「び、びっくりしましたぁ…」
「俺も……セリカちゃん、俺一瞬心臓止まるかと思ったよ」
 ぬっと頭だけベッドの端から覗かせるギャリー。その姿はまるで、テナの秘湯に姿を現し世間を騒がせたと言われるかつて一世を風靡したクリプティッド、つまり未確認生物と言われたテニーの様であった。
 セリカは少し懐かしさとノスタルジーと、申し訳なさを感じて小さくなる。
「す、すみません…でも、ギャリーさん酷いですぅ…リリアナちゃんいるんですし、出来ないって分かってるのにあんな触り方するなんて…!」
「え?気持ち良かった?」
「ギャリーさん!!」
「ふふ、ごめんごめん。あーあ…こんな風に落とされてもただただ可愛いしか感じないんだから惚れた弱みだよなぁ…」
 むくりと起き上がるとベッドまで近付き、セリカの頭を撫でる。突然の事に驚きつつセリカも気持ち良さそうに目を細めるとそれを見ながらギャリーはまた微笑み、セリカにしか聞こえない小さな声で「明日ね」と呟いた。
「あ、明日…?」
「うん。リリアナちゃん、明日リアムんとこ帰るでしょ?」
「そ、そうですけどぉ…」
「じゃあ明日、シよ?あ、それか疲れてるだろうからマッサージしてあげようか?」
「……手付きが気になるんですけど?」
「大人のオプション付きで」
 きらり、と光を得たかの様な目付きで言い切るギャリーに恥ずかしいやらはしたないやら。しかし、嫌な気がしないのはこちらも『惚れた弱み』だろうか。
「ふふ、嬉しいなぁ。明日セリカちゃん独り占め出来るの楽しみにしてる」
「…あ、あまり意地悪しないでくださいね?」
「……我会温柔的優しくするよ
 そう言ってどちらからともなく唇を重ねるとしばらくそのまま動けずに居た。そして少し名残惜しそうに離すと「お休み」と言ってギャリーはセリカの部屋から出て行った。
 唇の離れた瞬間の、あの少し寂しそうな愛おしむ様な何とも色気のある顔がセリカの目に焼き付いて離れない。
「…ずるいですぅ」
 残された部屋で一人、すやすやと眠るリリアナの横でセリカは力が抜けた様に呟いた。
 翌日、急遽仕事が立て込み「もう一日頼む」とリアムから連絡をもらったセリカ。それを知ったギャリーが総務部に行った際、恨みがましい目でリアムを睨んでいたのだが、リアムからはただ一言。
「何だ?不細工な顔して」
 と突っぱねられてしまい、更にやり切れなくなった。
「リアム…くそぅ、リアム…!!」
「何だ?愛しい愛しい、目に入れても痛くない愛娘に仕事の所為で満足に会えない不憫な父親である私に貴様は何か文句でもあるのか?
「……何でもない…」
 血走った目でそう言われてしまうと、ギャリーも文句は言いそびれてしまうのであった。なのでとりあえず、「リアム頑張れ」と応援しておいた。勿論その応援は彼の神経を逆撫でしたのかとてつもなく睨まれてしまったのだが。
 翌日。やっと念願の「独り占め」を果たしたギャリー。「我会温柔的優しくするよ」と言っていたにも関わらず、あまり優しく無かったとセリカは唇を尖らせた。そしてうっかりそんな事を口走ってしまい、バーティゴからその日は一日微笑ましい目で見られ、セリカはずっと顔を赤らめる事となった。
「……おい」
 同じ頃、経理部ではふわぁ…と欠伸を噛み殺す回数がやけに多いギャリーにギルバートが声を掛ける。ギャリーは眠そうに細めた目をギルバートの方に向けた。
「何だか今日は随分欠伸が多いな…」
「あー…あんま寝てないしねー…」
「え?徹夜でもしたのか?」
「うん、まあ。ちょっとハッスルし過ぎた」
「………筋トレでもしたのか…?」
 そしてそんな二人の会話を、意味の分かっていないギルバートに代わって頬を赤らめたり青ざめたり忙しいアルヴィがハラハラしながら見守っていたらしい。